座標(48-04)にて「出てもいいけど、僕は田中さんと出る!」を選択すると見ることができます。
それでも満足できないのならば、マイナス30日目に早起きして学校に行ってみてください。「恋文投函直前の田中さん」というイベントが発生し、プロローグに変化があるはずです。
では実際にプレイしていきましょう。
SECRET 1
十月も二週目に差し掛かった頃、僕は珍しく早起きをした。布団から足を出すと普段よりも肌寒く感じたから、たぶんそのせいだと思う。耳を澄ますと一回からは物音が聞こえて、お母さんが朝食の支度をしているのが分かった。
二度寝をしようと思ったけれど、今布団に入ったところで眠りにつけるとは思えない。たまには下に降りて、お母さんの手伝いをすることに決めた。
それからいつもとは逆に美也を起こして、一足先に家を出る。人通りの少ない通学路と校庭は新鮮だった。焦ったり、眠気と戦っていない朝は心地良い。心なしか普段よりも視野が広い気がした。だから、下駄箱に差し掛かったとき、おろおろと右往左往する人影を捉えることができたのだと思う。
「……何をしてるんだ? こんな朝早くに」
そう呟いて、下駄箱へ歩いていくとその人影がより鮮明になっていく。肩にかからないぐらいの栗色の髪、おどおどとしてる様子はクラスで見た覚えがあった。
(田中さん……だよな。薫の友達の)
クラスメイトでもある彼女とはよく顔を合わせる。薫に振り回されるという点では僕と似た境遇で、勝手に親近感を覚えていた。扉を開けて校舎に入ると、物音に気が付いた田中さんと目が合う。
「おはよう、田中さん」
「た、橘くん!? お、おはよう! 今日は早いんだね」
「まあ、今日はたまたま早く目が覚めたから。でも、そんなに驚くところかな?」
「そういうことじゃないんだけど……」
田中さんは目を伏せて僕から視線を逸らす。別にはっきりと言ってくれても良いのに。僕は遅刻ギリギリになることだって多いんだから。でもまあ、僕と田中さんぐらいの仲だとそういったことも言いにくいか。
そう思いつつ田中さんを見ていると、僕は手元に目が行った。
かわいらしい便箋にハートのシール。それを見て田中さんがここにいる理由を理解した。
「田中さんそれ……」
「あっ、み、見ないで」
「ご、ごめん」
止しておけばいいのに僕は声に出してしまった。こういうところで気が回らないのが僕の悪い癖だと自覚しているのに中々直すことができていない。
息苦しい沈黙をどうやって立て直すか考えていると、僕よりも先に彼女が口を開いた。
「私がこんなことするって、変……だよね」
この重っ苦しい空気に従って、噛み締めるように田中さんが言う。彼女の瞳は揺れて、涙が滲んでいるように見えた。
そんな風に思ったわけじゃない。ただ単純に驚いただけだ。彼女の思い込みを正したくて、僕は首を横に振った。
「そんなことないよ。ビックリはしたけど」
「そ、そうなんだ。ビックリはするんだ」
「そりゃあ……田中さん可愛いし」
「かわっ……私が?」
「うん。だから田中さんからラブレターを貰える奴がうらやましいよ」
僕がそう言うと田中さんは照れくさそうに目線を逸らす。
「橘君はお世辞が上手いね」
「思ったことを言ってるだけだって」
「またまた~」
「本気だよ。ちなみに僕の下駄箱はここだから、いつでも入れてくれて大丈夫」
冗談交じりに自分の下駄箱を叩いて見せる。田中さんはきょとんと目を丸くして、それから優しく微笑んだ。彼女がこんなに可愛く笑うことを初めて知った。
「フフッ、残念だけどこれは橘くん宛てってわけじゃないんだ~」
「それは残念。じゃあ、誰に出すの?」
「__くん」
「下駄箱の場所は分かる?」
「大丈夫だよ。ただ、ちょっと勇気が出なかっただけ」
「そっか」
彼女につられて、僕も苦笑いをした。かつての自分を彼女に重ねてしまったからだと思う。クリスマスに勇気を出した、中学生の自分を。
あの苦い思い出を忘れることはできていない。
これからも忘れることはできないのだろう。
過ぎた出来事は取り返しがつかないけれど、せめて田中さんにはあんな想いを味わって欲しくない。そう祈ったってバチは当たらないだろう。
「上手くいくといいね」
「うん……ありがとう、橘くん。ちょっと元気出たよ」
田中さんは目的の扉を開けると、祈るように目を閉じて、便箋を入れる。
早朝の学校で見たその光景は、これまで見た何よりも神聖で、尊ぶべきもののように思えた。
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「よう、大将! 元気してるか?」
登校中に後ろから声をかけられた。僕を大将だなんて呼ぶシリアイは一人だけ。振り返ることなく、正体を看破する。
「おはよう梅原。それなりに元気にはしているかな」
「おいおいなんだよ。朝っぱらからそのローテーションは。見てる気が滅入っちまうぜ。何か嫌なことでもあったのか?」
「いいや、ただ単に夜更かし気味でさ。あんまり寝てないんだ」
心配してくる梅原にそう返すと、彼はホッと白い息を吐いた。
「なるほど道理で、うっすらとクマが見えるわけだ。睡眠時間を削るほど熱中するなんて、いったいなにをやってたんだ?」
「……気になるか?」
「そりゃあ、もちろん! 橘の見る目は信用してるからな」
梅原がトンと自分の胸を叩く。期待を込めた眼差しに応えるべく、彼へ耳打ちをする。
「実は素晴らしいお宝ビデオを発掘してね。その名も『神風特攻隊!』だ」
「何!? タイトルだけで期待が膨らむぜ」
「だろ? 突風によるパンチラ風目線で体感する新感覚イメージビデオなんだ。主演の子、腰の曲線が芸術的で……っとこの先はネタバレになっちゃうな。まあ、そのうち貸すよ」
「流石我が心の友! 期待して待ってるぜ!」
「ああ、その代わり……分かってるよな?」
「もちろん。俺も厳選してその時を待つさ」
僕らは固く握手をして、まだ見ぬお宝に想いを馳せながら校舎を目指し歩く。その途中、何者かが僕ら二人の間を割って入り、強く背中を叩く。
突然の衝撃に僕らが顔を歪め、振り返ると、屈託もない笑みでひらひらと手を振る女生徒。癖の強くウェーブのかかった黒髪は僕らにとっては見慣れたものだった。
「ぐっもー。二人とも楽しそうに何を話してたわけ?」
「薫! いきなり叩くことないだろ?」
「誰かさんがまだ眠たそうだったから喝を入れてあげたんじゃない。むしろ感謝して欲しいぐらいね」
「なんだと」と食って掛かろうとした僕に梅原が肩に手を置いて宥める。それから薫に目を向ける。
「なあ棚町。俺は何で叩かれたんだ?」
「ついで」
「ひでぇな……おい」
うなだれる梅原には同情する。僕が背中を優しく撫でると、梅原は背中を丸めて腕で目を隠し芝居ががった声をだした。
「ありがとよ大将。俺に優しくしてくれるのはお前ぐらいだぜ」
「梅原ならそのうち優しい彼女が慰めてくれるようになるさ」
「おお、そうだな。まだ見ぬかわいい彼女が俺を待っている!」
「まだ見てないようじゃ先が思いやられるわね」
「ちょっと棚町、それを言うのは無しだぜ……」
僕が笑って二人の会話を聞いていると、後ろからトタトタと足音がした。走っているのだろうがお世辞にも早いとは言えないテンポだ。
僕が振り返ると、焦った表情の田中さんが追いかけてきたのだと分かった。
「ちょっと薫~置いていかないで~」
「あら恵子、遅かったわね」
「急に走り出したりしないでよ。追いかけるの大変だったんだから!」
「しょうがないでしょ。この二人にちょっかい出すの楽しそうだな~って思ったんだから」
「も~」
田中さんはムッと口を堅く結ぶ。怒っているのだろうけれど、可愛らしさがにじみ出ていて、怖さがない。何というか、威嚇する小動物みたいな微笑ましさみたいな物が彼女にはあった。
「苦労してるね。田中さん」
「まあ、それなりに。でも慣れちゃった。それを言ったら橘くんも苦労してるでしょ?」
「僕はまあ……付き合いも長いから」
薫とは中学からの悪友だ。巻き込まれたトラブルを数えればきりがない。当初は渋々だったけれど、慣れてしまった今では、退屈しないし悪くない。
「へ~いいな、そういう仲。ちょっと羨ましい」
「羨ましい?」
「うん。私、そういう人いないから……」
田中さんは儚げにそっぽを向いた。少し冷たい風が頬を撫でて、僕がどのように声をかけていいのか迷っていると薫が田中さんと強引に肩を組む。
「な~に言ってんのよ。別にこれからどうとでもなるでしょ!? 私たちがそうなればいいんだし」
「薫……」
「薫の言うとおりだね。たまには言うことを言うじゃないか」
「何が“たまには”よ!」
僕の言葉に激昂して薫が僕に襲い掛かる。取っ組み合いをしてる僕らを見て、梅原と田中さんは指を差して笑っていた。いや、笑ってないで助けてくれよ。
僕の心の声は当然二人には届かず、薫の癖っ毛が僕の首筋を撫でる。
「ねぇ、純一」
「なんだよ薫」
「アンタ放課後時間あるでしょ?」
「予定が空いていることが確定しているみたいな言い方は止めろよ」
「予定あるの?」
「ないけどさ……」
「ならいいじゃない。付き合いなさいよ。校内の男子代表として!」
「やけにスケールの大きな話だな」
どんな基準での選考なのか気になっちゃうじゃないか。僕が代表に選ばれるような種目って言うと……校内に隠し持っているお宝本の数とかかな? いや、それは薫に知られてたらマズイだろ!でも、他に心当たりもないんだよな……。困った、考えても答えが出ない。
「何を企んでるんだ?」
「別に? 悪いようにはしないから平気、平気~」
「それが信用ならないんだよ。この間だってそんなこと言って強引に二人乗りして、走ってるのに暴れて、坂で転んだじゃないか!」
おかげで二人して派手に擦りむいて、途中の公園で傷口洗ったんだっけ。あの痛みを思い出しただけで鳥肌が立ってきた。
「あれは……悪かったわよ」
「……? 薫が素直に謝るなんて熱があるんじゃないか?」
「アンタねぇ……人が下手に出てればどういうつもり?」
薫はぐっと拳を握って僕を睨みつける。そうそうこれこれ! 薫はこの感じじゃないと……ってこのままだと僕が殴られる流れだ!?
危機を察知した僕は右足を一歩下げて、迫り来る拳に備えた。けれどもいつまでたってもその拳が振るわれることはなく、薫は僕を見てため息を付いた。
薫の表情はいつになく真剣で、僕もふざけている場合ではないと悟った。
「……ごめん薫。それで、どこに行けばいいんだ?」
「放課後校舎裏に来て。大事な用事だからすっぽかさないでよ」
「わかった」
「ならよろしい。じゃ、放課後はよろしく」
薫は頷いて僕の隣から離れると田中さんの隣へ戻っていった。あんな顔をするなんて、いったい何があったんだろう? 気になるけど……放課後になれば分かる話だ。気長に待つことにしよう。
今日は4月1日! エイプリルフールだぜ!