アーニャが「本当に一晩の過ちだった」と歩いていると建物が破壊されてそこからモンスターが現れた。
そいつは赤い肌をしていて角を持った怪物。
「み、ミノタウロス……」
『ゔぉぉぉぉ!!』
ミノタウロスはアーニャに向かって襲いかかる。
「届けぇ!!」
声とともに現れた人物にアーニャは押し倒される。
その人物はアーニャを庇うようにミノタウロスとの間に入って、鉄の粉で攻撃を受け流しながらミノタウロスの双眼を睨みつけた。
「に、ニック!」
「アーニャ早く逃げろ!」
アーニャがニックの腕を見ると微かに震えているのがわかった。
相手はミノタウロス。ニックが殺されかけた相手。トラウマでもある。
背中しか見えないからわからないが、顔は青ざめているのに違いない。
「駄目にゃ。お前も逃げるにゃ!」
「俺が逃げたら。二人とも追いつかれて終わりだ……誰かが気を引かないと」
震えた声で言って、震えた右手で武器を手に取り、震えた脚で立ち上がった。
「早く逃げろアーニャ!!」
「でも! 怖いにゃろ? 立ち向かうなんて無理」
「それでも!! ……男にはやらないといけない事があるんだよ。通さないといけない物があるんだよ。俺はお前をデートに連れ出した。なら最後までエスコートするのが俺の役目だ。だから逃げろ。……恥かかせてくれるな」
それだけ言い残すと「こい牛野郎!!」と叫びミノタウロスに一太刀浴びせて走り出した。ミノタウロスもそれを追いかける。
「絶対。絶対に助けを呼んでくるからにゃ!」
かっこつけたが内心ションベン漏らしそうな状態だった。
「お前が怖い……」
ミノタウロスは凶悪な微笑みを浮かべている。
「あの時から。ダンジョンに潜るたびにお前の顔がチラついて……駄目なんだよ……」
あの叫び声が暗闇の中から聞こえてくる気がして、ダンジョンの中にいる間いつも気が気じゃなかった。
夜道でも幻聴で聞こえてくることがある。
あれ以来。闇がひたすら怖い。
「だから。だからこそ。今! おまえを超える!!」
『ゔぉぉおおおお!!』
ミノタウロスが答えるように吠える。怯みそうになったが、それを大声で紛らわせて攻撃を仕掛けた。
鉄の粉を蠢かし攻撃を仕掛ける。
ミノタウロスは腕で受け止める。
ニックはヤスリの様にして相手の皮膚を削ろうとする。
だが、傷一つどころか薄皮一つ剥げない。
あまりにも硬すぎる。
東京グールに出てくる鱗赫の赫子を想像して扱うがやはりあそこまでの火力は出ない。
ならやり方を変えなければ。
と考えている間にもミノタウロスは接近してきて殴る蹴るの嵐。
予測して避けようとするがかわしきれず少なからずのダメージを受ける。
軽い傷は自然治癒で間に合うが、大きなダメージは間に合わない。
「……くそっ!!」
止まれよ!! 止まれよ!!
「【サイコブースト】」
右手に魔法球を生み出して投げ飛ばす。
ミノタウロスの顔面にヒットしたが大したダメージにならない。
恐怖が煽られる。
「勝つって決めたんだろ……。あれだけ虚勢を張っただろ……」
止まれよ。止まれよ。
なんで止まってくれないんだよ。
「止まれよ俺の脚!! なんで後ろに下がっていくんだよ!!」
トラウマが無意識に逃げを選ばせようとする。立ち向かうと決めたのにも関わらず。
「逃げるわけに行かないんだよおお!」
ニックは鉄を操って自分の左脚を4箇所切り裂いた。震えが止まる。後ろに進もうとしていた脚の動きも止まった。
ミノタウロスも目の前の男の意味不明な行動に動きを止める。
「もう逃げない」
服を引きちぎって髪が視界に入らないように纏める。
上着を脱ぎ捨てて隠し持っていた投擲武器やナイフを念力で空中に浮遊。
鉄の砂を両者を取り囲むように配置。
「行くぞ!!」
砂を打ち付ける。ミノタウロスは右手でそれを防ぐ。
ニックは右手を上に上げたことでできた脇腹にナイフを飛ばす。
ナイフは刺さらないがその上に砂を固めた鉄のボックスを投げてめり込ませる。
ほんの少しだけ血が漏れた。
ミノタウロスは左手で鉄のボックスを破壊。思い切り踏み込んで前に飛び出す。
角を使った突進。圧倒的な破壊力で迫る。
「【サイコブースト】!!」
魔法球を地面に投げて爆発させ、煙を生じさせる。
煙を突き抜けたミノタウロスはニックを串刺しにしたが、それは塵に消えた。
慌てて周りを見渡すとニックが複数に増えている。
『……』
にぃとミノタウロスは笑った。
一人だけ左足がボロボロの人間がいると。
ミノタウロスの認識は間違っていない。ニックの能力は万全の状態の影を増やす。傷までも同じにはできない。
『ぶぉぉ!!』
再度突進を仕掛ける。影たちが飛びかかって阻止しようとするが次々に蹴散らされる。
「来るとわかってた」
だから罠を張った。
ミノタウロスの体にワイヤーが思い切り引っ張られる。ワイヤーにはナイフが巻き付けられていた。
「自分の力で自分を締めろ!!」
鉄線と刃が赤い筋肉にめり込んでいく。
『ぶぉぉ……』
だんだん血がにじみ始めた。
『ぶぉぉ……おおおおおおお!!!』
だがミノタウロスは勢いを殺さず、更に上げた。
ナイフが砕けて紐が引きちぎられる。
その勢いのままミノタウロスが迫る。
右に避けようとしたニックだが。
『オオオオオオオオオ!!』
ミノタウロスの【咆哮】で身動きが取れなくなった。
無防備な体にミノタウロスが迫る。
急いですべての鉄の砂を集めて防護壁を作るが、全て突き破られてニックは吹き飛ばされた。
文字通りバラバラになった。
衝撃で腕や脚が胴体から千切られ、バラバラに飛び散って。血や肉、内臓が撒き散らされる。
落ちてきたニックの頭をミノタウロスは果実を踏み潰すかのように潰した。勝利の咆哮を天に放った。
面白いくらい簡単にニックは死んだ。
その血肉が雨のように飛び散るのを見ていた人物がいた。
「ニック様?」
リリだった。
街の散歩中に、騒ぎを聞きつけて逃げようと思った矢先。アーニャにあって話を聞いてやってきたのだ。
なのについた途端ニックが消し飛ぶなんて想像もしなかった。
リリの中でニックは強い人間として認識されていた。地獄を一瞬で蹴散らしてくれた強い男の冒険者。だからリリはついてきた。なのにこんな簡単に殺されるなんて。
「ウエイトレスを助けて死んだ………………だから言ったのに…………危険に飛び込むなって………!」
リリはボウガンを構えた。
蛮行。自分でもなぜこんな事をやるのかが理解ができない。でも自分を止めることができない。
「一人で……私をおいて死んだ……!」
ミノタウロスはリリの方を向いて歩み寄ってくる。
「許さない……殺してやる!!」
矢を撃つが肌に当たって刺さることなく弾かれる。
「うあああああああ!!」
わざとらしくゆっくり歩いてくるミノタウロスに矢を何度も放つ。
しかし意味はなかった。
ミノタウロスは腕を振り上げた。
(ニック。貴方は最後まで私の言うことを聞きませんでしたね)
「待てよ」
「へ?」
顔を上げるとミノタウロスの後ろにニックが立っていた。
ニックは体の再生が間に合っておらず、体を形成している最中。右腕と右足の修復が追いついていない。
「【じこさいせい】」
三回目の【じこさいせい】でやっと完治した。だがもう【じこさいせい】は使えない。
魔力消費が多すぎて、決め手を使えなくなってしまう。
振り返ったミノタウロスは、噛みごたえのある抗争者の出現に喜びの笑みを浮かべた。
「リリ。今日の俺とお前はパーティじゃない。だからお前の言うことは聞かない」
リリは馬鹿の主張に呆れる。
「なら私もこのミノタウロスを狩ります。どちらが速いか勝負としましょう」
口実がないと行けないのでしょう? と心の中でつぶやいた。
(相変わらず面倒な人です)
でも生きてて良かった。