その部屋を満たしているのは、絶え間無く続く二種類の金属音だ。
打ち合いをしていると思しき一つは、軽く、澄んだ音。
もう一方は和鐘のように重く、趣がないともいえない鈍い音だ。
よくよく聞けば、後者の音には付随して、痛みを堪える小さな声も時折漏れ聞こえてくる。
それらは止まることなく繰り返されていたが、一際大きな重低音が響いたのを最後に、部屋には暫く振りの静寂が訪れていた。
そんな部屋の中に居るのは、大小二人の人物。
一人目は、燃え盛る炎のような紅い髪をした少女。ただし、どうやら手入れやケアといった類いには余り気を回していないらしく、その髪は伸び放題であちこちに跳ねている。
床上にある刀身を納めた細身の鞘を右手でギュッと握り締め、しかし残る片手で頭を押さえてうずくまる少女の、髪色と同じ真紅の瞳には涙が浮かんでいた。
そんな彼女と向かい合って立つのは、少女というよりは女性という表現が似合う人物だ。
幅広く、刀身だけで自らの背丈を越すほど大きな剣を、目の前の女性は右手だけで構えていた。鞘に包まれ、前方に突き出す形で静止したその切っ先は、そこからピクリとも微動だにしない。
ちなみに、先ほどのうずくまる少女がいるのはその真下――立ち上がった時の頭の位置と、ピタリと重なっている。
ポニーテールに結われた清流の如く青い髪と、同色の穏和そうな瞳。
そういった容姿や纏っている雰囲気、もちろん他にもアレコレと違いがあるというのに、二人からはどこか似たものを感じさせるナニかがあった。
「……アリシア姉様、頭が痛いです」
「どうしたものかしら。別に狙っているわけでもないのに、あなたの剣を受けていると、何故かソコに引き寄せられてしまうのよね」
涙目で抗議する妹に、アリシア・セイティグは頬に手を当て、『お姉さんも困ってるのよ?』といったニュアンスを込めて返す。
「……全部頭にぶつけなくても」
恨みがましく自分を見つめる、愛弟子でもある妹。
だが、
「何度も一緒に練習しているのに、いつまでたっても頭がお留守ですよ? 頭は特に防がないと、私達も含めたほとんどの生物にとって、ココは致命的なのですから」
穏やかそうな見た目に反し、やや強めの口調で言うアリシア。『ココ』のところで、剣の腹で妹の頭をペシペシと叩く。
「…………それは」
「剣と一緒に頭を突き出してどうするのですか? ココを狙って、と言ってるようなものですよ?」
「……う」
もっともすぎる姉からの指摘に、少女の口から呻き声が洩れる。
「もう……いいですか、ルティ?」
アリシアはタメ息一つ吐くと剣先を床に下ろした。大剣を自らの肩に立て掛けさせるようにして手を離すと、そのまま両手で刀身に抱きつくようにしてもたれかかる。
「異界の者が扱う格闘の流派に確かその様なものがありますが、それに手を出す前に、まずは基本を押さえましょう。速さの黒竜と力の火竜、剣を選んだあなたが身に付けるべき、二種の爪牙剣の基本。それと、戦士の基本たる闘気法を身に付けるのが初期訓練です。強い奥義だけを覚えるのではなく、まずは基礎をしっかり固めましょう?」
姉の声に一つ頷き、ヨロヨロとルティシアが立ち上がった。
姉に向けて剣を構え直すのだが、まだ涙目である。
「……神竜剣。火竜爪牙 ≪ 裂爪 ≫」
ルティシアは剣を大上段に構え――瞬間、視界が何かで覆われた。
「はぁ……目の前に敵がいるのに、どうしてお腹をがら空きにするのですか?」
「は……う?」
そしてワケが分からないまま、気が付くと少女は尻餅を突いている。
目を白黒させたルティシアが視線を巡らし、今の状況を把握した。
少女が振り上げた剣の刀身に、一瞬で跳ね上がった大剣の切っ先が力を加えたようだ。自分はそれでバランスを崩し、後ろへ倒れてしまったのだろう。
「もう、この間も教えたでしょう? 『技にはそれぞれ出すタイミングがあり、間違えると大怪我する』って」
側らに歩み寄り、妹に手を貸して立ち上がらせながら、姉は優しく語る。
「……はい」
「あなたは技を覚えるまでの過程は早かったのですから、後はソレを活かせるかどうかです」
「……はい」
「確かに≪裂爪≫も、振り下ろしや切り返しに構えを変えることで、今のようなタイミングにおいても先撃ち技として使えるようになります。でもね、その為には技を理解して、使い込まないとダメです」
「……はい」
今の言葉を反芻しながら剣を構えるルティシアに微笑みながら、アリシアも元の位置に戻って構え直す。
そして、部屋にまた金属同士の打ち合う音が響き始めた。
※ ※ ※
「――そういえば」
頭を押さえて唸る妹を見ながら姉が尋ねる。
「魔法の練習はきちんとしていますか? 使ってるところ、私は見たことがないのですが」
「……一応。レティやローラ達と、時々」
涙目で首肯する姿に、それならいいけどと、しかし首を傾げながら言うアリシア。二人は常に一緒にいるというわけではないが、だからといって一回も見たことがないのを不思議に思っていたのだ。
レティとローラ――レティシアとローレシアはルティシアのすぐ上と下の姉妹であり、三人は同じ時期に修行を始めて、切磋琢磨する仲である。
「そうですね、エリ……エリシアの様にありとあらゆる魔法を覚えて使いこなす必要は全くありませんが、ある程度は習得しておいた方がいいでしょう。いつの日か、あなたが誰かを助ける時の為にも」
「……姉様達も、王女様達も隊長達も、他のみんなも大丈夫そう」
静かに語る姉に、キョトンとした表情で小首をかしげる妹。
そんな妹に、姉は『それは違いますよ』と首を横に振る。
「この国を、守る術を持たぬ他世界を狙う敵は、残念なことに日増しに増しています。邪竜族、魔族、そして……。その戦いは、より酷くなっていく。その時になってから後悔しても遅いのです」
諭すように話すアリシアを、ルティシアはただ黙って見つめていた。
「あなたも基礎訓練が終われば、心を育てる旅に行くことになります。もしかしたら、そこであなたにとっての『守りたいモノ』が出来るかもしれません。あなたの力で、助けられる何かがあるかもしれません」
「……心を、育てる? 社会勉強というのは聞いたことがありますが、ここのみんな以外の大事なんていりません。助けにしても、求められたら応じるで良いのでは……?」
姉の言葉に、サッパリ分からないとばかりにルティシアが答える。
だが、そんなルティシアの頭をアリシアは優しく撫でた。
「ルティ? 力はただ振るえばいいというわけではないの。過ぎた力は暴力となり、逆に私達に返ってきてしまうのよ。身に付けたるは何のための力なのか、それを忘れないでね。ただ、願わくばそれは『守るための力』であってほしい。今はまだ分からないでしょうけど、その時がきたらきっとあなたにも分かるわ。それにね……」
撫でながら、アリシアは彼女にしては珍しく、茶目っ気タップリに微笑む。その表情を見たルティシアの顔にも、少しの驚きと戸惑いが浮かんだ。
「そういう人に限ってすぐに見つけてしまって、積極的に助けようとするものですよ?」
何かを思い出して懐かしそうに言う姉の姿に、ルティシアは不思議に思うも口にはしなかった。
「『心ある力を持って誰かの為の爪牙たれ』。あなたにもきっと、良い出会いがありますよ」
この先、妹を待ち受けている未来が良いものであることを願いつつ、アリシアはまた元の位置へと戻っていく。
頭から手が離れた事を残念そうにしつつも、深呼吸をしたルティシアは再開に備えて気合いを入れ直す。
「少し話がそれていましたが、魔法です。旅が始まる前に、ある程度は使える様にしないと」
そう言うとアリシアは、口元にチョンチョンと手を当てながら、ブツブツと考え始めた。
「攻撃魔法をいくつか使いやすいのを選んで……回復と補助、それと防御系統もいくつか必要……ねぇ」
「……回復?」
小声だが漏れ聞こえたそれに、妹が反応する。
まるで、『そんなのいるの?』という反応を。
「はぁ……ルティ、回復魔法は大事ですよ? 私が大怪我をして倒れた時に、あなたは姉さんを助けてくれないのですね」
「……目を覚ました時にでも、姉様自身がかければいいのでは?」
小首を傾げながらそんな素敵な事を言う妹に、アリシアは輝かんばかりの笑顔を浮かべた。次の瞬間、その姿が一瞬でその場から消え去る。
ルティシアがハッと気が付いた時には、既に彼女の両頬は襲撃を受けていた。
「ん~……気絶してそのままかもしれない人に、自分で治して、と? あなたは、そんな素敵な事を言うのですね」
「……
笑顔でグイグイと、凄まじい力で左右から頬を引っ張る。その所為で身体は宙に持ち上がり、足はとうに地面から離れている。
その結果、全体重がかかった両頬の痛みはかなりのモノだ。
「言葉は正確に、しっかり発音しないといけません。詠唱は大切ですよ、魔法の発動に失敗してしまいますからね」
「……
「ほら、しっかり」
懸命に発音しようとした少女の声は、支えを失った大剣が地響きと共に倒れたことにより、虚しく打ち消されてしまった。
髪や瞳に負けず劣らず赤くなった頬を涙目で擦る妹をそのままに、アリシアは再び元の位置へと戻っていく。
「今あなたが使っている魔晶石は、自分に合ったモノを探すためだけの、あくまでも練習用のモノです」
倒れていた剣を拾いなおすと、肩に立て掛けてソレにもたれ掛かるという、いつもの姿勢を取るアリシア。
「……そうなのですか?」
「そうなのです。それに練習用ですから、制御に失敗して暴走したりもしないように、性能も抑えられてますしね」
「……はい」
頬から手を離し、ルティシアも落としていた剣を拾い上げる。
視線はまっすぐ姉に。多少、恨みを籠めながら。
「防御や回復は、私と同じモノでも大丈夫でしょうから、後で一緒に練習しましょう。魔法バ……エリに頼んでも良いですが、いつまで経っても終わらないことになりますしね。私が、みっちり、教えます」
笑顔で力強く言われ、さっきのことを思い出したルティシアの足は、思わず一歩後ろへと。
「攻撃魔法は自分が扱いやすいものを選ぶのですが、長所――あなたの場合は火と雷ですね――を活かすものと、弱点を補うものを見繕いましょうか。それと」
そこで言葉を区切ったアリシアは、真剣に自分の話へ耳を傾けているルティシアの目に視線を合わせる。
「切り札となるモノを選んで、それを徹底的に研いて下さい。これは時間をかけてもいいから、自分だけの魔法に昇華するのです」
その言葉を、ルティシアは自らの中で反芻するのだが――そこである疑問が浮かんだ。
「……姉様。魔晶石に登録されている魔法の、強化や変化といったことは出来るのですか?」
そう言った妹に、アリシアは『それによく気が付きました』と、満足そうに頷く。
「先程練習用と言いましたが、この魔晶石は変わるのです」
「……変わる?」
「そう、より実戦向きな形に。使わない魔法を削り、使う魔法をより扱いやすく。そうすることで精度を高め、消耗を抑える。その代わり、一度切り捨てた魔法が再度必要になった場合、改めて契約し直さないといけませんが」
「……抑えた性能のまま多岐のモノを扱うか、よく使うモノをより扱い易くするか、ですね?」
「選択肢がたくさん有っても、それらを使いこなせない人には意味がありませんからね……本当に」
妹の言葉に頷きつつ、何故か視線が泳ぐアリシア。
そしてルティシアも、サッと顔をそらしている。
「大丈夫です、他の……ほとんどの姉妹達もそうですから」
いつも通り妹に微笑みながら語りかけているアリシアだが、今までよりも妙に歯切れが悪い。
「……姉様。魔晶石の切り換えは急いだ方が良いのですか?」
「ここに居る間なら、誰かに聞けばいつでも出来ますが……そうですね、きっかけやコツを知っていれば離れてても出来ますから、今はそれほど慌てなくても大丈夫でしょう」
「……はい」
「ということで、今は慌てずじぃっっっくりと、剣技や闘気法と一緒に魔法も覚えましょうね?」
「……姉様? あの、どうして笑顔でゆっくり歩いてくるのですか?」
それには答えず、大剣を片手にぶら下げたアリシアは、何故か逃げ腰の妹に歩み寄っていった。
※ ※ ※
「始まりの光よ――」
荒原に閃光が走り、続いて爆音が轟く。
「――防御魔法の使い方は分かりましたね? では次は……」
地に伏しているルティシアの全身からは、プスプスと煙が立ち上っていた。そんな妹の元へ歩み寄り、頬に手を当てたアリシアはなにやら意味深に笑みを浮かべる。
「あ、治癒魔法も教えたから大丈夫ですね? 倒れていても使えるそうですし」
「……意外と、根に持つのですね、姉様」
ググッと顔だけ上げて恨めしそうに言う妹に、『何のことかしら? 姉さんには分からないわ』と、アリシアは首を傾げて表情だけで物語る。
「今のと、先に見せたのを合わせて、私が愛用している魔法です」
「……私が使ってもいいのですか?」
「もちろんです。私は自分用に調整したモノを使っていますが、ベースの方はあなたの魔晶石にも登録されていますから」
「……はい」
姉と同じ魔法ということで、倒れた姿勢のまま魔晶石に意識を傾け、目的のモノを探す。
「特に、先に見せたアレは制限を解除した状態だと反動がかなり強力だから、使おうと思うなら十分に気を付けてね?」
「……使いこなせるように頑張ります」
立ち上がり、胸の前で握り拳を作る妹の姿に、姉はいつもの柔らかな笑みを向けた。
※ ※ ※
こちらへ向かって地を踏む音に気が付き、ルティシアは鍛練を中断して構えていた剣を下ろす。
「ルティ、こっちに居たのですね。あなたが切り札にと考えている魔法のことなのですが」
最近のアリシアは任務でセイティーグを離れることが多くなり、二人が顔を合わせるのも久しぶりのことだ。
今も旅着のままで、任務から帰ってすぐにココに来たらしい。
「……はい」
「エリによれば、あれはかなり制御が難しい術のようです。その分、使いこなせればあなたにとってこの上もない力になるはず、と。自分のモノにするのは大変と思いますが、私は応援していますよ」
「……分かりました。ありがとうございます、姉様」
姉からの注意と応援に素直に頷いて、空に向かって魔法を解き放つ。
二人は並び、天に昇って徐々に小さくなっていく光球を見つめながら、
「今は淡々と、抑揚ない発音ですが……いつか流れる様な、綺麗な発音で聞きたいですね」
「……難しいことを言わないで下さい、姉様」
あなたの成長を楽しみにしているのよと、楽しそうに語る姉に、困った表情を浮かべるルティシア。
そして、ルティシアが何か言おうと口を開きかけた――その時。
「アリ」
「そろそろ時間」
後ろからかけられた二つの声に、あらと呟き、アリシアがゆっくり振り向く。
ルティシアもそれに合わせて、そちらへと顔を向ける。
「サリ、エリ。もう時間でしたか」
そこに居たのは、アリシアと
むしろ、全く同じと言っていいだろう。
着ている衣服と体格、髪型や瞳の色といった違いはあるものの、そうではなく顔のパーツ一つ一つがそっくりなのだ。
そんな二人のことは、当然ルティシアもよく知っている。彼女にとって二人もまた姉であり、アリシアと同じ『最初の三人』なのだから。
「ラエの方の準備ももうすぐ終わる。それが終わり次第出発だが、アリはその前に、確か知人に会いに行くのだろう?」
「そうです、サリ。私が勉強に出た時に知り合って、それからもよく一緒になった子なのですが、今度産まれる彼女の子供に、私の名前を付けたいそうです。それで、今回の任務は長期戦が予想されてますし、今のうちに会いに行ってこようかと思いまして」
質問に答えつつ、ルティシアの頭を最後に軽く一撫でしたアリシア。ゆっくりとした歩調で二人と合流すると、彼女達は揃って移動し始める。
その背中を、少女はただジッと見つめていた。
「クッ……私のアリを盗るなんて」
「いえ、かなり間違ってますからね、エリ? あと、抱き付かないで下さい。歩きにくいです」
「ヒドい」
「酷くありません。それにしても、諜報破壊工作のサリに、魔法バ……ルーンマスターのエリも一緒とは。ラエは何をするつもりでしょう?」
「アリ、今、何て言いかけた? ……良いけど。あの子なら、アッチの戦力を大幅に削る作戦を思い付いてた。今は他部隊と、ソレの最終調整中」
「自分もまだ詳しくは聞いていないが、どうせ細かい段取りで組み立てられているだろう。終わる頃には、アッチの方は片が着くかもしれないな」
「サリ、そう上手くはいかないと思うよ? とりあえず、私はアリの近くで気持ちよく魔法が使えたら満足だけど」
「エリ? この間みたいに私とサリを巻き込んだら怒りますよ?」
そんな他愛もない話をしながら歩いていた三人は、こちらに視線を送り続けていた妹『達』の方へと振り返った。
「では、ちょっと行ってきますね。サボっては駄目ですよ? きちんと確かめますからね」
「行ってくる」
「行ってくるね。ああ、帰ったら、ルティにも面白い呪法教えてあげる」
そう言って、再び歩き始めた三人の姉達に、ルティシアは控え目に手を振る。
「……行ってらっしゃい、姉様達。それと、呪法は遠慮したいです」
そして、エリシアのクスクス笑いながら残念という言葉を最後に、三人の姿はその場から消え去ってしまった。
転移魔法で移動したのだろう。
「行っちゃったね、サリシア姉様達」
「呪法、ルティも覚えたらいいのに。エリ姉様が見付けてくるのは、どれも興味深い」
「……レティ、ローラ。いつの間に?」
右隣からの声に、ルティシアは初めてそこに立っていた二人に気が付いた。
「サリ姉様達が来る、少し前、かな」
怠そうな黒い少女を胸に抱き、気配もなくごく自然に立っていた緑の少女は、そう言って微笑む。
それは自慢をする風ではなく、今にも消え入りそうな儚い笑みだった。
「……そうですか」
それが彼女の“在り方”だと知っているため、そこに居たこと自体は良いし、ルティシアも気にしていない。
納得はしている。しているが……それでも全く気が付かなかったというのは、やはり悔しいモノだ。
「……修行に戻ります。まだまだ足りません」
「えっ、ルティ?」
「私も部屋に帰る」
「ローラも……こういう日くらい、みんなで一緒に。寂しくないの?」
一人は剣を片手に何処かへ、自分の腕からスルリと抜け出した一人は転移魔法を唱え始める。そんな二人へ、置いていかれそうな一人が、必死に呼び止めようとしていた。
だが、
「……姉様達はすぐに戻ってくる。それまでに、私は訓練を終えないと」
「私は別に気にしてないから。ゴロゴロしてる」
にべもなく、二人はその提案に否を突き付ける。
「そ、そんな……って、ルティはともかく。ローラ、部屋でダラダラするだけなら一緒に」
「ダラダラじゃない、ゴロゴロ。あと、それだけじゃなくて魔法書を読んでる。至福」
「それは不健康だよ」
背後で行われるそんな二人のやりとりの一切を無視して、ルティシアは訓練の続きに移るべく、急ぎ歩き去る――……。
※ ※ ※
――……フワッと浮かび上がるような感覚と共に、闇の中に光が射し込んでくる。
何か……懐かしい夢を見ていた気がします。
徐々に意識が戻ってくるにつれ、自分が地に伏していることに気が付く。
しかし今は、呑気に寝ている場合ではありません。起き上がろうと全身に力を込め――。
「……っ!」
身体に穴が開いたような激しい痛みを覚え、私は込み上げてくる声を咄嗟に噛み殺す。
全身を襲う麻痺と、胸の内側――魔晶石が損傷したことを思い出しました。
そこに、
「バルディッシュ」
《scythe form. set up》
「いくよ、レイジングハート!」
《restrict rock》
「こんのっ! いい加減にくたばんな!」
「ルティシアのことはボクに任せて!」
声が聞こえる。
この地で出会った、ずっと出来ないと思っていた、私が護りたいと想ったみんなの声が。
それなら――。
もう、倒れている場合ではない。
何のために、鍛練をしてきたのか。
――守りたいと思ったモノを、護るために。
薄く開いた私の視界に、自分を守ってくれているユーノの後ろ姿と――。
目の前に浮かんでいる黄金の雄羊の姿が。
そこから暖かく、それでいて力強い黄金の光が溢れる。
そこには、光を蝕み、闇の力を増す蒼月の中にあって、決して屈しない確かな意志があります。
それに包まれるのを感じながら、再び目を閉じた私は意識を内へと。
損傷した魔晶石。
それを……砕く。
小さな欠片と変わっていく石を感じながら、イメージする。
「(アリシア姉様、切り換え……遅くなってしまいました)」
砕かれた魔晶石が、そこから新たな形を構成していく。
「(今が、必要な時)」
前よりは小さく、しかしそこに込められた力はいや増している。
多岐に渡る魔法はもう使うことは出来ません。ですが、もともと自分でも使いこなせるとは思っていませんでしたから。
ならば、自分が使いこなせる範囲で……姉様と練習した魔法を中心に記録していく。
再構成が完全に終わったのを確認して――。
※ ※ ※
「
囁くような声で紡がれた魔法が発動し、ルティシアの全身を淡く白い光が包んだ。
特化させてもなお、魔晶石の消耗が激しい回復用の魔法。だが、それだけにその効果は高く、いくつかあった傷諸共に、彼女をずっと蝕んでいた麻痺さえも。
いつかのクリスマス、イールィという名の魔族によって付けられた魔傷から、ルティシアは完全に解放された。
「ルティシア!? もう大丈夫なの?」
背後で立ち上がる気配に気が付いたユーノが驚き、そして嬉しそうに声を弾ませた。
「ごめんなさい。迷惑と心配をかけてしまいました」
「ううん。ルティシアが無事ならいいさ。それはなのはも、あのフェイトって子やアルフという使い魔もそうだと思うよ」
頭を下げる友人に、ユーノは首を横に振る。大丈夫だ、と。
ルティシアの視界が黄金に染まり、顔を上げた彼女の前には黄金の雄羊が浮かんでいた。
「あなたもまだ完治していないというのに、この宵闇の……光を閉ざすアビスの月の中でも、力を貸して下さるというのですか?」
肯定するように黄金の雄羊は一際強く輝き、その身体が分解する。
ルティシアの身に、次々と聖衣が装着されていく。
深く傷付いた聖衣であっても、それを感じさせないコスモが聖衣自身からも感じられる。
「<
「ルティちゃん!」
「ルティ」
見覚えのある黄金の輝きに、立ち上がった少女に気が付いたなのはとフェイトが、急ぎ空から舞い降りてきた。
二人とも、ルティシアの無事な姿にホッと安心し、笑みを浮かべている。
「ごめんなさい。もう大丈夫です」
二人にも頭を下げていると、アルフも駆け寄ってきた。何度も接近戦を仕掛けたらしく、その身はあちこち焼け焦げている。
「ルティシア、目覚めたんだね!」
「アルフにも迷惑をかけてしまいました」
治療魔法を唱えるルティシアに、アルフもそんなことはないと首を横に振る。柔らかな光に包まれ、火傷の痛みと痕が薄れていく。
「その前に、あたしが助けてもらったみたいだしね。あんたにも、白いのと小さいのにも」
「フム、別れの挨拶は済んだか?」
横合いから、別の声が割って入る。
漆黒のネジ曲がった刃の鎌を持ち、戦士装束の若い男。その身は赤い炎に包まれている。
「お待たせしました。ようやく、あなたと戦えます」
いつもと同じように、ルティシアは一歩、仲間達の前に立つ。
その背中を見て、なのははいつの間にか自分の震えが止まっている事に気が付いた。
前にはルティシア。
自分の肩をユーノが駆け上り。
横を見れば、フェイトが並んでいる。
彼女の傍らには、オレンジの喋る……犬? の詳しい話は、後でユーノ君や妹に聞こう、と思う。
これが終わった後で。
そんななのはの思考を遮る様に。
「ククク。魔瘴痕を消しても、お前達の死の定めには逆らえんぞ」
魔族の中でも大貴族と呼ばれるアウナスは、その顔に愉悦に歪んだ笑みを浮かべる。
「我がアビスの世界で」
アウナスが構えると同時に、それぞれが身構える。
「逆らえぬ運命の中で、捧げよ! マナを!」
next
異界の森の中の戦い
長く続いた戦いも終焉の時を迎える
アウナス「さだめじゃ」