第4話です。ここまでで、一応、私なりの「ヤンロビ(桜さん言うところの、ヤンさんスパダリへの道)」の世界の土台終わりというとこです。
ヤンさんとロビーとハッチとイックと・・・・彼らが今後どうなるか?
それはまた、次からのお話にご期待を。
では、これにて一段落(?)の第4話をどうぞ!
誰もが予想だにしなかった「キャバクラおねーちゃん大好き」ロビーと、泣く子も黙る「闇金融の帝王」ヤンの電撃入籍。
だが、願っても叶わぬ夢と思っていたヤンからすれば、
『夢なら覚める前に、私の息の根を止めてくれ!』
と、本気で念じ続けたほど、ただもう幸せに酔いしれていた。
「ロビー・・・」
「ん???」
眠そうな声は、この三日三晩、ずっとベッドから離さなかった最愛の新妻から。
―――結婚したら・・・こういうの・・・―――
もっと、してくれるんだよな?
その一言で決壊してしまった理性は、ヤンの脳裏から仕事も義務も何もかもを捨てさせるに十分すぎた。
「俺・・・もっと・・・こういうの・・・知りたい・・・」
情交そのものが初めてだったのだと恥ずかしそうに俯いたロビーのうなじは、真っ赤に染まっていて。
本当に、本当に、今まで誰とも『こうした』経験がなかったことを示していて。
なのに、この信じられないほど無垢な存在は、己のことを「いい年して、こんなでみっともねえだろ?」
などと言うのである。
何がだ! お前の『初めての男』に選ばれた私の歓喜は、どうすればお前に伝わるのだ!!
「だって・・・面倒だったろ? いろいろと・・・その・・さ?」
いやいや、初物を頂く美味さを、お前は知らない・・・? まあ・・そうだな・・・
『経験がないのなら、それも知らずとも当然か・・・』
だが、そんな考えをする余地もないほど、うっとりとしたロビーの青い瞳がもたらす蠱惑的な視線は破壊力満点だった。
「俺・・・あんたが好きだなあ・・・」
半ば眠りながら、そんなことを言ってくれたりするのである!
ああ! 神よ! 神などという存在は信じていないが、今だけは感謝する!
「神よ! 運命よ! 天よ! 大宇宙よ!」
よくぞ、我にロビーを与えたもうた!!!
その幸せに誘われ、ロビーが求めるまま昼夜を分かたず、幾度その身を掻き抱いたことだろうか。
そして、その度に、己の欲深さと業に唖然としながらも、止まることも止める意思もないまま、どれほど耽溺し続けただろう。
ロビーの身体はしっとりとしていて、幾度抱いても、しなやかで。
そして、達する度に嬉しそうに笑うのだ。
そうなのだ、私に向かって幸せそうに微笑んで・・・そして、そっと淡い口づけを返してくれて・・・
そのまま、すうっと寝入ってしまうということを幾度繰り返したことだろう。
ああ、もう時よ止まれ! 永遠に!!!
陳腐な言葉だが、幾度そう叫んだことか!
それでも現実には、時間は刻々と過ぎてゆき・・・流石に三日も過ぎれば、ヤンの意識も夢の世界から戻ってしまう。
この時ばかりは、経営者として、そして、もろもろの全ての事象について冷静さをすぐに取り戻す自分の気性を少しばかり恨んだものだ。
『だが・・・まあ・・・』
すやすやと眠っているロビーに、シルク地の柔らかな淡いピンク色のパジャマを着せてやりつつ、その裸身に刻まれた数えきれない痕跡を思えば、これ以上、自分が求め続けてしまえばどうなるか? との危惧もまたあった。
『・・・あまり最初から無理をさせてはな・・・』
ロビーの方が、後遺症で痛いとか苦しいなどということになっては、今後の夫婦生活に支障が出てしまう。
『だから・・・少し・・・』
何も纏っていない姿を、三日間見続けてきた身としては、こうして自らの手で隠してしまうのは少々惜しい気もするのだが、それでも、精一杯己の大人としての分別と理性をもう一度かき集めて、そうっとロビーの若い男にしては、軽い身体を抱き上げる。
「ロビー?」
「ん?」
耳元で囁けば、眠ったままで意識はないだろうに、ぼんやりとした返事が呟きのように微かに零れる。
「そろそろ・・・私の家へ場所を移そう。いいか?」
「ん・・・・」
分かっているのかいないのか。だが、ヤンが抱き上げるままに抵抗もなく身を寄せてくる。
「連れてって・・・くれよ・・・な?」
そのまま、すうすうと健康的な寝息を立てる愛しい人。
このまま、猛烈にまた押し倒したくなる男の本能を押さえられたのは、一重に自分が大人だったからだとヤンは思う。
『もしも、もっと若い頃にロビーと出会っていたなら・・・』
きっと、出会った早々に、どんなにロビーが泣いても喚いても、無理やり犯していただろう。
そして、どれだけ懇願しても外へ出すことも許さず、ずっと、自分の愛しいペットとして飼いならしたことだろう。
「だが・・・それは・・・私が本当の求めたものだったか?」
違う。もう分かっている。
獣性のままに襲ったハママⅡでの出来事を、未だに後悔している自分だ。
あの時、未遂のまま、しかもロビーは「単なるレースでの進路妨害」と当初は勘違いしていた程度だったというぐらいで終わったことに、それこそ神がいるなら感謝したい。
ハッチと結婚してしまう! との誤解から、衝動的に告白してしまったイズモンダル。
だが、その誤解のお陰で、「友人」にしてもらうことができ、その後の「デート」を重ねていき、遂に、ロビー本人から求められ、結婚届にまで至ったのである。
この幸せを・・・もう・・・どう言えば!!!
と、その時、はたとヤンは気づく。
『そう言えば・・・』
己の幸せに溺れるあまりに、側近であるアロとグラにすら、欠勤することを伝えていなかったなと。
「これは・・・」
あの2人のことだ。今まで仕事を投げたことなど一度もなかった私が、社に無断欠勤など、どれほど心配していることか想像に難くない。
それでも、今は・・・もう少し・・・もう少しだけ・・・
ぎゅうと腕の中の愛しい人を抱きしめ、ヤンは、そっと耳元へと囁く。
「花嫁を家に迎え入れるまでは・・・な」
もう少し、待っていてくれと。
傍にいない側近たちへと語りかけていたのであった。
そうして、ヤンは、ロビーの手荷物やらもともと着ていた服はクリーニングの上、別途、自宅へ送らせる手配を済ませ、己の豪邸の寝室にとシルクパジャマ姿のままのロビーを寝かしつけた後、やっと、三日ぶりの本社ビルへと足を向けたのであった。
「ああ・・・」
太陽が黄色い・・・
そんな古びた小説のような感慨を抱きながら、足取りはまるで羽が生えたかのように至極軽かった。
その後の騒動など、まるで予想だにすることなく。
★★★
しかし、ヤンが幸せの夢か幻か?の中にいた頃、ここ、月の王国ルナランドでは、ロビーのサポート・ロボットであるイックと、ルナランドの次期国王である王子のハッチの2人が、それこそ、文字通り額を突きつけて、真剣に討議し続けていた。
「イック・・・これでどうかな?」
「そうだな・・・これなら・・・・」
「あの・・・王子・・・・」
恐る恐る声をかけるのは、この三日間、ずっと眠ることも許されずに付き合わされてしまったルナランド王家の顧問弁護士達である。
「何?」
眠気も手伝って不機嫌極まりないといった王子の声に、びくりとしながら、それでも、初老の筆頭弁護士は意を決して言葉を発する。
「もう・・・三日でございます」
「だから?」
何?
年若くとも未来の為政者。誰何する声の迫力は、王者のもの。
それでも、必死に顧問弁護士は言葉を尽くす。
「我々にできることはここまでです!」
「そう?」
絶対零度を思わせる冷たい声音は、『無能なの?』の響きを帯びる。
それでもだ。人間には限界があるのだ! 三日もこちらに拘束されていては、既に通常業務だけでも、どれほど滞っていることか!!
その一念にて、初老の顧問弁護士は、必死に未来の国王へと訴える。
「当人同士の合意での婚姻届を無効にする手段は・・・限られているのです!」
「でも、ゼロじゃないよね?」
何のための法律制度? 何のための法律のプロ?
「何のために僕らルナランド王室から君らに多額の報酬を払っていると思っているの?」
分かって言ってる? 分からない? それとも、本当に分かってない?
翡翠にも喩えられる王子の澄んだ瞳からの視線が、ここまで恐ろしいと思ったことがかつてあったろうか?
「いえ・・・ですが・・・」
「ふ~~ん・・・」
ちろん、と目の端を徹夜の連続で赤く腫らしたままに、まだ未成年の王子は冷たく言い放つ。
「まあいいさ。君たちの能力では、限界らしいし」
無能者を拘束しても意味はないから。
「下がっていいよ、後は、僕とイックでやる」
「ですが、王子!」
法務担当は! と、食い下がろうとする弁護団らを、ハッチは良く通る高い声で一喝する。
「役立たずは要らないって言っているんだ! ありきたりの法律論しか言えない弁護士は、僕には要らない」
分かっているんだろう? 僕自身が、銀河連邦公認の一級弁護士資格を持っていることは。
「法理論なら、十分だよ。君たちには、それ以上の証拠や理論武装について固めて欲しかったんだけどね」
それなのに、三日で限界って根を上げるなら、もういい。
「王子・・ですが・・王子も、そもそもご公務が・・・」
「公務?」
今度こそハッチの翡翠の瞳が、ナイフのように剣呑に光る。
「僕にとって最も重要な事が何なのか・・・それすら分からない。ああ、本当にもう君らは下がっていい」
好きに休憩するなりなんなりするといい。
「僕と・・・お祖父様の形見でもあるイックが、どれほどの想いなのか・・・それも分からない者は要らない」
「王子!」
「もういい! 下がれ!」
最後通牒とばかりにぴしゃりと言われ、すごすごと王子の部屋から退室していく姿は、哀れとしか言えないものであったが、そんなことに今はかまけてはいられない。
事は急ぐのだ。そして、何がなんでも、どうにかするしかないのだ!
「イック・・・ロビーとヤンの婚姻について、手続き上の瑕疵は見当たらない」
「ヤンの野郎のこった。そのあたりは、抜かりはねえと思っちゃいたが・・」
「でも、さ」
じっと少年は、目の前のウサギ型サポート・ロボットの瞳を見据えて言葉を紡ぐ。
「ロビーが『騙されて』とか『正気じゃなくて』とかの可能性がある限り、ひっくり返すことは不可能じゃない」
「そうとも・・・。あの馬鹿!」
一度、銀河連邦公式の婚姻届をしてしまえば、それを覆すのがどれほど大変か!
だが、良くある例として「酒の勢いで」あるいは「そもそも、それが婚姻届と知らなくて」などの「詐欺結婚」事案もまた、それなりにある。
「・・・それでも無理なら・・・」
「まあ・・・バツイチになっちゃうけど・・・」
互いにうーんと目を目を見合わせ、だが、重々しく双方向かって頷く。
「離婚だな」
「そうだね。その場合は、慰謝料も取って・・・・」
少なくとも「強姦」と「暴行」と「傷害」ぐらいは・・・・・
「いや、警察沙汰にはしたくねえんだ。だって・・」
「分かってるよ、イック・・・」
今も昔も、レイプ事件が公になると傷つくのは「被害者」である。
「銀河の英雄のロビーがだよ? 地球の救世主のロビーが、男に強姦されました・・なんてさ」
「恰好のネタじゃねえかっ! ロビーが・・・ロビーが哀れすぎる・・・」
わっと泣くウサギの頭をそっと撫でつつ、ハッチは少年とは思えぬ怜悧な頭脳で提案する。
「とにかく・・・多分、ロビーには今は何を言っても駄目だろうからさ」
「・・・ああ。俺様に無断で、勝手に結婚届出してる段階で! もうあいつ! 正気じゃねえっ!」
ヤンの野郎っ! 俺様のロビーをどうたぶらかしやがったんだよっ!
「・・・まあ・・・海千山千って奴なんだろうねえ・・・」
オレには分からないけど・・・と遠い目をするハッチに対し、イックの怒りは未だもって完全燃焼中である。
ゆらゆらと背後に青い焔が見えるようなのは、あながち気のせいではなく、多分、ショート寸前の回路から揺らめく蜃気楼を齎す熱のせいだろう。
「あいつは馬鹿で・・・馬鹿でよぉ・・・。騙されやすくて・・・」
ほだされやすいんだ・・・・
泣きそうなウサギのうな垂れている耳にそっと触れて、そうだね、とハッチも頷く。
「ロビーってさ・・・」
一見すると、ただのふらふらしている遊び人なのに、その実、家出した自分をイセカンダルまでの旅に連れていってくれるほど大らかで。
「優しい・・・んだよね・・・」
最初に自分にくれた着替えのパジャマも、タコ型キャンドルも、何もかもナガヤボイジャーが木端微塵になった時に無くなってしまったが、スマブレに残した写真と何よりも自分の心に刻みつけられた思い出だけは、今もハッチの胸を熱く、そして温かく包み込む。
「優しすぎるから・・・」
きっと、投資だなんだと言われて、それで契約が取れなくて困っているとか言われたら、それだけでほいほいサインしてしまったりもするんだろう。最初は、なんであんな簡単に詐欺に引っかかるんだろう? と思っていたけれど、損したことについて怒りもしていないロビーを見ているうちに、最初から「儲ける」つもりそのものがなかったんじゃないだろうか? とすら今は思う。
口では「一攫千金~~~」とか言っていても、魚人族のギョギョ君に結婚資金が必要と聞けば、一緒に捕まえた「オダワーラの使い」の賞金のほとんどを彼にあげてしまうし、何よりも「幸福をもたらすアカフクリスタル」をせっかく持ち帰ったのに、それを「旅の記念品」のほとんどを失くしてしまったハッチに、あっさりくれたのである。
まるで惜しげもなく。当たり前のように。
「優しすぎるんだよ、ロビーは・・・」
「分かってるさ、んなこた!」
あいつがガキのころから、どんだけ俺様が付き合ってきたかと!!
言いながらも泣きそうになるイックに、よしよしと、その頭を撫でて慰める。
「だからさ、多分、ヤンから何度もプロポーズされて、口説かれて・・・ほだされた・・・ってとこなんだよね? きっと・・・」
「他に考えられるかっ!」
ぎりり・・・と、歯ぎしりしながら、イックは吠える。
「本当に好きな相手以外と、あんな・・・あんなことあいつができるわきゃね~んだっ! ましてや、結婚!?」
冗談じゃねえっ!!! 今までの巨乳美女のねーちゃん達の谷間と涙にほだされての比じゃねーわっ!
「だけど、きっとロビーには一緒なんだよ・・・」
「そだな・・・」
しゅんと、またしてもうな垂れるイックの長い耳。
こんなやり取りを、あの衝撃の爆弾発言を聞いてから、どれほど繰り返したことだろうか。
ロビーとヤンが結婚届まで出していた、との衝撃から飛び出したイックを追いかけたハッチが、そのまま護衛のルナ・ガードの面々と共に、一旦、月のルナランドまで帰ったのは、戦いの仕切り直しのため。
「相手は、契約のプロだからね・・・」
「ああ。ヤンに正攻法は通じねえ・・・。裏交渉もあっちのが上だろう」
「でも・・・ロビーに目を覚ましてもらうことは・・・できるんじゃないかな・・」
「それ以外には・・・道はねえな・・・」
被害者に被害意識がないのだ、無理だ! との弁護士達の嘆きを三日間も耳にタコができるほど聞き続けてきたのだ。
―――いくら、監禁された上で、実は強姦だったとしてもその後、ご本人様が納得しておられたら法的手段は取りようがありません!―――
そんなことは分かっている。証拠もない。無理強いされた、騙されたとロビーに言ってもらうしか、この事態をひっくり返す手段はないのだ!
そして、そのためには・・・・
「イック・・・」
「ハッチ・・・」
イセカンダルまでの長い道中を旅した仲間の絆は、今こそ蘇る。
そうだ、自分たちこそがロビーを助けるんだ! との迷いのない使命感。
「ロビーとヤンの・・・」
「各個撃破・・・だな」
かくして、そんな計画を王子が、必死に練っていたことなど無論地球のヤンズ・ファイナンスの社員らが知るわけもない。
ロビーがすやすやと、ヤンの寝室で眠っているころ、ヤンズ・ファイナンス本社ビルでは「おめでとうございます!」「総帥っ!」「社長!」「ヤンさんっ!!!」様々な祝辞が舞い飛んでいたのであるが、月にはそれは当然見えない。
月と地球。近いようでいて、やはり遠い「異なる星」である故か。
それとも、それは人と人との心は、必ずしも同じではない故か??
いずれにしても、悲しいすれ違いがここにあることに、イックもハッチも知る由もなかった。
2人はただ、ロビーを救い出したかったのだ。
間違った運命から。
そう・・・彼らにとっては「間違った」。
ロビーにとっては「自分で選んだ」。
そして、ヤンにとっては「大宇宙の奇跡」による・・・運命から。
★★★
だが、いざ出陣! とばかりに、ハッチとイックが頷いていたそこに、不意に静かな声がかかる。
「ハッチ王子」
「・・・・・・何? じいや・・・」
目線もくれることもなく、自分を育ててくれた老執事をすげなくハッチは呼び捨てる。
「オレ達忙しいんだ。分かっているよね?」
「分かっております。ですが・・・だからこそ申し上げたきことが・・・」
「・・・何だっていうのさ、一体・・・」
ハッチも自分にとっての育て親も同然のじいやに対しては、どうしても幾ばくか甘い。
先ほどの弁護士達へとは少しばかり異なる声音で、少しばかり拗ねたように小さく言う。
「オレの邪魔をする気なら聞かないよ? たとえば『救出ごっこ』とか『ヒーローごっこ』とかね!」
決死の家出だったのに、それを「ごっこ」扱いされた恨みは、今も消えない。
そんなハッチにうやうやしく、老執事は礼を取って慇懃に答える。
「じいやの話もお聞きください。これは・・・ロビー様と・・・ハッチ王子について、極めて重要なことなのです」
「え?」
予測もしていなかった言葉に、思わず翡翠の瞳は老人に向かって見開かれる。
そこに深く礼を取りながら、老執事は静かに言葉を続ける。
「そもそもは・・・先王陛下の御代に遡ります」
「は?」
何を言いたいの! じいやはっ!
との胡乱げな視線に構わず、乾いた声は滑らかに続く。
「ハッチ王子は、何故・・・ご自身に未だ『許嫁』がおられないのか。不思議に思われたことはございませぬか?」
「え?」
それこそ、一体藪から棒に何のことだ? あまりの不意打ちに、ハッチは思わず素で答える。
「いないものはいないとしか・・・・。それに、誰もオレの結婚相手のことなんて話すらしなかったじゃないか」
「そうです。ですが、本来王家にて、たった一人のお世継ぎに伴侶がいないなどとは、ありえぬこと。帝王学を学ばれておられる王子は、当然、お気づきでございましょう?」
「だけど・・・」
いないものはいないじゃないか。
「それに、それが何の関係があるのさ?」
その問いを待っていたとばかりに、白い髭をたくわえたじいやは、すうっと一呼吸すると満を持した様子で答える。
「実は・・・いらしたのです。ただ、そのお方は、長らく行方不明となっておられ・・・」
手を尽くしてお探ししたのすが、ついぞ見つからなかったのです。
「だからこそ・・・王子も、もう十八歳になられたこの際、ついには、探索を諦め、別の方とのご縁をと・・・」
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・・・・それね・・・」
うんざりしたように苦々しく、ハッチは端正な顔を思わず歪める。
「それも、オレが思いっきり王宮ぐらしを息苦しく感じた原因の一つだったんだけど?」
分かってるの? じいや。
「はい。王子が、地球のルナランド大使館を抜け出され・・・あまつさえ、見知らぬ者の宇宙船で太陽系まで飛び出してしまわれた時には・・・・どうしようかと・・・どれほど、このじいやが慌てましたことか・・・」
よよよ・・・と、白いハンカチで涙をぬぐっているが、それが、空涙であろうことは長年の付き合いで分かっている。
「演技はいいよ。で? 結局、イセカンダルまでわざわざ追いかけてきて、ヤンにあっさりルナ・ガード一個艦隊潰されて! ああ、ロビーの前でオレは大恥かかされたっけねえ・・・」
思わず遠い目になってしまう。
何せ「優秀」と思っていたルナ・ガードが、あろうことか黄金のシャチホコ一匹に、あっけなくも情けなく、見事なまでにやられてしまったのだ。
一撃で旗艦以外の全てが航行不能になり、肝心な旗艦すら最後まで黄金のシャチホコに勝てなかったという体たらく。
「一国の軍事力として・・・あれはもう・・・」
王子として、ほとほと恥ずかしかったよ。
だから、その後、ルナ・ガードの鍛錬については、ハッチ自ら指揮して強化プログラムを作ったぐらいなのだが、今、そんな思い出話をしている時ではないだろうと、首を振って話を切る。
「だから! 今はそんな話どうだっていいだろう! 今は、ロビーの!」
救出が! というより先に、老執事の発言の方が早かった。
「ですから・・・その『ロビー様』こそが、ハッチ王子の『行方の知れないご婚約者』だったのです」
「・・・・・・・・・・・は・・・・ぁ・・????????」
ぽかんと思わず開いた口は塞がらず。
だけど何故だか『何を馬鹿なことを!』と言おうとする声は、ひりつく喉に邪魔されて声にならずに留まってしまった。
「・・・な・・・ん・・・?」
そんな若い主君を見詰めながら、同時に、その傍にちょこんといるウサギ型サポートロボットへと視線をやると老練な執事は淡々と言った。
「ワンナイン・・・・『お前』は、知っているはず・・・」
そうであろう? 我らが月の王国の始祖、ロック・キタ陛下がヨッカマルシェより手に入れ、自らの御手にて最高傑作へと完成させたお前ならば。
「先王陛下と、陛下のご親友ユマ・ヤージ監督の友情の証として、先王陛下の手ずからヤージ監督にと譲られたお前だ」
お前は、何もかも知っている。そうだろう?
「ワンナインよ」
「オレは『ワンナイン』じゃねえっ!」
かっ! と、イックはウサギ特有の赤い瞳を剣呑な光で点滅させつつ、一気にその毒舌でまくしたてる。
「俺様の正式名称は『JPS-19』。そして、ロビーがつけてくれた俺の名前は『イック』だ!」
「そうだな。確かに、お前が言う通り『お前にかつての記憶がない』というのであれば、それもまた真実だろう。先王陛下とユマ・ヤージ監督が愛した『優秀なサポートロボット・ワンナイン』ではない。そうとも言える。だがそれは真実か?」
「・・・じいや、それはどういう??」
話が見えない・・・と、ハッチが年相応に戸惑いの表情を浮かべるのを、痛ましそうに白髭の執事はそっと見遣る。
「あなたもまた、この精巧すぎる・・・優秀すぎたロボットに騙されていたのです。ハッチ王子」
「騙すって・・・?」
何を? イックが一体、何をさ!
その問いに、じいやは実にあっさりと答える。
「ヨッカマルシェ産のボディに、天才も名高い先王陛下が更に加えた特殊プログラムの数々・・・」
それらは、全て親友の「ユマ・ヤージ」監督を守るための機能。
「先王陛下が丹精込めて仕上げたお前が、電源の強制終了と初期化如きで過去のデータの全てを本当に失うとでも?」
ありえない。そんなことがあるはずないのだ。
「よくも、我々に対して『記憶がない』などと、いけしゃあしゃあと・・・」
そのせいで、このような厄介ごとになっているというのに! 分かっているのか、ワンナインよ!
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
どういうこと?
「イックは・・・ヨッカマルシェのことすら完全には覚えていなかったんだよ? 地球で初期化されたせいだって言ってたし、お祖父様とロビーのお祖父様との関係だって、ルナランドにバックアップしてあったその当時のデータ分だけ回復しただけで・・・」
だから、執筆した書籍にだって、イックは自分には最初と二番目の主人の記憶はないって書いていたじゃないか。
「そんなこと、嘘をつく必要がどこにあるのさ、じいや」
だが、困惑する若い主へと頭を垂れつつ、老執事の言葉は続く。
「全ては『ワンナイン』こそが知っていることです、ハッチ王子」
そうであろう? あんなにも愛しげに・・・
「懐かしそうに、嬉しそうに『先王陛下とヤージ監督と共に映った写真』を、その時代を思って、見詰めていて」
そんなお前に「ワンナイン」の記憶がないはずがない!
「忘れた振りまで出来るとは・・・・」
それこそが、先王陛下の才ともいうべきか。
低く唸る老人に対し、慌てたのは若い王子の方である。
「ちょ、ちょっと? 何で? どうして?」
そんな必要が!
「ですから、必要があったのです。そうしなければならない『不都合な真実』が。この罪深いサポート・ロボットこそがハッチ王子の婚約者を失わせた犯人なのですから」
「え?」
それこそ、何がなんだか・・・と視線を彷徨わせるハッチの視界には、すっかり両耳をうな垂れさせているウサギ型のサポート・ロボットが小さく小さく震えていた。
「ちげーよ」
え? イック? まさか・・・本当に?
驚きに目を見張るハッチに対し、白いウサギの真っ赤な瞳は、信じてくれ!と見開かれる。
「違うんだ! ハッチ! 俺はっ!」
「何が違うというのですか! この略奪者が!」
王子の大切なご婚約者を、たかがロボットの分際で勝手にさらって行方不明にして!
「どれほど・・・どれほど、我らが・・・・そしてロビー様のご両親が、手を尽くして探したと思う、ワンナイン!」
この罪深きロボットめが!
「いや、罪を犯せること自体が・・・」
先王陛下の御手ならではの御業か・・・・との小さな呟きは、誰にも聞こえず。
ただ、重苦しい沈黙の後に、白髪の老執事は淡々と続けた。
「ロビー様が、ご実家より突然姿を消されたのが、今のハッチ王子と同じ・・・十八歳の頃でした。丁度その頃、ハッチ王子は、五歳の生誕祭を迎えられ・・・。そうです。七五三の祝いと同時に、その記念にと、正式に結納の儀を行い、婚約が成立したその直後だったのです。それを・・・このロボットが!」
不遜にも、かどわかしたのです! ハッチ王子!
もはや、すまし顔を取り繕うこともなく、露骨な嫌悪と怒りも露わにする老人。
だが、愛らしい姿のまま、ぎりっとイックもまた言い返す。
「だって! ロビーは! あいつは、嫌だって言ったんだ!! 嫌だったんだ!」
親が勝手に決めた王子だか、皇太子だか知らないが、なんでそんなのと結婚させられるんだって!
『あっ・・・』
不意に、ハッチは思い出す。
イセカンダルへの旅の途中に寄った、宿場プラネッツの一つ「マルベリー8」。
ロボットが人間を支配していたあの星で、尊大に振る舞う「王子」とやらに、ロビーは大層憤慨していたのである。
――――ったく! 俺りゃあ、王子だか、皇太子だか、あーゆーのが大っ嫌えなんだよっ!―――
その剣幕に、余計に自分の素性についてロビーに言いだしにくくなったのだが、最後の最後、イセカンダルで自分が月の王子だと告白した時には、ロビーが自分を「王子」だから嫌うということはなかった。
さらっと、まるで何事もなかったかのように「じゃあ、ハッチ?」お前はどうしたい?
と、あの青い深い独特の瞳で聞いてくれたのだ。
それがあまりに当たり前すぎて・・・・態度をまったく変えることのなかったロビーに安心しすぎていて、今の今まで、あの時のロビーの言葉を忘れていた。
だが、じいやの話が本当だとすると・・・。そして、あの時のロビーの言葉と合わせて考えると・・・。
「イック・・・・」
そっと問えば、白いウサギ型のサポートロボットは、ほとんど泣きださんばかりである。
「・・・信じてくれ、ハッチ。俺は・・・本当に知らなかったんだ。本当に・・・」
あの頃・・・。
遠い瞳で過去を振り返りながらイックは、絞り出すようにハッチへと語る。
「ロビーの親父さんも、お袋さんも・・・悪い人間じゃあなかったんだが・・・」
如何せん、残念なことに成金の悲しい性で、上流階級に馴染もうとするあまりに、貴族や富豪といったセレブや権力者に対して、あまりにも心が弱すぎた。
「強い奴、権力のある奴、金のある奴、権威のある奴に・・・どんどん媚びて・・・」
それでも、所詮は「にわか成金」であるが故に、陰では馬鹿にされ。それに対して、なんとか『上流階級』の仲間入りをしようと、そして、せめて愛息子のロビーだけでも、自分たちと違って「生まれた時からのセレブ」にしようと必死な両親だった。
「けどな、それがロビーには苦痛だったんだよ・・・」
もともとは素朴なキャベツ畑を中心にした大農家で、ゆったりと暮らしていた一家だった。
ユマ・ヤージ監督が、酔狂にもアニメ作りに没頭していても別に生活には困らない位には、元から豊かな家庭だった。
「なのに・・・・ロビーの祖父さんの・・・ヒザクリガーとかが、銀河でヒットするようになって・・・」
オタクでマニアな宇宙人らが、信じられないほどの大金や宝石を、ユマ・ヤージ監督の遺品や原画などと引き換えに渡すようになってから、ロビーの一家の生活は激変してしまったのだ。
「広くて素朴な家が・・・いつの間にか豪邸になっててよ・・・」
そこで毎日のようにパーティ三昧。
「ロビーも、お偉い方々相手のための接待だのなんだので、教養をつけろって、金持ちばっかりが行く学校へ行かされるし、習い事は音楽からスポーツまで何でもやらされて・・・」
しかも皮肉なことに、ロビーはその中で、全部を楽々吸収してしまうものだから、いつしか、両親にとってはロビーこそが上流階級への真のステップアップの希望の星となってしまったのである。
「そんなの・・・嬉しいわけねえじゃん・・・」
大好きだった祖父が亡くなり、その祖父の遺品で荒稼ぎする父。そして、その対価で着飾る母。
欺瞞に満ちた笑みばかりが求められる「社交界」、そして、家の格で力関係が決まる学校生活。
「そこに・・・月からの『お迎え』ときたんだよ!」
―――俺は、かぐや姫かよっ!! 冗談じゃねえっ! こちとら人間だぞ! 竹から生まれて、使者が来たらほいほいとついていく「判断力なし」の「姫」じゃねえんだっ!―――
もともと幼少の頃から、いろいろな大人たちに、パーティだのお呼ばれだのの度に、触られたくないところまで触られたり、学校ではなまじ優秀だったせいでスキップする程、自分より年上の貴族連中の体格のいい同級生に目をつけられて。
そんな生活が嫌で嫌で、何度も少年の頃から家出しては、連れ戻されを繰り返していたロビーだったことを、イックは今も覚えている。
そして、連れ戻される度に「もう少し待て」と言い続けてきた、イックだった。
―――お前みてえに、細っこくて小せえ奴が一人で家出したって、すぐ連れ戻されるに決まってるだろうが。だからな・・・今は我慢するんだ・・・―――
一刻も早く大学課程まで修了して、後は、背丈が大人に近いところまで伸びたら・・・
『家出は、俺が手伝ってやる。ナガヤボイジャーで、遠くへ行こう! な!』
そう言って・・・ずっと励まし続けてきたロビーの少年時代をイックは痛ましい記憶と共に思い出す。
「俺は・・・だから、ロビーをただ・・・守りたかった。それだけなんだ・・・」
「それが、先王陛下のご遺志に反しても・・・か? ワンナイン」
ロック・キタ陛下と幼馴染のヤージ監督の絆が、どれほど深く強いものであったか。
「そして・・・にもかかわらず、不幸にもお二人は若き日に道が分かたれ、再会できたのは晩年の時・・・」
だからこそ、先王陛下は願っておられたのではないか。
―――お互い年を取ってしまったなあ・・・ユマ・・・―――
この先、何回君と会えるのだろうか?
嘆く初代王に、豪快にヤージ監督は、苦笑しながらも素晴らしい提案をしたのだという。
―――はは。お前さんは、まだまだこれからじゃろうに。月の王国なんぞ創ってしまったのだからな。だが、そうじゃな。もし、わしらに孫が生まれたら・・・―――
―――そうだ! そうだよ!―――
初代王は目を輝かせて、少年のように頬を紅潮させて叫んでいたという。
―――私たちの孫が! そう! 彼らが、君と私のように、幼い頃から夢を語り合い・・・そうして・・・・―――
生涯、長い時を、片時も離れずにいられれば・・・
―――わしと、お前さんとは随分長らく離れ離れになってしまったからのう・・・―――
「月の王国建国時は、まだ、宇宙とのコンタクトについて地球の大国らも右往左往している有様で。下手をすれば、せっかくの銀河世紀すら迎えられないかもしれないという時代でした。大国の思惑に捕らわれずに地球の人類が、宇宙と自由に交流できるようになる時代の礎にと・・・そのために超科学立国であり銀河と地球との懸け橋としての『ルナランド』創設に先王陛下は尽力され・・・結果、ヤージ監督との再会まで、あまりもの公務に忙殺されて叶わなかったのです」
ご自身の野心など何一つなく。ただただ、地球と宇宙の新しい時代のために尽くされた先王陛下・・・・。
「その先王陛下の唯一の心残りが、ヤージ監督と共にいる時間があまりにもなかったこと。そして、その代わりに先王陛下が晩年に抱いた夢こそが、孫同士が人生を共にすること」
―――ははは! わしとお前さんと同じなら親友になれるな!―――
―――いや、いっそ君の孫なら、私の孫と添わせたいぐらいだ―――
―――それは、当人同士の問題じゃろう。ま、そもそもお互いに孫もまだおらんがな―――
イックが『ワンナイン』だったころに、楽しげに交わされたたわいもない語らい。
それは、あくまでも「親友同士」の「長き別離と、そう遠くない永遠の別れ」を感じての未来への希望だった。淡い淡い・・・夢だった。
それを『忘れた』わけではない。だが、このジジイの言っている意味じゃねえっ!
「先王陛下のご遺志・・・ロビー様とハッチ王子とのご婚姻・・・それを・・・」
何故無碍にするワンナイン。
さも自分こそが先王「ロック・キタ」の代弁者かのような無礼な執事の物言い。
「何を勝手言ってやがるっ!」
思わずイックは叫んでいた。
ロックもユマも、孫同士の不幸な娶わせなんざ考えちゃいねえよ!
「あいつらは・・・あいつらは、単に・・・・」
「単に?」
ここぞと言質を取ろうとする老人に、けっ、とイックは吐き捨てる。
「知るかっ! 俺様はもう『ワンナイン』じゃねえ!『イック』だ! ロビーのサポート・ロボットなんだ!」
電源を強制的に落とされた俺をナガヤボイジャーで見つけて・・・そして電源を再び入れて、名前までくれたあいつが俺の主人なんだよっ!
「あいつの望みを叶えて・・・何が悪いっ!」
「そうして、お前は・・・自分の過去の・・・『月での記憶』全てを封印して、その結果がこれなのか、ワンナイン」
老執事は、長い白い眉毛の下でほとんど見えない目で、イックを睨み吐き捨てる。
「お前は・・・私のハッチ王子と、あのヤクザ者のヤンなどという男と! どちらが、自分の主人に相応しいか! それすらも分からないのかっ! この愚かすぎるロボットめが!」
何が主人のためだ! 結局、お前のしたことが全てお前の主人を不幸にしているではないか!
「ロビー様が・・・あのまま、月にお輿入れされていたら・・・・今頃は、ルナランドでは、さぞお似合いのご夫婦に・・・睦まじきお二人となられておいでであったでしょうに・・・」
私のハッチ王子を包み込む良き伴侶として!
そんなじいやへ、きっと赤い瞳を見開きイックは逆に詰め寄る。
「馬鹿野郎っ! どっちも俺りゃ御免だ! ロビーはな・・・ロビーは・・・・自由で・・・自由でいたいんだよ! 金なんかなくたって! その日ぐらしだろうが、権力に媚びたり、周りに気を使った生活なんざ、金輪際御免って奴なんだっ!」
そんなあいつを宮殿に? そりゃ結構!
「どんな贅沢な座敷牢だ? 黄金の鳥かごか?」
ハッチ自身が、プログラムルームにほとんど閉じ込められて育ったも同然なのだ。そして、そんな人生が息苦しくて飛び出して・・・それでも、まだこの「じいや」の監視下にあったのを、ロビーがナガヤボイジャーでの旅へ連れ出して、今のハッチがある。
もしも、あのまま、ハッチが閉じ込められたままの人生だったら?
あの時ですら、人生を諦めきった哀れな少年だったのに?
なのに! そんなハッチと同じ運命をロビーにも強要する気だったのか!? このじじいっ!
冗談じゃねえっ!!
しかし、執事も負けてはいない。
「それが・・・この『結果』であっても、なお言い張るのか? ワンナイン」
「ちょっと! 待ってよ! じいやっ!」
それまで成り行きに茫然としていたハッチは、慌てて2人の間を遮る。
「ねえ・・まさかと思うけど、オレとロビーが『ヒザクリガー』で地球を救った後・・・ヒザクリガーの修理や、ナガヤボイジャー2号機を作る都合で、俺がイックを月に連れて行きたいって言ったことに反対しなかったのは・・・」
「はい。王子・・・」
深々と老執事は頭を垂れる。
「このワンナインが、どこまで記憶データを失っているのか。そして、月のデータでバックアップ分を補完することで、完全に思い出してもらうためです」
そう・・・全てはこのサポートロボット「ワンナイン」に先王陛下のご遺志と、ハッチ王子こそが、己の主人の「正当な婚約者」だったと気づいてもらうため。
「だからこそ、私どもは王子の二度目の家出については、敢えてルナ・ガードを発進させることもなく、お見守りしていたのです。そして、目指されたのが結婚の聖地、惑星イズモンダルと知った時は、これぞ運命! と、どれほど歓喜したことか!」
このじいやの言葉に慌てたのは、ハッチである。
「ちょっと待ってよ、じいや! オレは、ロビーのことは大事は相棒と思っているけど、そんな風には・・・」
しかし、若者のつたない反論より、老練な者の反駁の方が鋭かった。
「では、何故、そこのサポート・ロボットと共にロビー様の婚姻を無効にしようとやっきになられているのですか。そして、何故・・・じいやがお勧めした、どのご令嬢とのお見合いも・・・まるで無反応でいらっしゃるのです!」
それは、全て・・・もうお心には決まった方がいらっしゃるから。違いますか? 王子!
「ちが・・・オレは・・・ヤンとは違う・・・ロビーは・・・俺の・・・大事な・・・」
だが、己の中にある何か。これは・・・何?
「ただ・・・ロビーが・・・ヤンと・・・結婚なんて・・・絶対に許せなくて・・・」
「では、このワンナインならば最強のカードを持っているのですよ? 王子こそが、ロビー様の真の婚約者であったという証。そして、先王陛下のご遺志。何もかも、ワンナインは記憶し、保存し、証明書として公的に認められる一切を保持しているのですから!」
「イック・・・・それ・・・・」
本当? との問いかけに、ほんの小さく、ウサギの白い耳の赤いチャームポイントが揺れる。
「あるさ・・・けど・・・駄目だ・・」
「何故です? ワンナイン」
「当たり前だろうっ! それこそ! こんなん使ったら! ロビーの奴・・・今度こそ、この月の宮殿に閉じ込められることになるじゃねえかよっ!」
「それで解決ではないですか。あんな・・・ヤクザ者から救えるのですよ? 何か問題でも?」
しれっとした白髭の老人に、もはや言葉を失うイックに変わり、決意を示したのはハッチであった。
「・・・分かった・・・イック・・・地球へは・・・じいやも連れていこう・・・」
「ハッチ!? まさか、てめっ!」
ぽかぽかと思わず小さな手で、月の王子の胸を殴りながら、涙交じりにイックはただただ訴える。
「それだけは止めてくれ・・・あいつの自由を・・・あいつから・・・奪わないでくれよ!」
ハッチ! お前は、ロビーの相棒だろっ!
「年が違ったって! 親友だろ! 仲間だろうっ! なあっ!」
そんな必死なウサギ型ロボットをそっと抱きしめてハッチは囁く。
「大丈夫。オレだって、自由なロビーが好きなんだ。この月の宮殿に閉じ込めるようなことにはしない」
約束する。との言葉に、うるっとロボットの瞳が潤む。
「ハッチ・・・」
「うん・・・イックがね・・・ロビーのことがすごくすごく大事なの分かるし・・・」
それにオレだって・・・
「ロビーが大事なんだ」
ヤンとの勘違い結婚を止めさせようってして、今度は、オレの花嫁にしちゃったら・・・
「きっとオレが嫌われちゃうよ・・・」
切なそうなその笑みに、不意にイックは胸を突かれる。
「ハッチ? おめえ・・・まさか?」
だが、その問いには答えず月の王子は、凛と背筋を伸ばして命令を下す。
「じいや、今から、オレの宇宙船の準備を!」
「はっ・・・ただ今・・・」
音もなく下がる老執事が部屋から出て行ったのを見送りながら、ハッチはイックを抱きしめたまま、もう一度今度ははっきりと言った。
「イック・・・オレはイックを信じるから」
だから、2人でロビーを助けよう。
きっと・・・出来るから!
だが、どうすればいい? その方策さえも見えぬまままに、ハッチとイックは地球へと向かうことになったのである。連れには「じいや」という大変面倒なお荷物つきで。
★★★
ふっ・・・と目が覚めた時、傍らの温もりにほっと安心して、ロビーは無意識にころんと小さく寝返りを打つ。
「・・・ん・・・」
あんたの匂いがする・・・・。
まだ意識が眠ったままなのか、いつもなら決して聞けない甘えた声で、すりすりと嬉しそうに、まるで猫が身を寄せるようにベッドサイドのヤンの方へと向きを変える。
「まだ眠っていていいぞ?」
そっと柔らかな髪を撫でてやると、嬉しそうに唇がほころぶ。
「ん・・・」
そのまま眠りに落ちるのか? と思ったが、ぼんやりとしたまま青い瞳はしっかとこちらを見詰めている。
「どうした?」
尋ねれば、えへへ・・・と、これまた子供のように照れた笑いが返される。
「ず~~っと・・・いてくれたのかな、とか思ってさ・・・」
それが嬉しくって、などと言われて思わず、側近2人の
『ヤンさんっ! だから、新妻放って会社なんか来ちゃダメですっ!』
『すぐに、帰ってください! ええ、今すぐですっ!』
と、自分を蹴りださんばかりだったあの剣幕を思い出す。
『確かに・・・』
すうすうと安心し切って自分の傍らで眠るロビーを拝めるという僥倖を、どうして、自分は一瞬でも『仕事』のためにと、間を開けてしまったのか。
『だが・・・間に合って良かった・・・・』
アロとグラが、『いいからっ! ロビーの目が覚める前に、戻ってください!』
と叫ぶものだから、急いで帰ったのだが、その甲斐があったというものだ。
それにしても・・・・
改めてヤンはロビーの髪を撫でながらその寝顔を見詰め、感慨に耽る。
あどけなくて、可愛くて・・・
『本当にこれで・・・』
一人で十代から世の中を渡ってきた三十代の男か????
『いや、まあ・・・』
厳密には、まだまだ『男』になっていなかったのだから、あどけないのも当然かとも思い返す。
いずれにしても、こうして自分の寝室で、安らいだロビーの寝顔を見詰めていられる日がこようとは!
「ああ・・・」
神よ・・・宇宙よ・・・・!
と、また、信じてもいない『神』に感謝しそうになった、まさにその時。
ぴ~~~~ん、ぽおおおおん・・・・・・・・
「なんだ、一体?」
無粋なインターフォンに、来客予定などない筈だがと訝しむヤンの目に、正面扉に止まった仰々しい車列と、そこから降りたルナランドの『王子』と『従者』。そして・・・
「イックがハッチと来るのは予想していたが・・・・」
何なのだ? この後ろの連中は???
だが、インターフォン越しの声に、次の瞬間、ヤンは文字通り怒髪天になる。
「ヤン殿。ルナランドを代表して申し上げる。即時にロビー様を、我らに引き渡されよ!」
「は・・・・?」
どういうことだ? 何故、ルナランド「政府」が、身柄引き渡しなどという直接介入を・・・
『イックとハッチならば分かるが・・・・』
ロビーとの初めての夜を過ごしたホテルから、泣いて飛び出したサポート・ロボットの後ろ姿を思い出す。
『あの2人ならば、あれこれと私がロビーをたぶらかしただの、騙しただのと・・・』
そう思い込んで、ロビーへの説得やら、私に対して今からでも結婚を取り消せだの要求して来るだろうとは思っていたが。
なのに、そもそもハッチとイックの様子がおかしい。
困惑、と言った表情がありありと見え、とてもではないが『ロビーを返せ!』の勢いで乗り込んで来たようには見えない。
反面、たかが王子の従者に過ぎないはずの老人が、妙に居丈高で高飛車な上から目線で、インターフォンの前でふんぞり返っている。
『どういうことだ?』
ハッチとイック・・・ではない。これは・・・もしや? だが・・・しかし・・・。
だが、考えを巡らせる前に、ヤンの側近であるアロとグラから、通信が入り応じたヤンはまたしても唖然とする。
「ヤンさんっ! やべえっス!」
「そうっス!」
「あいつらっ! 日本政府に圧力かけて、外交特権でロビーを連れて行くつもりっス!」
軍事衛星をハッキングしていたヤンズ・ファイナンスの諜報部からの報告で、至急連絡を取ったのだと慌てる2人に、静かに黄金に赤毛まじりの獅子は嗤う。
「ほう? それはつまり・・・私に喧嘩を売っているということかな?」
言葉は静かだが・・・
『怒ってる・・・・』
馬鹿ルナランドっ! あんたら、うちのヤンさん怒らせてどーすんだよ!
たかが、あんな一国ぐらい消し飛ばすぐらい、ヤンさんなら軽いってのに!!!
表向きは優良企業の金融中心のヤンズ・ファイナンス。
だが、その投資先は多岐に渡る上、「邪魔な敵は排除する」の方針から拡大してきた裏方面では、暗殺から一国の転覆にいたるまで、なんでもござれの恐怖の「闇金融帝国」でもあるのだ。
しかも、トップのヤンは新兵器を自ら設計できるほどの天才と来た。
古今東西、軍事部門ほど旨味のある商売はない上に、トップがその中で「どこの銀河でもまだ実用されていないステルス機能やら、ミサイルやら、光学兵器に至るまで」開発・改良・量産化と、なんでもござれなのである。
実のところ、ヤンの不興を買って、消滅した対立マフィアの基地など数えきれないほどあるのだ。
それも、宇宙時代の今では、誰も知らない小惑星にもヤンズ・ファイナンスの神出鬼没の隠し軍隊があるので、相手は、防御も何もできないまま、小さな惑星ごと消滅・・・ということも可能なのである。
実際には、今や、その恐怖は裏社会でつとに知られているので、最近では、正面切ってわざわざヤンの怒りを買う馬鹿はいない。
いない・・・と思っていたのだが・・その矢先に?
「ほう?」
ゆら・・・と黄金のオーラを纏った百獣の王が身動ぎすれば、それまで、その温もりにまどろんでいたロビーが、ふにゃ? と場違いな声を漏らす。
「あれ?? ごめん・・・あんた・・・仕事か?」
既に出社時に着替えていたヤンの姿と、すっかり、厳しい顔つきになっている気配から、ロビーはヤンに仕事上の急用が出来たのだと勘違いしたらしい。
そんな新妻をそっと抱き寄せ、頬に口づけヤンは囁く。
「いや・・・ただな・・・」
インターフォン越しの映像を見せると、ええっ!? との叫びが隣で響く。
「イック! ハッチ! と・・・・」
後、誰だ? ありゃ・・・・・・
ぽかんとするロビーの顔が可愛くてつい、ほころんでしまう。
だた、この珍客は面倒な連中だ。
『だが・・・まあ・・・』
どうせなら、ここで片づけてしまうか。
ヤンは、アロとグラに、ロビーには聞こえないよう短く指示を出した後、あくまでも柔らかな笑みを作って、そっと愛しい伴侶を抱きしめる。
「イックとハッチがお前のことを心配しているのだろう?」
ならば、安心させてやろうじゃないか。
『でも、あの後ろの連中は???』
とのロビーの疑問は封じたまま、そうして、ヤンは、厳重なセキュリティの我が家へと無粋な客らを招き入れたのであった。
腹の内では、心底、煮えくり返る思いを抱きつつ。
★★★
だが、目覚めたばかりのロビーからすると、それこそ「いきなりの来客」は何がなんだか?である。
ヤンから贈られたシルクのパジャマ姿のまま、「月からの正式な使者」つきでのイックとハッチの来訪は、それはそれはもう・・・。
「はあ????? 俺に用???? なの・・か???」
ぽか~~んと、口を開けてしまった程に、ベッドの上でのロビーを驚かせるに十二分に過ぎるものだった。
「えっと??? で???」
家と合わないという理由で、家出してから既に十年以上経っている。なのに、今更何が? と、目を白黒させているロビーに反し、その隣のベッド脇で悠然と座っているヤンは、至極落ち着き払ったものであった。
ただその静けさが、むしろ何か『怖いような』と思ったのは、ロビーだけではなかったはずだが、一応全員、気づかぬ振りでいるぐらいのことはできた。
だが、じいやからの慇懃無礼の「ロビー引き渡し要求」に対してのヤンの笑みは、ただただひたすら凍りつくブリザード級の鋭さに満ち満ちていて・・・。
「で・・・? 要するに、ルナランド側の見解としては『私こそが簒奪者』ということですかな?」
言葉は丁寧だが、金色の瞳は完全に座っている。ゆらりと纏うオーラは、既に、相手を絞殺しかねない殺気すら孕んでいる。
『こえええ・・・・・・・・・・・』
思わずしがみつくロビーを宥めるような腕がなければ、それだけで、もうとっくにいつもの自分なら逃げていただろうとロビーは思う。
『いや・・・ちょっと・・・走れるかは・・・微妙だけど・・・』
初めての情交のせいか、なんだか力が入らないのだ。それなのに、この「お客様」だ。
『どーしろってんだよ・・・この状況っ!』
だが、おろおろしているロビーをあやすかのようなヤンの所作は、ずっと続く。
自分の髪を撫でてくれたり、肩を抱いてくれたりと。
それだけでほっとする自分がいる。それに、照れたり、思わず赤くなったりしている自分に、これまたついわたわたしてしまうのだが、そんなことにさえ隣の男は余裕で微笑んでいるように見えるのは、ちょっとだけ・・・癪に障る。
癪には触るが、その腕を離すことだけは出来ない。
もう抱き枕に抱き着いているようなその体勢がどう見られているかなど考えている余裕もないロビーを余所に、淡々と外交的に話は進められていく。
「お分かりですか? ヤン殿?」
慇懃無礼を絵に描いたような・・・とは、まさにこのことだろう。
月の老人は、実に堂々とロビーの結婚無効と月への引き渡しを要求したのである。
「イック・・・」
どういうこったよ、これ・・・
ほぼ涙目のロビーに、思わず駆け寄り、必死になってイックもまた答える。
「すまねえ! ロビー! それが・・・・」
曰く、一旦結納の儀まで済ませた間柄の場合は、ただでさえ破談にするのが難しい。
「その上、相手は王家だ・・・」
庶民であるロビーの側から、破棄申し立ては出来ない上、ルナランド政府が正式に異議申し立てをした場合は、一旦成立したヤンとロビーの婚姻すら無効にできるだけの効力があるのだと。
「つか・・・? なんでそーなるんだ???」
根本的なとこが、どっか変じゃねえか? との問いに、がっくりとイックはうな垂れて答える。
「それが『政略結婚』って奴なんだ・・・・。俺は・・・お前がそんなのが嫌だって知ってたから・・・・ナガヤボイジャーでお前を連れ出した後、お前の親にも誰にも見つからねえようにスマブレだって細工したし、ナガヤボイジャーそのものも発見されねえようにビルの工事にうまく紛れさせて・・・偽装してたんだ」
「でもよお?」
俺のじーさんと、ハッチのじーさまが「幼馴染の親友だった」つーのはともかくだ。
「それと、俺とハッチの『結婚』に、なんで繋がるんだ???」
孫同士も友達になれたらいいな~~~ぐれえの話で、普通終わるだろ?
首を傾げるロビーに対し、言いにくそうにイックは、ちらりと老執事を横目で見ながら説明する。
「ハッチの親と・・おめーの親の利害の一致って奴がな・・・」
「はあ!?」
なんじゃそりゃ!? との素っ頓狂な声に泣きそうになりながらも、絞り出すようにイックはとにかく言葉を続けた。
「丁度・・・俺の2人目の主人であるお前のじーさまが亡くなって・・・・その頃はもう、銀河にヒザクリガーブームが来ててだな・・・」
で、どうやら、それに目を付けた二代目の月の国王、つまりはハッチの父親と、ヒザクリガー関連の権利ごと相続したばかりのロビーの父とが「ユマ・ヤージ監督の作品の銀河への配信権」について、ルナランドが一括して扱う特権の代わりに、ヤージ家の後ろ盾にルナランド王家がなる。
「そんな約束を・・・したんだよ・・・」
「は? おいおい。ナガヤボイジャーは、確か元は、ハッチのじーさまが、等身大ヒザクリガーと一緒にヨッカマルシェに発注して、お前と一緒に、俺のじーさんにプレゼントしたもんだろ? それに・・・ヒザクリガー関係の版権・・・俺が相続するように、じーさん、遺言残してたはずで・・・」
だから、俺『帰ってきたヒザクリガー』ブームで、一時、すごい金が入ったんだぞ?
「なのに、お前の説明だと、親父が勝手にいろいろしてるってことにならねえか??」
それに対しては、あっさりと、ハッチが答える。
「そりゃまあ・・・ロビー。未成年だったら、親は親権で代理権持ってるから何でもできるよ」
「はあ!? ・・・・・ああ、まあ、そういうことか・・・。で。今は俺が成人してっから、俺に今回は直接版権の交渉が来て・・・。いや待て」
はて? と、考え考えロビーは、またも首を傾げる。
「それでもよ、俺とハッチをなんでまた・・・『結婚』とかいう話になったんだ???」
俺とハッチだと年は一回り以上離れてるし、しかも、男同士だぞ???
「いくら、じーさま同士が親友だからって・・・何のメリットが・・・」
そこに喜色満面で割って入る白髭の老人。
「いえ、ロビー様。ロビー様が、ハッチ王子の『妃』となることで、先王陛下とヤージ監督の永遠の友情物語は更に美しくも麗しいロイヤルロマンスとして、永遠に称えられることになるのです!」
それによるルナランドの経済効果がどれほどになるか!
「盛大に結婚式は執り行いましょうぞ! 地球の救世主! 銀河の英雄! そして、あのヒザクリガーの生みの親とルナランドの先王陛下双方の子孫同志が、親友で相棒で、更には幼き頃からの婚約者! ああ、なんという美しいロマンス! そして、華やかな伝説となることでしょう!!」
我がルナランドよ、永遠なれ!! 先王陛下万歳っ!
「・・・・・・・・・・おい・・・・ハッチ・・・・・」
このじーさん、頭が少しおかしいんじゃねえの??
小声での問いに、「しいっ!」と慌ててハッチが人差し指を立てても、既に遅し。
「ロビー様は、我らルナランドの民が、どれほど先王陛下を慕っているかご存じない。だから、分からないのでしょうが・・・しかし、このワンナインが最初から説明さえしておけば!」
この時点で、既にロビーは考えるのを放棄した。
いや、正確には、もう真面目に考えるのを放り投げた。
「ああ、もうっ! とにかく! 俺の親が何を勝手に約束したか知らねーが! 俺はもう未成年じゃねえし、しかも既婚者だ!」
今更、過去の婚約だなんだと蒸し返されても迷惑だっつーの!
びしいっ! と、老人に指を指して、ロビーは遠慮会釈なくはっきり言い切る。
「俺も! ハッチも! 利用されるのは、まっぴらなんだよっ!」
んなことも分かんねえのかよ、このボケハゲじじいっ!
「ハ・・・ハゲ・・・・!?」
確かに頭頂部は薄くなってはいるが・・・いるが・・・しかし・・・この私の美髪を・・・
ふるふると震えだす老人に慌てたのは、ハッチである。
「じいや! 大丈夫! じいやは、昔から立派な髭と眉があるじゃないかっ!」
だが、ハッチのフォローはロビーの一言で台無しになる。
「その分、頭頂部が薄いんだと思うがな~~~~~~~~~~~~~」
つるっつるじゃん? 既にさ???
ぶつり・・・
何か、誰かの理性が切れた音がしたような感覚がしたのは・・・
ハゲを愚弄された者を傍にした経験者でなければ分からないだろう。
「ロビー殿っ! いいですか! あなたのご両親にルナランドがどれだけの援助をしたとお思いかっ!」
「知らねえって。大体、それがなんだっつーのさ」
ふてぶてしい態度に、ついに、月のじいやの堪忍袋の緒が切れる。
「それらは全て・・・あなたが婚約不履行の折には、あなた自身に支払っていただく! そういう約定なのですがっ!」
お支払になれるのですか?
「ルナランドの次期国王であるハッチ王子のご伴侶としてお迎えするための支度金・・・・国家予算ですぞ!?」
「はあああああっ!?!?!?」
何? 俺? また・・・・・・・
「借金生活・・・・・・????」
ぽかんとなっているロビーの隣で、くすくすとそれまで静かに黙っていた男が不意に笑い出す。
「何だよヤン・・・・。あ! そか、お前に俺、また借金・・・・」
つか、貸してくれるか?? 恐る恐るの問いに茶化すように答える。
「なんだ、返すあてはあるのか?」
「うーん・・・おねーちゃん達に、新しい投資話聞かねえと・・・・」
でも、そっか・・・返すあてがねえと、お前だって貸してはくれねえよなあ・・・
どうしようか・・・困ったなあ。あ、そだ!
イイこと思いついた! ぱっと明るくロビーは目の前の老人に言う。
「ツケにしといてくれっ!」
死ぬまでには、返すから。
「分割なら・・・・まあ・・・なんとか・・・一生かけりゃ・・・」
と、真面目に言うものだから、ハゲじいやが、ぶっつりと更に切れたのは言うまでもない。
「愚か者・・・! 国家予算規模を甘く見るでない。我がルナランドは・・・」
だが、老人の長口舌もそこまでだった。
「ああ、時間だな・・・・」
何事もないかのように、すいっとスクリーンパネルのスイッチを入れるヤンの動作に、ふと皆の視線が集まり・・・そして、点になった。
映し出されたのは、映像ニュース。
そして、そこでは金貨が雨あられと降り注いでいて、ニュースキャスターが声を上ずらせながら叫んでいた。
「た、大変です! ここ! ルナランドでは、今全土で・・・金貨が・・・ええ、本物の金貨が! 小判が! 大判がっ!」
きゃあ~~~私も拾うっ! 拾いますうううううっ!!!
字幕には「珍事! 月の王国ルナランドで、黄金の雨が!」と流れている。
「は?????」
それこそ、こりゃなんだ??? と目を丸くしているロビーに対し、そっとその背を優しく抱きしめながら、金色の瞳の帝王は低く笑う。
「国家予算??? はは・・・その程度でお前を『身請け』できるなら、安いものだ」
「え? まさか・・・これ・・・」
ロビーが問うよりも先に、室内に設置してあるスピーカーから、聞きなれた二人組の声が響く。
「ヤンさ~~んっ! ルナランド宮廷中庭に、黄金のピラミッド! 文字通り『金字塔』作りましたあ!!!」
ついでに、ヤンズ・ファイナンスより『ロビーとの愛の金字塔として』って、黄金のプレート付きで!
「それから、ルナランド政府が持ってる債務、全部肩代わりでの支払いで帳消しになるよう経理関係、全部完了っス!」
いや~~、うちの経理課、仕事早いっ!
「ま、ルナランドの裏の負債まで調べた諜報部も早かったっすけどね」
どの国も二重帳簿はしてますからね~~~表の予算と別の借入、必ずありますし、表の方だって、うちのヤンズ・ファイナンスが絡んでない金融債権なんてどこにもないんですけどねえ。
「アロ? グラ?」
呟いたロビーの声が、相手にも聞こえたのか陽気な返事が部屋に響く。
「あ! ロビー起きてるの?」
「ヤンさん。ちゃんと、ロビーが目を覚ます前に戻れてたっスか?」
「ああ・・・」
そう言う時の金色の瞳は限りなく優しく柔らかな光を帯びる。
「お前たちの配慮のお陰だ・・・・」
「まあ、新婚ですし」
「眠ってる新妻放っておいたらダメに決まってるじゃないっスか!」
いや、そんなこと以上に、一足遅ければこの月からの珍客の対応が、果たしてこうも迅速にできていたかということなのだがな・・・と。心では思うが、今は言葉にせず、ヤンはただ、側近の2人をねぎらうのみ。
「ロビーとの結婚式をしたかったのだが、お前は『派手なのは嫌だ』と言っていたからな」
まあ、花火大会を一つ行ったようなものだ。どうだ?ロビー
「綺麗だろう?」
黄金のライスシャワーだ。
「空から金色の雨が降り注ぐ・・・」
中々おつだろう?
「ああ、そうそう」
思い出したように、ヤンはロビーへと付け加える。
「無論、市民に危険はないように撒いているからな」
心配するな。それより、どうだ?
「美しい光景だろう? 黄金の月に、黄金の雨」
きらきらとしたそれは、確かに驚くほど華やかな映像で。どんな花火も叶わないほどの華麗さで。
その様に、ぽかんとしている新妻の頬に口づけ、そっとヤンは囁く。
「私からお前への結婚してから最初のプレゼントだ」
気に入らなかったか? 中々、美しい光景だと思うのだが。
「いや、でも・・・これ・・・」
どんだけの金が・・・いくらあんたが金持ちでも・・・・
そんな風に心配げな妻が愛しくて。どこまでも自分よりも相手を案じてしまうロビーが可愛くて。
「済まないとは思ったのだが、お前との婚姻届を出す際に、念のためにお前の過去を洗った」
「ええええっ! じゃ、俺さえ知らなかった、俺とハッチの婚約とかいう、トンチキ話! あんた知ってたのか!」
「知っていた・・・というか、今後の私たちの結婚生活の障害になりそうなものは排除しておくに越したことはない。そう思っただけのことだ」
正確には、『結婚式を派手にされると困る』と言った時のロビーの表情が気になって、ロビーが眠っている間に出社した際、アロとグラに銘じてヤンズ・ファイナンスでも選り抜きの諜報部をフルに動かした結果なのだが。
―――あのな・・・俺・・・―――
親に、知られたくないんだ。ごめん・・・
入籍直後に、俯いてそう呟いたロビーのことが心配になって。
それで、どうやら十代の頃に親から『逃げ出したらしい家出』の真の原因を突き止めようとした結果、ルナランド政府から文句を一切言わせない「完全な破談」にするため、こちらから「ロビーの婚約不履行分の対価」を、あちら側がロビーの親へ渡したであろう額の百倍以上は叩きつけてやれ! ということになり・・・
『まあ・・・本当は・・・』
派手なのが嫌というロビーの気持ちやら、ハッチの立場なども考えてやって、もう少し穏便にしてやっても良かったのだ。
しかし、当初考えてもいなかった「ハッチでもなく、イックでもなく、たかが一従者」如きを代表として居丈高に振る舞わせる、高慢なあちらの「政府」の対応に、
『こんな従者の行いなら』
ハッチの立場を考慮してやる必要ももうあるまい
と考えた結果が、こういうことになったのだが。
しかし、そうした経緯については、敢えて言わずにおく。
言って、余計に気を使わせたくなかったからなのだが、それでも、小さな声は隣から零れる。
「・・・ごめん・・・・」
「何故謝る?」
喜んでくれるかと思ったのだが? とのヤンに対し、俯いたままロビーは答える。
「俺・・・ほんとに・・・あんたに助けてもらってばっかりじゃん・・・・」
ヨッカマルシェでも、イセカンダルでも・・・
「挙句に・・・こんなに金使わせて・・・・」
だが、金融界の帝王の答えは至極明快。
「金は所詮、金だ。使うためにある」
そして、有効利用できるならする。それだけだ。
「私は今、気分がいい。だから、少々使いたいだけ使った」
それの何が悪い?
「ヤン・・・・」
きゅううとその腕を掴み、そっとロビーは自分の頬を寄せる。
「俺・・・やっぱり、あんたが好きだ・・・・」
愛してる・・・は、まだ分からねえけど。
画面に映る黄金のシャチホコは一体何匹空に浮かんでいるのだろう。
『つか、ルナ・ガードの連中って・・・・』
こんな風に、ヤンのシャチホコに好きに制空権取られまくって・・・
『ハッチ・・・お前のとこの軍関係・・・大丈夫か?』
とか、つい余計なことを考えてしまう。
だが、それよりも何よりも・・・
「ヤン・・・お前さ・・・」
ぎゅううと腕を掴みながら、小さく小さくロビーは囁く。
「俺に・・・甘すぎる・・・」
自分の問題だけだったはずなのに。
自分さえ、上手く親の勝手に決めた結婚話から逃げ切っていれば良かっただけなのに。
それが、甘かったのは俺のせいなのに。
なのに・・・ヤンは、一体、こんな自分のために、どれだけの黄金やら財宝やらを空から落として配ってしまっているのだろう。
「こんな派手な結婚式ってねーよなあ・・・」
「ま、私の趣味だ」
大目に見ろ、との言葉に、うん、と小さくロビーが頷くのと同時に、わっとイックが泣きだすのはほぼ同じタイミングだった。
「イック???」
その挙動に、慌てて手を伸ばせば、いつもは毒舌の白ウサギが、もはや身も世もなく泣いている。
「・・・・良かった・・・お前が・・・・俺様のせいで・・・俺様のミスで・・・ルナランドに捕縛されなくて・・・!」
「つか・・・それ、ハッチだっていい迷惑じゃん? なあ、ハッチ?」
お前まだ未成年なのに、こんな三十路のおっさんと結婚させられたら、大迷惑だよなあ?
「あ・・・それは・・・・」
「そーだろ? だから! 俺とヤンが結婚していたお陰で、お前も親同士の変な政略結婚の魔の手から逃れられたってわけだ! こりゃ、ヤンに感謝するしかねーよな?」
「・・・・そうかもね・・・」
ほろ苦いその笑みの意味をロビーは気づかなかった。
気づかず、ただ無邪気に喜んだ。
「俺の大事な相棒が、俺の親のせいで妙な結婚させられるとこだったなんてな! ああ、イック! お前もずっといろいろ俺のために気苦労してたんだなあ・・・全部うちの親のせいかよ・・たく迷惑な・・・」
「ロビー・・・」
だが、そのいい雰囲気を、台無しにしたのもまた、「月からの望まれない使者」であった。
「ロビー殿・・・・我々は・・・諦めませんから・・・」
「は?」
なんのこっちゃ? と首を傾げるロビーに対し、月の老練な執事は、きっぱりと言い切る。
「我々は先王陛下のため、そして、ハッチ王子のためであれば、どのような手でも今後も用います。此度は・・ヤン殿に・・・してやられましたが・・・・」
心の底から悔しそうなその有様に、ますます「???」となっているロビーを置いて、くるりと「じいや」は踵を返すと、あっさりとそのまま出て行った。
「何だったんだ? ありゃ???」
未だ、ヤンの腕の中で、「はて?」と首を傾げているロビーに対し、今度はハッチがその脇で静かに跪く。
「ごめんね・・・じいやが・・・」
「ああ、まあ・・・それは、うちの親も絡んでいたこったし・・・」
お互い様ってことで、いいんじゃね?
にっと笑う顔はいつものロビーだった。
『ああ・・・そうだ・・・』
最初に出会った時も、自分が月の王子だと告白した時も、いつだってロビーは笑って・・・当たり前みたいにオレが傍にいることを許してくれて・・・・。
「ロビーっ!」
がしっ! ヤンに抱きしめられているロビーに思わず抱き着くことができた瞬発力は、それこそが若さゆえのものだろう。
「大好き・・・」
「俺もだぞ? 相棒!」
ああ、イックもな!
そんなロビーの無邪気さが・・・ハッチの胸に、ちくりと針のように刺していることに気づいているのは、ヤンだけだった。
だが、それを教えてやるほどヤンもまたお人好しでもなければ、そんな余裕があるわけでもない。
それでも、自分たちを別れさせようとやっきになっていたであろう2人がへたり込んでいる今、それ以上、何か追撃するほど酷薄でもない。
というより、そんな意地悪をしたら最愛の新妻に嫌われてしまうではないか!
『ハッチがどうなるか・・・・』
ロビーを求めるのであれば、それ相応の男にいずれ成長もするだろう。
しかし、今はまだまだ子供だ。そして、自分は大人だ。
「ふふ・・・」
先に生まれておくのも良いものだな。ついついほくそ笑んでしまう。
本当は、今日は戻ったらロビーに結婚指輪をまず嵌めてやろうとか色々考えていたのだが、こうも騒がしいとムードも何もない。
「ま、お子様がいる間は仕方がないか」
わざと聞こえるように言えば、ハッチがむっとした気配がするが、これぐらいは我慢しろとヤンは思う。
何しろこちらは、まだまだ新婚なのだ。
そして、お前は・・・・
『未来の私の恋敵の可能性は、捨ててはいないのだよ』
ロビーの相棒であり、かつての婚約者。その縁の力を私は決して軽くは見ていない。
それでも今は・・・今だけは・・・・・
「イック・・・ハッチ? 私とロビーの結婚祝いをまだ聞いていないのだが?」
2人がそれで絶句し、そしてロビーが「なんだよ! お前ら、おめでとうぐらい言ってくれてもいいじゃねえかよお!」なんつー友達甲斐のねー薄情な連中だ・・・とぶつぶつ文句を言い。
それでもいい。
そう。今はまだ。
私のロビーだから。
私だけの・・・ロビーなのだから。
(第4話おわり)
あはは~~~~(^_^;)
何か、思った以上に、いろいろ長くなったというか・・・・・
どこから出てきたこの話! っていう感じになったというか・・・・
うん。RobiHachiがベースなんですが、既に、私色になっておりますね。
てなわけで、今回もヤンさんが大人の勝利を収めましたが、さて、今後のハッチはどう攻めるか?
でも、しばらくはヤンさんのスーパーダーリンへの道が続くかな?
ともあれ、相方のおねだりにて頑張って4話までアップしました。
・・・ちょっと誤字脱字他、修正、構成は・・・・明日以降に・・・・
今日はここまで~~~~~~~~(脱兎)
って、書いたのが数日前なのですが、やっぱり、ちょっと「粗」があったのとか、書いておきたかった設定とかもあったので、もろもろ追加したら更に長く・・・・。
でも、多分こっちのが分かりやすくなったかなと。
次からは、「恋に疎い新妻」と「百戦錬磨の年上旦那」と「初恋もまだの未成年ロイヤル」で、やっとこさ、三角関係(?)の展開になっていきます。
まだまだ、ハッチもロビーもヤンさんからすると、全然格が違うので、どう成長していくか? を描きたいのです。