ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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非日常への誘い

 キッチンの復旧作業はあのキッチンの惨状から考えると、驚くぐらい早く終わった。

 というのも、レイが完全に手慣れた手捌きで備品の修繕を行っていく傍らで、私が最新版お手製洗剤の「中性7号」「弱酸性4号」「弱アルカリ改2号」を使い分けて鍋やお玉、食器を同時進行で洗浄復元する事に成功したからだ。流石にひしゃげた形までは直せなかったけど、我ながらかなりピッカピカに仕上げたと思う。どうせ私にネーミングセンスなんてものが無いのは分かっているから、洗剤の適当な名前に関しては放っておいて欲しい。

 

 片付けを終えた私達がリビングに戻ると、何故かドクターが焼き立てのスコーンを並べていた。ご丁寧に私達がそれぞれ好きなジャムとクロテッドクリームまで用意してある。思わずドクター何してるんですかと聞くと、へにゃりと笑いながら「キッチンは出禁でも、お菓子を買うなとは言われてないからね」と言った。……確かに、買うなとは言っていない。

 

「二人とも毎回全部任せちゃって悪いね」

 

「私達は勝手にやっているだけですので、お気になさらずとずっと申し上げているつもりなんですけどね。ついでに『中性7号』君の効能テストも出来たのでわりと達成感あります」

 

「……見ての通り、メグは特に好き勝手に楽しんでるんですよ。僕も色々とやってみるのも悪くありません。ただ、吹き飛ばされた部屋を片付けるのは骨が折れますので勘弁して下さい」

 

「心して覚えておくよ。それにしても、しれっとお手製洗剤と言うが……普通に大学とかでやる内容も含まれていると思うんだが」

 

「好きこそ物のなんとやら、というやつですよドクター」

 

「好きな科目はそれだけ絶大な熱量と実力を発揮出来るのに、嫌いな科目は超低空飛行なのがメグらしいというか……ほんの少しだけでもその熱量を宛がっていれば余裕で不動の主席だっただろうに」

 

「暗記科目は敵ですので。理屈無しの丸暗記ほど気持ち悪いものは無いです」

 

「そういえばテストで覚えるしかないという状況になった時には、ほぼ確実に発狂してましたよねメグ……。テストの度に僕が宥めていた気がします」

 

「……まぁ、キレ散らしてかなり見苦しい姿を晒したのは反省してますよ」

 

 自分の恥を思い返してレイに謝ると、あの程度ならまだ余裕なので良いですと返されて、この幼馴染は学校でも喧嘩の調停に駆り出されていたなと思い出す。驚く程に聞き上手なレイは、同級生の癇癪やヒステリーを柔和な笑顔のまま鎮めるのがやたらと上手かったのだ。少なくとも私には真似出来ない才能だ。

 私がそれを伝えてみると、「君の探求心には負けると思うよ」と言われた。探求心は才能なのだろうか。

 

「でも正直メグがここまで薬学にどっぷりハマったのには驚いていますよ。てっきり君は専攻が歌かピアノか、はたまたホルンかどうかは別にしても、音楽方面に進むものと思っていましたから」

 

「私も最初はそのつもりだったんですけどね。でも!でもでもっ!物質の神秘と浪漫に巡り会ったが百年目!それを突き詰めるのが私の運命だと確信しましてっ!!」

 

 きゃ、と思わず恋する乙女の様なポーズをとってしまったが反省はしていない。確かに音楽は今も好きで進路の候補にいれていたけれど、実はドクターの仕事を見て医療関係にもかねてより興味を持っていたのだ。照れくさいから絶対言わないけど、私にとってドクターは恩人であり、憧れだ。そんな将来の夢について複雑に悩める小学生だった私の心は、とある大学が主宰で開いたサイエンスショーを見た事によって、私の目指したい方向が明確に定まったのだ。

 憧憬と興味が合致した私に迷うものなぞ何もあるまい。言わば、私の熱意は下手な恋心なんかよりも遥かに熱いのである。ふざけている様に見えるかもしれないが、私は至って真剣そのものだ。

 

「目の覚める様な二クロム酸カリウムの橙赤色に、透き通る様な硫酸銅のブルー!無機物が織り成す色鮮やかな炎色反応!匙加減を替えるだけで無限の可能性を秘めた有機物達!!最高にドキドキします!!こんなにもときめいたのは、後にも先にもきっとあのサイエンスショーの時だけです!!ああ、私はもっと仕組みや原理、反応を詳しく知りたい……!!」

 

「……ねぇレイ、どうしよう。この調子だとそのうちメグが『薬品と結婚します!』って言い出したりしない?大丈夫かな?」

 

「……僕に聞かないで下さい。僕だってメグの感性は理解の範疇を軽く越えているんですから……」

 

 微妙に引き気味の殿方二人の声に我に返った私はそそくさとクールダウンする。つい勢い余ってエキサイトしてしまった。流石にそんな事言いませんよ、とボソッと呟いてから照れ隠しにスコーンを齧った。あ、このお店のスコーン美味しい。あわよくば自分で再現してみたい。

 

 

 掃除後のティータイムを楽しんでいたら、不意に窓の外からコツコツと何かを叩く音が聞こえた。窓の方を見ると、梟が二通の手紙らしきものを足に持って窓をノックしていた。なるほど、どうやら私がキッチンを片付ける前に梟らしきものを見たと思ったのは、見間違いではなかったらしい。

 伝書鳩ならぬ伝書梟に対するリアクションは三者三様だった。

 

「おや、梟が来た……」

 

「このご時世に伝書鳩?しかも鳩じゃない?」

 

「梟、しかも二通……!?」

 

 順に何かを感じ取ったらしいドクター、時代錯誤なやり方に困惑する私、何故か愕然としているレイだ。とりあえずドクターが窓を開けて手紙を受け取る。梟にスコーンを割って渡すと、仕事を終えたと言わんばかりに舞い戻っていった。

 ドクターは無言で宛名を確認すると、無言で私とレイへ手紙を差し出した。どうやら自分の目で確かめろという事らしい。

 渡された手紙は確かに紛れもなく自分達宛てであった。しかし、やたらと細かく──普通の郵便ならまず記される筈の無い、今現在いるリビングルームの位置まで書かれた宛名を見て、私は思わず不信感を抱く。一応は危険物ではなさそうだから、とりあえず中身を確認するべく慎重に封を開ける。

 

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ホグワーツ魔法魔術学校 校長 アルバス・ダンブルドア

 

マーリン勲章勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、

最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員

 

親愛なるノリス殿

 このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は九月一日に始まります。七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。敬具

 

副校長 ミネルバ・マクゴナガル

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「……3ヶ月前倒しのハロウィンですか?」

 

 一通り目を通した私の第一声はこれだった。訳が分からない。

 魔法だの何だのと訳が分からない。お伽噺か、ファンタジーか。意味が分からない。余りにも現実味の無さ過ぎる。新手の悪戯だろうか。だとしたら何がしたいのだろうか。わざわざ梟を使ってまで送り付けるとは、その手の込み様には畏れ入るが。私はため息をついて、同じく手紙を読んでいるレイを見る。てっきり彼も同じように呆れているだろうと思っていたのだが。

 

「………………」

 

 レイが珍しく狼狽えていた。狼狽えている、というか目を見開いて固まっていた。もはや驚きを通り越して、どこか焦ってすらいる様な面持ちで、そんな馬鹿な、と呟いたきり固まっている。何があってもほとんど動じないレイがここまで動揺している様子は、そうそう見られるものじゃないから新鮮だけど、それにしても様子がおかしい。少し心配になった私はレイの眼前で手を振って彼の意識を現実へ引き戻そうと試みた。

 

「レイ?もしもしレイー?大丈夫ですか?意識飛んでません?一旦現実に帰ってきて下さーい!ちゃんと脈あります?もし心停止したならば、蘇生を施しますよ?」

 

「……バイタルチェックせずとも、ちゃんと意識があるので大丈夫です。ただ、少し驚いているだけです」

 

「それなら良いんですけど。にしてもレイらしくないですね。随分と手が込んでるとはいえ、たかが悪戯、ドッキリでしょうに」

 

「いえ、これは……多分、悪戯ではなく……」

 

「え?まさか本物だって言うんですか?魔法だなんて、ファンタジー小説の世界じゃあるまいし。ねぇ、本当にレイったらさっきから様子おかしいですよ?どうしちゃったんですか?」

 

 どこか言葉を選ぶ様子で言い淀み、何とも歯切れの悪いレイに、私は更に困惑するしかなかった。彼は私以上に冷静で現実主義な人間だと思っていたから、魔法学校とやらの手紙にここまで反応するなんて、一体どういう風の吹き回しなのだろう。

 

「というより、メグ……寧ろ、君こそ今まで本当に自覚無かったんですか?」

 

「はい?何がですか?」

 

透明人間(インビジブル)……」

 

「え?イン、ビジブ……?今なんて言ったんですか?」

 

透明人間(インビジブル)です。そうですね、分かりやすく言うとステルス、光学迷彩といったところでしょうか。メグ、時々君は物理法則を無視した手法で姿を消していたんですよ。……まさか無自覚でしたか?」

 

「は!?」

 

「流石に人前で消えたりは一度もしませんでしたけど、家の中では突然何かに吸い込まれる様に溶け込んで、そのまま気配ごと姿を眩ませていました。てっきり魔法と思わずとも何かしらの『特別な力』を持っていると気付いている上で使っていたのかと思っていましたが……」

 

「そんな筈は──」

 

「──だからこそレイはこの手紙は正真正銘の本物だって言いたいんだね?メグ、驚いて混乱する気持ちは分かるけど、どんな事象も頭ごなしに否定するのは良くない。何事も0と100はあり得ない、だろう?」

 

 そろそろ収集が着かなくなりそうな雰囲気にドクターが静かに割って入る。思わずパニック気味に食ってかかりそうになっていた私も、冷静なドクターの声を聴いて、喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んだ。

 

「……僕に関しては、メグの力を直接見て知っていたのと、その……魔法とか、そういった類いの話自体、ちょっとした事で聞いていましたので……」

 

「私は魔法なんて初耳ですよ!?」

 

「君の場合、興味無い事は端から聞き流すでしょう……」

 

「あう、た、確かにそれは、自分の性格的に否定は出来ない……」

 

 俄には信じがたいが、自分の性格を鑑みたら仮に魔法なるものがあったとしても完全スルーしている可能性が高い。それを頑なに認めず否定するのは、確かに間違っているだろう。

 けれども、とりあえず百歩譲ってこの魔法学校からの手紙が本物だったとして、そして私達がその魔法とやらが使えたとして、だ。何故私達に魔法学校の入学証が届くのか。そもそも願書すら書いた覚えも無いのに。勝手に許可されても困る。というかもし万が一このまま魔法学校とやらに通わざるを得ない流れになったら困るどころの話じゃない。

 

「……ドクター、この手紙はあくまで入学許可書ですよね?許可が下りただけなんですから、辞退という選択肢も許されて然るべきですよね?」

 

「うーん、どうだろう……文面から察するに、返信を待つと言いつつも余り選択の余地は無さそうな気が──」

 

「………………」

 

「っ、ドクター!!メグ、落ち着いて下さい。まだホグワーツへの入学が強制的に決まった訳では無いんですから、希望通りの進路に行ける可能性も……、あぁ……ほら、泣かないで下さい、ね?」

 

「あ。あああ!ごめんよメグ!今のは完全に私の失言だった!悪かった、メグの気持ちを考えていなかったね……」

 

 私の表情を見たドクターとレイがかなり慌てた様子で声を掛けてくれるけど、進路の雲行きが怪しくなってきた現状を前にしては流石に冷静を保つのは無理だった。

 私の進路が単なる惰性で最寄りの中学校へ進学するという状況であれば、この魔法学校からの手紙は諸手を挙げて喜べるものだったに違いない。きっと私の知らない未知の世界や新しい学問の存在に心を躍らせただろう。

 でも、今は全く嬉しくなかった。喜べなかった。何故なら自分なりに真剣に将来を考えて、薬剤師になりたくて進路を決めたのだ。特にこの一年は本当に必死になって受験に向けて本気で頑張って、その上で合格という結果をもぎ取ったつもりだ。

 それが、実は特別な能力とやらを持っていたからという理由で勝手に進路を変えられる?私の努力も意志も関係無しに?──そんなの、冗談じゃない!!

 

「とりあえず、学校の方から詳細を聞いてみよう。メグの進路に関しては余りにも時期が悪すぎるし、レイだって身体の事を含めて色々と問題があるだろう」

 

「……えぇ、そうですね」

 

「話を聞いてみない事には何も決めようがない。二人ともひとまずはそれで良いね」

 

 ドクターが何とか場をまとめてくれたものの、私には自分がこの先どうなっていくのか全く分からなくて、ただただ不安を抱えるしかなかった。




手紙が届いた段階でここまでギャン泣きする寸前の主人公はかつていただろうか……。
でも新学期が始まる1ヶ月前に入学案内は、結構遅いと思うんですよ。少なくともハリーの同世代組ではジャスティン少年がかの有名なイートン校への進学を蹴ってホグワーツに来ていますよね。あれ、ご家庭によっては進路でかなり揉めるんじゃなかろうか。

イギリスの受験事情はイマイチよく分かっていませんが、少なくとも受験で決まっていた進路を入学1ヶ月前にひっくり返されたら、もう辛いどころでは済まないと個人的には思っております。

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