そして誰もが帰ってくる Heart of the warship girls 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
そしてヴェールヌイは訪れる
みゃーみゃーとうみねこは鳴き、ぷかぷかと海面を浮きが漂っている。
それほど強くない波と潮風に揺られ続けて早一時間。浮きも釣り糸も微動だにすることはなく、そしてそれについてなにかをするわけでもなく僕はただ海を眺めていた。
港の中でも一際長く飛び出た波止場の端っこ。スラックスと袖をまくったカッターシャツという軽装で半分眠りながら釣り糸を垂らす。ルアーやリールが付いたような本格的なのではなく棒きれに糸を付けただけの簡易版の釣竿だ。
「くぁ……」
釣れないなと思いながらあくびをかみしめる。天気はいい。春真っ盛りの四月と昼下がりなのも相まってぼんやり釣りをするのには持って来いだ。一時間近く呆けていても苦にならない。時折頭にのった海軍帽を弄ったり、持ち運び用の折り畳み椅子で胡坐をかきながら海を眺めつづける。
「ふむ……暇だねどうも」
「だったら仕事に戻ってきてください」
「おや」
背後から聞こえてきた声に振り返る。
桃色の髪の少女だ。黒のベストに半袖のブラウス、両手には白い手袋。こんなにもいい天気だというのに表情はない。
「不知火ちゃんか、どうしたんだい?」
「貴方がいつの間にか執務室から消えていたので探しに来ました」
「そりゃ苦労かけたね」
「いえ、ここだと想像できたので真っ直ぐに来ましたら労力としてはそれほどでも」
「わぁい以心伝心」
「……」
反応がなかった。
悲しいけれどいつもの事なので苦笑し、視線を海に戻す。
相も変わらず浮きは動かない。
「それで、えっとなんだけ? 不知火ちゃんも一緒に釣りをしたいって?」
「違います」
「連れないね。……あ、こっちも釣れないけど別にギャグってわけじゃないよ?」
「ギャグだったら海に突き落としてました」
「こわいなー」
怖い怖いと呟きながら、なんとなく竿を揺らした。まぁだから動きがあるというわけでもない。
「仕事ね。他の皆はどうしてる?」
「特に何も。皆さん暇を持て余してますから。それぞれいつも通りです」
「それは僕の責任じゃないな。仕事を回してこない上が悪い」
「解っているから誰も貴方に文句言うことはないんです」
「……まぁ確かに文句とか言わなさそうだ」
自分の仲間の少女女性たちを思い浮かべれば、反応だって解りやすい。短い付き合いでもないのだし。一番長い付き合いの不知火ちゃんも頷いて、
「だから今すぐ戻って雑務の類を行ってください」
「あれ? ここはやることないから皆で適当にぼんやり釣りをしようって話じゃないのかな?」
「違います。貴方には貴方の仕事があります。それほど量はないのですから手早く終わらせるべきだと思いますが」
「だとしても、加賀さんや君がやったほうが速いと思うけどねぇ」
「その場合は不知火たちが貴方の腕を斬り落とす必要がありますが? 行いますか」
「遠慮しておこう」
「不知火としてもそのほうが嬉しいです」
僕は肩を竦め、不知火ちゃんは無表情で頷いた。海で静かに揺れる浮きには変化の気配はない。ついでに言えば黙ったら黙ったて後ろから不知火ちゃんの視線が注がれてくる。慣れているし、受けていて苦痛というわけでもない。正直もう数時間これでもいいかなぁとも思った。
「うーん。ねぇ不知火ちゃん」
「なんでしょうか」
「雑務って今すぐやらないといけない系?」
「やらなければ上から支給される資材が滞るか配置される艦娘が来なくなるのがよろしければ放っておいてもいいかと思われます。それに」
「それに?」
「もうすぐ今日付けで配属される艦娘の子が来訪しますが?」
「……あぁ、そういえば今日だったか。ふむ。仕方ない、戻ろうか」
釣り糸を引き上げ、
「ありゃ」
「どうかしましたか?」
「餌がないや」
●
「それで? 新しく来るのはどんな娘かな?」
執務室に戻る間に不知火ちゃんに話を聞く。新しい艦娘が来るとは聞いていたがどんな子が来るのかはまだ聞いていなかった。執務室に戻れば詳しいことが書かれた書類があるのだろうが不知火ちゃんに聞いた方が速い。
「暁型駆逐艦二番艦ヴェールヌイ。横須賀鎮守府から移転です」
「人気艦だねぇ。どういう経緯かな」
質問に僕の右後ろから説明する。
「
「ですが?」
「……三か月前から一切成果を上げていません。出撃しても交戦できず、回避行動のみをしていたそうですね。そのせいでここに送られることになったようですね」
「……ふぅん、なるほどね」
まぁ
そもそも位置的にこの鎮守府は制作意図が意味不明なくらい酷い。日本本土な有名な鎮守府である横須賀と沖合にある八丈島の間の無人島に少し手を入れただけ。日本各地や海外の鎮守府の中でも整備に関しては最悪だ。着任している提督も僕だけ。横須賀や佐世保、呉ならば二桁の提督がいるというの酷い差である。
「そういえば横須賀といえば加賀さんと同じじゃなかったけ?」
「聞いたところによると加賀さんが此処に来た後に建造されたようで。特に話は聞けませんでした」
「それは残念。まぁ仕方ない、大体わかったよ。それでその娘はいつ来るのかな?」
執務室の前にまでたどり着き、そう聞きながらノブに手を取る。これから先長い付き合いになるのかもしれないのだし、ちゃんと歓迎してあげたい。まだ島に到着していないならば出迎えたい所だ。
そう思ったのだが、
「もう執務室で待ってます」
「なんと」
開けた扉の先に彼女はいた。
●
執務室は極めて簡素だ。家具コインで取引できる家具の類はほとんどなく、基本仕様のまま。それでも掃除は隅々にまで行き届いている。勿論これは僕ではなく不知火ちゃんによるものだ。執務机の上にはいくつかの書類があるが纏められて僕が判子や署名をするだけなのだろう。
そんな部屋の真ん中、執務机の前に彼女はいた。
「……」
銀色の長髪に白がメインのセーラー服、同色の帽子。身長はかなり小柄だ。不知火ちゃんよりもさらに小さいだろう。扉を開け、僕と不知火ちゃんが部屋に入ったと同時に彼女が振り返る。髪と同じ、銀の瞳と目があった。
人形みたいな娘だ。
表情というのが見えない。
『響』や『ヴェールヌイ』はそういうキャラクターの艦娘であるが、それにしたって度が過ぎているようにも感じられた。それでもそんなことはおくびにも出さず顔には笑みを張り付けたままに話しかける。
「やぁ、君がヴェールヌイちゃんだね。僕がこの鎮守府の提督だよ。よろしくね」
「……よろしくお願いします」
「あぁ、敬語はいいよ。普段通りにね」
「……
元気がない。だがそんなことはいい。上着を不知火ちゃんに渡して、ヴェールヌイちゃんの横を通り自分の椅子に座る。不知火ちゃんも入口にある衣装たちに上着を掛けてから、僕の後ろに立つ。
「さてと。ようこそここの鎮守府へ。正式名称とかなんか長くて意味不明で誰も使っていないから適当に。今言ったけど僕が君を指揮し、担当するここの唯一の提督ね。後ろの彼女は僕の秘書官でうちの艦隊の旗艦を務める不知火ちゃん。仲良くしてあげてね」
「秘書艦の不知火です。以後よろしくお願いします。私は司令の補佐が基本で、貴女が慣れるまでの補佐は北上さんに任せるつもりだったのですが……まぁすぐに会えるでしょう」
「北上……?」
名前に僅かにだがヴェールヌイちゃんが眉を潜めた。
「えぇ。知りませんか?」
「いや、知っているけれど……」
「ははは、基本的にルーズだけど悪い子じゃないから赦してあげてね? できれば仲良くも」
「……
「……いいけどね。それじゃあ、ここの鎮守府についての説明ね。不知火ちゃんよろしく」
「自分でなさらないのですか?」
「だって僕がやるといつも真面目にやれとか途中から不知火ちゃんがやるじゃない。なら最初からね」
「……はぁ」
僕の言葉に不知火ちゃんをこれ見よがしに大きなため息をついてから、
「説明しましょう、と言っても特に細かいことはないのですが。起床時間や就寝時間は自由です。ただ艦娘は大部屋を全員で使っていますので他人の迷惑にならないように。それでも皆さん八時、十二時半、七時には食事を取っています。合わせる気がないなら自作してください。演習場も常時開放していますので、使いたい時は好きにどうぞ。ただし使用した弾丸や燃料は先でも後でもいから報告を。ドッグの使用は……娯楽目的なら特に報告は必要ありません。此方もお好きにどうぞ。補修時は補修必要者同士での相談が基本ですが司令からの指示が優先されます。これはほとんど適用されないですが……まぁこの程度ですね。これ以外に聞きたいことがあれば質問をどうぞ」
一息に必要なことのみの説明だった。伝わったか心配だけれど、案の定ヴェールヌイちゃんは眉を顰めた。
「……それだけかい?」
とか思ったら理解していて質問をし返していたよ。
「えぇ。これらを守ってくれれば問題はありません。破ったからって何かあるわけではないですが」
「……随分と緩いようだね」
「まぁ厳しくするのも面倒だしね。ぶっちゃけ今不知火ちゃんが言ったのも生活してたら勝手にできあがったホームルームみたいなのだし」
「……気を付けるよ。それで、私からもいくつか質問いいかな」
「どうぞどうぞ」
「来るとき他の艦娘も全く見なかったし人の気配もなかったんだけれど、何か大規模な案件でもあったのかな? そうだとしたら悪いときに来てしまったようだけれど」
「あぁ、それか」
確かにそう思うのは仕方ない。これまで初めてここに来た皆も同じようなことを言っていたし。実際気になるところだろう。普通どこの鎮守府行っても大体駆逐艦の子で賑やかだし。
「それは仕方ないよ。この鎮守府には、
「…………はぁ?」
初めてヴェールヌイちゃんの表情が崩れた。銀色の眼が見開かれる。
「だから、此処にいるのは六人、君を含めても七人だ。僕、君、不知火ちゃん、榛名ちゃん、加賀さん、瑞鶴ちゃん、北上様ちゃん。これだけだからね。そりゃ人気もないよ」
「……それだけ、だって」
「そう、それだけ。君が来てくれてようやく六人揃ったよ。やったね、第一艦隊埋まったよ」
「……」
あからさまに絶句していた。
まぁ確かに艦娘が六人なんて鎮守府はよっぽどない。着任してすぐの提督が初期艦と数人だけというのはあっても他の提督とフォローし合うのが普通だし、一年もやっていれば四艦隊の指揮権と数十人の艦娘がいるのは基本だ。横須賀から来たというのなら猶更驚くだろう。
「じゃ、じゃあ出撃や遠征はどうしてたんだい……?」
「基本ないね」
「――ない?」
「ないよ。だってこんな場所だからさ、攻めてくる連中は八丈島にローテで滞在してる提督さんが対処するし、それ突破しても横須賀がさっさと出撃するしねぇ。平和なもんだよ。この前出撃命令がでたのは……いつだっけ」
「二か月前ですね。駆逐艦一隻だけでしたが」
「そうだったそうだった。まぁ、そんな感じさ。遠征もこんな人数だからする余裕はなし。演習も僕たちみたいのとする必要もない。たまーに出撃帰りで艦隊全員が大破して緊急入渠くらいかな。これは一回とか二回とかしないけど。そんなわけなのでそういうことの心配をする必要がないよ」
「っ心配なんて……いや、そうか。当たり前だけど私のことは聞いていたか」
一瞬だけ表情を変えたが、すぐに勢いを無くし自嘲する。
「まぁね。戦えないんだって?」
「そう。私はもう戦えない。前の提督は
彼女の
「悪いけれど第一艦隊は埋まらないね。どうするんだい? 解体も改修も好きにして欲しい。出撃しろと言われれば出るだけ出るから棄て艦にしてもいいさ。提督の好きにしてくれ」
「と、言われてもね。言った通りこの鎮守府は鎮守府として働いていないから解体とか改修も必要ないんだよ。仕事なんて最低限の資材申請、それに君のような問題児を受け入れるだけだ」
「……ならばどうしろと」
「好きにすればいいよ? とりあえずさっき言ったことを守って皆と仲良くしてくれれば。これから先は生活を共にするわけだしね。強制するつもりはない、僕だって大体はここで本読んでるか島のどこかで釣り糸垂らしてるかだから」
「仕事をしてください」
「あと不知火ちゃんに怒られるかだね!」
「殴りますよ」
「殴ってから言わないで……」
地味に痛いのだ。
「……」
コント染みた光景だったがしかしヴェールヌイちゃんは完全に無反応、というか呆然としていた。無理もない。こんな鎮守府なんてどこにもないし、これで鎮守府とか言ってたら他の所に失礼だ。本当にお上はなぜこんな所に作ろうと思ったのか。
「何はともあれ」
笑顔を張り付けて、呆けたままのヴェールヌイちゃんに言う。
「人類の為に戦おうとか全く考えていないけれど、よろしくね」
公式設定は死んだ!もうい(ry
基本独自設定で。
島のモデルは六軒島。魔女はでない。
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