黒死牟と羽絃   作:布団は友達

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黒死牟の子育てが見たくなったので、勢いで書きました。


一巻.宵闇の迷い子
壱.鬼と人の子


 

 廃れた町、廃墟と化して人の寄らぬ森の奥に佇む町は、道々に跋扈する不吉な影が往来する。獣の如き咆哮が所々で上がり、路上には固まった血糊が広がっていた。

 血濡れの道や家屋に、その間を跳梁するのは人ならざる者の影。景観も地獄絵図さながらであり、その町だけが月に照らされても深い闇を蟠らせる暗黒の領域と化している。

 

 古びた長屋の一室に、月光の差した畳の上に正座する異貌があった。一対になった六の目は赤い強膜に薄く金の色合いをした虹彩。その内の二つに『上弦、壱』とある。

 一松文様の袷に黒い袴を装束としており、長髪をやや高く束ねた風体。服の下では、修行の下で練磨された筋肉がある。腰元に帯びた刀は柄に無数の眼球が蠢き、刀身を秘匿する鞘は古びた蔦の様だった。

 明らかに人の範疇を逸した顔貌と、その身から放射される静かながらに周囲で吠える異形を寄り付かせぬ威圧感を持つ男。

 世に人食いと畏れられる邪悪の権化――“鬼”なる怪物でも、祖たる鬼無辻に認められし上位個体は『十二鬼月』であり、その頂点に長らく座して構える最凶。

 

 上弦の壱――黒死牟は、正座した膝を崩して立ち上がる。

 まだ日が山蔭より出ずるのは遠い頃、普段ならば自身に挑みかかる鬼を排するのみで、静かに在るのが平時の生活である。

 しかし、黒死牟は長屋の中を彷徨する異様な気配を感知し、そちらへと歩を進ませた。然程遠くはなく、今いる長屋の二階廊下の直下で動いていた。

 黒死牟は気配の正体を察していた。

 それでも、直に目で検めるまでは信じ難い。

 鬼の巣窟たる町の、それも上弦の壱が居を据える長屋へと踏み込むには、あまりにも怪異な存在であったからだ。

 

 黒死牟は段差を軋ませながら階下に出る。

 最近まで別の鬼の集団が利用していた長屋だが、黒死牟が暫しの拠点と見定めると同時に、同居の煩わしさを覚えて殲滅した。故に彼以外は無人の筈である。

 気配は長屋の台所で止まっていた。

 右往左往していたが、耳が敏いのか足音で接近に感付いて逃げたのだろう。屋外までは逃れられず、結果として台所を選択した。

 

 黒死牟が扉を開け、台所へと進み出る。

 長く使用されていないとあって、荒れた台所には塵埃が散乱していた。大概の鬼は物の清潔に関する拘りは無く、黒死牟もその部類である。

 鼻先に漂った埃も気に留めず、気配の隠れた場所を正確に察知し、そちらへ真っ直ぐ向かう。

 

「姿を…見せよ…。我が声に…応じぬことは…罷り成らぬ…」

 

 黒死牟の声に、台所の下の戸棚が揺れた。

 逡巡があってか、少しして小さな戸がゆっくりと開かれる。震えながら、黒死牟の面前へと姿を現した。

 その鳶色の双眸に涙を湛え、怯懦に揺れる膝で辛うじて体を支える矮躯。赤い髪を玉に結い、薄汚れた衣服を身にした粗末な身なり。

 子作りな鼻や口、円らな瞳は赤だった。

 

「ふむ…人の子…」

 

 包丁を手にし、尖端を黒死牟に向けていた。

 手先が異常に震えて、かちかちと音を立てる。

 傷があるのか、足下から血が滴っていた。黒死牟は垂れた赤い滴への視線を落とし、六つの目を細めて沈黙する。

 鬼に襲われた後で、辛うじて窮地を脱して此所へ逃げ込んだのか。

 子供を前に、黙って思索する黒死牟から無言の威圧感を感じたのか、震えた声を絞り出す。

 

「た、助けて……!」

 

 救いを乞う。

 包丁を手にして相手に助けを求める言動の矛盾は、おそらく恐慌の所為なのだろう。

 人の子ならば、鬼である黒死牟が食わぬ道理は無い。無駄な殺戮に変わり無いが、鬼の里に足を踏み入れたこの子供の末路など想像に難くない。何者に喰らわれるか、ただその答えが変わるだけ。

 黒死牟が刀の柄に手を添え、一刀で首を斬り飛ばさんとしたが、再び屋内へと駆け込む複数の気配に手を止めた。

 そちらへと振り返れば、台所へ続々と鬼が入室する。

 

「黒死牟さんよ、そいつはあっしらの物でな。人里で食い散らかした残りでよ」

「帰って如何に調理すっか悩んでる時にガキが逃げちまって。こっちに渡してくれや」

 

 実力差を弁えているのか、若干の恐怖が声色に滲んでいる。

 黒死牟は子供の方を見遣った。鬼を見た途端に、その場に頭を抱えて踞ってしまった。もう先を諦め、泣き啜っている。

 嘆息した黒死牟は、電光石火の抜刀で台所へと入った複数の鬼の頚を刎ねた。如何に目が優れた者でも刀身を捉えられぬ速さの剣閃により、血を振り撒きながら鬼達の体が崩れていく。

 子供は唖然として、黒死牟を見上げた。

 

「私が…居ると知りながら…不粋に踏み込むなど、身分不相応も…甚だしい…」

 

 消滅した鬼から視線を逸らし、改めて子供へと向き直る。

 すると、子供は包丁を床に置き捨てたまま駆け寄り、黒死牟の腰元に抱き着く。敵意を感じず、且つ途中まで倒れそうな覚束無い足取りだったため、振り払うのも忘れてしまった。

 黒死牟は縋り付いてくる子供の頭を摑んで引き離そうとしたが、その前にずるずると床へ倒れてしまった。

 緊張感か解けて、気を失ったのだろう。

 子供は恐怖を忘れた安らかな面持ちで、床面に伏せてしまった。

 出した手を戻し、黒死牟は子供を見下ろす。

 

「この童…如何とするか…」

 

 

 

 




次、次こそ。
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