※今回は特殊フォントを使用したので、スマホ版だと反映されない場合があります。
反映されなかった方向けにあとがきに、反映された画像を載せておきます。見たい方はどうぞ。
また、例の如く演出が上手く表示されない場合、テキストサイズを「縦持ち60%」または「横手持ち130%」で完全版が見れます
約束の三十分前か……結構早めについちゃったな。待ち合わせの商店街。そこにあった時計を見て、そう思う。
言い出したのは僕だったし、遅れてしまっては目も当てられない。逆に寝坊したりしなくて良かったと思う事にしよう。近くの自動販売機で温かい飲み物を買ったりして時間を潰すこと約十分。予想以上に早く目的の女性がこちらへと近づいていることに気が付く。
トレードマークのポニーテイル。ロングコートが彼女の歩みを追従するように靡いている。首元にはベージュのセーターが見えて、温かそうだった。
そんな彼女は僕を見て、足を速める。
「ごめんなさい。待たせちゃった?」
「いえ、ついさっき着た所です。早かったですね。まだ約束の二十分前ですよ」
「でも、橘君はもっと早かったじゃない」
「待ちきれなかったんですよ。塚原先輩と遊ぶのが楽しみで」
「もう、調子がいいんだから……」
彼女は照れくさそうに目線をそらして、口元に手を当てる。
「じゃあ、早くそろったことですし。行きましょうか」
「そうね。そう言えば橘君。私、どこ行くか聞いてないんだけど」
「今日はですね。新しくできたポートタワーの水族館に行きます」
・
・
・
「なんか久しぶりだな。水族館」
「僕もです。最後に行ったのは確か……中学一年生の時でしたかね。塚原先輩はいつ頃ですか?」
「私も中学生の時だったかな」
「じゃあ、だいたい同じぐらいですかね」
「そうね。でもここには来たことが無かったから。楽しみね」
「はいじゃあ早速入りましょうか」
買っていたチケットを使って中へと入る。
薄暗い室内に所々に水槽が配置され、キラキラと輝くそれらはさながら宝石の様──というには大げさなのかもしれない。言い直すとミラーボールに照らされた室内と言った感じだろうか。
最も、ここは盛り上がっていなくて、静かなんだけれど。
「結構好きなんだ、水族館。何だか落ち着く」
「確かに、静かで良い雰囲気ですよね」
「うん。なんで、こんなに落ち着くのかな?」
「僕はともかく塚原先輩の場合『プールみたいに水の中にいる感じがするから』とかだったりするかもしれませんね」
「ああ、それは確かに。光の加減とか、潜水している時みたい」
そう言って彼女は水槽をしたから見上げる。ゆらゆらと揺れる水面の光を愛おしそうに眺める彼女を見て、本当に水泳が好きなんだなと思う。
「あ、橘君。見て見て。イワシの群れ」
塚原先輩が指を刺した方面に目線を向ける。そこにはたくさんの、本当に数えきれないぐらいのイワシが群れを乱さず、見事に水槽を動き回っている。
「訓練されてるわけでもないのに見事な物だよね」
「なんでああなるんですかね。僕たちから見たら生き残りやすいとかいろいろメリットはありますけど『こう泳げ』とは教わるわけでは無いじゃないですか」
「そうだね。不思議だよね。私は専門じゃないから分からないけれど、まあ、本能なんじゃないかな」
塚原先輩は投げやりに言った。こういった適当さが彼女に見られるのは珍しい。
そう思いつつ、僕は話を切り替える。
「そういえば、塚原先輩は海の生き物で何が好きですか?」
「イルカかな。哺乳類の中からでもイルカが良いね」
「可愛いですからね」
「ええ、それにあんなに早く泳げて、賢くて、その上愛嬌もあるんだから。最高の生き物じゃない?」
塚原先輩は熱弁する。ここまで入れ込むのも珍しい。今日はやたらと彼女の新しい一面を見ている気がする。それが自分にしか映らない。そうと思うとより一瞬一瞬が輝きを増した気がした。
「でも、先輩も何となくイルカっぽいですよね」
「そうかな? でも、私はどちらかと言えばシャチかな。いろんな人から逃げられちゃうし」
シャチか……まあ確かに賢くてちょっとコワモテな所が近いかも。
「僕は好きですよ。賢くてかっこいい、海の王者って感じで」
「……ありがとう。ねぇ。あっちでイルカショーがやるみたいだから行ってもいい?」
「ええ。勿論」
・
・
・
「ん~楽しかった」
「うん。すっかり長居しちゃいましたね」
「そうだね。もう日も傾いて、空が赤くなってる。楽しい時間はアッという間に時間が経っちゃう。これ、どうにかならないかな……」
伸びをする彼女は残念そうにそう呟く。
「塚原先輩でも、そう思う事があるんですね」
「そりゃあね。体感時間を自在に操れたらいいのにって、思う事もあるよ。面倒な時間をスキップして、楽しい時間を引き延ばしたい」
「できたら、それは最高でしょうね」
塚原先輩は僕の言葉に頷いた。
お互いの気持ちが合致したことを理解して、僕は言う。
「じゃあ、この時間をもうちょっと引き伸ばしましょうか。このまま帰るのも何となく味気ないですし」
「どこかに行こうってこと?」
「はい。そこの砂浜でちょっと散歩でもしませんか」
彼女は僕の言葉に「いいよ」と返事をした。それから、砂浜へと足を向ける。
砂がまぶされたコンクリートの階段を下っているとジャリジャリと音が聞こえた。その音が柔らかなものに変わった所で、隣の彼女が言う。
「夕焼け、綺麗ね。遮蔽物が無いからのもあるんだろうけど」
「海辺で夕日を眺めるなんて、なかなかロマンティックで、素敵ですよね」
「そうだね」
波が騒めく音。ゆらゆらと揺れている水平線は赤く染まっていた。塚原先輩はそれに目を奪われていて、僕は先輩に目を奪われている。
「正直、自分がこんな風に遊ぶの想像もできなかったなぁ……」
「僕もですよ。塚原先輩と二人だなんて、余計に」
「……また来ましょう」
「はい」
それから僕たちは日が沈むまで海辺で話をして、帰路についた。
バスに乗って、集合場所だった商店街まで戻って、二人並んで歩く。会話は多くなかったけれど、彼女が隣にいるだけで自然と楽しい時間になっている。そう実感できた。
やがて別れ道に差し掛かった。そこで彼女は足を止めて僕の方を見る。
「橘君。今日は……ありがとう。すごく楽しかった」
「僕もです。先輩はちゃんと気分転換はできましたか?」
「おかげさまで。明日からはちゃんといろんなことに打ち込めそう」
塚原先輩はほほ笑む。それを見て僕は安堵する。
「それは良かったです」
「うん。……じゃあ、また」
「ええ、また」
お互いに手を振って別れる。一人の道は寂しくて、肌寒かった。さっきとは偉い違いだ。だから帰ってから、彼女の温もりを思い返す様に布団にくるまって、余韻に浸った。
塚原先輩と話をしよう!
翌日。僕がお宝本の整理に開かずの教室に出向いた。普段通り屋上から出入りしようとして、そこに見覚えのある人影を見つけた。
「塚原先輩」
「あら、橘君じゃない。どうしたのこんなところで」
彼女が振り返るとスカートが釣られるように揺れた。
「ええっと……まあ特に深い理由はないんです。時間を潰す為にぶらっとしていただけで」
とっさに嘘を付く。まあここで堂々と開かずの教室に貯蔵してあるお宝本を整理しに来たとは言いづらい。
「へぇ。じゃあ私と一緒だ」
「そうだったんですか。じゃあ良かったら話しませんか?」
「いいよ」
彼女は僕の提案を受け入れて、頷く。
「橘君、この間はありがとう」
「え? ああ、いえ。僕も楽しかったですから。気分転換の成果は出ましたか?」
「うん。いい感じ。いろいろと吹っ切れたと思う」
「それは良かった」
始った何気ない会話のラリー。部活、勉強、恋愛。辺り触りのない内容から、次第に踏み込んだ、熱のこもった話が展開されていく。その熱が体に収まり切らなかった僕は『行動』にでた。
隣り合っていた手の平に指を当てて、すっと滑らせる。彼女はそれを拒むことはしなかった。指が絡まり、手の平が触れ合う。
「塚原先輩の手、ちょっと冷たいです」
「ずっと外にいたからね。君のは、温かい」
「先輩の為にポケットで温めてましたから」
「もう、調子いい事言っちゃって」
クスクスと塚原先輩が笑う。
悪くない雰囲気だぞ。今だったら、もう少し踏み込んだことをしても行けそうな気がする。
「塚原先輩。知ってますか? ファーストキスって、レモンの味がするらしいんですよ」
それを聞いた先輩はきょとんと、目を丸くする。
「どうしたの? 急に」
「美也に借りたマンガにそんな事が書いてあったなって、思い出したので」
「そっか」
無言。それからしばらくは空白時間が流れていった。気まずいってレベルじゃない。手を繋いだままだから逃げられないし……。ああ、あんなこと、言わなければ良かった。
「橘君はしたことがあるの?」
「……いや、ないですよ」
「じゃあ、確かめてみようか」
「え?」
グイっと手が引かれる。重心が崩れて、膝が折れた。そこを狙っていた彼女の唇が僕のものに触れる。
その温かさも、弾力も、時折混ざる吐息も、自分とはまるで違う異質なものだ。ただ、触れただけのはずなのに、鼓動が早くなる。離れてからも感覚が残留している。こんなこと、生まれて初めてだった。
「なんで君がびっくりしてるの」
「いや、だって……」
「変なの。私はてっきり……遠回しに誘ってるんだと思った」
「どうだった?」
まだ、状況を飲み込み切れていない僕に、彼女は問いかける。
「……よく分からなかったです」
「私も」
顔を赤らめたままの、彼女はそう言った。その赤みはきっと僕にも移っているんだろうなと思う。
チャイムが鳴って、絡めていた手が離れる。伝わっていた熱が空気と混ざって、また冷えていく。
「じゃあ、そろそろ行くね。橘君もそろそろ戻らないと授業遅れちゃうよ」
「あっ、そう……ですね」
立ち去る塚原先輩の背中を追って、僕も階段を下る。まさか塚原先輩と……。思い返す様に自分の唇に触れて彼女の熱を思い返す。この後の授業は集中できそうにない。
僕は塚原先輩とクリスマスを過ごしたい。
| _ _ _ _ _ _ _ | 選択可能です | … … … … … … … … … … … ・ … … … … … … … … … … … | |||||||||
| _ _ _ _ _ _ _ | 休1 休2 昼●放 | 3年 | |||||||||
| _ | |||||||||||
| _ | |||||||||||
[ ★ ] ! !
04
42 ←L ■ ■ ■ ■ ■ ■ *1 R→ 塚原 ひびき
いつまでも悩んでちゃいけない。そう教室で自分にはっぱをかける。
僕は間違いなく塚原先輩のことが好きなんだ。そうと決まればやる事は一つ。
決意を固めて、教室から出た。塚原先輩が良そうなところを僕は片っ端から、虱潰しに探すと、三年生の廊下に二人組の後姿を発見する。
「塚原先輩、森島先輩!」
そう呼びかけると二人は足を止めて、振り返る。
「あ、橘君」
「こんにちは、橘君」
「こんにちは、塚原先輩。森島先輩も」
軽く礼をする。
「聞いて、橘君。ひびきったら変なの!」
「私は変じゃない」
「いや~今回ばかりは変よ……あれ、どうかしたのかな。橘君」
「どうかしたの?」
「いえ、その……すいません。塚原先輩にどうしても聞きたい事があって」
僕がそう言うと森島先輩はチラリとこちらを見て塚原先輩と距離を開けた。
「大事なこと……みたいね。ひびきちゃん行っておいでよ。ここだと話しづらいだろうし」
「え? ……うん」
「すいません。森島先輩」
「ううん。いいよ。その代り今度パンダココアでも奢ってね」
「はい。それぐらいであればいくらでも」
僕は森島先輩に軽く礼をすると改めて塚原先輩に向き合った。
「じゃあ、行きましょうか」
僕がそう言うと塚原先輩は後ろについて来た。この時間で人があまりいない場所となると限られる。考えた末に僕は屋上に行くことにした。
階段を上り切って、二人きりであることを再確認する。
「ここなら、大丈夫そうですね」
「ええ、それで話って?」
口が乾く。舌が上顎に引っ付いて離れるのに時間がかかった。
たぶん、緊張をしてしまっている。そう意識した途端に心臓の音が聞こえ始めた。
でも、こんなところで立ち止まってはいられない。この緊張も、断られるかもしれない不安も乗り越えなければならない。そうじゃ無ければ僕はきっと、ずっと前に進めない。
僕はあのクリスマスを越えるのだ。そう覚悟を決めて、口を開いた。
「塚原先輩は、クリスマスイブ予定ありますか?」
「半分空いてるよ」
「半分?」
どういう事だろう。塚原先輩の言っていることが理解できない。そんな僕を見かねて彼女は補足する。
「水泳部の出し物があるから、完全にフリーって訳じゃ無いの。橘君には話したけれど、創設祭までは部長だし。先陣を切ってサボるわけにはいかないでしょ?」
「そう、ですね……ん?」
塚原先輩の言葉に納得しそうになって、踏みとどまる。
「でもそれって予定埋まってませんか? 何で半分なんですか」
「毎年恒例でね。三年生には後輩が“気をきかせて”自由時間をくれるの。予定が埋まるのは、準備と後片付けだけ」
「ああ、成程」
僕が頷くと、彼女は「だから」と言葉を区切る。
「外でデートって訳にはいかないけれど、一緒に創設祭を回るってことなら……いいよ。勿論、君が良いなら、だけど」
「良いに決まってるじゃないですか! よろしくお願いします!」
「うん。こちらこそ。よろしくね」
「待ち合わせはどうしましょうか」
「近くの桜坂でどう?」
「分かりました。じゃあそこで」
「ええ。決まりね」
チャイムが鳴る。それを合図に塚原先輩は階段に向かって歩いていく。その途中で一度足を止めて、振り返った。
「……橘君。私、楽しみにしてるから」
「僕もです」
笑う彼女にそう答えた。なんだか照れくさい。その気持ちはきっと、僕だけではないはずだ。