銀河道中夢語~ギンガドウチュウユメカタリ   作:二子屋本舗

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更新遅くなりましてすみません(^_^;)
当初、「元旦には9話をアップできれば」とか言っていたの誰よ・・・
(そして、火曜日には! と言っていたら、気づけば日付が水曜日に・・・あら? 今日は何日? 1/29(水)じゃありませんかっ!)

ともあれ、やっとコミケ疲れも抜けてきたので、「記憶喪失ロビーさん」編、いよいよ本格稼働です。

ふふふ・・・・・愛の成就には困難がつきものなのですよ、ヤンさん!(つか、一体私は何と戦っているのだろう???)


第9話:魅惑すぎる想い人

過ぎたるは及ばざるが如し

昔の人は、実に上手い言い回しをしたものである。

 

何事も、「過ぎる」は「足りない」より性質が悪い。

その「過ぎる」が「魅惑」である場合はどうなるか?

 

「はあ・・・・」

この日も、何回目かの深いため息を零す少年に対し、傍らのウサギ型サポート・ロボットはギラリと殺気に近い視線を送る。

「ハッチ・・・てめ・・・」

「イック・・・だってさあっ!」

 

身長180㎝を超える長身とはいえ、まだまだ十代の未成年。

腕の中で、すやすやと『愛しい相棒』が無邪気に抱き着いて眠っているというシチュエーションが続けば、当然、思春期特有の困った感覚に悩まされることになる。

 

「いいか? ハッチ」

びしいっ! と特有の三角形にも似た独特の指先を向け、イックはきっぱりと言い放つ。

「お前は、ロビーの『相棒で、親友』。いいか? 相棒で、親友だ!」

相棒で親友なら、『妙な事』考えたり、したりするわけねーよな?

 

「・・・でもさ・・・友達から付き合いが始まって、それが変化するってこともあるんじゃ・・・」

その反論こそ、鬼門中の鬼門だということは、言った直後に気づいたものの、一度口から出てしまった言葉は取り消せない。

「そうだな・・・」

遠い目をするウサギ型サポートロボットは、自虐的な笑みと共に低く呻く。

「友達・・・・から、だとか言いやがった野郎が、まんまとこいつを美味しく食いやがったがな!!」

「でも、ヤンとは本当に『健全な友達付き合い』だったわけだよねえ?」

少なくとも、イズモンダルでの『愛してる! 私を選べ!』とのヤンの爆弾発言後に、唐突に「今まで女好き」だったロビーが宗旨替えするわけもない。

実際、ロビーは、イセカンダルまで散々「借金の取り立て」に追いかけられていた相手にいきなりの愛の告白をされて「はい???」と目が点になっていたし、そんなプロポーズは見事に「友達からなら考えていいぞ」と、一蹴していた。

そのことは、イズモンダルまでの二度目の旅で同行していたハッチだって知っているし、この目でも見ているし、「友達から」とのロビーの言葉は、しっかりはっきり聞いている。

「一応考える、って言ってもさあ・・・」

それは、遠回しに「結婚は断ります。友達でいましょう」って意味でしかないだろう。

普通はそう考えるし、ハッチもそう考えていた。

「だからロビーは、ヤンとは友達以上にはなるわけないと・・・。そう、オレは思っていたんだけどね・・・」

 

なのにどういうことか。

ロビーときたら『一生に一度も体験しないのも三十路過ぎてかっこ悪ぃ』とかなんとかで、かつ『なんか流れで』ヤンと初体験どころか、そのまま入籍してしまったのだ。

 

あの時の衝撃は、今も忘れられない。

そのせいだろうか。今更、ちょっとだけ思い返してしまうのだ。

「ヤンとだって、ロビーの気持ちは友達以上に変化したんだ。だから・・・最初は友達でも、時には『想定外の変化』ってのもあるのかなあ? って・・・」

「だ・か・ら!」

その言葉に、更に殺気を膨れ上がらせるサポートロボットは、日差しの中、ハッチに抱きしめられてすやすやと昼寝している己の主人を気遣いながらも、きっぱりはっきり言い放つ。

「そーゆー『勘違い』は、二度はねえっ! いいか! 金輪際ねぇからなっ!」

「はいはい・・・でも、オレだって男なんだけど?」

そのハッチに対し、イックは更に赤い瞳をダークマターの如くに揺らめかせて低く言う。

「おめえは、年下の『いい友達』でいてやってくれ。こいつが、もう・・・苦しまねえように・・・」

「それは分かってはいるんだけどねえ・・・」

でも・・・と、ハッチは自分の腕の中で気持ち良く眠っている一回り以上も年上の「親友」を見遣る。

柔らかな茶色の髪に、しなやかな肢体。

とても三十路の大人の男とは思えない艶めかしい身体が、思いっきり自分に密着しているのだ。

これで、何も感じないとしたら、それはもう完全に枯れた老人か、あるいは木石ぐらいのものだろうとハッチは思う。

『いや、老人だって・・・』

こんなにも可愛くて、あどけなくて、しかもしどけない姿のロビーを目の当たりにしたら・・・

『精力が戻って大変なことになるんじゃないかなあ・・・・』

 

近くに居るほどに感じる魅惑的な匂いは、もう催淫剤以上の効果があるのでは? と思わざるを得ない。

「イセカンダルへの旅の時は、オレ・・・ロビーが隣で裸でいても、何も感じなかったんだけどなあ」

何だって今はこう、困った反応に悩まされることになてるんだろう? との問いに、イックはごく冷静に答える。

「そりゃお前・・・イセカンダルへの旅の時は、お前はまだまだてんでガキだった上に、変に老成してて、最初の頃なんかもう! それこそ『枯れ木のじーさま』みたいなもんだったからな」

ルナランドの王子としての教育が厳しすぎたせいか、人生の何もかもがつまらないと言っていた頃のハッチは、色恋どころか人間の三大欲求のうちの「食欲」も「睡眠欲」もろくにないような少年だった。

それが次第次第に「人間らしく」変わっていったのは、ロビーという友と一緒にイセカンダルまでの遠い旅路の中、王子であった頃にはできなかった数々の驚きの体験を経たからである。

 

自分が食べたかったプリンをロビーに食べられて悔しくて喧嘩したり、お風呂の入り方や果てはトイレットペーパーの使い方まで言い争ったり。

ほんとに些細なことで、好き放題に言い合える相手と共に過ごすことが、どれほどハッチの人生観を変えたことか。

 

ロビーと出会って、ハッチは初めて自分が「それまで、単に知識だけだった」ことを知り、それを恥じた。

もうロビーと出会う前の自分になど、絶対に戻れない。

 

「でもね、イック・・・」

ロビー・・・抱きしめてると・・・・なんかね・・・

「その・・・もやもやしてくるんだよ・・・」

 

困ったような少年の視線に対し、サポート・ロボットはぎりりと歯噛みしつつ低く言う。

「耐えろ・・・・・・・」

「いや、でもさ・・・・」

「いいから! んな感覚は、思春期特有のもんだ! ただの生理現象だ! んなもん、王族ならコントロールできるだろうが!」

それっくれえの教育受けてるだろが! とのイックの詰問に対し、ハッチは苦く頷く。

「うん。生憎、『そういう方面』についてのプログラム学習は済んでいるよ」

王族たるものが迂闊に誰かに色恋で道を誤らないようにと、己に課されている鋼の自制心。

「というか、オレだから『もやもや』で済んでるんだよ? 他の人だったら・・・」

それに対してのイックの反応は、もう背中から怒りの湯気が見えるほどだった。

「そうとも! だから! 俺様は! 反対だったんだ!!!!」

「イックっ! 落ち着いて! 湯気! 湯気が出てるっ!」

回路が熱でやられる前に、ほらっ!

 

しゅ~~~~っと、手元の冷却スプレーをウサギ型サポート・ロボットへと吹き付けると、「ふう」という小さなため息と共に、目の前の小柄なウサギはしゅんと小さくうな垂れる。

 

「・・・悪りぃ・・・・手間かけた・・・」

「ううん、オレの発言が不用意だった。ごめん」

「いや、俺様も・・・・」

 

そんな2人の会話の間も、湖のほとりで広げた敷布の上で、軽い毛布をかけられたロビーは相変わらずハッチにぴったりとくっついたまま、すやすやと眠っている。

 

「ロビー・・・警戒心ってないのかなあ・・・」

ぼやくハッチに対して、イックは答える。

「お前のことは『親友』だって心を許してるからだろ」

家出する前までは色々大変だったし、家出した後もそれなりに大変だったから、俺様以外の前では、こんな風に無防備に寝るなんてまずなかったんだけどな。

「でも、ロビー、オレとイセカンダルへの旅の間、特に警戒してる感じなかったけど?」

素朴な疑問を口にすれば、イックは小さな両手を上げて、ま、そりゃなと首を振る。

「お前はまだまだ『要保護対象の未成年』にしか、ロビーにゃ見えなかったし、実際、あの頃のお前は、ただの世間知らずの家出少年だったじゃねえか」

「そうだね・・・誰かと友達になるなんてことすら・・・考えたこともない18年間の人生だったから・・・」

「んな、お前に警戒なんかするわけねえっての。むしろ、お前が『枯れ果てた老人』みてえだったのを心配してたぐらいだぞ?」

「そうだね・・・」

そうだったな・・・と、今はまるで遠い昔のことのようにすら感じる、ロビーとのイセカンダルへの旅路をハッチは思い出す。

何かと喧嘩して、何か言い争って、でも、なんだかんだと一緒にいて・・・

「気が付いたら、いつの間にかかけがえのない『相棒』にしてもらってた」

年も離れているのに、立場も違うのに、そんなこと何も関係なく、ただただ一緒にいるのが楽しかったイセカンダルへの宇宙旅行。

 

でも、ハッチはルナランドの王子としての責務があり、どうしても月に戻らざるを得なかった。

それでも、友達であり親友であり相棒という関係は変わらないと思っていたのに、ルナランドに戻っている間に、ロビーはあろうことかヤンと結婚してしまったのだ。

それも本人曰く『なんとなく、流れで』というのだから、もう何といえばいいのやら。

 

それでも、ヤンが『ロビーにひどいコトをした』ならともかく、ロビーの方がどうやら『誘った結果』のようだったし、それに何より・・・・

「ロビー・・・なんか、幸せそうに見えたんだよね・・・」

「そうだな・・・」

 

イックとハッチの間に流れる重い沈黙。

それこそが、今の事態の深刻さを物語る。

 

「ロビー・・・」

ぎゅっと、眠るロビーを抱きしめハッチは小さく囁く。

「苦しくないから・・・。もう絶対に、ロビーを苦しめたりなんかさせないから」

「ああ、そうさ」

小さく頷きながら、木陰の向こうに隠れている人物へとイックは小さく通信を送る。

 

『だから、てめーらは、どっかへ消えやがれ!』

 

通信先は、ヤン及び、ヤンと共に居るアロとグラが装着しているスマブレ宛てへのもの。

 

『俺様の視界から、消えろ! そして二度と現れるな!』

 

すやすやと眠る己の主を守るような、サポート・ロボットからの殺気にも似た拒絶の通信。

それを受けてもなお、ヤンは、ロビーを見守ることを止めることは出来なかった。

 

自分が何ができるわけでもないことは分かっている。

何よりも、自分がロビーの心を追いつめた結果、『今』のロビーが幼子のような状態になっているのだ。

 

医者は言った。

「あまりにも心と身体への負荷がかかりすぎたのでしょう」と。

だから、一時的に『ヤンの存在を知る前まで』に催眠療法で記憶を過去まで戻し、そして、リラックスさせることから治療を始めましょうと。

 

そのためには、記憶に刺激を与える存在であるヤンについては、目の前に現れてはいけないと。

「ご伴侶である貴方を心配するあまりに心が追いつめられたのですから・・・」

そんな自分が出来ることは、姿を見せず、ただロビーの快復を祈ることのみ。

 

分かっている。そんなことは分かっている。

見守っていても、傍に寄ることすら許されないのだ。

何も出来ない。何一つ。

 

それでも・・・それでも、離れたくなかったのだ。

たとえ、ロビーの心の中に、自分の存在が「ない」としても。

それでも、自分の心の中にはロビーの愛しい姿も、愛を交わした日々も厳然と在る。

だから、せめて・・・見守らせて欲しい。

 

その通信自体、イックから遮断されて拒否されてもなお・・・ヤンは、そう願わずにはいられなかったのだ。

 

一縷の・・・もしかしたら、ロビーが再び自分を・・・思い出してくれて、そして、愛を交わすことができるようになるのではないかとの微かな希望が捨てられなくて。

 

どうしても、どうしても、離れられなかったのである。

 

★★★

 

お医者様でも、草津の湯でも治せない。

それが「恋」の病。

 

そんな病に罹患しまくりのヤンである。

どうして、恋しいロビーから「離れる」などできようか?

 

医療惑星グラス・フィールドにて、そっと、ロビーを木陰から見つめ、そして、時折ロビーの好物を差し入れすることだけが許されるのみの日々。

 

「ああ・・・可愛い・・・」

 

今日も、ハッチと運動がてらに湖のほとりを走り回っているロビーを遠くから見つめては、金融会社ヤンズ・ファイナンスの社長たる男は、そっとハンカチを噛み締める。

 

「ヤンさん・・・」

今にも飛び出しそうな己のボスの服の端を、しっかと掴んでいるのは側近のアロとグラ。

「だめっすよ、これ以上は」

「そうっス、接近禁止されてんですから」

「分かっている。分かってはいるのだ・・・だが・・・」

ああ、可愛いとの言葉が、またも漏れる。

「ヤンさん・・・」

ため息交じりに、側近の2人は顔を見合わせる。

いくら見詰めていても、それはヤンの一方的な片想い。

傍に寄ることも、触れることも、いや、「認識」されることすらも禁止されている現在、この行為になんの意味が? と言いたくもなるが、意味などなくとも恋しい相手を探し求めるのが、不治の病たる「恋患い」である。

 

借金ダルマのロビーと出会って、一目惚れして、そして「借金取り」という口実だけを頼りに、不毛なまでの追いかけっこをして。

絶対に報われないだろうと思っていたのに、ヤンの恋は、偶然という強運の産物により成就した。

 

『なのに・・・・』

『つらいッス・・・』

 

見ている方が泣けてくると、アロとグラはそっと自分たちの瞳を押さえる。

泣きたいのはヤンだろう。分かっているから、部下である自分たちは泣くのは堪えねばとの思いからである。

 

それでも、ハッチに無邪気に抱きつき、イックとハッチと一緒に子供のように笑っているロビーを見ていると、ヤンとの電撃結婚直後の頬を赤らめていた新妻のロビーの頃が思い出され、どうしても涙を禁じ得ないのだ。

 

幸せだったのに。

本当に・・・あんなにも、ヤンさんは幸せだったのに!!

 

でも、その幸せをぶち壊したのもまた、ヤン自身のミスである。

アウタースペースのテロリスト連中の攻撃で、ヤンの身に何かあったのではと案じるあまりに、ロビーは無茶な亜空間航行を断行し、その負荷の反動で心を壊してしまったのだから。

 

『つか、最初っからロビーに心配させないようにしとけば良かったんスよ・・・』

『でも・・・・』

 

後悔先に立たず。そんな心配は要らないということを事前に説明をちゃんとするのを忘れ、むしろ、心配して駆けつけてくれたことに嬉しくなってときめいてしまったのがヤンの過ちだった。

 

『心を壊すぐらいに・・・・そんなにもヤンさんのこと想ってくれてたんスよ? ヤンさん・・・』

なのに、ヤンときたら、心配されたことに嬉しくなり舞い上がってしまい「私は無事だぞ、ロビー!」の過剰演出での登場をしてしまったのだから、どうしようもない。

 

本当に心配していたからこそ、タカラヅカ歌劇団か? な登場は、ロビーの張りつめた神経をぷっつりと切ってしまい、そして、精神を壊すことになったのだ。

 

心配して、心配して、心配して・・・。その挙句、肝心な相手にふざけてるとしか思えない登場をされたのだ。

切れてしまっても仕方あるまい。

 

いや、いっそ「キレて」怒り狂うのなら良かったのだ。

それなら、ヤンが謝り倒せばきっと、時間はかかっても何とかなった。

 

だが、ロビーは怒り狂うのではなく、心労のあまりに極限まで張りつめていた緊張の糸と共に精神を遠くに飛ばしてしまったのである。

 

いわゆる「自閉症」とも言うべき、一種の精神の逃避反応。

あまりものショックに起きたのだろうと医師はそう診断した。

 

「ヤンさん・・・愛は・・・『気づかぬ方が罪深い』って・・・名言があったッスよね・・・」

返事はない。だが、ヤンこそがそれを痛いほど感じていることもまた、アロもグラも理解していた。

 

確かにヤンのミスだ。

それは、根本的に、ロビーを自分が愛しているという想いばかりに囚われて、ロビーからもいつしか深く深く愛されていたということに、まったく無頓着なまでに気づいていなかったという致命的な手落ち。

 

愛のバイブルと言われる少女マンガや古典的アニメを愛するヤンらしからぬ落ち度だが、それもまた「恋は盲目」故なのかもしれないと思うアロとグラだった。

 

常に完全無欠で、自分たちにとっては「神」も同然のヤンだった。

でも、そのヤンも「恋」の前には、間違いを犯す「ただの人」だったのだ。

 

それでも、そんなヤンだからこそアロもグラも見捨てるなどできようはずもなく、こうして今も傍にいるのである。

今度こそ致命的なミスを、敬愛するヤンが犯さないように。

 

★★★

 

だが運命とは、どこまで皮肉に出来ているものなのだろうか。

 

いつものようにロビーをそっと木陰から見つめ、そして、イックらと共にロビーが去った後、一人、水辺で膝を抱えてうずくまっていたヤンだった。

『ロビー・・・私のロビー・・・・』

思い出は、ただ美しく脳裏を過ぎ去るばかり。

抱きしめた時のしなやかな感触、口づけの甘さ、そして、その肌身を抱いた時の狂おしい程の幸せと喜び。

「もう一度・・・お前に会いたい・・・」

 

独り言なら許されるだろう。そう思ってのことだった。

目の前の湖は、日没前のこの時間は、もう、水面が既に暗くなっている。

 

ざ・・・、ざざ・・・・・

 

小さな波音が、耳に触れては消える。

それは、遠くイセカンダルを目指していた頃、途中の宿場プラネッツ「ハママⅡ」で、己の真の想いに気づいた時に聞いた海の響きとどこか似ていて、余計に悲しみばかりが胸に募る。

 

ざ・・、ざざざ・・・・・・

 

大きな湖のほとりは、目を閉じると波の音だけが耳に残る。

 

ざ・・・、ざざざ・・・・・

 

湖岸に打ち付ける波の音。戻れるものなら、もう一度「まだ何もなかった」ハママⅡの頃に戻りたい。

己の想いが「欲」ではなく「愛」であることに気づいたあの時に。

ロビーをただ己のモノにするのでは意味がないことに気づいたあの時に!

 

「私は・・・ロビーに私を好いて貰いたかった・・・それだけだった・・・・」

 

それなのに、今や「認識」からも排除されている。それぐらいなら、いっそ・・・憎まれてでも、あの青い瞳に見詰めて貰った方が、どれほど良かったか!

 

「ロビー・・・ロビー・・・・!!」

膝を抱えて泣き崩れている様など、アロやグラには見せられない。

あの2人も分かっているから、今は傍にいないのだろう。

 

泣いても仕方がないと分かっている。

だが、「笑って~~~♪ 夢は~~~♪ 諦めなければ~~~いつか、叶う~~~~♪」と励ましてくれた「アッカ・サッカの花コスチュームのスタッフ」がここにいたとしても、今度ばかりは

「ヤンは・・・諦めない・・・わ!」

と言える自信はない。

 

自分のせいなのだ。

ロビーは、『愛してるは分かんねえから・・・』といつも口にしていた。

―――好きってのは分かるんだけどな・・・。でも、あんたの言う『愛してる』は、分からねえから・・・―――

 

だから、教えてくれるか? と言われた時のあの喜びよ。

そうして、入籍し、更には前後したが結婚式も行って。

 

いつもロビーは、なんだかんだとヤンの希望を叶えてくれた。

いや、むしろあまりに自分のことを考えていないのでは? とヤンが案じるほど、他人のことばかり考えているようにさえ見えた。

 

『もっと・・・自分を大事にしろ、ロビー・・・』

と、時折、言いたくなるほどだったが、それを言うと『じゃあ、あんたとの結婚したの、考え直すわ』とか言われるのが怖くて言えなかった。

 

だが、もっと言えば良かったと、今更しても仕方のない後悔の念にただ駆られる。

もっと、もっと、私のことよりも『自分』を、『ロビー自身』の幸せを、ちゃんと考えろと。

 

その結果、たとえ「あの結婚」がロビーの勢いと勘違いによるもので、もしかしたら、「やっぱり、一度別れてくれ。もう一度考え直したいんだ」と言われることになっても、その時こそ、何度でも求婚すれば良かったのだ。

 

「なのに・・・それをしないばかりに・・・」

 

ヤンの身を案じるあまりに、亜空間航法という無茶な方法で飛び出してしまったロビー。

そんな無茶はしなくていいと。

大丈夫、自分はロビーを置いて死んだり大怪我をしたりなどしないからと。

しっかりと事前に、安心させておけば良かったのに、それをしなかったのはヤンの手落ちだ。

 

「まさか、そこまで案じてくれるなどと・・・。愚かにも私は・・・」

思わなかったのだ。気づいていなかったのだ。

だからこそ、『ロビーが来てくれた』ということに、ヤンの乙女心はただただ歓喜し・・・そして、間違ったのだ。

「本当に・・・」

名作と言われた古典アニメの一節が蘇る。

 

―――愛は応えぬことよりも、気づかぬ方がより罪深い―――

 

あれは、己がアンドレを愛しているということに気づかなかったオスカルの心を「原作」のマンガとは異なる切り口で表現したアニメ「ベルサイユのばら」の名言である。

己がどれほどアンドレを愛していたか? ずっと昔から、最初から・・・フェルゼンに恋していると思っていた時ですら、本当は自分はアンドレを愛していたと気づいた時には、もうアンドレはこの世の人ではなかった。

 

あのアニメに感動し、社員全員の必須教養に指定した自分なのに、結局自分がその愚かな轍を踏んでいた。

 

思えば日本の古典で有名な源氏物語でもまた、光源氏が、初恋の「藤壷の宮」の面影を追うばかりに、彼女とそっくりの面差しの「紫の上」を形代にしているつもりで、実は、藤壷の宮以上にいつしか紫の上本人をこそ愛していたことに気づいたのもまた、紫の上が病死した後のことだった。

 

「愛とは・・・かくも愚かしいのか・・・」

 

愛の伝道師などと社員たちの前で語っていた己は、なんと間抜けで滑稽な道化者だったことか。

 

結局、自分もまた愛する者を「失って」初めて「愛されている」ことに気づいたのではないか。

過去の多くの物語で、「失う」まで気づかなかった愚者らと同じ存在だった。

 

それでも、物語と異なるのは、ロビーはまだ「生きている」ということだ。

少なくとも、生きて・・・笑っている。

 

それでいい。私のことなど、忘れてしまって構わない。いや、本当は嫌だ。忘れられたくなどない! 忘れられるぐらいなら、いっそ傷つけてでも・・・私の存在を刻み付け・・・そうして一生閉じ込めて・・・

そんな倒錯した想いさえも心によぎる。

 

「だが・・・それでも・・・・」

 

自分の存在が、ロビーにとっての心の負荷になることへの、ほの昏い闇のような甘美さ。

その誘惑への未練が断ち切れないのも事実だが、それ以上にロビーに「幸せ」になって欲しいという想いもまたヤンの真実である。

 

「不幸に・・・したくない・・・」

それはハママⅡで自覚した想いと同じもの。

身体だけを自由にしたいのではなく、想って貰いたいとの願いは「愛」だから故のもの。

ならば、紫の上を不幸にした光源氏と同じことだけは、どれほど魅惑的な誘いに思えたとしても、感じたとしても、決して己に許してはならない。

 

「ロビー・・・お前を・・・」

愛している・・・・愛しているよ・・・・。

 

言葉は日が暮れた水辺で、風と波音に絡め取られ消えていく。

それでいい。それで・・・・

 

だが、それなのに。本当に「それ」で良かったのに!

何故、運命は皮肉に回るのだ。

 

「ねえ・・・どうしたの?」

聞き間違える筈のない・・・だが、聞こえる筈がない声が耳に飛び込んで来たのである。

「どこか痛いの? 苦しいの?」

刹那、立ち上がるや己を労わる声の主を抱きしめていた。

 

それこそが、「間違っている」と、その時ですら分かっていたのに。

ヤンは己の行動を止められなかったのである。

どうしても。

 

★★★

 

「ロビー!!!!!」

「っ! 痛いっ! んっ!!!」

 

そのまま相手の自由を奪い、唇を重ねてしまったのは、もう、ほとんど無意識の行動だった。

 

「ロビー・・・ロビー・・・ロビー・・・!!!」

「んっ! んんっ! んっ!」

舌を絡ませれば、苦しそうに顔を歪める。抱きしめる腕に力を籠めれば、逃げようとの反発する力が腕に伝わる。

それでも、ヤンは己の行動を制御できなかった。

 

愛しい・・・狂おしいほど愛しい存在が目の前にいるのだ。

抱きしめずにいられようか。何もせずにいられようか!

 

だが、一方的な口づけは、やがてくたりと意識を失った身体のみが腕の中に残るという結果を導いた。

 

「ロビー! どこっ! イック・・・ロビー、抜け出して・・・」

「ハッチ! 大丈夫だ、俺様のマスター感知センサーからすると・・・」

 

手にサーチライトを持った二人組が駆けつけるのと、意識を失ったロビーの身体をヤンが抱きしめたまま、ふらりと湖へと身を投げ出すのは、ほぼ同時だった。

 

「なっ!」

「今の!!!!」

 

大きな湖は、海にも匹敵する水深がある。

まして、ヤンがいた水辺は、遠浅の海とは異なり、大型の遊覧船も行き来が出来るほどの深さがあった。

 

ざ・・・・ん・・・・・・っ!

 

 

「ロビーっ!!!!!」

咄嗟にハッチが続いて飛び込み、そして、ロビーの首根っこを掴むと同時に、王子専用の超小型救命具を展開させなかったら、あっという間に確実に溺死体が2人分完成していたところだったろう。

 

だが、ロビーを抱きしめるヤンは、ハッチがロビーと同時に引き上げてもなお、ロビーから腕を離そうとしない。

 

「あんたっ! ロビーを殺す気かっ!!!」

翡翠の瞳に怒気を込めて無理やり引きはがそうとしても、どんなに頭部を殴ってもヤンの腕はそれでもロビーから離れない。

だが、夜の湖の水は冷たい。このままではロビーの身体まで冷えてしまう。

「イック・・・・」

焦るハッチに対し、先ほどからヤンの頭を散々に上から手刀をぶちかましているイックもまた、白いウサギ顔が歪みそうになっている。

「こいつ・・・意識は落ちてるはずなのにっ!」

「なんなのさ! もういっそ!」

 

腕でも切り落としてロビーから引きはがそうか、とまで物騒なことをハッチが考え、実際、護身用の短剣まで取り出したところに、ヤンの忠実な部下2人がこの騒ぎを聞きつけ、病院職員スタッフらと共に駆けつけた。

 

「ヤンさんっ!」

「ロビーっ!」

「ちょっと! どういうことだよっ!」

ハッチの誰何に対し、アロとグラは、それには答えず、病院スタッフらの用意したストレッチャーへとロビーを抱きしめたヤンごと2人を乗せて指示を出す。

 

「早く! 体温が下がる前に!」

「っていうか!!」

あんたたち! ヤンの見張りしてなかったの!?

 

どういうことだよ! と、怒り狂う王子だったが、それよりも救助が先との病院スタッフらに制止され、ナイフでヤンの腕を切断するプランは断念せざるを得なくなった。

 

「・・・ロビー! ロビー!!!」

その間も必死に己の主に対して必死に呼びかける小さなウサギは、反重力の力で、ぴょんぴょんと飛び上がっては主に縋り付く。

 

「ロビー・・・・俺様を・・・置いて逝くな! ロビーっ!!!」

ぼろぼろに泣くサポート・ロボットの声と願いが、果たして届いたのであろうか?

 

「イック??」

ぼんやりとした反応が、小さく小さくウサギの耳へと届く。

「ロビー! 俺様が分かるのか!? ロビーっ!!!」

 

問いかけに、薄っすらとロビーは小さく笑ったようだった。

だが、それが最後。

 

「救急搬送します! 意識のレベル・・・・極めて微弱・・・!」

「自己呼吸・・・・微かにあり。ただし、心臓マッサージは継続が必要」

「酸素吸入! 急げ!」

 

手際良くロビーの顔に装着される酸素吸入器。

それでもヤンの腕はまだ離れないから、ヤンには装置が付けられない有様である。

 

「患者一名! 確保!」

「犯人・・・意識はありませんが命に別状ありません」

 

テキパキとした対応と共に、ストレッチャーごと病院へと搬送され、イックやハッチ、アロやグラもまた、スタッフが用意したエアカーに乗って同行する。

 

「低体温を・・・・!」

「患者から引き離すことが困難につき、2名とも同時に措置を行います」

 

 

ざぶん・・・

 

病院内の専用の救護室。暖かなお湯が張られた湯船に、ほとんど放り込まんばかりに、スタッフらはヤンとロビーの身体を同時に浸ける。

すると、緊張したままだったヤンの筋肉のこわばりが解けたのか、やっとロビーの身体を湯船の中で引き離すことができた。

 

「ロビーさん! ロビーさん! 分かりますか!」

担当医もかけつけ、必死に呼びかけると、薄っすらと・・・本当に微かだが瞳を開け、そして小さく頷くのが見てとれた。

「イックさん! ハッチさん! 安心してください! ロビーさんはご無事です!」

 

瞬間、へなへなと力が抜け落ちたように湯船の傍らで座り込むウサギ型サポート・ロボットと、月の王子。

他方、ヤンの方もまた、温かい湯で、己の意識が戻り、傍らのアロとグラに対して『何が一体?』と問いかけ、

『何が、じゃないでしょう! ヤンさんっ!』

と、泣きながら怒られていた。

 

そんなもう「修羅場」な有様の救急病棟だったが、ふっとロビーはその青い瞳を開けると、小さく、だが、はっきりと声を出した。

 

「なあ・・・あのさ?」

・・・何してんの? これ・・・・・・

 

ぽやっとした・・・・どこか呑気とも聞こえるような、ぼんやりとした声音。

だがそれは間違いなくロビーの・・・。

それも・・・・「子供の」ではない! 皆が聴きなれている方の、ロビー本人の口調だった。

 

「なんだってまた、俺は、服着たまま風呂に入ってるんだ????」

 

きょとんとしたロビーに、わっとハッチとイックが、首筋へと抱き着く。

「湖に落ちたんだよ! ロビー!」

「危なかったんだぞ! ショック死するかもしれねえとこだったんだ!!!」

 

わあわあと騒ぐ親友とサポート・ロボットを見遣りつつ、「はて?」と、濡れた茶色の髪の頭を傾げ、ロビーは尋ねる。

 

「つかさ・・・・えっと????」

 

ここ・・・どこだよ????

 

「イセカンダル目指して・・・・えっと????」

 

ハッコーネの温泉・・・・・じゃねえよなあ?????

 

この言葉に全員が脱力したのは、言うまでもない。

 

 

ロビーは確かに無事だった。

だが、医師曰く「・・・今度は、低体温ショックで・・・」

一時的な記憶混乱になっているとのこと。

 

そして、一方のヤンはと言えば・・・・

「ヤンさんっ! ヤンさん! 分かりますか! ヤンさんっ!」

部下らの声に、目を覚ましたのは流石だが、頑健な分だけ医療惑星の警備隊らの行動もまた早かった。

 

がちゃん・・・じゃら・・・

 

「は?」

 

己の両手につけられた手枷に「???」となっているヤンに対し、全員医師資格保持者という惑星警備隊員らは、厳然と言い向ける。

 

「ストーカー規制法違反、また、無理心中未遂・・・すなわち、殺人未遂罪にて・・・」

 

逮捕させていただきます。ヤン殿。

 

「待ってくださいっ! ヤンさんには、ヤンさんの理由がっ!」

「そうっス! ヤンさんは、錯乱してたんっス!!」

 

必死に縋るアロとグラに対し、警備隊は、ふうとため息を深くつきながら、淡々と事務手続きを説明する。

 

「ヤン殿には、弁護士を依頼する権利があります。心神喪失などの主張は、裁判の折になさってください」

「でも!」

 

だが、食い下がろうとするアロとグラを制したのもまたヤンであった。

 

「ロビーが無事ならそれでいい・・・」

「ヤンさん・・・」

泣きそうになる側近2人に対し、苦く淡い笑みを浮かべながら、ヤンは濡れ鼠のままに言う。

「私ともあろうものが情けないが・・・今は、強制的に拘束されていた方が良さそうだ・・・」

「ヤンさんっ!」

「すぐに・・・すぐに、保釈できるようにしますからっ!」

だが、構うなと銀河の帝王は首を横に振る。

 

「ロビーに危害を加えたのだ・・・。罪に対する罰は受けねばなるまい」

「ヤンさんっ!!」

 

そんなてんやわんやな騒ぎからは、既にロビーは別室へと隔離されていた。

意識がまだしっかり戻っていない間のことだったので、ヤンの存在そのものを意識する前の早業だったのは、流石は銀河一の精神科医の判断のなせる業だったろう。

 

だが、濡れた服から、清潔な病院服に着替えさせられ、とにかくまずは安静に・・・との医師の説明に対して、ベッドの上から、不思議そうにロビーは隣のイックとハッチに尋ねたのだ。

 

「・・・誰か・・・傍にいなかったか?」

 

これに対し、医師はもとよりイックもハッチも、敢えて黙ったのは言うまでもない。

 

ただでさえ精神的に負荷がかかりすぎて、自我崩壊にまでなったのだ。

それを催眠療法での治療中に、あろうことか「伴侶」が無理心中を図ったのである。

 

そんなことを告げたところで、百害あって一利なし。

従って、真相を告げる愚か者は、ロビーの傍らには誰もいなかったのだ。

 

だが、それでもロビーは不思議そうに尋ねるのだ。

 

「なあ・・・イック・・・ハッチ・・・」

本当に、俺の他に誰もいなかったか?

 

「誰か・・・・忘れちゃいけねえ誰かが・・・いたような気がするんだが・・・」

 

だが、医師は目線で余計なことは言ってはならないと、ハッチとイックを制する。

「意識が混乱されているのです・・・まずは、一旦、安静の上、精密検査後にお話しは改めて・・・・」

 

医師の言葉に、素直にロビーは頷く。

「分かった・・・・けど・・・・」

誰だったんだ? あれ・・・・

 

そのまま注入した安定剤が効いてきたのか、すうっと眠ってしまったロビーを前に、医師を初めとして、イックもハッチもただ茫然と立ちすくんでいた。

 

「先生・・・ロビーは・・・」

おそるおそる尋ねるハッチに対して、医師は不思議そうに首を傾げる。

「記憶混濁は、湖に落ちたことによるショックと低体温によるものでしょうが・・・ただ、理解できない事が一つあるのです」

「それは?」

尋ねる王子と、サポート・ロボットに対し、そうですねと医師は唸る。

 

「ロビーさんも、ヤン殿も・・・己の身をガードするためのリングを『結婚指輪』としてしていると聞いています。なぜ、それが機能しなかったのか・・・」

 

「へ?」

「は?」

目を丸くするサポート・ロボットと少年に対し、つまりですね、と医師は答える。

 

「本来でしたら・・・湖に落ちる前に『反重力』機能が働いて・・・・このような事になるのを未然に防いだ筈なのです」

それが何故機能しなかったのか?

 

「ヤン殿が、一種の錯乱状態で『無理心中』を図ったとするなら、ヤン殿の護身用の装置の全てが機能しなかったとしても、それは納得ができます。しかし、ロビーさんの場合は・・・・無意識だった筈なので、主の生命危機に対応して、本来、ガード機能が働く筈なのです。ヤン殿からは、そのように聞いていますし、実際、そうした安全装置が施されているからこそ、監視を緩くした看護にしていたのです」

 

おそらく一人で足を滑らせての転落なら、反重力機能が展開して、確実にロビーさんはご無事だった筈です。

 

「ですが・・・・機能しなかった。それは、主の意思がなければ無理なのです」

医師の言葉に、「はいいいいいっ!!!」「んな馬鹿なっ!」とハッチとイックが叫んだのは、もちろん言うまでもない。

 

「だって・・・それって・・・」

「そうなのです。ヤン殿を信頼して・・・ヤン殿に身を預けた? としか・・・」

 

嘘だ! ロビーにはヤンの記憶だってなかったのに!!

 

その言葉こそが、医師にとっては、回答でもあった。

「そうです。表層の記憶は催眠で封じていました。ですが、深層の記憶まで物理的に消去したわけではありません」

ですから、ロビーさんのどこかに・・・ヤン殿についての記憶が反応する何かがあって・・・

「それが、リングの自己防衛機能の展開を逆に封じてしまった? のではと・・・」

「それって・・・・」

 

ヤンとの心中に同意したってこと?

そんな筈ないよ! とのハッチに対し、医師は頷く

「はい。生存本能からすれば、ありえません。しかし、時に、人の精神は我々の医学を超えた何かをもたらすこともあるのです」

「でもよ・・・」

低い声で小柄なウサギは小さく呟く。

「ヤンのこと・・・分かって・・・じゃねえんだよな?」

「そうです。だからこそ、ヤン殿は逮捕されたのですよ」

患者に対する、無理心中は当然犯罪ですから。

 

「全ては、ロビーさんの意識が戻ってから・・・ですね」

 

眠るロビーは、まるでガラスの棺桶に入れられた白雪姫のように微動だにしない。

 

白雪姫は、継母の差し出した毒りんごを口にして、そうして一度命を失った。

相手を疑うことのない白雪姫と同じぐらいに、お人好しのロビー。

 

白雪姫は、弾みで毒りんごのかけらを吐き出したら、息を吹き返した。

では、ロビーは? 湖への転落という想定外の事態に出くわしたロビーの「精神」は?

 

『まさか、これでヤンのこと思い出すとかじゃねえよな?』

そんな風な「記憶が息を吹き返す」なんてことがあったら、どうなるのか?

 

だが、今のロビーはただ眠るのみ。

まるで王子の迎えを待つ眠り姫のようだ・・・との連想さえも浮かぶように、しどけなく。

 

魅惑とは、時に人を惑わせる。そして、過ちを犯させる。

では、魅惑すぎる想い人を持った者はどうしたらいいのだろうか?

 

「イック・・・オレ・・・」

「ハッチ・・・! 言うな!」

少年が、ロビーを見詰める瞳の中に、淡い焔のようなものを感じ、サポート・ロボットは思わず叫ぶ。

 

「いいか! お前は間違えるな! お前は・・・・ロビーの『友達』なんだっ!」

でなきゃ、ヤンみたく、ロビーを殺すまで、お前が追いつめられたら・・・

 

そんなイックの焦り声に、切なそうに少年は翡翠の瞳を僅かに細める。

「・・・・しないよ・・・ロビーのためにならないことは・・・オレは・・・」

 

ぐっと手を握って、少年は小さく、だがはっきりと言葉にする。

「オレはさ・・・月の王子で・・・・自分を抑えなきゃ『国王』なんか・・なれないんだから・・・」

 

その切ない響きに、イックもまた言葉を呑む。

 

誰をも虜にするロビーの魅惑。その無垢な色香は、幼い頃からの天性のもの。

しかし、そのために、もろもろ苦労してきたのもまた事実。

 

だからこそ、イックがずっと守ってきた。

十代の時に家出するまでも、家出したその時からも、今までずっとずっと、守ってきた。

 

だが、そんなロビーに初めての「伴侶」が出来て以来、イックにとっては何もかもが、予想外と想定外の連続である。

 

「・・・不運はロビーの専売特許と思っちゃいたが・・・・」

それも、魅惑すぎるからこその不運かと思うと、ただもう泣けてくる。

 

だが、まだ命は無事なのだ。そして、精神も回復する見込みがないわけではない。

 

『ま、ヤンの野郎が・・・』

警察沙汰でどうなるかは知らないが、それこそ知ったことか!

『俺様のロビーを危ない目に、どんだけ遭わせりゃ気が済むんだよ、あの下種野郎っ!!!」

 

無理心中は殺人である。

それを分かった上で、ハッチもイックも、ヤンの弁護だけはすまいと心に決めていた。

 

たとえ、もし、ロビーが「前のロビー」だったなら、絶対にヤンと庇うだろうと確信していても。

少なくとも、自分たちの意思で、自発的には絶対にあの男を庇うことなどしてやるものか!

 

そう思っていたのだった。

 

(第9話終わり)




そんなわけで、ぎりぎり(?)公約通り(?)9話アップです。

さて! ヤンさん! どんどんまずいことやらかしてますが、ロビーの愛を真の意味でもう一度手に入れられるか? そして、思春期突入のハッチは・・・どこまで自分を抑えられるのか?

ロビー記憶喪失編。次回お楽しみに!(・・・次は一か月も間をあけたくない・・・)

頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。(感想とかもいただきたいなあ)

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