ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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カエルに聖譚曲(オラトリオ)

 どうも。よろしく。そんな単語レベルの挨拶だけするや否や、私達はもう用が済んだとばかりにさっさと耳当てを装着する。別に非友好的という訳ではなく、これ以上の無駄話は必要としていないだけではあるのだが、周りの人達も同様にそう捉えているかどうかと訊かれると、果てしなく怪しいと言わざるを得ない。

 

 今年からペアではなく四人グループで作業する事となる薬草学。スプラウト先生はなるべく二寮が同じグループになる様に振り分けを試みていたものの、スリザリン側の結束力がかなり強かったのもあってか結局そのまま青と緑に分かれていた。レイブンクロー側だけ心機一転でペアのシャッフルが発生しただけである。去年は同性同士でのペアだったのがシャッフルで男女混合ペアに変わった事に関しては面白いと思ったが。先生も新たに決まったグループ分けに対して何も言及しない辺り、ほとんど予定調和なのだろう。

 そんな中、少しばかり他とは毛色の違うグループが出来ていた。──何を隠そう、他ならぬ私が振り分けられたグループである。

 

 私、アミー、テリーそしてセオドール。この授業において唯一の二寮混合グループだ。周りからの視線も凄い。

 

 ……私個人の視点で見ると順番に親友、同寮の男子、去年のペアなので誰と同じグループになっても別に不思議でも何でもない。が、グループとなった途端に面妖で複雑怪奇な組み合わせに見えるのだから、偶然の産物とは恐ろしい。

 流石に仲良くよろしくという雰囲気とは言い難かったが、みんな授業は集中して作業出来ればそれで良し、余計な事は深く考えないというタイプだったのが幸運だった。

 

(それにしても、魔法界のマンドレイクって生き物っぽいと言いますか……本当にファンタジー小説みたいな生態なんですね)

 

 本日の授業はマンドレイクの幼生を植え替えるという内容なのだが、私の知っているマンドレイクと全然違う。

 今まで私が認識していたマンドレイクの知識はというと、ナス科植物の例に漏れずアルカロイドが含まれる為に昔は薬草として用いられたが、これまたアルカロイドの例に漏れず強烈な有毒植物だ。根には幻覚や幻聴を伴い最悪死に至る神経性の猛毒が含まれているので、医薬品としては最早ほとんど使用されていない。どれだけ毒がヤバいかと言うと、アルカロイド系有毒植物の筆頭格があのトリカブトだと言えば、致命的なレベルの毒性なのが一目瞭然だろう。あと余談だが、個体によっては根が人型になる事もあるとか。

 

 さて、改めて引き抜く度に泣き喚いている(と思われる)マンドレイクを眺める。やっぱり私の知っているマンドレイクじゃない。

 

 向こうでも実物の薬用植物のマンドレイクとは別に、人のように動き、悲鳴をまともに聞いた人間は発狂して即死するという伝説の類いが、魔術や錬金術を元にした架空の作品中にはあったりする。今手に持って鉢植えに押し込もうと奮闘しているのが、まさに伝説の方のマンドレイクそのものである。幼生だから鳴き声を聞いてもまだ気絶程度で済むらしいが、そんな危険な伝説物を二年生が扱うのだから、魔法界とは本当に規格外でデンジャーな世界だと思う。

 それにしても、常時うごうごと動き回る植物達は普通の鉢植えと比べて文字通り格闘しないと作業が上手く進まない。この調子だと明日辺り筋肉痛になりそうだと内心で独り言をこぼした。

 

 それでも何だかんだで授業は特に問題なく……いや、途中でいつも先生の話を聞いていないとしか思えないスリザリンの二人が気絶したのを除けば、休み明けの割には順調に進んだと思う。

 それはそうと一つ問題がある。去年まではレポート作成の打ち合わせ(ついでにお茶会)を適当な空き教室でセオドールとやっていたのだけど、アミーやテリーは同寮同士のペアだったのもあって寮の談話室でレポートを片付ける習慣が定着している筈だ。その辺りをどうしようかと確認しようとした時だった。

 

「セオドール、あいつらの荷物を運ぶの手伝ってくれ。幾らなんでも僕一人で三人分の鞄は重すぎる」

 

「……あの二人の介護役はアンタの仕事だろう、ドラコ」

 

 セオドールに話し掛けた相手を見て、私は思わず一歩下がった。私自身は今まで全く接点が無かったものの、流石に彼は色々な意味で印象に残っているし、何ならハリー・ポッターとは別のベクトルで名前が知れ渡っているだろう。

 ドラコ・マルフォイ。スリザリンの純血貴族派閥の筆頭であり、うっかり揉めようものなら確実に学校の理事を務める父親の権力で社会的に抹殺されると噂の同級生だ。ついでにいつの間にヘンテコなあだ名を私に付けたらしい張本人である。普段の様子から鑑みた印象で、たとえ取り巻きがぶっ倒れようと知ったことかというスタンスを地で行くタイプだと思っていたから、授業で気絶して医務室送りになった二人の荷物を彼が回収していたのは意外だった。だが、それとこれは別問題。私個人としては可能な限り深入りしたくないタイプでもあるから、然り気無く離れて目に留まらない様にしようと思ったのだけど、一足遅かった。

 私の姿を視認したマルフォイ少年がセオドールと私を見比べて、どことなく皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 

「へぇ?そういえばセオドール、君は今年もまたそこの彼女と同じグループだったか。相変わらずレイブンクローの“トリカブト嬢(レディ・アコナイト)”がお気に入りみたいだな?」

 

(だからトリカブト嬢って……しかも面倒な流れになりそう)

 

「勉学に関してだけは何よりも効率重視でやりたい主義なんでね。少なくとも予習不足で置物になる奴よりは、ずっとマトモに授業が受けられるだろう?」

 

「……まぁ、確かにクラッブとゴイルは予習云々以前の問題だな。──で?少なくとも僕は君を貴族のパーティーで一度も見た事無いが、セオドールと親しい辺り相応のご家庭なんだろう?」

 

 あーやっぱり来たか、と少し身構える。これ、確実に値踏みされているし、一応はセオドールが近くにいるからなのか直接的な言葉こそ使わなかったが、要するに純血か否かと尋ねられている訳で。マグルという単語は禁句だが、下手に嘘を言ってもすぐにバレるだろう。ここで返答に失敗しようものなら、一気に学校生活が地獄のハードモードに転落する事間違い無しだ。しかも私の友人達にも盛大なる迷惑が掛かるという悪夢のオプション付きである。

 レイブンクロー側の友人達からは心配そうな視線が向けられているが、恐らく一発触発の事態に陥って本当にヤバそうな流れになるまでは静観を貫くだろう。賢明だ。私もそうする。誰だって厄介事に巻き込まれたくはないだろうし、そもそもこの場で下手に当事者が増えようものなら、まず拗れて面倒な事になる。

 こういう時こそ伝家の宝刀、広く浅くの処世術、嘘はつかないが真実も聞かれなかったから言わないを発動させるに限る。

 

「……家族に関しては、残念ながら深くはお話し出来ないのです。何せ、私は幼少期に()()()()養子に出された身でして。ミスター・ノットには()()()()()()()()()()()()お世話になっておりますの」

 

 接遇用の笑顔を張り付けながら、あたかも意味深に伝える。嘘は言っていない。意図的に省いた情報はあれども、そんなもの解釈次第でどうとでもなる。

 事実、マルフォイ少年は私の言葉に含まれる意味合いを都合良く解釈してくれたらしい。

 

「ふん。ノリス姓自体は魔法界でも珍しくは無いから、少なからず親は魔法使いなんだろうな。何だかんだでセオドールも面食いの癖に、付き合うべき人間を見極めるのはかなり上手いしな」

 

「………………」

 

 余計な事は何も言わない。沈黙は金、雄弁は銀。ほんの少しだけ微笑みを添えるだけ。本当は子供向けというよりも先生や保護者受けの良いやり方ではあるけど、貴族相手には子供と言えどもかなりてきめんだった様で何よりだ。

 頃合いを見計らったのか、切り捨てるかどうかを見極めていたのかは分からないが、私達のやり取りをただ眺めていたセオドールがこのタイミングで割って入った。なかなかにドライだが、それを言ったら私だってしれっと繋がりのご縁を利用しての発言をしたのでお互い様だ。流石は利害一致の関係とも言えよう。

 

「だから言っただろう。ノリスは薬学分野が突き抜けているから、薬草学もペアだとやり易い部分が多い。魔法薬学が得意な奴の多いスリザリン生でも、ノリスの魔法薬学のセンスと成績には遠く及んでいないだろうよ」

 

「英雄気取りのポッターと同じで、トリカブト嬢の噂だけが先走っているのかと思っていたからな」

 

「……すみませんミスター・マルフォイ、差し支えが無ければそのトリカブト嬢の噂なるものの出所を伺っても?」

 

 ……とはいえ流石にこればかりは看過出来なかった。ジギタリス推しの私としては是非とも噂の出所を知りたい所存である。聞いた瞬間、何で当事者が知らないんだという顔をされた。解せぬ。

 

「お前、一年の時に魔法薬学でモンクスフードとウルフスベーンの違いを指名されて、トリカブトについて熱く語り倒して加点されたんじゃないのか?それがきっかけでスネイプ先生の覚えもめでたいという噂だが、違うのか?」

 

 危うく吹き出しかけたのを無理やり飲み込んだ。どうしてそうなった。ほんの一握りの真実に尾ひれが付きまくっている。確かにその質問はされたし、一対一の追加講習の場において毒の可能性と魅力と浪漫をスネイプ先生相手に語ったのも事実だ。それは事実だが!流石の私だってみんながいる授業中にそんな発言はした覚えなんぞ無い!本当にどうしてそうなった!?

 笑うべきなのか、訂正するべきなのか、困惑するべきなのか分からないが、とりあえず内心で盛大に叫んだ。私は悪くない。

 

 ──誰だ、そんなふざけた噂を広めた奴はっ!!

 

 

「そ、そうですか……っふ、くく……っ!」

 

「レイ。これ以上爆笑するのでしたら、先程もぎ取ってきた『魔法薬シロップ1号』君の使用許可を取り下げて、私の体感でも死ぬ程不味かった『試作15号』君の悶絶レシピに差し替えますよ」

 

 放課後、図書室にて今日の顛末を話したら、レイに爆笑された。余程ツボに入ったらしく、静かに爆笑するという高等テクニックを披露しながらの見事な笑いっぷりだ。遺憾である。

 半眼でボソッと呟いたら、やっと笑うのを止めたレイが思い出した様に「そういえば」と切り出した。

 

「シロップの許可を取ったと言っていましたが、薬の成分と混ぜても安全だと証明されたんですね」

 

「実際の魔法薬を使って毒性検査をやって頂いたんです。ついでに各種試薬を使った成分検査も。むふ、化学実験の試薬反応は実験の醍醐味みたいなものですけど、魔法薬の試薬試験もなかなかに興味深い物が多いんですねぇ……ああ、そうじゃなかった、違う違う、それを踏まえて総合的判断で大丈夫だと結論が出ました。味の方は相変わらず超ケミケミしいですけどね!」

 

「それでも元の味から比べたら天と地ぐらいありますよ。不味いのが当たり前の魔法薬を飲みやすくするってかなり画期的な事を君は為し遂げたという事です。マグルみたいな特許こそ無くともせっかくの研究結果なんです、発表したりはしないんですか?」

 

「スネイプ先生曰く、私にとっては当たり前の医薬品も魔法界では馴染みが無いものだから、保守的な魔法界の現状では握り潰される可能性が高い……らしいです」

 

「あぁ……なるほど」

 

「なので、新薬調剤実験と併せて、論文発表まで到達する事を目標に医薬品と魔法薬の相互作用についても研究してみる事にしました!反応の法則性さえ分かれば、どの薬を調合するにしても可能性は広がりますので!……ただ、当面は『危険薬・毒薬取扱者資格』の試験対策がメインになりそうですけど」

 

 夏休み前に勧められていた資格のうち、二つはイースター休暇前に学校での外部受験だから良いのだが、残りの「危険薬・毒薬取扱者資格」だけは試験日が10月31日で、受ける為に学校外の会場まで赴かねばならないのだ。夏休み中にある程度の対策と傾向に即した準備はしたとはいえ、実際の試験を見越した勉強も絶対必須だ。

 私がそれを伝えると、レイは少し考え込みながら手帳を出してカレンダーを開いた。

 

「そうすると、最初の資格試験終わるまで君のスケジュールかなり詰まっているって事ですよね。確か、聖歌隊のオーディションと透明人間(インビジブル)の検証も入ってくるのでは?」

 

「一番間近なのは聖歌隊のオーディションになりますね。ちょうど明日の放課後なので」

 

「授業と課題が終われば大抵暇な僕はともかく、防衛術の練習まで入れて大丈夫ですか?過密日程が続くなら、最低限落ち着いてからの方が良い様な気もしますが……」

 

 防衛術という単語に、私は初っ端で繰り広げられた悪夢を思い出して飛び上がった。

 

「いえ!そっちはレイがお手隙の限り、バンバン入れちゃって下さい!というか今のままだと確実に科目が死んでしまいます!あんなんじゃ下手したら魔法史以上の惨劇になる未来しか見えません!」

 

「まぁ、確かにあれはもう授業以前の問題でしたからね……。レイブンクローの二年が彼の授業の一発目だったと記憶していますが、メグ達は大丈夫でしたか?」

 

「………………ぶちギレて、高圧ジェット噴射を炸裂させました。ついでにみんなでピクシー鍋のオブジェを作りました」

 

「あー……概ねの顛末が見えました。やはり、レイブンクローでもピクシーを放流したんですか、彼は……」

 

 レイは疲れた様にため息をついていた。話を聞くに、どうやら懲りずに全く同じ事をやったらしい。恐らく次からは辛うじて取り繕っていた防衛術の体裁さえも消え去っているに違いない。ああ、考えるだけで頭が痛くなってくる。

 

「とりあえず座学は基本に沿って、歴代の二年生が使ったであろう()()()()教科書を図書室から探しましょう。実技は……授業があんな状態なので、もう護身に使えそうな呪文をピックアップして来年以降に備えましょうか。何せ、闇の魔術に対する防衛術だけは毎年必ず教師が変わるというジンクスがあるらしいですし」

 

「えぇ……そんな呪われた学科があるとか、学校としてどうなんですかね。しかも必修科目なのにそれって。寧ろ卒業後が悲惨って意味で生徒まで呪われそうじゃないですか……まぁそれは置いておくとして、何か予習とかしておくべき項目ってあります?」

 

「そうですね……それでは、盾の呪文、武装解除の呪文、閉心術、レベリオとフィニートの使い方、それから守護霊の呪文とは何かを調べておいて下さい。あくまで知識の一つとして調べるだけで大丈夫です。二年生で扱う内容じゃないのも交じっていますし、守護霊に至っては恐らく僕も出来ないので」

 

 予習内容をメモしていた私は、レイの最後の一言を聞いて思わず目を丸くした。何と言うか、予想外だった。

 

「ちょっと意外です。レイが出来ないって前置きするなんて」

 

「僕はただの人間ですから。千里眼も未来予知も無い、完璧なんてものからも程遠い存在なんですよ。──昔から、ね」

 

 

 幾ら私が歴史系が壊滅的だろうと、流石に一般教養として知っている物事はそこそこある。

 中世で行われた魔女狩りとてそうだ。そこから鑑みれば、魔法関係者にとって教会は天敵である筈なのだが。

 

「ねぇアズ、オーディション用として渡された今年の課題曲、ドリア旋法の聖譚曲(オラトリオ)とかいう超絶コッテコテの教会音楽なんですけど。意外と魔法使いって些末な事は気にしないんですかね」

 

 手元のアズノールは知るかと言いたげに鳴いてみせた。

 毎年振り幅の大きい事に定評のある聖歌隊の課題曲。音取りしてみれば、あらびっくり。代表的な教会旋法を使ったバロック時代の叙事的楽曲という、どこに出しても恥ずかしくない、見事な教会音楽なのである。

 

「良いのかなぁ……。まぁ、私としては気にする事でも何でもないから良いですけど」

 

 まぁ、オーディションの曲としては非常にやり易いのでありがたいが。恋愛的な歌謡曲を出されたら、正直どんな顔をすれば良いのか分からないし、聖歌隊としてはある意味王道と言えば王道だ。

 魔法界は総じて歴史や伝統を重んじる傾向があるとはいえ、案外細かい事は気にしない性質なのかもしれない。元を辿ればガッツリ宗教イベントのクリスマスも関係なく盛大に祝うぐらいなのだし。

 

 そんな事を考えつつ、軽く発声する。本日の喉の調子はそこそこ良好。夜の女王のアリアでも歌わない限り、特に問題は無い。

 

「とりあえず、今日のオーディションを突破出来る様に一緒に頑張りましょうー!」

 

 ちょっとテンション高めにアズノールに声を掛けると、普段は超マイペースを極める我が相棒も多少気合いを入れてくれたらしい。興味の有無が激しいのは私の影響もあるのかしらと頭の片隅に思いつつ、指定された教室へと私達は向かうのであった。




小学生の女の子達が大人もびっくりの策略的な会話を繰り広げていて、何とも言えない気分なったのは良い(?)思い出。
何気にマルフォイ初登場でした。彼みたいなタイプって認識はしていても、会話する機会とかってなかなか無いんですよね。

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