グッバイワールド   作:cake

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2話 虐め

「昨日の夜、母さんが有咲に会いたいって言ってたぞ」

 

 朝。俺たちはいつも通り二人並んで学園へと向かう。

 ここ最近で、帰る時は一人になることが多くなったが、朝は毎日有咲と一緒だった。

 

 ──今のところは。

 

「おばさんが? なんでまた」

「最近会ってないからだろ。母さんの記憶では、二ヶ月くらい会ってないらしいから」

「……よく覚えてるな、そんなこと」

 

 それは昨日の夕飯時のことだった。

 元々有咲は、高校生になる前まで……というか数ヶ月くらい前までは頻繁に俺の家に遊びに来ていた。最近は、全く来なくなったけど。

 だからなのか、昨日母さんは久しぶりに有咲に会いたいと言ってうるさかった。有咲と母さんは、多分俺より仲が良かっただろうから。

 

「だからまあ、一応明日か明後日の夕飯にでも誘っておこうと思ってさ。どうだ? 久しぶりに母さんと会ってやってくれないか?」

 

 期待なんかしていない。けれども、母さんにああ言われた以上は、一応でも聞いておかなければならない。

 そう、母さんに言われたからだ。別に俺が来て欲しいわけではない。決して。

 

「それって、おばさんが会いたいって言ったから誘ってるのか?」

 

 しかし、有咲は少し不機嫌そうに聞いてくる。

 そんな様子で言ったその言葉で、彼女が俺にどんな言葉を期待しているのかがわかる。わかってしまう。幼馴染だからだろうか。きっとそうだ。

 

 

「それもあるけど……まあ俺が誘いたいから誘ってる、と思う」

 

 だったら、有咲が求めてるそれを口にしてやればいいだけだ。

 そう思って答えてみるも、途中で何故か恥ずかしくなって、曖昧な言い方になってしまった。

 

「思うってなんだよ」

 

 笑われた。けれどそれは、馬鹿にしたような笑いではなかった。

 どうやら、彼女の望む()()をちゃんと口に出来たみたいだ。そんな表情の有咲を見て安心する。

 

「それじゃ、私もおばさんに会いたいし、おじゃまさせてもらうよ」

「了解。母さんに伝えておく。……ありがとう」

 

 その『ありがとう』に深い意味なんてなかった。なんとなく口に出ただけの、大した意味のない言葉だった。

 

「い、言っとくけど、別にお前のためじゃないからな! 決して!」

 

 しかしそれを聞いた有咲は、妙に慌てた様子で訂正してきた。何度も見てきた、わかりやすい表情で。

 

「わ、わかってるって」

 

 そのわざとらしく、わかりやすい彼女の言葉に俺もわざとらしく慌ててみる。

 有咲のそういった反応の後にはいつも、俺たちの間に必ず妙な空気が流れていた。

 

「…………」

 

 大丈夫。きっと、いつも通り。なにも変わってなんかいない。

 

 大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 ****

 

 

 昼休み。4時間の授業を終えた先に迎えることのできる時間。

 いつも通り有咲と二人で飯を食べた後、有咲はすぐに何処かへ消えて、俺は一人暇そうに自分のクラス前の廊下で立ち尽くしていた。というか、しっかりと暇だった。

 

 今まで昼休みはずっと有咲と駄弁っていたから、俺は一人での昼休みに慣れていなかった。

 別に有咲以外の友達がいないわけではない。これでも一応は、クラスの殆どの生徒とそれなりの仲ではある。

 

 けどまあ……()()()()が低いのだ。俺にとっても、彼らにとっても。わざわざ昼休みに絡もうと思う程のものですらない。

 だから、仕方のないことだ。残念だけど、有咲がいなければ俺は一人になる。そういうものだ。

 

 ただ。

 いつのまにか、有咲は昼休みも俺といることが少なくっていた。

 そして気づけばそれが、『いつも通り』になってしまっている。この前の放課後のことも含めて、全部がいつも通りに。

 ああ、放課後のことは忘れるんだった。

 

 ……とにかく今の俺は、有咲がいないから暇なのだ。

 これをなんとかしないと、この長い昼休みをぼーっとして過ごすことになる。

 別にそれはそれで構わないのだが、それではどうにも時間を無駄にした感じが否めない。

 

 ……中庭に行こう。

 

 それは突然頭に浮かんだ考え。

 そこに何か目的があるわけでもない。でも少なからず、この学園で何かあるとすれば、屋上か中庭ぐらいしかないだろう。

 あそこは昼休みになると人が多くなるから、何か面白いものが見れるかもしれない。

 

 屋上は階段を上らなきゃいけないから、面倒なのでパス。だから消去法で、中庭だ。本当は階段を下りるのも面倒だけども、仕方がない。

 そんなに面倒なら、教室で大人しく寝てろよって自分でも思うけど、それでは時間がもったいない。せっかくの昼休みだから、ぼーっと時間を過ごすのだけは、なんとなく嫌なのだ。

 

「よし」

 

 やや強引な思考だが、一応は暇な時間に目的が出来た。そう思って、中庭へと足を向ける。

 

 

「──流石にヤバいって」

 

 その時、隣のクラス──C組の教室から、重たそうに、それでも何故かニヤニヤとしながら机を運んでいく女子数人が目についた。

 

 なんで昼休みに、教室から机を出す必要があるんだ?

 

 C組の事情など一切知らない俺の頭には、当然のようにそんな疑問が浮かんだ。

 机を運ぶ女子たちの表情を見れば、ずっとニヤニヤと笑っている。彼女らのそれは見ていて楽しくなるような笑顔じゃなくて、むしろ不快な気分にさせる表情だった。

 

 チラリと、少し離れた距離から、その机の中が見えた。教科書なんかが入ったままだった。

 

「ああ、そういう」

 

 気づけば、そんな声が俺の口から漏れていた。小さすぎて、誰の耳にも聞こえなかっただろうけど。

 

 

 

 ……もう帰ろう。時間は有限だ。昼休みは短いから、次の授業に遅れてしまう。

 

 

 そうして俺は踵を返して、進行方向を中庭から自分の教室へと向ける。

 だってほら、遅刻は良くないから。予鈴まであと10分以上もあるけれど。それでも、遅刻は良くないから。

 

 もう俺の頭には、さっき浮かんだ疑問なんて消え去っていた。

 それは今見た光景で、全て理解したから。だから知らないふりをして、教室へ帰る。そうするのが正しかった。

 だって、それは。

 

 それは俺には関係のないことで、関わる必要のないことだから。

 

 

「俺は何も見ていない」

 

 そんな一言に尽きる。その程度の問題だ、あれは。

 

 

 

 ****

 

「中庭に行くために階段を下りたら、帰るときに今度は上がらなきゃいけないんだから結局同じだろ」

「あ、そうか。行ったら帰ってこなきゃいけないのか」

「お前、アホだな……」

「いや、普段ずっと教室にいるからさ……つい」

 

 全ての授業が終わり、帰りのホームルームが始まるまでの5分ほど。担任が教室に来るまでのその時間に、俺は有咲に昼休みのことを話していた。

 

「しかし俺の昼休みは、お前がいないと恐ろしく暇になるということがわかった」

「私のせいで暇になったって言いたいのかおい」

「いやいや、そんなことは……ないよ」

「なんだその間は」

 

 しかし、大丈夫だろうか。この会話。自然に話せているのか、少し不安だ。

 有咲のほうがどう思っているのかは知らないけど、あの放課後のことがあってから有咲と話づらくなったような気がするから、会話になんとなく違和感があるような気がしてならない。

 ああ、だから放課後のことは忘れるんだって。俺には関係ないんだから。

 

「……律? どうかした?」

「え、ああ」

 

 急に俺が黙ったからか、有咲に心配そうに顔を覗き込まれる。こうして正面から見るとそこそこ可愛いな、こいつ。……そういえば、俺はこいつが。

 

『有咲はさ、俺のことをどう思ってるんだ?』

 

 それは突然、頭に響いた。まるでフラッシュバックみたいに、一番忘れたい記憶が蘇る。

 俺は、有咲が好きだった。けれど、望まれたのは今の関係だった。

 

 

「おい? 律?」

「……あっ、そういえば有咲。お前、C組に知り合いとかいたっけ?」

「えっと、C組? ……ていうか、思い出したみたいに急に喋るなよ。しかもなんでC組?」

「いや、深い意味はないんだけどさ。昼休みに──」

 

 ……そうか、そうだったな。自然かどうかなんて気にすることなんてない。だって俺たちの関係は、会話は。

 

『幼馴染以外ありえない』

 

 あの時から、ずっとぎこちなかったんだ。

 同じ話題を繰り返したりなんかして、自然に幼馴染を続けようとしていて、それで自然な会話なんて無理がある。だから。

 

「昼休みに、なんだよ」

「……昼休み、めちゃくちゃ暇でさ。中庭に行くか屋上に行くか悩んでたんだよ」

 

 だから、このままでいい。不自然なままで、俺は有咲に合わせていればいいんだ。そうすれば、何も変わることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も有咲は、用事があると言って何処かへ消えた。

 毎日のことだから、もういちいち伝えてこなくてもいいのに、義務感からか有咲は毎日それを伝えてくる。正直鬱陶しいけど、有咲がそうしたいのなら好きにさせるしかない。

 

 

「みーくん、あったー?」

 

 今日も一人寂しく下駄箱で靴を履き替えてた時に、ふと聞こえてきた声に視線を向ける。見れば、3人の女子が何かを探しているようだった。

 

「ううん、ない。ねぇこころ。やっぱり、ここにはないんじゃ……」

「うーん。(くつ)がなくなるなんて、とっても不思議なことがあるのね!」

「いや、それ不思議とかじゃなくてどう考えても……」

 

 

 聞こえてくる会話を聞いてみると、どうやら誰かの靴がなくなったらしい。使われていない下駄箱を開けては閉めてを繰り返していた。

 そういえば、彼女らになんとなく見覚えがあった。何組かは知らないけど、同じ学年の女子たちだ。

 

「あ、ねぇねぇ! 貴方、こころんの靴見なかった?」

「え?」

「ちょっ、はぐみ……!」

 

 その内の一人が俺の視線に気づいて話しかけてくる。いいや、違うぞ。俺はやっていない。

 

「えっと、靴?」

「うん、靴。朝ちゃんと履いてきたのに、なくなっちゃったんだって。ねぇ、こころん?」

 

 黒髪の子にはぐみと呼ばれた女の子は、そう言って話を金髪の方へと降った。どうも、靴が無くなったという子は彼女のことらしい。

 

「ええ、そうなの。ちゃんと履いて来たはずなのに、今下駄箱を見たらなくなっていたの! 不思議よね! ほんとは履いてなかったのかしら?」

「いや、まずそこを疑うのはおかしいだろ……。それに不思議でもなんでもないし」

「あら、そうなの?」

「え、ああ……」

 

 もしかしてこの子、()()の可能性を考えてないのだろうか。それとも、()()をされるような子ではないとか……。

 いやでも黒髪の子のほうはなんか気付いてるっぽいし、このこころという女の子が少し特殊な思考なのかもしれない。

 

「ん? こころ……?」

「なにかしら?」

 

 こころ。

 そういえば、なんとなくその名前に聞き覚えがあった。確か、有咲がその名前について何か言っていたような。

 

『──C組の弦巻こころには関わるなよ』

 

 ああ、思い出した。以前有咲がそんなことを言っていたことがある。話の流れはよく覚えてないけど、確かにそう言われた。

 弦巻こころに関わるなって。なんか、すこし特殊だからとかどうとか。うろ覚えだけど。

 そしてそれと同時に、今日の昼休みのことを思い出した。見なかったことにしたアレを。

 

「……君って、何組だっけ?」

 

 確認で聞いてみる。俺の記憶では確かC組だって聞いたけど、その通りならこれは確実に……。

 

「私? 私はC組よ。あなたの隣」

「ああ、やっぱり……ん? 隣?」

「ええ、隣でしょ? あなたはB組で私はC組。隣同士じゃない!」

「いや、そこじゃない! なんで普通に俺のクラス知ってんだよ!」

 

 めちゃくちゃナチュラルに俺のクラスを当てるもんだから、つい流しそうになってしまった。ていうか、何故そんなことを知っているんだろうか。

 

「なんでって……何故かしら?」

「いや、俺に聞くなよ」

 

 どういうわけか、その理由を本人もよくわかってないらしい。まあ隣のクラスとなると、顔を知っていてもおかしくはないか。

 

「ま、いいよ。それより、C組か……」

「私のクラスがどうかしたの?」

 

 黒髪の子に視線を向けると、目が合った。なんとなく、彼女は理解している気がした。

 恐らくこのこころという女子生徒は、あまり良い扱いは受けていないんだろう。以前有咲に言われた言葉も、決して良い印象を持たせる内容ではなかったと思う。

 

「多分、君の靴はここにはないと思う」

「? どうしてかしら?」

「どうしてって言われてもな……。君にわかりやすく言うと」

 

 であれば、彼女には間違いなく関わらないほうがいいのだろう。有咲もそう言っていたし、彼女の状況を予想すると、自分でもそう感じてきた。

 それに余計なことに首を突っ込んだら、変わる必要のない俺も変わってしまうかもしれない。そんなの、有咲は望んでいない。

 

 

「不思議なことが起こったんだろ。多分」

 

 けれども、なんとなく彼女に何かを感じてしまう。

 俺は俺の言葉にキョトンとしている3人を一瞥して、最後に弦巻こころを見つめる。こいつに深く関わると、ろくでもないことが起きる気がした。

 しかし。

 

「手伝うよ。少しだけど、あてがある」

「ほんとう!?」

 

 俺のその言葉に、黙って聞いていたはぐみという女の子が笑顔になる。

 

 俺は、いつからか芽生えなくなったいたはずの好奇心に動かされる。変わってはいけないと分かっていても、その心には逆らえなかった。

 

「えっと、それはありがたいんだけど、これは私たちの問題だし、それに……」

「それが分かった上で言ってるんだよ。それにここで知らないって言って帰るのは違うだろ?」

「……そう」

 

 ある程度察しているらしい黒髪の子が、俺の協力を渋る。

 まあ、その反応が当然だろう。彼女らの状況が俺の考えている通りなら、それこそ本当に関わらないほうがいいのだろうから。

 しかし、俺は。

 

「ほら、さっさと探して帰ろうぜ」

「うん! 行こっ、みーくん、こころん」

「ええ!」

「……どーなっても知らないよ、私は」

 

 取り敢えず、C組の教室へと向かう。すると隣に弦巻こころが並んで、俺に笑顔を向けて口を開いた。

 

「あなた、優しいのね」

「別に。なんとなく、面白そうだし」

「ふふっ……」

「何笑ってんだよ」

 

 俺は。

 

 




詰めすぎた。

☆10 メロン様
☆9 steelwool 様
高評価ありがとうございます。
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