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「そろそろ帰るか」
放課後の校舎を一通りぶらついた後、教室へ向かう。今日は特別な日で、それ故にいろいろと期待をしてしまった。でも今日のオープニング、HR前の七咲の突撃以降は音沙汰なしだ。
まあ、僕としては女の子からプレゼントを貰えるだけで相当な快進撃。テンションが上がって然るべきなのだけれど、一つ誤算があった。
「正直、塚原先輩からも貰えると思っていたんだけどな……」
そう、塚原先輩。今日の放課後ダラダラと下校時刻までいた目的はそれだ。
いや、勿論僕の誕生日を彼女に伝えた覚えもないし、彼女が気付いていないのは仕方がないとは思う。でも、自分の誕生日がそろそろ近づいていることを恩着せがましく、当の本人が仲の良い人間に伝えるというのは、気が引ける。
だからこそ僕は彼女に自分の誕生日を伝えなかったのだけれど……こうして実際にスルーされてみると結構落ち込むな。
七咲がどこからともなく僕の誕生日に駆け付けたのもあって、今日一日妙に期待を持っていしまっていた。
でも、他の誰かから、女の子から誕生日を祝ってもらえるというだけで、僕は幸せ者なのだろう。
バッグを持って、通学路を抜け自宅にたどり着く。玄関に並んでいるはずの靴は僕の物以外には存在しなくて、この家にいるのは僕だけという事実が察せられた。
「誕生日なのに、僕一人か……」
この歳になると誕生日に今更特別感を持つことは無いのだけれど、それでも家族にくらい祝って貰いたかった気がする。
制服をハンガーにかけて楽な格好になる。特にすることもなく、物思いにふけるだけだった僕が取るべき行動はただ一つ。
「押し入れに籠るか」
自分が作り上げたリラックスできる空間。体を収めて締め切ると、蛍光ペンで彩られた星々が光を灯す。
ぼんやりとそれを眺めてしばらく経った後だった。チャイムが鳴った。今日に限って言えばこの家に他の人間がいないことが分かっている。だから、僕自身がこの呼びかけに答えなければならない。もし宅配便だったらスルーしたときの損害は計り知れないからだ。
重い腰を持ち上げて、階段を下る。その途中で「はーい」と返事をして、ドアノブに手をかけた。
部屋着には厳しい冷気が室内に吹き込んで、僕の体温を奪う。ちょっと億劫になったけれど、義務感で扉をこじ開けた。
「お待たせしました……と」
「良かった。家に帰ってて」
宅配便らしからぬ温かみのある声色が僕に向けられる。それに驚いて次の言葉を発することができなかった。
塚原先輩だ。僕が学校で待ちわびていた彼女が目の前にいる。
「突然ごめんね。今ちょっと時間あるかな」
「え? ああ、はい! 有り余ってます。何なら、ちょっと上がっていって貰っても良いですよ!」
「そこまではいいかな。そこまで時間をかける用事じゃないし」
戸惑いから抜け出した僕の言葉を彼女はすらりとかわして微笑む。それから肩にかけたスクールバッグに手を突っ込んでゴソゴソと漁る。
そして、細長くきらびやかに包装された箱が僕の眼のまえに提出された。
「誕生日おめでとう。橘君。これプレゼント」
「え!? いいんですか?」
「いいんですかって、いいに決まってるでしょ? 私が君の為に用意したんだから。もし橘君が受け取らなかったら私はこれを永遠に持て余しちゃうよ」
そう先輩はおどけてみせた。
「そうですよね。ありがとうございます。嬉しいです。早速開けても……」
「それはダメ。一人の時に開けて」
「え? 何でですか?」
断られるとは思っていなかったから反射的に問いかけてしまう。
「ちょっと恥ずかしいのよ」
「ちょっと恥ずかしい物が入ってるんですか!?」
「そうじゃない! もう……。ともかく、それは一人になってから開けて」
「分かりました」
「うん。物分かりが良い子は好きだよ」
彼女はそう言って呆れた表情を微笑みに戻す。「好き」その言葉が用法的に自分の求めている物ではないとは分かっているのだけれど、少しドキッとしてしまった。
「じゃあ、これで私は行くね。邪魔しちゃ悪いし」
「邪魔って、むしろ僕は先輩が来るまで暇を持て余していたんですけど」
「もう少ししたら美也も帰って来るでしょうし、ご両親もそろそろ……」
「そろそろ?」
「ううん、何でもない」
彼女はそう首を振って、自分の言葉をせき止めた。
「そういう中途半端な切り方をされると気になっちゃうんですけど」
「そのうち分かるから。私から聞かなくても大丈夫よ」
塚原先輩は背中を見せると、入り口の階段を下り切ると、僕を見た。
「じゃあね、橘君。また明日」
「はい。今日はありがとうございました」
頭を下げて、礼を言うと彼女は満足が行ったように歩き始める。僕はしばらくその背中を眺めてから扉を閉めた。
玄関の空気は外気温とほぼ同じ。仕方なく暖を取るために自分の部屋へと向かう。
机に塚原先輩から貰ったプレゼントをおいた。丁寧にテープをはがして、包装を解く。
これは……万年筆だ。
シャーペンとは桁違いの存在感と重み。ボディの艶がたまらない。輝くペン先がかっこいい……!
「すごいプレゼントを貰っちゃったな……。塚原先輩の誕生日をちゃんと聞いておかないと」
こんな物を貰って置いてお返しをしないのは恩知らずだろう。塚原先輩にもこんな喜びを味わって貰いたい。
そんな事を考えていったん視線を万年筆から外すと、まだ箱の中に何かが残っていることに気が付いた。ひっくり返してみてみると僕とは違う柔らかな筆跡が残されている。
| Happy Birthday! 橘君へ 誕生日おめでとう。 今回のプレゼントは万年筆。ちょっと癖があって、慣れるまでは時間がかかる物です。 でも、最近の努力を続けるキミを見ていると、似合いそうな気がして選びました。 いつか「ここぞ」という所でかっこよく使うキミを楽しみに待ってます。
塚原ひびき | ||
おお、直筆のバースデイカードだ! こういうの貰うと嬉しくなっちゃうよ。よし、こうしちゃいられない。早速万年筆を使う練習をしよう!
僕は近くにあったメモ帳を手に取って、万年筆を握った。
その数十分後。塚原先輩の言葉通りに美也と僕の両親が帰って来た。僕の誕生日祝いの買い出しに行っていたことを告げられ、塚原先輩の言葉に納得がいく。
たぶん、美也の様子を見て、水泳部の面子には情報が駄々洩れだった。だから同じ水泳部の塚原先輩と七咲が祝ってくれたのだ。
普段だったらその情報管理の甘さに怒る所なのだけど、今回ばかりは感謝しなければならないらしい。
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塚原先輩だ。この前のお礼をちゃんとしなきゃ。
| _ _ _ _ _ _ _ | 選択可能です | … … … … … … … … … … … ・ … … … … … … … … … … … | |||||||||
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36 ←L ■ ■ ■ ■ ■ ■ *1 R→ 塚原 ひびき
「塚原先輩」
僕はテラスで佇む彼女に声をかけた。頬杖を付いてぼんやりと遠くを眺めていた彼女はそれに気が付いて、背筋をスッと伸ばす。
その表情はこの間に比べるとはるかに晴れやかで、僕のこぼれてしまった言葉は結果として、上手く作用したのだと、改めて思う。
「あら、橘君。今帰り?」
「はい。先輩はこれから部活ですよね」
「うん。いつも通りね」
「なら丁度良かった。この間、プレゼントのお礼がまだだったので、ちょっと探してたんですよ。今日もお話しても良いですか?」
彼女はその問いに「いいよ」と優しく、柔らかな声で答える。羽毛で肌が撫でられたみたいで心地良かった。彼女の定位置の対面に座る。
「プレゼント、ありがとうございました。嬉しかったです。バースデイカードも、あんなの貰ったの初めてでしたから」
「フフッ、嘘。絶対貰ったことあるって」
「本当ですって」
「じゃあ、私が君の初めてだね」
初めて……事実を言っているだけなのになんか甘美な響きだ。それも塚原先輩が言うから余計に。せっかくだし、録音でもしておきたかったなと思う。
口に出すと引かれそうだから言わない。けれど、このままこの話題を続けていたらうっかり口走りそうだったので、話題を切り替えることにする。
「そういえば、塚原先輩。ずっと部活に出てますけど、大会っていつなんですか?」
「大会? どうしてそう思うの?」
「ずっと部活に出てるってことはそうなのかなって」
不思議そうな顔をする塚原先輩に僕はそう補足する。
「いや、橘君……。十二月よ。こんな真冬に水泳の大会なんて……やるわけないじゃない」
塚原先輩は笑いをこらえながらそう否定した。いや、確かに自分でも違和感を覚えていたけれど、そこまで笑わなくてもいいじゃないか。
「じゃ、じゃあ塚原先輩はどうして部活を続けているんですか?」
「うーん。まあこの時期まで部活を続けている人って限られてるんだけどね。大学のセレクション受けた人とか」
「セレクション?」
「まあ平たく言えば推薦入学試験。スポーツ入学する人ね。そう言う人はこの時期でも能力を落とさない様に参加してる。水泳部にも何人かいるのよ」
「でも、塚原先輩って、そういう関係じゃないですよね。スポーツで医学部って訳でもないですよね?」
「うん。勿論。逆にスポーツ一本の人がそう言う所に入れちゃったら問題でしょ? 他は──そうだね。まだ大会とかコンテストがある部活」
「でも、水泳部はもうないんですよね?」
「うん。だから結論を言うと、私は趣味でやってるってことになるのかな」
「趣味……僕には考えられないです」
「そうかな? ……まあ、でももうすぐ終わっちゃうんだけどね」
「え、趣味なのに……どうしてです?」
「いつまでも部活に上級生が入り浸ってちゃ、下級生が育たないでしょ? ……この言い分だったらもう少し早く引退すべきだったんだろうけど。ともかくいつまでもいれないってこと」
「そう、なんですか。いつになるんですか?」
「三年生は創設祭まで。それまでは部活に出て、出し物の準備とか手伝うことにしてる」
そう言う塚原先輩の表情は少し曇っている。この間ほど沈んでいる訳ではないけれど、その理由が知りたかった。
「どうかしたんですか」
「私がいなくなっても大丈夫なのかなぁ……って」
「心配なんですか?」
「うん。まあちょっと。あの子たちだってよくやってるし、子供じゃないって分かっているんだけどね。どうしても……」
「お節介焼きなんですね」
「そうなのかな? でも、君が言うなら……たぶんそうなんだろうな」
はー、と塚原先輩が息を吐いた。空気を曇らせる水蒸気が天へと昇っていく。
「思いつめ過ぎじゃないですか? 塚原先輩も言ってましたけど、僕ら二年も子供じゃないですし。塚原先輩の後輩なら大丈夫ですよ」
「そうかな?」
「そうですよ。それでも安心できないってことは気疲れしてます。気分転換とかちゃんとしてますか」
「それなりにしてるって」
「本当ですか? 塚原先輩の事だから、気分転換中でも水泳とか勉強の事とか考えてそうですけど」
「それは……ちょっと否定できないかも」
「やっぱり」
「やっぱりって何? 私ってそんなに入れ込んでいる様に見えるの?」
「見えるも何も、今まさに入れ込んでいる真っ最中じゃないですか」
「ああ……そうね」
バツが悪そうに塚原先輩は頬をかく。
「塚原先輩。そこでちょっと提案なんですけど」
「え? ……うん。なに?」
「今度の日曜日って水泳部オフでしたよね。まだ先輩の予定って空いてますか?」
「……空いてるけど、なんで知ってるの?」
「休みだーって、美也がはしゃいでたので」
「成程ね」
「それで、良かったらなんですけど。……僕と一緒に遊びに行きませんか?」
勇気を出してそう言った。時間の進みが急激に遅くなる。
彼女は僕の言葉をじっくりと確かめる様に目を閉じて、それからこう言った。
「いいよ。その代り、言ったからには私が他の事を考えられないぐらいに楽しませてね」
次回はお待ちかね。塚原先輩とデートです。