ありふれた愛が欲しいだけの人生だった 作:愚か者
私たちが訓練を受け始めてから二週間程が経った。
私は今、訓練施設からは死角になっている場所で、
まず、一つ目の『大いなる時間』についてだが、これに関しては全くと言っていいほど分かった事はない。名前からして行えることが想像しづらいのに、実際に発動しようとしても何の反応もないのではお手上げだ。時間という名称から未来予知など何らかの時間に関わるものと推測しているが、万が一時間軸そのものに干渉できた場合の危険性を考えると、今は放置しておくのが一番かもしれない。
二つ目の『災厄の花』も同様に、災厄という名前から連想する事態が起きた場合が危険過ぎるため、詳しい検証はできていない。
ただ、この異世界に来てから聞こえる謎の声や音、右目の違和感はこれが原因なのではないかと思っている。と言うのも、右目の違物感のようなものが、この二週間で段々と頭や身体全体に広がっているのだ。まるで私の身体に植物が根を張るかのように広がるそれは、花という名前がついているこの技能が関わっている可能性が高い。
おそらくこの技能は、私の体に危険が迫った時に発動して、自分諸共周りに災害をもたらすものではないだろうか。私を通してこの世界を見ている(と思われる)エヒト神が、魔人族を滅ぼすための爆弾として私を選んだ、というのが私の予想だ。人間を盤上の駒としか見ていない神だからこそ思いついた卑劣な手段だろう。
そして三つ目の『再生の卵』。この技能のみ、三つの中で唯一今でも使えるものだった。
これを使うと、目の前に直径二メートル程の白い球体が現れる。どうやら殻はなく球体の中身は液体で満たされているのか、表面に触れると滑らかに手が液体に沈み込み、表面全体に波紋が広がる。水がそのまま球状に固定されているような、奇妙な物体だ。
今の私が触れても何も起きなかった事から、この卵は怪我を負った人が触れることで真価を発揮すると思われる。再生という大仰な名前からして、死者を蘇生させる程の力を秘めているかもしれない。司教らしい、神の奇跡を連想させる技能だ。
ちなみに、私以外の人が怪我のない状態で触れた場合は、表面が卵の殻の様に固くなる。発動者と使用者の差だろうか。
通常の怪我を治すには消費する魔力が大きいので、未だに卵の治癒効果を見たことはない。しかし私はこれを使わずに戦争を終えられることを願っている。蘇生できるかもという理由があろうと、友人やクラスメイトが大怪我を負うのは流石に見たくないからな……。
また、これらとは別にある『読心』という技能も使用するのは避けたい。
おそらくその本質はカウンセリングなどの心の傷を癒すことなのだろうが、人の心を読んでしまうと要らぬ軋轢を生むかもしれないからだ。また、この技能を悪用しようと考える人がいる可能性がある。人前では読心について話すことは控えた方がいいか。後で白崎さんと八重樫さんにも言っておこう。
検証が一区切りついたので卵を崩し、その場で休憩していると、騒がしい声がこちらに近づいてきた。
喧騒がすぐそばまでやってきた時、私の目の前に誰かが倒れ込んでくる。……南雲君だ。どうやら彼は未だに檜山一派に絡まれていたようで、彼を突き飛ばした檜山君たち四人は私の姿を見て一様に戸惑っている。
暴言程度なら見過ごしていたが、暴力を振るっていたのなら話は変わってくる。殴る蹴るという行為は、元の世界でも大怪我に繋がるというのに……。先程の声を聞くには、これから南雲君へ「訓練」をするつもりだったらしい。檜山君たちはこの世界で得た力を彼に向かって使おうとしたのだろうか。だとしたら放ってはおけない。
南雲君を庇うように立つと、彼らは何故か後ずさる。後ろめたい気持ちがあるならば始めからするなと声を大にして言いたい。
私が口を開こうとした時、周りに怒りに満ちた声が響いた。その声を聞いて見るからに動揺する檜山君たち。
どうやら白崎さんがやってきたようだ。声の方へ目を向けると、白崎さんだけでなく八重樫さんや天之川君、坂上君もいた。
彼女たちは私たちの様子を見て、すぐに何があったのか悟った。白崎さんは檜山君の弁明を無視して南雲君に駆け寄り、他の三人は檜山一派にそれぞれ言い募る。それを受けた彼らは誤魔化し笑いを顔に貼り付けて、そそくさとこの場を立ち去っていった。
白崎さんの治癒魔法で癒された南雲君は彼女にお礼を言った後、私に頭を下げた。
「神代さんも、庇ってくれてありがとう」
そう言って苦笑いを浮かべる彼に、気にするなと言葉を返す。困った時は何時でも言ってほしいと。暴言はともかく、暴力を見過ごすことは私にはできない。
「そうね、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。その方が香織も納得するだろうし」
八重樫さんが続けてそう言い、南雲君はそれにも礼を言う。
白崎さんは納得していないようだが、好きな人を傷つけられたのだから仕方ない。南雲が「大丈夫」と笑顔を見せたことで、ようやく彼女も引き下がった。
しかしここで、天之川君が水を差す。
何でも、今回のことは南雲君の努力が足りないから起きたのだと。
図書館に籠りきりの君は不真面目であり、読書の時間を鍛錬にあてるべきだと。
檜山一派が暴力を振るったのは、そんな君の不真面目な点をどうにかしようとしたからだと。
そんなことを、平然と南雲君に言ったのだ。
──気づいた時には、私は天之川君に怒声を浴びせていた。
戦闘職ではない彼が、知識を得るために図書館へ行くのは努力ではないのか。
真面目だからこそ、鍛治職の彼が鍛錬にあてる時間で見識を広めているのではないのか。
──理由があれば、暴力を振るってもいいのか……!
私は彼に怒りをぶつける。
檜山君の行動に悪意があろうがなかろうが。
南雲君に原因があろうがなかろうが。
それが、人を傷つける理由にはならないのだ。
きっと彼は、私が何故ここまで怒っているのか理解出来ないのだろう。
呆然とする彼らをよそに、私はその場を後にした。
──思い出すのは、虐待の日々。
弟の方が可愛いからと、物心ついたばかりの私を放置して食事さえ満足に貰えなかった幼少期。
訳も分からずに朝早くから保育園に放り出され、閉園後も迎えはやって来ずに保育士の人がわざわざ家まで送ってくれた。その時から白崎さん達とは接点があった事を、私は高校に上がるまでは気づかなかった。
家中の家事をやり始めたのは小学校に上がってからだった。
弟が幼稚園に入ったこともあって、私のことなど知らないかのように振る舞い弟を可愛いがる両親。二人が弟に付きっきりになり、嫌でも自分のことは自分でやらなければならなかった。そんな両親に自分のことを見て欲しくて、自分のことだけではなく家中の仕事を自分からやった。家事を上手く済ませてもそれが当たり前だというように弟と過ごし、失敗すれば容赦なく二人から暴力を振るわれる。それでも当時は、両親が暴力を振るう瞬間は私のことを見てくれると、わざと皿を割ったり洗濯物を地面に落としたりして注意を引いたものだ。旅行中に森の中に放り出された事などもあったが、私はそれが当たり前の事だと受け入れていた。
そんな日々を中学時代まで続けていたが、白崎さん達に出会ってやっと、自分が置かれている状況が異常だと気づけた。
彼女たちの両親は常識的な考えを持っていて、話を聞いた彼らはすぐに私を自分たちの家まで引っ張っていった。それから家族ぐるみでの付き合いを通して、少しずつだけれども私たち家族は変わった。
あれから両親は暴力を振るわなくなった。
弟はこの状況に以前から疑問を抱いていたらしく、弟が生まれてから初めて家族と話し合いをした。
……物心ついてから、初めて涙を流した。
何より、白崎さんや八重樫さんというかけがえのない友達ができた。
白崎さんがいたから、私は──
──……あぁ。
……嫌なことを、思い出した。
異世界にやって来てまで、昔の夢を見るなんて……。
ベッドから体を起こす。
今日は初めての実戦だというのに、嫌に体が重く感じる。
きっと、昨日の
それに、訓練も休んでしまった。愛子先生やメルド団長になんて言えばいいか。
食事もシャワーも、昨日からまだ済ませていない。これからまた訓練が始まるというのに。
……だけど。
……今だけは。
──何をする気にも、なれなかった。
オルクス大迷宮。
そこは、全百層からなる七大迷宮の一つである。
七大迷宮に相応しい強力な魔物が出現するのだが、同時に階層毎に魔物の強さが測りやすく魔石の質も良いことから、様々な職の人々に人気がある。
私たちは今、オルクス大迷宮での実戦訓練の為、宿場町ホルアドにある王国直営の宿屋にいる。
王国で過ごした部屋とは違い普通の部屋だったことに安堵しつつ、私はベッドに倒れ込んだ。
「か、神代さん! 大丈夫!?」
白崎さんが心配の声を上げたので、ひらひらと手を振って肯定の意を示す。それを見たのか安堵する様子を見せる彼女に、八重樫さんが声をかけた。
「神代さんも疲れているだろうし、休ませてあげましょう? それに私たちも、明日のために少しでも休んだ方がいいと思うわ」
「そ、そうだね雫ちゃん」
各クラスメイトが泊まる部屋は最低でも二人部屋であり、私たちがいる部屋は三人部屋だ。彼女たち二人はともかく、私の交友関係は全くないのでこの部屋の振り分けには感謝している。
王都から出立する際に、私は昨日の件について、団長や白崎さんたちに謝罪した。
それを聞いた団長は快活に笑って休んだことを許してくれた。それどころか私の体調について心配までしてくれて、これからも無理せず休んでいいと私を労ってくれた。白崎さんたちもそれぞれ思うところがあったのか、思いのほかあっさりと許してくれた。天之川君が何か言ってくるかと身構えていただけに気が抜けてしまったな。考えを改めてくれたのなら、今後は互いに嫌な思いをせずに済むだろう。昨日の件に関して言えば私が一方的に彼を非難したことが原因なので、どちらが悪いという訳ではないのだが。
こういった事があったからか、二人は私に気を使わせてしまったようだ。
八重樫さんの言うとおり、明日はオルクス大迷宮へ行くことになる。
少しでも気持ちを落ち着けて疲れをとるために、私はすぐさま眠りについた。
一話に一回は眠る系のオリ主。