書くキャラクターの順番は決めていません。思いついたものからぽつぽつ書いていこうと思います。
魔法の森。幻想郷に存在する巨大な原生林である。とんでもない密度で木が生い茂っていて、昼間でも薄暗くじめじめしている。化物茸が大量に生息しており、所構わず胞子を撒き散らすので、人間はおろか妖怪すらも近づこうとしない。
そのような危険地帯に住むのは、よほどのツワモノかドMか、魔法使いぐらいのものである。
さて、そんな森の入り口に立つ影が一つあった。齢十七、八ほどの青年である。肩に鞄をかけて、右手には何が入っているのか大きめの紙袋を抱え、挑むように森の奥へと目を向ける彼はどこか精悍な気をまとっている。
ちなみに彼は人間の里に住むごく普通の青年である。
「よし、行くぞ」
そう呟くと、彼は瘴気で満たされた原生林へと足を踏み入れた。
◆◆◆
森の中を歩くことしばらく。相変わらず森は瘴気にまみれており、靄がかかっているようにすら見える。地面や木の幹の至る所から茸が生えており、大半は精神衛生上よろしくない、毒々しい見た目をしている。
魔法の森に通うようになって早半年。回数も十回や二十回をゆうに超えている。始めの頃は、入って数分で目眩に腹痛、頭痛に吐き気と体調不良のオンパレードだったが、ここ最近は数時間歩き回っても特段体調に異常もない。人間の適応力もまだまだ捨てたものではないのかもしれない。
人里ではまず見ることのできない植物やら昆虫やらを観察しながら歩みを進めるうちに、目的地へ到着した。
森がひらけた所にある、小ぶりな洋館。マーガトロイド邸である。
青年は自分の胸が高鳴るのを自覚しながらドアの前へ。人形の意匠が施されたドアノッカーに手をかける。魔法の森を歩くよりもずっとずっと緊張している。
コンコンコン、と強すぎず弱すぎずいつもの調子でドアをノックした。
一秒、二秒と胸の中で数える。数字が大きくなるのに比例して、期待と緊張も膨らんでいく。
十秒と待たずにガチャリと扉が開く。が、扉の隙間には誰も見えない。魔法の森らしく不気味な雰囲気——ではなく。
ちょこんと出迎えてくれたのは可愛い人形である。この家では主人の手作り人形が、家事やら侵入者の迎撃やらを行なっているのだ。メルヘンチックな見た目に反してたくましい。
「やあ、こんにちは」
青年が挨拶すると、上海人形もぺこりとお辞儀を返した。
「アリスはいるかな?」
上海人形はこくりと頷く。そして、どうぞとばかりに扉を大きく開けた。
「お邪魔しまーす」
青年が扉をくぐると、上海人形は先導するようにふよふよと飛んでいく。
着いたのは作業部屋の前。いつものようにアリスは人形作りに没頭しているようだ。
人形は案内を終えるとどこかへ行ってしまった。家事だろうか。
この扉の先にアリスがいる。心拍数が加速度的に上昇していくのを感じる。軽く胸を叩いて深呼吸。アリスと対面する直前はこの動作がルーティンとなっている。……効果はほとんどないのだが。
(つーか、落ち着け。アリスに会うの何度目だと思ってるんだ……)
自分の情けなさを痛感しながら、やや控え目にドアをノックする。
中からどうぞ、と声が聞こえてからドアノブを回して部屋へ入った。
「や、やあ。アリス」
声が裏返るのを抑えながらどうにか挨拶を口にする。
「あら、いらっしゃい」
作業の手を止めてアリスが顔を上げた。サファイアのような深い青色の双眸がこちらを向く。白磁のような肌と整った顔立ちは、どこか人形めいた印象を受ける。
彼女こそが青年が想いを寄せる相手、アリス・マーガトロイドだ。
「よく来たわね。途中、茸に襲われたりしなかった?」
アリスの唇は滑らかに言葉を紡ぎ出す。
「あ、ああ、うん。おかげ様で無事に来れたよ、うん」
対して、青年の言葉はブリキ人形が発したかのごとくがちがちだった。
何で上手く話せないのか、といつものように自己嫌悪に陥る青年の内心などつゆ知らず、アリスは席を立つ。
「お茶淹れるわね。ええと、すぐに椅子持って来させるから少し待ってて」
キッチンへ行こうとするアリスを「ちょっと待って」と引き留める。
「今日も野菜持ってきたよ」
と、振り向くアリスに、抱えていた紙袋を差し出す。
実はこの青年の実家は農家なのである。里でもそこそこ有名な家で、青年とアリスのファーストコンタクトも、アリスが彼の実家の店で野菜を買いに訪れた時だった。
そんなわけで、青年はアリスの家を訪れる際、家で育てた野菜を手土産に持っていくのだ。
「あら、こんなに? いつもありがとね」
「いやいや、こんな余り物ばかりで申し訳ないよ」
「余り物でも何でも、あなたの家の野菜は美味しいからいつも助かってるわ」
「それ聞いたら親父も喜ぶよ」
「それじゃ、お父様にもよろしく伝えておいてよね」
そう言い残して、アリスはキッチンへ。
ちなみに余り物、というのは嘘である。アリスにあげる野菜は、いつも青年が売り物の中でも特に形が良いものを厳選しているのだ。親から野菜のことを教わっているので目利きにはかなり自信がある。
アリスと入れ違うように、今度は上海人形が椅子を抱えてやって来た。自身の身の丈の二倍以上ある椅子を器用にバランスをとって運んでいる。
そのまま作業机のアリスと対面する位置に置いてくれた。
「ありがとう、上海」
人形にお礼を言う意味があるかどうかは分からないが、言って損はないし、何よりエッヘンと胸を張る上海人形が可愛い。
用意してくれた椅子に早速腰かけ、鞄の中から魔導書と帳面と鉛筆を取り出す。
青年は親の家業を手伝う傍ら、密かに魔法使いを目指している。理由はもちろんアリスだ。
アリスと関わる中で、彼女が魔法使いであることを知った。好きな人が熱中するものには多かれ少なかれ興味が湧くもので、アリスと同じ世界を見てみたい、いつか対等な存在になりたい、そんな思いから青年は少しずつ魔法の勉強をしているのだ。
ちなみにこの魔導書、かの紅い悪魔の住まう紅魔館の地下図書館の蔵書である。この魔導書を青年が借りるまでにも紆余曲折あったのだが——。
閑話休題。
お待たせ、とアリスが戻ってきた。手にはティーセットが載った銀色のトレーを持っている。ふわりと紅茶の香りが漂ってきた。
「あら、また魔法の勉強?」
机の上に広げられた魔導書を認めたアリス。
「毎日畑仕事もあるでしょうに。そっちの方は大丈夫なの?」
「まあ、大丈夫だよ。それに……」
「それに?」
「……魔法の森が好きなんだよ、うん」
「え゛……?」
『アリスに会いに来れるし』などと言える勇気は彼にはなく、変な誤魔化し方をした結果、アリスが頰を引きつらせた。
「本気で言ってるの? 確かに魔力を高めるにはいい場所だけど、居住地としては落第点もいいところよ?」
「まあ、そうだよねぇ。あはは……」
苦笑いでお茶を濁す。苦しい。
まあ人それぞれ好みあるしね、とそれ以上突っ込むことなくアリスは紅茶を飲んだ。
「そういえば、何で魔法を勉強し始めたの? 人間から魔法使いになるなんて楽じゃないし」
捨食の魔法、捨虫の魔法を経て、人間から魔法使いになった彼女らしい心配の言葉である。
「理由は……あー、それは、あれだ、俺が正式に魔法使いになったら教えるよ、うん」
遠回しに告白宣言をする。もちろんアリスはそんなこと知る由もないのだが、このままだと何もせず一生を過ごす羽目になりそうなので、青年は自分に言い聞かせるように答えた。
「ま、理由なんて人それぞれだし、あんまりつつくのも野暮ね。もしなれたらこの森に住むことになるのかしら?」
「そうだなぁ。里の暮らしもいいけど、魔法の研鑽ならここの方がいいだろうし、引っ越すことになるかも。——この辺りに住めればアリスの紅茶も飲みに来やすくなるし」
冗談めかしてほんの少しだけ水を向けてみる。残念ながら、これが彼にできる精一杯なのだ。
「紅茶くらいならいつでも出すけどね、魔理沙みたいにしょっちゅう『突撃!隣の晩ごはん』してくるのは勘弁してちょうだい」
「そんなことしてるのか、あの子」
無鉄砲な少女の勝気な笑みが脳裏に浮かぶ。小さい頃はよくおつかいで店に野菜を買いに来ていた。勘当されてからは顔も見なくなったが、時々噂を耳にする。新米魔法使いとして頑張っているようだ。
「それでも、何だかんだ料理わけてあげるんでしょ」
「私の機嫌が悪い時は弾幕でぶちのめしてやってるけどね」
「あ、そうなんだ……」
あっけらかんと言い放つアリス。お淑やかな見た目に反して割合好戦的である。
「さてと、お茶も飲み終わったことだし、私は作業に戻るわ。あなたもここで勉強していくでしょ?」
「アリスが良ければそうさせてもらおうかな」
アリスは作りかけの人形を手に取り、青年は魔導書へと目を落とす。作業部屋が心地よい沈黙で満たされる。
アリスとお茶しながら談笑するのは何よりも楽しい時間だが、こうして二人でそれぞれ自分のことをしながら空間を共有するこの時間も、心の底から幸せだと彼は断言できる。
もしいつか、自分の気持ちにアリスが応えてくれたら、朝から晩までこんな風に過ごしたい、そんな憧れすら抱いている。
(——って何考えてんだ。気持ち悪いぞ、俺)
本日何度目かの自己嫌悪。
アリスの家に来ると、いつも幸福と自己嫌悪の感情がせめぎ合うことになる。
いっそこの気持ちを伝えてしまえば楽になるのか。
いや違う、と浮かんだ言葉を否定する。
(今のままじゃ駄目だ。ちゃんとアリスの隣に立って恥ずかしくない男になってからじゃないと)
単純。
一言で言ってしまえば終わりだが、その単純さが今の彼を突き動かしている力の一つではある。
ちらりと視線だけ上げると、一心不乱に手を動かすアリスの顔が目に入った。唇をきゅっと引き結び、青い瞳は真っ直ぐと手元に向けられている。
彼が一番好きなアリスの表情の一つだ。
里で人形劇をするときとも、談笑しているときとも違う。ひたすら集中している顔。
数秒ほど眺めていると、彼女と目が合った。
「どうかした?」
まさか、見とれてましたとは口が裂けても言えない。
「あー、なんつーか、本当に器用だなって思って」
「そりゃ数え切れないくらい作ってるからね」
アリスはそう言って、部屋の一角に目を向ける。その視線の先には大量の人形が積み上げられていた。夜に見たら少し不気味かもしれない。
「全部アリスの手作りでしょ? すげえなぁ」
「私の最終目標まではまだまだ遠いわ」
「達成できるといいね」
「絶対してやるわ。そのために魔法使いになったんだもの」
瞳に強い光を宿して、アリスは断言する。この調子ならいつか本当に達成できるだろう。
「応援するよ」
心からそう口にする。
アリスはにっこり笑って「ありがとう」と返した。口調に熱がこもったのが気恥ずかしかったのか、アリスは咳払い一つすると、
「話は変わるけど、もし良かったら晩御飯食べていく?」
そう提案してきた。
「いいの?」
飛び上がりそうなくらいの喜びを押し殺す。
「ええ、構わないわ。せっかくだしあなたの勉強の進捗も聞かせてもらおうかしら」
「そういうことなら、喜んで」
もちろん、一も二もなく青年は誘いを受ける。
「そうと決まったら、もうそろそろ準備を始めないとね——あら?」
朗らかなアリスの表情が一転。目つきが鋭いものに変わる。
「どうかした?」
「侵入者ね。まったくこんな時に……」
いまいましげに呟くと、アリスは勢いよく立ち上がった。
「侵入者?」
「あなたも知ってる奴よ」
それだけ言って、アリスは作業部屋を出て玄関へずかずかと歩いていく。
青年も頭に疑問符を浮かべながらアリスを追った。
外に出ると、玄関先で懐かしい顔が人形に取り囲まれていた。
「魔理沙か?」
「ん? おお、懐かしい顔だな」
アリスの言う侵入者とは霧雨魔理沙のことだったようだ。最後に会ってから身長は大きくなったものの、猫のような丸い目と勝気な表情は健在だ。
「つか、どうしてお前がアリスの家にいるんだ?」
「え、あ、それは……」
思わず口ごもる。何と説明すればいいのか。
「私のお客様よ。あんたこそ何の用よ?」
青年の代わりにアリスが応えた。
飄々とした口ぶりで魔理沙は答える。
「そろそろ夕飯時だろ。ご相伴にあずかりに来たのさ」
「今日は彼がいるから無理よ。帰りなさい」
突き放すようにアリスが断りの言葉を放つ。
「ケチ臭いなぁ。二人も三人も変わらんだろ」
(それは作る側のセリフじゃないだろうか)
心の中で青年はツッコミを入れる。
「ていうか、どうしたアリス。今日はやけに機嫌悪いじゃないか」
「あんたが来るまでは機嫌よかったわ」
「ひどいなぁ。私とアリスの仲じゃないか」
「犬と猿ってことね。納得だわ」
「お、おい……? 本当にどうした? 今日のアリスおかしいぞ?」
確かに、と青年は魔理沙の言葉に同意する。彼が見たことないくらいアリスの言葉遣いが荒い。
「とにかく! 今日は邪魔しないで帰ってちょうだい。帰らないってんなら力ずくで追い返すわよ」
「ふっ。そういうことなら話が早い。二人まとめて相手してやるぜ!」
「彼に一発でも当ててみなさい。縛り上げて化物茸の餌にしてやるわよ!」
「……ホントにどうしたんだお前。調子狂うなぁ」
首を傾げながら、魔理沙は箒にまたがり空へ昇っていく。
宙に浮く前に、アリスは青年の方を振り返った。
「ちょっと待っててね。すぐに撃ち落としてくるから」
「うん。よく分かんないけど頑張ってね」
アリスは力強く頷き、人形を数体引き連れて昇っていった。
◆◆◆
それから十五分後。宣言通り魔理沙を撃ち落として弾幕ごっこに勝利したアリスは、いつも通りの涼しげな表情で地上に降りてきた。
「お疲れ様」
何と声をかければいいか分からなかったので、とりあえず労いの言葉を口にする。
アリスは表情を変えずにこくりと頷く。
「さ、ご飯にしましょ。お腹空いちゃったわ」
「魔理沙は大丈夫なの?」
「どうせ香霖堂あたりに行くから大丈夫よ。それより早く中に入りましょう」
そう言うが早いか、アリスは青年の手を取り、玄関へ足取り軽く歩いていく。
「〜〜っ!?」
柔らかくてちょっと冷たいアリスの手の感触に気絶しそうになりながら、青年は引っ張られていくのであった。
◆◆◆
夕食のメニューは、シチューとレタスサラダだった。
いかがでしたでしょうか。展開が急すぎたかなと反省。どうにもいろいろ詰め込みすぎた感が否めませんね。
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ちなみに、後で色々と察した魔理沙が青年をチクチクと弄りに来たそうです。