チートで転生!イレギュラーくん   作:Colore

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標的II ボンゴレ九世来る!

 一瞬、たった一瞬だったが、その拳に小さな炎が灯ったような気がした。

 

 暖かさを覚えた拳は、力を混めた事でドクドクと細かく鼓動してるのが良く分かる。憤怒の炎を灯すザンザスなどは、生まれながらにしてその手に炎を宿すことが出来たというのは覚えていて、試そうと思ったが結果は上手くいかない。それはそうだ、自分は転生者といえど、別に精神に異常があるわけでも家庭環境に問題があるわけでもない。憤怒の炎をこの身に宿すことは出来ないのは明白だった。

 それでも、僅かなものだったとはいえ炎を感じられるのは大きかった。リングや石などの出力装置がない上に、恐らく覚悟の量も足りていないのだとはいえ、炎が灯ったのは幸先が良いと思わずにはいられない。座り込んでいた身を更に屈めて、喜びに震える。

 そのとき子供部屋の様子を見に来た母親に心配されたので、今日はこのまま普段どおりに過ごし寝ることにした。明日から、明日からは覚悟を研ぐ訓練を始めよう。炎を出すという負荷を経験した体は異様にだるく、眠りに落ちるのもそう時間は掛からなかった。

 

 

 

 朝、目覚まし時計の音と共に目を覚ます。身体の疲れはすっかり取れ、朝日も、窓を開けた際に入り込む涼しい風も、穏やかに流れる雲も何もかもが素晴らしく感じられる。こんな素晴らしいポテンシャルは久々だと少しはしゃいで、階段から転げ落ちてしまったのは自分だけの秘密にする。

 今生の母親は、前世の母親とは違った味の料理を出すが、味は絶品でどんなに落ち込んでいても元気をもらえる。母親の笑顔も素敵で、身内贔屓ではあるが、どんな女優も敵わないほど美しい女性だと思う。そのことを一点の曇りも無く伝えると、母親は困ったように、でもとても嬉しそうにお礼を返すのが、また素敵な女性であることが伺える一つの長所だ。

 母親の優しい笑みを背に、今日も幼稚園へと向かって暇な授業を受ける。鍵盤ハーモニカなど使ったのは一体いつ振りだろうか。スカスカと軽い手触りに懐かしさを覚えつつ、さいたさいたを演奏する。

 突如、耳を劈くような酷い音が教室を覆った。その音の発信源は、同じクラスの沢田綱吉。どうやら運動、勉強だけでなく、直感で動かすものにも少々難があるようだった。時期ボンゴレ候補であんなにかっこよく活躍するのが印象的だったので、本当にこのままあの未来が訪れるのかと不安になる。

 

「綱吉くん、息はゆっくり吹こうね」

 

 若い女性の先生が丁寧に綱吉に教えて、音自体は酷いものだったが、それでも何とか音量は抑えられるようになったらしい。要領が悪いとはいえ、言われたことをゆっくり反復練習すれば相応のものになるようだ。

 泣きそうになりながら何度も何度も練習して、ようやくさいたさいたが吹ける様になった綱吉は、心の底から嬉しそうに笑った。その笑みに心を揺さぶられる。きっとあの笑みが、大空でたる理由なのだと思う。

 先生が他の園児を見に行ってから、俺はこっそりと綱吉の側へ近寄る。

 

「綱吉くん」

 

 俺がそう声をかけると、綱吉は大きく身体を振るわせ、警戒するようにこちらを見やった。未だ薄く涙を浮かべる大きな瞳に、蛍光灯の光がキラキラと反射してガラスのように透き通って見える。澄み渡り、素直な性格だと分かる瞳は、好意を覚えるのに十分だった。

 

「何? 俊夫(としお)くん」

 

 以外にも俺の名前を覚えていた綱吉に驚きつつ、微笑んで隣に座る。幼い綱吉は少し身を引いただけで、逃げることはしなかった。

 

「……俺と友達になろ」

 

 

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 本当はもっと気の聞いた話がしたかったが、本人を前にするとどうにも緊張してらしからぬ言葉を使ってしまった。今まで適当に会話して友達になってきたばかりに、こうして何か考えて友達になろうとすると難しい。しかし、そんな言葉でも綱吉は嬉しかったようで、瞳に溜まった涙を手で乱暴に拭い去り、明るい太陽の様に笑って俺に頷いた。

 

「うん」

 

 それが、俺たちが友達になったきっかけだった。

 

 綱吉を虐めていた男の子たちも、俺が隣にいると手を出しづらいのかこの日は近寄ってこなかった。綱吉は初めて出来た友達――綱吉から言われたのでそう思っているが、実際は良く分からない――が嬉しかったのか、俺の側を離れずにずっと話しかけてきていた。

 子供ながらの良く分からない話だったが、ロボットが大好きで言葉足らずに話すのはとても同意できたので馬が合うようだった。俺も昔から戦隊ヒーローや、ロボット物のアニメが大好きだった。綱吉と意気投合して、俺たちは退園までずっと話し合った。

 今日も俺は保護者待ちで、綱吉も同様だったので、語らいはどちらかの保護者が現れるまで存分に続いた。珍しく興奮する綱吉と俺を見た先生は驚いていたが、嬉しそうに笑い様子をじっと見ているだけだった。

 お迎えが来ましたよ、と先生が告げ二人で顔を上げると、先日のおじいさんと俺の母親が同時に来たらしい。綱吉は俺の手を引いて玄関まで駆けていった。

 

「綱吉くん、お帰り」

「ただいまおじいちゃん!」

 

 仲良く笑いながら抱きしめあう二人を視界の端に、俺は母親の前に立った。俺と一緒に現れた綱吉の関係を察して、母親が特上の笑みをこぼすと俺の頭をなでてくれた。どうしようも無く気持ちよくて、自然と顔が綻ぶ。

 

「お友達できたんだね、良かった」

「うん」

 

 少し照れ気味に答えると、気持ちを察した母親が面白そうに笑う。吊られて俺も笑って、クスクスと小さな合唱が始まった。

 そんな笑い声を聞いてようやく俺の事を思い出したのか、おじいさんに抱きしめられたまま綱吉は俺の方を指差してにっこり笑った。

 

「おじいちゃん! 友達の俊夫くん!」

「そうか。そうか。初めまして、俊夫くん」

「初めまして、田中俊夫です」

「もうしっかり挨拶ができるんだね。えらいよ」

 

 褒められながら差し出されたシワの深い手に自分の小さな手を乗せ、握手を交わす。おじいさんの手は暖かく、厳ついがとても優しい手なのが印象的だった。

 

「今日は俊夫くんとも一緒に遊びたい! 家に連れてったらダメ?」

「私は構わないよ。でも、俊夫くんの家にも俊夫くんの家の都合があるからね。ちゃんと自分で聞いてきなさい」

「うん」

 

 自分の知らない話を他所に会話を進める綱吉とおじいさん。綱吉の家に行くなんて聞いてないが、もし遊びに行けるのであれば行ってみたい気持ちは大いにある。というのも、あのボンゴレ十代目が誕生した家だ、オタクでいう聖地巡礼に他ならない。気にならないといえば嘘になるだろう。

 おじいさんの腕の中からゆっくりと立ち上がった綱吉は、俺の前に駆け寄ってきて、少し恥ずかしそうにはにかみながらこちらを伺った。

 

「俊夫くん、今日遊べる?」

「……お母さん」

「いいわよ。思う存分遊んできなさい」

 

 女神のような微笑で許可を出した母親に見ほれながら、俺は再び綱吉に向き直る。心底嬉しそうにはしゃぎまわる綱吉に手を取られ、俺も一緒に幼稚園の下駄箱前でくるくる踊った。へんてこりんな踊りではあるが、嬉しさを表現するのにこれ以上のらしさは必要ない。

 

「田中さん、綱吉くんの家は並盛町の……あぁ地図がありました。この辺りで」

「あら、私の家もこの辺りなんです。ご近所ですね」

「えぇ、細かく言えばこの辺りで……田中さんの家を過ぎたあたりですね。時間になったら私が責任を持って俊夫くんを家までお送りします」

「本当ですか? では、預けさせていただきますね。ウチの俊夫を、よろしくお願いします」

 

 丁寧に頭を下げた母親を見て、俺も一緒になって頭を下げる。おじいさんが悪い人ではないのは、母親も分かったらしい。頭を下げる俺たち親子におじいさんは優しく声をかけ、途中まで一緒に帰ることになった。

 帰り道の綱吉はおじいさんの上に乗ることもなく、俺と肩を合わせてロボット談義に熱中している。俺も熱中していて、同中の保護者の会話についてはよく覚えていない。唯一覚えているのは、帰り際に俺の家で母親を見送る際、母親が嬉しそうに涙を溜めていたことだけだった。

 

 綱吉の家は一軒家で、庭もあって、結構広く感じた。それは俺が小さな身体だからかもしれないが、それにしても庭の余裕が凄かった。そういえば駐車場はないんだなと思いつつ、使う人もいないからこそのこの広さなのかとも思う。

 綱吉に手を引かれ玄関を潜ると、サラサラのショートカット美人な女性が立っていた。綱吉のお母さんだという。初めて肉眼で見た綱吉のお母さんはとても綺麗で、ウチの母親とタメを張るんじゃないかというレベルだ。

 そして居間からひょっこりと厳つそうなおじさんが出てくる。綱吉のお父さんだそうだ。初めてつれてきたのだという綱吉の友達、つまり俺を抱きしめてぐりぐりしてくるのは些か距離感に問題がある気はする。

 

 綱吉はとても愛に溢れた生活をしているようだった。

 

 おじいさんが綱吉のお父さんを制止して、ようやく俺が離れられると、綱吉はおもちゃを持って俺を引っ張った。おもちゃの箱の中には小さな車や、変形合体ロボ、大き目のはしご車など、男の子らしいおもちゃがたくさん詰まっている。思い切り童心に返った俺は全力でおもちゃで遊び、めちゃめちゃに散らかした後は全力で片付けた。時間はもう4時ごろで、小腹が空いてきたのを知っているのか、綱吉のお母さんがメロンを切ってくれたので、みんなで食べる。

 時々、綱吉を除いた全員からの暖かい眼差しを分かってしまって、こそばゆい不思議な感覚を覚えた。

 お腹も満たされた綱吉は、疲れてしまったのかいつの間にか寝てしまった。ご両親曰く、こんなに綱吉がはしゃいだのは久々だったらしい。それを聞いて俺も嬉しく思う。小さい子供が元気にはしゃぎまわるのは良いことだと、昔から思っていた。

 綱吉を軽くみやってから、縁側に座っているおじいさんの隣へ腰を下ろす。おじいさんは何か分かってる風に、だが何も言わずに俺の事を眺めていた。

 

「綱吉くんにこんなに素敵なお友達が出来て、私はとても嬉しいよ」

 

 おじいさんは軽く吹いた風に乗せて飛ばすように囁く。どこか遠いところを見つめて、夕暮れの赤く染まり始めた空を見上げていた。

 

「俺と綱吉は、今日初めて話して友達になったんです。不思議と話が楽しくて、ずっと友達だったみたいな気持ちがします」

 

 子供らしさを忘れないように言葉を気をつけつつ、俺も遠いところを見つめて独り言の様に言葉を返す。きっと、おじいさんにはこんな小芝居したところで無駄なのはわかっているが、それでも俺は今は子供なので、年相応を心がける。

 

「綱吉くんはそういう子だ。これからも仲良くしてあげて欲しい」

「……はい」

「きっと、これから沢山のことが降りかかるだろうから、友達でいてあげて欲しい」

「はい」

 

 未来のことがなんとなく分かっているのであろうおじいさん――否、現ボンゴレボスIX世は切実に、懇願するように俺に囁く。俺はそれに応えられるだけの自信は、本当は無い。俺はもしかしたらこの先、未来で、綱吉を裏切る可能性だってある。俺の目的のために。きっと、それもIX世は分かっていて、俺に頼んでいるのだと思う。

 俺は、綱吉がマフィアになるまでは側にいて、心が挫けないように支えてあげたい。この純粋な彼が、俺が存在することにより大きないじめにあう可能性だって捨てきれない。自分に言い訳をして、俺は心の中でIX世に誓いを立てた。

 IXはそれを了承したように、静かに目を閉じて、俺も真似して風を楽しむように意識を逸らす。

 背後から視線を感じるのは誰だろう、と出来うる限り予備動作をなくして振り返ると、一瞬だけ真剣なまなざしを宿した綱吉のお父さん――現ボンゴレ門外顧問ボス沢田家光――が俺を見ていたからだった。気にしないようにして、時計を見やる。そろそろ帰る時間だろう。

 

「さ、俊夫くん、そろそろお家へ帰る時間よ」

「はい」

「綱吉も……」

「起こさないであげてください。俺たち、明日も幼稚園で会いますし!」

「分かったわ。おとうさーん! 俊夫くんを送ってあげて!」

 

 綱吉のお母さん――コレからは奈々さんと呼ぶことにする――が大きな声で声をかけると、少し重たい音を立てながら何かが動く音がした。

 

「よし分かった! んじゃ帰りはおじさんと帰ろうな」

 

 ドスドスと歩いてきたことから、その音は家光さんから発せられたものだと分かる。玄関まではIX世と奈々さんが見送ってくれて、少し名残惜しいと思いつつ足を奮い立たせた。

 

「またいつでも遊びにいらっしゃい」

「俊夫くん、気をつけて帰るんだよ」

「はい! ありがとうございます、とても楽しかったです! また来ます!」

 

 子供らしく元気に挨拶をして玄関を出ると、まるで小箱でも持ち上げるかのように軽々と家光さんに抱え上げられる。そのまま肩の上に乗せられて、ゆっくり俺の家のほうへ歩き始めた。

 

「今日はありがとな、うちのツナと遊んでくれて」

「とても楽しかったです。メロンもご馳走様でした」

「おっしっかりお礼が言えてえらいぞ~! 俊夫くんは良い子に育つな!」

 

 少し談笑して、調子の乗った家光さんが俺を軽く振り回すが、バランスを崩したように見えて全く崩れないのはさすがプロである。体感を鍛えてるのがよく分かる。ちょっとフラッとしたように思えても、それはジェットコースターの急降下と同じで、俺に楽しんでもらうためにわざとそういう振る舞いをして、安全には気を抜かないのが良く分かる。とても良いお父さんだと思った。

 

「ところで、おじいちゃんとは何を話してたんだ?」

 

 少し真剣なトーンで俺に話を振る。誤魔化す必要もないくらい他愛も無い話だと子供らしい言葉で伝えると、家光さんはそっかと笑って俺を振り回した。それが楽しくて、遊園地にいるような気分を味わって俺は家まで辿り着いた。

 家光さんが家のチャイムを鳴らすと、見慣れた母親の顔がひょっこり現れる。初めて見た顔に囲まれた後だったために、自分の親を見た安心感は底知れない。嬉しくなって顔をほころばせて、ただいまの挨拶をする。

 

「俺はツナの父で家光といいます。今日はありがとうございました」

「いいえこちらこそ。俊夫も楽しかったみたいで、またお願いできたら嬉しいです」

「それは勿論! ウチはいつでも大歓迎ですよ。それじゃ、家内が待ってますんで」

「ええ、ここまで送ってくださりありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

 とろけた顔の家光さんに、俺は母親と合わせてお礼を伝える。歯を見せて笑った家光さんに頭を軽く叩かれて、嬉しそうに家光さんは俺の家を後にした。

 

「珍しいわね、俊夫がそんなに嬉しそうな顔をするなんて。楽しかった?」

「うん。綱吉がはしご車で走ってるときに、踏切を作ったら、綱吉のお父さんが交通ルールを教えてくれたんだ」

「それは素敵ね」

 

 優しく笑って頭を撫で、母親は晩御飯の準備へと再び取り掛かった。俺は手を洗って、一人子供部屋に戻る。母親の料理する音と、時々カラスの鳴き声が聞こえてくる部屋はいつも以上に静かで、寂しさもあるがとても居心地の良さを感じた。

 床に大の字で寝転がったとき、ふと昨日の夜に立てた目標を思い出す。覚悟を強くする訓練。すっかり今日は遊び呆けてしまったけど、決意は強くなるのだろうか。

 

 そもそも、どうすれば決意が強くなるのだろうか。

 

 漫画などで言えば、守るものがあれば決意は強くなる。そう、綱吉もそのタイプだった。しかし、今幼稚園児の俺に、命をかけて守るような人はいない。一体どうやって……。

 そこで先ほど誓った言葉を思い出す。そうだ、俺は綱吉がマフィアになるまでは友達でいようと誓ったんだ。マフィアのボスに。それを糧にすれば、少しはコツがつかめるかもしれない。

 俺は勢いよく起き上がって、精神を集中させる。握りこぶしに力を込めて、大事なのはイメージすることだと自分に言い聞かせる。

 一番酷い虐めのイメージ。綱吉が中学生に殴られて、血を吐くシーン。我ながらに凄くリアリティのあるイメージが出来たと思う。ただの想像であるはずなのに、怒りがふつふつと湧いて来るのが良く分かる。その気持ちを拳に集中し、力を込めると、拳に暖かい感覚が宿るのを感じた。

 くすんでいてとても小さいながら、それは紛れも無く死ぬ気の炎だった。ようやく、その姿を肉眼で確認することができたことに、俺は心底喜んだ。

 どたどたと足音が響いてしまったらしく、料理中の母親に心配されてしまったが、俺は大きな声で大丈夫と告げ、再び集中力を高める。

小説中の文章量についてですが、心理描写に傾いているため多くなってしまいがちです。このままの量で進めても良いか、減らすか、アンケートにご協力ください。

  • このままでもいい
  • もう少し一文を短く
  • 減らして、会話文を入れテンポ良く
  • SSレベルに無くす

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