ハリー・ポッターと透明の探求者   作:四季春茶

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特急は邂逅の旅路

「へぇ、特急で行くとは聞いてましたけど、キングスクロス駅の柱を突っ切って9と4分の3番線に入るんですか……」

 

 届いた切符と行き方が書かれた手紙を読むと、私はすぐに興味を失った。正直、場所と時間さえ分かれば特に困らない。そんな事よりも、魔法薬学の教科書をセルフ検定する方が、私としては圧倒的に優先度が高い。ひたすら最新版の本と教科書を読み比べては、付箋紙とメモを張り付けていく。こっちが正しい手法かどうかを入学したら、なるべく早く先生に確認したい。

 いやはや予習がてら教科書を見て、何気なく出版・改定の日付を確認した瞬間に思わず愕然としたのは当面忘れられそうに無い。最新版が軽く見積もっても50年以上前って!それは流石に教科書としてあり得ないだろう!思わずぷんすこ怒りながら部屋で叫んでしまった事については、少し騒ぎ過ぎたと反省している。

 

 幸いにも私とレイは後日ダイアゴン横丁へ再度訪れ、書店で教科書以外の本を買おうという話になったので事なきを得た。書店に寄る前に検知不可能拡大魔法とやらが掛かった容量無制限のバッグを買ったのを良い事に、お財布が許す限り興味のある薬学関連の本を大量に買いまくったが、まぁそれはご愛敬、良き事だ。多分。

 ちなみにレイは本よりもやたら新聞や雑誌を買っていた。パッと見ておよそ過去10年から12年分位の記事だろう。何に使うのかを聞いてみたら、最新の情勢ぐらい押さえておくべきだと返された。そういうものなのだろうか。

 

 それにしても、このバッグは超絶便利だ。想像を遥かに超えて内側が広いから好きなだけ荷物を入れられる。既に居心地の良いプチ図書館になっているけど、上手くこの魔法を調整出来れば実験室とかを作るのも夢じゃないかもしれない。

 その場合は、作るとしたら魔法薬学用の鍋をかき混ぜる部屋と、こっちの薬品を扱う用の理科室みたいな部屋が必要になりそうだ。

 そんな空想を挟みつつ、改定と修正に励むこと小一時間。

 

「……確認しなきゃない訂正箇所は、大方こんなところですかね。魔法薬学って薬学という割りには料理に案外近いんですね。手順こそ複雑ですけど、濃度計算とかpH計算が無いなんて、雑というか適当というか。まぁ、こっちの感覚と一緒にしたら駄目なんでしょうけど。系統が違うと薬同士の相性も悪い可能性が高そう?」

 

 とりあえず私の独り言はまだまだ終わりそうに無い。

 

 

1991年9月1日

 

 来たる新学期当日。私はローブ以外の制服に薄手のセーターを着て、昨日のうちに纏め終えた荷物の最終チェックをしていた。忘れ物が無いのを確認し、トランクに鍵を掛ける。

 

「メグ、確認は終わりましたか?」

 

「バッチリです。レイは……聞くまでも無いですね」

 

 流石スケジュール管理のプロと内心で呟いた。私が自分の荷物と昼食の包みを持って玄関へ行った時には、とっくにレイも準備を終えていた。彼も既に制服の上からジャケットを羽織っていて、後でローブと代えるだけの状態になっている。レイは流れる様な動作で荷物を持ち直し、私から包みを受け取った。

 

「乗車の一時間前だけど、もう駅に行く?」

 

「行きましょう。キングスクロス駅は普通の往来だけでも相当混みますから、時間に余裕を持つに越した事はありません」

 

「私もギリギリよりは早過ぎるぐらいの方が良いです」

 

「分かった。じゃあ出発しよう」

 

 

 時間にかなり余裕を持っていったおかげで、私達は難なくコンパートメントを確保できた。発車するまで時間があるから、窓越しにドクターと色々と会話をする。

 

「良いですか、ドクター。ご飯は一週間分の作り置きを用意していますので、作り置きがあるうちにちゃんとした食事の供給源を確保して下さいね。間違っても私達がいない間にキッチンを吹き飛ばす事の無いようにお願いします」

 

「大丈夫だって。私よりも自分達の心配をしなさいな。メグ、好きな事にのめり込みのは良いけど、選り好みは程々にね。……レイ、メグの事を頼んだよ。数ヶ月間は君の方が年上だから」

 

「……心得てます」

 

「勿論、言うまでもないがレイも充実した日々を楽しんでおいで。はい、このタイミングになって悪いけど……誕生日おめでとう」

 

「!ありがとうございます」

 

「ああっ!ドクターに先を越された!」

 

「ははは、本当は家を出る前に渡したかったんだけども。私は今逃すと当日じゃなくなってしまうから。簡単なお守りみたいな物だけど、使ってくれると嬉しいな」

 

 軽く笑いながら話すドクターだけど、ふと真面目な表情を浮かべた。そして些か真剣な声音で私達に言う。

 

「二人とも。これだけは絶対に忘れないで。自分の在るべき居場所っていうのは必ずしも一つだけじゃない。食わず嫌いは良くないけど、物事にはどうしたって合う合わないがある。今は新しい学校での生活を楽しんで学ぶ事に専念出来れば一番だけど、どうしても何かしらの問題にぶつかった時は抱え込まないように。君達が望むのなら、世界中どこへでも行けるのだから」

 

 学校生活の閉鎖環境や人間関係の難しさは小学校でも十分見ていただけに、言わんとしている事は良く分かった。ドクターのどこか予言めいた言葉が単なる杞憂であって欲しいと内心で祈りながら、私は神妙な顔で頷いた。

 

 

「レイ、少し出遅れましたが、お誕生日おめでとう」

 

 9月1日は新学期が始まる日でもあり、レイの誕生日だ。

 例年なら学校を終えた後、ドクター含めて三人でささやかながらお祝いのパーティをしていたけれど、今年からはそうもいかない。それが少し寂しい気もするが仕方ない。

 

「今年は例年よりも簡易包装になって申し訳ないんですけど、どの本にも合わせやすいデザインのブックカバーにしたので、気が向いたらどうぞ。……毎年そうですけど、さてはドクターに言われるまで自分の誕生日忘れてました?」

 

「まぁ、未だに僕の誕生日が今日だと言われてもピンと来ませんからね……。こればかりは正直どうしようもないですよ。でも気持ちは嬉しいので、プレゼントをありがたく使わせて貰います」

 

「確かに、誕生日だけはふわふわした感覚のままですよね。それで何か困るとかはありませんけど……」

 

 私達は色々と特殊な事情を抱えているが故に、私達はそれぞれ研究所に来た日が誕生日になっている。だから、戸籍上の誕生日が本当の誕生日かどうか分からない。別にその事に不満は微塵も無いけれど、人よりも誕生日というものが他人事に感じてしまう。

 とはいっても私達にとっては最早気にするまででも無い話だったから、特に感慨に耽るでもなく話題は移り変わる。

 

「ところで、メグが読んでいるのは透明化の本ですか?」

 

「一応、自分の体質ぐらいはちゃんと把握しておかないとと思いまして。と言っても透明人間(インビジブル)については本当に微々たる事しか書いて無いので、実質収穫ゼロですね」

 

「紺色のカバーが付いてますけど、その本って『透明術の透明本』ですよね……確か本が透明だとか言われていた様な気がしますが」

 

「書店の店員さんに透明人間(インビジブル)について調べたいって相談をしてみたら、本を見失う前に目印を付けて下さったんです。これを杖で突っつくと、水の表面張力みたいな輪郭が現れて読めるようになるんですよ。開いちゃえば液晶ディスプレイっぽい感覚なので、気分は最先端技術ですよ」

 

「……前々から気になってましたけど、メグの魔法ってやたらと水と相性良いですよね」

 

「人体の7割弱は水で構成されていますので。それに私の杖の木材、保水性の高いブナですし」

 

「……そういうものなんですか?」

 

「そういうものですよ多分」

 

 怪訝そうなレイに、私は事も無げに返す。周囲に私達以外の人がいないのをいいことに、透明本を指先で軽く弄りながら脱線しかけた話を戻す。

 

「収穫ゼロと言いましたが、なかなかに興味深い本でもあるんですよ。ただ、端から見るとブックカバーだけ謎の形状記憶になっている様にしか見えないので、向こうで出すのは憚られるんですよね。こっちなら別に気にしなくて良いので遠慮なく出してますけど」

 

「あぁ、確かに。あれから自分で能力を発動させてみたりはしたんですか?勝手に消えたりはしていないようですが」

 

「意識して姿を消すのは成功していないです。正直、感覚が掴めないんですよね。透明人間(インビジブル)の能力を完璧に使いこなせる様になると、姿を見せたまま気配だけ消したり、気配だけの存在になったり、完全なる無に徹したりと状況に応じた使い方が出来るらしいですが、果たしてどこまで出来るのか──」

 

 透明人間(インビジブル)についての考察は、控え目なノックの音によって遮られた。レイが応答してコンパートメントのドアを開けると、細身で背の高い男子生徒が立っていた。

 

「……相席しても構わないか?」

 

 

 相席の少年はセオドール・ノットというらしい。長身で気付かなかったが、話を聞くに私達と同じく新入生のようだった。

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 相席とは言ったものの、私達は名乗ったきり誰も喋らない。三者三様、各々で本を読んでいるだけだ。目ぼしい反応と言えば、名乗った時に「ノット」と聞いたレイが一瞬だけ顔を引き攣らせたぐらいか。そういえばレイは新聞の他にも魔法界の貴族目録みたいな本も眺めていたから、もしかしたら旧家の御曹司とかなのかもしれない。ノット少年も私達の名前を聞いた時に微かに何かを吟味している様子だったから、パーティーか何かで見た事のある人と勘違いして声を掛けたパターンかなと勝手に予想している。

 私といえば、かれこれ11年の人生で対人関係は来る者拒まず去る者追わずを地で行くというのを息する様にやってきた人間だ。細かい事はいちいち気にしない。元より思考は個人の自由だもの。

 

 そうやって続いていた奇妙な静かなる読書タイムは、人の良さそうな車内販売の魔女がやって来た事で中断された。

 

「坊っちゃん方、お嬢さん。車内販売はいかがですか?」

 

 カートには初めて見るお菓子の数々。私がカートを見て迷っている傍らで、さくっと決めたらしい男性陣が既に決めて買っていた。流石にこれ以上長々と時間をかけるのは悪いし、昼食は持参してるからチョコレートを一つ購入した。

 そのままの流れで昼食も食べようかという流れになったは良いけど、ノット少年がさっき購入していたカボチャのパイをご飯代わりにしようとしていたのを見て、思わず持参のサンドイッチを勧めてしまった。育ち盛りの少年がそんな食生活するのは非常によろしくない。これでも栄養バランスと味にはかなり自信ある。もし嫌がられた時は素直に退けば良いだろう。

 結果としては、少し驚かれた以外は特に拒絶されなかった。口に合ったみたいで何よりだ。

 

 それにしても魔法使いの感性がよく分からない。何でチョコレートの形が蛙。しかも動くし。パッケージを開けた瞬間に逃げようとしてたのが見えて、思わず袋を閉じた。レイもノット少年も普通に食べてるけど、男の子ってそういうものなんだろうか。意を決して暴れるチョコレートを口に放り込んでみたら、普通に美味しいチョコレートだった。安心したのは言うまでもない。

 

 

「アンタ達は、入る寮を決めているのか?」

 

 ちょっとだけ会話したり、本を読んだり、昼食前と同様に静かに過ごしていたら不意にノット少年が沈黙を破ってそう聞いてきた。……寮か、確か特色の違う四寮に分けられるんだったか。下調べでは色々と事細かに書いてあった気がするけど──

 

「大まかに要約すると目指すタイプが騎士、学者、政治家、僧侶といった感じに分類されるんですよね、多分」

 

 私が何気なくそう呟いたら、二人がほぼ同時に「は?」とかなり怪訝そうに返してきた。普通に言ったつもりだったのに。解せぬ。

 

「ほら、寮ごとに特徴があるらしいじゃないですか。それを一纏めにしたら、って事ですよ。そんなに変でしたか?」

 

「いや、変というか……そんな要約をする奴を初めて見た。純粋に着眼点の違いが新鮮なだけだ。普通はどこかしらを嫌う奴が多いんだけどな。アンタは偏見とか無いのか」

 

「私は基本的に物事は自分の目で見てから判断する主義ですので。見てもいないのに、好きも嫌いも無いでしょうよ。それに人の噂ほどアテにならない物は無いんですから、それに踊らされて感情論に走るなんてエネルギーの無駄かと」

 

「自分の目で見てから、か……。同年代でそこまで公平な奴ってなかなか珍しい部類だと思うぞ。少なくとも俺の周りにはノリスみたいなのはいなかった」

 

「いや、いやいや。ミスター・ノット、メグの感性は一般的な女子のそれよりも遥かに独特ですので。彼女の場合、判断基準は単純に自分が興味あるか無いかですよ」

 

「レイ酷い!まるで私がワールドイズマイン精神を爆走しているみたいに言わないで下さいよ!?そりゃあ、確かに他人のあれそれは興味無いですけど!全く慮らない訳では無いですからね!?」

 

 レイの物言いに反論しつつ、学校の寮について考えてみる。けれども育った環境の問題なのか、私にはどうしても授業を受ける人数単位だとか進路別のクラス分け以上の意味を見出だせなかった。

 

「……こほん。ええと、どの寮に入りたいかでしたよね。私としては楽しく快適に自分の学業に励めればどこでも、っていうのが本音なんですけど」

 

「……僕はどうなんでしょうね。まぁ、静かに過ごせるなら……」

 

「相変わらずレイは無欲ですねぇ。ミスター・ノットは?希望している所があるんですか?」

 

「家系からして十中八九、スリザリンだろうな」

 

「学校の寮は家系にも左右されるんですか……?」

 

「家系と素質と本人の希望を鑑みて判断されるらしい。……実際に話してみないと分からないって本当だな。アンタ達の見た目の印象と、今の印象が全然違う」

 

「印象ですか。ちなみにどんな印象だったのか訊いても?」

 

「端的に言うと、ノリスはグリフィンドール、バラードはスリザリンに組分けされそうだなと思ってた」

 

「……随分とざっくりとした印象ですね」

 

「見た目の第一印象だからな」

 

 見た目の印象と組分けが直結するってどういう印象なんだと思ったけど、敢えて言及はせず、そうですかと言う程度に留めた。どうせ聞いたところで理解出来ないだろうという判断だ。それにしても、つくづく魔法の世界は未知との遭遇だと思う。今までの常識が通じない上に、その先に何があるのか全く予想出来ない。

 何かしらの話題が無ければ基本的に率先して喋ろうとしない面々だから、寮の話題を終えると再び沈黙に包まれる。会話が無いなら本を読めば良いと、私は特に気にせず自分の世界に舞い戻った。

 

 だから、その間に他の二人がどういう面持ちでいて、何を思っていたのか、私は全く気付かなかった。




正直、誰とこの特急でのタイミングで接点持たせるか滅茶苦茶迷いました。で、迷った結果が彼となりました。
あと原作の謎プリでも思いましたけど、魔法界に教科書改定という概念は無いんだろうか。何十年も同じ教科書って古き良きってレベルじゃないよね!?となります。

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