そして誰もが帰ってくる Heart of the warship girls 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「やぁやぁ皆さんどうもこんにちは初めまして。今日から皆さんのサポートを務めさせていただきますのでどうぞよろしく」
糸目の青年は二十人近い提督に囲まれながら、へらへらと笑いながらそんな風に挨拶をした。
青年、或は少年とすら言ってもいい年頃だろう。多分二十前後だ。大体平均年齢が三十程度の今の基地に於いては異色な年代だろう。
いや異色なのは年代ではなく、その立場とキャラクター性なのだが。
そもそもが軍人らしくない。一応白い軍服は着崩すことなく着ているが、どういうわけかやたら似合っていない。軍服に着せられているとかそういう感じではなくて、軍人という枠そのものに違和感が生じている。幾つかの勲章もあるが、それすら似合っていない。勲章というアイテムに対して本来あるはずの敬意が微塵もないからだろうか。ちゃんと定石通りに、隙なく並べている様は興味がないからこその結果に思えてしょうがない。体つきは
なにより、へらへらと貼り付けたような笑みが異常なまでに胡散臭い。
しかしサポート。
訳が分からない。
訳が分からないものに――俺の艦隊は昨夜は救われた。
その場にいる全員が同じように思い、次に口を開いたのは元帥閣下だった。すり鉢状の会議室の最下層の少年の隣の元帥殿は全員を見まわしながら言う。
「言った通り、昨夜付けで今海域攻略の補佐として彼に着任してもらうことなった。基本的には通常出撃は行わずに撤退補助を専門とするということを覚えておいてくれ。撤退時にプロセスは手持ちの資料を参照してほしい。何か質問はある者はいるか?」
「はいはい」
元帥の問いかけは目前の提督たちに対してのものだったはずだが、あろうことか手を上げたのは隣の少年であった。周囲の空気に一切頓着せず、笑みを張り付けたまま緩く手を掲げて、
「昨日の夜に来て、それでまぁいきなり出撃ってことで基地の案内とかまだなんですけど、そこら辺どうなってますか?」
「この後に誰かに担当をさせよう。他にあるかね?」
「ふむ……食堂のおすすめは?」
「俺はカツカレーだが」
「なるほど」
なにがなるほど、だ。
「待ってください元帥閣下!」
立ち上がるとともに声を上げたのは俺より少し年上の提督だった。彼は信じられないものを見るかのような視線を少年に送っているが、それは彼だけではなく俺も含めて全員共通の感情だったはずだ。
「サポート専門とはどういうわけですか!」
「おやおや、貴方は目と耳が付いてないんですか? 今元帥閣下殿が言ったように撤退時の補佐で、ついでに手も使えないようだから教えておきますけど、その手元の資料をめくると詳しいことが書いてありますよ。おやめくられている? なるほど文字が読めないようですね」
口を開いて飛び出して来た皮肉にまた目を見開いていることを自覚する。言われた方もまさかそんな答えが帰ってくるとは思いもよらなかったからか、数度口をパクパクさせて、
「なんだその態度は! 貴様はそれでも軍人か!」
「はて、丁寧に教えたつもりだったんですけど? ついでに言えばこれでも僕は軍人です」
一応、とか、多分、とか。そんな言葉が語尾に付きそうな言い方だ。
自分の立場も、相手の立場も一切興味がないとしか思えないし、実際そうなのだろう。全身からそういう雰囲気を発している。隣に最も肩書きが高い元帥がいるのにも関わらず。
しかし同時に思うことは、
「元帥閣下! どういうつもりですかこんな子供を!」
「何か問題でもあるかね?」
「ないと思いますか!」
若干悲鳴染みた言葉だったが無理もないだろう。現在今のこの泊地は緊張に包まれている。やっとのことで海域を全制覇したと思ったらその先がまだあり、待ち構えている深海凄艦だってやはり姫や鬼クラスがうようよいる。そりゃあ神経だって参るだろう。
そこにこの少年と来れば、悲鳴だって上げたくなる。
「問題があるかどうかは俺が決めることだ」
なのに、一切構わず元帥は言い切る。
「現状、彼の力は必要だ。これまでの海域で多くの艦娘を失っている。我々はこれ以上の被害を出すべきではない。故に彼と彼の艦娘の力がいる。言っておくがこれは決定事項であり、覆ることはない」
言い切る――というより切り捨てている。
バッサリと、発現をした提督だけではなく、他の者の意見も聞くことは無く、この件は終わったことだと切って、捨てて、終わらせていた。
まるで、腰に佩いた無骨の軍刀を振りぬいたかのように。
誰もが、そんな彼にたじろぎ、
「あ、一つ皆さんに良いことを教えましょう」
少年だけは一切頓着せずに右手の人差し指を立てた。
「皆さんどうも僕のことが気に入らないようですけど、撤退時のみのサポートなんですから、皆さんが軍人の威光を見せつけて自分たちの仕事を果たして深海凄艦を倒しまくってくれればいいんですよ。貴方たちは勲章を貰えて、僕は楽ができてウィンウィンですね」
へらへらと――笑う。
この部屋に入って来てから一切変わっていない顔のまま彼はふざけたことを言う。
文句があるなら自分の仕事をしろ。
後始末なんてさせるな。
つまりはそういうことだ。
笑みの下に、正体不明の嫌悪感染みたものがある。
糸目の奥の瞳に、考えるのも恐ろしい感情が秘められている。
「……他にあるかね?」
改めて、元帥が言う。
誰も手を上げなかった。
聞きたいことはあっただろうが――それよりも、これ以上目の前の少年に関わりたくないという気持ちが勝ったのだろう。
けど、どうしても、気になったことが一つだけ。
だから、俺だけが手を上げた。
「なんだね?」
「一つ彼に質問が」
「どうぞ?」
どうして。
「どうして――通常出撃をしないんだ?」
あんなに――あんなにも彼の艦隊は強いのに。
問いかけに、彼は答えなかった。
答えずに、少しだけ目を開けるだけ。
真っ暗な深海みたいな色の目だった、と思う。
●
「…………」
入渠を終えた俺は、新しいマントと眼帯、制服を貰い着替えてから重い足取りで散歩をしていた。
別に普段からそれが趣味というわけではない。ただ、昨日起きたことがあまりにもショッキングで整理が必要だったのだ。
記憶の、知識の整理。
心の整理――は、まるで人間みたいだなと自嘲する。
天気は悪くない。むしろ、深海凄艦の影響で曇りや雨が続いていた最近からすれば大分良い方だ。気温は心地よいものだし、風も適度に吹いている。まだ入渠している武蔵は仕方ないとして、既に艦娘用の宿舎にいる大鳳たちも一緒に散歩をしようかなと思っていたら、
「ふわぁ……あー……いい天気だねぇ」
道の脇の木の上からそんな声が聞こえた。
視線を上げればそこにいたのは北上だった。でも、泊地内で見る北上とは大きく違う。緑や白の制服ではなくて、何故か大き目のタンクトップにジャージの上下だった。
直感的に――直感なんてもものが艦娘に存在するかは置いておいて――昨夜、自分たちの応援に来た六人の一人だと理解する。
「ふわぁ……って、ありゃ? 木曽じゃんー、どうしたの?」
「いや……お前こそどうしたんだ」
木曽、正確には『木曽改二』。
軽巡洋艦球磨型五番艦『木曽』、それが二度の改造によって雷巡へと進化したのが自分だ。木曽という艦娘自体は別段珍しい物ではないが、自分のように雷巡まで進化した艦は珍しい。雷巡といえば目の前の『北上』や『大井』が今でも代名詞なわけだし。
「見りゃ解るでしょ? 昼寝だよ昼寝、いやぁ天気がいいねぇ今日は。昼寝には持って来いだ」
「呑気なもんだな」
「だって私の仕事は撤退のお助けだしねぇ。今出撃してる艦娘がいないなら、仕事もないわけだし。おっと、こういう言い方をするとまるで私が仕事がある時はちゃんと仕事をしているみたいじゃないか」
「いや……仕事があるならしろよ」
「めんどうだよねぇ」
ふざけている。
ふざけているが――昨夜はこのふざけた連中にふざけた戦い方で救われたのだ。
基本的に艦隊戦闘というものは予め決められた編成、隊列を維持しながら砲撃をしたり、魚雷を発射しあうことで行われる。艤装の射程はかなり長いので、特に接触する必要もないし、接触すれば接触するだけ轟沈の危険性が高まる。だからこそ囮を行う艦隊は、気を引きつける為に大きく接近するから轟沈しやすいのだ。自分を含めて、近接武器を装備している艦娘もいることはいるが、最後の手段とでもいうべきか、実際に使うことはまずない。
なのに――昨夜の彼女たちは違った。
まず不知火とヴェールヌイが飛び込んだ。
買い物に行くような気安さで前進し、当然のように砲火に晒されたが問題はそこから。
不知火はまるですり抜けるように――というか、実際に自分たちには砲撃が不知火をすり抜けたようにしか見えず。
ヴェールヌイはまるで踊るようにリズムを刻みながら回転と曲線運動と共に海を駆け。
瑞鶴と加賀は矢を艦載機に変換することなく深海凄艦を射抜き。
榛名も普通に砲撃はせず、近づいで打撃と組み合わせ。
そして北上は、
「魚雷を、ダーツみたいに――」
「ん? まぁ一度水に落とすのもいいけど、慣れると投げつけた方が楽なんだよこれが」
「……」
意味が解らない。
艦娘の戦い方じゃない。六人が六人とも艦娘としてのセオリーから外れている。異常な回避力を見せた駆逐艦の片割れの不知火に至っては砲撃すらしていない。
撤退の補佐でありながら泊地凄姫を沈めた最後の一撃は――あろうことか背後から首をへし折るというものだった。完全に気配を消し、電探にもかからず凄姫の背後に忍び寄った彼女は左腕で身体を固定し、右手で顎を掴んでから思い切り回して首をねじ切ったのだ。
そんなの、どんな艦娘だってできない。
練度がほとんどカンストしかけている自分たちでさえ。
考えれば考えるほど、胸の中に言いようのできない違和感が生まれる。
解らない。
解らない。
解らなくて――怖いのだ。
それは、なぜか、触れてはいけないものではないかと思ってしまう。
けれど、口は勝手に動いていた。
「どうして――あんなことができるんだ」
そして隻眼に映った北上はくすりと笑った。
少しだけ孤を描いた笑みに、どうしようもなく気圧される。
「どうしてできないの?」
そう、北上は言って。
「可哀そうだなぁ」
と、続けた。
お久しぶりです。
多分更新再開の予定。
不知火 アサシン
ヴェル 回避ゲー
瑞加 弾幕ゲー
北上 投げ魚雷
榛名 砲撃パンチ
タイトルは治しました。
こっちのほうがいいね