ちょっとおまけで満足できない。【完結】   作:イーベル

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塚原ひびき LEVEL1 デアイ編
SELECT 1


 僕はその日、もう自分が感じることはないと思っていた胸の高鳴りを思い出した気がした。

 思い出したくない記憶の夢。それによる憂鬱な気分。梅原(うめはら)と話していたお宝の話。それらが頭から吹っ飛んで行く。それだけあの人に僕は心を奪われてしまっていたんだと思う。

 スッと鋭い目つき。後頭部で纏められて揺れる艶やかな黒髪。時折見せる柔らかな笑顔。その全てが僕の理想と言ってしまってもいい気がした。

 

「おい(たちばな)森島(もりしま)先輩を眺めていたい気持ちは分かるけどよ、早くいかないと遅刻しちまうぜ」

「え? ああ、ごめん」

 

 隣にいる同級生、梅原の言葉で精神が現実に戻って来る。確かに森島先輩も素晴らしいけれど、僕が魅入っていたのはその隣の……。なんて名前の人なんだろう。気になる。

 

「絵になる人だよなぁ……本当。俺たちのお宝がかすんじまう」

「そうだね。三年生は今年で卒業だし、そう思うとより一層、輝きを増している気がするよ」

「だな。そういえば聞いたか? B組のカズ。森島先輩に振られたらしいぜ」

「へぇ、告白したんだ。チャレンジャーだね」

「ああ、あの時の奴は紛れもなく勇者だったさ。無謀だとしても、気持ちは分からなくはないけどな。もうじきクリスマスだし」

「クリスマス、ねぇ……」

 

 僕の脳内に今朝の夢がチラついて、顔をしかめた。それを察知した梅原は申し訳なさそうな顔をする。気を遣わせてしまった。

 

「おっと悪い。お前、この手の話は駄目だったな」

「いや、いいよ。気にしてない。いつまでも引きずっている訳にもいかないよ。今年は頑張ってみてもいいかなって、今は思うんだ」

 

 自分に言い聞かせるように梅原に言葉を返す。現金だけど、あの人を見てしまった以上余計にそう思う。このままでは先輩(と思われる人)も卒業してしまうし、僕だっていつまでもこの暗い気持ちを引きずりたくはない。

 そんな僕を梅原はニヤ付きながら見る。

 

「へぇ、あの『動かざる事山の如し』の橘がねぇ……」

「なんだよ。言いたい事があるなら言えって」

「実は俺もそうなんだ。今年こそ頑張ってみようと思ってさ」

「え、梅原もなのか?」

「ああ、俺にも思う所があってな。去年は野郎どもで集まったけどよ、今年こそは……ってな」

「梅原……」

「お互い頑張って、胸を張れるようなクリスマスにしていこうぜ!」

「そうだな」

 

 僕たちは静かにそう誓い合って、校門をくぐった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 ……のは良いんだけどさ。なんで僕は森島先輩に振られているんだろう。

 屋上にて一人、精神的ダメージを負った僕は手すりに寄りかかる。手元にお宝ビデオを所持してたのがマズかったのか? よりにもよってお姉さんものだったしなぁ。

 いや、ふざけてないで落ちついて考えよう。森島先輩は「情熱的な手紙で~」とか言ってたじゃないか。そもそも僕は森島先輩に手紙を出してない。だから、そんな事を言われる覚えはない。

 

「おーい、橘。悪いな、待たしちまって。麻耶(まや)ちゃんに見つかりそうになっちまってよ」

「……うん。それは災難だったね」

 

 そう言いつつ、さっき自分に降りかかった災難を越えるものがあるものかと思う。告白してもいない先輩から振られるなんて……。

 隣に来た梅原に森島先輩から隠し通した(はず)のお宝を慣れた手つきで交換する。

 

「それで、どうだったよ?」

「……どうって?」

「感想だよ。感想。お前の、胸に響くやつだったか? って話だ」

「来たよ。……ズッガーーーン、って」

「だよな。俺と兄貴合同のコレクションの中でも自慢の一本だしな」

 

 つらつらと話したそうな梅原だったが、鐘が鳴りそれを中断する。

 

「……っとその話はまた今度だな。鐘鳴ったし、教室に戻らねぇとな」

「……うん」

 

 もやもやとした気持ちのまま僕は屋上を後にした。さっきの出来事は一体何だったんだろう。

 始業五分前のチャイムが鳴って、屋上を去ってからも僕の頭の中には森島先輩との遭遇が頭に残っている。それが気になっていまいち授業にも集中できず。そのまま昼休みを迎えた。

 

「どうしたんだよ橘。屋上から戻って来てから表情がずっとそのまんまだぜ。そんなに俺が貸したお宝ビデオのこと気に入ったのか?」

「屋上……なあ梅原、梅原は僕の代わりに手紙を出したりしないよな」

「ん? なんだ大将。その何のためだか分からないこと」

「いいから。やったか、やってないかだけ答えてよ」

「やってねーよ。悪戯でもやって良い事と悪い事があるだろ。そもそも、そういうのは自分でやるから意味があるんだよ」

 

 梅原は決め顔でそう言った。うん、いいこと言ってるな。たぶん嘘はついていないだろう。

 

「……だよね。悪い。忘れてよ」

 

 頬杖を突いてため息を付く。じゃあ、あの時の先輩の言葉はいったい何だったんだろう。他に僕に悪戯する様な人なんて考えられないし……

 先輩の言葉の意図をくみ取ろうと思考を巡らせても答えは出ない。結局のところ、今持っている情報ではどうしても詰まってしまう。

 

「おい橘。何があったか知らないけどよ、落ち込んでる場合じゃないって。いいからこっちに来い!」

 

 ぼんやりと纏まらない思考。そこに水を差す様に梅原が僕の手を取った。逆らう気力もなかった僕はそれに従うと、廊下に出た。

 そこには梅原のハイテンションの原因と思わる森島先輩、そして──

 

「ねぇ、そこの君。ちょっといいかな」

「……は、はい」

 

 その顔を忘れるはずもない。今朝見たばかりの憧れが僕のすぐ近くにあって、自分という存在を認知している。そう思うだけで、声が震えた。

 

「君はこの大間抜けに、屋上で突然話しかけられた事はないかな?」

「屋上……?」

 

 梅原がこちらに目配せをする。「お前は知ってるか?」という感じだった。身に覚えしかない僕はつい目をそらしてしまう。

 

「えっと、先輩……でいいんですよね? 一体何事なんですか?」

「あ、挨拶もしないでごめんね。私は三年の塚原(つかはら)ひびき。この子の、保護者みたいなものかな」

 

 梅原の問い。それに対して彼はさらりと名乗る。三年生、やはり先輩だったのか。初対面のはずなんだけど、初めて聞いた気がしなかった。

 

「ちょっと、ひびき。保護者って、子供扱いしないで」

「似たようなものじゃない。こっちは部のミーティングを蹴ってこっちに来てるんだから……」

 

 塚原先輩は額に手を添えてため息を吐く。

 

「ちょっと事情があって、はるかと屋上で話したと思われる下級生を探してるの。君はどう? 心当たりある?」

 

 塚原先輩と目が合う。いつの間にか自分を除外して会話を眺めていたから、そのフリに僕は戸惑ってしまった。

 そこを梅原の肘が襲う。わき腹にクリーンヒットして変な声が出てしまった。

 

「お前、テンパリ過ぎ。どうだ、大将。心当たりはあるか?」

 

 どうにか平常心に戻った。心当たりはある。ここでちゃんと話せば、塚原先輩と知り合いになれるかもしれない。僕は覚悟を決めて口を開いた。

 

「……もしかして、ズッガーーーンですか?」

「ズッガーーーン?」

 

 きょとんと首を傾げる塚原先輩。それとは対照的にハッとした森島先輩が僕を指差した。

 

「あっ! 君だ! 君だよ! そうそう! ズッガーーーンだね」

「どういうことだ? 大将」

「そうか、君なんだね」

「はい。そうだと思います」

「ちょっと場所を移そうか。ここでする話でもないと思うしね」

 

 塚原先輩の言葉に僕は頷く。

 

「そういう事なら俺も……」

「ごめん、君は遠慮して」

「うい~っす……」

 

 あからさまにシュンとした態度を見せる梅原の目線を受けつつ、僕は先輩たちの背中を追った。

 

 ・

 ・

 ・

 

 再び屋上に僕らは出そろった。いや、追加メンバーがいるから正確ではないが、似たようなものであるのは確かだ。

 まあそれはさておき、僕はあの時の事情説明を受けた。自分の受けた仕打ちを、自分以外の目線から聞いた。それを受けての感想は「ああ、やっぱり」である。

 

「つまり、僕は人違いで振られたんですね」

 

 確認を取るために問うと二人は頷いた。

 

「うん。ごめんね。屋上でこそこそしてたから、確認もせずに話しかけちゃったの」

「はぁ……。成程」

「本当にごめんね。えっと……何君だっけ?」

「あ、二年の橘純一です」

「ごめんね橘君。嫌な思いさせちゃって」

 

 目の前にいる森島先輩が手を合わせてそう謝罪する。

 

「別に大丈夫ですよ。ちょっと、ビックリしましたけど」

 

 本心を告げると、ホッとしたような表情を見せる。隣の塚原先輩は拍子抜けだったのか、不思議そうな顔をしていた。

 

「……橘君、部外者の私が言うのもなんだけど、怒ってもいい場面だよ」

「いえ、僕としてはよく分からない状況がスッキリしただけでも十分ですよ。あのまま放置されていたらと思うと……」

「そうね。この子ったら私が言うまでそれに気が付かなかったから」

「あ、ひびき~。それは言わないでって、言ったじゃない!」

 

「も~」と頬を膨らませて拗ねる森島先輩。塚原先輩は口元に手を添えてそれを笑って見ている。

 

「そういえば、どうして塚原先輩も一緒に来たんですか?」

「ん? ああ、それは……。はるかってほら、こういう子だから誤解を招くことも多いのよ」

「こういう子って何よ。ひびき!」

「ああ、成程」

「橘君も納得しないで!」

「みんながみんな、君みたいに優しい人だったらいいんだけど、そうはいかないでしょ?」

「そうですね」

「もうっ! 二人だけで楽しそうにしないで!」

 

 妙に合う会話と拗ねながら突っかかって来る森島先輩が心地よくて、僕はつい笑ってしまう。それは塚原先輩も同じようだ。

 チャイムが鳴ったことに気が付いて、僕らは会話を止める。

 

「おっと、いけない。そろそろ行かないと」

「そうね。そろそろ戻ろうか」

「そうですね」

 

 僕は頷く。先輩たちは入口に歩いていって、僕に手を振る。

 

「じゃあねっ! 橘君」

「はい。失礼します」

 

 僕は頭を下げて先輩たちを見送る。でもその途中、塚原先輩が足を止めた。

 

「ねぇ、橘君って……」

 

 じっと僕を見る。細い目をより細め、顔をじっくり。えっと……ちょっと待って先輩。そんなにまじまじと見られるとドキドキしてしまう。

 

「ひびき~、早く行くよ!」

「あ、ごめんなさい。話はまた今度」

 

 塚原先輩は小走りで森島先輩を追いかけていった。

 遅れて僕も屋上の階段を下っていく。疑問はスッキリとした。今朝起こった訳の分からない状況を、解消することができた。

 

 でも──

 

・SELECT↑↓


●森島先輩って……

●塚原先輩って……


 

「塚原先輩って……どこかで名前を聞いた気がするんだよなぁ……」

 

 一人呟く。名前を聞いた時も覚えた感覚だ。

 森島先輩に関してはもう知っている。彼女は僕が落ち込んだ時に公園で話しかけて来てくれた人だ。それ故に少し憧れを持っている。

 では、塚原先輩は?

 この憧れは? この既視感は? 一体どこから湧き出てくるのだろうか。

 その正体を確かめるにはまだまだ時間がかかりそうだった。

 

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