次はもう少し早く投稿したいなぁ……
前回のバーテックス襲撃から一か月半。
まだかまだかとヤキモキする日々も過ぎ、勇者部が日常に戻ろうかといったそんな頃だ。
突如と樹海化警報が鳴り響き、友人たちは再び樹海へと降り立った。
「あっ!」
何かに気付き、友奈が声を上げる。
その視線の先に目を向けると、神樹の結界の外から迫る一体のバーテックスの姿を見ることができた。
レーダーによれば、あの個体は山羊座――カプリコーンバーテックスのようだ。
「今回は一体だけか……?」
前回は三体が同時に襲撃してきた。
なら今回も、と友人は少なからず不安を覚える。
しかしそんな友人の不安を見咎めた友奈がジオウの装甲越しに背中を叩く。
「大丈夫!」
普段はあれこれと友奈の世話を焼くことの多い友人だが、こんな場面では自分は姉には敵わない。
「ありがとう、姉さん」
仮面の下で笑顔を見せる友人。
伝わらないかもと思ったが、友奈は声音でそれを察して微笑んだ。
笑い合う姉弟を横目に、風が戦闘開始の合図を告げる。
「それじゃあ、勇者部行くわよ!」
その合図で全員が飛び出した。
事前に決めていた作戦は単純。武器の都合上超近接戦しか行えない友奈とそのフォローとして友人が前衛として突撃。風と樹が中距離でそのサポートを。東郷は後衛として遠距離からの狙撃で皆の援護。
前回の戦闘で東郷の参戦まで三体の連携を崩せなかった反省が、ここに活かされていた。
「よし、新しいウォッチだ!」
そうして突撃する最中、友人がホルダーに手を伸ばす。
龍騎のウォッチを手にしたその時、山羊座の体表で爆発が起きた。
「なんだ!?」
出鼻を挫かれた形となる勇者部が驚きを見せる中、赤い閃光が彼らの前を横切った。
「――ちょろい!!」
閃光の正体である少女が、その手の剣を投擲する。
剣は山羊座に深々と突き刺さり、少しの間をおいて爆発する。
――なるほどさっきの爆発はあの子か。
と納得する友人だが、ある不安も浮かぶ。
「まさか、一人で!?」
「――封印開始!」
そのまさかのようだった。
少女は剣を構えると、山羊座の四方を囲うように剣を投げた。
花弁が舞い、封印の儀が開始される。
「思い知れ、私の力!」
程なくして御霊が露出するが、山羊座は御霊から毒ガスを噴出させ最後の抵抗を見せる。
「そんな目眩まし――」
しかし少女はそんな山羊座の抵抗など意にも返さない。
「気配で見えてんのよ!!」
視界が完全に封じられた中、迷いなく飛び出し、御霊を一刀両断して見せたのだ。
「殲、滅……」
光が天に昇り、山羊座はその姿を砂に変えた。
その光の一部がまたも友人の持つブランクライドウォッチに宿り、色形が変化する。
『ブレイド』
そして山羊座をたった一人で倒した赤い勇者服を纏った少女は、少しの距離をとって友人たちの前に降り立つ。
新たな勇者の参戦に少なからず困惑する友人たちを尻目に、少女は鼻を鳴らす。
「はっ! あんた達が神樹様に選ばれた勇者ですって?」
少女はまるで値踏みでもするかのように友奈たち、そして友人を見る。
「ふーん……」
「……えっと、何かな?」
視線に耐えかねて、友人が少女に尋ねる。
すると少女は下から上へと改めて友人――ジオウの姿を見て、吐き捨てるように言う。
「あんたが報告にあった例の《魔王》ね。実物見るのは初めてだけど、案外ダサいのね」
「だ、ダサ……」
初対面で面と向かって「ダサい」などと言われて傷つかないわけがない。
がっくりと肩を落とす友人の背に「カッコいいよ~」と友奈は援護するが、どこかセンスのずれている友奈の言葉ではどこか信用に欠けていたし、実際他の皆は苦い顔で笑っている。
「――魔王の姿を侮辱されるのは気に入らないね」
突如と、ウォズが勇者部と少女の死角から現れた。
「うわ!? あんた誰よ! 急に現れないでよね!」
多くは後に語ることになるが、少女は長年に渡って戦闘訓練を受けてきた。
故に気配の察知に関しては目や耳が潰れたとしても敵に位置が分かるほどに鍛えられている。
それだというのにウォズの接近に気が付かなかったということに、少女は地味にショックを受けていた。
「またでたわね」
「……いつも突然」
ウォズの突然の来訪に、犬吠埼姉妹は早くも慣れ始めていた。
対して友奈は「誰?」と首を傾げ、東郷は初めて会うウォズに警戒心を向ける。
今にも銃口を向けてきそうな勢いにもウォズは呑気に自己紹介を始める。
「初めまして、勇者の諸君。私の名はウォズ、魔王を正しき未来へと導く者だ」
「……で、そのウォズはどうしてここに? 今日は新しいウォッチは使ってないよ?」
半ば呆れながら友人が聞くと、ウォズは堂々と自らについて語る。
「私の役目は魔王である君が歴史に新たな一ページ刻んだ時、それを祝うことだ。タイミングを逃さないように常に待機しているだけだ」
「へ、へぇ~……」
「律儀とか何とかのレベル超えて、ストーカーじみてて怖いわね……」
もはや執念すら感じるウォズの祝うことに対する執着心に友人の顔は引き攣り、風はわざとらしく身を震わせる。
「――話、戻していいかしら?」
大幅に逸れた話の流れを戻すべく、少女は大仰な咳払いをした。
「私は三好夏凜。大赦から派遣された――正真正銘、正式な勇者よ」
少女――夏凛は己が大赦の勇者であると名乗った。
なるほど、自分たちだけでは不安だからと大赦は新たな戦力を送って来たのか、と勇者部が納得しようとし、歓迎しようとしたその時だ。
「あなたたちは用済み。はい、お疲れ様でしたー」
『ええ~!?』
あまりに唐突な解雇宣言に、友人たちの驚きの絶叫が樹海の中で木霊した。
◆◆◆◆
翌日の放課後。
早速と友人たちのクラスへ転入生としてやってきた夏凛は、勇者部を部室へと集めた。
「なるほど、そうきたか」
勇者部部長にして勇者の統率役でもある風は思わず、といった様子でそう呟いた。
「転入生のフリなんてめんどくさい。でも、まあ、私が来たからにはもう安心ね。完全勝利よ!」
自信満々と胸の前に握り拳を構える夏凛。
と、黒髪の少女――東郷がスッと手を挙げたので、「何か?」と目線で問う。
「何故このタイミングで? どうして最初から来てくれなかったんですか?」
当然の疑問だ。故に夏凛は事前のシミュレーション通りに答えを出す。
「私だってすぐに出撃したかったわよ。でも大赦は二重三重に万全を期しているの」
夏凛の弁は続く。
曰く、完成型。友奈達の戦闘データを反映させた上で、最新の改良を施された勇者であると。
そして夏凛は手近にあった箒を手に取ると、それを片手で容易く操ってみせる。
「何より、私はあんたたちトーシロとは違って、戦闘の為の訓練を長年受けてきている!」
夏凛が宣言すると同時、背後の黒板に箒の柄が当たりでガンッ! という音が響く。
やってしまったものは仕方ないが、どうにも格好がつかない。
実際に風はニヤニヤとした笑みで夏凛を見ているし、東郷は困惑気に「当たってますよ」と指摘されてしまった。
「躾けがいがありそうね」
ボソリと風が呟いた言葉が夏凛の耳に届く。
「なんですって!?」
反射的に突っかかる夏凛。
それを見かねて、風の妹である樹があわあわと止めに入る。
「ああっ、ケンカしないで!」
その様子に毒気を抜かれて、夏凛はフンと鼻を鳴らす。
「まあいいわ。とにかく大船に乗ったつもりでいなさい」
以上。と夏凜は話を切り上げる。
すると、赤髪の少女――友奈が椅子から立ち上がる。
何をするつもりなのかと夏凛が自身の動きに注視し始めたことになど気に留めた様子もなく、友奈はニコニコと笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「よろしくね、夏凜ちゃん」
「い、いきなり下の名前!?」
「イヤだった?」
「……どうでもいい。名前なんて好きに呼べばいいわ」
いきなり名前で呼んでくる友奈のパーソナルスペースの近さに驚いた夏凛だったが、『そういうやつ』と思えば特に気にするところでもなかった。
しかし、友奈の次の一言は夏凛を更に驚愕させるものであった。
「ようこそ、勇者部へ」
「は? 誰が?」
歓迎の声の意味を理解できずに思わず間抜けに聞き返してしまったが、友奈はさも当然といった様子で答える。
「夏凜ちゃんだよ」
「部員になるなんて話、一言もしてないわよ!」
「え? 違うの?」
「違うわ。私はあなたたちを監視する為にここに来ただけよ」
早くも友奈の能天気さに振り回され始めた夏凛が、半ば呆れながらそう返す。
「……もう来ないの?」
「また来るわよ。お役目だからね」
目の奥を揺らす友奈の様子に悪者めいた気分を覚えて、夏凛は反射的にそう答える。
すると「また来る」という言葉に目を輝かせた友奈がまたニコリと微笑む。
「じゃあ部員になっちゃった方が話が早いよね」
「確かに」
流れるように部へ勧誘する友奈とそれに同調する東郷。
ため息を吐きつつも、夏凛はお役目を果たすためには部へと入る方が都合がいいと判断する。
「……まぁいいわ。その方があんたたちを監視しやすいでしょうしね」
入部に同意してやると、友奈はまるで弾けんばかりに喜ぶ。
折れる形となった夏凛を他の面々が同情するように見たり、ニマニマとおちょくるように見てくる。
居心地の悪くなった夏凛はそんな視線から逃れるようにぷいと目線を逸らす。
「――ちょっ、何してんのよ!?」
逸らした目線の先で己の精霊である『義輝』が誰かの精霊であろう牛に噛り付かれていた。
『外道め』
すぐさま義輝を引き剥がしてやると、恨めがまじくそう言い残す。
「外道じゃないよ、牛鬼だよ?」
言って「もうご飯の時間か~」と牛鬼にビーフジャーキー与える友奈に、夏凛は何を言っても無駄だと悟とる。
代わりに彼女の弟である友人を睨んでみると、「申し訳ない」とその表情が暗に語っていた。
どうやら友人も振り回される側らしい。同情めいた気持ちを覚えてしまったのは気のせいではないだろう。
「うぁ……どうしよう、夏凛さん」
と、今度は今のやり取りのうちにテーブルに移動していた犬吠埼姉妹のうち、樹が夏凛に何やら憐憫の感情が乗った声を向ける。
「夏凛さんに死神のカードが……」
後に聞いた話だが、樹のタロット占いの的中率は六割を超えるらしい。
◆◆◆◆
翌日、再び夏凛は情報の共有ということで勇者部を部室へと集めた。
「それじゃ始めましょうか」
黒板にいくつかの書き込みを終えた夏凛は、改めて部員たちの方へ向き直ると開始の音頭を取った。
それに呼応した部員たちが普段の部活動のノリで返事をする。
「「「「「「はーい」」」」」」
「呑気か!? そんな調子だからバーテックス一匹苦戦するのよ」
勇者部のゆるい雰囲気に呆れるように苦言を呈す夏凛。
指摘を受け、さすがに緊張感を持った勇者部の面々を相手に夏凛は改めて説明を開始する。
「いい? バーテックスの襲来は周期的なものと考えられていたけど、相当に乱れてる。これは異常事態よ」
大赦の当初の予測ではバーテックスの出現は二十日に一度、一体ずつの筈だったらしい。
「帳尻を合わせるため、今後は相当な混戦が予想されるわ」
「確かに、1ヶ月前も複数体出現したりしましたしね」
それが二日続けての来襲。加えて二回目は三体同時と襲来は非常に不規則なものとなっている。
「私ならどんな事態にも対処出来るけど、あなたたちは気をつけなさい。命を落とすわよ」
夏凛自身は先に宣言した通り、大赦で勇者にとしての訓練を続けてきた。
多少のイレギュラーには対応できる自信もあるし、その為の実力もある。
しかし、勇者部の面々は風が大赦からの使者であり、友奈が独学で武芸を嗜んでいることを除いて戦闘経験は皆無だ。
これからどう戦うにせよ、完成型勇者である夏凛が面倒を見る必要があるだろう。
そう心に誓いつつ、夏凛は勇者部への説明を再開する。
「他に戦闘経験値を貯めることで勇者はレベルが上がり、より強くなる。それを『満開』と呼んでいるわ」
「そうだったんだ」
「アプリの説明にも書いてあるよ」
「そうなんだ!」
まともに説明すら読んでいなかったのか。
東郷に指摘された友奈の能天気に呆れる夏凛。
「満開を繰り返すことでより強力になる。これが大赦の勇者システムよ」
「へぇー、すごーい」
「三好さんは満開経験済みなんですか?」
「い、いや、まだ……」
「なーんだ、アンタもレベル1なんじゃアタシたちとたいして変わらないじゃない」
風の指摘に、夏凛はぐっと言葉を詰まらせる。
確かに『満開』を経験していない以上は勇者の強化の段階としては初期の段階になる。
しかし、と夏凛は風に対し自らの優位性を主張する。
「基礎戦闘力が桁違いに違うわよ! 一緒にしないでもらえる?」
そうして夏凛に睨まれる形となった風は「はいはい」とおちゃらけた様子で手を挙げ、降参の意を示す。
これ以上は何を言っても無駄と悟った夏凛は続いての話題に移る。
「――結城友人。あんたがあの『仮面ライダー』なのよね?」
突然話題の中心に上げられた友人が困惑気味に答える。
「う、うん。そうだけど……」
「あんたの使ってる力について説明してもらえないかしら?」
この問いは大赦から事前に設問せよ、と命じられたものだ。
故にあまり不自然な展開にならないように気を使っていたが、この勇者部のノリというやつでは不可能だと悟り、早々に問うこととした。
問われた友人はポケットから懐中時計型のアイテム――ライドウォッチといったか――を取り出す。
「僕が使っているのはこれだよ」
「何よ、その時計みたいなのは?」
勇者システムについては完璧に把握している夏凛でも、友人の《仮面ライダー》の力に関しては未知数だ。
問うてみると、友人は特段気にした様子もなくウォッチについて知りうる限りを話してくる。
「このウォッチを使うと、中に込められた仮面ライダーたちの力を使えるんだ」
「結構沢山あるんですね」
感心する樹に、うんと頷いた友人はそれぞれに込められた力について説明していく。
「今持っているのが、変身に使うジオウのウォッチとクウガ、龍騎、カブト、フォーゼ、ブレイドのウォッチだよ」
友人によれば、それぞれのウォッチはバーテックスを封印した後に生成されたものだという。
何故バーテックスを封印するたびにウォッチが生成されるのかと尋ねてみても、それについてはわからないという。
この件については大赦本部に報告を上げ、調べてもらった方がよさそうだ。
「このウォッチをベルトの左側に装填させると、そのウォッチの力を使うことが出来るんだ」
ーーそんなこんなで、友人によるジオウに関しての説明は終わった。
「じゃあ、ここから次の議題」
取り仕切る風が配ったのは、先日勇者部へ依頼された幼稚園の子ども会の手伝いに関しての案内のプリントだ。
「というわけで、今週末は子ども会のレクリエーションをお手伝いします」
「具体的には何をすればいいのでしょうか?」
「えーと、折り紙の折り方を教えてあげたり一緒に絵を描いたり、やることはたくさんあります」
東郷の質問に、指折り数えながら風が答える。
「わぁ! 楽しそう!」
「姉さん、あくまでも手伝いなんだからはしゃぎすぎないようにね」
幼稚園の子どもたちに紛れて楽しんでしまいそうなテンションの友奈を、友人が慌てて手綱を握る。
「友人と夏凜には、そうねえ……暴れ足りない子のドッヂボールの的になってもらおうかしら」
「風先輩!? 何で僕が的なんですか!?」
「っていうか、ちょっと待って! 私もなの!?」
風の勝手な取り決めに異議を申し立てる友人と夏凛。
まあまあと友人を宥めつつ、風が夏凛の前に示したのは、彼女が昨日出した入部届けだ。
「昨日、入部したでしょ? ここに居る以上部の方針に従ってもらうわよ」
「そ、それは形式上でしょ! それに私のスケジュールを勝手に決めないで!」
あくまで入部したのはお役目を果たすためだ、と言いかけて夏凛は友奈が首を傾げていることに気付いた。
「夏凜ちゃん、日曜日は用事あるの?」
「べ、別に無いけど……」
「じゃあ親睦会を兼ねてやったほうがいいよ! 楽しいよ!」
「なんで私が子どもの相手なんかを!」
「……いや?」
友奈の純真な瞳が夏凛を見る。
どうにもこの瞳に見られると断るという選択肢が浮かんでこなくなるのだから不思議だ。
「わ、わかったわよ。日曜日ね。ちょうどその日だけ空いてるわ」
結局、夏凛は断り切れずに日曜日の子ども会の手伝いを引き受けた。
「良かった~」
友奈は夏凛も一緒に参加できることを素直に喜んだ。
「ちょっと!! 僕の話は!?」
結果として、友人の叫びは無視される羽目となった。
◆◆◆◆
来たる日曜日。
先日の約束通り、夏凛は子ども会の用意をして勇者部部室に参上した。
「来てあげたわよ……って、誰もいないの?」
狭い部室を見回してみるが、他の部員がいる様子は見られない。
現在の時刻は十時四十五分。集合が十一時なので早すぎたということもないだろう。
誰一人いないにせよ、何かしらの人の来る気配というものを感じるてもおかしくないはずだが、一行にその気配はない。
「これ、ひょっとして……」
もしやと思い、夏凛は先日渡されたプリントを取り出し確認する。
「現地……」
集合場所は、夏凛がいる勇者部部室ではなく子ども会を開催する幼稚園だ。
「しまった。私が間違えた……えっと電話、しておいた方がいいわよね?」
スマホを取り出して、先日聞いておいた風の電話番号に掛けようとする。
発信のボタンを押そうとしたその時、夏凛のスマホに着信が入る。
「この番号……結城友奈!? あっちからかかってきた!」
突然の着信に驚き、夏凛は友奈からの着信を切ってしまう。
「切っちゃった……か、かけ直した方がいいわよね? こういう時はなんて言って……えっと……」
人付き合いの経験の浅い夏凛はこういう時の対応がわからずにあたふたしてしまう。
しかし、あたふたとしているうちに頭のどこからか冷めた考えが浮かんでくる。
「……何やってるの? 私は」
そもそも勇者である夏凛には、子ども会なんて全く関係のないことだ。
「そうよ、関係ない。別に部活なんてハナから行きたかったわけじゃないし」
なぜ自分がここに居るのか。
それは無論、部活動をするためはない。
勇者としてバーテックスと戦い、四国を守ることこそが己の役割だ。
「そうだ。私は、あんな連中とは違う。真に選ばれた勇者」
完成型勇者が何を呑気に浮かれていたというのか。
勇者である以上お役目を果たす使命がある。部活動などに現を抜かす暇なんて無い。
夏凛はスマホの電源を切ると、部室を出た。
◆◆◆◆
夏凛はほぼ毎日、自宅からほど近い砂浜で二刀の木刀を振るうトレーニングを行っている。
(あいつらは所詮試験部隊。私は違う。私は世界の未来を背負わされている。期待されているのよ。だから……普通じゃなくていいんだ……)
そうして日が落ち始めた頃、砂浜でのトレーニングを切り上げ、夏凛は帰路へと就いた。
◆◆◆◆
誰もいない自宅へと帰った夏凛は、砂浜での運動量に物足りなさを感じ、ルームランナーで汗を流していた。
この後は風呂に入って、買ってきた弁当を食べて、寝て、学校に行って、ただそれだけだ。
「なっ!」
ランニング中に唐突にインターホンが鳴る。
咄嗟のことで反応できずに一度目を無視すると、二度三度とそ繰り返し何度も鳴らされる。
「誰よっ!?」
あまりにしつこく鳴らされるので、不審者か何かかと思い木刀を片手にドアを勢いよく開け放つ。
「「「「「わあああっ!?」」」」」
どうやらインターホンの犯人は、勇者部の面々だったようだ。
車椅子の東郷を除いて、何やら大きなビニール袋を全員抱えていてるようで嫌な予感がする。
「……何よ」
「何!? じゃないわよ。心配になって見に来たの」
「心配……?」
「良かった~。寝込んでいたりしたんじゃないんだね」
「え、ええ……」
「んじゃ、上がらしてもらうわよ~」
と、自然な流れのようにずかずかと部屋へ上がってくる風、それに他の面々も続く。
唯一申し訳なさそうにしているのは友人と、車椅子の車輪の泥を落としている東郷だけだ。
「何勝手にあがるのよ! 意味わかんない!」
家主の文句など意にも返さず、部屋に上がり込んでくる勇者部の面々。
風は引っ越したばかりで必要最低限しか家具のない夏凛の部屋を見て一言。
「……殺風景な部屋ね」
「大きなお世話よ!」
友奈は完全食であるにぼしと、水やプロテインの類しかまだ入れていない冷蔵庫を見て、
「うわ、いい冷蔵庫なのに……」
「どうだっていいでしょ!」
樹はどうやらルームランナーの方に心惹かれたようで、最新式の器具に触れながら、
「す、すごいです~」
「勝手に触んな~」
遅れてやって来た友人と東郷はというと、冷蔵庫を眺める友奈を回収がてら台所の調理器具の少なさとゴミ袋に詰められたコンビニ弁当を見て、夏凛の一人暮らしの現状を憂いていた。
「……一人暮らしが大変なのはわかるけど、自炊しないと栄養偏るよ?」
「いいのよ、サプリで補ってるから!」
「それにしても、やっぱり調理器具は少ないから今度一緒に見繕いましょうか?」
「最低限あればいいでしょ! あんたは私のオカンか!!」
と、各々散々と弄り倒してきた後で、代表して風が何やら取り仕切りを始めた。
「ま、いいわー。ほら、座って座って」
「な、何よ!?」
いったい何が始まるのか、と警戒する夏凛の腕を引き、友奈が隣に座らせる。
「何なのよ! いきなり押し掛けて来て!」
じろじろと窺うように見てくる視線に耐え切れず、夏凛が叫ぶと「待ってました」と言わんばかりに全員が動いた。
友奈が東郷が抱えていた風呂敷をテーブルの上で広げる。
中に入っていたのはホールのケーキだ。その上に乗ったチョコプレートには『誕生日おめでとう』の文字。
「……え?」
「ハッピーバースディ、夏凜ちゃん!」
虚を突かれた夏凛が間抜けな声を漏らす中、ぱんぱんとクラッカーが一斉に鳴らされる。
『おめでとう!!』
「ど、どうして?」
誕生日なんて、勇者部の面々に教えた覚えはない。
それなのに何故……? と、その疑問を解決してくれたのは風だった。
「アンタ、今日誕生日でしょう? 入部届に書いたの、忘れた?」
そう言って風が取り出したのは入部届。そこには夏凛の名前と生年月日がしっかりと記されている。
「あ……」
「姉さんが見つけたんだよね」
「えへへ~」
大手柄! と持ち上げられた友奈は顔を綻ばせる。
「あっ! って思っちゃった。だったら誕生日会しないとって」
「歓迎会も一緒にできますねーって」
「うん!」
満面の笑みを友奈が見せる。
そこから引き継いで、風が夏凛に事の経緯を説明する。
「本当は子どもたちと一緒に児童館でやろうと思ってたのよ」
「当日に驚かそうと思って黙ってたんだけど……」
「でも、当の本人が来ないんだもの。焦るじゃない」
「家に迎えに行こうとも思ったんだけど、子どもたちも激しく盛り上がっちゃって……」
「結局この時間まで解放されなかったのよ」
悪かったわね。と最後にそう締める風。
事の経緯を知らされた夏凛は驚いた様子で口をパクパクとさせている。
「お? どうした?」
「夏凜ちゃん?」
友奈が黙り込んでしまった夏凛の顔を覗き込む。
「あれぇ? ひょっとして自分の誕生日も忘れてた?」
風が煽ると、夏凛は次第に肩をわなわなと震えさせはじめた。
「バカ、ボケ、おたんこなす……」
もしかして怒らせてしまったか? と勇者部の面々が夏凛の顔色を窺う。
「誕生会なんてやったことないから……なんて言ったらいいかわかんないのよ……」
どうやら怒らせたわけではなかったようだ。
安心した面々は夏凛にコーラの入ったコップを持たせると、友奈が乾杯の音頭を取り始めた。
「お誕生日おめでとう、夏凜ちゃん」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
そこからは誕生日会の始まりだ。
何故かコーラで場酔いした風が夏凛に絡みだし、
「あははー、飲め飲めー!」
「コーラで酔っ払うんじゃないわよ!」
「こういうのは気分よ、気分。楽しんじゃえるのが女子力じゃない?」
樹がテレビ棚の下に折られた鶴と折り紙の練習本を発見したり、
「折り紙! 練習してたんですか?」
「みみみみみ、見るなーっ!!」
友奈は掛けてあったカレンダーに何やら予定を書き込み始めた。
「えーと……」
「勝手に書いちゃ駄目だって、姉さん」
友人はやんわりと止めているものの、友奈は毎日なにかしらの予定を何もなかったカレンダーに書き込み続ける。
「そんな毎日予定なんてあったっけ?」
「勇者部の予定と、私たちの遊びの予定!」
「勝手に書き込まないで!」
結局、五月のカレンダーには隙間なくびっしりと予定が書きこまれてしまった。
漏れなく休みであるはずの土日にも予定と称して丸が書かれている。
「勇者部は土日に色々活動があるんだよ」
とは書いた本人。
続くように部長である風も勇者部の活動の多忙さをアピールする。
「今ある依頼だけどもガーデン部の依頼で校庭の中庭整備の手伝いでしょ。あと市のマラソン大会の手伝いなんかもあるから、結構忙しくなるなるわよ~」
「勝手に忙しくするなー!」
まだまだと、風は更に現状の依頼の数を指折り数えている。
しかし、当人も多すぎると思ったのか両手の指を超えたあたりで数えるのをやめたようだ。
「お姉ちゃん?」と姉を睨む妹の声を背景に、友奈がさらにもう一つとカレンダーを捲る。
「そうだよ、忙しいよ! 文化祭でやる演劇の練習とかもあるし」
十月の文化祭の日を指差し、意気込みを見せる友奈。
しかし、演劇とは初耳だったのか他の面々が首を傾げ、友奈はそれをあわあわと訂正する。
「あれれ? もしかして私の中の勝手なアイデアを口走っちゃっただけかも……」
しかし風は、その友奈のアイデアを良しとする。
「いいわね、演劇」
「良いの!?」
「決まり! 今年の文化祭の出し物は演劇で行きましょう。」
とんとん拍子で話は決まり、風は友奈とあれこれ計画を立て始める。
その会話の中に自分の名前が頻繁に上がるのを耳にして、思わず夏凛は口を挟む。
「っていうか、私を話に巻き込まないでよ!」
風は意に介した様子もなく、夏凛の言葉を適当にあしらう。
「いいじゃん。暇だったんでしょう?」
「忙しいわよ! トレーニングとか!」
「一人で!? 暗っ!」
そのまま、わーきゃーと言い合いを始める二人を樹や東郷が温かく見守る。
その横でやはり同じく温かく身も持っていた友奈に、友人が声を掛けた。
「良かったね、姉さん。夏凛ちゃんと友達になれて」
「うん!」
後書き
はい、どうも。二か月間が空いてしまいました、どうもクマさんです。
というのも、私のやる気の低下――以下、訂正作業の如何に苦痛を語りまくるも文章量が長大に膨れ上がってしまったので泣く泣くカット――が原因の一助ではあると思うのですが、それ以外にも言い訳を述べさせてください。
昨今の567のおかげで方々の企業なり学校なりが自粛の一環として活動を停止するなり、オンラインでの活動にシフトと思うのですが、一つだけ通常と業務内容を異にすることができない界隈がありました。
――そう、物流です。
コンビニなりスーパーなりが自粛で営業をやめてしまったら皆さんは飢え死にです。
そんな物流の世界に、わたくしクマさんは身を置いているんですね。
つまるところスーパーでバイトしているわけなんですが、これがいけなかったのが三月から四月にかけては卒業シーズンということもあって、人が抜けていたんですよ。
故に残った人員で回していくしかなくなり、567のおかげで新しいバイトも来ずという悪循環でいっぱい稼がせていただきました。これで今度のCSMのイクサベルトの支払いも余裕です(ガンギマリ)。
そんなこんなでお金を稼ぐ代わりに疲労をこの身に蓄積させた状態でまともに執筆できませんでした。
とはいえ、五月末には今年一楽しみにしていたゼノブレイドの新作がやってくるので『なんとしても!!』と五月末までに終わらせました。
これで月末までに投稿されていなかったら投稿主であるパラドファンのせいなので問い合わせはそちらにお願いします。
とまあ、言い訳を重ねましたが全都道府県で緊急事態宣言も解除され、徐々に平時の活動に戻っていくと思うので、次回は早めに登校できたらなぁ……(願望)くらいに思っています。
《後書きの後書き》
いや〜何とか月末までに間に合いましたね。
というか擦り合わせの関係でほんの一部分だけ仕上げをパラドさんに任せた筈なんですが、結局そこも僕が書く羽目になったので、僕が間に合わせました。
そろそろ彼には成長して欲しいものです。
あ、彼本来の実力が読んでみたければ投稿者ページからポケモンのSSに飛んでください(露骨なステマ)