豊穣の女主人で今日の出来事を話すと、リューさんにお盆で頭を引っ叩かれた。
「あなた喧嘩をした相手ファミリアの敷地内で模擬戦をするなんて、普通ありえませんよ」
「お前もよくやるにゃー。【大切断】相手に五体満足で帰ってこれただけでもマシにゃ
猫人のアーニャちゃんが隣に座って言う。接待に来たのか? と思ったがどうやら仕事をサボりに来たらしい。
「何見てるにゃ」
ニックはゆーらゆーら動く尻尾を凝視する。
「アーニャちゃん。今度プライベートであったら触らせて」
そっぽ向かれてしまう。
一度だけでいいから触ってみたい。
「ティオナ様を口説いたかと思えば次はアーニャ様ですか。見境がないですね」
「自分に無いから触りたいんじゃないか。……薬局の犬人に頼んでみようかな」
彼女を作ったほうが速いんじゃないかと指摘する。
「でも作ったらその人しかさわれないでしょう。俺はたくさん触りたい」
「最低なことを言い出したにゃよこいつ」
「リューさんに触ったら、また他の誰かに組み伏せられて間接的に」
悪知恵働かせようとした瞬間お盆で頭を叩かれる。
「ほんと……馬鹿になったらどうするの!」
「元から馬鹿なのでは?」
こう見えてナイーブなのでかなり落ち込む。
「じゃあ。こうするにゃ。お前がレベル2にったら触らせてやるにゃ」
「アーニャ!」
ミアがアーニャを怒鳴る。アーニャは口を手で塞いだ。
リューも二人のやり取りを咎める。
「だめですよニッタさん。あなたにランクアップは早すぎる」
「そ、そうだったにゃ。やっぱり辞めとくにゃ」
「大丈夫ですよ。1上げるくらいなんともないですって」
「私達はこの店を長くやってきたのにゃ。その間何人もの冒険者がランクアップしようとして帰ってこなかったのを知ってるのにゃ」
ランクアップするには格上を倒さないといけない。しかも1と2の間には大きな壁がある。
徒党を組んでも超えられるかどうかわからない壁が。
「ふ〜ん」
「ニック様。格上というのはこの前私達が死にかけた相手。あのミノタウロスのような存在です」
「……あんなの勝てるわけ無いだろ」
「わかったかにゃ。私が言い出したことにゃがやっぱりやめるにゃ」
「でも尻尾触りたいしなあ」
「そこまでコレに執着するのかにゃ!?」
ついでに耳も触りたいと言い出す。
手をわきわきするニックを見てアーニャは深いため息をついたあと言った。
「また……気が向いたら触らせてやるにゃ」
「なんかトーンが重い!」
「処女をくれてやると同じくらいの決心にゃよ!」
「そんな決心するくらいなら触らない!」
「触るにゃ! 据え膳食わぬのか!」
カウンターの端っこで触らせようとするアーニャと触らないと言いはるニックがニャーニャー争っている。
「いつの間にか逆転してるね」
アーニャは愚痴愚痴詰る。
「酒場なのに酒は飲まないし。触りたいというから触っていいと言うと臆病になる。何がしたいのにゃ!」
「重いつってんの!」
「酒は?」
「俺はソーマの人間だからな。俺もリリも酒で酷い目にあってる。だから飲まない」
リリは深くうなずく。
「そうですよ。酒は飲まれない程度にしか飲んではいけまけん。自信がないうちは一滴も飲まないほうが良い」
と言いながらアーニャ達の方を向くと。
「飲めっ!」
「んぐっ!?」
ニックが酒瓶を口に突っ込まれている光景があった。
「ちょっと!?」
リリの叫びが遠くなっていく。意識も遠くなっていく。そしてそこから記憶が完全になくなった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
目を覚ましたきっかけは全身で感じた寒さ。
とても寒い。めちゃくちゃ寒い。
その上、頭が痛い。
起き上がろうとして手足を伸ばすとバシャバシャと音がなった。
これはおかしいと思い寝返りを打つと鼻に水が入ってくる。
「げぶっ!? がはっ! ごぼぉ!」
バタバタしても岸につかない。このまま溺れて死ぬのか。
そんなのはイヤだ。なのに力が抜けて。意識がスッーッと。
「誰かー! 噴水で人が溺れてるぞー!」
「嘘だろおい!?」
ああ。もう駄目だ。
「動かなくなったぞー!」
その後街の住民に救出されて息を吹き返した。
事情を話すうちに思い出してきた。
そうだ。俺は酔い潰されたんだ。
「なんかやらかしてないよな」
怖くなってきた。16にしてはじめて飲んだ酒で落とされた。やらかしている気がする。
急いでおぼつかない脚で酒場の方に走り始めた。
「シルさん? アーニャちゃん。リューさん。誰かいますか?」
扉をノックしてみるが返事はない。
というか今何時だ?
太陽を見るにおそらく昼前。買い出しに行っているのだろうか。
「あ、ニック君」
「シルさん!」
シルさん達が紙袋いっぱいの食べ物を持ってきた。
「さっき向こうで噴水で溺れ死にかけてた冒険者がいたらしいよ」
シルは目の前にいるのがその本人だと知らずに言った。
「俺なんかやらかしてませんでしたか!?」
「あ、それなら」
「一夜の過ちを犯したのにゃ」
「へ」
「まさか。あんなに肉食なんて思わなかったのにゃ」
アーニャは頬を赤らめて照れながら言った。
ニックは逆に顔を青ざめさせていく。
「へ……え……?」
「責任とってよ?」
上目遣いで迫った。
「う……うわああああ!!」
ニックは現実が受け入れられず叫びながら走り出した。
「アーニャ」
「お灸を据えただけにゃよ。後でちゃんと訂正しておくにゃ」
「もう。にしてもやり過ぎだよ」
「だってほら。首にキスマークつけられたにゃよ!」
首に巻いていたマフラーを解くと赤く咲いた肌が見えた。三ヶ所熱烈に咲いている。
「まんざらでも無かったくせに」
マフラーを上げて頬を隠す。
昨日のアプローチはかなり情熱的でからかっていたアーニャも流されそうになっていた。
「ああいうのは酔ってないときにやってほしい」
「酔わせたくせに!?」
ニックはその勢いのまま都市の門を突き抜け、森の中を駆け抜ける。
「どうしよぉぉおお!!」
ひとしきり走り回って、責任を取るためにホームにある黒い礼服をパクって酒場に行ったところ。全てをネタバラシをされて、キスマークをつけたことをバラされて、恥ずかしさのあまりまた駆け抜けるのは今夜の話。
「二度と酒なんて飲まねぇからなあー!!」
未成年飲酒駄目絶対。と書かれたポスターが頭の中に浮かんで消えていった。