ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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イン・レインボウズ

 私の耳にはモスキート音みたいな異音にしか聞こえない声音が、薄暗い地下空間に響き渡る。

 開いた石像の口から巨大な蛇──これこそが「怪物」の正体であろう生物が現れた瞬間、レイが私とジニー嬢にまとめてローブを被せた。ローブ越しでも何かの呪文を掛けられるのは分かった。

 

「ちょっ、レイ!?」

 

「あの怪物──バジリスクの目は見た瞬間に即死します!二人とも視界を遮断していて下さい!」

 

「……ははっ!その年齢で骨の髄まで紳士を極めているとは、流石は英雄様のご学友殿だ!丁度良い、グリフィンドールの騎士道精神とやらでお姫様達をどこまで護れるのか試すとしようか!」

 

 音だけでも凄まじい状況になっているのが分かる。咄嗟に事後報告でも良いからジニー嬢の杖を借りて、レイ達に加勢すべきじゃないかと考えた私だったけど、頭の片隅に残っていた冷静な思考がそれにストップをかけた。

 ──果たして私が飛び出した所で加勢になるのか、と。

 確かに私は魔法薬学なら負けないと自負しているし、一部の暗記科目を除けば座学もそれなりにいけると思う。でも実技に関しては高く見積もってもせいぜい中の上ぐらいだろう。そんな私が考え無しに飛び出す?どう考えてもレイとポッター少年の足を引っ張って大惨事になる未来しか見えない。

 

(何か私に出来る事は無いのでしょうか……!?せめて、少しの時間稼ぎでも出来れば……!)

 

 布一枚隔てた先では激戦が繰り広げられている。恐らくポッター少年がバジリスクなる怪物と、そしてレイがトム・リドルと戦っているのだろう。時間的猶予は無い。

 先程までの会話を必死で思い起こしながら、私は自分のローブのポケットをまさぐった。少しでも逆転に繋がる物を探す為に。

 

 

「これは驚いたよ!君に関してはジニーの無駄話にすら話題にならないから、正直言って全く気にも留めていなかったのだけども」

 

「………………」

 

「!やれやれ……君は躊躇いなく攻撃してくる人間だったか。それにしてもまさか二年生で無言呪文を使ってくるとはね!」

 

 チラッとバジリスクの方へ視線を向けたリドルが蛇語で指示を出すと、再びレイモンドに向き直る。リドルの一瞬の動きに合わせてすかさず移動し、バジリスクの動向がギリギリ確認出来る範囲で邪眼の効果が及ぶ範囲の死角に潜り込んだレイモンドにリドルは口角を吊り上げた。

 

「君は随分とグリフィンドールらしからぬ様だ。勇猛果敢が売りじゃなかったのかい?ほら向こうのハリーをご覧よ。効果が無いながらも知っている呪文を乱れ撃ちし続けているよ?あれこそがグリフィンドール生だろう?」

 

 馬鹿にした様にリドルは嗤う。そんな挑発を受けてもレイモンドは顔色一つ変えない。見ようによってはバジリスクの相手をしているハリーを見殺しにしてでもリドルを討とうと画策している様にすら感じられる立ち回り方に、流石のリドルも警戒心を強めた。そして気付く、彼の立ち回り方はグリフィンドール的なそれとは明らかに異なる事を。それどころか、寧ろ──

 

「……誰からその魔法の使い方を習ったんだい?さっきからの立ち回り方といい、呪文の選び方といい、その動きの端々に対して嫌に既視感がある。もしかして君は──」

 

「フルガーリ!!」

 

 リドルの話を遮るかの様にレイモンドは呪文を放った。禍々しい光の鎖だけではなく、更に追撃とばかりに無言呪文で紫色の炎もリドルへ差し向ける。立て続けに飛んできた呪文のチョイスには流石のリドルも一瞬だけ驚いた素振りを見せた。

 どうやらレイモンドに関して何か感じとったらしい彼は、炎と鎖を叩き落としながら更に追及しようとした。まさにその時だった。

 明らかに苦しんでいる故の悲鳴としか思えない、狂った様なシューシューという音が聞こえ、リドルがそちらに視線を送る。不死鳥がバジリスクの周りを飛び回り、鋭い嘴で目を潰していた。それまでひたすら目から逃れつつ呪文を放っていたハリーは、のたうち回るバジリスクの尾を避けられず柱へと叩き付けられる。

 

「──────!」

 

 苛立ちながら蛇語で指示を出すリドル。大方、目が駄目なら嗅覚で追えとでも命令したのだろう。だが、レイモンドはリトルが再び向き直る直前、不死鳥がハリーが組分け帽子を被り、質量のある物が脳天に当たったかの如くよろめいたのを見逃さなかった。レイモンドは帽子から何かしら武器が出現したのではないかと推測した。

 そして、レイモンドの予測は的中する。ハリーが帽子を脱いて、引き抜いたその手には美しい銀の剣があった。

 

「今更杖以外の武器を手に入れた所で、一体何になる?全てが遅すぎた!何も役に立つまいだろうよ」

 

 だが、完全に舐めきっていたリドルの思惑に反し、ハリーは上手く剣を使って立ち回った。盲目にハリーを襲うバジリスクが真っ正面から襲い掛かってくるタイミングを狙い、ハリーはバジリスクの口蓋にずぶりと突き刺したのだ。

 だが、バジリスクを倒す為に受けた代償も大きかった。猛毒の牙がハリーの腕に突き刺さっていた。辛うじてハリーが牙を傷口から引き抜くと、そこから鮮血が溢れ出る。不死鳥はそっとハリーに寄り添うと、傷口に涙を落とした。

 

「やれやれ……レイモンドだったか。君はこの光景を目の当たりにしても顔色一つ変えないのか。ハリー・ポッターは死ぬ。ダンブルドアの鳥にさえそれが分かるというのに、涙一つ流さないとは随分と冷酷じゃないかな?」

 

「………………」

 

「死に逝く友をそのまま黙って見送るつもりなのかい?だったら、いっそのこと君がご丁寧にローブで隠して、ずーっと大事に大事に護っていたお姫様達にも見せてあげたらどうだい?」

 

 ……己の勝利を確信したが故の慢心か、或いは未来の闇の帝王たる自分に出来ぬ事など無いと考える傲慢ゆえか。リドルは失念していた。()()()()()が一体どういう効果をもたらすものなのか。

 

 

 そして──反撃の機を伺っていたのはハリーとレイモンドの二人だけでは無いという事を。

 

 

 被せられたままだったローブから一人分の足音が飛び出してくるのと、有頂天なリドルから見えない位置で懐の杖に手を掛けていたハリー、じっと()()()()()()()を観察していたレイモンドがそれぞれ呪文を唱えたのは、ほぼ同時だった。

 

 

 ローブ越しの激戦を聞きながら、私はリドルに勘繰られ無い様に細心の注意を払いつつ自分のポケットをまさぐっていた。

 大した武器になる様な物は入っていないけれども、一つだけ勝算に繋がり得る物の存在を思い出したのだ。実験の試作品と共にローブのポケットへ捩じ込んでいた検証材料として持って来ていたピルケース、そしてあの魔法薬の瓶。

 

(……ありました!鎮静水薬!中身は手を付けていないので丸ごとある!それから……ピルケースも中身入っていますね)

 

 本当ならピルケースのラベルを確認したい所だけど、布を被って視野が真っ暗な状態では無理だ。実験では三者三様の効果があったから、どれを引き当てるにしろそれ相応の副作用があるのは間違いない。ただ……生物ならともかく亡霊擬き──ジニー嬢の魂を吸って実体化した記憶に果たして効果があるかどうか。こればかりは一か八か、賭けるしかない。

 私はピルケースの中身を慎重に瓶の中に投入して、静かに攪拌しながら耳を澄ませる。私が出るタイミングはバジリスクが無力化される瞬間、そして狙う矛先はリドル……ではなく、その記憶の保存媒体であろう本体。即ちジニー嬢が書き込んでいたという日記帳。

 

 そしてそのタイミングは訪れる。

 巨大な何かが倒れる轟音が響き、一旦静寂に包まれる。戦闘も一時休止中なのか、やたらと饒舌なリドルの声だけが聞こえる状況だ。私は床を這いつくばる様にしながらそっとレイのローブの裾を持ち上げ、日記帳がどこにあるのか探す。──見つけた。

 

 飛び出す直前に、私のもう一つの切り札である透明人間(インビジブル)を発動させる。上手く出来るかはこれまた賭けだったけれど、実証の時のあの感覚を信じ、私は目的の日記の方へと駆け出した。

 

「っ!?ちいっ、あの小娘……!!たかが目くらまし術を施した程度で、この僕を欺けると思うな……っ!?」

 

「エクスペリアームスッ!!」

「インペディメンタ!」

 

 天は私を見放さなかった。私が走り始めた瞬間ポッター少年とレイが呪文を唱えるのを聞いた。私は全力で走る。非常時ゆえの火事場の馬鹿力というものだろうか。運動音痴の私にしてはやたらと身体が軽く、感覚的にはほぼ一瞬で日記へと辿り着けた。

 そして私は──瓶を振りかぶって、力任せに叩き付ける!!

 

「でっえええぇぇぇぇいッッ!!!」

 

 瓶がパリンと小気味良い音を立てて割れ、中の実験の副産物(混ぜるな危険)がぶち撒けられる。薬液が染み込んだ日記帳は……ぐずぐずと嫌な音を立てて真っ黒なインクが滲み始めていた。ハッとしてリドルの方を見ると、彼の姿も日記帳と同様に崩壊しつつあった。

 一瞬、何が起こったのか理解出来ない様子で呆気に取られていた彼だったが、すぐに崩れて消えゆく身体に対して激しく身悶えながら苦しみ、耳を劈く様な悲鳴を上げて──そのまま消えた。

 

 

 

 リドルの消滅と共にジニー嬢が目を覚ました。ポッター少年が安心させる様に彼女へ話し掛ける傍らで、私は今更ながら空になったピルケースを確認していた。……アスピリン。どうやら私は鎮静水薬との組み合わせの中でも一番凶悪なのを引き当てて、日記帳へとぶち撒けた訳になるのだが。

 

(……もしかして、これって魂をまるっと消し飛ばすとか、そういう作用だったりします……?え、嘘でしょ?怖っ!?そんな超危険物がお手軽生成出来ちゃう感じですか!?)

 

 てっきり睡眠薬のオーバードーズみたいな原理で致命的な副作用を生んでいると考えていたけど……想像の遥か斜め上にヤバい物を生成してしまったらしい。これだけは二度と作るまい。絶対だ。絶対に鎮静系の魔法薬とアスピリンなんて混ぜるものか。即死効果があるどころか、魂を溶かす薬(暫定)だなんてその辺の大抵の闇の魔法すら可愛く思えるレベルだ。

 私が固く心に誓っていると、いつの間にか隣にレイがやって来ていた。いつの間に回収したのか、その手には銀の剣を握っている。そして、無表情でぐずぐずになった日記帳の残骸を眺めると、そのまま一思いに突き立てた。

 

「念には念を入れて、とどめを刺しておきましょう」

 

「……そうですね」

 

「メグが投げ付けた薬もかなり気になりますが……今はそんな事どうでも良いです。先程『あれ』を使っていましたけど、異常はありませんか?」

 

「そっちは前に検証した時と同じ感じなので多分大丈夫です」

 

「そうですか……本当に無事で良かった……」

 

「はい。色々ありましたけど、私もミス・ウィーズリーもちゃんと生きてます。あとは校舎へ帰還するだけですが……」

 

 どうやって戻るんでしょうか、と言おうとする前に私達の会話が聞こえたらしいジニー嬢と目が合った。……思いっ切り泣かれた。待って、私何もしてないのに、なにゆえ。

 

「ごめんなさい、あたし……あなたにもとっても酷い事した!あ、あなたのこと勝手にハリーの親戚だと思って、ちょっとした話題のつもりでトムに名前を教えて、あたしが巻き添えにしたの!」

 

 なるほど、その事か。まぁ正直申し上げれば、知らない所で個人情報が漏洩していた件には思うところが多々あるが……今更だ。それでジニー嬢を責め立てても仕方ない。終わった事だ。

 

「……もう済んだ事ですよ。今は戻る事だけ考えましょう?ルーナが心配していました」

 

「他のみんなにも早くジニーの無事な姿を見せないとね。入り口の方でロンが待ってるよ」

 

 私の言葉にポッター少年も続ける。ジニー嬢は暫くすすり泣いていたけど、ややあってから小さく頷いた。ウィーズリー少年の名前を聞いたレイが何故か微妙に頭を抱えていた。

 

「……そういえば、上に戻ったら早急にウィーズリーの杖を弁償しなければいけませんね。事故とはいえ折ってしまったので」

 

「あれは不可抗力じゃないかな……ちょっとでも遅かったら僕達はあのままロックハートに記憶を消されていただろうし」

 

「……?何かあったんですか?」

 

 どうやらこの場所に辿り着く前にロックハート氏関連でも一悶着あったらしい。どういう経緯か知らないが、ロックハート氏が実は今までの実績を他人に忘却術を掛けて盗んでいたペテン師だと暴いた彼らは、一応の大人枠として「秘密の部屋」へ一緒に連れてきたらしい。十中八九、脅したんだろうなと思ったけど敢えてこちらから何も言うまい。……それはともかく、地下に降りて道半ばといった所でロックハート氏が不意打ちでウィーズリー少年の杖を奪い、口封じよろしく忘却術をかけようとしたものの、その前にレイが先手でぶっ飛ばして拘束したそうな。なんというか……何処から言及したら良いのやら。さっきまで泣いていたジニー嬢も困惑した様子で話を聞いている。

 

「ロックハートに関しては気絶させた上で念入りに金縛り呪文と足縛り腕縛りからのインカーセラスで縛り上げて無力化しておいたので良いのですが、咄嗟に吹っ飛ばした時の衝撃でウィーズリーの杖が真っ二つになってしまいまして」

 

「ロンの杖はほら……新学期の時のあれで折れ掛かっていたから、勢いに耐え切れなかったみたい。流石に杖無しで怪物と鉢合わせたら大変だから、ロンはロックハートを見張りながらけ助けが来た時の説明役で残って貰ったんだ」

 

「……ソウデスカ」

 

 余りにもあんまりな展開とカオスっぷりで思わず場にそぐわない乾いた笑いが出てしまったが、断じて私は悪くない。

 

 

 結局、私達はウィーズリー少年(とほぼ簀巻き状態のロックハート氏)と合流してから不死鳥の力を借りて脱出した。その後の怒涛の説明ラッシュについてはほとんどポッター少年がやってくれた。

 私が説明した事と言えば、私とジニー嬢が拉致された件で保護者を学校に呼ばねばならないのにも関わらず、すぐにすっ飛んで来たウィーズリーご夫妻と違って未だ連絡が取れず仕舞いのドクターに関して情報提供した位だろう。ドクターは時折学会に参加する為に海外に行く事がある。魔法とは一切関わりの無いマグルである上、イギリス国内にいないとなれば学校側も連絡の取り様があるまい。

 そうそう、今回の件で私を含めた四人にホグワーツ特別功労賞をと言う話が上がったのだけど、流石にそれは丁重に辞退した。私がやった事は、いわば幸運にもラストアタックが成功しただけの話。それをレイ達三人と同列にするのはおかしい。それでも咄嗟の機転に対する評価という事で大得点は頂いた。まぁ、その辺りはありがたく貰っても悪くはあるまいか。

 実を言えばレイも目立つのは……といった感じでいたけれども、そこはポッター少年達が説得していた。

 

 それ以上の事は、私の首の痣を見咎めた先生方によって医務室へと強制連行された為に分からない。あの後、校長室でどういう会話が為されていたのか、誰がどのような事をしたのか。蚊帳の外へと出された私には知る術は無い。知らなくて良いというなら別に構わないと思う辺り、私の感性も相変わらず自分の興味ある事象のみに忠実であるらしい。

 

 

「……漸く学期末を迎えた訳ですが。無事に帰宅の途に着けて良かったとつくづく思いますよ」

 

「色々な意味で凄まじい一年間でしたよね。我ながら生還できたの本当に奇跡ですよね。それにしても……今思えばバジリスクなんて伝説級の生物がいたんですから、せめて牙の一つぐらい持ち帰れば良かったです」

 

「こら、メグ。駄目に決まっているでしょう。大体、あの時はそんな余裕なんて小匙一杯分たりともありませんでしたよ」

 

「それは私も分かっていますよー!でも是非とも成分を解析してみたかった……残念無念」

 

 学期末も終え、帰宅の旅路にて。列車のコンパートメントの中で私はレイとそんな会話を繰り広げていた。平和なのはとても良き事だと改めて実感する。

 

「事件解決後で唯一……なのかは分かりませんけど、ある意味大騒動になった事といえば、学年末試験がお祝いで中止になった事ぐらいですよ多分」

 

「それで大騒動?あぁ、レイブンクローならなりますね」

 

「上級生ほど膝から崩れ落ちて錯乱してました。まぁ、試験ならいつでも一世一代の大勝負というのが我らがレイブンクローですし」

 

「そういうメグは案外あっさりしてませんか?」

 

「そりゃあ、あれだけ濃ゆい一日を過ごしましたから。幸い戻った後、危惧していた展開もありませんでしたし。それに正直、試験関係は夏休みに結果通知の届く資格試験二つの方が気になります」

 

 私が危惧していたのは、「秘密の部屋」に拉致された事により実は犯人なのではと疑われる事だった。けれども寮に帰還した瞬間にアミー達同級生を中心に飛び付かれ、盛大に泣きながら無事を喜ばれた。学年の違うルーナやマリエッタ先輩達からも同様のリアクションと言葉を掛けて貰った。更には石にされていたペネロピー先輩も寮へと戻って来るや否や、騒々しいのを好まないレイブンクロー寮では非常に珍しく学年の壁をマル無視で無礼講上等な祝賀をやったのも記憶に新しい。

 

 他の寮はどうなのか知らないが、そこまで私を取り巻く環境は変わらない気がする。というのも、帰る前にリリー、セオドールとそれぞれ話す機会があったのだ。その印象では多少の話題にはなったものの、それ以上もそれ以下もないという感じだ。

 ……ハッフルパフはともかく、スリザリンでも変化無しというのは意外だった。てっきり継承者に拐われる=スリザリンの理念に反する存在、と認識されるものと思っていたのだが、セオドール曰く以前マルフォイ少年相手に嘘ではないけどわざと意味深に語った事が予想外に影響したのだとか。即ち、継承者本人ではないが手下ポジションに違いないと解釈した人が多いという事だ。更にはマルフォイ少年辺りが相変わらず私をトリカブト嬢呼びしているのも少なくない影響があるらしい。釈然としないけど、私の日常が変わらないのならば敢えて気にする必要も無いのだろう。

 

 そんな事を考えつつまったりと車窓を眺めていた私だったけど、コンパートメントのドアをノックされた音で思考が引き戻された。レイがドアを開けると、そこにいたのはポッター少年だった。

 

「……少し話をしても良いかな」

 

「え、えぇ。どうぞ……?」

 

「一人なのは珍しいですね。ウィーズリーやグレンジャーとは一緒じゃないのですか」

 

「うん。どうしてもノリスに聞きたい事があったから、ロン達には適当な理由を言って抜けてきた」

 

「……私、ですか?」

 

 私に用事があるというポッター少年。何だかデジャヴ。じっと私達を見たレイは何かを察したのか、静かに立ち上がる。

 

「僕は飲み物を買いがてら、席を外しますね」

 

 二人きりになって何とも言えない空気が降りる。沈黙を先に破ったのはポッター少年だった。

 

「……ジニーが言っていた事が本当なのか確かめたかったんだ」

 

「あぁ……瞳が似ているから親戚、って件の事でしょうか。それに関しては寧ろ私が聞きたいです。緑の瞳って北欧やスコットランド、アイルランド辺りではかなり多いんですから別に珍しくも無いでしょう?」

 

「瞳の色だけじゃないんだ。実は一年生の時に家族の姿を見る機会があったんだけど、君の瞳は間違いなく母さんと姉さんの瞳と同じだった」

 

「お母様と、お姉様?」

 

「あの時僕が見たものは家族が生きていたら見れたかもしれない姿だと思う。息が止まるぐらい驚いたんだから、絶対に見間違える訳がない。絶対に瞳は同じなんだ。……ねぇ、ノリス。前にも聞いたけど、本当に親戚にエバンズって人はいないのかな」

 

 真剣な眼差しに私は少々たじろいた。……余り身の上話をべらべらと喋りたくはない。でも、今の彼にのらりくらりと誤魔化すのは不誠実だ。私もちゃんと話すべきだろう。流石に実の両親の所業まで話すつもりはないけれども。

 

「……親戚にエバンズさんという方がいるのか、いないのか。私自身本当に知らないんです。というのも、そもそも私は実の両親を知らないからです」

 

「えっ……」

 

「養子なんです、私。物心着く前に今の養父に拾われました。だから私自身、両親の事どころか自分の本名も誕生日も知りません。当然、血縁者が誰なのかなんて知る術すらありません」

 

 目に見えて動揺する彼と目が合う。これまで全く似ているとは思わなかったけど、こうして見ると確かに同じ色かもしれない。

 

「私はあなたと母方の血筋の親戚なのか、それとも本当に全く別物の他人のそら似なのかは分からない。でも、少なくともずっと十年以上もマーガレット・ノリスとして生きてきたのだけは確かなんです。あなたが求めている『家族』に関する情報については期待に応えられませんが、これが私の個人情報です」

 

「……そっか。教えてくれてありがとう。やっぱり直接話せて良かった。それじゃあ良い夏休みを」

 

「ええ、あなたも良い夏休みを」

 

 少し残念そうな、それでも彼なりに納得した表情を浮かべて席を立つ。私も挨拶を交わしてそれを見送る。そのままコンパートメントを立ち去ろうとしていたポッター少年だったが、ふと何かを思い出した様に立ち止まって振り返った。

 

「あ……もう一つだけ頼みたい事があったんだ」

 

「はい?何でしょうか」

 

「君の事を名前で呼んでも良いかな?」

 

 予想外のお願いに、私は目を丸くした。彼はちょっとばつが悪そうな表情で目を反らした。

 

「今回の件で話してみて、なんとなく目が似ているって事以外にも共通点が多いなって思ったんだ。親戚じゃなくてももっと色々と話してみたいんだ。えっと……駄目かな?」

 

「……いいえ。それぐらいお安い御用ですよ。それなら、お近づきの印に私も名前で呼んで良いですか?」

 

「うん!もちろん!……来年度もよろしく、マーガレット」

 

「こちらこそ、ハリー」

 

 今度こそ満足そうにコンパートメントを去るポッター少年改めハリーと入れ替わる様にレイが戻ってくる。その後ろ姿を見て、軽く片眉を上げてみせたけれども、何の話をしていたのかは特に聞いてこなかった。

 その代わり、大分都会的になった車窓を見ながら呟いた。

 

「……今年は去年以上にドクターへの報告案件が多いですね」

 

「あー……そういえば、何だかんだで未だに私の『秘密の部屋』への誘拐事件、報告出来ていなかったんですよね。うわぁ、リアクションが恐ろしいです……」

 

「黙っているという選択肢は無いんですよね?」

 

「そりゃあ勿論。……レイも説明、手伝って下さいね」

 

「元よりそのつもりです」

 

 少しずつ列車が減速していく。きっとまもなくキングスクロス駅に到着するのだろう。私は駅で待っているドクターの顔を思い浮かべながら、とりあえず何て声を掛けるか考える。

 レイの言う通り、今年は私もレイも事件の当事者である以上、話すべき事はたくさんある。……あぁでも。それでも最初に言うべき第一声はきっと去年と同じなんじゃないだろうか。

 

 

「──ただいま、ドクター!」




これにて無事……無事に?二年生も終わりました。 ハリーとは一気に知人から友人へとランクアップしました。(ロンと仲良くなるのには、もう少し時間が掛かるかも……?)
自分でも薄々思ってましたが「秘密の部屋」編は匙加減が本当に難しかったです。主人公には半分部外者で半分当事者っていう距離感で突っ走って貰った感じです。
さて「秘密の部屋」編は残すところ番外編の一話のみ。他者視点のストーリーもお楽しみ頂けると幸いです。


【原作との大きな相違点(補足説明)】

・ロックハートが記憶喪失じゃない
あくまでもぶちのめされて拘束されただけなので、バッチリ記憶はあります。当然、事件後に魔法省へ通報されました。投獄されたのか揉み消されたのかの情報は表舞台には明かされていません。
……というかメグ視点ではとことん興味無い事なので、せいぜい「来年度の先生はちゃんと『先生』と呼びたくなる人だと良いな」ぐらいにしか思っていないです。嫌いな人も目の前から去れば後腐れなくアッサリ。それがメグクオリティ。

・秘密の部屋で杖を奪われるのがハリーじゃない
杖ありの上に戦闘要因のレイが加わった事で原作よりは攻略難易度下がりました。相対的にトム君の舐めプっぷりが凄い事に。言うて原作でも杖無しのハリー単独だからこそ絶望的な難易度でしたけど、舐めまくっていたせいで不死鳥の涙の効果をど忘れする致命的な凡ミスやらかしていますが。いつでも油断大敵です。

・リドルへのトドメを刺したのはメグの魔法薬
二次創作ならではというやつです。マジモンのヤバい薬を作ってしまった件は本人が一番怯えています。
まぁ無事グリフィンドールの剣が分霊箱キラーへ進化したものの、バジリスクの毒をラストアタックに使わなかった事が後々どう影響するのか。吉と出るか凶と出るか……

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