事の発端は、何気なく呟かれたパドマの言葉だった。
「気軽に他の寮と連絡が取れれば良いのに」
その言葉に、いつものお喋りを楽しんでいた面々は一斉にパドマの方を向いた。突然どうしたのかという疑問に、パドマはちょっと恥ずかしそうに答えた。
「グリフィンドールに双子の姉がいるのは、みんなも知っているでしょう?パーバティと私は結構好みも似ていて、家ではお互いの本や小物を貸し借りしていたのよ。でもパーバティと寮が離れちゃったし、何か話をしようにもレイブンクローとグリフィンドールはかなり離れている上に合同授業もほとんど無いから、大広間でしか声を掛けられないの」
だから何か気軽に遠隔での会話が出来る道具や魔法があれば良いなと思って、と続けられた。確かに言われてみれば、他寮の人との連絡手段は直接会いに行くか、わざわざふくろう小屋に行って手紙を送るかしかない。それは不便極まりないと思って納得する。そしてふと思い付く。どうやら私だけではなく、みんな似たような事を考えたらしい。
「──無いなら、作れば良いじゃない」
斯くして、レイブンクローの一年女子を中心としたプロジェクトチームが発足したのだった。チーム名は特に無い。
とはいえ、学問第一がモットーの我らがレイブンクロー。楽しい事に現を抜かす前に本業たる授業や課題を最優先にするのが流儀である。という事で、軒並みクリスマス休暇に入る前に予習・復習・提出物の追い込みに励んでいる。
本当なら今日は定例となりつつある魔法薬学の追加講習がある予定だったのだけど、朝食の時にスネイプ先生から「諸用にてクリスマス休暇が終わるまで講習の時間が取れなくなった」と伝えられた。滅茶苦茶楽しみにしていただけにかなり落ち込んだが、先生だって本職の仕事があるのは当然の事。断じて私の家庭教師ではないのだから、残念だけどそればかりは仕方ない話だ。
その代わりと言ってはなんだが、休暇中の課題として「魔法薬とマグルの薬についての考察」を纏めろとお達しがあったので、賦形剤作りも含めてキッチリと仕上げて、笑顔で提出する所存である。
勿論、課題は日常の授業でも多かれ少なかれ出される。
私も出された課題はその日の内に片付ける主義なので、さくっと図書室で資料を借りて夕飯までに仕上げようとお気に入りのスペースに向かうと、珍しく先客がいた。
先客がいた所で別段どうという話でもない。私がいつも座る席と課題を広げるスペースは十分空いているし、先客も顔見知りだったから特に気にせず挨拶して座ったのだが、思いがけず予想外の反応が帰ってきた。
「こんにちは、ハーマイオニー。調べ物ですか?」
「っ!?まっ、マーガレット!?どうしてここに!?」
「え……どうしてって……普通に今日の課題を仕上げようかと思って来ただけですけど。ここは図書室の中でも静かで集中出来るので気に入っていまして」
「そっ、そうなのね!」
相槌を打ちつつも明らかに挙動不審なハーマイオニーに私は思わず半眼になる。ハーマイオニーだけでなく、一緒にいる男子二人組も何やら焦っている。……別に詮索する気は全く無いし、彼らが何を企んでいようと私には関係無い。が、そのリアクションはあからさまに何か怪しい事をしていたとバラしているのと同義だと思う。
一緒にいる男子二人は、あのハロウィン以来のハリー・ポッターとロン・ウィーズリーだった。直接の会話は無くとも、ハーマイオニー経由で話は聞いていたから、流石に名前と顔は覚えている。
……何故だか分からないが、知らぬ間に私は彼らから余り良いとは言い難い感情を抱かれている様子なのだが。解せぬ。身に覚えが無い。なにゆえ、そんな警戒心丸出しなのか教えて欲しい。
そう思っていたら、明らかに私を一番警戒していたウィーズリー少年がくわっと食って掛かって来た。
「ハーマイオニー!こいつはスネイプの手先だ!」
「手先?」
「惚けたって無駄だぞ!僕はお前がレイブンクローの癖にスリザリンのスパイなのは知っているんだからな!」
「スパイ……??」
「ちょっとロン!マーガレットをそんな風に言わないで!彼女は私の大事な友達よ!」
そのまま私をそっちのけで言い争いを始めたハーマイオニーとウィーズリー少年に、私は完全に置いてきぼりを食らっていた。もう放っておいて課題を始めようかと考えていたら、それまで何か言いたそうにしながら沈黙していたポッター少年が私に話し掛けた。
「えっと、ノリスだよね?聞きたい事があるんだ」
「はい、何でしょうか」
「君はよくスネイプの研究室に行っているみたいだけど、何の為にそんなに通っているんだ?レイブンクローの寮監じゃないのに」
「薬学分野の担当者にその専門分野に関する質問に行ったり、実験や論文に関して見解を尋ねているだけですが。寧ろ、それに関して何か問題でもありますか?」
「だってあのスネイプだ」
「えぇ、あのスネイプ先生ですね」
「えっ?」
「……皆さん、質問とか行かないんですか?」
「そんなの行った所で答えてくれる訳が無いだろう?」
「はい?」
……どうしましょう、何だか会話が噛み合っていない。
絶妙にトンチンカンな会話のすれ違いをしていると、いつの間にか喧嘩していたハーマイオニーとウィーズリー少年も何とも名状し難い表情で私達を見ている。本当になにゆえ。
十回ぐらい今の会話を脳内で査定し、ややあって結論と思しき事実に行き着いた。
「ええと、グリフィンドールとしては先生への質問も含め、スリザリン関係者と会話するだけで例外なくギルティ扱い、という解釈でよろしいでしょうか」
「いえ、マーガレット、そういう意味じゃないのよ。ただ……」
「何で庇おうとするんだハーマイオニー、こいつはスネイプとだけじゃなくてスリザリンの奴とも仲良く一緒にいたんだ!空き教室で確かに見たぞ!」
ウィーズリー少年が再び私に噛み付いてくる。いやぁ、確かにグリフィンドールとスリザリンの仲は長年の寮単位で壊滅的だとは聞いていたけど、ここまでとは。面倒くさい。
でも、残念ながら私はグリフィンドールじゃないので、その定義を当て嵌められても困るし、そもそも従う義理も無い。
「空き教室……あぁ薬草学のレポートの打ち合わせしてた時のあれですか。それこそ、人の多い所でやったら外野に大騒ぎされて肝心のレポートどころじゃなくなりますよ。というか、今まさにあなたが実証してくれました」
「そもそも一緒に組もうっていうのがおかしいんだ!」
「互いに奇数で余りましたので。薬草学は最初に組んだペアで最後まで一緒にやった方が絶対に効率良いですし、合理的判断かと」
間髪入れずに答えていたら、顔まで真っ赤にさせたウィーズリー少年に思い切り睨まれた。何でだ解せぬ!素直に答えたのに!
だんだん反応が面倒になってきた所で、さっきのトンチンカンな会話で固まっていたポッター少年が戻ってきた。
「それじゃ……ノリスにとってスネイプってどういう人?」
「魔法薬学の教授ですけれど」
「いや、そうじゃなくて!」
「それ以外に何と答えれば良いのですか?強い拘りのある研究者?でも、正直言って高等学問で研究職に付いている方って、あの手のタイプが多いですよ。気難しくて嫌味も普通に飛んで来ますけど、確たる価値観の中で自分の研究に没頭し続ける事が出来る。要するにそれも一種の才能の形。尊敬しますね」
私がそう言うと、三人はそれぞれ表情を変えた。ハーマイオニーは少し安堵していて、ポッター少年は困った様な顔をして、ウィーズリー少年が「完全敵視」から「気に入らない」レベルにはほんの少しだけ睨みを緩めた。
「……まぁ人の好みに口を挟みませんけど、学業に関しては先生の好き嫌いと科目の好き嫌いを安直に結び付けていると後々損しますよ、とだけは言っておきます」
魔法薬学はとても面白い科目なのに、と嘆息しながら呟いたら今度こそ男子二人組から奇妙な物を見る様な顔をされた。いっそのこと薬学の魅力を小一時間プレゼンテーションして差し上げようかと思ったら、脱兎の如く逃げられた。……そんなに嫌いなのか。
あの後ハーマイオニーに二人の事を謝られたけど、まぁ、好きも嫌いもその人の勝手だ。私の知った事ではないし、それこそ興味も無いのだから、変に気に病まないでくれれば良いと思う。
◆
クリスマス休暇。休暇中の帰省を選択した私とレイは、同様に帰省する大多数の生徒達と共に汽車に揺られていた。
「──そんな事があったんですか。彼らは……そうですね、ある意味典型的なグリフィンドール生らしいと言いますか、一度決断した事に対しては危なっかしい程の真っ直ぐさと猪突猛進な好奇心があるとは思っていましたが……」
「まぁ、いきなり敵視された時には驚きましたけど。別に興味無いので気にしていないです」
この間の図書室での出来事をレイに話したら、物凄く渋い表情を浮かべながら米神を揉んでいた。どうやら彼らはスリザリン嫌いの急先鋒になりつつあるとかで、色々な意味でのトラブル吸引要因になってきているらしい。他人事ながら何というか大変そうだ。
私が目下気にしている事と言えば
今のところ、プロジェクトは持ち運びしやすい手鏡を素体にし、マグルで言うところの電話に魔法で便利機能を足していこうという方向性で纏まっている。
実はこのプロジェクトに関する名案を出してくれたのは、私達女子ではない。数日前、どういった形態にするかで私達が盛り上がっていた際、偶然通り掛かったアンソニー、マイケル、テリーの三人が興味を示したのだ。特に、テリーが変身術を応用して手鏡かコンパクトを通信道具にしたらどうかと具体案を上げてくれたのも相まって、漠然としていたイメージは一気に固まっていった。
変身術に関して話す時のテリーは、普段と比べて当社比数割増しレベルで楽しそうだった。もしかしたら彼も
「ドクター!ただいま!!」
汽車から降りた私達は、程なくして迎えに来てくれたドクターの姿を見付けた。別にホームシックになった覚えは無かったが、久方ぶりのドクターに私は思わず走って勢い良く抱き付いた。歩いてきたレイは、そんな私を見て、小さな子供に向ける様な笑みを浮かべている。……抱き付いたのは少しお子ちゃまだったかもしれない。
ドクターは特に気にした様子もなく、入学前と変わらない笑顔で私とレイを出迎えた。
「二人とも、お帰りなさい」
研究所兼自宅に戻ると、やはり愛すべき「日常の世界」へと戻った実感が湧いてくる。私達がいない間に当たったという懸賞とやらのせいで、キッチンに大量のトマト缶が鎮座していて思わず叫んだ以外は、魔法ではなく科学で構築されているこの慣れ親しんだ空気感に癒されていた。
私達(というより主に私)はドクターに学校の授業、寮生活、友人達について話し、ドクターが相槌を打つ。レイと寮が違う分、時折知らない情報も入ってきて驚いたりもした。
スネイプ先生と繰り広げている実験模様に、レイからは「二人揃って何をしているんですか」と突っ込まれたが、ドクターはかなり興味を持った様子だった。
「魔法薬は天然の砂糖だと反応して薬効が変質するから、天然に存在しない人工甘味料を使う……か。へぇ、確かに興味深いねそれ。飲み合わせの難しい抗生物質だって専用の服薬ゼリーが作れるんだから、やろうと思えば魔法薬でも作れると思うのだけど。そうだ!どうせなら、構造が糖と似ている物と全然違う物、それから天然由来だけど糖類違いの糖アルコールを試してみたらどうだい?より詳細な検証実験になるんじゃないかな」
「え、そこまで服薬ゼリーって進歩してましたっけ?うーん、向こうだと情報伝達が格段に落ちますねぇ……。それはそうと、確か家に何種類かその類いの甘味料があったと思うのですが、実験で使っても良いですか?」
「構わないよ。是非とも、後で私にもその実験レポートを送ってくれるかな?」
「勿論です!」
「……何だかドクターまで乗り気になっていませんか?」
「そりゃあ、本業だからね。──あぁそうそう、薬の話と言えば。レイ、手紙を見る限り魔法薬に切り替えても、特に問題は無さそうな感じだけど、実際のところ大丈夫なのかな?」
「えぇ。おかげさまで毎食服用せねばいけなかった薬が、定期的に医務室に行って服薬指導を受けつつ、その場で飲むだけで済んでいます。ただ、改めて医薬品というかドクターが処方する錠剤のありがたみも噛みしめましたが。……魔法薬の即効性と持続性は素晴らしいんですが、味は毎度悶絶モノですからね」
ドクターとレイの会話を聞いて、私は俄然やる気が湧いてくるのを感じた。自分の好奇心の赴くままに調べるのも楽しくて仕方ないが、そこに目標が加われば更に遣り甲斐があるというものだ。
「レイ!任せて下さい!こうなったら、可及的速やかに魔法薬用の賦形剤を完成させてみせます!」
「え、ええ?ありがとうございます、メグ。でも程々にね?」
意気揚々と宣言する私に少し気圧された様なレイだったが、暴走しないように念を押された。
「それよりもメグ。ドクターに相談するのではなかったのですか?君の
「……そうだね、口が堅くて信頼出来る先生に体質の事を相談するのは大事だ。こればかりは私も専門外だから、そんなメグが消滅してしまうかもしれないだなんて大変な話を、何も知識が無い人間が簡単にどうこう言う訳にはいかないからね」
「はい……。問題は誰に相談すべきか、ですね」
「変身系の能力であるならば、やはりマクゴガナル教授が一番確実でしょうか。基本的には公正な方ですし」
「最終的には、メグ自身が確実に信頼出来ると思った先生に相談するのが一番だ。でもね、総合診療医として一つアドバイスすると、素人判断で専門を絞らない方が良い」
「専門を絞らない……」
「そう。まずは全体をくまなく見て、そこから少しずつ細部をピックアップしていくんだ。ま、そのやり方が魔法でも当てはまるのかどうかは、断言しかねるが」
ドクターの言葉を何度も考える。確かに変身術ならマクゴガナル先生に頼るのが一番な気はする。でもそういった専門性には拘らずに相談へ行くならば、誰が良いのだろう。
色々な先生を思い浮かべてみる。学問における専門家はたくさんいるけど、総合的な広い視野を持っていて、確実に信頼出来る先生となると自ずと限られていた。結論も自然と導き出される。
「とりあえず、レイブンクロー寮監のフリットウィック先生に相談してみます。総合的な考えで見て貰うなら、まずは寮監に頼るべきでしょうから」
◆
好奇心の冒険で、偶然行き着いた小部屋。そこに置かれていた、場違いな古い鏡。装飾部には何やら文字が彫り込まれている。
“Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi”
何気なく覗いてみたハリーは、その光景に驚いた。無理もない、鏡に映っていたのは自分の
慌てて振り返ってみたが、部屋にいるのは自分だけ。恐る恐る鏡に近付いた彼は、一緒に映っている人達をじっと見つめた。
「父さん?……母さん?」
自分がそのまま大人になった様な姿の男性と、美しい赤毛と緑の瞳が特徴的な女性が頷き、こちらに向かって手を振った。
鏡に映っていたのは両親だけじゃない。自分の隣にはグリフィンドールのローブを着た小柄な女の子がいる。父にそっくりな自分とは対照的にその女の子は母にとても似ていた。自分との共通点は、黒髪と緑色のアーモンドアイ。彼女の姿を見てハリーは自分の家族に関する話を思い出した。
本当なら双子の姉がいるはずだった。音楽が好きな子で、大人しくおっとりとした性格だったという姉。けれども彼女は、あの日に亡骸すら残されずに消されてしまったのだと聞いた。
ハリーは掠れた声で姉の名前を呟いた。
「…………シャーロット……」
──鏡の中の姉は、応える様ににっこりと笑ってみせた。
薬学以外は案外年相応に子供なメグと、周りの在り方の話。
やっと原作組と絡み始めたと思ったらこの展開。特にロンごめん。決して彼に恨みは無いのですが、時期的にも立ち位置的にもアンチスリザリンを爆発させるのには適役過ぎた。
地味にハリーも可哀想かもしれない。みぞの鏡が「望み」を汲み取って家族の姿を反映させても、鏡のシャーロットと実物のメグは別物として写ります。理由はまだ秘密ですが、現状では聞いた情報から描いたイメージに理想と願望が詰まった鏡像でしかないです。
まさか幻の姉が薬学オタクの毒物フリークと化して生きているだなんて、ハリーも夢にも思うまい。
【おまけ】
ハリーとメグの噛み合わない会話に副音声をつけるとこうなる。
「えっと、ノリスだよね?(スネイプの悪事に加担しているどうかかを含めて)聞きたい事があるんだ」
「はい、(学問での会話で目の敵されるレベルの不仲っぷりで納得して貰えるかはさておき)何でしょうか」
「君はよくスネイプの研究室に行っているみたいだけど、何の為にそんなに通っているんだ?レイブンクローの寮監じゃないのに」
「薬学分野の担当者にその専門分野に関する質問に行ったり、実験や論文に関して見解を尋ねているだけですが。寧ろ、それに関して何か問題でもありますか?」
「だってあの(スリザリン贔屓で嫌な奴の)スネイプだ」
「えぇ、あの(薬学の研究にとても熱心な)スネイプ先生ですね」
「えっ?」
「……皆さん、(授業や予習で分からなかった事がある時に)質問とか行かないんですか?」
「そんなの(敵に直接何を企んでいるのかを尋ねに)行った所で答えてくれる訳が無いだろう?」
「はい?」
会話の前提が違い過ぎて、とにかく噛み合っていない!
R2.4.19 一部加筆訂正