ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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深淵への招待状

 どうやら私は相当酷く錯乱したらしい。

 

 らしいだなんて他人事みたいな言い方だが、気付いたら医務室のベッドに横たわっている状態だったのだ。パニックになって絶叫した記憶まではあるが、そこから医務室へと直送されるに至った経緯が分からない。……まぁ状況から鑑みるに感情ストレスの過負荷で神経系が暴走して、そのまま気絶したのだろう。

 

「………………」

 

 ちらっとカーテンの隙間の方に目を向ける。私がいる場所から更に厳重に仕切られている一角が見えるが……恐らくあそこに石化したみんながいるのだろう。ついでに錯乱して倒れた私の為に処方されたのであろう鎮静水薬の瓶がサイドテーブルに置いてあるのも視認した。これにアスピリンをぶち込んだら完全に自殺機構的な物の一丁上がりだなんて物騒な思考が浮かびそうになって、意図的に視界から外した。まだ精神状態は芳しくない様だ。

 余りにもあんまりな思考に我ながら呆れてしまう。だいたい錯乱って何だ。直接襲われた訳でもあるまいし。錯乱の一つ二つしたくなるのは私ではなく、襲撃されたペネロピー先輩とハーマイオニーだろうに。……でも確かに怖かったのだ。他ならぬ自分自身が。

 医療従事者を目指すのならば如何なる時も冷静に対処出来なければいけない。それは分かる。でも、あの時の私は──

 

「……メグ」

 

 控えめな声で名前を呼ばれる。いつの間にかレイがベッドの側に来ていた。恐らくは私が第一発見にて派手に発狂錯乱してぶっ倒れたが故に、実質身内の彼を先生の誰かが連れて来たのだろう。

 そのままで良いとは言われたけど、何となく寝たまま話すのは気が引けたから身を起こした。

 

「事情は聞きました。大丈夫……とは言えないでしょうけど、怪我はありませんか?」

 

「……錯乱した挙げ句に気絶したという事を除けば大丈夫です」

 

「それは無理もない事ですよ。今回石にされてしまった彼女達には申し訳ないですけれど、君が無事で良かった……家族が害される事ほど恐ろしい事はありませんから」

 

 昔から変わらない穏やかな話し方で、あやす様に背中を擦られると途端に涙腺が決壊しかける。断じて泣き虫であるつもりは無いし、そこまでお子ちゃまでも無い筈なのだが。

 やはりレイは人を宥める天才かもしれない。自分にとって兄だと言っても過言ではない彼は、今よりもずっと小さい頃──私が自分の世界に閉じ籠って絶賛無愛想を極めていた頃から、人との距離感が掴めずに荒ぶった私の話を黙って聞いては宥めてくれた。今もほんの少し会話をしただけでも、さっきまでのぐちゃぐちゃになっていた気持ちが嘘みたいに凪いでいくのが分かる。昔からの条件反射と言えばそれまでだが、私にとっては下手に鎮静水薬を飲むよりも遥かに落ち着ける気がする。

 常々思うけどいつも客観的な目線を持っているドクターと、誰よりも人の感情の機微に聡いレイ、この二人が私の「家族」じゃなかったら永遠に他者とは隔絶されていたという自慢にならない確信がある。自分の興味あるものだけで構成されて自己完結した世界から強引に引っ張り出すのではなく、少しずつ私自身の興味が外にも向けられる様に根気よく接してくれたのを知っている。だからこそ私はそれなりに真っ当な方向へと成長した。……少なくとも自分ではそう思っていた。でも、今は自信持って断言出来ない。

 

「……ねぇレイ」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「私は……狂っているんでしょうか」

 

 私の唐突な自己の正気を疑う発言に驚いたのか、背中を擦っていたレイの手が一瞬止まった。

 

「それはまた随分と藪から棒に……どうしました?」

 

 若干の困惑を含んだ声音で聞き返された。冷静に考えれば、至極当然の反応だ。私だって同じ事を言われたら「突然どうした!?」となるし、事情を尋ねたくもなる。

 自分でも否定して欲しいのか、アドバイスが欲しいのかは分からない。単に身内に不安をぶち撒けたいだけなのかもしれない。

 

 それでも私は順序とか考えとか全然纏まらないまま、ハーマイオニー達を発見するに至るまでの顛末を話した。最初は確かに倒れていた二人を助けるつもりで駆け寄った筈だったのに、いつしか石化した有機物のサンプルを検証している様に淡々と──いや、それどころか興味すら抱いて観察していた事を。

 怖かった。どうしようもなく怖かった。怪物や継承者、事件そのものなんかよりもずっと、友達と先輩すら実験サンプルの様に見ていた自分が恐ろしく思えた。そして、私のこの狂気染みた歪な興味関心はいつか取り返しの付かない大惨事を引き起こすのではないかと、底知れぬ恐怖と不安に駆られていた。

 だんだん途中から自分でも何を言っているのか分からなくなってきた辺りで、ずっと黙って私の話を聞いていたレイが真っ直ぐに私の目を見ながら断言した。

 

「メグは狂ってなんかいませんよ」

 

 光の加減で温度の無い無彩色の灰色にも、青色とも碧色ともとれる色味を帯びている様にも見えるレイの瞳は、まるで緻密に作り込まれた鏡みたいだった。静かでいてどこか意思の強さが垣間見える眼差しは、こんがらがって訳が分からなくなった私の内面を私以上に正しく全て見通している様にすら感じられる。

 その眼差しの強さに呑まれている私へ、レイは繰り返した。

 

「君は狂っていない。世間一般からすればメグが独特の見識を有している部類に含まれるでしょうけれども、少なくともメグのそれは狂気とは言いません。……大丈夫です。本当に狂っているのであれば、そもそも自分の行いに恐れをなす事すらしませんよ」

 

「……ハーマイオニーやペネロピー先輩を助けるでもなく観察していたのに?」

 

「最初は助けるつもりだったのでしょう?それとも、石化して物言わぬ姿となった彼女達を見て喜んだのですか?マグル生まれだから当然だと嘲笑ったのですか?」

 

「っ、そんな訳ないです!」

 

「でしょう?だったら大丈夫です。メグはちゃんと正常な倫理観に基づいて行動していますよ。何も狂っていません」

 

 何度も大丈夫だと繰り返され、漸く私の中でも安堵が広がっていった。安心感に引っ張られた影響なのか、既に崩壊気味だった涙腺が陥落してしまい、ほんの少しだけ泣いた。

 ……私が完全に落ち着くまでレイの都合なんてお構い無しにずっと付き合わせてしまっていた事に後々気付くのだけど、思い至った瞬間の居たたまれなさと申し訳なさで心底自分を埋葬してやりたい衝動が駆け抜けていったのは、また別の話。

 

 

 次の日、石化事件の対応に当たっていた先生方が寮へと戻ろうとしていた私の所へやって来て、あの時何があったのかと事情を問われた。勿論私は嘘偽りなく答えたけれども、正直なところ昨日レイに話した以上の情報は持っていなかったし、先生達も私に関しては二人が石化している事にショックを受けたという事実以外、有力な手掛かりは無いと判断した様子だった。

 寮に戻るや否やアミー達に何があったのか聞かれたが、石になったハーマイオニーとペネロピー先輩を見て取り乱したと答えたら大方の出来事を察してくれたらしく、それ以上深く追及しようとして来なかった。私としても何度も何度もしたい話では無いから、その気遣いは本当にありがたかった。

 

 大広間に行くと昨日の一件に加え、別の話題でざわついていた。嬉々として語っているのはマルフォイ少年とその取り巻きぐらいだけで、他の生徒達はみんな一様にこの世の終わりみたいな雰囲気を漂わせている。

 

 曰く、昨日の夜に理事の一人が魔法省大臣と共に訪れて校長を停職にしたのだとか。一連の事件を防ぐことができなかったのが原因だという。更には前回秘密の部屋が開かれた際、容疑者として退学になった前科のあるらしい森番も併せてアズカバンという魔法界の監獄へと連行されたそうだ。……正直、突っ込み所しか無い。

 興味無い事への情報収集を怠っていた私も悪いが、秘密の部屋騒動が今回初めての事じゃないとか、前回は石化どころか死者が出ていたとか、今になって把握した情報のヤバさにはちょっと待ってくれとも言いたくなる。前回って……一度起きた事件や事故防止の策を講じていなかったって事になるが、学校という公共の場のインシデント対策としてどうなんだ、それ。

 それに、だ。私個人の感情として、昨年度の学期末での一連のあれこれを目の当たりにして、校長に対して思う事がそれなりにあったのは否定しないが……それでも最終決定権を持つ責任者たる存在が校長だ。それなのに、幾らなんでも現在進行形で混沌と状態の学校内にてトップ不在だなんて……例えるなら船頭不在の船が難破している状況だと思われるのだけども。どんなに楽観的解釈を試みても、状況が悪化する未来しか見えない。

 

(大丈夫なんでしょうか、この学校……)

 

 私が第一発見者となったが為に、それまでのポッター少年の様に今度は私が容疑者として疑われてしまうのでは無いかと懸念していたものの、その点は余り……いや、全く無いとは言えないけども、少なくとも私にとって身近な存在のレイブンクローの同級生や先輩方、普段から懇意にしている友人達は疑っていない様子だった。そのおかげも相まってか特に居心地が悪くなる事も無かったのは、ある意味で不幸中の幸いだった。私にとっては、と注釈付きで。

 そうそう。今までずっと散々継承者だの何だのと噂されて針の筵だったポッター少年だが、ハーマイオニーが石にされた事によってみんなからの疑いが晴れたのは、何とか言うかとんでもなく皮肉な話だと感じたのは私だけじゃないと思いたい。

 

 学校内の空気はその日を境に分かりやすく一変した。それまでの平和ボケした空気は一切無くなり、クリスマス休暇前のそれよりもずっと張り詰めた雰囲気に満ちている。まぁ、当然だろう。

 事件が再び動き出した事でホグワーツには戒厳令が敷かれる事となった。夕方六時以降談話室の外への出る事が禁じられ、授業間の移動は教員引率付きで集団行動が義務付けられた。お手洗いさえも必ず先生の付き添い必須。クィディッチの試合も含めた全てのクラブ活動も禁止。それどころか、学校の閉鎖も現実的になってきた。

 

 もはや今いるのが学校なのか何なのか。それすらも分からなくなる環境で、私達は一刻も早く解決するのを待つ事しか出来ない。

 

 

 学校がこんな状況下であろうと、期末試験は予定通り実施されるというアナウンスに生徒達からは少なくないブーイングが飛んだ。安全上の観点からして大丈夫なのかと思わないでもないけど、こんな息が詰まりそうな空気の中なら、もういっそのこと試験勉強にひたすら没頭している方が気分的に楽かもしれない。そんなこんなで我らがレイブンクローは全員で籠城よろしく授業以外は寮内に引き籠る流れになるのも当たり前だった。

 

 が、ひたすら勉強しよう作戦も新たな問題にぶち当たった。何て事は無い。レイブンクロー生は総じて個人主義なのだ。それの何が問題か?簡単な話だ。まだ自己流の勉強スタイルを確立させていない一年生以外、みんな自分にとって一番やり易い方法で各々試験勉強を進めるのが常だが、それをやるには圧倒的に談話室のスペースが足りないのである。

 これまでなら図書室や空き教室も活用しつつ自分がやり易い様に上手く分散していたから良かったが、今はそのやり方が出来ない。だからといって各々の自主性に委ねていたらトラブルに繋がりかねない。特に試験に関わる事なら尚更。

 

 困り果てた私達は監督生を中心に緊急会議を行い、妥協案にて問題解決を試みる事にした。

 

 OWL試験、NEWT試験のある五年生と七年生は例年通り最優先で本棚近くのスペースを使う。それ以外の学年は臨時で用意したテーブルを一・二年生、三・四年生、そして六年生という組み合わせのローテーションで使う。談話室が使えない日は自室で頑張る。

 当初は慣れないやり方に戸惑う声も少なくなかったが、談話室の外で広がる事件に対する殺伐した緊張感を考えれば、ある意味レイブンクロー寮内の試験一色な様相はとても平穏な証拠だった。

 

 

 同級生の友達が何やら様子が日増しにおかしくなっているのだとルーナから相談を受けたのは、そんなレイブンクロー籠城大作戦に慣れて、期末試験まであと数日という頃合いだった。

 

「おかしい、という事は体調面と言うよりも精神的にという事でしょうか?試験前のノイローゼではなく?」

 

「ううん、試験は関係無いと思う。何だかどんどん元気が無くなっているし、前から急に塞ぎ込んだりしていたけど、最近は特に何かに取り憑かれているみたいなんだ。どうみても日に日に窶れてきているから心配なの」

 

「取り憑かれ……!?ちょっ、それ、かなりヤバいのでは?何らかの呪いとかの可能性もあるのではありませんか?」

 

「そう思って、この前の合同授業で会った時に声を掛けたんだ。でもいくらジニーに聞いてみても『大丈夫』の一点張りで、それ以上は黙り込んで何も言わないんだよ」

 

「ジニーって……確かグリフィンドールの子ですよね。ミスター・ウィーズリーの妹さんでしたっけ」

 

「うん。お兄さん達もかなりジニーの体調を気にしているみたいなんだ。でも私は体調の問題じゃないと思う。先生にも伝えたけど、やっぱりノイローゼだろうって。それも違うと思うんだけどな」

 

「そう、ですか……」

 

 ルーナ経由で聞いた情報は確かに体調不良で片付けるにはそのジニーなる子の様子は余りにもおかしいと感じた。何よりこういうルーナの第六感とも言うレベルの直感は甘く見るべきじゃない。が、いくらルーナの友達とはいえ学年も寮も違う上に、兄であるウィーズリー少年達とも仲が良い訳でもない私が下手に首を突っ込んだところで、拗れる事こそあれど何も解決はするまい。

 とりあえず、グリフィンドールの子ならレイとネビルに情報提供するぐらいが関の山といった所か。

 

 

 そんな中、朝食の席でマクゴナガル先生が漸くマンドレイクが収穫出来ると発表した。それは即ち、その日の夜に石にされた被害者達を元通りに蘇生出来る事を意味していた。

 その宣言に生徒達の大多数は喜び、安堵していた。それこそ事件はもう終わりだという空気すらその場には流れていた。

 

 私も──正直思っていた。ハーマイオニー達が元に戻れば詳細が分かるだろうし、そこから糸口を得ればきっと解決の方向に進むに違いない、と。

 

 

 そうやって浮わついていたのがいけなかったのかもしれない。

 

 午前中の授業間の移動中の事だった。

 いつも通り先生に引率されつつ列の最後尾を歩いていると、視界の端に赤毛の子が映る。何気なくそちらを見て、私は息を呑んだ。女の子──体格から判断するに恐らく一年生。体調不良か何かで動けなくなっているうちに置いてきぼりにされてしまったらしい。

 

「っ、ちょっと待って下さい!あの子を連れてきます!」

 

 アミーにそれだけ伝えてから走り出す。幸い、廊下の交差している場所とはいえそこまで離れていないし、今私達が通過中の位置からその子がいる場所まで何かが潜む場所も曲がり角や死角も無い。ただ、急いで彼女を集団の方へ連れてくるだけだと思っていた。

 

「ねぇ、大丈夫ですか?」

 

「………………」

 

「一人は危険ですから、とりあえずあそこにいるレイブンクローの二年生達と合流しましょう。その後で先生に医務室へ──」

 

 そこまで言い掛けて、唐突に気付いた。

 赤毛の一年生。ウィーズリー少年の妹さん。グリフィンドールの女の子。つい先日ルーナが言っていた、日々様子がおかしくなっているという彼女の友達って今まさに目の前にいる子では?

 それに少し考えれば、直前の私の行動も色々とおかしい。普通、今の状況下で単独で集団から飛び出すか?どう考えても自殺行為でしかない。引率中の先生に報告して保護、そこから医務室のマダム・ポンフリーなりグリフィンドール寮監のマクゴナガル先生なりに連絡するのが筋だろうに、どうして私は飛び出した?

 

「………………」

 

 私が抱え起こそうとしていたジニー・ウィーズリーは踞ったまま沈黙している。いや違う、彼女は恐らくジニー・ウィーズリーの姿をした別人だ。私の直感がそう訴えている。ヤバい。脳裏で警鐘がガンガン響くけど、きっと時既に遅し。

 そして何より不味いのは、例え私が浮わつく余りトチ狂った行動を取ったにしろ、少なくともアミーには直接声を掛けた筈だし、同じく最後尾付近にいたサリーやテリー、アンソニー辺りには絶対聞こえていただろうに……誰一人として反応しなかった事だ。

 事実、私達以外はもう誰もいない。私も置いていかれた。

 

(これは……私、死んだかもしれない……)

 

 そんな私の内心を読み取ったかの様なタイミングで目の前の少女が顔を上げた。笑っていた。前に会った時とは全く違う仄暗い瞳──()()()()()と目が合ったのを最後に私の意識は途絶えた。

 

 

「とうとう起こりました。生徒が二人、怪物に連れ去られました──『秘密の部屋』そのものの中へです」

 

 震える声で告げられたマクゴナガルの言葉にフリットウィックが悲鳴を上げ、スプラウトが口を手で覆った。スネイプはまだ冷静なのか、普段よりも幾分か低い声で問うた。

 

「……なぜ、そんなにはっきり言えるのかな?」

 

「継承者がまた伝言を書き残しました。最初に残されていた文字のすぐ下にです。『彼女達の白骨は永遠に“秘密の部屋”に横たわるであろう』と……。そのうちの一人は授業の移動途中で連れ去られたのでしょう。廊下に教科書の入った鞄が落ちていました。我々教師が引率していたにも関わらず、すぐ間近でみすみすと……!」

 

 フリットウィックはワッと泣き出し、マダム・フーチは腰が抜けたように椅子にへたり込んだ。

 

「どの子ですか?」

 

 

 

「ジネブラ・ウィーズリー、それから──マーガレット・ノリス」




お約束のフラグ回収。やっぱりというか、案の定というか主人公は秘密の部屋に放り込まれました。事件が解決するまでは安心、安寧から程遠いみたいですね。
それにしても、いたいけな少女に取り憑いて自在に操るなんて酷い事をしているのは誰なんでしょうね……(棒)

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