ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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アカデミック・シンドローム

 私がその手紙を受け取ったのは、ショッキングピンク事件(と私が勝手に命名したバレンタイン騒動)から数日後の事だった。

 

 アミー達と一緒に昼食で大広間にいたら、梟が私の方に飛んできた。朝は手紙ラッシュの時間帯だけど、この時間は珍しい。何より、私宛てに梟が手紙を持って来る事自体が物凄いレアケースだと言っても過言ではない。

 ……ところで、食事中に鳥が至近距離に突っ込んで来るって衛生的にどうなんだろう。こういう文化だと理解しているし、気になるならその時間帯を避ければ済む話だから、別に実害は無いのだが。何より、私は元より朝型人間だし。それでも、時々思い出した様にそんな疑問を抱くのは育った環境の影響なのかもしれない。

 

 それはそうと、私に届いたものはやたらと形式張った装丁の封筒である。分厚いし、手触りもつるつるした高級紙そのもの。その辺の適当な封筒とは違って如何にも「正式な書状」を送付する為の封筒という感じだ。……心当たりは一つしかない。

 

「随分と重厚な手紙が来たわね……ってメグ?」

 

「……十中八九、結果通知だと思います。ハロウィンの時に受けた試験の。時期的にも届いておかしくないですし」

 

 沈黙は数秒間。私は封書を手に立ち上がった。自信が無い訳ではないけど、だからといって大勢の人間がいる前で試験結果の公開開封なんてしたくはない。アミー達は私の意図を汲み取ってくれたらしく、私が席を立っても何も言わなかった。

 

「一度寮に戻って結果見てきます」

 

「幸運を祈っているわ」

 

 友人達の後押しの声を背に受けつつ、私は可及的速やかに寮へと向かう。自分で思っている以上に私も気が逸っているらしく、階段や廊下で足止めされる度にたたらを踏む。気まぐれに変動する城の構造がここまで煩わしく思う事もなかなか無いかもしれない。

 

「水の始まりは何処から?」

 

「……形を変えながら巡る円環に始点は無い」

 

 今回の鷲ノッカーの問題は少々自信無かったけど、結果的に突破出来たという事はあの答えで大丈夫だったらしい。毎度思うけど、このノッカーってどこまで学術的な答えを求めているのか。質問の本質を見抜くのは勿論の事なのだけど、どうも同じ答えでも詩的な答えをより好んでいる様な気がしないでもない。その辺りの判定基準が非常に気になる。

 でもまぁ、今私が気にすべきはそんな事じゃない。

 

 誰もいない自室に駆け込むと、一度深呼吸し、そのまま一思いに封を切る。そして中の書状を引っ張り出した。

 

 ──────────────────

 

 マーガレット・ノリス殿

 

 この度、1992年10月31日に執り行われました危険薬・毒薬取扱者資格試験におきまして、厳正なる考査の結果、貴殿が合格されました事を通知致します。

 貴殿には正式な認定証カードとバッジが後日送付されますので、それまで当通知を大切に保存されますよう、お願い申し上げます。

 

 癒薬安全管理協会 代表 ドリス・クロックフォード

 

 ──────────────────

 

 文面を三回読み返してから、私は言葉にならない歓喜の叫びを上げた。受かった!受かってる!!手応えのあった筆記と実技はともかく、面接で真実薬(ベリタセラム)効果も相まってベラドンナの毒について熱く語り倒した辺りどうなのかなと思ってたけど、受かってた!!

 

「やったぁ……!合格通知!合格!あぁとっても素晴らしい単語!私、やりました!受かってますー!あー幸せ」

 

 周りに誰もいないのを良い事に盛大なる独り言を声に出しつつ、私は一頻り一つ目の試験が受かった喜びを噛み締めていた。

 

 

 それから更に数日後。

 

 スネイプ先生から検証実験の準備が出来たというお達しがあり、予定を前倒しに実験する事となった。

 最高の形で一つ試験が終わったものの、私の資格試験はイースター休暇前に立て続けで二つ控えている。更には、休暇明けからは本格的に学年末試験の準備に専念しなくてはならない。その辺りを含めて諸々の考慮をすれば、前倒しの流れも当然だろう。

 

 実験の被験体として用意されたゲージの中のネズミ達を横目で眺めつつ、今回使う手筈になっている医薬品三種について成分や特徴を伝えていく。……今回の実験でネズミは果たして何匹生き残るのかという少々アレな予測は脳裏の片隅にしまっておいた。

 

「今回持参した三種類はいずれも医薬品の中でも服用率の高いものになります。アスピリン、アセトアミノフェン、イブプロフェンはどれも似たような錠剤ですが、成分は大きく異なります」

 

 ドクターからお借りした薬の小瓶と薬品情報のコピーを並べて、改めてスネイプ先生に提示する。大まかな特徴を纏めたレポートを一緒に提出するのも忘れない。

 

 アスピリン。古来から柳には鎮痛作用があると民間療法で知られていて、それを抽出した成分。ただし、その時点での薬は強い胃腸障害の副作用があり、それを抑えるべく成分を改良されたものこそ今現在広く流通しているアスピリン大先輩様だ。解熱、鎮痛、消炎等々と幅広く適応がある故に万能薬みたいに思われている節もあるが、一般的にはアスピリン=頭痛薬という処方が多いのではなかろうか。とはいえ、やはり困った時はこれを飲んでおけば安心という風潮がかなり強いし、実際かなり効く。……ただ、効果があるという事は、裏返せばそれだけ薬効が強いという事に他ならない訳で。正しく薬と毒が紙一重という部分そのものを体現しているとも言うべきか、それなりに禁忌も多い。今でも副作用を引き起こすと洒落にならない状態に陥る為、とにかく乱用は厳禁である。

 

 アセトアミノフェン。パラセタモールとかカロナール等々の名称を有する解熱鎮痛剤。炎症止めにこそ適さないものの鎮痛効果は文句無しにずば抜けているのが特徴で、アスピリン同様に最も利用される医薬品の一つに含まれている。総合感冒薬としては勿論の事、関節炎、痛風、結石、片頭痛、疼痛、歯痛、外傷、生理痛、腰痛、筋肉痛、神経痛といった数多の痛みに適応あり、更には外科手術での鎮痛目的にも使用されるという、文字通り、筋金入りの痛み止めのプロフェッショナルだと言えよう。解熱鎮痛薬の中では副作用が最も少ない部類であるため、多くの疾患で第一選択薬として使用されている。なお、あくまでも副作用が「少ない」だけであり、決して「無い」という訳ではない事に留意が必要だ。

 

 イブプロフェン。こちらは消炎作用が強い医薬品で、痛みを伴う炎症には一番効果的だと考えられている。元々は関節リウマチの薬だった事もあって、解熱鎮痛目的以外だと関節炎で特に強みを発揮する。処方薬として承認されたのは比較的最近であるものの、今では市販薬御三家と言っても良いレベルで広く認知されている。薬学分類上はアスピリンと同じグループに含まれていて、実は医学的作用には大差が無かったりする。異なるのは用量、服用方法。アスピリンよりは胃腸障害が起こりにくいとされているものの、イブプロフェンとてれっきとした医薬品。当然ながら副作用はあって然るべきなのだから、服用する際は例の如く注意しなくてはならない。

 

「──と、簡潔に違いを纏めるとこうなります」

 

「ふむ。今の情報だけで推測するならば、柳の成分が元になっているアスピリンが一番怪しいと思うが、去年の事を考えるならば意外と副作用の少ないアセトアミノフェンが危険やもしれんな」

 

「そうですね……こればかりは実際にやってみない事には何とも言えません。っと、手順は先にネズミへ錠剤を飲ませてから水薬を投与するので大丈夫でしょうか?」

 

「ああ。その流れで問題ない」

 

 スネイプ先生からのGOサインが出たのを確認したので、実証実験に早速取り掛かる。……自分達が実験に使われる事を、そしてそれが命に関わるであろう事を悟ったのか、ネズミ達がゲージの中で暴れて逃げ惑い始める。可哀想だけど……こればかり仕方のない。まさかいきなり人間に投与する訳にもいかないのだし。

 私は腕捲りをして覚悟を決めると、片っ端からネズミを捕まえて投薬を開始した。

 

 

 

「……これは、また。随分とてきめんだったらしい」

 

「まさか天下のアスピリンがここまで猛毒に豹変するとは思いませんでした。これ……事実上の即死薬と言っても良いのでは?」

 

 先生が静かに呟く声に、私も盛大に顔を引き攣らせた。エトワールアンプルが黒くなった時点で毒なのは知っていたけど、破壊力が抜群過ぎた。どの組み合わせも眠りに落ちた瞬間に生ける屍状態になり、タイムラグも与えずに文字通り本物の屍になってしまった。えげつない。流石の私でもこれを見てエキサイトは出来なかった。というか、幾らなんでもまだそこまで人間性を捨てた覚えはない。

 アスピリンと各水薬を併用させたグループはほぼ全滅だ。こちらが何か手を出す前に即死した。いや、正確には安らぎの水薬を組み合わせた内の一匹だけ濃度の問題なのか個体差なのか、即死を免れていたネズミがいるが、その個体も激しく痙攣している。この状態になってしまったら、もう助けるのは無理だ。

 

「──ごめんね」

 

 だから私がする事はただ一つ。これ以上の苦痛を与えない為にも速やかに安楽死させる事だ。私は痙攣するネズミを押さえると、手早く尻尾の根元を強く引っ張って頚椎脱臼させた。相変わらず、この命が消える瞬間のガクンと動きが止まる感覚は生々しい。

 顔を上げるとスネイプ先生が驚いた様に固まっていた。……つい癖で向こうでの動物実験マニュアルに則った方法で処理をやってしまった。端から見たら突然ネズミを素手で鷲掴みにして殺したとしか思えないだろう。

 

「すみません、スネイプ先生。ついマグル式で安楽死させてしまいましたけど、もしかして魔法界独自の動物実験マニュアルやルールがあったりしますか?」

 

「いや、特に決まりは無い。ただ、魔法や薬で処理するのが普通ではある。……君は自らの手で殺す事に抵抗は無いのかね」

 

「抵抗なら毎回ありますよ。寧ろやらなくて良いなら極力やりたくないです。でも動物の命を借りて実験している以上、どういう結果であれど最期まで見届けて必要あらばその命を絶って終わらせる事が、感謝と敬意と礼儀の形だというのが私なりの考え方です」

 

「……そうか」

 

 どことなく複雑そうなスネイプ先生を余所に、私は気持ちを切り替えて他のグループの方の結果を観察していった。こっちはこっちで生存こそしているものの、なかなかに酷い有り様だ。似た薬効なのにこれ程の混沌を発生させる要因は成分の基によるのだろうか。謎だ。死なない代わりに遺伝子組み換えレベルの大変身をしているが……こんなキメラ擬き状態になるならば、下手したら死ぬ方がまだマシかもしれない。ちなみにこちらも毒判定されている。

 

「イブプロフェンのグループはひたすらカオスの一言に尽きます。一応、水薬ごとに傾向は似ていますけど……」

 

「安らぎの水薬だと体毛の色がそれぞれ変色、鎮静水薬だと耳や尻尾といった体の部位のどこかしらが別の形状と化し、生ける屍の水薬に至っては……最早別の生物になっているな……」

 

「毛が長毛になって、体が肥大化して、各部位が全然違う形態へと変化……って、これはもうどう見ても新種の生物じゃないですか。でもアスピリンの全滅を見た後だと、死亡例が無いだけってわりと安全だと錯覚してしまう辺りが我ながら悲しいというか、麻痺しているというか。色々な意味で複雑な気分です」

 

 ここまでのヤバさを鑑みれば、残りのアセトアミノフェンもろくな結果じゃないだろう。そう思いながらゲージを見やり、固まった。確かにろくな結果とは言えない。言えないが──

 

「……縮み薬?」

 

 全て生存していた。──ただし、みんな可愛らしい子ネズミになっているという注釈付きで。

 何気にというか、驚くべき事にエトワールアンプルは反応していない。という事は中和して無毒化したものの、縮み薬みたいな成分が生じたといった所か。化学反応で縮み薬になったといえば聞こえは良いが要は副作用という事だ。通常の縮み薬みたいに一時的な変化であればまぁ許せる範疇かもしれないが、戻らなくなりそうな感じなのがなかなかにヤバい。

 

「一応は無毒みたいですけど、私の所見ではどう見ても永続変化で若返りしている様に思えるのですが」

 

「微妙な所だな。普通の縮み薬とは全く違う経路で若返った以上、まず間違いなく通常の解毒剤は効かんだろうが。我輩としては、このグループだけ一律に変化している事を鑑みて、鎮静薬との組み合わせのみならず精神作用のある薬とこのアセトアミノフェンで縮み薬擬きになるのかが気になる所だ」

 

「確かにそれは私も気になります!……あ、でも今回の結果を踏まえて、追加実証等々を行う前に、最低でも医務室のマダム・ポンフリーには魔法薬と医薬品の飲み合わせの危険さを迅速に周知しないと不味いと思います。マグル出身の子なんて特に、今日使った三種のどれかしらを常備薬として持っている可能性高いですし」

 

「……確かにこれで死亡事故を起こす訳にはいきませんからな。良かろう、我輩からこの件について教員間で申し送りしておこう」

 

 ヤバいだろうなとは思っていたが、想像を遥かに越えるレベルで医薬品と魔法薬は絶対に混ぜたら駄目なやつだった。文字通り「混ぜるな危険」案件だ。まぁでも、それを知れただけでも今回動物を使って実験をした甲斐があると言っても良い収穫だろう。

 

 

 妙に平和な空気が流れる学校内。特に事件もなく、普通にイースター休暇が終わり、例年通りの学期末に向かっている雰囲気だ。

 私も特に何事もなく今に至っている。休暇前に「魔法薬販売者」「魔法調剤補助」の試験を校内で受けたものの、最初の真実薬(ベリタセラム)のインパクトが凄すぎたせいか思いの外笑ってしまう位あっさりと終わり、今は結果を待つばかり。

 

 そんな中、私達二年生は目下の重大局面に瀕していた。何を隠そう、来年度からの選択科目をどうするかという案件である!……とまぁ仰々しく宣言してみたが、私の選択科目は最速で決まった。真剣に悩むみんなの手前、実はほぼ消去法だなんて口が避けても言えまい。一応これでも大学受験する可能性も考慮した結果だから、断じて適当に投げ捨てた訳ではない。

 まぁ……理論がはっきりしていない占い学は発狂する未来しか見えないし、バーベッジ先生は好きだけど敢えてマグル学を取得する必要性を感じない(どころか時間の無駄な説まである)し、魔法生物飼育学は……うーんどうだろうという感じだ。かの有名なニュート・スキャマンダー博士の講演とあらばお金を払ってでも受講したいが、果たして授業はどうなのか。私の経験則上、生物学(ナマモノ)系の授業は倫理観(じょうしき)変態度(こだわり)のバランスがどこまで取れるかが至高の授業か否かのポイントだと思っている。小耳に挟んだ情報では来年度から先生が代わるらしいので、新任にそれを要求するのは酷だろう。だったら、人体生理学や生化学等々を独学で勉強する時間に充てたい。

 

 斯くして、私の選択科目は実質数学な数占いとそこそこ理論っぽい古代ルーン文字学に決まったのである。

 

 ちなみに、みんなでマリエッタ先輩とチョウ先輩から教科書を借りてあれこれ意見交換していた時の一幕にて。サリーやリサはマグル学の教科書を見て興味津々で選択科目としてどうかという意見を求められたのだが、私とマンディは黙って首を振った。ついでに通りすがりのペネロピー先輩がズバッと正論を述べた。

 

 ──外国人観光客向けのイギリス旅行パンフレットを読んだ方が遥かに勉強になる、と。

 

 ぼくのかんがえたマグルといういきもの、みたいなトンチンカンな教科書に、魔法使いが時折向こうの感覚での常識を全部かなぐり捨てた様な行動をやってのける一端を、私は図らずも垣間見てしまったのだった。……せめて小学校の教科書でも借りれば良いのに。

 

 

 それから更に平和に学校生活を過ごしていたある日のこと。

 外ではグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチの試合があるけど、レイブンクローの私には余り関係ないのを良いことに、私は久々に女子トイレのマートル先輩の元に赴いていた。

 

「あら、マーガレット。久しぶりね。もう私の事なんて忘れちゃったのかと思っていたわ」

 

「お久しぶりです、マートル先輩。実は何度か近くに来ていたんですけど、いつも誰かが密談しているみたいだったので……」

 

「あぁ彼らね!気にせず入れば良かったのに。せっかく面白いものが見れたのに勿体ないわね~」

 

「え!?か、彼ら!?男子生徒が入り浸っていたんですか!?」

 

 それってちょっと……いやかなり大問題だろう。マートル先輩は全く気にしていない様子だが。そんな事を思いつつ、とりあえず本題に入る事にした。

 

「それはそうと、マートル先輩に折り入ってお願いがあります」

 

「なぁに?改まってどうしたの」

 

「このトイレでお手製洗剤の検証を行って良いでしょうか?」

 

 お願いしつつ、そこに至る経緯をかいつまんで説明する。

 発端はスネイプ先生との追加講習の際、私が入学前に課題研究と称してお手製洗剤を合成しまくっていたのを話した事だった。先生が思いの外その話に食い付いて、折角マグルの方で研究開発をしていたのならば、魔法薬版の洗剤も開発してみたらどうかという話になったのだ。目指すはピカピカクリア。

 

「──という訳で、一番人通りの少ない此所をお借り出来ればと思いまして。あわよくば先輩からの意見も貰えると嬉しいです。あっ!勿論、お借りする以上は責任持って備品の整備もやります!」

 

「ふーん?実験とはいえ自分から掃除したいって、あんたって結構変わっているわね。まぁ、私は別に良いわよ?もし失敗したら盛大に笑って上げるから、好きに使ってちょうだい」

 

「はい、ありがとうございます!笑われない様に頑張ります!」

 

 住人(?)たるマートル先輩から了承を貰えたので、心置きなくお手製洗剤を試せる。洗剤は合法的に薬学実験出来るものの一つなのだから、とても楽しみだ。

 そうやってどこか浮き足だった気分で本でも読もうと図書室に向かう私だったが。曲がり角の辺りで視界に飛び込んできたものに血の気が引いていくのを感じた。──見えるのは、人の足。あの角の所で誰かが倒れている。

 慌てて走り寄ると、彼女達の顔が見えた。倒れていたのがどちらも私が知っている人だった事に目眩がした。

 

「ペネロピー先輩……ハーマイオニー……」

 

 目を見開いたまま動かない二人はまるで石みたいだ。いや違う、まさしく石になっているのだろう。すっかり平和ボケして失念していたけど、年末に起きた石化事件はまだ解決していなかった。

 手前にいたハーマイオニーに頸動脈の辺りを触れる。当然ながら脈も体温も感じられない。石化と聞いているからこそまだ生きていると理解出来るが、事前知識がなければ死後硬直と錯覚してしまいそうだ。更に状態を確認しようとして、唐突に私は我に返った。

 

 仮にもお世話になっている寮の先輩と友達なのに、私は今、彼女達を助けるのではなく観察していなかったか?

 

「あ……あぁ、私は……」

 

 まるで動物実験で使ったネズミを処理するのと同じ様に、友人達の命の状態さえも淡々と眺めていなかったか?

 

「違う……私は、私、は……」

 

 一歩後退る。視界が揺れて見える。足元が歪んでいる気がする。くらくらする。また一歩後退る。力が抜けて座り込んだ。私は他人に興味無かった。でもまともな人間性だと思っていた。いつから?いつから私はこんな狂った事をする様になっていた?

 

「──ああああああああああああああああああ!!!」

 

 怖い。とにかく自分自身が怖かった。まるで私が人間性を削ぎ落とした化け物にしか思えなかった。誰か否定して欲しい。私は狂ってなどいないと。でも誰が否定してくれるというのか。今まさに私自身がやっていた事を。

 

 騒ぎを聞き付けた誰かが現場に駆け付けてくるまで、私はただただ絶叫し続けていた。




リアルの方で予定が狂いに狂いまくった結果、今までに無いほど遅くなってしまいました……!

動物実験からの石化事件再開でした。やっと物語が動きました。
効果的にも倫理的にも色々とアウトな合成薬の数々が爆誕していましたけど、断じてお世話になっている薬に恨みがある訳じゃないです。果たしてこれがどこで役立つ(?)事になるのか。
昨今の状況諸々を踏まえて念のために申しますと、途中のネズミの頚椎云々は本当に動物愛護に基づいた動物実験時のマニュアルであって、決して虐殺行為では無いです。
……それから薬の説明についてですが、悲しい事に作者の頭の中身ではウィキペディアを中心に検索しまくるのが精一杯なので、もしニワカな勘違いがありましたらコソッとご一報下さいませ。

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