ありふれた愛が欲しいだけの人生だった 作:愚か者
『好きの反対は無関心』とは誰が言った言葉だったか。
いかにも日本人が好きな言葉遊びのようだが、その本質を捉えている人は一体どれだけいるのだろう。
この言葉、本来は『愛の反対は憎しみではなく、無関心』と言うものだ。ノーベル平和賞を受賞したエリ・ヴィーゼルという作家が説いたものなのだが、日本ではマザーテレサの言葉と誤解している人も多いという。
彼は『無関心とは、私にとって悪の典型だ』とも述べている。
これらの言葉を初めて目にした時、私は強い感銘を受けた。
私こと
というのも、世間一般から見れば虐待に当たるのだが、私はこれまでの十数年間で受けた仕打ちこそが一般的なものなのだと思っていたのだ。
それでも、私が家族から半ば放置されるように育ったのは幼い頃から自覚していた。
そして、それは学校でも変わらない。
目の下にある深い隈や、睡眠不足が原因のふらふらとした足取り、ハーフ故の金髪と赤みがかった黒目も相まって、その出で立ちは異様に映るだろう。
私に話しかけるのは、
彼らはその見た目や性格から、学年を問わず絶大な人気を誇るカースト最上位の人間だ。本来は接点すらない私のような底辺の者とも会話が出来る彼らは、その人気に相応しいものを持っていた。
……だからだろうか。
私はクラスメイトに、ある種の憧憬の念を抱いている。
白崎さんや天之川君はもちろん、
何もせずとも用意される衣服や食事。働かずとも金銭が与えられ、休日には皆が思い思いの青春を謳歌するだろう。
──そんな彼らが、私はひどく羨ましい。
学校での授業が終わり、放課後。
部活動に所属していない私は、寄り道をすることなく帰宅する。そして荷物を置いた後、数日分の食材と日用品を買うためにスーパーマーケットへと向かった。
買い物を終えて家に帰った私は、洗濯物を取り込み各部屋に届けた後、夕食の準備に取り掛かる。
この頃には弟や両親が帰宅してくるのだが、私に声をかけることはなく、こちらが声をかけても返事はない。傍から見れば、私は家族ではなくまるで家政婦のようだろう。だが、これは今まで十年以上続いていることなのだ。今さら私が言うことは何もない。
家族が食事をとっている間に、浴室の掃除を済ませておくとしよう。
浴槽にお湯を張った頃にはちょうど皆が食事をとり終えるので、食後のコーヒーや紅茶を淹れる。そしてようやく、夕食にありつけるのだ。
と言っても、私が食べるのは残り物なのだが。
食事を済ませ私が食器を洗っている時、皆はお風呂に入っているため、この時間を使って各部屋の掃除を軽く行う。
しかし困った事に、最近は弟が反抗期なのか中々部屋に入れてくれない。私と違い両親に愛されて育ったからなのか、随分と生意気になったものだ。
その点、小さい頃から家事全般を任されてきた私は、両親にわがままを言ったことはないはずだ。出来のいい子供だったと自負している。
……まあ、年に数回程度しか会話をしない私をいい子と呼ぶには無理があるか。
これらの家事を終えた頃には夜の十時を過ぎ、皆がリビングや自室で寛いでいる頃に私が最後に風呂に入る。基本的にはシャワーで済ませるためそこまで時間はかからない。
そういえば私の両親は、私がたとえ長時間お風呂に入っていようが、食材を大量に買い込もうが、最近は特に文句を言うことは無い。仕事も深夜まで続くことはほとんどないのだ。
……案外、両親はお金持ちで凄い人なのかもしれない。
夜中の十一時になって、ようやく学校の課題に手をつけることが出来る。ちなみにプリント等の提出物は夕食の準備中にテーブルに置いているので問題は無い。
こんなものはさっさと終わらせるに限る。
日付は変わり、午前一時。
いつもより手間取ってしまった。早く寝なければ明日に差し支えてしまうな……。
脱衣所に散らかっている服を洗濯機に入れて洗い、その日は眠りについた。
私の朝は早い。
少ないながらも家計の足しになるかと新聞配達を行っているので、午前三時には目を覚ます。三時半には新聞が届けられるので、受け取るための大きめ箱を玄関先に置いておく。その後顔を洗い、洗濯機から服を取り出し、残りの服を洗う。時間があれば乾燥機にもかけておく。
ジャージに着替え、新聞が届き次第配達へと向かった。
私が配達を担当している範囲は広く、二時間から三時間程かけて自転車で配るため、たとえ冬場でも汗ばんでしまう。そのため、帰宅した後に軽くシャワーを浴びるのが最近の日課だ。
シャワーを浴び制服に着替え、朝食の準備を始める頃には両親が目を覚ますので、濃いめのコーヒーを予め淹れておく。そして朝食を作り終えると同時に弟が起き出して、三人は食事をとり始める。
私はその間に皆の着替えを用意しておくのだが、ここでも弟は部屋には入れてくれない。私の数少ない家庭での役割を奪わないで欲しいのだが。
それと、最近は朝の諸々の準備を行う度に、両親が感謝や謝罪の言葉を口にするようになった。私としては当然の事をしているだけなのだが、先日その考えを口にしたら二人とも泣いてしまった。
……心境の変化でもあったのだろうか。
洗濯物を干した後に、トーストを頬張りコーヒーと共に流し込んでから、玄関で両親と弟を見送った。
……既に一日分の仕事を終えたように錯覚するが、まだ朝の七時だ。学校に登校するという一番の仕事が残っている。
食器を洗い持ち物を確認したら、学校へと向かおう。
喧騒の中、ふと意識をそちらへ向ける。
教室では相も変わらず、檜山一派が南雲君に絡んでいた。
よくもまあ、飽きもせずに毎日悪口を言えるものだ。南雲君には多少の同情はするが、睡眠の邪魔になる。できれば他所でやって欲しい。
と、そこへと歩み寄り南雲君に話しかける白崎さん。
彼女のそれは南雲君を思っての行動なのかもしれないが、当の本人は頬を引き攣らせるばかり。彼に構う事自体が周りからのヘイトを買っているという事実に、彼女は気づいているのだろうか。
そんなことを考えていると、南雲君とのやり取りも程々に、白崎さんがこちらへとやって来た。半ば
「神代さん、おはよう!」
「おはよう」というよりは、「おやすみ」と言いたい気分なんだがな。
そう言うと、彼女は朗らかに笑い出す。
「そっか。家のことがあるから大変だよね。でも、そんな冗談が言えるなら、もう大丈夫だよ!」
何を根拠に。
彼女以外から言われたのならそう言い返し、不快にしか思わないのだろうが、私の顔には自然と笑みがこぼれていた。
私が彼女と初めて話したのは中学の頃だ。
元々は小さい頃からの顔見知りだったのだが、当時の私は両親から暴力を振るわれてたこともあり、周りの人間に対する不信感でろくにコミュニケーションを取ろうとはしなかった(現在もそうだ、と言われたら返す言葉もないが)。
そんな中周囲の反対を押し切り、持ち前の明るさと面倒見のよさもあって、クラスメイトや天之川一派の中で唯一話しかけてきたのが彼女だった。
それ以来少しずつ会話が増えていき、私の家庭環境についても話すことが出来る程の仲になった。
二大女神などと持て囃されているが、高校生になってからも変わらずに話しかけてくれる彼女は、人によっては正しく女神のようにも見えるだろう。
「……神代さんって、そんな風に笑うんだね」
ふと、八重樫さんのそんな呟きが聞こえた。
辺りを見回すと、クラス中の視線が私に注がれていた。南雲君や、いつの間にか彼に話しかけていた天之川君達までもが私を見ている。
私の顔に何かついているのだろうか。
「神代さんが笑うなんて。今日は雪でも降るのかもね」
白崎さんがそう
「皆は笑った顔を見るのは初めてだから、驚いてるんじゃない?」
……そういうものか。
私だって、嬉しいことがあれば笑うこともある。
普段はそういった事がない、というよりも興味がないから笑わないだけだ。
しかし、こうも注目を浴びると落ち着かないな。
白崎さん達は四六時中これに晒されてると思うと、想像よりも苦労しているのかもしれない。
その後、眠気と戦いながらも何とか白崎さんの話に相槌を打っていると、始業のチャイムが鳴ったので彼女を席へ戻るよう促した。
大きな欠伸を一つした私は、心地よい眠気に誘われ夢の世界へと旅立った。
周囲のざわめきで私は目を覚ました。
どうやら昼休憩に入ったようだ。
流石の私も、朝に弁当を作れるほどの時間はとれないので、昼食の時はいつも登校中に買ったおにぎりとお茶で空腹を満たしている。
鞄からそれらが入ったビニール袋を取り出すと、視界の端で白崎さんが南雲君の机に寄っていくのが見えた。
前から思っていた事なのだが、彼女は南雲君に少なからず好意を抱いているらしい。まあ、それにしては些か積極的すぎるというか、なんとも分かりやすい行動をとるものだと感心してしまう。
彼女の行動によって、教室内は再び不穏な空気を帯び始める。
南雲君は何とか周りの空気を払拭しようと抵抗を試みているようだが、某『十秒でエネルギーをチャージできるゼリー飲料』を見せていては逆効果だろう。
彼らの問答を尻目に私はおにぎりを頬張った。
私が昼食をとり終えてもなお、彼らはやり取りを続けていた。その中にはやはりと言うべきか天之川君達が加わっており、クラス中の注目を集めている。
しかし、私には関係のないことだ。
もう一眠りするために机に突っ伏し微睡んでいると、突然教室を光が満たし、クラスメイトの悲鳴が響いた。
未だに教室に残っていた愛子先生が声を上げると同時に、辺りを包む光が輝きを増し、視界は真っ白に塗りつぶされた。
突っ伏していたはずの机と椅子が煙のように消え失せ、私は床に叩きつけられた。
何が起きたのかを確認するために立ち上がろうとして、その違和感に気づいた。床がひんやりと冷たいのだ。
辺りを見回すと、床だけではなく今いる建物全体が大理石のような白い物質で造られており、美しい光沢を放っていた。
そして目に飛び込んできたのは巨大な壁画。
縦横十メートルはありそうな壁画には様々な風景が描かれており、後光を背負った中性的な人物がそれらを包み込むかのように両手を広げていた。
神々しくも、どこか傲慢な壁画のように感じた。
さらに、周囲を取り囲む神官のような出で立ちをした者達。彼らはみな、祈りを捧げるように両手を組み跪いている。
極めつけは、
一体、何が起きているのだろうか。
私たちが一様に戸惑っていると、神官の中から一際煌びやか法衣を纏った老人が歩み出て、落ち着いた声色で話しかけてきた。
「ようこそトータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いております、イシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
連載できたらいいな