ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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秘密の部屋
ラプソディ・イン・ブルー


 青は奇跡の色だと、言ったのは誰だったか。

 

 青色、というものは世界に氾濫している数々の色の中で飛び抜けて再現性が低く、製造の難易度が高い。それ故に昔は青色顔料というのは宝石や鉱物を粉末にして使っていたのもあって非常に希少かつ高価な物だし、今とて合成法は解明されているものの、滅茶苦茶コストが掛かったり収率が見合わないものになったりで、これまた単価が高い物が少なくない。だからこそ青い鳥は幸せの象徴だし、青い薔薇は不可能と奇跡の象徴となっている訳で。

 少々脱線したが、つまるところ何が言いたいかというと、青という色は分野を問わず研究者が独自に作り出すにあたって最も高難易度の一つだというのが、私もよく知る化学においても例外なく共通見解に含まれている。

 

「……共通見解だと思ってたんですけどね」

 

 フラスコの中身を覗き込みながら、私は呟く。

 まぁ、魔法が存在している時点で共通見解も何もあったものではないが。私が手にするフラスコには、それはもう見事な青色の物質が揺らめいている。アズレンとかブリリアントブルーが泣いて逃げ出しそうなこの液体を振って攪拌しながら、つくづく魔法って不思議だと独りごちた。ベースに使った物の影響なのか、相変わらず脳がバグる色彩と味になる。この色からはおおよそ見当もつかない風味になった瞬間、思わず爆笑したのも記憶に新しい。

 

「まっ、でも今はそんな些末な事なんぞ後回しですよね!せっかく完成した訳ですし、レッツ検証ターイム!」

 

 

 そう、夏休みという時間たっぷり持て余す期間を利用して、私は遂に魔法薬用の賦形剤を完成させたのである!貯金をはたいてエトワールアンプルを鉢植えごと買った甲斐があったものだ。夏休み中の課題?そんなもの、日記形式の宿題を除き、私の美学に則り全て仕上げたので問題ない。通常の宿題は当日中、長期の時は継続してやる物以外は開始三日以内、どうしても不測の事態が起きても必ず一週間以内には片付ける。これが私の美学なのである。……まぁ正確に言えば、私の時間はとにかく好きな事の為に使いたい、時は金なり、有効に使ってこそ輝くというのがモットー(という名の本音)だという話なのだが。誰だって好きでもない事なんかに長々と時間を費やして、貴重な自由時間を減らしたくはないだろう。

 プチ理科室(元診察室)から意気揚々と飛び出した私が向かった先はというと、愛すべき我が幼馴染の部屋だ。

 

「レイ、少しお時間頂いても大丈夫ですか?」

 

「はい?別に構いませ、ん……」

 

 部屋から出てきたレイだったが、私の白衣と安全メガネを確認するや否や物凄い早さでドアを閉めようとしてきた。解せぬ、そんな時限爆弾でも見た様なリアクションをされるなんて!慌ててドアノブを掴んで閉め出されるのを阻止する。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!何で閉めるんですか!?まだ何も言っていないです!お願いだから無言で閉めないで!?」

 

「君がそのお馴染みの格好をしているって事は実験中ですよね!?身の危険を感じるので嫌です!」

 

「流石に危険な事に巻き込んだりはしませんって!安全確認は私が前もってキッチリやってます!レイには最終確認を行って欲しいだけです!というか本当に話だけでも聞いて下さいーっ!」

 

 不毛なドアの引っ張り合いは私の握力が早々に白旗を上げた事ですぐに終わった。自分で自覚しているレベルを大幅に上回る貧弱さを露呈させた握力の無さに落ち込みつつ、とりあえずドア越しに何をしていたのかを弁明する。いや、疚しい事は何も無いから弁明というのも何か変かもしれないが。

 部屋に一旦立て籠ったレイはというと、とりあえず説明を聞いて納得(根負け?)したらしく、ややあってから諦めた様な表情で出てきてくれた。

 

「……それにしても、凄い執念ですね。話を聞いていた限り、魔法薬を甘くするってほぼ不可能な領域だと正直思っていました」

 

「方向性はなんとなく見えてましたので。そこから、毒を生まない程度にケミカル全開っていう指針を突き詰めてみたんです。毒性検査の為に使っていたエトワールアンプルを賦形剤のベースにするっていうのは、完全に逆転の発想でしたけど」

 

「はぁ……少なくとも毒にはならないのは確かですよね?」

 

「そこは念入りに、徹底的に、重箱の隅を突くぐらいしっかりと確認したので大丈夫です。味もケミケミしいだけで無害ですよ?」

 

「ケミケミしい」

 

「エトワールアンプル以外は基本こっちの合成化合物を使っていますからね。合成感が半端ないお味なのは間違いないです」

 

「基本的に僕はメグの料理の腕前には全幅の信頼を置いています。ですが、実験になると何を出されるのか予測不能で怖いというのが本音です。本当に大丈夫なんですよね?」

 

「まぁ……少なくとも以前作った漢方茶の牛乳煮込み(チャイミルクティになり損ねた失敗作)に比べたら、遥かにマシかと。混ぜて味覚兵器になったものは私が試飲した時点でレシピから排除しましたし」

 

 中途半端に余っていた期限間近のスパイスを纏めて有効活用しようと実験ついでに調合したら、とんでもなく不味い代物に仕上がった悲劇を思い出す。……あれは芸術的に酷かった。理論上の配合計算と手順は合っていた筈なのだが、どうも鍋の火加減と組み合わせた紅茶がいけなかったらしい。

 私と同様にあの苦甘不味い謎液体を思い出したらしいレイから、色々と含みを持たせた視線を寄越される。

 

「……ちなみにちょっとした好奇心なんですけれど、君が言うその味覚兵器になった失敗作ってどういう感じだったんですか?」

 

「うーん……恐らくですけど、珈琲にコーラとオレンジジュースとブルーハワイのシロップをぶち込んで微量のゼラチンで緩く固めてみれば再現出来る感じかと。控え目に言って激マズです」

 

「………………」

 

 無言ながらも彼のブルーグレーの瞳にはありありと「本当に大丈夫なんだろうな」と言いたげなのが浮かんでいたが、その辺りは私がちゃんと実証済みだから敢えて彼の視線をスルーする。

 プチ理科室に舞い戻り、賦形剤をグラスに移してレイに渡した。

 

「これが件の魔法薬専用の賦形剤です。あっ、その前に一つ確認なんですけど、レイが学校で飲む魔法薬ってトリカブトみたいな毒性成分は入っていませんよね?」

 

「ええ。というより最初から毒薬を作るとかでない限り、魔法薬でそんなものを使うのって余程のレアケースなのでは?」

 

「それなら良いんです。なにせベースにエトワールアンプルを使った影響で、毒成分を感知するとすぐ変質しちゃうのが難点でして。医薬品でも結構反応しちゃうので、今のところは通常の魔法薬限定ってところの仕上がりです」

 

 もっとも、その魔法薬と合わせて本当に大丈夫かどうかは、休み明けにスネイプ先生に最終確認してもらってからになるが。

 さて、理論上の仕組みと独自の検証をクリアした「試作29号」改め「魔法薬シロップ1号」をどう試すのかというと、何て事はない。魔法薬に見立てた苦味の強い飲み物と混ぜて、苦いか否かを確認してもらうだけである。

 確認の流れを説明して、ビーカーで淹れておいた珈琲もレイに渡すと更に微妙な表情になった。

 

「魔法薬代わりの珈琲……これ、君が普段飲むやつですよね……」

 

「はい。マーガレットカスタムブレンドの飛びっきり深煎りです。私的には美味しくカフェインを脳に叩き込めて好きなんですけど、レイからすれば魔法薬の苦味代わりになるかと思いまして」

 

「まぁ、確かに。僕が確認すべきは、混ぜて飲んだ時に珈琲の味が消えるかどうか……で良いですか」

 

「はい!私も自分で試しましたけど、客観的な感想も欲しいので、何卒ご協力お願いします!」

 

 レイは一つため息をつくと、混合した液体を一気に飲み干した。彼の整った眉が一瞬動いたものの、それ以上は特別表情に変化は見られなかった。飲み終わってから少し反芻する様に考え込んで、そこから結論付けたのか漸く笑顔をみせた。

 

「うん。確かに珈琲の味はしないですし、シロップの味だけで苦味は完全に消えますね。ただ、君の言う『ケミケミしい』って意味も良く分かりました。なんでしょう、この世に存在しない味と言いますか、分かりやすく合成した味……なんでしょうね」

 

「ざっくり言うと、フラスコから生み出した青いオレンジジュースですからね。小児科で使うシロップ薬よりも薬っぽさは無いと思いますが、その分どうしても不自然なケミカル感は強くなりますね。──どうでしょうか、もしこれで苦味を緩和して魔法薬を飲む事になった場合、苦痛が伴いますか?」

 

「……いいえ。多少の不自然さはあれども、苦痛ではありません。僕としても、休み明けからの服薬にメグが開発したシロップを併用する許可が下りてくれる事を願っています」

 

 それを聞いて、私も嬉しくなった。本当にこれだから、この分野は研究の遣り甲斐があって止められない。私自身の興味が満たせる上に、それが誰かの役に立つなんて研究者冥利に尽きる。

 だから、私もつられて満面の笑みで答えた。

 

「むふ、喜んで貰えて何よりです!」

 

 

 さて、この夏休みの期間中に自分である程度調べておかねばならない事はもう一つある。──言わずもがな、私の正体不明な特異体質である透明人間(インビジブル)についてだ。

 フリットウィック先生から頂いた「透明」に纏わる資料を眺めながら、どれが一番自分に当てはまっているのか考える。

 

(単に透明になると言っても、思った以上に含まれる範囲が広いですね……要は系統によって大きく意味合いが変わってくる……)

 

 消えるという特性は色々なパターンがある。

 隠蔽、幻惑、透過そして消滅……これは前にも考えた。不可視、認識阻害、隠遁、同化、変身、非干渉──この内の何種類かは元を辿れば似た系統に統合出来るだろうが、さてこの場合は如何に。

 

(本当、自分の事じゃなければ面白い資料なのに。……自他相互とも一切の干渉を受け付けなくする「霊体化」……これならありそう。自分を別の存在として認識させる「身代わり」……うーん、ハロウィンの時に貫通した事実から考えると却下ですかねぇ。幽体離脱とか生き霊とかになってくると、もはや魔法じゃなくてオカルトとかホラーの領域になってきますね。まぁ、そもそも肉体ごと貫通してた時点でこの線も消えるでしょうけど)

 

 東洋の秘術には離魂術とかいう魂と肉体を一時的に切り離して別行動させるというものもあるとか。自由自在に行動出来て、認識の可否も本人次第である反面、厳密な時間制限と仮死状態が副作用として伴うそうな。秘術だなんてなかなか壮大で興味深い内容だが、流石にそんな恐ろしい能力ではないと思いたい。大体、あの場から肉体は動いていなかった筈である。

 

 この一年間で魔法に質量保存も物理法則もあったものじゃないというのは、身に染みる程に理解せざるを得なかった。なので、この際自分が霧なり蜃気楼みたいな形態、あるいは守護霊でもアストラルでも良い、何かしらに変化していたとしても今更驚くまい。

 一時的に光学迷彩が掛かる?霊体化してそこに在るだけの存在になる?それとも空気に溶ける?──どっちでも良い。でも自分が消えてしまうのだけは嫌だ。だって、考えてもみて欲しい。もし能力が発動している間は私が消滅してしまうというのならば、その時の私は何処にいるというのだろう。そして、再び現れた私が本当にそれまでの私だと誰が証明出来ると言うのか。

 ……なんて事を延々と考えていたら、頭が痛くなってきた。一旦ぐるぐると堂々巡りを繰り返す思考を強制的に打ち切る。資料を置いてベッドにダイブしてため息をついた。

 

「……哲学的な考え方は、完全に専門外なんですけどね」

 

 自覚はしているが、本当に私はそういう事を考えるのに向いていないらしい。大体、消滅するって何だ。自分で自己の実在を疑うとか完全に狂気の領域だろうに。いくら私が変人の部類に含まれようと、幾らなんでもそこまでトチ狂った覚えはない。

 

「でも……それでも消えるのは、嫌。消えたくない」

 

 あぁ違う、狂っているのではなくて私は怖いのだ。そして、納得して安心したいのだ。確かに私がいる証明がしたい。

 例えば、ここで可溶物質を水に溶かして水溶液を作ったとする。無色透明の溶液は見た目ではそこに元の物質が存在しているのか判然としないが、pHや試薬反応を調べて順番に分析していけば、客観的なデータとして存在を証明出来る。──ならば、私は?

 完全に袋小路に入っていた私だったが、部屋のドアをノックされた事により現実に引き戻された。この叩き方はレイだろう。

 

 この前と逆のパターンだなと思いながらドアを開けたら、案の定レイがいた。彼は私を見て微かに眉を寄せた。

 

「ちょっとメグ……なんて表情してるんですか」

 

「……そんなに酷い顔をしてます?」

 

「少なくとも、思い詰めている様に見えます。何か悩み事でも……もしかして、透明人間(インビジブル)の資料を読んで考察していましたか?」

 

「凄い、一発で看破されました……」

 

「そりゃあ、君との付き合いも何だかんだで十年以上になりますからね。それ位はもう、見れば分かりますよ」

 

 そう言うとレイは私の目を見る様にして話し始める。彼の静かな眼差しは昔から冷静な気持ちを取り戻させてくれる。テスト前に発狂した時も、悪夢を見た時もこうやって落ち着かせてくれた。本当にこういう時は彼に頭が上がらない。

 

「……僕の経験上、考えが纏まらない状態で根を詰めたところで、ろくな結果にならないです。少なくとも透明人間(インビジブル)は先生が安全対策を施した上で検証するのでしょう?今この場で一人で行って解決しなければならない訳じゃないんです。必要以上に精神を削って思い詰める必要はありませんよ」

 

「………………」

 

「そもそも、この炎天下では思考判断力が鈍るからこその夏休みですからね?どこまでも気になった事は探究しようとする君の姿勢は確かに美点ですが、それで自分を追い詰めていたら本末転倒もいいところです。一旦休憩しましょう」

 

「休憩、ですか?」

 

「頭をリセットしたら、案外違う事が見えてくるかもしれませんよ?丁度ドクターがアイスクリームを買ってきたと仰っていましたので、クールダウンついでに糖分補給は如何ですか?」

 

「アイスクリーム……!食べます!」

 

 思った以上に私は単純らしく、レイのおかげで浮上してきた気持ちは完全にアイスクリームという単語で引っ張り上げられた。我ながら単純過ぎる。でもまぁ、確かに堂々巡りで根を詰めても時間の無駄かもしれない。

 

 それに、だ。少なくとも私が今この場に存在しているのは、紛れもない事実である。まだ私は消えてはいないのだ。




「秘密の部屋」の二年生が始まりました。
夏休み中も実験諸々でエキサイトしたり、自分の事で悩んだりする主人公。じっくり悩むのも青春ならではですから、今のうちに存分に思考を巡らせ給えよという感じの休暇中でございます!

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