そして誰もが帰ってくる Heart of the warship girls 作:柳之助@電撃銀賞5月10日発売予定
「では司令出撃します。帰ってきたら結婚式をお願いしますね」
「君、僕と何回結婚するつもりだい?」
「無論、輪廻の果てに辿り着くまで」
「提督、この榛名にお任せください!」
「うんうん、任せてるよ。君は僕らの良心だからねぇ。帰ってきたらまた榛名ちゃんのうどん食べようね」
「提督、帰ってきたら…………そうですね、愛人契約でも」
「無理にネタやらなくていいよ!?」
「しかし天丼ネタはどうかと思い」
「提督さん提督さんちょっと聞いてよ! 私この前テレビの抽選応募したら最新式のゲーム機当たったんだけど」
「へぇ、それは凄いね。皆で遊べるといいんだけど……」
「でも敢えて受け取らないことで私は抽選で消費した運を今この瞬間に引き戻すわ!」
「うん、こんなところにまで届けてくるほど暇じゃないだろうけど凄いポジティブ思考だからいいかな」
「あー……提督ぅー、正直凄い怠い。昼寝したい。やっぱ今日は昼寝が足りなかったよぅ」
「君の場合は普段が寝すぎなんだろうけど、まぁそこを頑張って、よろしく頼むよ」
「んー、もう、提督の頼みなら仕方ないなぁー、えへへー」
「あはは――さて」
笑って、水面に一列に並んだ皆を見回す。激励の言葉というにはあまりにも適当だが、うちは大体こんな感じ。変に畏まるには此処のやり方ではない。勿論、皆が望めばやってもいいのだが、今のところはこんな風でいいらしい。
僕もこの方が好きだ。
そして、言うことは一つ。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
告げ、応え、彼女たちは出撃する。既に太陽は沈む直前で、周囲は随分と暗い。目が悪いつもりはないが、数分眺めていればすぐに視界から消えていた。これもいつものことだけれど。艦娘の移動方法はスケートのように海面を滑っていく。原理はよく解らないが、昔軍学校で習った時は霊力が云々という奴だった。人間も察知できないわけではないが、残念ながらどれだけ理解しても艦娘の戦闘を助けることはできない。あることは解るのだが、ただの僕たちのようなただの人間では操作できないのだ。僕のイメージでは水のようなものに近い。
提督と言っても、実際の戦闘で役に立つことはできない。
「ま、今更かな」
自嘲気味に呟き――振り返る。
「……」
そこでは帽子の鍔を深く下ろして、顔を隠しているヴェールヌイちゃんだ。暗さと帽子のせいで口元くらいしか見えない。
先ほどから一度も口を開かずに、ただ付いてくるだけだった。彼女がどんな状態なのか、というのは考えるのも仕方ないだろう。なんとか状態とか言葉として表せられるかもしれないが――それではあまりにも冷たい。
「ねぇ、ヴェールヌイちゃん」
答えはないが、構わずに港の端に腰かける。靴のつま先が水に触れる感触を得つつ、
「ちょっとした昔話をしようか」
●
「昔頭のいい男の子がいたんだよ。それもちょっとじゃなくて、凄い賢い子でねぇ。五歳になるくらいから同じ年代の子とは比べ物にならないにくらいにね。十歳になる前には海軍学校の最短コースを入学して、十一の時には当時最年少で卒業していた」
私の応えも聞かずに、提督は話し始める。
のんきに聞ける余裕もないが、最短コースという言葉についての知識はあって、頭の中でそれが浮かび上がってくる。艦娘の提督になる方法はいくつかある。一般的なのは高校或は大学を卒業した後で海軍学校の提督コースに入ることだ。今いる提督の七割方はこれルートを経ている。あとの残りほぼ全て、二割九分ほどを占めるが、家族や後見人が提督業に関係を持っていることで幼い頃から提督としての技能だけを学んでいくパターン。艦娘を受け継ぐこと場合が多いのでトップクラスの提督はコレが多い。
そして今、提督が言った最短コース。幼い年齢でも、能力さえあれば提督になるというもの。全体の一分ほどしかないが、十代前半の提督も存在するのだ。そもそも、提督といってもその仕事は戦闘ではなく事務、そしてそれ以上に艦娘とのコミュニケーションが重要だ。故に感受性の強い子供を提督に就任させることがままあるのだ。横須賀にもそれで提督になった十二歳の子供がいた。勿論そんなのはかなりの特例なのだが。
「子供提督、なんてまぁ今でも数少ないし、おまけに大体が一般への広告塔……まぁ能力に関してはまちまちなんだけど、その子は実際有能だったんだよね。頭も良くてテストとかも大人顔負けでできて、何十年に一人の天才とか言われて、その子供もそれに応えようと、教えられたことを呑み込んで、実行していった」
提督の言葉だけが、夜の港に融けていく。
私はただ耳を傾けるだけで反応はせず、それでも彼は構わずに話を続けて行った。
「実際に指揮するにあたって、まず建造したのは駆逐艦三隻。戦艦や空母斡旋してくれるって話もあったけど、初めから楽するとダメだからねぇ。性能が高めの艦娘を狙って建造して、後は海域から拾い上げようと考えていた。……それで実際上手くいっていたんだよ。どうやら彼は運そのものはなかったらしいから途中で新しい艦娘を拾うことはあまりなかったけど、持前の頭のよさで十分やっていけた。……そのせいで最初の三人以外使おうと思わなかったんだけど」
子供だったんだよ、と彼は言う。
「おつむのできが良くても、所詮子供だった。現状上手くいっているから、新しいことをする必要がない。自分の今が最善であると信じて疑わなかった。周囲も、面白がって止めなかったしね。それでまぁ……結局その三人のうちの二人を沈めちゃったんだ」
「ッ……どう、して」
「疲労轟沈って聞いたことある?」
「……何度も出撃を重ねた艦娘が、目に見えない疲労が積み重なっていくことで無傷でも呆気なく轟沈してしまうこと」
「そう。考えてみれば、たった三人だけで出撃し続けて行けばそうなるのも当然だった。それでも、最年少提督だから結果を求められたし、少年も応えようとした。一緒に戦うはずだった女の子の負担にも気づかずに」
自嘲気味の言葉と、己への失笑を私は聞いた。
いつの間にか私は提督の背中を見ていたが、彼の顔は見えない。
「まぁ……結果的に見ればよくある話さ。新任提督が調子に乗って艦娘を轟沈させる。大体の提督は経験するよね。問題だったのは少年は新米の上に子供で、その上で弱虫だったてこと。自分の失敗が認められなくて、受け入れられなくて――挫折しちゃったんだよ」
「そして……此処に流れ着いたという訳かい」
「ご明察。まぁ僕の昔話さ」
「……だから、なんだっていうのさ」
先ほどの話と一緒だ。結局、私や他の皆のように艦娘やそれに関わる人間からすればよくあることで、気にするほうがおかしいのだ。
「まぁ別に大した意味はないけど、これでも慰めているつもりなんだけどねぇ」
「……慰めて、どうなるっていうんだ」
「さぁ?」
「さぁ、って……」
「僕は君に戦えなんて言わない。今話したみたいに僕も、僕たちも同じだからね。命令も強制も指示も指令も絶対にしない。これから先毎日深海凄艦がこの島を襲ったとしても僕は何も言わない。いいかい、ヴェルちゃん」
呼びかけられ、
「僕たちは間違っているんだろう。強いか弱いかと言えば弱いし、恰好いいか恰好悪いかと言えば恰好悪い、凄い凄くないというのでも全然凄くないし、良いか悪いかでいえば悪いし、プラスかマイナスでいえばマイナスなんだろう。僕たちの存在が愛すべき国民の皆さんに知られれば怒られるんだろうね、だらけていないで戦えってさ。それを忘れちゃあいけない。そこだけははき違えちゃあいけないんだ」
「だったら……どうして司令官は、そんな間違った場所で間違ったままでいるんだ」
「間違ってもいてもいい、そう思っているからさ」
「……どうして」
「強くかっこよく凄く良くプラスで正しいことで――蔑ろにされるものがあるから。それは君だって解るよね」
脳裏に過るのは暁たちの散り際それがなかったことになってしまった再会。
そしてさっき聞いた提督の話。
人と艦娘――心。
「単純に感傷なんだよ。こんな世界で、一か所くらい泣きべそかいてもいいよな場所があればいいと思ったんだ。大切な人の喪失に涙を流せる優しい娘がいる限り、その心を守りたかったから。提督なんていっても、できることはあまりにも少ないんだ」
「――」
「話がズレちゃったなぁ。僕は皆帰ってくるまで、ここでぼうっとしているつもりだけど、冷えるかもしれないし戻っても……」
「ねぇ、司令官」
「……なんだい?」
ゆっくりと足は進んでいく。一歩踏み出すたびに身体は揺れる、それでも司令官に並んだ。
「もし私が、今から出撃するっていたらどうする?」
「止めないけど、どういうつもりか聞くね。義務感とかなら止めるけど」
「……皆、この道を通ってきたんだろう?」
「そうだね。不知火ちゃんも榛名ちゃんも加賀さんも瑞鶴ちゃんも北上様ちゃんも、皆同じように戸惑って、困って、迷ってた」
「だったら――私は彼女たちと一緒にいるよ。まだ彼女たちのようになれないけど、いつか心から、彼女たちの喪失を悼めることができる心を手に入れるまで」
納得できたわけではない。
今は、まだ。
多分、もっと時間は掛かるだろう。
でもいつまでも泣いていては、皆に申し訳ないから。
「私はヴェールヌイ。信頼と不死鳥の名を持つ艦娘だ。そして――不死鳥は何度だって蘇るものだよ」
●
「……やれやれ、思いのほか強かだねぇ」
立ち直ったというわけではないが、意識のベクトルは前に向いているのだろう。最短記録かもしれない。地味に鬱状態が長かったのは榛名ちゃんで、三か月くらいは沈んだままだったし瑞鶴ちゃんと加賀さんは最初は心配だったけれど、対立する余裕もなく、二週間くらいで気づいたら仲良くなっていた。
北上さまちゃんは初日に挨拶したら次の日ボロボロになって土下座してきたのはノーカンだが。彼女が今のようになったのも二週間くらい。
「元々ヴェールヌイっていう艦娘自体精神年齢高いから……というのは無粋かな」
彼女自身が選ぼうとして前に進んだのだから。
まぁ、二日目からイベント盛りだくさんだったせいもあるかもしれないが。
僕自身、随分と語ってしまった。
「ちょっとだけ、言わなかったこともあるけど」
言わなかったこと――かつて僕が二人の駆逐艦を沈めてしまった時のことは意図的に省いていた。これは榛名ちゃんたちも知らないことで、当事者である僕と、そして不知火ちゃんしか知らない。
ずっと昔、二人を――陽炎ちゃんと黒潮ちゃんを沈めてしまった時のこと。
失って、悲しんで、でも誰にも怒られなかった僕は、感情を吐きだされることを求めた。失敗し、失わせたのだから怒られるべきだと思った。けれどその喪失は当たり前のことでしかなく、当たり前のように流され、結局馬鹿なことに不知火ちゃんへと感情を向けたのだ。
どうして怒らないのか。
どうして泣かないのか。
どうして責めないのか。
貴方は悪くない。
艦娘だから仕方ない。
これが仕事。
最初は不知火ちゃんもそう言っていた。
でも納得がいかなくて、何度も何度も問い詰めて――、
『悲しいですよ、私も』
言った。
『でも、仕方がないじゃないですか。そういうものなんです、私たちは泣いてはいけないんです。それが艦娘なんです。陽炎や黒潮が死んでしまったのは悲しいですよ。泣きたいですよ。今すぐ声を上げて、何かも忘れるくらいに。でも駄目なんです。やってはならないんです。私たちは兵器だから、私たちに――心がないから』
いつもと同じ無表情だった。
でも、その時の僕にはどうして泣いているようにしか見えなかった。そして、泣きたいときに泣けることができないのが許せなかった。当時所属していた鎮守府から離れようとした時は同僚や家族からも当然引き留められた。でも、強引に離れ、この島に行きついたのだ。
「我ながら若かったねぇ」
彼女たちの分まで戦うべきだったのだろう。
本当は、そうするのが正しいのだ。そうするべきだった。そうしなければならないと誰もが心がけているはずだ。
「今更過ぎるなぁ」
苦笑する。
そのあたりの思考はどうしたって僕が悪いことに行きつくんだから。
「僕が悪い――だから彼女たちは悪くない」
少なくとも僕には何もできないのだから。
こうして、港の端っこに座って待つことくらいしかできない。戦闘そのものには心配していない。ヴェルちゃんも練度は高いし、不知火ちゃんたちに至っては
だからまぁ、別に執務室でもいいのだけれど、こういうのは気分の問題だ。
帰ってきた皆を、できるだけ早く迎えてあげたいのだから。
抱きしめたり、頭を撫でたり、下らないことを言ったりして。
彼女たちの心の居場所になるために。また戦おうとか、どこか遠い所に行こうなんて思っていない。どこにもいかなくていい、ここに帰って来てくれれば。
泣けるだけ泣いて、いつか皆で思いっきり笑えることを信じているから。
「だから僕は待っている」
――そして誰もが帰ってくる。
●
「おかえり」
「ただいま」
「私はヴェールヌイ(ry」
「それはいいけどまず艤装とりに行こうか」
「あっ」
というオチを付けるか迷った。
帰って来て勢い任せに抱き付くのが北上様ちゃん。頭を撫でてもらいたがるのが榛名に瑞鶴。加賀さんはノリで、ヴェルも恥ずかしがりながら頭を撫でてもらいたがる。そしてその場ではすまし顔であとで二人きりの時に他の皆にやったこと全部やってもらって+αが不知火ちゃん。
ぬいぬい!
まぁタイトル回収したのでこれで完結ということで。
基本的にこのお話はそういうのもあるというか、こういうのがあってもいいんじゃないかなーという感じで生まれました。
一応、続きを考えていないこともなく、提督の初期の話とか、深海凄艦側とか諸々。
ご愛読ありがとうございました。。