クリスマス休暇を終えて、私達は新学期を迎えた。また当たり前の様に魔法が飛び交う、私にとっては非日常と言える世界へと舞い戻って来た訳だが、入学当初と比べればかなり慣れたものだ。
「メグ!クリスマス休暇はどうだった?」
「アミーはご家族とディナーに行ったんでしたっけ。私はほとんど家にいたんですけど、鍋で世界旅行していました」
「……鍋で世界旅行?」
私はドクターが大量のトマト缶を引き当てた幸運(不運?)な話を彼女に話してみせた。多少の保存は利くとは言え、ぶっちゃけてしまうとキッチンを埋め尽くすトマトは非常に邪魔で仕方ない。なので、私達が休みの間に至急処理してしまおうという事で、クリスマス休暇中は世界旅行と称してひたすらトマト料理を作りまくっていたのである。
私としては学校にいる時よりも野菜をたっぷり摂取出来たし、なんだかんだ作っていて楽しかったから満足している。
余談だけど、ここぞとばかりにレイへ肉を押し付けようとして、謎の攻防戦になった。まぁ、ご愛敬というものだ。多分。
「色々作ったんですよ。多分、今ならトマトを使ったレシピに関しては鍋マスターを名乗れる自信もあります。トマトシチュー、ポトフ、ミネストローネ、グヤーシュ、ボルシチ。結構珍しいものだとエゾゲリン・チョルバスとかハヤシライスですかね」
「途中から知らない料理名がたくさん出てきたわね……」
「でも、実は鍋料理以外にも最高に美味しいと思った料理がありまして。ハヤシライスを作ったついでに、同じ日本発祥繋がりでオムライスっていう料理も作ってみたんです」
「オムライス?オムレツとは違うの?」
「ええ。まずはライスと野菜とチキンをバターで炒めてトマトソースと絡めます。次にふわっふわのオムレツを上に被せます。最後にじっくりコトコト煮詰めたソースを掛けて、出来上がり!」
「ギャー!何その飯テロ話!お腹が鳴っちゃう!」
なかなかに面白いリアクションを繰り出したアミーは、一拍置いてから、それにしてもと切り返す。
「あたしのママは料理なんて適当に茹でて盛っておしまいって感じで済ませているんだけど、話を聞くにメグってかなり拘って作っているわよね……面倒じゃないの?」
「魔法薬の手順に比べたら断然楽です。それに、味と栄養価が最高に釣り合うレシピを考えるのも、物凄く楽しいんですよ」
考える事は有意義な一時だ。そこから更に工夫を重ねて研究を繰り返すという一連の流れは、どのジャンルにしてもとても楽しくて仕方ない。私のこの性分は、これからも変わらないだろう。
さて、今日のお喋りテーマも、言わずもがな例のプロジェクト。
流石に例のプロジェクト、例の某呼びは色々と面倒が多そうという事で、とりあえず「連絡網」という呼び方で統一する事にした。
「とりあえず、簡単に持ち歩けるコンパクトの手鏡を細工して気軽に離れている人と会話が出来るアイテムを作る……『連絡網』の最低条件はこれで大丈夫?」
まとめ役のパドマに私達は異議無しと返答する。とはいえ、この会話機能はあくまでも最低限の目標、絶対にこれだけは作りたいという部分だ。出来るか否かはさておき、理想ぐらいは高く設定しても問題あるまい。
「せっかく作るんだから、私達にとって欲しい機能も出来る限り全部取り入れたいね。みんなは通信以外に欲しいのってある?」
「『鷲の目』も鏡で見れたら便利だと思う。便利なんだけど、荷物を持っている時に広げようとすると結構嵩張るのよね」
「ついでに現在地が何処か分かるようにして、羅針盤代わりの機能があれば最高じゃない?」
「あ、一緒に時間割も確認出来たら最高だわ!そうね、もし何か変更があったら情報をみんなで共有するっていうのはどうかしら?」
サリーの問い掛けにマンディ、アミー、リサが順に答える。私もメモを取りながら、考えていた事を口にする。
「あと、緊急時の警報ベルみたいな機能があっても良いかもしれません。ほら、トロール事件の時みたいな事があった時、報せを聞いた人がより早く助けを呼べると思いまして」
あそこまで極端な事案は無いにしても、箒が暴走して乗り手が墜落するだとか、失敗したら爆発する魔法薬といった具合で、聞く限りでも魔法学校はマグルの学校よりも日常的な危険が多いのでは、と感じていた。ならば、せめて緊急を伝える機能は欲しい。説明したら、最初は不思議そうな顔をしていた皆も納得していた。
「よしっ!それじゃあ、まずは各自で魔法具の作り方や使えそうな魔法を調べて情報収集から始めるわよ!」
パドマの号令に、私達は意気揚々と頷いた。
◆
魔法薬と医薬品、作用機序の違いを例えるならば、天秤を例にして考えると非常にイメージしやすい。
人間の身体を砂糖と塩が釣り合う様に載せた天秤だとする。天秤のバランスが崩れると人間は体調を崩すし、天秤そのものが変化しても身体的な変化をきたすという具合だ。
さて、そう定義すると、魔法薬は皿の中身は無視して天秤の本体に直接作用させていると言える。本体を直に変えるという事はそれだけ即効性が期待出来るし、違う作用を重ねて発現させる事も理論上可能だ。もっとも、大抵は薬同士の作用で新たな薬効が生まれ、変な効果が追加されるパターンが多いのだが。
逆に医薬品は皿の中身だけ変化させ、その帳尻を合わせる事で薬効を得られる仕組みだと言える。いかに皿を傾かせ、釣り合う様に調整するかという点で鑑みると、飲み合わせによっては相乗効果をもたらしたり、相殺し合ったりするのも当然だろう。
「──この様に、魔法薬とマグルの薬は薬効や製法以前に作用機序が根本的に違うものだと言えます。そして、その違いが最も顕著に現れるのは、種類の違う毒薬を同時投与した場合です」
待ちに待った、休暇明け最初の特別講習。私はスネイプ先生より出されていた課題のレポートを発表していた。
「魔法薬ならば大抵の混合毒薬はゴルパロットの法則が適用されるが、マグルの薬は違う反応形態が生じるという事かね?」
「はい、仰る通りです。理論上は魔法薬ならば違う効果を重ねられるのですが、毒薬においてはゴルパロットの法則によって全く異なる毒物が生成され、高確率で本来は起こり得ない効果が生じます。そうですね……具体的な実例を挙げますと、フーフォーレ鬼火薬とシャスネージュ氷結薬がその典型と言えます。どちらも体温に異常をきたす作用を持つ毒薬ですが、過去に同時投与された人がいたそうで、その哀れな該当者は解毒が間に合わず、高熱を出しながら体組織が結晶化して石化したと記録されていました。ちなみに、件の方の最終的な死因は凍死との事。もはや理解不能です」
「……続けたまえ」
「一方、マグルの薬品理論において欠かせない毒物はテトロドトキシンとアコニチン、フグとトリカブトの主毒成分になります。両者とも非常に致死性の高い猛毒ですが、実はこの二つは人間の体内では真逆の作用を発揮するのも特徴なんです。先程の天秤の例えで言うなれば、正しくそれぞれ逆の皿へ干渉している状態です。体内で作用し合っている間は、二種類の猛毒を摂取しているにも関わらず相殺されて生き永らえるという、先程の魔法薬の例とは真逆の結果になります。……勿論、片方が代謝されてバランスが崩壊した暁には、普通に残りの毒で死にますが」
「………………」
「毒が云々はさておき、以上の観点から鑑みましても作用する際の経路、反応が決定的に異なっている点が薬としての違いを生じると共に、相互に干渉もされない性質になると私は結論付けました」
先生相手に発表を終えた私は、小さい頃にドラマで見た大学生の研究論文発表みたいだと場違いな事を考えた。先生は先生で、私が発表したレポートを上から順繰りに読んで確認していたが、ややあってから嘆息気味に顔を上げた。
「レポートそのものは、君がまだ一年生である事を忘れる程度にはよく纏まっていて興味深い。……が、教職の一端に身を置く者として、我輩は君の毒への造詣の深さに関して称賛すべきなのか、悲嘆すべきなのか、非常に悩ましい限りなのだが」
「浪漫を感じていますが、決して悪用は致しません!」
「当たり前だ!」
私の言葉に対して、ピシャリとほぼ即答で返される。ごもっともだ。それに今回に関して私が言いたいのは、もっと踏み込んだ部分とも言える。
「詰まるところ、それぞれの物質的な反応の在り方に帰結するんですよね。医薬品は物質一つ一つの構造、形質、状態によって大きく反応が変わって別物になりますし、魔法薬は細かい物質の差異よりは手順によって生まれる効果と総合的な材料の分量で全てが決まる、という感じでしょうか。……例えるならですが、思い切り日常生活レベルまで落とし込むと、お菓子作りとシチュー作りぐらいは違いがあると思います」
「……最後の例えで、それまでの薬学に関する神秘やありがたみが一気に吹き飛んだと感じたのは我輩だけかね?」
元気良く「気のせいです!」と答えつつ、私は早速レポートの実証実験も兼ねて前回の甘味料検証の続きを行う準備に取り掛かる。
どういう物質を使うのか、そして現時点における個人の見解は、事前にスネイプ先生にも伝えてある。今回の実験の為に、ドクターの研究室にあったエリスリトール、スクラロース、アスパルテームを分けて貰ってきたのだが、どうなる事やら。ちなみに私の予想はエリスリトールだけ反応する、である。これだけは他二つと違って果実とかにも含まれているから、恐らく物質的に砂糖判定されるだろうという推測だ。
「これが休暇前に提案したマグルが使う甘味料の一部になります。それぞれの特徴としましては、右から順に甘味料には分類されていない糖質のエリスリトール、一般的な砂糖と構造が似ている合成物のスクラロース、そして構造も含めて全く異なる合成物のアスパルテームとなります」
「見た目はいずれもほぼ変わらんのか。前二つは大なり小なり反応を呈しそうだが、最後のアスパルテームなる物質は相違点が余りにも大きい。その辺りが何かしら影響して、逆に何かしらの毒を生み出すと予想しておこう」
前回散々ジャムに変えたエトワールアンプル再び。まずは結果から言うと、順にジャムになった、ちょろっと光ってから黒くなった、変化無しという少々予想外の反応となった。
分類違いとはいえど、天然物のエリスリトールが砂糖判定されるのも、完全に別構造を持つ合成物のアスパルテームが全く反応しないのも、私としては「だろうな」という感じだったが、よもやスクラロースが反応して毒性を示すとは。これには本気で驚いた。
「……これ自体は安全な物質のはずなんですが、何で毒性が生じたのでしょう。しかも僅かながら閃光が見られたという事は、砂糖判定もされたって事でしょうし。謎です」
「これは砂糖とよく類似していると言ったか。解析してみない事にはハッキリと断言は出来ないが、恐らくは本来の砂糖と近すぎるが故に無視も出来ず、といった所か。通常の魔法薬であれば成否問わず、材料の特性からある程度は見当が付くのだが……流石に今回は見当が付かん。だが、魔法薬は手順・分量の過不足が一つでもあれば容易く変質する。下手な失敗作など毒薬よりも遥かに質が悪い。謂わば、究極の失敗作が完成したとでも言うべき状態ですな」
微妙に困惑していた私に、スネイプ先生は淡々と見解を述べていく。……なるほど、つい癖で化学反応式を脳内検索していたが今の実験は魔法薬の実験でもあるのだった。うっかり忘れていた。
しかし、この結果……私が思っていた以上に面倒な事実が浮き彫りになったかもしれない。
魔法薬と医薬品は完全に相性が悪いだろうという予想は出来ていた。だが、反応性の違いから互いに干渉出来ないからこその相性の悪さだと考えていたのだ。それが、今回の結果から得られたものは「場合によっては反応する」「反応するトリガーは不明(物質の類似が濃厚?)」「反応した時に未知の物質が生じる可能性大」……そして極め付けは「未知物質は未知の毒である危険あり」ときた。
これは正直言って、ベアゾール石でマグル製の毒を対処出来るか否かという次元を通り越す程度には、なかなかヤバいのでは?
──なんてこった、思わず天を仰ぎたくなった。
恐る恐る先生に思い至った見当を伝えると、それはもう物凄く渋い表情をしていた。当然だ。万が一の際に解毒しようとしたら猛毒を爆誕させた、とか想像するだけでゾッとする。
とりあえず賦形剤に関しては、安全検証をその都度行うのは言うまでもないが、全く干渉しなさそうで尚且つ安全性の高い合成物を利用して、ケミカル全開で作るという方向性で纏まった。
そして、同時平行に研究するテーマとして「どうしたら完全なる解毒剤は作れるか」「最低条件として応急処置用の薬を作る」の二つも追加されたのは言うまでもない。
◆
夕食前のレイブンクロー寮内は人がいたりいなかったりと日によって変動が激しい。恐らく図書室で自習なり、先生方への質問に行っているのだろう。私が談話室に戻った時は、どうやら人がかなり少ないタイミングだったらしい。
私が中に入ると、ちょうど一人で談話室のソファーで寛ぎつつコインに魔法を掛けていたテリーが私の方を向いた。
「お帰り。いつもの講習終わったところ?」
「えぇ。テリーは何をしていたんです?見たところ、宿題ではなさそうですが……変身術ですか?」
「あぁこれ?特に何って訳じゃないけど、コインをどこまで変えられるのか試してたんだ」
テリーが杖を振る度にコインは次々と姿を変えていく。コップ、ボタン、マッチ、羽根ペン、ランプ、硝子玉……
「うーん、やっぱり無生物同士はやりやすいな。生き物から無生物もまぁまぁ。でもその逆は難しい。それが出来るようになれば、もっと色々な可能性が広がるんだけどなぁ」
「無から有を生み出す難しさに通じる感じでしょうか。それにしても、こうもポンポンと変えられるのは凄いですよねぇ……私はまだ上手くコツが掴めないんです」
「変身術ってコテコテの理論科目だけど、僕の体感では理論よりも想像力の方が大事だと思うよ。具体的に、精細に、どんな風に元の姿から変えるのかをイメージしてから杖を振ってごらん。多分、理論だけで考えるよりも上手くいくだろうし、慣れると面白い位に物を自在に変えられるよ」
「なるほど。参考になります」
テリーによって早着替えならぬ早変身を繰り返すコインは、相変わらず目まぐるしく姿を変え続ける。砂時計、ロケット、ネクタイピン、インク瓶。大鷲の置物になって、元のコインに舞い戻る。
コインを指で弾いて回収すると、彼は楽しそうに笑った。
「マーガレットは魔法薬学が物凄く得意だろう?マーガレットに限らず、一年女子は好きな分野に精通している子が多いよな。アマンダの天文学然り、マンディの呪文学然り」
「言われてみればそうですね。寧ろレイブンクローの一年生ってみんな研究者気質とも言うべき傾向がありそうな気がします。比較的バランスが良いというか、総合力が高いって言えそうなのはパドマとアンソニー辺りだと思いますよ」
「確かに言えてる。そうだ、せっかくだから魔法薬学の魅力を聞かせて欲しいな。よく女子達が好きな科目について熱く語っているのを見て、僕も一度詳しく聞いてみたかったんだ」
どうやら私の直感は大当たりだったようだ。やっぱり予想通りテリーも
もっと話を聞きたいし、私も好きな事を語り倒したい!
「──私の知っている事で良ければ、喜んで!」
仲間だ囲め囲め!を地で行く主人公。彼女も色々と好きな事を語りたいお年頃なんです。
何事も魔法とマグルの世界は完全分離出来ないからこそ、楽しくてややこしい。一思いにスパッと切り離せたら平和なのですが。
【オリジナル設定】
・鷲の目(ホグワーツ移動階段・廊下一覧表)
7話時点でもしれっと登場していた地図モドキ。
歴代のレイブンクロー生達が城のギミックを調べて階段の移動先、扉の特徴、紛らわしい廊下、抜け道、隠れ道を見つけては記録し、データを集めては統計を取っていた努力の結晶でもある。
実用性よりも調査に重きを置いているのはご愛嬌。
学問と研究が大好きなレイブンクロー生達が寮の祖師たるロウェナ女史が考案したギミックを調べない筈が無いという謎の自信から、データ作りを設定しました。
・フーフォーレ鬼火薬&シャスネージュ氷結薬
今後出てくるか分からない毒性魔法薬。
ゲームで言うところの炎上と凍結の状態異常を叩き込んだら何故か石化して死んだぐらいのイメージを持って頂けると幸いです。
【キャラ紹介】
テリー・ブート
原作ではDAに参加していたレイブンクロー生。
上級の魔法薬学を受講出来ていた数少ないメンバーに含まれていたり、ハーマイオニーが使った変幻自在魔法を見抜いたりとレイブンクローの中でもかなり優秀な生徒だと思われる。
原作で確認出来た台詞の印象から、特に変身術が得意な生徒という設定にしています。