視点・神谷奈緒
時刻は午後2時15分。あたしはシンデレラプロジェクトの部屋にいた。隣には加蓮が座っていて、部屋の真ん中にあるテーブルを挟んだ向かいには凛と未央がいる。テーブルの上は散らかっていて、トランプとか将棋盤とかが置かれていた。ちなみに、松葉杖は凛の足元だ。
他の皆は家に帰ったり、午後の仕事に出たりでいなくなっていた。
卯月もいない。
先に帰ってしまった。
引き止めるのも、一緒に帰ろうって言い出すのも難しかった。何となくいつもの卯月と雰囲気が違っていた。美城専務とどんな話をしたのだろう。そればっかり気になる。
「美城専務は犯人が誰か知ってるのかな」
凛が将棋盤に玉を置きながら言った。
「流石にそれはないでしょ。私たちの話も何も聞いてないし」
加蓮はちょっと遠慮気味に王将を置く。一局指す気らしい。
「皆の話聞いてても、誰が犯人かなんてわかんなかったよ」
未央が言った。「ていうか、本当に私たちの中に泥棒がいるの?」
誰も何も答えない。凛も加蓮も、あたしも。
「信じらんない……」
未央はそこで言葉を切る。
「監視カメラの映像は信じていいんだよね」
加蓮が言った。
「いいと思うよ。細工なんて普通出来ないし、できたとしても、晶葉ちゃんが帰ってきたらバレるでしょう。それに志希の言葉じゃないけど、リスクとリターンが見合わないと思う」
凛が答える。まあそうだよなとあたしも同意した。監視カメラの映像まで疑ったら、それこそ可能性は無限大だ。
将棋盤に駒が揃った。振り駒はせず、じゃんけんで先後を決める凛と加蓮。お互いに「お願いします」と頭を下げて、凛が歩を持つ。
パチリ。
駒音が部屋に響いた。
「一つ、思いついたことがあってさ」
凛が盤面から目を離さずに言った。
「もしかしたら、犯人は二人いるんじゃないかな」
「2人って、共犯ってことか?」
共犯。だとすると一番怪しいのはあたしと加蓮なんだよな――ま、まさかあたし達を疑ってるのか!?
「あたし達は無実だぞ!?」
「そうじゃなくて……推理ドラマの観すぎかもしれないんだけど、本当は『事件は2つあった』のかもしれないなあって考えたんだよ」
「2つ?」
パチリ。
加蓮が一手指しながら凛の言葉を反芻した。
「盗まれたのは財布とスマホ。これって、実は別々の時間に別々の人が盗んでいったんじゃないかって」
「別々の……」
未央が中空を見ながら呟く。
「閉まってるロッカーを全部0424にする余裕のあった人はいなかったけど、半分くらいならいじれる人はいたんじゃないかな。例えば、明さんとか……」
明さんが犯人。
あたしの背筋に寒気が走った。
凛の言っていることは確かに説得力がある気がする。
「そうだ、明さんや、あと志希とかは時間が足りないから犯人じゃないんだ。でももし凛の推理が正しかったら――」
「ありえないよ」
加蓮がばっさり言った。
「小説ならそれでいいかもしれないけど、現実的にはないでしょ。卯月の持ち物を全く同じ日に狙うなんて……。しかも、監視カメラにばっちり映りながら。それが偶然だとしたら、アリバイが成立するのも偶然になっちゃうし。行き当たりばったりな上にできすぎてる」
「じゃあ、犯人の2人はやっぱり共犯で、別々の時間に盗みに入ろうって示し合わせていて――」
「そんな面倒くさいことを疑う前に、私と奈緒を疑った方がいいと思うけど」
「なっ、よ、よくないぞ!? 全然良くない!」
恐ろしいことを言う加蓮。あたしは必死で自分と加蓮の無実を主張した。
「あたしは2人を信じてるから、疑わないよ」
「私だってかみやんとかれんを信じてるよー!」
さらっと気恥ずかしいことを言ってくれる。加蓮は将棋盤を見つめながら小さく「ありがと」と言った。
ちなみに、凛と加蓮の盤上の戦いはいつのまにか結構進んでる。もう序盤が終わりそうだ。
「そもそも、どうして卯月の財布とスマホを盗んだんだろう」
凛が呟いた。
「お金が欲しかったんじゃない?」
未央が言う。
「ダイヤル錠の番号が誕生日で、盗みやすかったからとか」
加蓮が言った。
「卯月の持ち物が欲しかったんじゃないか」
あたしが言った。「気持ち悪っ」加蓮が自分の両腕をさする。「でも着替えとかは盗まれてないんでしょ? おかしくない?」――凛が反論した。おかしくない? って、盗みを働かれた時点で十分おかしいと思うんだけどな……。
「卯月の財布って、何か特別なものじゃないよね」
加蓮が凛と未央を見て訊く。二人は縦に頷いた。
「多分。スマホだって、最新版でちょっと高めの機種だったけど、どこでも手に入ると思うよ」
「スマホケースは? あれプロデューサーさんがしまむーに誕生日プレゼントで贈ったやつでしょ?」
未央が何か凄いことに気がついたというような勢いで言った。けど、凛の表情は微妙なままだった。
「プロデューサーのプレゼントでも、そんなに高いものじゃなかったよ。希少な品でもない……高価な物をプレゼントしたら逆に卯月が困るって、あの人ならわかってるから」
「プロデューサーさんのプレゼントだったからこそ盗んだとか、ないかな!?」
「うーん、嫉妬ってこと? あるかもしれないけど……」
凛の表情が変わらないのを見て、未央は「そっか……」と重心を後ろに引いて天井を見上げた。嫉妬――恋愛感情か。ありそうだけど、証明はできないな。
凛と加蓮の将棋は中盤の佳境に入っていた。さっきより指し手がゆっくりになっている。盤面のことを考えながら事件のことも考えるなんて器用だなあとあたしは感心する。
「志希は誰が犯人かわかったのかなあ」
しばらく将棋の駒音だけが響く時間が続いて――唐突に、加蓮が呟いた。
「名探偵みたいに色々考えてたみたいだけど、あいつ結局どんな結論を出したんだろう」
「犯人がわかったならみんなを集めて推理ショーを開くんじゃないか?」
あたしが言う。加蓮は残念そうな、ほっとしたような顔で「そっか」と頷いた。
それからまたパチリパチリという音だけの時間がやってくる。話題が無くなってきた――というか、事件以外の話ができなくなってる。
「そういえば、未だに卯月の財布とスマホは見つかってないんだよね」
終盤戦の真っ只中に、凜が顔を上げて言った。
「卯月のスマホを持ってる人がいたら、その人が犯人で決まりかな」
「こっそり鞄に入れられてる可能性もあるけど、まあ大方は決まりじゃない?」
また沈黙。
それからちょっと経って、凛が「負けました」って加蓮に頭を下げた。加蓮は「ありがとうございました」と言って、感想戦を始める。感想戦にはあたしと未央も参加した。
こうやって描写してみると、なんかあたし達が凄い強い奴らの集まりな気がするけど、将棋は全員ド素人だ。最近346プロで将棋が流行ってる――やってみると結構面白いんだこれが。
事件を一時忘れられるくらいにはのめり込める。
「あれ、今何時?」
凛が盤面から顔をあげて言った。あたしは反射的にポケットからスマホを取り出して画面を点けた――時刻は15時ジャスト。そう言おうとしたあたしより先に、壁に掛かった時計を見た加蓮が「ちょうど3時」と、凛に教えた。
「もうそんな時間か。私そろそろ帰ろうかな。お腹ペコペコ」
「あ、じゃあ私も。お昼食べてないんだよ。どっかでお茶したいね」
未央が凛に同調する。
「かみやん達はどうする?」未央があたしと加蓮に尋ねた。あたし達は顔を見合わせて、アイコンタクトで帰宅の意志を合意させる。
「あたし達は帰るよ。昼は食べたし……微妙な時間になっちゃったしな」
「ん? どっか行く予定でもあったの?」
凛が訊いてくる。
「ああ。上野にでも遊びに行くかって話してたんだけど」
「パンダ?」
「あ、そう! 聞いてよ。奈緒ってばこれまで一回もパンダ見たことないんだって」
「ええ!? うわぁかみやん勿体ないよ! あんなヘンテコで愛くるしい生物を知らないなんて!」
「べ、別に知らないわけじゃないからな」
「行ってきなよ、2人とも。この時間なら動物園も空いてるんじゃない?」
「でもさ……何かちょっと不謹慎な気がしない?」
「泥棒に遠慮なんかしなくていいでしょ。行ってきなって」
「そうか……?」
凛に言われて、まあ気分転換に行くのもいいかなと考え始めた時。
あたしに稲妻が落ちた。
将棋の盤駒を片付ける凛と加蓮の手を眺めていたら、唐突に物凄い衝撃が走った――いや、勿論もののたとえだ。比喩表現。地下室に雷が落ちるわけない。凛と加蓮の手が関係しているわけでもない――偶々、偶然だ。
だけど確かに閃光が見えた。
わかった。
多分、犯人がわかった。
「どしたの?」
気がついたら凛に顔を覗きこまれていた。「え?」――「なんかすさまじい顔してたけど。大丈夫?」――そうだ。だからそうだったんだ――「あ、ああ。大丈夫」――でも証拠が無い。証拠はどこだ――「奈緒? ほんと大丈夫? 顔色悪いよ?」――盗品はあそこか? 確信は無いけど、多分そうだ。あそこでなけりゃ、あるいは――「だ、大丈夫。何ともないよ」――じゃあ動機は? 動機はやっぱり――「やっぱりやめとこうか、上野。奈緒、体調悪いみたいだし」――でも本当にそうなのか? 本当に犯人は彼女なのか? 彼女がこんなことをするなんて信じられない。絶対に――絶対? 絶対なんて――そんなの――
「――……やん? かみやん、かみやん!」
未央に両肩を掴まれる。
「かみやん、今日は早く帰った方がいいよ」
少しの沈黙。
「……ああ。そうだな。今日は早く帰るよ……」
あたしは言った。
ふらりと立ちあがる。
駄目だ……。
考えるな……。
何も考えたくない……。
次の話は解決編です。
ここまでで犯人が誰か当てられるようになってます。多分。
個人的には簡単な謎だと思うのですが、時刻がいっぱい出てきてややこしいのがネックですかね。
あれ? こいつ犯人だよなぁ、でもどうやったんだ?
って最後の最後で悩んでる人はおそらく、デレマスが大好きなのでしょう。