魔法学校に関する説明にいらしたご婦人は、言うなれば「教師」という概念に「厳格」という単語をくっつけて擬人化させた様な印象の方だった。三角帽子にローブだなんてハロウィンの仮装染みた格好なのだが、余りにもキッチリと形になっている。
応接室に案内したお客人にメインのソファーを勧め、ドクターが応対する姿勢に入った。私とレイは普段の来客対応と同じようにお茶出しを一通りしてから適当な椅子を持ってきて腰掛けた。
「初めまして、わたくしはミネルバ・マクゴナガルと申します。ホグワーツ魔法魔術学校の副校長を努めております」
「こちらこそ初めまして。マクゴナガル教授、本日は説明の為に遠路遥々ご足労頂き感謝致します。クレイ研究所の所長で、二人の保護者のユークリッド・クレイと申します。そして、後ろに控えている子供達がレイモンド・バラードとマーガレット・ノリスです。それでは早速本題なのですが──」
基本的にドクターは理詰めで話すタイプだ。ホグワーツのマクゴナガル先生も理性的かつ理路整然と話すタイプであるらしく、私達が余計な口を挟む暇もなく情報の擦り合わせが行われていく。下手に感情が入る人達じゃなくて良かったと、私は内心で独りごちる。流石に私の進学問題が発端に怒鳴り合いの様相を呈する事態になったら、居心地が悪いどころの話じゃない。
ハラハラしながら見守る私達を他所に、ドクターは直面する問題点、懸念している点を挙げている。私についてはホグワーツからの入学案内が来る前にこちらの世界の学校の入学を決めていた事、その学校への入学は試験を受けて合格を貰ったものである事が伝えられる。そしてレイに関しては持病の関係で服薬しなくてはならない事と義手である事を鑑みて全寮制の学校で大丈夫かどうか不安だと伝えていた。
マクゴナガル先生はドクターの話を真剣に一通り聞くと、真面目な面持ちのまま答える。
「まずミスター・バラードの件ですが、各先生方と情報を共有した上で万全の安全配慮の下、生活をサポートするとお約束致します。服薬に関しても同様に、校医と薬学専門の担当者が責任を持って服薬管理、指導を行いますのでご安心下さい」
チラッと横目でレイを見たけれど、相変わらず複雑そうな表情を浮かべている彼からは考えを読み取る事は出来なかった。とはいえレイが何を考えているのかはさておき、少なくとも彼の問題自体はそこまで拗れないだろうとは思っていた。
確実に拗れるとしたら、間違えなく私の方だ。
「ミス・ノリスの件になりますが、まずは案内が遅くなった為にご迷惑をお掛けしている事についてお詫び申し上げます。試験を受けて決めた進路に割り込む事の図々しさも承知しております」
ただ、とマクゴナガル先生は一言置いてドクターとその後ろにいる私の方へ視線を向けると、それまでと同じく理路整然と魔法学校の入学を強く勧める理由を述べていった。
曰く、魔法なるものはコントロールする為には訓練が必要で、学校に通うのが一番確実である。親が魔法使いであるならば家庭教師を雇って自宅学習という選択肢もあるが、マグル(魔法使いじゃないこちらの一般人をそう呼ぶらしい)の世界ではそれも難しい。そもそもコントロール出来ないと、万が一暴発した場合に周囲へ甚大な被害をもたらす危険がある。エトセトラ、エトセトラ……
だんだん泣きたくなってきた……無理だ、勝ち目が無さ過ぎる。もし単なる「能力認めちゃる、嬉しかろう」といった話だったら完膚無きまでコテンパンに論破してやろうと思っていたのに、マクゴナガル先生の話は余りにも筋が通っていて、ここで私がごねるのは我が儘でしかない。仕方ない、自分で納得する為にもどうしても譲れない部分だけ確認するとしよう。
「あの……私からも質問してよろしいでしょうか」
「はい、ミス・ノリス。何でしょうか」
「私が魔法学校に通うべき理由は分かりました。でも、私は薬剤師になりたいという夢は諦めたくありません。そちらに入学しても、大学への進学は可能ですか?」
「勿論です。マグルの学歴で取り扱う場合、ホグワーツでの生活はスコットランドのパブリックスクールに通っていたという扱いになります。毎年少数ながら卒業後に大学進学を選ぶ生徒がおりますので、学校側でも進学希望者向けの課外講習をマグル学教師が行っております」
「……そうですか、分かりました」
それならば、もう断りようが無い。私は諦めて未練たらたらな想いを内心に押し込んで入学に同意した。ちなみに、魔法とは関係なくとも薬学、化学関係の書物を持ち込んでやると心に誓ったのは、完全なる余談だ。
◆
学用品お買い物ツアーなるものを開催するらしい。
なんでも、私達のようなマグルの環境下で育った子や両親がマグルという子の為に先生引率の下、学用品を買うのに合わせて簡単な魔法界案内をしてくれるそうだ。多少ごねたとはいえ、一旦行くと決めてしまえば後は素直に私の探求心に従うまで。どんな世界なのか見てやろうじゃないという気持ちでいた。寧ろ、さっきから居たたまれない表情でいるのはレイだ。
「……本当に僕が来て良かったんでしょうか」
「気にし過ぎですってば。先方で私達二人とも同じ日程を指定したんですから。別にレイが希望した訳でもあるまいし」
「君はそれで良いかもしれませんけどね……」
「もう!誰もいちいちそんな事で目くじら立てませんよー!」
レイが絶妙に困っている。まぁ、確かに該当する女子生徒が行くべき日程に、私と家が同じという理由で一緒に加えられたのはレイとしては気まずいというのも分からなくはない。彼は根っからの紳士な部分があるから、私はさておき同行するであろう他の女の子達が嫌がるのではないかと気にしているのだろう。
「少なくとも、今回に関しては家庭と日程の都合でと言えばそれまでの話ですよ。それで怒るほど狭量な子なんて逆にそうそういませんって。……あら、あの子ですかね」
指定された場所にレイと共に行くと、女の子が一人既に来て待機していた。ふわふわの栗色の髪が印象的な子だ。私達が声を掛ける前に栗毛の少女が気付いて話し掛けてきた。
「あなた達もホグワーツの新入生?」
「はい、そうです。私はマーガレット・ノリス。で、こっちの彼が幼馴染のレイモンド・バラードです」
「……諸事情で僕もこちらの日程で参加しています。どうぞお気になさらず……」
「ハーマイオニー・グレンジャーよ。二人は一緒に来たみたいだけど、知り合いなの?」
「ええ、十年来の幼馴染です。私の感覚では家族とほぼ同じカウントに含まれていますね」
「そうなのね!それにしても、魔法なんてずっとファンタジー小説ぐらいのものだったから、まさか歯医者の娘が魔女だったなんて驚きだわ!でもよく考えてみると、確かに不思議な事は起きていたのよね。ずっと気のせいだと思っていたけど。二人はどう!?」
「私は余りそういった自覚が無かったですね。言われてかなり驚きました」
「……同じく驚いています」
「やっぱり驚くわよね!でもどんな事を勉強するのかとっても楽しみだわ!今日は先生の引率で制服や教科書を買うのよね。買ったらすぐにでも目を通して予習しなくちゃ!」
簡単な挨拶を交わすや否や、目を輝かせたグレンジャー嬢がハイテンションで話し始める。男の子であるレイがいても全く気にしないタイプのようで何よりだ。マシンガントークを繰り広げている姿を見るに、彼女は私以上に知識欲を爆発させる子な気がする。
話を聞くに彼女のご両親は歯科医なのだとか。身内が医療従事者という共通点からの親近感も手伝ってか、私がグレンジャー嬢改めハーマイオニーと打ち解けるまでそう時間は掛からなかった。
「おや、今日のメンバーは全員お揃いですね。それでは早速お買い物をしていきましょうか」
先日いらしたマクゴナガル先生とは違う、ニコニコと温和に笑う引率担当者の先生がやって来た。薬草学を担当されているスプラウト先生だそうだ。薬草と聞いて反応した私と知的好奇心の塊になっているハーマイオニーがスプラウト先生にどんどん質問をしていく傍らで、相変わらずレイが何とも形容しがたい表情のまま見事に気配を消している。思わず「レイこそ
「ようこそ、ダイアゴン横丁へ」
漏れ鍋というパブから学用品を揃えるお店がある場所──ダイアゴン横丁に入ると、そこには確かに今までの常識を全て投げ捨てた世界が広がっていた。
まずは持参したお金をイマイチ変換のレートが分からない魔法界のお金に両替してから順番に道具店、書店を回っていく。書店に入った私達が三者三様に「もっと見たい」という空気を醸し出したのを感じ取ったらしいスプラウト先生が、穏やかに笑いながら「たくさんの種類があるから時間ある時にゆっくり見ましょう」とやんわりと私達を連れ出していた。残念。本は教科書以外も色々と目を通してみたかった。
ちなみに買った荷物はスプラウト先生が私達の自宅に直接届けられるように手配して下さっていたので、手ぶらのまま気軽に横丁ツアーを楽しめている。
途中でアイスを食べて休憩を挟みつつ、ペットについて話を聞く。スプラウト先生はペットも購入したいならお店に寄ると言って下さったが、私達は三人とも今日即決するつもりは無いという判断だったから断った。その後、洋装店で制服の採寸をした私達が案内されたのは随分と古めかしいお店だった。オリバンダーの店と書かれている。
「ここで皆さんが使う杖を買います」
「杖!それで魔法を使えるのね!」
「どんな感じなんでしょう。触媒に近い感じでしょうか?それとも指揮棒のイメージ?」
「………………」
杖というワードにハーマイオニーが目を輝かせ、私が目を瞬かせ、レイが目を伏せた。こうもリアクションが分かれるのは面白いなと他人事みたいに思いつつ連れられるがまま店内に入ると、いかにも職人気質そうなご老人が出迎えた。分かりやすく彼が店主であるようだ。
「いらっしゃいませ。これはこれはスプラウト先生。本日は新入生の方々の杖をお探しですかな?」
「ええ。この子達に合う杖を見繕って下さいな」
オリバンダー氏は私達の方を向くと、落ち着いた声で滔々と演説めいた内容を話し始める。それを聞きながら私は、この人物は職人気質だけでなく研究者気質も持っていると謎の確信をした。
「当店の杖は、強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンの毛、不死鳥の尾羽、ドラゴンの心臓の琴線。素材にも違いがあり、同じ杖は一本たりとも存在しません。それ故に、他の魔法使いの杖を使っても、決して自分の杖ほどの力は出せないのです」
演説を終えたオリバンダー氏は、まずハーマイオニーの杖から見繕う事にしたようだ。
「栗の木にユニコーンの毛、25センチ、よくしなる」
手に握らせた途端によく分からない火花が散った。オリバンダー氏は首を振って杖を取り上げると、ここから怒涛の勢いで杖を渡しては取り上げるを繰り返し始めた。ハーマイオニーも真剣な表情で杖を試している。何本目か分からないが、葡萄の木にドラゴンの心臓の琴線の杖を持った瞬間、部屋中が明るくなってキラキラとした光が舞っていく。
「ブラボー!」
なるほど、自分に合った杖を持つとこんな風になるのか。
興奮冷めやらぬといった様子で今しがた手にした杖を見つめているハーマイオニーにどんな感覚なのか聞こうとしたら、私が呼ばれた。次は私の杖を選ぶ番のようだ。
「柳に不死鳥の尾羽、27センチ、振りやすい」
私が軽く振った瞬間、部屋の備品がド派手に吹き飛んだ。木っ端微塵。えっ、吹き飛んだ……!?
私はもとより、ハーマイオニーもレイもドン引いている。が、スプラウト先生は微笑ましそうに見ているので、どうやら杖選びには良くある……良くある?事らしい。ちなみに部屋を滅茶苦茶にされたオリバンダー氏は怒るどころか職人のスイッチが入ったらしい。目を輝かせながら、凄い勢いで箱を開けて杖を取り出していく。
「桜に不死鳥の尾羽」
「花水木にユニコーンの毛」
「ナナカマドにドラゴンの心臓の琴線」
「胡桃の木にユニコーンの毛」
片っ端から試しては、部屋の随所を吹っ飛ばして破壊するの繰り返し。解せぬ。ハーマイオニーの時は合わなかった杖はお行儀良く沈黙するか、せいぜい火花を上げるか煙を出すかといった程度だったというのに!
このままだとそのうち爆破クイーンに認定でもされるんじゃなかろうかと思っていたら、十数本目の杖を渡された。
「ブナの木に不死鳥の尾羽、24センチ、やや硬いが手に馴染む」
余計な装飾の付いていない、シンプルな乳白色の杖だった。
私が握った途端に、杖先に眩しい閃光が灯った。そしてほぼ同時に燐光を帯びた水がぶわっと飛び出したかと思えば、私が散々破壊しまくった部屋を片付けて元通りに直した。間違いない、この杖が私に最適なパートナーなのだろう。
オリバンダー氏の方を見ると、彼も大変に満足気な様子で手を叩いている。無事決まって何よりだ。
さて、残りはレイ一人となった。私もハーマイオニーもそれなりに時間が掛かったから、彼もまたお試し奮闘でもする事になるものとばかり思っていたが、意外な事にあっさりと決まった。
「杉にドラゴンの心臓の琴線、29センチ、堅実で使いやすい」
なんという事でしょう。軽く振ったら、室内に降り注ぐ流星群。非常に壮観な光景だけど、まさかの一発目で決まるとは。完全なる八つ当たりなのは分かっているけれど、私の爆破芸は何だったのか問い詰めたくなってくる。
「ブラボー!……しかし不思議な縁もあるものです。かれこれ20年近く前にも同じ杉で製作した杖を売った事がありましてな。あの時も、杉にドラゴンの心臓の琴線を使っておりましたが、彼は……」
「………………」
オリバンダー氏が懐かしむような、感傷に浸るような雰囲気になって考え込んでしまった。レイはレイで何も語らないし、私達の位置から彼の表情は見えない。
それまで静かに杖選びを見守っていたスプラウト先生のお会計をしましょうと言ったのが鶴の一声となって、とりあえず微妙な空気は払拭された。そんなこんなで、本日のお買い物ツアーは全ての工程を終えたのだった。
少しずつ原作キャラと邂逅し始めました。
新入生の買い物付き添いについて、全てワンツーマンでやっていたら先生方の仕事が大変な事になりそうだなぁと思っていたので、普通はまとめて案内するという設定にしています。