ベートの言葉を聞いたニックは当然と言わんばかりに「ベルが悪い」と言った。
ニックは悪口を言うやつも悪いが、言われる側も少なからず非はあると考えている。
「はははっ! オメェ等も逃げるか?」
「はぁ」
「ミノタウロス如きにピーピー喚きながら逃げ惑ってよお。それを詰られたら泣いて逃げ出す。雑魚が冒険者やってんじゃねぇよ。なぁ? お前らもそう思うだろ?!」
ベートは店内の冒険者に叫びかけた。
「クズがムカつくんだよ。雑魚のくせに。なあそこの小人はサポーターか? サポーターも嫌いなんだ俺は。ヘイコラ頭下げて金魚の糞をして金を稼いでるのを見ると吐き気がする」
リリはこの言葉を聞いて歯軋りをしながら、ニックの服の袖を掴んだ。
これは悔しさのあまり掴んでしまったわけではない。
ニックが後ろ腰に装備している武器に手を伸ばそうとしたからだ。
もし武器を抜いたらただの喧嘩では済まない。それこそ派閥の戦争に発展する。
それだけは避けたい。
「リリ」
ニックがリリの方を見ると、リリは悔しそうな顔をしながら顔を横に振った。
馬鹿にされた当事者が「やめてくれ」と言うのだ。
(なら。俺にすることは無い)
「なぁ。リリ」
「はい」
「手は出さない。でも仕返しはする」
「ちょっと」
ニックはベートの方を向き直る。
「お前は弱い奴が嫌いなんだな」
「ああ! 嫌いだ! 弱いやつが群れてたかってそれでモンスターを倒して喜んで。馴れ合い集団が気色悪いんだよ」
「シルさん芋」
「あ、はい」
ニックはベートに見せつけるように料理を注文した。
ベートは無視されたと思い腹を立てる。
「馴れ合って勝って喜んでよ。ちょっとでも強いやつが出てきたら逃げて逃げて逃げて泣きやがる!」
ベートは蛇口をひねったかのように文句を言い始めた。
それを見たシルがミアに止めるべきかを聞く。だがミアは腕を組んで首を振った。
「止めなくていい」
「でも。他のお客様の」
「駄目ですよシル。あれがあの男の戦い方です。見直しましたよ。立派な戦い方だ」
「え?」
シルはリューにわけがわからないといった顔を向ける。
「ほら。あのベートという男が」
「雑魚は生きてる価値がねぇ! 冒険者をやる価値がねぇ! 俺達冒険者の品格を落とすだけだ!」
「滑稽に見えるでしょう? つまり。あのニックという男はベート・ローガと戦っているわけではない。都市最強派閥ロキ・ファミリアのエンブレムの品格を陥れているんですよ」
シルがニックの方を見ると、ニックは満足げに笑みを浮かべていた。煽るように芋を頬張りながら。
そしてもう一つ気がついた。
「あれって」
「ええ。あくまで自分一人ということでしょうね。小人は後ろに隠して相手に見えないようにしている」
ニックは手を腰に当てるふりをしてコートを広げてリリがベートの視界に入らないようにしていた。
元々リリは「やめてくれ」といったのだ。これは全部自分の勝手。巻き込んじゃいけないという意識がそこには現れていた。
ベートが怒鳴り続けて、ニックが余裕の笑みでそれを眺めるという状況を最初に壊したのはロキだった。
「ベート」
「あ? なんだ」
「やめぇ」
「なんでやめなけりゃぁあ!」
「これ以上うちの名前にドロ塗る気か? ああ!?」
机が軋むほどの神威を含んだその言葉にベートは押し黙った。
ロキは席を立ち上がる。
二人も応えるように立ち上がった。
「うちの子がすまんかった。もう二度とないよう言いつけとくわ」
「ここの支払いお願いします」
「ああ。わかった」
ロキは黙って見送る。
見送るときにリリの装備についているエンブレムを確認する。
「ロキ。あの子は」
「ソーマのエンブレムや。……彼処にあんな大物おったか? うちは聞いたことないで」
僕もだよ。とフィンもうなずいた。
帰り道。傍から見れば完全勝利を収めたニックだが心境は重かった。
「……ごめんなリリ」
「はあ?」
「お前は冒険者と荒事が嫌いなのにな。俺はお前を助けたつもりが危険に晒してる」
リリはその言葉を聞いて相手の背中を睨みつけた。
やめろと言ってもやめない。こうしろと言ってもこうしない。格上に喧嘩は売る。イレギュラーに巻き込まれて死にかける。
確かにコイツに助けられたのは確かだ。でもコイツのせいで危険な目にあってるのも確かだ。
取り入ろうとして関わっているがあまりにもリスクが高すぎる。
何よりその自信過剰な性格が気に食わない。直ぐに激情に至る人間性が気に食わない。
「そう思うなら。私の言うことをちゃんと聞いてくださいよ」
「うん」
「ふん。私は他の宿屋に泊まりますから」
「じゃあまた明日」
噴水の広場で二人は別れた。
ニックは宿屋を探して歩いていると脇道から突然現れた人物とぶつかってしまった。
その人物が倒れてしまいそうになったので腕を引いて抱きとめる。
「申し訳ない」
「良いわよ」
何かいい匂いがする。
頭がくらくらするような匂いだ。
「ふふ」
その女性は両手でニックの顔を挟み込んで、フードの下から銀色の瞳で目を覗き込んだ。
「良い色ね。夜空の色の瞳。銀河のように煌めく魂。ねぇもっと見せて」
「あ、これ以上は駄目。俺は女慣れしてないからね」
ニックは女性の手を優しく顔から外してそのばをあとにした。
余りにも軽い対応にフードをかぶった女性は呆気にとられる。
少ししてから微笑みを浮かべてフードを外した。
銀色の髪、銀色の瞳。この世すべてを魅了する美貌を備えた女。
女神フレイヤ。
ロキと同格。都市最強派閥フレイヤ・ファミリアの主神。
「私の魅了が微塵も効かなかった? ふふふ。欲しい。あの魂に宇宙を孕んだあの子が欲しい」
「小人の方はどうしますか?」
「いらない」
褐色肌の大男にフレイヤは言った。