ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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感情アンサンブル

 レイブンクロー生にとって学年末試験とは、その年の一世一代の大勝負に等しいと言っても過言ではない。それ故に周りが何と言おうと寮内においては、暗黙の了解で年が明けたら早々と試験勉強を念頭に置いた時間配分に日常生活から切り替わっていくのも当然の事だ。それは良い。とても良いのだが。

 

「──マリエッタ先輩、チョウ先輩、助けて下さい。苦手な科目が太刀打ち出来ません!」

 

 アミーを先頭に私達はお馴染みの先輩達に泣き付いていた。

 理由は言うまでもない。私達の場合、余りにも得手不得手が両極端過ぎて、とてもじゃないが普通の試験勉強ではご臨終あそばれる未来しか見えない。せめて、コツだけでも聞かねば!

 私達の突撃にチョウ先輩とマリエッタ先輩は目を丸くしていた。

 

「えっ、皆ってそこまで壊滅的な苦手科目があったの?」

 

「今年の一年生は普通に真面目で優秀って聞くんだけど……ってそういえば、言われてみると確かに得意な科目が一極集中しているタイプの子が多かったわね」

 

 とりあえず、と各々の苦手具合を確認していったマリエッタ先輩だったが、余りの両極端へ突っ走る有り様に思わず遠い目をした。

 

「逆に凄いわ。本当にあなた達って研究者気質とでも言うのかしら……ここまで一つに特化しているなんて、逆に気持ちが良い位に清々しいわよ」

 

「あ、それなら自分の得意科目では先生役になって、お互いに教え合うっていうのはどうかしら?人に教えるのって、自分にとっても良い勉強になるわよ!」

 

「無理ね、チョウ。この子達に関してはその方法じゃ収拾付かなくなるのが目に見えているもの──特にマーガレットとアマンダ。見た感じ、男子も含めるとテリーもかしら。他の子達も素質ありそうで怪しい気がするけど、少なくともあなた達は絶対に魔法薬学とか天文学の話題になったら、エキサイトしてそのまま試験範囲を飛び越したまま止まらなくなるでしょ?」

 

 見事に図星だった私とアミーは揃って目を逸らした。確かにパドマとアンソニー、それからマイケル辺りはともかく、他の皆は程度の違いこそあれど総じて得手不得手がハッキリと分かれているし、私達はその最たるものだ。

 

「うーん、全体的に魔法史が苦手な子が多いのねぇ……。魔法史は難しく考えないで、書いてある通りに覚えれば良いのよ?」

 

 チョウ先輩のその言葉に私は灰の如く真っ白になった。私と同じく魔法史が苦手な面々も似たり寄ったりの反応をしている。典型的な暗記科目たる魔法史、対策はシンプルに覚えるだけ──

 

「チョウ先輩……その暗記が一番の曲者なんです。丸暗記しようとすると、教科書の何ページ何行目に何色の付箋を張ったとかは完璧に覚えているのに、肝心の内容がすっぽ抜けてしまうんです……」

 

「あらら……それは、また……」

 

「人名なんて最悪です。唯でさえ法則性の無い人の名前って覚えにくいのに、ナンタラ何世とか……似ているどころか同姓同名が多過ぎて教科書を投げ捨てたくなります」

 

「オッケー、分かったわ。そうね、とりあえず──魔法史の教科書をみんな持ってきなさい」

 

 目も当てられない次元で暗記が出来ない私の訴えに、天を仰いでいたマリエッタ先輩が目を光らせた。心なしか笑顔が怖いのは気のせいだろうか。その隣でチョウ先輩が苦笑いしている。

 

「ペンもメモもいらないわ。私が問題出して次々と指名するから、教科書から探して答えてちょうだい。大方、興味が無さ過ぎて頭を素通りしているんでしょうから、理屈も感情もなしで、ひたすら声に出して覚えるのみよ。──はい、まずはマーガレット!」

 

 ……本日の雑談改め魔法史口頭試問大会。なかなかの地獄絵図だったが、悶々と教科書を睨むよりは充実感があったと思う。完璧に頭へ入っているかは自信無いが。

 とりあえず、クールかつスマートなイメージが真っ先にくるマリエッタ先輩が想像よりも遥かにスパルタだったと報告しておこう。

 

 

「成る程、透明人間(インビジブル)ですか。確かにそれは極めて珍しい体質でありますし、迂闊に自己判断で使うのは避けた方が良さそうですね」

 

 自分の不可解な体質について我らが寮監のフリットウィック先生に相談した際の第一声である。ちなみに、私の目の前には可愛らしいカップケーキがクッキーと共に鎮座している。

 相談事があると言うや否や、即座にフリットウィック先生がカウンセリングルームさながらにお菓子やお茶を出して、先輩方曰く名物のカップケーキのダンスを披露してくれたのだ。そのおかげもあって、かなり話しやすい雰囲気だ。

 私から話を聞くと、フリットウィック先生は参考資料がてら一緒に持っていった「透明術の透明本」の他、教室にある本や資料を呼び寄せてざっと確認していった。少し考えながら見解を述べる。

 

「数少ない資料を見ると変身術の分野以外に考えられない文面で書かれていますが、性質的に『消える』『見えなくする』系統の魔法なら他の分野にも存在しますし、魔法具にもそういった類いの物がありますから少しずつ範囲を絞ってみましょう」

 

「変身術以外の分野……ですか」

 

 先生がパラパラ捲っていく本には色々な魔法具が載っている。液体なのか気体なのか分からない銀色の霞が入った石盆、光にも水にも見える物質が封じてある砂時計、不思議な色彩を湛えた水晶玉。垣間見えた物はどれも摩訶不思議で、用途も全く分からなかった。

 

「原理や本質、仕組みを調べるには透明人間(インビジブル)が発動する瞬間から確認して精査するのが一番ではあるものの、万が一を考えると魔法事故関連の予防策を念入りに講じてからやるべきでしょうな」

 

 万が一、そう透明人間(インビジブル)はそんな可能性が付き纏う体質なのだ。もし自分が消えてしまったら……そんな恐怖心にも似た感情が表情に現れていたのかもしれない。

 さっきまで鎮座していたカップケーキが再び元気よく踊り出す。最初のタップダンスとは違って、今度はクッキーと一緒にワルツを踊っている。なんともファンシーで楽しそうな光景だ。思わず頬が緩んでいたら、フリットウィック先生が満足そうに頷いていた。

 

「ミス・ノリス、確かに不確定要素の多い体質は不安だと思いますが、教員は授業をするだけの存在では無いのです。少しでも不安に思った事、気になった事があれば何時でも相談しに来なさい。それこそ些細な日常事の相談に乗るのも我々の役目というものですぞ」

 

「……はい」

 

 透明人間(インビジブル)に関しては先生も一緒に資料や文献を探して下さるという事と、守秘事項として他言無用を厳守すると約束してくれた。ホグワーツでは扱わない学問関係の書物も取り寄せて頂けると聞き、やはり大人に頼る事も大事なのだと認識した。

 先生にそのままお菓子も勧められ、ありがたく頂く。さっきまでダンスを披露していたクッキーやケーキを食べるのは少し名残惜しかったけど、甘くて美味しかった。

 

 

 

「………………」

 

 廊下を一人で歩きがてら、私は誰もいないのを良い事に思う存分自分の世界に浸って、とりとめも無い思考を走らせる。適度に集まったりしつつ、基本は個人主義なレイブンクローの特徴は、こういう時にも気楽で助かる。

 

 こうして過ごしていると、入学案内が届いた時にあれほどギャン泣き寸前でごねたのが嘘の様に学校生活や周囲の人達と馴染んでいるとは思う。まぁ、私の場合、人に恵まれている比率がかなり高いから尚更そう思えるのかもしれない。

 勉強も人間関係も良好、ちょっとした不安はあれど周りに頼れる人がいる。そんな贅沢な位に日常生活を満喫しているからこそ──今に始まった事でもないが、定期的に深みに嵌まる悩みもある。

 それは他ならない、私自身の性質について。

 

 決して誉められたものではない性質なのは重々理解しているのだが、どうにも小さい頃から改善されない短所……というより人としての欠点を私は抱え、誤魔化し続けている。

 

 ──私は人そのものに興味が持てない。感情を共有できない。

 ──何か興味がある事を介してしか、他者の事を理解出来ない。

 

 何か特別な要因があるとかではなく、恐らく生まれつきの性質なのだろうから、余計に厄介極まりない。

 今でこそ普通の常識的な人付き合いも出来る様になったから良いものの、小学校に入った直後辺りは本当に酷かった。レイが言うには、興味ある物以外は常時無口かつ無表情でとても近付ける雰囲気ですらなかったという有り様なのだから、間違いなくヤバい。

 

 一応、幼心にも自分の他者に対する無関心さや淡白さは異質だと自覚していたのか、ドクターの患者接遇で見せる立ち振舞いとレイの丁寧な話し方を真似て角が立たない対人関係、友好的な距離感というものを習得しようと躍起になっていた。幸か不幸か、いつしか私の言動は「幼さ故の人見知り」で済まされていたが……当時のクラスメート然り、ブラスバンドの仲間然り、よく無愛想極まりなかった私と仲良くしてくれたなと思うばかりだ。

 私とて率先して揉め事を起こしたくないし、不必要に敵を作るなんて面倒事が嫌で、わりと必死だったのを覚えている。

 

 果たして、今の私は友達とちゃんと向き合えているのだろうか。機械的な付き合いになっていないだろうか。私は人に対して真摯であると言えるのだろうか。……考えれば考えるほど、分からなくなる。理論も理屈も通用しない感情の難しさは何たるか!

 

 思わず現実逃避気味に昔を回顧していたが、実を言うと今も昔とは少々違うベクトルで対人関係で困っていたのを思い出した。

 

「………………」

 

 視線を感じる方を向くと、また同じ人物と目が合った。グリフィンドールのローブ、癖毛の黒髪、眼鏡を掛けた緑眼の少年。今や学校の誰もがその名を知っているであろう時の人、ハリー・ポッター本人である。相変わらず、何か言いたそうな、尋ねたそうな表情でいらっしゃる。……クリスマス休暇明けからずっとこの調子だ。

 友好的とは言い難いが、前に図書室で詰問された時みたいな刺々しさも無い。正直言って、私としても一番反応に困るパターンだ。いっそのこと敵対心剥き出しの方が対処しやすい。露骨に嫌われている相手ならば、自分から距離を取って無視すれば良いのだから。

 

 ……段々と私も視線やら何やらを考えるのが面倒になってくる。ため息を一つつくと、件の御仁の方へと足早に進んで表向きの笑顔を浮かべてから声を掛けた。

 

「ミスター・ポッター、私に何かご用ですか?」

 

「…………っ!」

 

 何故か酷く驚かれた。ますます意味が分からないが、とりあえず用件なり文句なりをさっさと聞いて対処してしまいたい。

 

「休み明けから、私に物申したそうな感じでしたので。先に申し上げておきますが、少なくともクリスマス前の件でしたら、あの場でお話しした事が全てですよ。それ以上もそれ以下もありません」

 

「違うよ!僕が訊きたいのはその話じゃない」

 

「……?それでは、改めてご用件を聞いても?」

 

 私が尋ね直すと、ポッター少年は物凄く躊躇っている様な表情を浮かべたが、やがて決心が着いたらしく口を開いた。

 

「あのさ、ノリスの親戚か知り合いの中に、エバンズって名字の人はいるかな?」

 

「エバンズ、ですか?」

 

「うん、クリスマス休暇中に……あー、ちょっと色々見る機会があってさ……なんかよく見たらノリスに似てる様な気がして、親戚の可能性もあるのかなって思ったんだ」

 

「……ごめんなさい、両親の人間関係は全く把握していないので、ちょっと分かりかねます。私自身も周囲にエバンズさんという方はいませんでした」

 

「そっか……ごめん、ありがとう」

 

「何だか全くお役に立てなくて、すみません……」

 

 目に見えて落ち込んだ様子のポッター少年には申し訳ないけど、事実知らないのだから仕方ない。それに、だ。もし仮に知っていたとして、私の両親絡みの人であるなら絶対に話さない方が良い。

 顔も名前も知らない実の両親なんて乳幼児を人様の家──それも玄関や門の前ならいざ知らず、敷地内の倉庫に捨てる様な人達だ。ドクターはかなり慎重に言葉を選んで、誰も傷付けないニュアンスで伝えてくれたけど、つまりはそういう事。そんな人達と親戚ないし血縁者だなんて、ポッター少年が言うそのエバンズさんとやらが可哀想で仕方ない。知らない方が幸せだ。

 

 ……あぁ、それにしても。私は歪みなく他者へと向ける感情というものが希薄であるらしい。というよりは本当に興味が湧かない。実の両親に対しての感情が最終的に「どうでも良い、どうせ他人」に行き着くのが、ある意味私が私たる所以なのかもしれない。

 

 

 そんなこんなで穏やかな日常が繰り広げられつつ、徐々に期末試験が迫るピリピリ感も全体的に混ざり始めた頃。学校全体を揺るがす大事件は唐突に起きた。

 

 朝食の為に大広間に向かうと、何故か寮ごとの得点を示している砂時計の前に人混みが出来ている。比較的早めの時間帯なのに、何でそんなに混んでいるのだろうか。(大変不本意ながら)私の身長では見えなくて、アミーに見えるか聞いたけど、彼女も場所の関係で分からないと首を振る。

 

「……グリフィンドールが大幅に減点されてる。スリザリンもそこそこ減っているけど、余りにもグリフィンドールの減り方が凄まじくて話題になっていない感じかな」

 

 声の方を向くと、私達と同じく砂時計を眺めていたアンソニーが今までに見た事が無い程に難しい顔をしていた。

 

「多分、ざっと見た感じ150点は減っているよ」

 

「はぁ!?」

 

「150点!?何でそんなに!?」

 

「詳しい事は分からない。ただ、どうも校則違反の深夜徘徊をやらかした人達がいたらしい」

 

 ……呆れた。冒険心でも抑えられなかったか知らないけど、何の為の校則なのか、考えれば分かるだろうに。規則を守っていたグリフィンドールの人達には気の毒だが、今回の大減点を食らえば流石にその方々も大いに反省したのではないだろうか。

 所詮は他寮の他人事というのもあり、少なくとも私はそれで完結した。けれども、そう思わない人達の方が圧倒的多数を占めているのは疑い様の無い事実だった。

 既に周囲の空気は最悪だったが、大広間はもっと酷い。犯人探しと罵倒と陰口が各所で渦巻いている。

 

 さて、その大減点をやらかしたのが誰なのか、その情報は嫌でもすぐに入ってきた。曰く、「ハリー・ポッターが馬鹿な一年生と共に深夜抜け出し、グリフィンドールから大幅に点数を引かれた」との事だ。個人的に驚いたのがその「馬鹿な一年生」とやらに含まれる残り二人がハーマイオニーとネビルだった事だ。

 

 昨日の夜まで人気者だったポッター少年は、一晩にして学校中の嫌われ者に転落してしまった訳だが──

 

「英雄だからって調子乗りやがって」「ポッター達のお陰でグリフィンドールが最下位になってくれた」「せっかく期待して応援してたのに」「またスリザリンが優勝かよ」「目立ちたがりが」……

 

 ──周りの声がノイズみたいに聞こえて、酔いそうだ。

 

 誰かが失敗した時に広がる、責める様な空気感、非難する様な視線の数々。これは小学校の時にも何度か見た事がある。でも、今あるのはその比じゃない。

 彼らを責め立て、罵倒の限りを尽くし、人格そのものを攻撃してしまえ!それこそが正義だ!……聞こえてくる言葉の端々にそんな雰囲気が確かに混ざっている。誰もがそれを否定しない。閉鎖空間の同調圧力。伝播する悪意、憎悪。ちらほらと見え隠れするのは、仄暗い愉悦。人を扱き下ろす優越感が滲んでいる。頭が痛い。

 

 彼らの発想に興味が無い。だから共感出来ない。……本当に?

 

 分からない。分からない。人の感情が分からない。関係する人達が怒るのは理解出来る。でも、今ここにいる大多数は無関係な筈なのに、どうして同調しているの?無責任に野次を飛ばす事に何の利益があるの?分からない。分からない!分からない!!

 

(あぁ、なんて、気持ち悪いんだろう)

 

 

 ──私の手にしていたグラスが、乾いた音を立てて割れた。




下手にトラウマがある訳ではなく本質的な問題だからこそ、拗れてややこしいというお話。ある意味、メグにとって地雷とも言えるかもしれない。後は学校の空気って時々怖いよねというのもある。
とりあえず、彼女の両親評をジェームズとリリーが聞いたら間違いなく泣いてしまうと思う。不可抗力だけど……

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