銀河道中夢語~ギンガドウチュウユメカタリ   作:二子屋本舗

7 / 9
第6話のすっぽん話のあと、すぐにアップする筈が・・・1か月以上丸々遅くなってすみません・・・・やっとスマ婚話です(^_^;)
そして、思ったより長くなりました・・・・
だって、結婚式は・・・・「乙女思考」の持ち主の夢ですからっ!!
そして、ロビーに乙女思考はありませんが、ヤンさんにはてんこ盛りなので。
お楽しみいただけましたら幸いです。


第7話:スマ婚狂想曲~結婚式は誰の夢?

それは、いつもの夕食時の楽しい語らいの最中にもたらされた。

「あのさ・・・」

今夜は、ロビー特製レシピによるロールキャベツ。

しっかりとトマトスープの味が浸みた柔らかいキャベツに包まれた、オリーブの香りも程よく主張しすぎない絶品の味にフルボディの赤ワインと共に舌鼓を打っていたヤンは、『どうした?』と、特に意識することなく可愛い妻の問いかけに応える。

湯気と共に立ち上るふんわりとした空気と味わい。

こんなにも幸せな時間を、この自分が持てるようになろうとは!

 

毎日、家へ帰ればロビーが迎えてくれるのだ。

そして、毎日共に食卓を囲めるのだ。

『ああ・・・幸せだ・・・』

平凡と言わば言え! こんなにも幸せな時間がどれほど極上なのか、知らぬ者のことなどどうでもいいわ。

そんな風に述懐しながら愛妻の手作りロールキャベツを味わっていたヤンは、だから、その次の言葉にまったく無警戒だった。

「スマ婚・・・って、あんた知ってる?」

「は?」

何を一体? と、ヤンが思ったのも無理はない。

 

そもそも、ロビーとヤンの結婚は、ある意味成り行きというか流れのままに「婚姻届」のみイックにすら言わずに提出したものな上、結婚式はロビーの複雑な事情によりお蔵入りとなった経緯がある。

 

「スマ婚も何も・・・」

私たちの場合は、いわば「ナシ婚」に近いのでは?

と、思いつつも、何か言いたそうな伴侶の様子にヤンはロビーに先を促した。

「いやさ・・・実は、おばちゃんたちがよお・・・」

 

ここでの「おばちゃん」とは、親族上のものではない。

家出少年だったロビーのことを、昔から何かと気にかけ色々と世話を焼いてくれていたという「商店街」でのおかみさん達のことである。

 

「その・・・さあ・・・」

なんとなくためらいがちにロビーが言い始めたのは、買い物の途中で「おばちゃん」に聞かれたことがきっかけで、ロビーとヤンには結婚記念の写真がないということについてであった。

「俺はさ・・・全然、気にしてなかったというか・・・」

気づいてすらいなかったんだけど、と少し口ごもりつつ、ロビーは続ける。

「おばちゃんたちから、『だめだよ、それは!』『そうだよ!』『そうそう! ロビーちゃん! あのねえ、結婚式や豪勢な披露宴が性に合わないとしても、記念撮影ぐらいはしなよ』『そうだよ、それぐらいは・・・ねえ?』とかなんとか色々て言われて・・・」

俺、そんなこと考えてすらなかったぜって言ったら、おばちゃんたちから『大仰な披露宴とかを省略して、結婚記念の撮影だけ簡単に出来るスマート婚の方が、写真撮影すらない届出だけのナシ婚より、まだマシ! ずっといいよ』って言われて・・・。

 

より正確には「旦那さん、社長さんって言ってなかったっけ? そういう人は本来は、取引先とかとの接待も兼ねて盛大な結婚式をするものだよ? 社会的地位が高い人であるほど、冠婚葬祭の儀礼はしっかりしないといけないからね。なのに・・・ロビーちゃん?」

ロビーちゃんが目立ちたくないっていう理由だけで、結婚を公表しないだけじゃなくて、披露宴をしないだけじゃなくて結婚式自体しない上に、記念撮影もないなんて・・・・

「旦那さん・・・ロビーちゃんの事、すっごく大事にしてくれてる人なんだろう? そんな人なら、きっと本当は思い出と記憶にずっと残るような豪華な結婚式をしたかったろうし、記念になるような撮影は絶対にしたかったと思うよ?」

なのに、結婚写真すらないなんて・・・。

「ロビーちゃん、ちょっとそれは、旦那さんが可哀想だよ」

と怒られた、のだ。

 

そうして、おかみさんたちはロビーに「はいっ! せめてスタジオで簡単に撮影できるスマ婚プランぐらいは、把握しときなよ!」と、どっさり資料としてパンフレットやらチラシやらをくれたのだった。

 

「うちの娘も、最初は面倒だから結婚式を省略しようとしたんだけど、彼氏が泣いて『君の花嫁姿ぐらい見せてくれたっていいだろうっ!』って言うものだから・・・」

で、色々撮影だけでものプランのスマート婚略してスマ婚の資料集めをしていたそうなのだが、結局、彼氏がやっぱりちゃんとした結婚式をしたい!と言うので、最終的には、そのスタジオとかは使わなかったそうなのだが・・・。

 

『ま、そんなこんなで、色々あるからさ。結婚式だって夫婦でちゃんと話すべきだし、せめて記念撮影ぐらいは・・・』

と、パンフを持ち帰って、今日のロールキャベツを煮込みながらそれと睨めっこしていたということらしい。

 

「まあ・・・確かに、スタジオで衣装も貸してくれるって言うし・・・特に凝らないんだったら、すぐにでも撮影してくれるとこもあるみたいだし・・・・」

何より安いし、時間もかからないみたいだし。

「これなら・・・あんたと俺とで、ちょっと行って、さっと撮るだけで済むかなあ?って」

でも、あんた・・・今更、結婚記念の撮影とか・・・いらねえかなあ・・・・いらねえ・・・よな?

 

恐る恐る・・・というロビーの問いが終わるよりも先に、ヤンの金色の瞳が、かっと見開かれる方が早かった。

「ロビーっ!」

「はいっ!」

思わず反射的に背筋を伸ばして返事をしたら、そのまま、テーブル越しに唐突にぎゅっと抱きしめられた。

「ロビー・・・いいのか? 記念撮影を望んでも・・・いいのか!?」

「え? ん、ま、その・・・あんたが・・・いいなら、だけど・・・」

俺からの提案だから、俺の支払いで済ませるとこなら、もう一つ候補のスタジオもあるし、と言うロビーの言葉を遮り、ヤンは金色の瞳をきらきらと輝かせてぎゅうぎゅうに、愛する伴侶を抱きしめる。

「何を言う! 2人の記念だぞ! それなら、私に手配させてくれ!」

「あ、うん。まあ・・・その・・・それは構わねえけど・・・」

それより、テーブルの上のワイングラスとかロールキャベツとかが良くこの体勢でひっくり返ったりしないものだと、抱きしめられたまま全然明後日の方向に感心するのがロビーがロビーである所以と言えようか。

「俺のさ・・・目立ちたくねえとか色んな都合で、あんたは結婚式したがっていたのに、それ・・・駄目って言っちまったから・・・」

今更でもいいなら・・・

「どんな撮影でもいいぞ? あんたの希望通りにするから」

「どんな? どのようなものでもか!?」

食らいつくような語気に思わずびくりとしつつも、こくこくとロビーは頷いた。

「うん。スタジオとか気に入らねえなら、どこでもいいし・・・」

「どこでもか!?」

「当然だろ? だって、あんたが気に入るようなものが撮れないんじゃ、俺にとって意味・・・ねえし・・・」

結婚記念写真すら考えていなかったロビーからすれば、本当は、撮影自体面倒だろうに、それを・・・私のためにと考えてくれたのか! ああ! これだからっ! お前は・・・っ!!

 

愛しくて、本当に愛しくて。

どうして、こんなにもいつも自分のことではなく、相手の事ばかり当たり前のように考えてくれるのか。喜ばせようと・・・真心を尽くしてくれるのか!

「お前と出会えて良かった・・・」

「ヤン・・・」

そっと重ねられる唇は、ワインを含んで甘美に香る。

そのまま、そっと最愛の妻の身体から手を離し、自分の席に腰を下ろすと、この上なく嬉しそうにヤンは金色の瞳を輝かせて満面の笑みをロビーに向けた。

「お前との記念撮影・・・最高のものにするからな!」

「お、おうっ・・・・」

 

その時のあまりもの嬉しそうなヤンの勢いに、少々何か違うのでは? との予感がしなかったわけではない。

 

ロビーが考えていたのは、あくまでも「簡単で安く済むスマ婚」

だが、ヤンの頭の中では、既に壮大な「結婚記念撮影プラン」がごうごうと唸りをあげていた。

 

『私のロビーが、私のために!!!』

撮影に応じてくれるというのだっ! これほど素晴らしい提案があろうか!!

 

にこにこと喜色満面の笑みにてヤンはロビーに、嬉しげに言った。

「スタジオなど使う必要などない。撮影なら、機材も場所も、全てそれに相応しい場所も服もある」

「へ?」

きょとんとするロビーに対し、にっこりとヤンは瞳を輝かせる。

「ああ。撮影だけでいいなら、誰も呼ぶ必要はないわけだ。私の別荘ならセキュリティもプライバシーも守れるし、機材もある。親しい者だけを招いた食事会もできるぞ?」

食事会、にぴくりとロビーが反応した。

「あ、なあ・・・それなら、アロとかグラとか・・・あと・・・ハッチとかさ・・」

あいつら呼んで、ちょっとした結婚式みたいなこと・・・も出来るか? 今更だけど・・・との問いに、無論だ!とヤンは頷く。

 

「そうしていいのだろう? ロビー・・・」

うっとりとした蕩けそうな金色の瞳を前に何が言えただろうか。

 

そうして、ロビーにとっては「スマ婚」

ヤンにとっては「人生の節目、大切な大切な、最も大切な記念撮影」の計画は始動していったのだった。

 

それが、果たしてスマ婚だったのか? の定義だけは、さておいて。

 

★★★

 

ヤンがロビーとの結婚記念撮影を行う、の報はロビーからのスマ婚の提案があった翌日には、全銀河中の「ヤンズ・ファイナンス」の支店全て、表も裏も含めて全社員へと駆け廻った。

「社長が!」

「ヤン総帥が!」

「奥様との結婚式が・・・・っ! ついに・・・っ!!」

 

盛り上がることこの上ない全社員。それは当然であろう。

ヤンズ・ファイナンスは、ヤンが立ち上げた企業なのだ。

創業者社長であるヤンが「恋愛や結婚やそうしたことに夢いっぱいな乙女思考」の持ち主であるのと同じく、いや、ある意味それ以上に社員たちはロマンス好きであった。

そもそも社員の全員がヤンのファンでもあるのだから、愛読書は今も続くハッピーエンドの殿堂「ハーレクイン・ロマンス小説」だし、日本の少女マンガやアニメの類は、この企業では教養の必須科目と言っても過言でないほど浸透していた。

 

ちなみに、ハーレクインと言えば昔から「ラストは必ずハッピーウエディング」が鉄則のロマンス小説の代名詞と言ってもいい出版社だが、日本でコミック化されて以降、その文化はどれだけ宇宙時代になろうと、今度は銀河全体へ発信され、惑星アッカサッカで「永遠の愛の鐘」なるものが出来たのも、そうした地球発信の文化の影響とも言われている。

銀河の果ての地球だが、文化の面では妙に銀河連邦に影響力があるという不思議さは、月の王国の初代王「ロック・キタ」が、宇宙人と地球人とのファーストコンタクトの折に、「持病の癪が・・・・・」「そいつぁいけねえ」などという時代劇あるあるなことを行った上に、そんな地球文化、特に日本のサブカルチャーを銀河へ伝えまくった功績の一つでもある。

 

お陰で、地球が銀河連邦に加盟したのは随分遅かったのだが、他のテクノロジーでは遥かに進んでいた各惑星からも文化面で一目置かれるということになったのである。デカルチャー効果恐るべし。

 

と、そんなこんなな事情はさておき、よって、全銀河に広がるヤンズ・ファイナンスの社員達は、それはそれはロマンス好きで、だからこそ、崇拝するヤン社長の結婚! とあらば、どれほどの豪華で華麗な結婚式が! と、ものすごく楽しみにしていたのである。

 

絶対にライブ中継はあるだろうし、衣装が絢爛豪華なのは言うまでもないだろうし!

「しかも、お相手が・・・・っ!」

「あの銀河の英雄! 地球の救世主っ!」

「美形で評判のロビー・ヤージ氏っ!!!」

 

素晴らしいっ! さすがはヤン社長!!!

 

だからこそ、「結婚式も披露宴もナシ」と通達された時は、心底がっかりもしたことは言うまでもない。

「記念録画・・・用意してたのに・・・・」

「ヤン総帥とお相手のロビー様とのご衣裳・・・・楽しみにしていたのに・・・」

 

結婚式、見たかったのにいいいいいっ!!!!!

との叫びは、ロビーにこそ聞こえないようにヤンが抑えていたが、実は、ヤンズ・ファイナンス全員の相違であり嘆きでもあったのだ。

 

そこに「結婚記念撮影」をするとの報である。

 

「ということは!?」

「もちろん・・・っ!」

「正式な結婚式と同じく・・・いや!」

来賓をほぼ招かないという以上、むしろ、より豪華で華麗で大掛かりで素晴らしい「撮影」となるに決まっている。それならば、スタッフとして自分たちも参加できるのでは!?

 

「俺・・・警備担当に選ばれるよう申請してくるっ!!」

「ばかっ! あれは、隊長が選抜して推薦した奴だけがなれるんだぞ!」

「じゃあ、撮影のスタッフに入れて貰うっ!」

「そっちも、ヤンズ・ファイナンスの広報部門での映像担当連中が奪い合いだっ!」

セキュリティ担当が無理なら、撮影機材運びとか、セット係とか! 

「いや、食事会もされるってことなら、そっちのスタッフとか!」

じゃがいもの皮むきでも何でもするから、参加させてください! ヤン会長っ!!!

 

とかなんとか、全社員が目の色変えての「スタッフの地位争奪戦」になっていたなど、当然、ロビーが知る由もない。

 

ロビーはただ、ヤンから「任せてくれ」と言われたので「任せる」と言っただけのつもりだったので、まあ、せいぜい安いスタジオじゃなくて、またヤンの持っているホテルかどこかのエントランスとか使って撮影するのかな? としか考えていなかった。

 

甘い。それは、ヤンズ・ファイナンスの財力や規模を・・・いや、ヤン自身の「結婚式やロマンス」についての乙女心を考えたらあまりに甘い考えと言えただろう。

 

アッカサッカでの「永遠の愛の鐘」をロビーと鳴らしたかったヤンである。

あの鐘を鳴らすのは私とロビーのはずだったのに、何故、ハッチと・・・っ!

と、どれほど嘆いたことか。それは、あの騒ぎが中継されていたのを見ていた全社員が思ったことでもある。

 

無論、あの鐘をロビーとハッチが鳴らしてしまったのは、単に、あの当時「ヤンに借金のカタに腎臓取られる恐怖」に逃げまくっていたロビーが、ハッチとアッカサッカでどたばたと逃げている最中の偶然のアクシデントにすぎず、そこに何か意味があるなどとは、当の本人達・・・・ロビーとハッチは思ってもいなかったのだが、関係者は別である。

 

ハッチとロビーの縁談を未だ諦めきれないルナランドの重鎮らは「あの鐘を鳴らすほどの縁こそが、お2人こそが正しくご婚姻されるご関係なのだ!」と言ってはばからないし、逆に、ヤンズ・ファイナンスの社員らは表の金融会社を中心とした複合企業でも、裏の軍事部門や高利貸他の闇部門に属する者でも皆「あんなことで、諦める我らがヤン様のわけがあるまいっ!」と、現在、ロビーと入籍したヤンのことをことほど誇らしく思っている。

 

「ヤン様が・・・・我らの総帥が・・・・!」

「念願の想い人と・・・結ばれ・・・・っ!」

そして、ついに「記念撮影」すなわち、時期こそ遅くなったが、それこそ「他人を呼ばないだけの結婚式」そのものと何が違うというのか! いや、違わないっ!

 

「結婚式だ!」

「結婚式の鐘が・・・・ついに我らの総帥の結婚式の鐘が鳴るのだ!!!」

ばんざ~~~いっ! ばんざ~~~~いっ!!!!!!! 万歳、万歳、万歳三唱がどれほど続いたことやら。

 

よって、盛り上がる社員らからの熱意も手伝い、勢い、結婚記念撮影のための場所選びから、衣装、撮影機材、スタッフetc.に至るまで、それはそれは・・・・ヤンズ・ファナンスの全社員総力挙げて凝りまくったのである。

 

ヤンが凝り性なのは当然だが、それに全社員が全力でバックアップに燃え盛る。

これで大々的なものにならない方がありえない。

 

従って、スマ婚の話をロビーがしてからわずか数日後には、場所は、ヤンの私有惑星の一つ、風光明媚でかつ、地球では失われたかつての世界遺産的な建築を再現した数々の名城がある太陽系からは少々離れた、一般の宇宙船では絶対に到着できないセキュリティ万全なそこにと決まったし、そして、肝心な結婚式のための場所や衣装などは、「選ぶなど・・・むしろ、ヤン総帥のお心のままに、全部行いましょうっ!」となったのも、ある意味当然の成り行きで。

 

しかし、そんなことになっているとは知らぬロビーは、「え? お前の別荘??」とのみ理解していた。

 

『意外と、質素な好みだったんだなあ・・・・』

とまで考えた自分を「我ながら馬鹿だったぜ・・・」と思ったのは、もう「別荘」というか、「遠い惑星」まで連れて行かれた後なのだから、今更後悔しても先に立たず。

 

例えば、中国でかつて消失した清朝時代の離宮「円明園」。

これを、本家の中国よりも艶やかに再現させた壮大な庭園に、見事な薔薇の花まで咲き乱れている様の『文字通りの大宮殿』に連れてこられたロビーが、ぽかんとなったのは言うまでもない。

 

「・・・・べ、別荘って・・・・・・」

ネオトーキョー郊外どころか、日本のどこかどころか、海外どころか・・・・

 

「宇宙規模だったのかよっ!!!」

 

と叫ぶロビーを楽しそうに金色の瞳が見詰めていた・・・。

それを撮影したスタッフが「涙で前が見えなくなりそうでした!」と叫んだ、この2人のツーショットをヤンがいたく気に入り、自分の社長室に飾る一枚に選んだというのは後日談。

 

ともあれ、こうして壮大な「スマ婚」は始まったのだった。

 

ちょっとでかけて、さっと撮影・・・のスマート婚。だっけこれ????

 

と、ロビーだけが頭を抱え、

「俺とヤンでスマ婚すっから、お前、親友なら参加しろよ!」

と誘われたハッチがイックに対して

「・・・どうして、ロビーってさあ・・・」

綺麗なおねーさん達に騙されまくるだけじゃなくて、こうも簡単に信じちゃうんだろうねえ??

と半ば呆れ顔で囁いたのは、ほんのおまけ話。

 

最初から「スマ婚するから!」と言われた時点で、「ああ、これは大事になるな」と予想がついていたハッチは、ルナランドのじいや達には「地球外遊、あと、ロビーのとこへ遊びに行くから」と言いつつ、しっかり公式行事用の正装も持ってきていたし、イックもどうせそんなこったろと驚きもしなかったのだが、ロビーだけが頭を抱えているという。

 

「なんで? どういう?」

しかし、ヤンがあまりにも幸せそうに嬉しそうに見詰めてくるものだから、抗議など言えるわけもなく。

 

「・・・体力使うんなら・・・メシ・・・・ちゃんと出せよ・・・・」

それと、何でもするけど、なんだって協力するけど!

「あんたも・・・俺にご褒美くれよな・・・・」

とか、可愛いことを言うものだから、結果、ヤンをますます喜ばせただけであった。

 

そうして、ヤンの私有惑星での壮大なる撮影会は開始されたのである。

宮殿だけでも、幾つあるやら? の惑星で、撮影スポットは数えきれないほどある中で、更に言うなら

「祭壇も、地球の各国文化の色々なものがあるぞ?」と言われた日には・・・

 

『俺は、何回結婚式やらされんだろう・・・』と、くらっとしたロビーだったが、実際はその更に上を行くとはまだ思っていなかったあたり。

それは、ヤンの突出した美意識と乙女心を理解していなかったからに尽きるだろう。

 

★★★

 

スマ婚、スマート婚。それは、結婚式を正式にやる代わりに簡素に記念撮影だけで済ませるもの。

の・・・はずだったのだが?

 

「ロビー・・・愛している。結婚してくれ・・・・」

「い、いや・・・あのさ・・・・・」

何でだっ! 結婚ならもうしてんだろがっ! 何が始まったっ!!

 

壮大な宮殿で咲き誇る薔薇の庭園の中、唐突に跪かれてあわあわとしているロビーを余所に、ヤンはいつもの黒のファーとマントつきのスーツの内ポケットから、おもむろに指輪ケースを取り出す。

「これを・・・お前に・・・・」

「いや、だから・・・」

そもそもあっちこっちでカメラ回ってる上に、自動撮影ドローンまで浮いている。更には、ハッチやイックやアロやグラどころか、宮殿スタッフの「ヤンズ・ファイナンス」の皆さんまでこちらを注目してるんですがっ!

『この状況でどーしろとっ!!』

連れられてきて唖然としている途端にこれである。

もう、どうしたら・・・と思うロビーの前で、ヤンは指輪ケースをぱかりと開く。

「これを・・・お前に・・・」

「いや、だから結婚指輪ならもう・・・。あれ?」

自分の左薬指のシンプルな金色のリングと、指輪ケースの中に納まっているそれとをしげしげと比べて見る。

「これ・・・結婚指輪・・・じゃねえような???」

指摘され殊の外嬉しそうに輝く、金色の瞳。

「ずっと・・・お前に贈りたくて・・・」

そっと、ロビーの左手を取ると、もう嵌めてしまったマリッジリングの上に、するりと嵌める。

「これは、お前が私の求婚を受け入れてくれた時に贈ろうと思っていたエンゲージリングだ」

「・・・こんなの・・・・お前・・・・」

特殊合金で造られたマリッジリングも、ヤンの瞳の色に似ていて綺麗だなあと思っていた。

贈られた時、それがヤンの指のリングと対になっていて、互いの位置情報なども把握できる機能もついているヤン手作りの特別製で、それが全てロビーに万が一のことがないようにとのヤンの想いから出来た世界に一つしかないものだと聞いた時には、もっと嬉しくなった。

『お前が私を想っている限り、このリングはお前の指から外れることはない・・・』

そう言われた時、実際、自分で試しに取ってみようとしても、ぴったりと嵌っていて全然取れなかったことを思い出す。

でも、装着感に違和感はなくて、常に付けていても汚れるわけでもなく、どんなに料理をしたりしても、風呂に入っても、果てはうっかりどこかにぶつけても傷一つ付かないどころか、きらきらとした輝きは増すばかりなリング。

『どんな特殊合金をあいつ、独自開発したんだかなあ・・・』

時々、夕食を作りながら、左手薬指を見る度に感心したり感動したりしていたのだが、それに合わせたかのようなこの・・・もう一つの宝石つきの指輪は・・・・。

 

「すげえ・・・。深い藍色に金色が・・・きらきらして・・・・」

「宇宙のようだろう? お前が大好きな」

その言葉に、ロビーから貰ったパジャマが「I LOVE 宇宙」だったことをハッチは思い出すが、ヤンまでそんなことを知っていたことに今更、この男は! とも歯噛みする。

だが、ハッチの小さな歯ぎしりは、隣のイックにだけ聞こえていただけ。

ロビーの方は、ヤンに手を取られ、自分の左薬指に嵌められた「青金石」を中心に、今度は合金ではなく本当の黄金細工とダイヤで飾られた華やかなラピスラズリのリングに目を奪われていた。

 

「この石・・・天然だろ? 人工的に造る技術はあるけど、アフガニスタンあたりでの鉱脈でなきゃ、こんな風な色にはならねえし、金色の入り方が・・・こんな風に・・・星みてえに・・・そんなの・・・今時・・・」

ほとんど地球では掘りつくされている上、今や宝石も人工的に何でも出来てしまう時代である。

また、宇宙時代になれば、他の惑星での珍しい石の方が希少性た高くて、セレブ達はむしろそうしたものを好んでつける傾向すらある。

「なのに・・・今時・・・・こんな・・・・アンティークにだって・・・探したって・・・・見つからなさそうなのに・・・あんた・・・どうやって・・・・」

最後の方はもう、涙まじりで声が掠れていた。

こんな希少石、しかも、金持ちが好む流行りとは全然違う分だけ、普通に金にあかして探させたって見つかるものじゃない。

きっと・・・ずっと・・・ずっと前から・・・自分が気が付くよりもっともっと前から、地球に残っている数少ない鉱脈を探して、自ら、この石を探していたんだろう。忙しいのに。激務の筈なのに。

「いや、気にするな。美しいものを集めるのも私の趣味だからな」

さらっと言うところが、また、ぐっと胸に詰まる。

そうなのだ。結局、ヤンはいつだって自分が気にしないように「気を使う」のだ。

このラピスラズリの品質を考えたら、手に入れるだけでどれほど大変だったか。

そして、それをこんなにも綺麗に加工して、細工して、なのに結婚届だけでいいやとか言っていた自分のせいで、ヤンはこれをお蔵入りにしていたのか。

「ヤン・・・」

ぎゅっと自分の手を握る男の手に、ロビーもまた己の手を重ねて、涙交じりに懸命に答えた。

「俺・・・あんたが好きだ・・・・」

それは、結婚の了承か? との問いに、こくりと涙交じりにロビーは頷く。

「うん。もう結婚してっから・・・今更了承ってのも変だけど・・・けど・・・あんたさ・・・」

俺にこうして贈りたかったんだよな? 

「ごめんな、気が付かなくて・・・」

でも・・・嬉しい。

「こんな俺で良かったら・・・結婚してくれ・・・ヤン・・・」

 

同時に、わっと湧き上がる歓声は、周囲で固唾を飲んで見守っていた社員達から。

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます! ヤン会長!」

「良かった・・・良かった・・・・・・」

貰い泣きし始める社員らまでいるあたり、どれだけ熱狂的なファンクラブなのかと、イックとハッチだけは、ふうと少々ため息を漏らすが、多勢に無勢。周りは既にこれだけで大熱狂である。

 

「これでご婚約のエンゲージリングの贈呈と、プロポーズ編! 円明園編では完了です!」

「他で撮り直しご希望でしたら、いくらでも撮影いたしますが、どういたしますか?」

との問いに、流石に、ヤンは苦笑しながら、静かに制止する。

「いや、プロポーズについては、一度こうして正式に行いたかったから、一度で十分だ。だが、結婚式は、衣装も色々用意しているしな」

「あ、そうでした! 中華風のご衣裳から、西洋風のご衣裳、他にも社長がデザインされてお作りになられが数々の名作が!!!!」

「は?」

その言葉に、今までうるうるとしかけていたロビーの目から涙が引っ込む。

「ちょっと待てよ、ヤン! 衣装って・・・結婚式用の服って・・・それもお前が作ったのか?」

いつだよ! おいっ! 

との問いに、さらりと多忙な筈の大富豪は答える。

「デザイン全般が趣味なのだ。宝飾類も作るが、服飾も出来るぞ?」

特に、服は最近はデザインさえ起こせば、後は生地と素材さえ用意すれば、オートメーションで即時に作れるからな。

「でも、ヤンさんの手縫いの方が早いっすけどね」

「はあああっ!?」

目を丸くするロビーに対して、アロとグラは、さらっと言う。

「あれ? ロビーは知らなかったっすか? ヤンさん、生地は機織りからご自分で物凄い速度で何でも織れますよ?」

「それに、オートミシンより、ヤンさんの手縫いの方が正確で早くて・・・」

だから、ロビーを模した可愛い『ロビー縫いぐるみ』が、イセカンダルへの旅の途中では、ずっとシャチホコ号にあったのだと語るアロとグラの側近2人。

「・・・知らんかった・・・マジかよ・・・」

茫然、の体でぽかんとしているロビーに対し、くすくすと笑いながらヤンは立ち上がると、愛する伴侶をぎゅっと抱きしめた。

「そんなことはどうでもいいことだ。私にとっては、お前が私の求婚を受け入れてくれて・・・そして、贈りたかったエンゲージリングを受け取ってくれたことの方が遥かに重要なのだから」

「・・・つか・・・」

合金のマリッジリングがシンプルな分、豪華に造られたラピスラズリを据えた金細工の指輪は、より一層ロビーの左薬指できらきらと馴染んで輝く。

それを見詰めながら、そっと自分を抱きしめる男の胸に頬を寄せつつ、ロビーは尋ねた。

「これ作ってくれただけで、俺はもう十分なんだけどな・・・」

だが、ならそれで、と終わるわけがなかった。

「ああ、だが、私はまだまだ足りないのでね」

それに・・・結婚記念の撮影なのだろう?

「私にそれを任せてくれると言ってくれて、本当に嬉しかったのだよ?」

「・・・・分かった・・・もう負けた・・・・」

好きにしてくれ! 何着だって着てやらあっ!!!

「どーせ、もし結婚式したら、あんたみたいな社会的地位のある奴の場合、お色直しだのなんだのとか、その後のお披露目とかで、どーせ、あれこれ色んなもん着てパーティだのなんだの出る羽目になってたはずだもんな」

それ、全部俺の都合で、結婚自体伏せて貰って、なしにして貰ってたわけだし・・・。

「それを考えれば、もういいわ。あんたの言う通りに何でもすっから・・・」

「ああ、ロビー!」

ぎゅううっと人目も憚らずに抱きしめる姿も、もちろん、撮影舞台と撮影ドローンにしっかり撮られているわけだが、もうそんなことを気にしていることすら出来はしない。

「もういいよ。俺が、あんたのこと好きなんだからさ・・・」

俺が出来ることなら何でもするさ。

その一言で、うっかり人目を忘れて更にぎゅうぎゅうにヤンがロビーを抱きしめ、キスの嵐を振らせていた光景は・・・ヤンズ・ファイナンスでの未来永劫の語り草となった。

「まるで・・・ロマンス小説のワンシーンみたいだった・・・・」

「素敵だった・・・・」

そんな感想のおまけつきで。

 

★★★

 

そこからは、毎日がもう・・・記憶も飛ぶほどの怒涛の撮影の日々だった。

男同士の同性婚で良くあるオーソドックスな純白のタキシードは、最初からロビーだって考えていた。

だが、それ以外にこんなにも「結婚装束」なるものがあったとは!

 

『激務の癖に、いつ作った!! こんなもんっ!!』

タキシードの色違い、デザイン違いだけでも何種類もあるわ、ヤン独自のオリジナルデザインだという普通には見ないような柄だの生地だのの衣装が次から次へと、さながらファッションショーのランウェイを歩くモデルの早変わりさながらの速度で繰り出される。

 

しかも、当然だが、タキシードタイプのみで終わる筈もなかった。

 

記念撮影初日、惑星に到着して、エンゲージリングを贈られてから何着分の撮影したんだ? の頃に、それはやってきた。

 

「は? こりゃ、また・・・・」

真っ赤なシルク地に金色の刺繍、しかも妙に身体にフィットするラインで縫製されている上、靴も絹製ときた。

「・・・えっと? チャイナ・ドレス??? か? こりゃ???」

衣装を持ってきたヤンズ・ファイナンスの美容スタッフの女性に尋ねれば、「いえ、違います」と即答される。

「これは、ベトナム方面の民族衣装アオザイと、漢民族の伝統的衣装にインスピレーションを得た、ヤン総帥のオリジナルです!」

「・・・いや、そういう意味じゃなくて・・・・」

妙に丈が長い割に、両足脇にスリットが入っていて、生足が思いっきり横から見えるデザインが『女物のドレスなんじゃねえの?』というのが気になっただけなのだが・・・・。

『素足に絹の靴ってあたりもなあ・・・』

中国での昔の妓楼とかあたりの風俗画のおねーちゃん達が、似たようなもんでポーズ取ってなかったっけ? とか思うロビーの疑念などなんのその。ヤンズ・ファイナンスの「服飾部門」担当のスタッフらは、さっさと着付けを開始する。

「まあっ! ぴったり!」

「流石は、ヤン社長!」

「これだけフィットするボディコンシャスなデザインを、目測だけで正確にお作りになられるなんて!」

「ロビー様の長くて綺麗なおみ足が・・・見事にスリットから映えて!」

『いや、だからそれさあ・・・・』

三十路過ぎの男が真紅のチャイナドレスで女装してるよーにしか、傍からは見えねーんじゃねえかっ!?

『だれが、んな珍妙なもん見たがるよっ! うわ、なんかメイク担当まで来た・・・・』

 

撮影が始まってから、もう既に何時間経過したか覚えていない。

途中で、サンドイッチだの軽食やら飲み物が出されたのは覚えているが、疲れたとか言う余裕すらないままに文字通り『まな板の上の鯉』の如くに今までおとなしくなんでも着させられては、撮影に応じていたロビーであったが、流石に今度ばかりはちょっと待て! と叫んでいた。

「俺は、女装趣味ねえぞっ!!!」

だが、『は?』と、ヤンズ・ファイナンスのスタッフの美女集団は小首を傾げ、綺麗な胸元を見せつつ『何故?』という困惑顔をするばかり。

 

「総帥の・・・ヤン社長手ずからの織物で・・・・」

「こんなにも見事な出来栄えで!」

「ええ! なんてロビー様の肌の色、髪の色、全てに調和して見事かと!」

「私ども皆、感動で涙で、先ほどから前が曇りがちですのにっ!」

うるうると涙目の素敵な胸元の美女集団。

そして、ロビーは所詮「女の涙と谷間に弱い」お人好しさんだった。

 

「わ、分かった! 分かったから!」

泣くなよ! ちゃんとあんたらの指示に従うからっ!!

瞬間、ぱっと笑顔になる巨乳美女集団の衣装スタッフたち。

「本当にお美しくて・・・」

「ああ、もう・・・ため息が・・・・」

ほうっ・・・・と、世辞でもなんでもなく本気で言っているらしいところが逆に怖い。

『どういう美意識なんだよ、ヤンの会社の連中はっ!!』

 

金融を中心としつつも、ホテル業界から、軍事部門から、ファッション部門まで、あらゆる部門まで実は何らかの資本提携やら関係が多岐に渡って広がっているのだという『複合企業ヤンズ・ファイナンス』。

その総資産など誰も分からないという程なのだが、闇金のヤンしか知らなかったロビーは未だその実態を良く分かっていない。

銀河中の経済という経済を通じて、あらゆる面に影響力を持つ巨大企業だと知っていたなら、そもそも、ヤンと結婚したかどうかも怪しいぐらい超絶セレブなのだが、ヤン自身が自分の企業についてロビーに語らないものだから、てんで甘く見てしまっていたことに今更後悔しても、先に立たないのは当たり前。

 

そして、ヤンのいつものファッションセンスが『似合ってるからいいけど、随分独特だよなあ? あのファーだのスーツだのマントだの、どこで買ってるんだ?』などとのんきに思っていた自分を恨んでももう遅い。

 

トップの特有の・・・・人によっては『特異』なとも言われる美意識は、思いっきり全社員に浸透していた。

いや、トップの美意識に賛同する者しか、ヤンズ・ファイナンスにはそもそも入社自体出来ないのだが、当然そんなことロビーが知っているわけもない。

 

「さ、では最後にこれを・・・」

「は?」

真紅のシルク生地の上から、既に金細工の首飾りやら、鳳凰を意匠のこれまた黄金の冠やら、腕には贈られたエンゲージリングと対になるような色合いのラピスラズリの腕輪やらと、散々に飾り付けられているのに、まだ何かあるのか? と思うより先に、さっと素早くロビーの視界は上からかぶせ物で遮られてしまっていた。

「お、おい・・・・これだと前が見えねー・・・」

おろっと、するロビーに救いの手が、そっと下から差し伸べられる。

「俺様が、手を引いてやっから、心配すんな」

「イック・・・・」

聞きなれたサポート・ロボットの声にほっとしつつも、こりゃなんだ? との問いに、小柄なウサギ型ロボットはごく短く答える。

「さあな。多分、昔の中華風の婚礼衣装とかにある花嫁の被りもん・・・みてえなもんだとは思うがな」

中国での清朝の頃の漢民族の花嫁が、嫁入りの際に運ばれる花籠の中で被らされているそれに似ているものの、色々アレンジが入っているので、どことなく西洋の花嫁衣裳のヴェールのように見えなくもない。

だが、ロビー本人には、何も見えないのだからどうこう説明しても仕方ないだろうと、イックは小さな手をロビーに差し出し、そしてゆっくりと先導する。

「なんか知んねーけどよ、家族が『花婿』んとこへ連れてくもんらしーから」

俺様が代わりにって、指名されたわ。

『つか、なんだってヤンのヤローのために、俺様がロビーと連れてく役割なんかやんなきゃなんねーんだよっ!』

未だ、『自分に無断で勝手に婚姻届を出されてしまった恨み』の消えぬイックからすると、どうにも釈然とはしないのだが、今回の撮影会についてはロビーからの提案だというのだから断りようがない。

それに、家族・・・として、という言葉につい心をくすぐられてしまったのも事実だった。

『ちぇっ・・・』

結局、ヤンの思い通りにばっかなってるじゃんかよ。あの下種狼野郎が!!!

内心ではさんざ毒づきつつ、それでもゆっくりとロビーが転ばないように、『会場』まで連れていく。

 

「おお!」

「ご到着だ!」

「今夜のフィナーレのご衣裳は・・・また、なんと素晴らしいっ!」

広間らしいところまで来た途端に湧き上がる歓声と熱気とフラッシュ音の嵐。

『おいおい・・・俺の一世一代の珍妙なヘンテコチャイナドレス姿が撮られてるんじゃねえだろな・・・』

焦るが、今更である。

そんなロビーの目の前に、やがて馴染んだ気配が現れる。

「・・・ああ・・・ロビー・・・」

うっとりと満足したような声に、まあ、こいつの希望なら仕方ねえかと腹を括り、ひょいと肩を竦めてみせる。

「なんか知んねーけど、満足か?」

「そうだな・・・・ああ、イック・・・連れてきてくれて感謝するぞ」

「・・・・家族の役割って言われたら断れねえだろうがよっ!」

ぷりっとむくれる小柄なウサギは、そのまま、拗ねたようにさっとどこかへ行ってしまう。

「え? イック?」

浮遊しながら移動するイックの場合、どこへ行ったのかロビーには気配だけでは分からない。

そんな慌てる伴侶の様に、くすくすと楽しげに笑いながら、ヤンはそっとそれまでロビーの視界を遮っていた被り物へと手を伸ばす。

「昔のアジアの婚姻では、結婚式当日まで花嫁の顔は隠されて見ることが出来ないのが通例でな」

西洋のヴェールとは違うが、せっかくだからそれを模してみたのだ。

「こうして・・・お前の視界を覆っている布を・・・・」

そうっと大切な宝石を包みから出すかのように、ゆっくりとヤンの両手がロビーから被り物を取り払う。

「ああ・・・・やはり、良く似合う・・・」

真紅のシルクと、黄金の鳳凰。それらが、チャイナ・ドレス風の装束のロビーになんと合っていることだろうか。

「美しい・・・」

「ヘンテコチャイナドレス女装男になってねーか?」

自分には全く見えていないロビーの問いに何を言う! とヤンは叫ぶ。

「こんな・・・・美しい花嫁は・・・私は見たことがない・・・」

「いや、俺、男・・・・・・」

それも三十路男なんだけど? どういう趣味だよ、一体・・・と思うが、どうやらそう思っているのはロビーだけのようだった。

「ああ、なんとお美しい・・・」

「これぞ・・・・ヤンズ・ファイナンスの奥様!!!」

『いや、だからその妙な絶賛おかしいだろがっ!』

と、文句の一つも言おうとしたロビーは、今度は逆に目の前の男の姿に絶句することになる。

いつもの黒いファー、それは同じ。

だけど・・・・違う・・・・

「ヤン?・・・・それ・・・・・お前・・・・」

ぱくぱくと口を開け閉めしている可愛い妻の様に、駄目か? 似合っていないか? とヤンは苦笑する。

「自分では、それなりかと思ったんだが」

しかし、それに対しては、ロビーの反応の方が早かった。

「かっこ・・・・いい・・・・」

金色のシルク地の同じく漢民族風のデザインに、ロビーと同じく鳳凰の意匠の冠。

それがヤンの威風堂々とした体格と相まって、さながらそれはアラビアンナイトに出てくる「架空の支那の国」の皇帝さながらである。

金色に輝いて・・・でも、決して成金のような金満な感じでなくて・・・・ただただ堂々としていて。

「すげえ・・・・かっこいい・・・・」

「そうか? 惚れ直したか?」

ヤンにしてみれば、それはほんのちょっとしたユーモアのつもりだった。

だが、大真面目な答えが目の前から返される。

「うん」

「は?」

一瞬、何か聞き違えたか? と思うヤンに更に追撃はかかる。

「かっこ良すぎて・・・・惚れるわ・・・・」

「ロビーっ!」

瞬間、もういてもたってもいられなくて、つい、真紅の衣装のロビーをぎゅうぎゅうに抱きしめてしまったのは、もう古来の結婚のしきたりの手順も何もないだろう。

「ああ・・・私は幸せだ・・・本当に・・・・こんなにも美しいお前を伴侶にできて・・・」

「それは、こっちの台詞。こんなんで良かったのか? あんたは・・・・」

くぐもった声に対し、当たり前だと耳元へと熱く囁く。

「こんなにも素晴らしい花嫁を迎えられた私は、宇宙一の幸せ者だとも!」

「大げさだなあ・・・」

でも、どうやらそんなに変でもないのならいいか、とロビーもまたちょっと緊張を緩めて言葉を返す。

「つかさ、ず~~~っと撮影続きで、俺、いい加減かなり腹減ったんだけどな」

「ああ、そのために・・・・」

さっとヤンがロビーへと指し示した先は、大きな丸テーブルに様々な料理が乗っている「満漢全席」だった。

 

テーブルの中央には高度な細工切りをした、やはり鳳凰の形の料理、そしてその周囲には、あらゆる中華料理が並べられており、既に、イックやハッチやアロやグラは、それぞれの席にて着座している。

それだけではない。大広間のあちこちに、同じような丸テーブルがあり、ヤンズ・ファイナンスの各支店から選ばれた者らもまた、そこに着座しこちらを凝視しているではないか。

「へ? えっと????」

事態についていけないロビーの耳元に軽く口づけを贈ると、ヤンは広間全部に響く素晴らしいテノールで皆へと告げた。

 

「ここに我が永遠の伴侶を迎えたことを宣言する! 我が社員達よ! 今日は無礼講だ!」

皆、後は心ゆくまで我が郷里の美食を満喫してくれたまえ!

その言葉と同時に、わっと湧き上がる歓声。

 

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます、ヤン総帥!」

「奥様! 良くぞお輿入れくださいました!」

「お2人の未来に幸いあれ!」

 

わあっ! という怒涛のようなざわめきに、びくりとするロビーの身体をぎゅっと抱きしめ、くすくすとヤンは楽しげに笑う。

 

「私の社員たち全員が、本当はお前と私に直接祝辞を告げたかったそうなのだ。だが、それは難しいからな・・・」

ヤンズ・ファイナンスの各支社の代表や、本社の者らなど、選抜された面々及び、今も給仕や撮影を担当しているスタッフも含め、ここからは無礼講にしたのだ、との説明に、ロビーはそっかと小さく頷く。

「ほんっと・・・あんた、好かれてんだな・・・」

「社員たちの出来がいいのだ」

だが、そんなヤンの発言に、小さくロビーは反論する。

「ばか。あんたが好きだから、こんなに喜んでくれてんじゃねーか。つか・・・俺、あんたの社員の気持ちも考えずに、結婚式できねえって言っちまったんだよな・・・・」

悪いことしたけど・・・

「今回ので・・・ちょっとは・・・・喜んでくれてっか? あんたの社員たちもさ・・・・」

恐る恐るという様子に、金色の帝王が、満面の笑みで頷いたのは言うまでもない。

「ライブで、全支社にも今回の撮影風景は中継しているからな。それはもう・・・」

今頃、銀河中のヤンズ・ファイナンスの各部署で、祝杯を挙げているさ。

その言葉に再び唖然とするロビー。

「俺のこんなヘンテコ女装! 思いっきり中継されてんのか!?」

「・・・変ではないぞ? それに女装でもない。私がお前に似合うと思って作ったオリジナル作品だからな」

「いやいやいやっ! 男の足なんざスリットで見て喜ぶ奴いるわけがねえだろがっ!」

「似合っているのだがなあ・・・・」

そんな2人の会話を聞きながら、王子の正装でハッチが隣の席のイックにため息をついていたことすらロビーは当然気づかず。

しかしその実目の前でのロビーの艶姿に、なんとも言えない表情で2人はひっそりと囁いていた。

「ねえ・・・イック・・・・ロビーってさ・・・・」

綺麗だったんだね・・・・

と、ハッチが言えば、イックはイックで

「たりめーだろっ! 俺様の・・・俺様のロビーは元々素材はいーんだよっ! それを・・・無駄に磨きやがって・・・あんな奴にやるために俺様は、ロビーを守ってきたんじゃねーわっ!」

「と、言うか・・・なんなんだろう? 見てると・・・どきどきする・・・」

「待て! ハッチ! お前っ!」

慌てるイックに対し、なんとも言えない微妙な顔で月の王子は、小さく呟く。

「イセカンダルまで一緒に行った時だって・・・イズモンダルまで2回目の旅をした時だって・・・一緒に温泉に入っても、どれだけずっと側にいても・・・『わくわく』はしても・・・こんな風に、もやもやするみたいな変な心臓の動悸は・・・なかったのに・・・・」

「いやっ! あのな!」

「・・・綺麗だなあ・・・お嫁さんみたいだ・・・」

「待てっ! 落ち着けハッチ! 頼むから、お前まで色気づくなっ!」

お前は、まだまだ可愛い未成年の子供でいてくれえええええっ!!!!!

と、必死にばたばたとイックが騒いでいたことも、ヤンに目を奪われていたロビーが気づくことはなかった。

 

あんまりにも目の前の男が・・・・自分の伴侶が・・・・自分が思っていた以上に・・・・

自分を惹きつけてしまっていたので。

 

★★★

 

そうして、賑やかな祝宴が終わるとやっと、ロビーはヤンと2人の部屋へと下がることができた。

「うわ~~~~っ! 疲れた! つかっ! ヤンっ! この服、どーやって脱ぐんだよおっ!」

 

冠だけは、どうにか自分で外せたものに背中が、一つ一つ布で包んだボタン留めになっているので、どうにもこうにも手が届かない。

「首飾りも・・・金細工が細かすぎて、どうやってこれ外せばいいんだか・・・」

困り果てたような様に、自分は既に、装飾品をさっさと外したヤンは意味深な笑みを浮かべる。

「それは・・・婚礼衣装だからな。自分では脱げないようになっている」

「へ? じゃ、どーやって着替えるんだよっ!」

化粧だって汗だって、俺はとっとと流したいのにっ!!!

騒ぐロビーをすいっと正面から抱きしめ、先に首飾りを取ってやり、次に、一つ一つ背中のボタンを外してやりながらヤンは目の前の耳朶に熱く囁く。

「これは・・・こうして『私の手で脱がす』ようになっているのだよ」

「・・・なんでまた、んな手間のかかるもんを・・・・」

意味が分かっていない様子に、そうだな、と丁寧にボタンを外してやりながら耳元へと吐息をかける。

「こうして・・・脱がせて・・・新婚初夜・・・。それが理想だったのでな・・・」

「えっ!?」

目をぱちくりさせている様が可愛い。

まったくもう、どうしてこうも一 挙手一投足の全てが私の熱を煽るのだ!

『だが、私とて無体を強いたいわけではない』

美しく飾った妻の装束をこの手で脱がせて、そしてその裸身を抱く。

この男の夢を叶えて欲しいとは思うが、疲れているのなら無理は言えまい。

そう思いつつも、そっと脱がしてやっていると、気恥ずかしそうなくぐもった声が胸元に囁かれる。

「・・・・だったらよぉ・・・・」

「え?」

くぐもって良く聞こえず、何だ? と問い返せば、既に熱で潤み始めた青い瞳が、ひたとヤンの瞳を射抜いていた。

「俺・・・あんたがこんなに結婚式楽しみにしてるって分かってなかったし・・・。だから・・・その・・・」

好きにしていいぞ。その言葉だけはしっかり聞こえた。

「ロビーっ!!!」

まだ脱がせている途中で、無我夢中で唇を奪ってしまったのは、もう男の性というものだ。

これで、衝動すら起きないのならばそれは枯れ木だ。男ではないっ!

「いいんだな! 構わないんだなっ!」

「・・・そんかわり・・・明日は撮影できねーぞ?」

「構わん。スケジュールなどどうにでもなるっ!」

「それと・・・・俺・・・・今、かなり汗くさいと思うんだけどな・・・」

メイクもしたまんまだし・・・

「気にするな! いや、気になるなら、先に湯に浸かるか?」

問いには、柔らかな口づけで返された。

「どっちでも。俺は・・・あんたがいいなら・・・それで・・・」

「ああ・・・ロビーっ!!!」

 

ばさっ!

 

装束の全てを、つい乱雑な所作で下へと全て落としてしまうと、ヤンはそのままロビーの裸身を抱きかかえ、寝台へと運ぶ。

「ロビー・・・私のロビーっ!!!」

指には、贈ったエンゲージリングとマリッジリングが重ねてつけられたまま、藍と金がきらきらと輝く。

そんな伴侶の首筋から、胸元へと次々へと唇を落としながら、ヤンもまた己の装束を脱ぎ捨てる。

「・・・愛している・・・・心から・・・・お前だけを!!!」

「ばっか・・・」

はあはあと、既に熱い吐息を漏らしながら、年下の伴侶は蠱惑的な笑みを浮かべる。

「知ってるって。あんがとな」

「ああ・・・・!」

礼など! どれだけ礼を、感謝を述べても足りないのは私だというのに!

「へへ・・・やっぱ、あんたとこうすんの・・・好きだわ俺・・・」

くっつくの。肌が、ぴったりするっての?

「俺に、『こういうの』が気持ちいコトだて教えてくれたの・・・あんたが初めてで・・・俺ほんと、ラッキーだったぜ」

一生ご縁がないかと思ってたからな・・・。

しみじみと本気で言っているあたりが、もう、どうしてくれよう! とも思うが、ヤンとて既に余裕はない。

「ロビー・・・」

慣れた手つきで、ローションで濡らした指先でロビーの下肢の間からそこをまさぐれば、結婚生活の間に何度も何度も受け入れてきたそこは、期待するように柔らかくひくついている。

「・・・んっ!」

それでも、ヤンの指先が暴くようにロビーのそこを弄れば、びくりと反射的に組み敷いた身体は跳ね上がる。

「も・・・ぁ・・・、そこ、ん、・・・・」

甘い甘い吐息。これがどれだけ男の情欲を煽っているか。自覚のない無垢な妖艶さこそが悩ましい。

「ヤン・・・」

きゅっと自ら腕を、己に覆いかぶさる男の首筋へと手を伸ばすロビーの所作に、阿吽の呼吸でヤンのそれが突き入れられる。

「っん! ぁ・・・・、ん、んっ・・・・・ぁ、あっ!」

ぐいぐいと奥まで突き入れる動きだけで、腰がびくびくと跳ね、そして無意識の涙がロビーの青い瞳から零れる。

「ロビー・・・私の・・・ロビー・・・っ!」

更に奥へ、そして、己の動きでもっともっとと刺激すれば、必死になって回されている腕は、いつしかきゅうと爪を立ててヤンの背中に食い込んでいる。

その痛みさえもが嬉しくて、何もかもが嬉しくて。

初めての情交ではないのに、本当に「2人の初夜」を迎えた高揚感そのものに、ただただヤンは夢中になった。そして溺れた。

「ロビー・・・もっと! もっとだ・・・!」

もっと私に返してくれ! お前の反応の全てを! お前の心地良さを!

「私に・・・伝えてくれ! 私は・・・お前を・・・っ!」

言いながら、ぐいっと更に身体を奥へと進めると、びくんっとした反応と共に、ロビーのそこから白濁したものがたまらずに零れ出る。

「やだ・・・一緒が・・・イイ・・・」

「ああ・・・そうだな・・・」

もうはち切れそうなロビーのそれを、そっと片手で抑えつつ、自分の腰の動きを更にヤンは加速させる。

そうして、ぐっと入れたその刹那。

「っぁ・・・・・っ・・・・」

「ん・・・・・」

ヤンのそれがロビーの最奥で弾けると同時に、ロビーのそれもまたヤンの手の中で弾け飛んだ。

 

「ロビー・・・ロビー・・・」

そっと口づけながら囁けば、情交の衝撃で、ふっと飛んでしまった意識がゆるゆると戻って来たのか、小さな応えが返される。

「ん、大丈夫・・・つか・・・・」

やっぱ・・・気持ちイイわ・・・これ・・・

「たまんねぇ・・・」

へへ・・・

その笑みで、ヤンの「やり直し初夜」がそれはもう熱烈なものになったのは、当然の帰結であろう。

 

何度求めても返してくるしなやかな肢体。そして、何度意識を手放しても、幾度でも自分の首筋へと手を伸ばそうとしてくる愛しい伴侶の愛らしい所作。

 

「ああ・・・・・」

気づけば、この惑星の太陽が既に昇り、朝日がカーテン越しに刺している。

だが、それでも手放せない。どうしても手放せない。

「ロビー・・・今日は・・・・」

我々の撮影は、休みだ。

 

それだけ告げると、愛しい伴侶の裸身を抱えてバスルームへと移動した後、そこで更に続きがあったのは、それこそ新婚ならではのものだろう。

 

こうして「ヤンの望みの新婚初夜」は、順序が異なるものの遂に叶ったのだった。

 

そして、翌朝、ヤンズ・ファイナンス社員も、イックもハッチも、アロもグラも、皆『まあ、そうなるだろうな』と暗黙の了解で、誰も「今日の予定は?」などと野暮はことを言うものもなく。

 

三々五々それぞれに、次の撮影の準備、あるいは、ハッチやイックは円明園の宮殿散策などしたりしていたのであった。

 

もちろん、ハッチとイックは、ず~~~~~~~っと・・・・

「ヤンのばか」

「ロビーの・・・・ばかやろっ!!」

と、涙目だったりもしていたのだが、それはロビーが知る由もない話である。

 

ロビーはふと夢うつつの中で、時折意識が浮上する度に目に映る伴侶の寝顔や笑みに、ただ幸せだった。

撮影中ということさえも、ころっと忘れて、ふわふわとした気持ちに浸っていたのであった。

 

★★★

 

そんなこんななアクシデントというか当然の予定調和的なことを経つつ、とにもかくにも、なんと数週間かかってロビーの提案した「スマ婚」、ヤンズ・ファイナンスにとっては「結婚記念撮影会」は、あらゆる装束、宝飾品に、あちこちの景観を選んで撮影しまくった後に、やっと終わったのであった。

 

本当は、まだまだ衣装はあったし、惑星全部が別荘なので、円明園以外にも、ベルサイユ宮殿風のものや、故宮のようなものや、様々な宮殿があったのだが、流石に全部で撮影していると年単位で時間がかかってしまうというので、ヤンからしてみれは「スマートに簡略した」撮影会として終わらせた。

 

その間、何度も何度も、途中で「休暇日」すなわち主役2人が籠って出てこないので撮影出来ない日があったのだが、それもまた、もう皆分かっていて、温かく見守って・・・・。

いや、イックとハッチは苦々しく、ではあったが、ともあれ、ようやくスマ婚は終わった。

 

「ああああっ! なんつかもうっ! 俺は一生分の服を着替えた気がしたぞっ!!!」

帰りのシャチホコの中で、ロビーが騒いだのもヤンにとっては良い思い出である。

 

ずっとずっと念願だった、ロビーに「あれを着せたい、これを着せたい」との己の願いが叶ったのだ。

それも、素晴らしい出来栄えで! 想像していたよりも、ずっとずっと生身で見る方が、どれだけ喜ばしかったことか!

 

 

「で? ロビーちゃん。スマ婚は出来たのかい?」

 

この騒動からしばらくしてからのこと。

久しぶりに八百屋のおかみのところに顔を出したロビーに対しての問いへの答えは実に微妙なものだった。

 

「・・・なあ、おばちゃん・・・・」

 

スマ婚って・・・・

「簡単に済むから、スマート婚・・・スマ婚じゃなかったっけ?」

「そうだよ? どうかしたのかい?」

「いや、それが・・・」

 

ロビーから、数週間に渡る会社挙げての大撮影会と祝宴になったのだと聞かされたおかみさんたちが、大爆笑したのは言うまでもなかろう。

 

「あはははははっ! そうかい! そうかいっ!」

「おばちゃんっ! あのさ、笑いごとじゃねえんだよっ! ほんっと大変だったんだぞ!」

「いや、でも、ほんっとロビーちゃんの旦那さん! よっぽど結婚式したかったんだねえ・・・・」

その一言で、ぐっと詰まるロビーの様をして『まだまだ若いねえ・・・』と、おかみさんらが、笑い転げたのはほんのおまけ話。

 

そして、「で? ロビーちゃん。その撮影した奴は?」

と、見せるように強請られたのも、当然の帰結。

 

ちなみに、スマブレに格納していた「タキシードの無難な奴」だけ見せたロビーに対して、

「他は? 他は?」

見せてくれたら、おまけするよ?

と言われて、結局、ほとんど見せる羽目になり、一番受けたのが、真紅のチャイナドレス風花嫁さんと、純白のウエディングヴェールつきのロビーだったというのは、もう、何と言えばいいのやら。

 

「うん、ロビーちゃんはやっぱ美人さんだねえ!」

「・・・女装みてえだから、やだっつったのに!!!」

「別に女装じゃないよ。そもそも全部旦那さんのオリジナルデザインだろう? ロビーちゃん用であって『女物』を流用したわけじゃなし」

「でも・・・なんかこう・・・」

ごにょごにょと言う、ロビーの背中を豪快に叩いて八百屋のおかみは言い放つ。

 

「綺麗なもんは、綺麗! それだけだよ! 自信持ちな!」

あたしらの商店街のご当地アイドルなんだからさっ!

 

ここで地球の救世主とか銀河の英雄とか言わないのが、さりげないおばちゃんの気遣いというか、ロビーを自分たちの子供のように思っている年長のご婦人ならでばの胆力であり、自負心のなせる業である。

 

「とにかく、旦那さんが喜んだんだし。社員さん達も喜んだんだろ?」

いいじゃないか。ね?

 

「でもさ、結局・・・・」

 

また、親友とサポート・ロボットにだけは、「おめでとう」を言って貰い損ねた・・・

「なんで、あいつら・・・いつまでも・・・」

ぶつぶつと文句を言うロビーに対して、くっくとおかみは笑って答える。

 

「ま、近い分だけ複雑なんだろうさ。うちも娘が結婚してるけどね。未だに、うちの旦那ってば、『おめでとう』が言えてないんだよ?」

「は?」

ええええっ! おばちゃんとこ、もう、孫もいるじゃんっ! なんでだよっ!

目を丸くするロビーに対して、ちっちっちと指を振っておかみは言う。

「複雑なんだよ。なんかこう・・・他に取られたって感じがするんだろうねえ・・・」

 

ロビーちゃんも、親友の王子様が誰かと結婚したらきっと分かるって。

だが、それに対して、そっかなあ? とロビーは呟く。

「俺は・・・ハッチの奴が・・・好きな奴出来たら・・・おめでとうぐらい言うと思うけどなあ???」

「さあね、その場にならないと分からないよ?」

 

そして、このおかみの予言めいたそれは、ある意味あたったのだった。

 

何故なら、ハッチの好きな人なるものが、ロビー以外には現れなかったので。

当然、おめでとうなどと言えるわけもないのだった。

 

だが、それはまだ先の話。

 

今はまだ、ハッチは胸の中のもやもやの正体が分からずに、イックにただぼやくだけ。

そして、時折そんなぼやき通信をルナランドからナガヤボイジャーに繋がる直通の極秘回路で、イックがいつも何とかその「淡い想い」の正体に気づかないよう、心の中で冷や汗を流しながら宥めていたのであった。

 

結婚式・・・それは誰のもの?

 

誰の夢?

 

少なくとも、ヤンズ・ファイナンスにとっては、崇拝するヤンとその配偶者であるロビーの結婚式を見ることが出来た。

 

それで本当に幸せになれたのであった。

 

もちろん、当事者であるヤンが、撮影した全ての映像を更に厳選して、自分だけのための写真集を作ったり、社長室にロビーとの結婚式映像がランダムに流れるように設定したりしたのは、言わずもがな。

 

皆が喜んだならいいだろ? との、八百屋のおかみの言の通り、結婚式は「結婚式を夢見ている者」のためにあるのだと。後々、しみじみとロビーは思い返すのであった。

 

そして、自分の都合だけで、何もしないよりは・・・あんなでもやって良かったんだな。

と、頑張って自分を納得させたのであった。

 

(第7話おわり)




やっとアップできました。ぜいはあ・・・
全ては10月の連続台風で体力削られまくったのが響きました・・・・

次は、ヤンロビ2人の新婚旅行でゆったり温泉??? とかいいかなと妄想しております。今度は早くアップしたい!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。