ミッドチルダと呼ばれる世界がある。
次元世界の中で高度に発達した文明を持つ世界の内の一つである。
質量兵器を否定し、極端な魔法至上主義とも言える者達が多く居るこの世界は、他にも要因等はあるものの魔法技術の有無で他の世界を管理世界・非管理世界の呼称で分けている。
そのミッドチルダと、他の次元世界が共同で運営している時空管理局と呼ばれる、次元世界においての司法機関とも呼ばれる場所があり、そこでは各世界の文化管理、災害救助、魔法が無い筈の管理外世界で魔法を悪用しようとする者がいないかの監視、次元を越えてやって来る兵器や侵略者、とりわけ重要視されているのは暴走するロストロギアとそれと併発しやすい魔法災害の管理や対策である。他にも、細かい仕事は多岐に渡るが大筋は以上な内容があげられる。
その日、時空管理局に所属する次元空間航行艦船・巡航L級八番艦アースラは、艦長リンディ・ハラオウン提督、管理局執務官クロノ・ハラオウン、執務官補佐兼管制官エイミィ・リミエッタらを初めとする通称アースラスタッフを乗せて、とある無人世界へと向かっていた。
「艦長、間も無く情報があった場所です」
管制官のエイミィが、艦長席に座るリンディに向かって報告する。
「分かったわ。それにしても、“超危険なロストロギア発見、至急調査されたし”というこの連絡、結局誰からなのか分からないままなのよね、エイミィ?」
「そうですね~……」
リンディに問われ解析したデータを呼び出すが、結局は unknown だった。
「心配要りませんよ、艦長」
近くで話を聞いていた男の子――クロノがカード――待機状態のデバイスを構えながら。
「その為に、僕が居るのですから」
「よ! さすがアースラの切り札!」
「頼りにしてるわよ、クロノ」
エイミィからは野次が飛ぶが、それは信頼の証。……多分。
「あ、艦長お茶をお入れしますね。砂糖まだありますか?」
「ありがとう、エイミィ。まだ、たくさんあるから大丈夫よ」
リンディ提督はお茶に砂糖を入れる程の甘党である。
これは、惨劇から三十分程前の会話である。
「艦長! 高い魔力反応を確認!」
「画像を回して!」
オペレーター席のアレックスの報告からブリッジは一気に緊迫感を増した。
正面のモニターに映ったのは――。
「女……の子?」
岩山だらけの世界。
冷気だろうか? 足元は白い霧状のモノが漂っている。
バリアジャケットなのだろうが、そんな世界で黒い羽飾りみたいなものがいくつも付けられたレオタード状の薄紫色の軽鎧を纏った女の子が映っている。
歳は、クロノやエイミィ位だろうか? 肩までの輝く様なプラチナブロンドの髪に、ワインレッド色の瞳でモニター越しに真っ直ぐこちらを見ていた。
本来であれば目を奪われる程の容姿なのだが、その滲み出る様な異質さと画面越しにも分かる威圧感がそんな感傷を抱かせずにいた。
自信の表れなのか、その表情には強気な笑みが浮かんでいる。
ブリッジ内の誰も、口を開かない。
いや、開けない。
『どうしたのかな? この程度でも喋れない?』
画面の向こうから声をかけられる。
幼いようなそんな感じにも聞こえるが、どこかいたずらめいた感じを受ける。
不意に威圧感が弱まった。
「……はぁっ…!」
「はぁはぁ……」
一斉に息をつくアースラスタッフ。
震えが止まらない者も居る。
『ようやく喋れる様になったかな?』
小馬鹿にしたように語る少女。
「じ、時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ! は、話を聞かせて貰おうか!」
若干声は震えているが、それでも己の役割を果たそうとする。
『この程度まで落としてようやく喋れるんじゃ、まだまだかな。それでも、そこにいる他のよりは良いけど』
「話を聞かせて貰おう! ここで何をしている!? こちらに送ってきたメッセージは君が送ったものか!?」
依然小馬鹿にしたような少女に、クロノが叫ぶ。
『ん~、あたしじゃないよ? あたし達ではあるけどね』
「馬鹿にしてるのか!?」
『うん♪ あたしの親友がわざわざそっちの時間の、しかもスタッフが揃って居る時のモーニングコールに合わせて送ったんだし。相変わらず、変に細かい所に拘るんだから』
やれやれと言いたそうに肩をすくめて見せる。
「時空管理局アースラ艦長、リンディ・ハラオウンです。何故あなたは、いえあなた達はこんな事を?」
持ち直したのか、リンディが会話に加わる。
『あは、二人目だね。ん~、今の駒の状態の確認かな?』
腕を組みながら、少女は話す。今回のゲームの駒の確認だと。
「ゲーム?」
「駒だって!?」
『うん。他に丁度良さそうなのが居なかったんだよね。次元世界からあれこれ引っこ抜いている癖に』
リンディは考えながら、クロノは激昂するが少女は全く意に介さない様だ。
「(引っこ抜いて……)」
「それは、管理局の事を言っているのか!?」
『あはは、君は知らないの? 親友の受け売りだけど、広告みたいな表ばかりじゃなくて見えない裏も見たら? 案外、面白いモノが見れるかもよ?』
「(彼女は知っている……いえ、確信かしら)」
「言わせておけば……!」
熱くなるクロノとは対称的にリンディは冷静に考える。
『ところで、来ないの? この場所で戦いなさいって、ずっと待ってるんだけどな』
「かあ……いえ、艦長!」
「落ち着きなさい。クロノ・ハラオウン執務官。術中にはまってはいけません」
挑発で顔を真っ赤にしているクロノを宥めると、画面の少女に視線を戻す。
「ところで、ここに有るというロストロギアについてと、あなたのお名前を聞きたいのだけれど」
『ロストロギアは無いよ。あたし自身が、そんなものより危険かもしれないけどね。後、名前? 名前か……』
リンディの問いに、少女は顎に手を当てて考える。
「ん~……今のあたしに一撃でも入れられたら教えてあげる。サービスだよ?」
あくまでも強気な姿勢はそのままに。
「艦長」
元の落ち着きを取り戻したクロノが真っ直ぐリンディを見る。
「クロノ・ハラオウン執務官。大丈夫? 出られる?」
「もちろんです」
「では、クロノ・ハラオウン執務官。彼女から、詳しい事情を。ただし、十二分に気を付ける様に」
「はい! 行ってきます」
管理局は軍隊の色があり、リンディの命令に対しクロノも直立不動で応じる。そして、真っ直ぐに転移用の装置――転移ポッドへ。
「クロノ君……」
普段元気で賑やかなエイミィも、先程の威圧感の性かまだ怯えていた。
「ちょっと行ってくるよ、エイミィ」
いつもの様に、自信満々で大丈夫とは言えなかった。
最初の威圧感の状態だと、戦うどころか向き合う事すら困難であるのだ。今の状態で、とは言っていたがいつそれを違えるのかも分からない。
それでも、自分が執務官である限り行かなくてはならない。
転移した直後。
『子供を平気で死地に送れる文化、か。興味無いから調べてもないけど、人間の考える事は面白いな』
「死地……? 人間の?」
リンディの小声も聞こえていたのか、画面の少女は強気な表情ながら口の端を吊り上げた。
『あたしはあの子と違って、必要無い事には興味無いから。非殺傷だっけ? あんな楽しく無いもの持ってないよ』
移動中の会話からここまでで二十五分が経過していた。
見渡す限りの岩山。
足元の霧状のモノは冷気では無さそうだった。
転移したクロノを、腕を組んだ状態で浮かんだ彼女が待ち構えていた。
「僕が勝ったら詳しい事情を聞かせてもらう」
「勝つのは無理だから一撃で良いよ? それと、せっかくこんな何も無い場所なんだし、全力で来てね。あたしがやっちゃうとまたあの子に怒られるからしないけど」
楽しそうに話す彼女に、クロノは心を乱さない様に徹した。そしてー―。
「はあっ!」
捕縛用のバインドを放つ。速度・強度、共に申し分なかった筈のそれは、彼女の前で砕けて消えた。
「何……!? これなら!!」
《スティンガーレイ》
放たれた高速の弾丸もまた彼女の前で消えていく。
《ブレイズキャノン》
青白い光の砲撃魔法は、彼女を避ける様に迸る。
「これは…!?」
目の前の光景は自身の目といえど、信じがたいモノだった。
砲撃の中をまるで歩く様にゆっくり向かってくる。
「ん~、やっぱりあっちの駒の子よりは強いかな? まぁ、初心者と玄人を比べても仕方ないけど」
「何を言ってるんだ!」
「とりあえず、これ全部返すね?」
「な……うあ…!?」
食ってかかるクロノに少女が手をかざすと同時に、クロノを水色のチェーンが捕縛する。
「これは僕の!? 」
動けないクロノを高速の弾丸が撃ち抜き、青白い光の奔流が飲み込む。
「あたしが直接手を出せないから仕方がないけど、やっぱりつまらないな」
周りの岩が一斉に砕け散る。
ワインレッドの眼が輝く。
「く……ほどけない!」
ブレイズキャノンに堪えても、バインドの方は残っている。
自分の術なら解除出来るはずが、細工されているのか反応が無い。
そして彼女は漂う様に近付き――。
「これでもくらっちゃえ」
可愛く囁く様に呟くと、クロノの身を不可視の衝撃が襲い、猛烈な勢いで地面にぶつかるとそのまま滑る様に吹っ飛ばされていく。
「クロノ!?」
「クロノ君!?」
岩に叩き付けられてようやく止まったクロノは、地面に横たわったまま動かず白い霧状のものの性で姿が見えなくなる。
「急いで転送を!」
『その必要はないよ』
リンディの指示に、画面向こうの少女が答える。
「それは……!!」
どういう意味ですか、と叫ぼうとしたら空中から何かが降ってきた。
咄嗟に受け止めたリンディが見たものは、ボロボロで意識を失った息子の姿だった。
「クロノ……!? 早く医務室へ!」
「大丈夫だよ。骨の数本は折れたかもしれないけどね」
「な……!?」
いつの間にか、ブリッジの真ん中に件の少女が浮いていた。
「とりあえず、今回のゲームには使えそうかな。かすりもしなかったからご褒美は無しだけど」
「あなた、本当にいったい……」
「その質問には答えないよ? 当てられなかったし」
彼女の下半身が、空気に溶け込む様に消えていく。
「ゲームの参加場所は、えっと……第97管理外社会だっけ? そこの海鳴市で起きているロストロギアの騒ぎに参加すればいいわ。ただし、現参加者を怖がらせたりして警戒されたり、事件解決までに間に合わなかったら参加資格を失うからね? ゲームに水を差したり邪魔をするようなら、あたしが直接あれこれ壊しちゃうからね?」
精々頑張ってね、と少女が消えていく。
「あ、悪魔……」
「悪魔じゃないよ? もっと怖いものだけどね」
エイミィに補足をしながら、少女は完全に姿を消した。
乗り越えられたらね、という一言と共に。
どこかで爆発が起きる。
これまで確かな成果を上げてきたアースラの敗北。
それは誰も知らない次元世界での出来事だった。
目を開けたなのはが見たものは、心配と恐怖が入り混じった様な表情をした四人の姿だった。
「ルティちゃん、フェイトちゃん、ユーノ君にアルフさん」
「姉さん元に戻りましたか?」
「何のこと? それより、みんなどうしたの? ボロボロだよ?」
疲れた様に話すルティシアになのはは首を傾げる。
もう日が完全に沈む為に、話は明日という事になった。
フェイトも午前から午後にかけて用事があるが、夕方以降なら話が出来るという事でその日は別れた。
疲れと心地よい振動で、帰り道のなのはは夢の世界へと旅立っていたが。
帰宅した後、ルティシアに抱かれた姿勢を美由希に指摘され、ようやく理解したなのはは慌てふためく事になる……。
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絡み合う糸、そして意図
それが向かう先は……
クロノ「話を……う……聞かせて貰おう」