「えぇ、あの先生から得点?しかも追加で講習?天変地異の前触れか何かじゃないでしょうね」
私達の最近の日課になりつつある、先輩達を交えて繰り広げている談話室での夕食後のガールズトーク。その最中で今日の魔法薬学での顛末を聞き、思わずといった感じで述べたマリエッタ先輩からの第一声である。
「もう、マリエッタったら。ここは素直にマーガレットが得点を獲得した事を喜ばなきゃ」
そう言ってふんわりと微笑むのはチョウ先輩。マリエッタ先輩と同じく二年生で、東洋系特有の艶やかな黒髪が眩しい先輩だ。パドマもだけどレイブンクローってエキゾチックな美人さんが多い気がするのだけど、気のせいだろうか。
「それもそうね。その講習って明日の放課後だっけ?流石に6年生以上の内容を新入生相手にはやらないとは思うけど、あの人はかなり容赦無いのは全学年の共通見解だから、念の為に上級の教科書を軽く眺めておいた方が良いかもしれないわ。理解云々よりも事前知識としてね。談話室の本棚にも確か入っていたはずよ」
「上級の教科書ですか。ありがとうございます、予習がてら読んでみます!ちょうど明日の授業は薬草学と飛行術なので、予習は実質一科目ですし」
「飛行術!いよいよ箒デビューなのね!とっても楽しいわよ!」
飛行術というワードに花の様な笑顔を浮かべたチョウ先輩が、箒の魅力と乗り方のコツを伝授してくれる。私達も真剣に聞いたり、メモを取ったりして明日の訓練でどういう風に飛んだら良いのかというイメージトレーニングに励む。そんな中、そういえばと前置きしながらリサが小さく呟いた。
「……アマンダ、明日大丈夫かな」
「あー……アミー、お腹痛いって言って、ペネロピー先輩に医務室に連れていってもらってましたものね。今日の明日で、回復していれば良いんですけど」
「さっきの様子じゃ座学はともかく、外で動き回るのはキツそうな気がするわ……」
その呟きに触発されてみんな心配そうに話す。体調の事は勿論だけど、普通の座学と違って実習系の科目は、欠席するとその分の穴埋めが難しい。そこも踏まえて心配なのだ。
当然、私達のその辺りの心配を先輩達も見抜いていて、少し難しい表情で考えてから顔を見合わせる。
「確か、飛行術の最初の数回は欠席しても振替出来る様に時間割を組んでいるんじゃなかったかしら?一年生だけの授業だから、万が一欠席しても日数を補える仕組みって聞いた事あるけど……」
「そうね。とりあえず授業自体は欠席してもどうとでもなるわね。……ま、あなた達がハッフルパフと合同って時点で、正規の日程で受けないと面倒なのは間違いないでしょうけど。少なくとも、私は残りの組み合わせに混ざるなんて絶対嫌だわ」
「マリエッタ、言い方」
「事実だもの。とにかく明日までに元気になるのが一番って話よ。早く治ると良いんだけど」
◆
残念ながらアミーは本調子と言えるまで治癒しなかった為に、医務室のマダム・ポンフリーからもう一日入院を言い渡され、自動的に今日の授業全ての欠席が決まってしまった。
朝食後にサリー達と一緒にアミーのお見舞いに行ったら、それはもう物凄い形相で欠席せざるを得ない事を嘆いていた。レイブンクロー生は基本的に根っからの真面目な学問好きが多い。授業に出られない嘆きは良く分かる。戻ってきたら、薬草学の補習やレポートに付き合うと約束してから私達は医務室を後にした。
さて、そうして迎えた一時限目の薬草学。スプラウト先生に「今日の作業は二人組でやります」と言われて、少し困ってしまった。何せ、いつもペアでの作業は全てアミーと組んでいたのだ。しかも、レイブンクローは欠席一名で人数が奇数、合同でやっているスリザリンは欠席無しだが奇数だったかどうか……いや、それ以前に雰囲気的に組んでくれる気がしない。先入観は良くないが、身内以外は拒否されそうな空気へ割って入る勇気なんぞ残念ながら持ち合わせてはいない。ハードルが高過ぎる。そんな私の状況を察したパドマとサリーが一緒にやろうと言ってくれたので、先生に事情を説明して三人でやらせて貰おうと考えた時だった。
「奇数で余っているなら、組んでくれないか」
すらっとした長身の男子生徒。ネクタイとローブの色は緑色。まさかの申し出の相手に、私は目を丸くした。
各方位、とりわけスリザリン側からの視線を感じつつ、ペアを組んでくれたノット少年と共に特に会話も無く黙々と作業を続ける。かなり真面目に予習をしていたらしく、最低限の確認だけでスムーズかつスピーディーに工程を進んでいく。私としては大変にやり易くてありがたいが、なにゆえと思わなくもない。流石に郷に入れば郷に従え、この一週間で魔法界のお家柄事情とか暗黙の了解というものは何となく把握した。当然、目の前の彼の家がどういう立場なのかも、一応ながら理解はしたつもりだ。まぁ、本人が気にしないのなら別に私は全く構わないのだけど。そんな事を内心で思っていたら、特に目線を上げる訳でもなく、ノット少年がボソッと発した言葉に、思わず首を傾げたくなった。
「ノリスがまともに授業を受けるタイプで助かった」
「まともにって……そりゃあ、予習復習を最低限やった上で真面目に授業を受けるのは当たり前の事でしょう?」
「……アンタはアレ見てもそう言えるか?」
「?……あー、なるほど。お察し申し上げます……」
すいっと彼が視線を向けた方を見て、察した。
真面目にやっている子も勿論それなりにはいるが、そうじゃない子が色々とヤバい。恐らく入学前に家庭教師でも雇っていたのであろう、余裕ぶっこいで私語(というか自慢話)に興じてるお坊ちゃんと、目をハートにしながらうっとりと聴き惚れている恋する乙女。更には全く先生の話を聞いていなかったのか、石像の如く固まって微動だにしない二人組。この辺りは特に混沌としていてヤバい。
「いくら同寮生相手だろうと、授業中に自慢話の首振り係は真っ平御免だ。介護職員なんてもっとやってられるか。だったら、真面目そうなレイブンクローの誰かと組んだ方が遥かに集中出来る」
「授業は自分の学習最優先が一番かと。まぁ、ミスター・ノットが気にしないなら、誰と組もうが自由だと思いますよ?」
「その辺りはやろうと思えばどうとでも取り繕える。……それに、ノリスは完全な純血ではないにしろ、かなり近い部類だしな」
「……?ごめんなさい、最後の方なんて言いました?」
「いや、何でもない。ただ、なんだ……敬称付きで呼ばれると俺じゃなくて父上が呼ばれているみたいで落ち着かないとは思った」
「うーん、流石に歴史ある旧家の名前を軽々しく呼び捨てにする度胸は無いですねぇ……」
「へぇ、意外。アンタは他人には我関せずかと思ってた」
「まぁそれはそうなんですが。でも、これでも私なりに場の空気は読んでいるつもりなので、後が怖いのは憚られるといいますか。下手に睨まれるのは面倒なので回避したいんですよ」
私はそう言ってから少し考える。本人に了承を取れば良いだろうと脳内で結論を弾き出す。
「一対一で話す時はお名前で呼んでも良いですか?人前ではこれまで通りミスター・ノットと呼ぶと思いますが」
「……どうぞご自由に」
そんなこんなで、コンパートメントでのご縁で知り合ったノット少年改めセオドールと何かと話す様になるのだった。ちなみに、私達が小声で会話している間も手を止める事なく作業は続けていて、きっちり時間内に終えたというのも付け加えておこう。
薬草学を終えれば、みんなお待ちかねの飛行術……なのだが。正直なところ、私からすると特に言及する事が無い。確かに飛んでみて風が気持ち良いと思ったけど、根本的に私はインドア派なのだ。その時点で察して欲しい。自分が飛ぶんじゃなくて、第三者が空想的に見る──そう例えば、ジャパニーズアニメのモップで空をひとっ飛びしている宅配屋の可愛い魔女さんとかに、ドキドキワクワクしながら憧れるぐらいが私には丁度良いのだ。
周りも楽しそうにしつつ、一部の例外を除くと程々の高さで安全運転に興じているのがほとんどだから、授業としては実に平穏かつ平和だったと思う。
数少ない例外といえば、なかなかに見事なアクロバット飛行を披露していたマイケルと、名前が分からないハッフルパフの男子ぐらいじゃないだろうか。時折、低空飛行組から歓声が上がっていた。
あ、彼らとは違う意味で凄まじかったのはリサだった。同級生の中で一番物静かで大人しい彼女が、箒に乗った瞬間にトップギア飛行をし出したのには一同目を疑った。素人目で見てもコントロールは非常に上手いんだけど、寿命が割りと本気で縮む気分だった。
……もし万が一、箒での移動に留まらず、リサがマグル社会で車の免許でも取ろうってなった暁には、それはもう大変な事になりそうだと思ったのは、きっと私だけではない筈だ。
◆
無事に午前中の授業が終わって、いよいよ迎える放課後の時間。昨日と同じく足取り軽く、若干鞄を振りながら薬学準備室に向かっていたら、途中で意外な人物と鉢合わせた。
「……メグ?どうして此処に?」
「あら、レイ?偶然ですね。私はこれからスネイプ先生に教科書のセルフ改定の添削と追加講習をして頂く約束なんです。もしかしてレイも薬学準備室の方に行く途中だったりします?」
「えぇ。僕も服薬の件でスネイプ教授に用事がありまして」
服薬と聞いて、思わず私は眉を寄せた。持病で身体が成長しにくい、というより薬を飲まないと成長が止まってしまう体質らしいレイが飲んでいる薬に関する事なのだろう。個人情報の関係もあって、ドクターがどういうレシピで調剤しているのか私は分からないけど、インスリンみたいな自己注射じゃない辺り、単なる成長剤ではないんだろうなと当たりは付けているが、何か不測の事態でもあったのだろうか。私の表情を見たレイにはそんな思考が筒抜けだったらしく、苦笑いしていた。
「別に体調不良とか、そういうものではないですよ。ただ、数日前に校医と先生方を交えて面談をしたんです。今は週単位でドクターが薬を処方して送って下さる手筈になっていますけど、学校でも薬は調合出来るから直接渡した方が良いのではないか、と」
「でもドクター処方の薬って私達にとってはお馴染みの有機化学を突き詰めた分野じゃないですか。学校でって事は魔法薬ですよね?成分的に再現出来るんですかね?」
「僕もそう思って、ドクターに了承を取った上で最初に薬の再現性を解析してもらっていたんです。で、ちょうどその結果を受け取りに行く途中だったってところですね。どうせ長年の治験生活ですから、この際効くなら新薬でも魔法薬でも有り難く飲みますよ」
あっけらかんとした感じで言うけど、表情はいつもよりも硬い。そりゃあ、本人は慣れた様に治験って軽く言うものの色々と不安はあるだろう。せめて副作用が無いと良いのだけど……
というか、魔法が日常に絡み初めてからレイはどことなく張り詰めている気がする。今彼に聞いても高確率ではぐらかされるのだろうけど……私だって心配なんだよ、と言いたい。
レイと共に準備室に入ると先生が一瞬だけ怪訝な表情をしたが、すぐに私には待機するよう指示を出した。そして、最初にレイを呼んで要件を話しているらしい。らしい、というのは教室の奥の方とはいえ同じ室内で全く会話が聞こえないから。恐らくは何らかの防音魔法でも使ったのだろう。紙を見ながら何点か確認をした後、レイは一礼して準備室から去っていった。
先生は杖を一振りすると教室に音が戻る。そして、待っていた私の方へと向き直って、私の教科書を音もなく取り出す。
「さて、ミス・ノリス。少々遅くなったが追加講習を始める。まず君が調べた教科書の情報だが──」
間髪入れずに講習が始まるや否や、スネイプ先生はほぼノンブレスかと思うペースで昨日提出した教科書の正誤、最新情報の追加、補則事項を述べ始めた。私も一言一句聞き漏らすまいと、速筆でメモを取っていく。これは付箋でやっておいて正解だったかもしれない。直接書き込んでいたら、教科書がカオスな惨状になるだろうと思う程度には情報量が多い。後でノートにも纏めねば。
「──とまぁ、概ねこんな所だろう。新入生でここまで調べ上げたというのは、純粋に評価して良いだろう。余程薬学分野がお好きなようですな」
先生の言葉を真剣に聞いていたら目が合った。けれども、すぐに視線を反らされる。そこに複雑な心情が混ざっていた様にも感じたけど、余りにも一瞬の出来事だから分からない。
「ところで純粋な疑問なのだが……全体的に細かく調べてあるが中でも、とりわけ毒薬に関連する内容が一層細かく、丁寧に纏めてある様に見受けられるのだが。よもや興味でもあるのかね?」
「はい。薬学の中でも、その辺りは浪漫の真髄ですので!」
……言った刹那、先生が物凄い形相を浮かべた。あ、やっちまったと内心で焦る。今の発言だけ聞いたら完全に私はアブナイ人認定されること間違いなしだ。流石に危険人物判定されるのは困るので、速やかに誤解を解かねば。
「あの、念のために申し上げておきますと、あくまで学問の一環として興味があるだけで、別に毒薬を使いたいという願望は一切無いという事だけは強調させて下さい」
「……その願望があるなんぞ言おうものなら、我輩は君への認識を早急に改めねばなるまいだろう」
「魔法薬学にも当てはまるか分かりませんが、マグルの医薬品と呼ばれる類いのものは基本的にどれも薬と毒が紙一重なんです。というよりも健康な人間が飲めばすべからく毒になります。けれども、正しい調合と指導の下、適切な用量用法を守って飲むならば、とても強力な薬に化ける……」
「………………」
「トリカブト、ジギタリス、ベラドンナ。それから鈴蘭、紫陽花、ウィスタリア。観賞するだけなら綺麗な花、雑に盛ればただの毒。ですが、厳密に調合した途端、危険な成分が素晴らしい効果を生み出す原料へと変わるんです。確かに扱いには細心の注意を要するものばかりですけれど、素材の特性を生かすも殺すも私達次第。一匙の工夫で数多の命を救う特効薬さえも作れる可能性を持ち合わせているのに、有毒であるという一面だけで危険だと決め付け、挙げ句に排除するなんて、愚の骨頂だと思いませんか?──私はそこに薬の可能性と浪漫を見出だしている、それだけです」
トリカブトは流石に毒性が強過ぎるかもしれませんが、ジギタリスとベラドンナは華麗なる生薬の筆頭だと思うんですよねぇ、とうっとりしながら言ったら、スネイプ先生に盛大なため息をつかれた。心なしか疲れた様に天を仰いでいる。まぁ呆れてはいるみたいだけど、危険人物疑惑への誤解は解いて頂けたようだ。
「ミス・ノリスの言わんとしてる事は理解した。だが!くれぐれも、くれぐれも!今の毒が浪漫云々は、絶対に他言しないように。一歩間違えたら、闇の魔法に傾倒していると見なされかねん」
「はい。肝に命じて気を付けます」
「……ハァ。それだけ熱い想いで学んでいるのであれば、当然今日の講習の分もさぞかし力を入れて予習してきたのでしょうな?残念ながら毒薬の原料は用意しておらんが、『安らぎの水薬』と呼ばれる薬の材料が此処にある。完成させる為には材料を正確な分量で計り、正確な順序で大鍋に入れねばならんが、上級生でも間違えて失敗する者が多い。当然、一年生が取り扱う範囲ではない。心して取り組みたまえ」
「はい!」
調合方法の書かれた紙を見て、私は腕捲りをする。キッチンで料理を煮込んでいる時とは違う高揚感、実験室でフラスコを振って反応を見る時の緊張感がアドレナリンとして私の体内を駆け抜ける。──さぁ、楽しく大鍋をかき混ぜるとしましょう!
薬学ガールは毒薬がお好き(誤解)
メグの思考は聞く人によっては一発アウトかもしれない。スネイプ先生だから少し呆れただけで済みました。
さて、今は寮の関係で原作組と全く接点無しの主人公ですが、そろそろイベントが発生する時期が迫ってきています。伏線を仕込むのは楽しいけれど、綺麗に回収出来るかちょっと心配。