そして誰もが帰ってくる Heart of the warship girls 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
その感想は速いよ!?
艦娘とは前提として兵器である。
確かに艦娘とは外見上は見目麗しい少女や女性たちだ。それぞれの性格や容姿に差異はあれどもある程度整っていることには変わりないし、コミュニケーションを取るのも人間と同じようにできる。戦闘行為には燃料のような各資材が必要になるが日常生活のみならばそれほど必要はないし人間と同じものを食べればそれでいい。ごく普通に娯楽を好むこともあるし、艦娘によっては出撃の合間に居酒屋を始めるような艦もいる。練度の高く、功績の大きい提督の艦娘はメディアにも登場しお茶の間に顔を広げるようなことだってしている。各地の鎮守府に行けばそれぞれ年相応の少女や女性たちが遊んだり、笑い合っているような光景を幾らでも見れるし、心洗われる光景だろう。
だとしても。
兵器であることには変わりない。
深海凄艦。それが人類の天敵であり、艦娘が倒すべき相手だ。詳しいことは全く分かっていない。強ければ強いほど人型を取る。定期的に海に出現する。季節の変わり目には大量発生することがある。ものよっては人語を解す。その正体は一切謎。色々仮説はあるそうだが、現実問題としてあげるべきはこの程度だろう。六十年前程にいきなり海から現れた彼女たちに対し、当初人類は全く対抗する手段がなかった。
あわや人類滅亡の可能性があるかもしれないとなったが故に誕生したのが――艦娘だ。
異世界に存在した海の力、つまりは巨大な鉄の身体を持ち炎の剣を持った軍艦の魂を呼び出し、少女の形を取ったのが艦娘なのだ。訳が分からない。百歩譲って異世界から軍艦の魂を呼び出すというのはいい。ツクモ神は日本ではよくあるし、非生物に魂が宿ると言うのは世界的に見ても珍しいことではないそうだ。けれどどうして年頃の少女に姿を得るのか。一切少年や男性は確認されていない。このシステムを生み出した者は謎に包まれているが何を思ってこんなシステムを生み出したことこそが謎である。
いずれにしても艦娘はどうしたって兵器なのだ。深海凄艦を打倒するために人間が生み出した最終兵器。それが軍艦の少女たち。
日常生活を効率よく、スムーズに
人が息を吸うように。
魚が水の中を泳ぐように。
鳥が空を飛ぶように。
艦娘は深海凄艦を轟沈させる兵器である。
本能レベルでそういう風に認識しているのだ。
故に全ての艦娘は思う。
そうであるべきだと。
そうでなければならないと。
思っている。
思って――いた。
●
「……ぁ」
瞼を刺激する光によって意識が浮上した。微睡みの中でゆっくりと目を開ける。輪郭の定まらない視界の中に日光らしき光が突き刺さり思わず呻き声を上げながら体を横に向ける。それによって光は視界からなくなり随分と楽になる。
「っ!」
身体を包む感覚が見知らぬ物であることに気付いて飛び起きた。緩んでいた意識は一瞬で覚醒し、周囲に対しての警戒度を跳ね上げる。起きたら全然知らない場所だったなんて冗談じゃない。そして視界に映るのは、
「……あ」
六人用の大部屋だった。
そうして私はようやく気付く。覚えのない寝床なのは当然だ。自分が生まれてからずっと使っていた横須賀鎮守府の私室ではない。昨日から配属された無人島まがいの鎮守府の共用部屋だったのだ。
広い部屋だ。
長方形の大部屋は六人が雑魚寝してもそれぞれのスペースを確保できている。普通これだけの人数ならば二段ベットでスペースの工夫をするようにしているがここでは全くそんなことはなかった。昨夜はそれぞれの自己紹介もそこそこに歓迎会という名の宴会に夜遅くまで巻き込まれてから、皆で一気に布団を敷いて寝だしたのには驚いた。私も色々衝撃がありすぎてそのまま眠ってしまったが、冷静になれば酷い展開だ。
周囲を見回せば未だに眠っている同僚たちがいる。
自分の右隣にタンクトップにハーフパンツという男の子みたいな恰好の『北上』。左隣には女の子らしい黄色いパジャマの『榛名』。真上と右斜め上に『加賀』と『瑞鶴』が寄り添い合うように一緒に眠っていて、
「おや、おはようございます」
既に不知火が艦娘の制服に着替えていた。手袋の嵌りが悪いのか拳を開いたり握ったりを繰り返しながら彼女は声をかけてきた。
「速いですね。まだ七時前ですよ。朝食は八時ですが、自分で作るつもりですか?」
「あ、いや……単に目が覚めてしまっただけだよ。不知火こそ早いね」
「不知火は司令を起こさなければならないので。朝が弱いんですよあの人は。意識を覚醒させるだけで三十分は掛かって、起き上がるのにもう三十分掛かります。その間に朝食を作るのですが。ヴェールヌイさんはどうしますか?」
「えっと、貰えるなら一緒にいいかい?」
「勿論。六人も七人もそう変わりませんし、作るのは不知火だけではないですから。榛名さんや加賀さんが手伝ってくれることが多いですし」
「……」
なんというか艦娘自身が料理を、というのは違和感がある。確かに料理が趣味、或は上手という艦娘はいる。『鳳翔』は有名だし、『木曽』も実はできる方だ。それでも基本的にどんな鎮守府でも補給艦の『間宮』がいるので三食を艦娘自身が作るということはない。
それでもこの島ではこれが普通なのだ。
何せ人口七人の無人島もどき。
鎮守府になってないと声を大にして叫びたいが、しかし提督本人が言っているのだから酷い話だ。
「私はこれで行きますが……恐らく北上さんも簡単に起きないから起こして上げてくださいね。昨日も言いましたが彼女が貴女の案内役なので。あぁ、食事に向かう前に軽く鎮守府内を回ってもいいんではないですか? それほど広くないから、少しくらい朝食に送れても問題ないので」
「りょうか……ん? あれ、案内役……?」
「では」
「あっ」
何やら意味と現実にズレを感じて戸惑っていたらその間に不知火は部屋を出ていた。吃驚するくらい要領がいい。『不知火』ってあんなキャラクターだったのかと頭を悩ませつつ、
「……」
「くかー」
涎を垂らしたまま大口を開けて寝ている案内役とやらを眺めて、
「……はぁ」
どうしてか大きなため息を吐いてしまった。
●
「やぁーやぁー悪かったねー、ヴェルっちー。ぬいっちに蹴り起こされる毎日だからあんな風に優しく起こされると中々起きれなくてさー。明日からは頑張るよー」
「はぁ……」
北上を起こすのは本当に大変だった。声をかけても揺り動かして全く起きない。他の艦娘たちも慣れているのかほとんど反応はなく食堂へと向かってしまった。正直私も放っておいて食堂に行きたかったが、そもそも食堂の位置なんて知らないし、そのままにしておくのもどうかと思ったので頑張ったら彼女が起きたのが七時五十五分だった。私は既に着替えていたけれど、彼女の方は寝間着のままの恰好だった。一応建物からでて、外にでるのだ。それでいいのかと突っ込んだが、
「いいよいいよー。どうせ見せて困るような相手もいないしねー。えっと、それでぬいっちが案内しろだってー? そっかそっかーまぁじゃあ行こうかなー」
そのまま港へと碌に舗装されていない土の道を進んでいく。左右はそれなりに深い森だが、見上げられる空は高い。
「い、いいのかい? 八時から朝食なんだろう、思い切り過ぎてるけど」
「だいじょーぶだいじょーぶ。別に強制じゃないし。んじゃ行こうか、無人島鎮守府ツアー。まぁー見る所とか演習場とか艤装置き場くらいだけどね見ておくべきところは。ヴェルっち、トイレとかお風呂に提督の部屋は解るよね?」
「一応。というかそのヴェルっちっていうのは……?」
「だってそうじゃないとぬいっちと被るからねー。ヴェルっちだよ。もしかして嫌?」
「嫌ではないけれど……」
しかしそれにしたって謎だ。
球磨型三番艦重雷装巡洋艦『北上・改二』。
『甲標的・甲』と呼ばれる特殊潜航艇を積むことによって所謂開幕雷撃が可能な雷巡であり、魚雷を四十門を積んでいて、誰か呼んだがついたあだ名がハイパー北上様。性格は大体のんびり屋。姉妹艦である『大井』と仲がいいが『阿武隈』とは仲が悪い。駆逐艦を嫌いと言いつつも面倒見はよし。
そんな風な感じだが、それでも駆逐艦に対して普通にあだ名を付けるなんて話聞いたことない。
そんなことを思いつつ、けれど北上は気づかずに腕を頭の後ろで足を進めていく。
「ま、ぶっちゃけ演習場と艤装置き場も一緒だし、補給場所もすぐ近くだから夜だけですぐ終わるからなー。それだけど面白みもないし……そうだねヴェルっち。一応ここの先輩として一つ忠告しておこうかなー」
「忠告……?」
いきなりの言葉だったが、まぁ別に珍しいことでもないのかなと思う。食事の時間帯だってローカルルールらしいし、昨日の聞き洩らしたことがあってもおかしくないだろう。そういうのは早めに聞いておきたい。別に無理に輪を乱すつもりはないのだ。
「ま、簡単だよ。まず一つ、お互いについて必要以上の詮索しない。……これについては色々言う必要ないよね? 言いたくないし聞きたくないでしょ?」
「……
「んじゃ二つ目ー、こっちは結構切実で――提督にちょっかいかけちゃだめだよ?」
「…………は?」
ちょっかい……ちょっかい……?
「それは、つまり……?」
色恋事のことだろうか。提督と艦娘がそういう風な関係になるのは珍しいことでもない。一応表向きは禁止されているし、いいことだとはされないがそういう関係は確かに存在する。『金剛』当たりは一言目には告白しているわけだし。
「あぁ、そっちじゃないよ。寧ろそっち方面はここはオールオッケー。ちょっかいっていうのはつまり喧嘩売るなってことさ」
「……喧嘩?」
「そう。絶対だめだよー? そんなことしたら大変なことになるから、いやマジで。これはまぁ私の実体験だけどさ……やっぱやめようかこの話」
「えぇ……。凄く気になるんだけど」
「あははー、冗談冗談。まぁ可愛い後輩が同じ目に合わないように、それにここがどんなとこか解りやすい話になるしね」
笑いながらも北上は変わらず歩みを止めず進んでいく。
「私がここ来たのは半年ちょっと前でさぁ、まー自分でいうのも結構荒れてたんだよ。それで移転してきて最初の日に提督にすっごい罵倒食らわしたわけだよ。どうせ無能な提督なんだろーとか、なんかやらかしたからこんなとこいるんだろーとかまぁそんな生意気なこと」
「……」
口に出さなかったけれど私だって似たようなことを思っていた。こんな辺境、文字通りの孤島だ。普通の提督だったら配置されるはずもない。能力が低すぎるのか大きな失敗をしたのか。そんなことのせいで左遷されたのではないかと思ってるし、実際自分はそんな感じなのだから。
「というわけで着任早々思いつく限りの罵詈荘厳を喰らわせたアルティメット北上様なわけだけど、それからどうなったと思う?」
「アルティメット……」
なんか凄い装飾が付いていたがとりあえず聞き流すが、どうなったのか。
「……あの提督が怒ったのかな」
「それが全然なんだよねー。あの提督全く怒らずに私の言葉ヘラヘラ受け入れてたままだったんだよ」
「……じゃあ何が」
「執務室出てから――ぬいっちに演習場に連行されて一日演習しまくってぼこぼこにされた」
「――へ?」
北上が何を言ったのか理解できなかった。
『不知火』が『北上』を
「いやー大変だったよー。まず演習場に無理矢理力ずくで引きずられて、無理矢理演習開始。模擬弾だから大破こそしなかったけど大破判定受け捲ってそれを次の日の朝まで。こっちの砲撃とか雷撃とか全く当たらなくてぬいっち無傷で、私だけ被弾しまくってで怖いのなんの。つーかぬいっち自体超怖い」
「つ、つまり……生意気な態度取ったら不知火に締められた?」
「そういうことだね。ちなみにその後朝になってから提督に土下座して発言を全部撤回させられたとさ。あの時も提督は笑って赦してくれてあーこの人いい人だぁーと思ったよ」
「そ、それってもしかしなくてもせんの……」
「あははー」
笑い飛ばされた。
心折った所に救いの手を差し伸べるって思い切り洗脳の手口じゃないかなと思ったけど口に出したら拙そうなので心にしまっておく。
「と、言う訳でヴェルっちも提督にケチ付けるとぬいっちにぼっこぼこにされるから気を付けてねー? ぬいっちがしなくても私たちの誰かがすると思うけどさ」
「……そんなに提督が好きなのかい?」
「好きだよ? 提督の為に死んでもいいくらいには」
だとしても、そうだとしても――少なくとも『北上』はそんなキャラじゃないはず。違和感は拭えない。いや、まぁ確かに『北上』だってたくさんいるのだ。少数派でこういうのがいてもおかしくないのかもしれない。
それに、
「提督の為に死を躊躇わないのは艦娘としては当然じゃないかな」
艦娘とは兵器なのだから。平気が躊躇っていては話にならない。
けれど北上は即答だった。同時に足も止まる。いつの間にか演習場に到着していた。海に面した大きなプールというのが解りやすい説明だろう。けれど、彼女が足を止めたのはそれが理由ではなかったのかもしれない。何故かそんなことを私は思った。
「違うよ」
否定される。少しだけ振り返り、目がある。口だけは孤を描きながら。
――どうしようもなく気圧される。
「君は死ぬべきだ、でしょ? 私たちは死にたい、だよ。どうせ死ぬなら提督の為に死にたい……ま、ぬいっちは好感度振りきれるどころかメーター自体はぶっ壊れてるからもうちょっと違う答えだろうけど、私や榛名っち、加賀さんっちにずいっちはこんな感じだから、提督にちょっかいかけたらダメだよ。解った?」
「…………
それ以外の答えを私は持ち合わせていなかった。
この時は――まだ。
何故か無意識に純愛()向かっていく。
大丈夫大丈夫まだ大丈夫。こう、釘指すために無理矢理強くいってるだけだから!