ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

29 / 34
何でもない日の学校

 どういう訳かハーマイオニーがニャーマイオニーになっていた。

 

 ドクターやレイと共に今後の事を話し合ったり、新たな実験計画に使う薬品をレポート送付の条件で許可をもぎ取ったり、友人達からのプレゼントに心踊らせたり、料理のレパートリーを増やしてみたりと、我ながらなかなか濃密な休暇を過ごして戻ってきて早々に聞き付けた噂。ハーマイオニーが休暇中に医務室送りとなっていたらしい、と。休暇前の石化事件が頭によぎって、心配で医務室へと駆け付けた私が見たものは、黒い猫耳と尻尾を生やした彼女の姿だった。なにゆえ。どうしてそうなった。

 

「……えーと、ハーマイオニー。医務室で入院中と聞いて肝が冷えましたけど……とりあえずはお元気そうで何よりです?」

 

「何で疑問系なのかしら。でもそうね、見た目はともかく、寝るのに尻尾が邪魔で不便って事を除けば健康状態なら概ね元気よ」

 

「それならまぁ、良いんですけど……。それにしても、見事に部分的に猫化していますけど、休暇中を利用して新しい変身術か何かにチャレンジでもしていたんですか?」

 

「……出来ればその辺りはノーコメントって事にして欲しいわ」

 

「それなら敢えて深く聞いたりはしません。秘密を暴く趣味は無いので。ただ──」

 

 そう言いつつ改めて猫化している部分を眺める。ハーマイオニーの栗色の髪が途中から黒く変化して猫耳に辿り着いている。彼女の言動に合わせて動く様子は、レイのミモザを彷彿させた。

 ……滅茶苦茶気になる。駄目元で頼んでみよう。

 

「純粋に私の興味で申し訳ないんですけど、その猫耳触ってみても良いですか?手触りとか諸々が気になるんです!」

 

「ノリス繋がりって言いながらあのミセス・ノリスにも構う位だし、何となく言うと思ったわ。……仕方ないわね。不本意だけど、心配して真っ先にお見舞い来てくれたお礼って事にしておくわ」

 

「ありがとうございます!それでは、いざ!あぁー毛の感じは本当に猫ちゃんのそれですね。つやつや、もふもふ。癒されますー」

 

「私は物凄く複雑な気分よ……」

 

 微妙な顔をしているハーマイオニーには悪いと思いつつ、一先ず私はふわふわした猫耳を満喫したのだった。

 

 

 休みも明けて授業が始まった学校内がどういう状況かと言うと、やはり休暇を挟んだのが功を奏したらしい。相変わらずポッター少年への嫌疑でピリピリしている部分はあるが、石化事件の動きが止まった事で多少の平穏を得たのか幾分和やかな空気となっていた。

 みんな何事も無かったかの様に日常生活を過ごす。それは私だって同じ事だ。たとえその平穏が表面的なものであったとしても。

 

「あっマーガレット!こっちこっち!」

 

「リリー、お待たせしました」

 

 聖歌隊のパート練習を終えた放課後にて。今日は宿題がほぼ出ていないし、夕飯まで過ごすには時間が余っていた。ならば同じパートのよしみ、せっかくなのだから雑談にでも興じながら親交を深めようリリーと約束したのだ。

 リリー曰く「ハッフルパフ御用達のとっておきな場所」に招待してくれるという事になったが、その場所はペットを連れていく訳にはいかないという事だった。そう言われれば、それに従うまでのこと。私は一旦レイブンクロー寮に戻って部屋のケージにアズノールを戻す。決して邪険にする訳じゃないのよ、とアズノールに声を掛けたら大して気にも留めていない様子で鳴いて、そのまま昼寝の体勢に入った。……最近気付いたけど、うちのアズは寝るのがお好きらしい。たまに万年冬眠のきらいがあるのではと思わない事も無い。まぁ、カエルの個性も個体それぞれって事なのだろう。

 

 そんなこんなで、どことなくウキウキした様子で歩くリリーに付いていきつつ、ずっと気になっていた事を尋ねた。

 

「それでリリー、今日行く『ハッフルパフ御用達のとっておき』ってどこなのでしょうか?私が入って大丈夫なんです?」

 

「平気平気!別にハッフルパフ専用って訳じゃないし、他の寮の人も普通に来てるから。……と言っても、私はグリフィンドール生ぐらいしか見た事無いけど」

 

 そう言うと、リリーは果物の絵の前で立ち止まって描かれた梨を擽る。途端に現れた入り口に私は驚いた。そんな私のリアクションに、リリーは悪戯が成功した子供みたいな笑顔で言ってのけた。

 

「そもそも、厨房はみんなのものだもの!」

 

「えっ!?ちょ、ちょっ、待って下さい!入って良いんです!?」

 

 一切躊躇いなく厨房に入っていく彼女に私は焦った。でも、それ以上に厨房に広がる光景に驚いた。初めて見る小さな妖精?魔法生物?がせっせと厨房で働いていたのだ。昔読んだ絵本に出てきたブラウニーを連想させる生き物だ。そんな彼らは、入ってきた私とリリーに気付くや否やパッと駆け寄って来た。

 

「お嬢様方!ようこそいらっしゃいました!」

 

「今日は何をお召しに上がりになりますか!」

 

 キーキーとした声には分かりやすく喜色が滲んでいるから、恐らくは歓迎されているんだろう。とはいえ勝手が全く分からずに目を白黒させていると、リリーが私の手を引いてこじんまりとした座れるスペースに連れて行った。

 私達が椅子に座ると、すかさずテーブルにお菓子やら飲み物が並べられる。こうも甲斐甲斐しく給仕されると何となく面映ゆい。

 

「という事で、この厨房こそがハッフルパフ御用達の雑談スペースでーす!美味しいお菓子も食べれるんだよ!あ、もしかしてマーガレット、屋敷しもべ妖精を見るのって初めて?」

 

 どうやら彼らは奉仕本能を持つ妖精で、学校の厨房のみならず掃除洗濯等々の雑事を担ってくれているとの事。知らなかった。奉仕本能だとか隷属こそ誇りだと彼らも言うけれど、ある程度自分でやっていたからこそ分かる。当たり前だと思ってはいけない。少なくとも私は彼らの誇りと仕事に対して敬意と感謝を持って接すると、解説してくれるリリーの話も踏まえて殊更心に誓った。

 

「あ、そうそう。割とみんな自由に厨房で寛いでいたりはするけど、一応夕飯前は行かないっていうのが暗黙の了解なんだよ」

 

「それはごもっともかと。その時間帯の厨房は一番忙しいですし、仕事量だって桁違いになりますから」

 

「でもね、それ以外なら作りたてお菓子や料理を振る舞ってくれるし、味の好みとかのリクエストも聞いてくれるから好き嫌い多くても安心なの!寮が厨房近くだからこそのお得情報だよー」

 

「それは羨ましい!」

 

 味の好みを聞いて貰えるというのは、本当に羨ましい。

 私は研究所にて献立・調理担当の役職の名に懸けて、栄養バランスと味の調和を両立させるべくレシピをせっせと考案してきた。化学実験と同じく料理もトライアンドエラーの繰り返しなのだから、私にとって一番の得意分野の一つと言っても過言ではない。小学校の調理実習にて一部の男の子達からは薄味と評されたものの、病院の一般食として提供しても恥ずかしくないレベルだと自負しているし、実際その点に関してはドクターとレイからもお墨付きを貰っている。……が、ホグワーツ入学してからそれが予想外の弊害としてぶち当たった。

 決して学校での食事が不味い訳ではないし、英国内の料理水準を鑑みたら寧ろ美味しい部類なのだが、何と言うか、とにかく濃いのだ。いや、恐らく世間一般の子供達が好む味付けなのだろうけども……ただでさえ肉料理が苦手な私には、この塩分と脂質のタッグで重い、濃い、しょっぱいというコンボを毎食キメられるとなかなかにキツイ。

 

 厨房の妖精達が迷惑でないなら、たまにさっぱりした野菜料理をリクエストしても大丈夫かしら……と、クッキーのバスケットを持ってきてくれた子にそれとなく確認してみたら、何故か踊り出さんばかりの勢いで快諾された。とりあえず、リアクション的には嫌がられていないので、ここはお言葉に甘えても良さそうだ。

 

「お嬢様、たまにと仰らずにお召しになりたいものがあれば、いつでもご用意致します!寮までお届けだって致します!」

 

「えっ、とてもありがたいお話ですけど、流石にそれは私が申し訳なさで居たたまれないので直接伺いますよ!?」

 

「うんうん。私もマーガレットと同感。呼びつけるよりもこうやってリクエストついでに話すの楽しいし。……あ、その流れでって訳じゃないけど、今日はアップルパイが食べたいです!」

 

「畏まりました、リリーお嬢様!」

 

「リリー、あなた……会話の流れから息をする様にさらっとリクエストもしましたね。随分と手慣れているといいますか」

 

「えへ。いつもの癖で。私、ハッフルパフの中でも常連に近い感じになっているからつい。そうだ、せっかくなんだからマーガレットもリクエストしてみなよー。この子達もマーガレットが食べたい物言ってくれるのを、楽しみに待ってると思うよ?」

 

 ねー、だなんてリリーがわらわらと集まってきた妖精達に尋ねたら、間髪入れずに同意と期待する様な視線が返ってきた。……これは、あれだろうか。新規で来た客の注文を待ち侘びるウェイターみたいな感じなんだろうか。

 

「それでは……ブラマンジェをお願いしても?」

 

「勿論でございます!すぐにご準備致します!」

 

 つい一番好きなデザートを頼んだものの、普段から食後のデザートとして出ているプディングや糖蜜パイと違って四六時中あるわけじゃないのを思い出す。慌てて「もしあれば」と付け加えようとしたけど、その前に妖精達は即答し、あっという間に調理場の方へすっ飛んでいった。もはや「凄い」という感想しか出て来ない。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、リリーはにこにこ笑っている。……つくづく私にはまだ知らない事がたくさんあるのだと実感させられる。でも、未知との遭遇は楽しい事。変な事件は断固拒否の構えだが、新発見ならいつでも大歓迎だ。

 

 何より、作りたてのブラマンジェはとっても美味しかった。

 

 ……これを機に私もちょくちょくと厨房にお邪魔して妖精達と交流しつつ、野菜料理とブラマンジェをリクエストする様になったのは、また別の話。

 

 

 ドクターから鎮痛剤の実験使用の許可を得たとはいえ、流石に去年の甘味料検証の様に「用意しました、すぐやります」という訳にはいかなかった。

 

 当然と言えば当然だろう。今回は薬同士の組み合わせによる影響の検証なのだから、ただ毒か否かを見るだけではなく飲んだ時の影響も調べる必要がある。つまり動物実験が必要、という事だ。

 とりあえず実験計画の打ち合わせの時に持参した薬が三種類──アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェンだとスネイプ先生に伝えた。先生も検証に使う予定の魔法薬を、数ある鎮静薬や睡眠薬の中から、安らぎの水薬、鎮静水薬、生ける屍の水薬の三種類に絞ったそうだ。という事で検証実験は九通りのパターン、平均を出す為に最低でも一例につき三回以上は施行する計算になる訳だが。……常識的に考えて、今日明日で準備出来る数じゃない。

 興味が爆発しそうだが、それはそれ、これはこれ。準備は念入りにやるのは鉄則だ。……ただ私にとって一つ気掛かりなのは、実験の性質を鑑みても明らかに死亡パターンが出そうだという事だ。こればかりは仕方ないとはいえ、実験で毒を引き当てて生存不可になった動物達にせめてもの供養として安楽死させる瞬間は、指先にこれでもかというぐらい命の重みを嫌でも実感する。実験は大好きだけど、あの感覚だけは一生慣れる事は無いし、決して慣れてはいけないものだと思う。

 

 それとは全くの別件で伝えられた事もある。

 何の事はない。イースター休暇前に校内受験する手筈になっている「魔法薬販売者」と「魔法調剤補助」の受験案内が届き、それに合わせて過去問と演習問題も頂いた次第だ。

 前回の試験の結果がまだ出ていないので何とも言えない部分があるとはいえ、正直記憶に新しい真実薬(ベリタセラム)の面接より大変ではない様な気がする。勿論、油断も慢心もせず全力で準備する所存だが。

 

 そんなこんなで薬学教室から寮へと戻ろうとしていた道すがら、偶然セオドールと遭遇した。

 

「こんにちは」

 

「どうも」

 

 挨拶だけ交わして、特に会話が続かないのはいつもの事。ただ、進行方向が同じらしく互いに無言のまま一緒に歩く。歩く音だけが廊下に響く。そんなお馴染みの沈黙と静寂は、セオドールがふと何かを思い出した様に話し始めた事で破られた。

 

「……そう言えば、アンタの事を後輩達が話していた」

 

「私の事、ですか?えっ、どなたでしょう。スリザリンの一年生とは面識無い筈なんですが……」

 

「一年生の双子が聖歌隊の練習を覗いていたら、レイブンクローの二年生が見学させてくれたって言っていた。聖歌隊所属の二年でレイブンクローってアンタだけだろ?」

 

「──あぁ!あの子達ですか!」

 

 セオドールの話を聞いて漸く合点がいく。確かにいつぞやのパート練習の時、教室前で練習を覗いていたスリザリンの双子ちゃん達がいた。彼女達は純粋に音楽が気になっている様子だったから、先輩方に取り次いで二人を教室に招き入れたのを思い出した。若干困惑していたソプラノパートの皆さんも、なんだかんだで聖歌隊は四寮合同だし……という感じで二人が教室の後ろで見学するのを容認していたんだった。

 

「あいつら、スリザリンなのに邪険な扱いされなかったって驚いていたぞ」

 

「妨害する人ならともかく、普通の見学ぐらいで邪険になんてしませんよ。元より聖歌隊は四寮合同なんですし。……まぁ、確かに実質レイブンクローとハッフルパフみたいな人数比ですけど」

 

「アンタみたいにそういう考えをする奴はかなり少数派だからな。継承者騒動が起きてからは特に十把一絡げで悪者扱いだ。それこそ新入生だろうと関係無しにな」

 

「……それはちょっと、暴論が過ぎると思いますけどね」

 

 確かに、マルフォイ少年やパーキンソン嬢みたいな目に余る言動をするスリザリン生がいるのも事実だが、それとて全員ではない。確かに貴族特有の気位の高さによる取っ付き難さは否めないが、そんなのマグルの方でも私立校に通えば似たようなものだ。思想が合わなそうな相手なら余計な事を言わずに距離を取れば良い話だし。事実、件の二人も私の事を相変わらずトリカブト嬢呼びする以外は特に突っ掛かって来ない。グリフィンドールとスリザリンはお互い干渉するから揉めるのだと再認識したのも記憶に新しい。

 私の返答の何が琴線に触れたのか分からないが、セオドールにしては少し興味深そうな様子で私に聞き返した。

 

「相手が純血主義だったとしてもか?」

 

「思想は人の自由ですから。言葉に出して相手を貶めない限りは、それを制限する権限なんて誰にもありませんよ」

 

 ……流石に人が何を考えていようと興味無いとは言わなかった。余りにも身も蓋も無い事を明け透けに言うのはよろしく無いという事ぐらい私だって分かっている。チラッと視線を寄越したセオドールの表情からして見抜かれている気がしないでもないが。

 

「アンタのその徹底的な平等さにはお見逸れするぜ」

 

「平等……なんでしょうか?」

 

「自分の興味関心に何より忠実なのを含めてな。人の好き嫌いで対応を変えるのが普通の人間なら、そもそも他人に興味無いから誰に対しても態度が変わらないってところか。ま、アンタのそういう所がマーガレット・ノリスたる所以なんだろう?」

 

 ……案の定どころか、ガッツリと見抜かれていた。

 

 

 2月14日。またの名をバレンタイン。

 

 私からすれば至極どうでも良いのだが、世間一般はそうじゃないらしい。みんなどことなく浮き足立っているし、何よりも我が親友のアミーがとんでもなく禍々しい事になっている。

 

「……とにかくあたしが真っ先にすべきは大広間でベルを保護する事だわ。それから届いた不愉快な貢ぎ物を回収して、徹底的検品しなきゃ。スカーピンの暴露呪文は確か『スペシアリス・レベリオ』よね……見つけたら呪い返しもしなくっちゃ」

 

 控え目に言って、とても怖い。目が据わっている。私と同じく彼女に恐れおののいた様子のサリーが小声で話し掛けてきた。

 

「ねぇ、アミーどうしちゃったの?」

 

「アミー曰く、前に妹さんがバレンタインに託つけて惚れ薬を送り付けられた事があるとか。滅茶苦茶アミーが殺気立っているのもそのせいかと」

 

「……アミーの妹ちゃんって一年生だよね?え?確かに可愛い子だけど、就学前の子に惚れ薬?ヤバくない?」

 

「倫理的に一発アウトですよねぇ……魔法界って怖いですね」

 

「いや、魔法界でもダメだからね!?でも……アミーのあの様子だと、いつか妹ちゃんに彼氏出来た日には修羅場になりそう。彼氏君をバックドロップ決めて簀巻きにするに一票入れておこうかな」

 

「それなら私は、相手の殿方を鯖折りにして吊るすに投票しておきます。まぁ、大丈夫だと思いますけどね……危なっかしい人は確かにいましたけど、アミー直々に釘を刺されていましたし」

 

 ……流石にステビンスもそこまで愚かではないと思いたい。

 そんな事を呟きつつ、相変わらず物騒な気配を発しているアミーを引っ張って大広間に向かう。ついでに道中でサリーと一緒に「連絡網」の事を話していた。昨日の夜にマンディとも話していたが、単に緊急事態と言っても相手を怯ませる必要がある時と隠れていなければならない時がある。その使い分けをどうするかだ。

 私とマンディの意見はノックで緊急解除する時は音無しで、音を鳴らしたい時はマグルの防犯ブザーみたいに鍵を引き抜く仕組みはどうかという感じで纏まった。

 

「……それ、確かに良いかもしれない。今度の打ち合わせの時に議題上げよう。いつも二人の意見は私達に無い視点があるから、凄く参考になるんだよね」

 

「仕上げ担当の私達はどうしても術式とか基盤は専門外で、形になるまでみんなに頼りっきりになってしまいますから。せめて意見ぐらいは出さ、ない、と──」

 

 目の前に広がる光景に私の言葉が思わず途切れた。サリーも同様に固まっているし、さっきまで目が据わっていたアミーも唖然としている。なんだこれは。

 ピンク、ピンク、ショッキングピンク。色彩の暴力。新手の拷問か何かか。……なんかもう、察した。

 即座に踵を返そうとした私だが、アミーとサリーに止められる。何が起きているか把握しないと後々大惨事になるから、と。二人の言う事はごもっともだったから、嫌々渋々ながら席についた。

 

「静粛に!」

 

 やっぱりあなたか。何十人からバレンタインカード貰ったとか、どうのとか言っているロックハート氏を横目で見やる。ああもう、思考のリソースを割く事すら煩わしいったらない。

 

「私の愛すべきキューピッド達です!今日は学校中を徘徊して、彼らが皆さんのバレンタイン・カードを配ります。先生方もこのお祝いのムードにあやかりたいと思っていらっしゃいます!」

 

 どこをどう見たらその解釈になるのか。先生方は一様に石像よろしく無表情に固まっていらっしゃる様にしか見えないのだが。それにキューピッド……ハープを持って金色の翼を付けられた無愛想な小人達に、私は嫌な予感しかしない。

 

「この機会にスネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を教わってみてはいかがですか?フリットウィック先生は『魅惑の呪文』について良くご存知のようですよ!」

 

 そんな事したら己の命日になる事間違いなしだろう。いや、フリットウィック先生なら引き攣った笑顔を浮かべながらも丁寧に教えて下さると思うけど、スネイプ先生にそんな事聞こうものなら毒薬のフルコースでおもてなしされそうだ。それぐらい視線だけで相手を射殺しそうな表情をしている。……検証実験が今日じゃなくて本当に良かったと私が安堵したのは言うまでもない。

 

 

 授業妨害やら何やらで、この日はとにかく散々だった。

 幸い、私にはあのキューピッドが襲来する事はなかった。廊下でマイケルが爆撃されていたのを目撃したが……名前を間違えられながら大声で愛のポエムを朗読されていたのには心底同情した。私にはあんな公開処刑なんて耐えられない。

 

 ただ、トチ狂ったキューピッドを使わない至極常識的な方法ではカードを二通頂いた。どちらも匿名だけど、そのうちの一通は毎年の事だし筆跡を見ただけでも送り主が分かる。日頃の感謝を流麗な達筆でしたためたカード。私の好きなブラマンジェのカップデザートが一緒なのも彼らしい。

 さて、もう一通はというと。恐らくだが純粋な友情に部類されると思う。要約すると「好きな事を全力で取り組む姿勢が好ましい。魔法薬学の資格試験を応援している」という内容だった。

 こういうカードを貰えるのはとても嬉しい。でも、我が儘を言うと少しだけ寂しい気もした。

 

(どちらかと言うとこれは直接言われたかったし、ご本人にちゃんとお礼を言いたかったです……)

 

 つくづく思うばかりだ。人の心って──本当に難しい。




「束の間の日常を満喫せよ」もしくは「マーガレットの倫理観」が今回の副題というかテーマになるかと思われます。
薬学狂いの毒物フリークな主人公ですけど、これでも彼女なりの倫理観とか譲れない信念がある訳です。スイッチが入るとエキサイトして暴走しますが。

ハリーの大好物は糖蜜パイですが、メグの大好物はブラマンジェ。……某有名小説からの連想ゲームから閃いた設定なのは内緒です。
物語のおやつって非常に心惹かれるんですよねぇ。

R2.5.30 サブタイトル変更

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。