夜食は一番早くに店を開けていた"豊穣の女主人"という店で取ることにした。
「邪魔するでー」
「邪魔するなら帰ってニャー」
「はいニャー」
「何やってるんですか。入りますよ」
ノリが悪いなぁと呟きながら入店して一番端っこのカウンターに座った。リリが壁側だ。
「いやぁ」
ウェイトレスを眺める。
「常連になろうかな」
リリは下心を隠そうとしないニックに侮蔑の視線をくれた。
しかしリリ自身この店のウェイトレスはかなりレベルが高い方ではないか? と思う。
先程謎のやり取りをしていた猫人の女性も笑顔は素敵だし。
リリが店内を眺めていると。
「いたたたた!」
「何やってるんですか!?」
隣でニックが関節技を決められていた。腕を組み伏せられていて身動きが取れない状態にある。
「違う違う違う。待て待て待て待て!」
技をかけているのは人間で、その後ろではエルフの女性が蔑んだ目で見下していた。
「誤解誤解ごかいいいっっ!」
「それ以上いけない!」
リリが急いで止めにいる。
「何したんですか!」
「知らないソースあったから何だろうと思って手を伸ばしたら、そこのお姉さんと手があたって気がついたらこうなってた」
そこのお姉さんというのはエルフの女性だろう。
相手がエルフと知ってリリは納得した。
エルフは親しいもしくは同種族以外の者たちとの接触を嫌う傾向がある。
「いったぁ。爪が刺さって血が……治った」
治癒能力がこんな所で役に立つなんて。
それを見て技をかけていたウェイトレスが驚く。
「すごい傷が消えた」
「おい。そこの猫! フォークを構えるな!」
アーニャと呼ばれる猫人の女性が持っていたフォークを後ろに隠した。
「エライ店だ。まぁ……美人の柔肌に触れられたから許」
エルフにお盆で頭を殴られる。
「しまいにゃ心折れるよ?」
「早く注文をしてください」
「芋料理」
「スパゲティ」
料理が運ばれてくる間水を飲んで暇を潰す。
「ごめんね。リューは触れられるの好きじゃないから」
先程関節を破壊しようとした女性が隣に座った。
「いいっすよ。それよりもいい匂いしたけどシャンプーは「お客様お帰りになりますー」
すぐさま謝罪する。
「あまり慣れてないでしょこういう場所」
「よく分かりますね」
「冒険者向けの料理店のウェイトレスですよ? 観察眼も育ちますよ」
名前はシルというらしい。
魔性の女だろうという事を直感で感じ取ったニックは少し心の距離を取る。
「初めての仕事の帰りの料理で芋って事は。少し気分悪くしたのかな?」
「あんたエスパーか?」
心の中を読まれているんじゃないかと疑ってしまうほど当てられる。
街のことや冒険者のことを雑談混じりに話していると料理が運ばれてきた。
時間を忘れさせる話術に相手のポイントを見つける観察眼、そして美貌。やはり魔性だなと生唾を飲み込んだ。
「魔性だなんて。私は尽くすタイプ」
「リリ! あの人怖い!」
抱きつくと離せとフォークで頭を刺された。
芋料理を食べていると続々と客が入ってきた。全員が冒険者らしく屈強な肉体をしている。
店内がさっきまで打って変わって騒がしくなってきた。
「芋うまい」
「お肉食べませんか?」
「今日はいいかな」
リリは慣れているので肉を平然と食べる。それは後から入店してきた他の冒険者たちも同じようで肉類を中心に食べている。
「お酒飲みます?」
「酒はいいかな。理性失ったら怖いし」
ソーマの連中は皆そうだった。酒を飲んで、ああなるのなら、この世から酒なんて消え去った方がいいんじゃないか。
「あ! ベルさん!」
シルさんがベルと呼ばれた少年の方に向かう。その少年は目が紅くて髪は白い。兎のような印象を受ける外見をしていた。
「線が細いな。本当に男か?」
「ベルさんカウンターにどうぞ」
ベルはカウンター席に座った。
「よう」
右手を上げて挨拶する。
「え!? あ、はい。こんにちは? こんばんは」
「この店は初めてか? まぁ。ゆっくりしてけよ」
ベテラン風の態度を取る。
ベルは「は、はい!」とかしこまった。
「ベルさん騙されないでください。この人冒険者歴はベルさんの後輩ですよ」
速攻でバラされた。
「……あれ」
「もしかしてあの時の?」
「ああ。あのとき逃げた人ですか」
リリの言葉聞いてベルはあからさまに凹んで項垂れた。
シルは三人のやり取りを聞いてわけがわからないといった反応を示す。
「ま。お互い命あってよかったじゃねぇか。俺の名前はニッタ クイナ。ニックって呼んでくれ」
「私はリリルカです。リリとお呼びください」
「僕はベル・クラネル。よろしくね」
お互い握手を交わして友好を深めた。同じ出来事で命を失いかけた仲だ。
「え? 一目惚れしたのか?」
ベルはわかり易いほど顔を真っ赤にした。
ニックはにやにやする。
人の色恋ほど面白いものはない。
ただベルの隣に座っているシルはあまり面白そうにしていない。
「それはそれとして。二人はどういう仲なの?」
「俺とリリか? そりゃあお互いの黒子の数まで知った仲よ」
「ただの冒険者とサポーターです」
「どっちがホントなの……」
「ベルの信じられる方を信じたらいいよ。なぁリリ」
これでシラフなのだから恐ろしい。
リリは取り入るつもりで一緒にいるのだが、ちょっと辞めたくなってきた。
単純にウザい。
くだらない話をしていると店内を包んでいた笑い声が止まった。
「おい。あれロキのファミリアだ」
「マジかよ。先頭に立ってる奴ら全員レベル5以上の怪物だ」
店内がざわめき出したのでニックも興味を持って振り返った。
そこにはただならぬ雰囲気をしている者達が続々と店に入ってきていた。
「おい。アレ!」
「あ……」
その中にはあの女が。アイズが居た。
「【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインだ」
「なぁリリ。そんなに凄いのか? ロキってのは」
「都市最強の一角です。そこらのファミリアとは天と地との差があります。ソーマなんて一息で吹き飛ばされる」
そこまで戦力差があるのか。
ロキって言うと北欧のトリックスター。神々の戦争を駆け回って引っ掻き回した狂った神。
他の神々とは一線を凌駕する逸話を持つ。
「ふ〜ん。あれが都市最強の派閥……ね。ベル声かけてきたらどうだ?」
「……や、やめとく……」
「そうか」と返しながらニックはミルクを仰いだ。
ロキが来て店内は静寂に包まれていたが次第に活気を取り戻し始めた。
ニック達も食事に戻る。
二人は今後の方針や宿など相談をしていたので他に意識を割く余裕がなかったのだが。ベルは違った。ベルだけがロキ達の会話に耳を傾けていた。
「だから……まだ私達は上の方で」
「でもそれだといずれ金がなくなるぞ」
「浪費を押さえればなんとか」
と話している時突然大きな声が店内に響き渡った。
「アイズ・ヴァレンシュタインに雑魚は釣り合わねぇ!」
その声が店内に響き渡ったと同時にベルは突然立ち上がり店を飛び出した。
そして追いかけるようにアイズも飛び出した。
二人はそれを呆然として見送る。
「んあ? さっきのはあの赤トマト野郎じゃねぇか! ははは! 何も言い返せずまた逃げたのか!?」
「ベート!」
「おいおい。あそこにいんのは他の二人じゃねぇかよ」
ベートはニックとリリに侮蔑の視線を向けた。
「話が読めない。何があったんだ?」
「馬鹿だなあ。俺達がお前らのことを馬鹿にしてたら、アイツが何も言い返せずに逃げ出した。ただそれだけだ」
「ああ。成る程。そりゃベルが悪い」
ニックはまさかの言葉を口にした。