「おーい、七咲。一人で何やってるんだ?」
食堂でA定食を注文した僕が席を探していると外で一人、席に座っている七咲を発見した。弁当を持っている訳でも無ければ、僕みたいに食堂のトレーを持っている訳でもない。だから気になって声をかけたのだ。
まあ欲を言えば席を確保したいというのもあったけど……それは置いておこう。
「あ、橘先輩。こんにちは。私は席取りですよ」
「席取り……ってことは他に人がいるのか。相席をお願いしようと思ったんだけど、僕は遠慮した方が良さそうだね」
「いえ、構いませんよ。丁度あと一人分空いてましたし」
「ほんと? 助かるよ」
「まあ、残り二人の了承を得られればの話ですが」
「それは、そうだね。ちなみに残りの二人って?」
「一人は、美也ちゃんで、もう一人は部活の先輩なんですが……。あ、丁度来ましたよ」
七咲が僕の後ろに視線を送った。それを見てゆっくりと後ろを振り返った。そこには七咲の言葉通り、見慣れた妹の姿。そしてトレーを二つ持った塚原先輩だった。
「お待たせ、七咲。A定食で……って橘君?」
「塚原先輩? 何でここに」
二人は七咲が陣取っていた席にトレーを置いてから再び僕を見る。予想外だった。先輩って……確かに先輩だけどそれがまさか塚原先輩だとは思わないだろう。
突発的な緊張をほぐす為に深く呼吸をする。
「それはこっちの台詞だよ。なんでにぃにがここにいるの?」
「食べる所が無くてさ。七咲に相席を頼んでたんだ」
「みゃーはいいけど……塚原先輩はいいですか?」
「ええ、構わないわ」
了承は得られたようなので、ひとまず僕はトレーを置いて、空いた椅子に腰を下ろした。結果的に塚原先輩と正面に向き合う形になる。緊張がまた高まった。
「というか、美也と七咲って、塚原先輩と知り合いだったのか。どういう繋がりなの?」
「水泳部の主将なんですよ~塚原先輩は。お兄ちゃん知らなかったの?」
「知らなかったよ」
「あれ? この間会ったときに言わなかったっけ?」
塚原先輩が首を傾げたので僕は肯定する。
「はい。この間『部活のミーティングを蹴って』って言ってたので、どこかに所属していることは知ってましたけど」
この間、森島先輩と一緒に会ったときのことを思い出しつつそう言った。「そうだったかな……」と塚原先輩は考える仕草をした。それを受けて美也が補足する。
「みゃー達は部活仲間って感じだね。同じ水泳部の先輩後輩」
七咲が美也の言葉に頷いた。
全くもって接点が無いように思えた面々だったが、そんな関係性だったのか。僕が思っている以上に世の中って狭いんだなと思う。
塚原先輩が割り箸を割って手を合わせる。手を合わせる塚原先輩を追って、僕たちも手を合わせて食事を始める。
「いただきます」
「あ、いただきます」
「いただきま~す」
A定食の味に舌鼓を打ちつつ、中々切り出す話題が思いつかない。言うに事欠いた僕はその場にいる二人について塚原先輩に聞くことにした。
「ところで、塚原先輩」
「ん? どうしたの?」
「美也と七咲は部活でどんな感じですか?」
「先輩、美也ちゃんはともかく、どうして私の様子まで聞くんですか!?」
「いや、なんとなく気になって」
「そうね……。二人ともよくやってくれてるわ。一年生の私に見習わせたいぐらいには優秀よ」
「へぇ、七咲はともかく美也は意外だな」
チラリと対面に座る美也に目線を向けた。彼女も七咲同様に不満そうな目している。
「なに、その言い方。だいたい、お兄ちゃんにちゃんとしているとか、してないとか言われたくないよ」
「何だよそれ。僕はいつだってちゃんとしてるぞ」
「家だったら無限にだらけてるし、外ではちょっとマシだけど、こないだだって梅ちゃんと……」
「美也、ストップだ。帰り道にまんま肉まんで手を打とう」
「じゃーしょうがない」
「それでいいの、美也ちゃん……」
七咲が呆れた顔で美也を見ていた。七咲の気持ちもわかる。だが、美也にとってこの時期のまんま肉まんはそれだけの価値があるのだ。理由は僕には分からないけれど、美也はそういう生き物と言う事で納得して欲しい。
「ふふっ、でも橘君の名誉の為に補足しておくけれど、しっかりしてるときはしっかりしてるよ。この間会ったときも落ち着いて対応してたし」
「塚原先輩……」
まさか僕がそのような評価をされているとは思わなかった。自分で言うのもなんだけど、結構だらしがないと思うのに。なんか意外だ。それに他ならぬ塚原先輩にそのような事を言って貰えるのが嬉しかった。
「……お兄ちゃん」
「何だよ美也」
「塚原先輩に何したの」
「私も気になりますね。橘先輩は塚原先輩に何をしたのか」
「七咲まで! 僕は何もしてない! 何かする度胸もないよ。お前達にだって僕は紳士的な対応を心掛けているんだぞ!」
『紳士的、ねぇ……』
二人の声が被る。そんな目で僕を見るなよ。何だか申し訳なくなって来るだろう。否定できないのも辛いところだ。ここは分が悪い。無理矢理にでも話題を変えてしまおう。
「……そういえば塚原先輩。この間、僕に何か聞きたい事があったみたいですけど、なんですか? 中途半端で止められて、僕ちょっと気になってるんですけど」
塚原先輩に目配せをして問いかける。それを受けて彼女は「ああ」と思い出したように相槌を打った。
「それに関してはたった今、私の方で解決したんだけど……まあいいか。話すよ」
塚原先輩は箸をおいてからこちらを向く。
「橘……って、これだと分かりづらいね。美也と兄弟なのかって聞きたかったの。何となく雰囲気が似てたし、そうじゃないかと思って」
「……ああ、成程」
「お兄さんが同じ学校にいることは聞いていたからね。いろいろ話もしてくれたから気にはなっていたの」
「いろいろ……美也、変な事話してないよな?」
「ん~どうだったかな」
「そこでお茶を濁すなよ……」
不安になっちゃうじゃないか。
そんな僕を見た塚原先輩はその不安を和らげようとしてくれているのか微笑み、こちらを見る。誤解されやすいだけでやっぱり優しい人なんじゃないかなと僕は思う。
「まあ、ほとんど部活でしか話さないから、細かいことは聞いてないよ。けれど、面白いのを取り上げるとすれば……そうだね、君が『にぃに』だって分かったのは大きな収穫だったかな」
とんでもない一言をぶち込んできた。さっきの優しそうな笑みは何だったのだろうか。そのギャップが僕の精神を襲う。
「あ、塚原先輩! それはナイショだって!!」
「おっと、そうだったね。ごめんなさい。失言だった。七咲、今のは忘れて」
「は、はぁ……」
控えめに笑う塚原先輩の表情からして絶対わざとだと言う事は分かる。でもこの場で年長者である彼女にブレーキをかけられる人材は存在しなかった。
森島先輩がいれば話が違うのだろうけれど、後の祭りだろう。
混乱する後輩たちを気にせずに塚原先輩が食事を終える。そして近くの時計をチラリとみた。
「ごちそうさま。私はそろそろ行くよ」
「え? 早くないですか」
「このあと移動教室なの。早めに移動しないと間に合わないんだ」
「そうですか、じゃあしょうがないですよね」
「うん。また今度会いましょう。二人はまた部活で」
手を振る塚原先輩に僕らは「失礼します」と声をかけて見送った。その背中をしばらく眺めていると、美也が拗ねた顔でこちらを見ていることに気が付く。
「……なんだよ」
「お兄ちゃん、ニヤニヤし過ぎ」
「え? そうかな。どう思う七咲」
「そうですね……。少なくとも、表情をコロコロ変えてたのは確かです」
「そんな風に見えるのか。僕……気を付けないとな」
「でもまあ、いいんじゃないですか。塚原先輩は悪く思ってないみたいですし」
「え~逢ちゃんは甘すぎだよ」
二人が話している所を見てようやく、僕は塚原先輩への妙な既視感の原因に思い至った。
おそらく二人から塚原先輩の話を間接的に聞いていたからに違いない。だから僕は塚原先輩の名前を聞いた時に初めて聞いた気がしなかったのだと思う。
それにしても、塚原先輩に弄られるのも案外悪くなかったな……。今度あったらあえて隙を見せてみるのもいいかもしれない。なんて密かに思いつつ、僕は後輩組と食事を続けた。
次の体育の授業に向けて僕は着替えた後、グラウンドへと繰り出していた。早めに来てしまったのもあって、まだ直前にマラソンを行っていたと思われる生徒たちが残っている。
疲れが残り、項垂れる生徒が多い中で元気を失っていない生徒がこちらに手を振っていることに気が付く。
豊満なバストをはじめとして、様々な魅力を兼ね備えたスタイル。毛先がクルクルと巻いてある彼女はそのままこちらに向かって歩いて来た。
「やっほー橘君。橘君は次体育?」
「はい。森島先輩は丁度終わった所だったみたいですね。お疲れ様です」
「本当にね。この時期のマラソンは結構しんどいよ。まあ、この時期じゃなくてもしんどいけど……」
いつもウキウキと高いテンションを維持している森島先輩にしては珍しく、表情が歪む。なんでも楽しくこなしてしまいそうに見えるけれど、どうやらそうではないらしい。
「そうですね。僕もそう思います。進んで自分からやりたいとは思いませんよ」
「だよね~」
ぐでっと背中を丸めて気怠そうに森島先輩。その背後からゆらりと近づく人影が一つ。ポニーテイルを携えたその人物は、ばれない様に森島先輩のわき腹を突いた。「ひゃうっ!」と可愛らしい声と共に森島先輩の体が跳ねる。
「はるか、だらしないわよ。せめて教室に行ってからにしなさい」
「あ、塚原先輩」
「あら、橘君。君は次の体育?」
「ええ。まあ」
塚原先輩の言葉に頷く。
息を切らす様子もなく。肩にかけたタオルで肌を労わる様になぞる塚原先輩。普段から感じられる活発さが際立って、僕の心臓がバクバクと脈を打っているのが分かるぐらいに早まった。
「塚原先輩、結構余裕そうですね」
「普段から部活でも走っているから、これぐらいなら余裕をもって走り切れるよ。それぐらいじゃないと大会じゃ勝ち抜けないからね」
塚原先輩はそう淡々と告げた。さっきの攻撃が効いたのか背筋を伸ばした森島先輩が塚原先輩を不満げに見る。きっとさっきの仕打ちが気に食わなかったんだろう。
「ちょっとひびき~。不意打ちは卑怯よ」
「気を抜いてるのが悪い。後輩にだらしない所を見せないの」
「……はーい」
渋々と森島先輩は頷く。僕としてはちょっとだらしがない森島先輩を見られるのは悪い気がしなかったけれど、先輩には先輩の面子があるのだろう。たぶん。
「それにしても流石ね~。ぶっちぎりの一位でゴールしてたし。こういう持久力系ならこの学校なら敵無しなんじゃないの?」
「それはいい過ぎ。私より上なんていくらでもいるって」
「そうかな? 一年の時から一緒だけど、ひびきが負けた所見た事無いんだけど……例えば誰がいるの」
「……少なくとも男子には敵わないかな」
男子以外には勝てる算段があるみたいな、含みのある言い方をするなぁ。意外と負けず嫌いなのかもしれない。
それにしても……
「一年の時の塚原先輩か……いまいちイメージが付かないですね」
「まあ、あんまり変わってないからね~ひびきは。昔から表情硬いから、とっつきにくさは相変わらずかな」
「そうね……頑張ってはいるんだけど、なかなかね」
「……あ、でも前よりかは言葉が柔らかくなってマシになったんじゃない?」
「そうかな? それでも、後輩には怖がられたりしてるから。あんまり感じないかな」
塚原先輩はそう言ってちょっと、ため息を付いてから話を切り返す。
「そう言うはるかもあんまり変わんないよね。昔から男子にもてて、忘れっぽくて」
「ああ、確かに。この間も僕の顔を覚えてませんでしたしね」
「いや、あれは橘君がちょっと俯いてて顔が見づらかっただけっ!」
「え~ほんとかな?」
「ひびき~ここぞとばかりに弄らないのっ!」
こうして先輩たちの話を聞いた。塚原先輩の知らない魅力をいろいろと知れた気がする。それは嬉しい。けれど……塚原先輩って自分の顔をあまりよく思ってないのかな?
確かに塚原先輩は強面って言うか、表情が硬い時もある。けど、だからこそ時折見せる笑顔にドキッとするのに……。それを認識してないのが残念な気がする。
何とかこの魅力を本人にも知ってもらえないだろうか。そんな事を考えつつ、僕はじゃれ合う二人を眺めていた。