ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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自叙伝とうがい薬

 学校から新学期から使う新しい教科書の一覧が届いた。当たり前だ。学校なのだから学年に応じた教科書を使うに決まっている。

 二年生用の呪文集等々といった一式を新規購入する必要がある。そりゃそうだ。そんなもの論じるまででもない。

 普通だったら深く考える事なくリストを確認し、なるべく早く予定を立てて購入し、乱丁落丁の類いが無いかの確認もしつつ予習する。あわよくば好きな分野はセルフ改訂まで行う。それがホグワーツに入学する前から行ってきていて、学生の夏休みにおける当たり前のルーチンだと微塵も疑っていなかった。

 ……ところで、私とレイは新規購入教科書リストを眺めながら、現在進行形で絶賛困惑中である。それには深い(?)理由がある。

 

「……残念な事に文学分野は専門外ですゆえ、これらの良し悪しが全く分からないのですが……小説?」

 

「教科書に指定される位ですので、少なくとも小説ではなく自叙伝だとは思うんですけれども……この筆者が教科書になる程に偉大な人かと言われると……うーん……」

 

 そう、一部の教科書が余りにも教科書らしくないラインナップの数々が並んでいたのである。これは著者のネーミングセンスの問題なのか、それとも魔法界での出版社がこういう本こそノーマルだという認識なのか……

 私は改めてリストの教科書名を眺める。「泣き妖怪バンシーとのナウな休日」「グールお化けとのクールな散策」「狼男との大いなる山歩き」エトセトラ、エトセトラ。これで計七冊。……何これ。

 著者は全て同じ人でギルデロイ・ロックハートなる人の書籍らしい。人には興味が無い私からすると、ここまでこの人物の本を揃えさせる必要性がいまいち理解出来ない。

 

「この際、この本の良し悪しについては一旦置いておくとします。ですがこれで防衛術を学んで、身に付きますかね……?正直、去年の授業でも余りよろしくないというか、成績的にはこの科目、実は魔法史の次に問題ありなんですけれど……」

 

 流石にこれ以上壊滅的な科目が増えると不味い。魔法薬学一点突破で成績を維持している状態だから、リカバリーが利かなくなるというのは即ち学業が死ぬ事を意味しているのだ。余りにも不味い。

 戦々恐々としながら狼狽える私を見て、レイは本日何度目か分からないため息をついた。

 

「僕で良ければ防衛術を教えましょうか?薬学分野は君の方が僕よりも遥か上をいっているでしょうが、闇の魔術に対する防衛術なら得意科目の一つですし。メグさえ嫌でなければ学科・実技どちらもお付き合いしますが……」

 

「是非!是非ともご教示お願いいたしますっ!!嫌なんてとんでもないです!!あ、出来れば去年の範囲分から遡って教えて頂けると、非常に助かります……」

 

「分かりました。それでは此所で実技が出来ない分、休み中に座学の方を復習しましょう。どうせ教科書を購入するのですから、そのまま予習もある程度まではやっておくべきでしょうね」

 

 

 タイミングがとことん最悪だったと言わざるを得ない。

 

 新学期に向けて買い物をするべく私達は二人でダイアゴン横丁に赴いていた。入り口である漏れ鍋の近くまではドクターも一緒だったけれど、横丁には入らず近くのカフェで待っていると言って別行動をしている。実は去年の入学前、横丁ツアーの後に訪れた時もそうだった。あの時はドクターも用事があるという事で、最寄り駅までの送り迎えだけお願いする形となったが、今日はドクターの予定が空いている日。今度こそドクターも含めて三人一緒に……と思ったけど、横丁に入ろうとしない理由を聞いて納得してしまった。

 曰く、魔法使いのしきたりにそぐわない者が無作法に土足で踏み入れる真似はしたくない、とのこと。住み分けが原則であろう所へ勝手に入ってしまうのは、ドレスコードのある高級店や一見さんお断りの料亭にジャージで突入するのと変わらないと言われると、確かにその通りかもしれない。何せ、一年間見てきただけでも分かる程に魔法界という場所は、それこそ私が思っている以上に閉鎖的かつ保守的なのだから。

 余計なトラブルを回避する為には、自分から不用意に関わらないというドクターの判断は正しいだろう。……久々に三人での外出だと思っていただけに少し寂しいと思ったのは、私だけの秘密だ。

 

 私の密かな心情はさておき、ゆっくりで良いと言われつつもドクターを待たせている手前、極力寄り道はせずに買い物を済ませようと時間が掛からない所から順番に回っていたのだが……

 最後から二番目の予定の書店が非常に混んでいる。ロンドン市内のラッシュアワー並みに混雑しているかもしれない。とにかく人でごった返しているが、特にマダム達がたくさん集まっている。

 どうしてこんなに混んでるのかを確認しようとしたが、腹立たしい事に相変わらずの背の低さっぷりを披露している私の身長だと、こういう時はひたすら群衆の壁しか見えない。私よりは身長の高いレイが貼ってある掲示を見てくれたが、混んでいる理由を確認するや否や面倒そうな表情を浮かべた。

 

「あー……今からサイン会ですか……。買い物をするタイミングとしては、最悪ですね」

 

「はぁ、サイン会。どなたか有名人でもいらっしゃると」

 

「……無駄に冊数の多い教科書の著者殿ですよ。それにしても大々的にサイン会ですか……随分と御自身の偉業を誇っていらっしゃる様で何よりです。どうせなら、こんな一番混雑する時期の書店内ではなく、もっと華々しく広い場所でなさればよろしいでしょうに」

 

 心なしかレイが辛辣だ。物言いこそ丁寧だが、意訳すると完全に「邪魔だ他所でやれ」と言っている。恐らく当社比数割増しレベルで機嫌が悪い。それとなくその事を指摘したら、ダークスマイルを浮かべた。なまじ美形なだけにレイの黒い笑顔は凄味がある。

 

「ふふ。熱狂的なご婦人達の集まり方を見て、件の人物のタイプがおおよそ想像が付きましてね。ほらマグルでもいるでしょう?人気の俳優の情報を常にキャッチして追跡し続ける類いの方々が。あれと似た様な状況って事ですよ」

 

「アイドルの追っかけみたいなものですか……仮にも教科書の著者なので、ご本人は顔だけ人間じゃないと良いんですけど」

 

「どうでしょうねぇ……。さて、それにしてもどうしましょうか。この様子だとじっくり本なんて選んでいられませんし、先にペットショップに向かいますか?」

 

「……動物を連れてこの人混みの中をかき分けるのは流石に迷惑でしょうし、何より動物が可哀想なので教科書だけ購入しちゃいましょう。本当は参考書とか論文も一緒に見たかったんですけど、そっちはもう割り切って後日纏めて、という方が良さそうな──」

 

 私の言葉は一帯に響き渡った黄色い歓声に掻き消された。壇上にでも上がったらしく、大興奮している魔女達の向こう側にライラック色のローブを着た人が歓声に応えているのが見える。その瞬間、直感で悟った。……あ、駄目だ。一番苦手なタイプだ。

 単なるファンサービスなのだろうが、自分の本を持って「私だ」とポーズを決めている様子が私には自己顕示欲をひけらかしている様にしか見えない時点で無理だった。人間模様の観察で学んだ事だが、この手のタイプは「自分は自分、他人は他人」という理屈が通用しない。そして、勝手に他人と比較して、自分のプライドを完璧に満たす形で肯定して貰えないと暴発する。平たく言えば、とにかく面倒くさい。その人自身に全く興味無い私からすると、いかに自分が凄いかという自慢話を延々と聞かされても、正直リアクションのしようが無い。それ故に、高確率で相手が最もムカつくらしい無関心という名の地雷を、私は全く意図せず踏み抜く訳である。

 感情を剥き出しにしてくる人にも同じ事が言えるのだが、この手合を含め私が苦手とした人達は軒並み地雷を踏むと後々まで粘着されて面倒な事この上ない。反りが合わないなら関わらないが通用しないから困る。トラブル回避は危険察知と同義。上手く対処出来ないタイプは最初から認識されない方がお互いの為なのだ。

 

「……とにかくまずは集団の外側を突破しましょう」

 

「で、店内に入ったら教科書の売り場に一直線ですね」

 

 最短脱出を合言葉に教科書購入に走る。普段の書店巡りでは考えられないスピードで買い物を終えると、速やかに離脱あるのみ。途中、哀れにもロックハート氏に宣伝道具扱いで捕獲されたと思われるポッター少年の姿が見えた。お気の毒に。心の中で合掌しつつ、私達はそそくさとその場を立ち去ったのだった。

 私達が去った後、ニアミスで同級生の親達による乱闘騒ぎやら何やらがあったらしいが、運良く回避出来た私達には無関係、知ったこっちゃない。……とまぁ余裕ぶっていたが、「先生の好き嫌いと科目の好き嫌いを安直に結び付けていると後々損しますよ」と他人に言った言葉がまさかブーメランになって直撃するとは、この時点では夢にも思っていなかった。

 

 

 

 書店で教科書の購入を終えれば、ラストはペットショップに寄るだけだ。昨年はとりあえず二人揃ってスルーしたが、今の私は飼う気満々である。

 

「それで、メグはどの動物を飼うか決めているのですか?」

 

「はい!カエルにします!」

 

「えっ?か、カエル?……意外ですね。あのミセス・ノリスにさえ臆せず構うぐらい猫好きなので、てっきり猫を飼いたいのかと思っていましたが」

 

「もちろん猫も非常に魅力的ですし、梟も捨てがたいです」

 

「……それでは、その三種類の中から敢えてカエルを選んだ理由を尋ねても良いですか?」

 

 私の返答が予想外だったらしく、レイがかなり驚いた様に聞き返す。確かに普通ならペットとしては選ばないと思うが、今回はれっきとした理由があるのだ。

 

「ほら、二年生からはクラブ活動に参加出来るでしょう?クラブって言ってもクィディッチ一択みたいな感じかと思っていたら、聖歌隊があるみたいなんです!」

 

「聖歌隊……ああ、なるほど『カエルの聖歌隊』だからですか」

 

「オーディションあるみたいなので、聖歌隊に入れるかは分かりませんけど、少なくともパートナーのカエルは必要かと思いまして。まぁ確かに、ペットは梟がダントツで多いですけど」

 

「学校から正式に許可が下りているとはいえ、恐らくカエルは少数派ですね。ですが、僕がネビルのトレバー以外のペットのカエルを見た事が無いだけであって、聖歌隊が編成されるぐらいには意外と一定数連れて来ている方がいるんでしょうね。……実は、後で実験行きなんていう可哀想なオチがあったらどうしようかと」

 

「ちょっとレイ!偏見です!寧ろ、何で私がそんな事をするなんて思ったんですか!?」

 

「いえ、ネズミを使った実験を躊躇なくやっていた印象がありましたので、もしやカエルもと思いましたので」

 

「私はそんな悪魔じゃないですよ!?確かに薬学実験では被験者役として動物を使わせて貰う事もありますけど……それだって必要最低限、決して快楽趣味でやっている訳じゃないです!流石にそんな風に見られているなら、断固抗議します!心外の極みです!」

 

「それは……そうですね。失礼しました」

 

「大体、仮に実験目的での購入ならば、わざわざペットショップ経由だなんて、めちゃくちゃ愛着が湧くような選び方もしません。そこまで私は冷血じゃないですー」

 

 聖歌隊に入れれば一番だが、もしオーディションに通らなかった時は家でホルンを吹く時にでも合奏してくれると嬉しいなぐらいにはパートナーを意識しているというのに、あんまりな誤解をされているらしい。というか、私ってそういう人に見えるのだろうか。

 少し落ち込みつつペットショップに入ったら、店員さんにも似た様なリアクションをされてずっこけた。どうやら近年はペットにカエルを選ぶ子供って本当に珍しい部類であるとみた。

 聖歌隊の相方を探していると伝えると納得した様子で案内されたが想像以上に種類が多い。初めて見る種類のカエルは恐らく魔法界独自のものなのだろう。あと、何気に大きい。

 

「あ」

 

 どの子が良いかなと眺めていたら、模様が無いカエルが一匹いる事に気付いた。シンプルながら随分と光沢がある。銅みたいな色も相まって真鍮でコーティングされているみたいだという印象だ。

 私は杖の時もそうだったが、どうもシンプルな造形のものに縁があるとみた。それに、私が愛用しているホルンのベルに色が似ているのもポイントが高い。よし決めた。

 

「すみません、この子をお願いします」

 

 店員さんには模様が無いカエルで良いのかと何度か確認されたけど、私としてはこの金属味のあるツルツル加減を特に気に入っているので何ら問題はない。

 必要な物も含めて会計を終え、待たせていたレイの所に行くと彼は黒猫を眺めていた。当初、ペットを飼いたいと言ったのは私だけだったが、どうやらレイの様子を見るにかなり琴線に触れる何かがあったらしい。普段から抑制的というか、何が欲しいという欲求をほとんど言わない彼が珍しく心惹かれている。

 

「お待たせしました。それにしても可愛い猫ちゃんですねぇ」

 

「………………」

 

「レイはペットを飼わないんですか?」

 

 さりげなく後押しする様に聞いてみる。いつもレイは他人の望みを優先にして自分を後回しにする様な節があるのだから、こういう時ぐらい自分に忠実でも何ら罰はあたるまい。

 レイがこの黒猫を飼った暁には、盛大に私もモフらせて貰おうという魂胆があったのは否定しない。というか、かなりあった。

 

 

「なるほど、その子がレイの心を射止めた猫なんだね」

 

「すみませんドクター、最初からペットを飼うつもりだったメグはともかく、僕は予定していなかった筈なのですが……」

 

「レイならきちんと世話をするだろうし、君に関してはこういう時ぐらい自分の欲求に従うのも大事だよ。アニマルセラピーっていうものがあるぐらいだし、君は自分で思っている以上に世話好きで面倒見が良いからピッタリじゃないかな」

 

 所変わって、我が家たる研究所。

 お待たせしていたドクターと合流してから私達は帰宅していた。そして買い物での出来事やら何やらを話す傍ら、予定外のペットについてレイが申し訳なさそうに言ったら、ドクターがあっけらかんとそう返した。

 私はというと二人の会話を聞きつつ、これからの相棒となるカエルの名前を付けるべく、ひたすら名前の候補を挙げ続けていた。

 

「アスピリン、イブプロフェン……駄目ですか。ミルリノン、アリスキレン、カプトプリル……これもお気に召しませんか。それなら……フェノバルビタール、ロルメタゼパム、シスプラチン、クレスチン、テオフィリン、エリスロマイシン、クラリスロマイシン、インスリン、バソプレシン──」

 

 延々と名前を提示するものの、目の前のカエルは一向に反応が返ってこない。拘りがあってなかなか難しい相棒であるらしい。逆に何とも言えない表情で私を見ているのはドクターとレイである。ややあってからドクターが若干額を押さえつつ私に尋ねた。

 

「待ってメグ、さっきから薬品名列挙しているけどもしかしてカエルに命名する名前候補かな!?」

 

「はい。流石にペットに薬の試作品みたいなカエル1号って名付けるのは可哀想なので、素敵な名前を付けようと思いまして」

 

「……そっか。とりあえず、インスリンとかバソプレシンのホルモン系は止めてあげようか?名前って魂に直接掛かる一番強い呪文って言われるぐらいだから、流石にその辺りはね?」

 

 余りにも名前らしからぬという事でストップが掛かってしまったけど、さてどうしたものか。他に何か良さげな名前はと考えて、ふと思い浮かんだ。

 

「──アズ。アズノールは如何でしょうか?」

 

 それまで見事な無反応だったカエルが初めて一声鳴いた。うん、なかなか良い声をしている。とりあえず、私はそれを名前として認識した故の反応だろうと解釈した。一緒に聖歌隊目指しましょうと声を掛けると、また一声。意志疎通も悪くなさそうだ。

 満足している私を他所に、殿方二人組は更に頭を抱えていた。正確にはレイが若干半眼になっていて、何故かドクターが爆笑する一歩手前になっている。

 

「君の引き出しから鑑みて、アズノールも薬の名前ですよね」

 

「……アズノールって……それをカエルに付けるセンス……」

 

「はい、そうです。アズレンスルホン酸ナトリウム水和物含有の、抗炎症作用のある青いうがい薬です。でも響き的にも悪くないでしょう?ところでドクター、なにゆえツボに嵌まっていらっしゃるのかサッパリなのですけど」

 

「……本当に君はぶれませんね、メグ……」

 

「カエルにうがい薬……薬局のカエル、ブフッ!」

 

「えぇ……?そんなに笑います??」

 

 何でドクターがそこまで爆笑しているのか分からなかった私は、とりあえず話題を変えるべく、レイの方へ向き直った。彼の膝の上で優雅に丸まっている黒猫を見る。

 

「ところで、レイはその猫ちゃんの名前をもう決めたんですか?」

 

「えぇ、まぁ。ミモザ、という名前にするつもりです」

 

 ミモザと名付けられた黒猫は、相変わらず丸まりながら尻尾をぱたりと動かしてみせた。なんだろうこの可愛い生き物は。後でレイに頼んで毛並みを満喫させて貰おう。

 それぞれの相棒を連れての新学期に私は思いを馳せた。




ギリギリでサイン会周りのトラブルを回避しつつのペットを購入。カエルの聖歌隊の為とはいえ、割とその辺りの趣味は母親譲りかもしれない。
……ちなみに余談ですが、作者は雨蛙は平気ですけどガマガエルは学校での緑化活動の際にうっかり事故って鷲掴みして以降、ちょっとトラウマで苦手だったりします。あの時は滅茶苦茶怖かった……

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