寂しい眠り姫に与えられたのは形のない友達でした 作:朝霞結女
少女──朝霞結女は目を輝かせてあたりをキョロキョロと見回す。1年前まで狭い病室で過ごしていたからか興味の対象は数知れず。無邪気に目に映ったものに対して動き回っていた。
その興奮した様子に周囲が注目していることに気づくこともなく興味の持った対象をいじったり観察していると、その雰囲気に当てられたのか視線が彼方此方と彷徨いソワソワとしだす生徒もいる。
「ここがIS学園かあー。想像以上に楽しいところだね」
15歳になり受験を終えた彼女が今日から通うのは世界初で唯一のIS教育機関“IS学園”だ。
厳密には日本の領土に含まれないとかややこしい取り決めがあるそうだが、日本の太平洋海上に埋め立てて作り出した人工島には本土から連絡橋が架かっており気候も特に変わらず日本人としては外国に来たという感覚はない。
当然その特異性ゆえか自分の知っているような教室とは違い、広さも設備も充実していた。流石は天下のIS学園というべきか、かけられている金額が桁違いらしく勉学以上の設備にも投資されているところを見るに留学生なども意識しているのだろう。
「色んな人がいるなあ……やっちゃん、私にも友達できるかな?」
『きっとできるよ。結女は優しくて一緒にいると、とおっっても楽しいからね!』
結女は誰もいない虚空に向かって小声で話しかけると誰にも聞こえないという不可思議な声が返ってくる。
そう返事をしたやっちゃんは結女の親友ともいえる友達。
側から見れば1人で喋っているだけの不気味な少女に思うかもしれないがやっちゃんはちゃんと存在しているのだ。
最初はイマジナリーフレンドかとも思ったが、どうにも彼女は自分の知らない知識と自我を持っており、形のないだけで自分と大差のない存在だとわかったのだ。
その結女の寛容さと優しさがあったからこそ対等な関係、親友にまでなれたのだ。
「えへへ。そっか、そうだといいな。あ、ちゃんと安心しておいて、やっちゃんは何があっても私の一番の親友だよ!」
『あら、ありがとう。嬉しいわ……でもね、結女。前にも言ったけど人前で私に声を出して話しかけないでよ。結女が私に伝えようと念じてくれれば私には聞こえるんだからわざわざ口を開かなかったっていいわけ。わかるでしょ?』
「うーん」
やっちゃんが強く言い聞かせるが結女はとても困ったように唸り頭をひねっている。その様子を見て嫌な予感がするやっちゃんは、ものによれば止めないといけないわと思い尋ねる。
『ねえ、結女?さっきから何を必死になって考えているの?ここでの行動はそのままこれからのあなたの学業生活に直結するのだからくれぐれも変なことをしないでよね』
「別に大したことじゃないんだよ?ただやっちゃんのことをみんなにはどうやって説明したらいいかなと考えていたの」
『あのさー、その気遣い?は嬉しいんだけど正直そんなことをしなくていいから自己紹介の内容でも考えておきなさい』
案の定この箱入り娘は突拍子のないことばかりを考えるなとやっちゃんはため息をつく。
その突拍子のなさがこの娘の心の豊かさに繋がってはいるのだろうと理解はしながらも、その親身になりすぎる性格のせいでこの娘は私が形を持たない存在だと忘れているんじゃないかとすら思う。
そら今もまだうんうんと唸っている。
『どうしたの?何かおかしなことでも言ったかしら?』
「いや、あのじ、自己紹介?あれって絶対にしないといけないの……?正直に言って惰眠ばっか貪ってた私に話すことなんて全くないよ?」
『はあ!?何を言ってるのよ、まったく。いつも本を読んで博識かと思えば途端にこれよ。いい?自己紹介は貴方の印象づけにもなるのだからしっかりしなさいな!』
そんな感じで静かに騒がしくしていると、黒板の方にある扉から結女自身か、もしかしたらそれ以上に低い身長の女性が入ってくる。結女はその身なりと、両腕に抱える書類などから教師だなと察し静かに席に座る。
その子供のように低い身長のせいで同じ生徒だと誤解する者もいたがHRの時間が近いこと皆気づいて各々の席に戻る。
「はい。みなさんはじめまして。私はこの1年1組の副担を務める山田摩耶です。1年間よろしくお願いしますね」
ニコッと笑みを見せる摩耶に結女は一応は返事をしないといけないと思い小さな返事を返す。
「よ、よろしくお願いします」
しかし、返事をしたのは結女だけでみんな結女の方に向いたりくすくすと笑う。思わず羞恥心で顔を隠すように机に寝そべる。
残念ながらマイペースな結女に空気を読むことは難しかったようだ。
笑い声を必死に抑えながらやっちゃんが宥める。
『元気だしなよ、結女。たしかに返事をしたのは貴方、だけだったけどさ。挨拶は、大事だから、ね?ふふっ』
しかし彼女は追い討ちをかけるかのように笑い声をこぼす。
はああっーと耳を赤くさせる結女だったが山田先生は感激したように反応する。
「わああっ。ええと、朝霞、朝霞さんですね」
名前を名簿から探し、おもちゃを見つけた子供のようにパッと笑顔を浮かべる。
「良いお返事です。みなさんもしっかり返事をするようにしてくださいよ。担任の先生は怖い人ですからね。わかりましたか?」
はーいと元気に返事をする生徒たちを見て最初からその調子でいてよ!と1人拗ねる結女だった。
「では、時間も少ないことですし自己紹介をしていきましょう。相川さんからお願いします」
「はーい。わかりましたー。私の名前は相川清香です。中学の時の部活は……」
ん?今話してるのは相川さん……あいかわさん。
そして私の苗字は朝霞。あさかです。
これ次じゃない?
『そうだね〜。次は結女の自己紹介だね〜』
そんな他人事みたいに!
『実際そうじゃん。まあ頑張りなよ』
いや他人だけどさ!長年の付き合いというか、心の友ともいうべき私にアドバイスぐらいくれたっていいじゃんか!
『心の友?あんまり上手くないよ。もっとセンスを磨いてからだね』
コイツゥと結女は恨めしく思う。
学校にもまともに行ってなかった結女に自己紹介はハードルが高い。だから頼れるやっちゃんに助けを求めたのにどうにも首を縦に振らない。さらに揚げ足とっては煽ってくる。
結女にはやっちゃんがこの状況を楽しんでいるように思えてきた。
ああぁっもう。そうじゃないし!真面目に聞いてよ!
『あーはいはい。手伝ってあげるから頑張りなさい』
ほんと?ありがとう。やっちゃん大好き!
『でも、もうあなたの番よ』
手のひらクルクルしてやっちゃんのご機嫌をとる結女だが残念ながらうっちゃんと会話をしすぎたせいで自己紹介を考える暇が潰れてしまった。さらに先の挨拶のせいか山田先生がとても期待を込めた眼差しを向けてくる。
「次は朝霞さんですね」
「あ、はい」
内心もの凄く慌てながら席を立つ。やっちゃんに心の中で怒りをぶつけるのもある意味仕方がないかもしれない。
「ええっと、朝霞結女です……」
やっちゃんは言葉が詰まってしまい濁す結女を見かねて助け舟を出す。
『趣味とか好きなものを言いなさい。簡単なことでもいいから自分のことを教えるの!何も言わずに掴み所のないまま終えるのが最悪よ』
「……趣味は読書と寝ること。好きなものはお菓子やケーキです。少々無知なところなどがあると思いますが教えてもらえたらありがたいです」
ペコッと、頭を下げて席に座り、これでどうだと内心ドヤ顔をする。これ以上にない完璧な自己紹介だと確信しているからだろう。
『普及点かな。過眠症について濁したのは上手かったけど他は普通。もうちょっと深く掘り下げても良かったと思うけど』
もういいよ。やっちゃんなんて嫌い。
意地悪をされてすっかり拗ねてしまった結女を見てやり過ぎたかなと、やっちゃんは少しだけ反省し、宥めるのには骨が折れそうと根気よく話しかける。
やっちゃんの努力もあってか少しずつ機嫌を直した結女はみんなの自己紹介がどれくらいかなと顔を上げる。
「織斑一夏です。特技は料理とかだと思います。なんか世界初の男性操縦者とか言われて囃し立てられてますがISに関してはど素人なんであまり期待はしないでください」
眠そうに話す一夏の顔にはクマがくっきりとついていて不健康な印象を受ける。
当然唯一の男子生徒ということで期待を寄せていた生徒たちの一部はこの時点で幻滅してしまっているようだ。
それでも元の顔は中々整っているので声を上げる女子生徒は少なくない。
「織斑、貴様はもうちょっとマトモな自己紹介を出来んのか」
一夏の背後で呆れた様子なのは織斑千冬だ。
ISを知るものなら知らぬものはいないと言えるほどの大物、
その人がIS学園にいるのは納得できることだしこの教室にいるということは担任だからだと思える。
そして担任ならば流石に一夏の自己紹介の適当さを看過出来なかったのだろう。
「んーあそうか。じゃあ趣味は鍛錬です。これでいいです?」
はあーっとため息をつく。千冬相手にそんな対応が出来るのは鈍感なのか愚直だからか。だがまあそれでよしとした千冬は自分の紹介をする。
「諸君。私が君たちの担任を務める織斑千冬だ。君たちを1年間を通して指導していき最低限としてISに関わるものの心構えなどを覚えてもらいたい。私の話にはしっかりと受け答えをすること。分かったな?」
このクラスなら退屈はしなさそうと結女はそう思った。