窓から差し込む月の光を頼りに、ルティシアははベッドの上に寝そべった状態で小さなノートにボールペンを走らせていた。
時折ペンを止めては考え込み、書いた文章を横線で消したりはたまた付け加えたりしつつ、そのページのほとんどを黒が占めると次に移る。
隣で眠るなのはに、右脇腹の辺りから抱き付かれているため多少不自由な姿勢ではあるが、起こさないように様子を確認しながら書き物を続ける。
書き物といってもほぼ雑記であり、ほとんどはこちらの世界に来てから自身に起きたことや現在分かっていることのまとめで、そこから仮説として成り立ちそうなものが羅列されていた。
・預かっているネックレスにはもともと特殊な力を持つものがあるが、
→父様が大怪我からあり得ない速度で回復したことや、兄様やみゅー姉さんの剣の鍛練中に生じた打ち身などがすぐに治っていることも関係ある?
→大人しいらしいなの姉さんの有り余る元気とこれとの関連性は?
→関連性が確認出来た場合は、力が出来るだけ外に及ばないような工夫をする必要がある? 利点欠点含め要検討。
→実は残りの11の力にも、知らされていない(もしくは隊長でさえ知らない)何らかのフィールド効果がある可能性も。
そこまで書くとペンの動きが止まった。
「……もっと早くにこのかのうせいに気が付いていれば」
小さくそう呟くとペンをノートに挟んだまま閉じて、それを読まれないように亜空庫へと片付けるルティシア。
ため息を吐いた少女は、自分に抱き付いて眠る姉に視線を向ける。
太陽みたいな輝きのそれで良い夢が見られるかもしれないからと、眠る時だけという条件で貸した一風変わった形の黄金のオブジェ――
※ ※ ※
月日は流れ、ルティシアにとっては主目的の一つである小学校への入学が迫ってきた。
セイティーグで渡されたポーチの中には、こちらでの生活資金としてかなりの額が入っている通帳がある。出来るだけ一家の負担になりたくない少女は、もともとの使用目的でもあるそれを学費にあてるつもりだった……が。
しかし、ルティシアを悩ましたのはそこからで、『捨て子の少女』がどうやって士郎や桃子にそれを渡すかである。
設置した拠点で軽く調べたところ、入学手続きも本来は別の形で行われる予定だったらしいが、立て続けに起きた予想外の出来事によりそれは必要無くなった。
結局悩みに悩んだルティシアがとったのは、「持たされていたこれを使って欲しい」というドが付く直球だった。
最初に二人に渡した時に、「必要ないから将来にとっておきなさい」と言われて返されたものの、何度も説得し学費分だけ使って貰えることに。
ただし代わりの条件として、ルティシアが大人になるまではその通帳を使用してはいけない(緊急時は別)ことになった。
商売人の関係か、お金を使う勉強の一環で普段分は桃子から渡されるお小遣いのみでやりくりするようにとのことだが、特に困らないと判断した少女は二つ返事で了承する。
そして、今日も今日とて姉との時間がやってくる。
「ルティちゃん、今日はなにしよっか?」
「……かくれんぼがいい、なのねえさん」
舌足らずは多少改善されたものの、相変わらずの抑揚が無い声。学校生活というものが始まればいつかこれも変わっていくのだろうか? と、少女は変わることへの期待とも恐怖ともいえる複雑な気持ちを抱いていた。
「いいよ~、じゃわたしからおにになるね。ルティちゃんは早くかくれてかくれて!」
リビングからスタートの家の中だけで庭にある道場は無しといういつものルールを決めて、壁際に向かったなのはがい~ち、に~い……と数え始める。
カウントを背中で聞きながら、音を立てずに走る少女は適当な部屋のクローゼットの中へと駆け込んだ。
亜空庫から<ガンビット>を取り出して家の留守番用に放つと、静かに扉を閉めて拠点へと転移する。
僅かな時間でも姉と離れられるかくれんぼの時だけが、現在ここを訪れる唯一の機会だった。
ルティシアの身に起きた変異。検査の結果、これはやはり〈次元転移魔法〉の失敗のせいだった。
術が変に作用したためで、これは時間が経てばその内回復するというのが、検査したシステムの結論である。
しかし彼女にとっては、肉体レベルが人間のそれよりは上ではあっても、本来のものから格段に下がっているという内容の方が深刻だった。
この世界では不思議な出来事が起きているという前情報があり、事実どこから飛ばされているのかは不明だが、時折自分達でいうところの偵察用の〈魔導の目〉を〈
(いつ何かが起きても対処ができるように、高町家のみんなを、一人でも多くの人を助けられるように、鍛え直すしかありません。)
この状態で次元転移というハイリスクを負って本国に帰還して元の姿に戻るよりも、こうしたいというルティシア自身の思い。
慣れてはいけない、離れた方が良いと未だに考えることもあるが、もう少しだけ居たいという思いが日を追うごとに強くなる。
セイティーグに帰りたくないわけではない。故郷はあそこであり、自分が帰る場所もあそこであるのだ。
ただ、社会勉強に来ているという理由と士郎から言われたこと、離れずにもう少しだけ居たいという思いが少女の中で混在していた。
そんなルティシアが足を運んだのは、拠点の二階にある鍛練室。
「……私に、力をかして下さい」
濃紺の瞳には力が宿り、少女の身体から立ち上るのは……闘気。
「おんせい(音声)からしこう(思考)にきりかえ」
『了解。鍛練室のモードを切り替えます』
この拠点の、セキュリティを始めとする全ての機能を統括するシステムからの返答と共に、部屋の設備が起動する。
「……(モードは
今日は久し振りの実戦方式の鍛練である。
ルティシアは上着とズボンを脱ぐと、戦闘用に作られている黒いアンダーウェア姿になる。
例え鍛練であっても、常に実戦に近い形を。
自身の力を正確にイメージ出来ないならば別のモードが良いが、しばらくの間基礎練習に集中していたため現在の範囲では把握は出来ている。
「(……戦場指定は、海鳴公園)」
こちらでの家族と散歩した思い、心に残る夕陽の記憶。
「(……重傷判断もしくは敵殲滅にて状況終了。以上で指定思考は終了します)」
三十メートル四方の白いだけで何も無かった室内の景色が変わる。
どこからか風が吹き足下の感じも変わり、切り替わった印象深い大事な場所の一つに、ひしめき合うのは異形の者達。
この世界ではない、魔界と呼ばれる世界に存在するモノ達。
魔界にいる魔族の多くは人型であるが、妖魔は地球でいうところの動植物の姿であるものが多かった。
ルティシアは右手を挙げて、顔の前に持ってくる。
薬指には、精巧なライオン――獅子の顔が彫られた指輪。
「……守るための力を私に。レオ」
少女の囁く様な声に、指輪の獅子の瞳は赤く、ネックレスに付けられた
黄金の輝きと共にネックレスから聖衣が外れ、等身大へとそのサイズを変えた。
黄金の獅子のオブジェが分解し、ルティシアの身に纏われていく。
両足から順に上へと。
最後に
「……指導よろしくお願いします」
ルティシアの声に、聖衣は再び輝きで応える。
「……闘気法を中心に、己の拳や肉体で闘う。武器を使う時は本当に限定された場合のみ、と。聖衣を纏った時と普段の私の戦い方、戦法を使い分けろと……いうことですね」
妖魔が四方八方から迫る。
それを避けながら、受け流し、あるいは投げ飛ばし、ルティシアは聖衣の[声]を聴く。
「……問答無用。後は闘うこと、ですか。シンプルで良いですね」
拳を握り、迫る妖魔に叩き付ける。
衝撃を与えたような感覚と共に、相手は黒い塵となって消えていく。
「(剣技などの他に、闘気法……[彼ら]の言う
向かってくる無数の妖魔に対し、蹴りを放ち、手刀を下ろし、あるいは連続で拳をぶつける。
その度に妖魔は黒い塵となり、消えていく。
やがて近くにいた妖魔はいなくなり、離れて様子を窺っている群が残る。
輝く聖衣から伝わるイメージ。
「……使わせてもらいます」
右手に集まる雷光。
「……撃ち貫いて獅子の牙、ライトニングボルト」
突き出した右手から放たれた雷光は、狙い過たず群に直撃して半数を塵へと戻す。
当たらなかった残りの敵が、一斉にルティシアへと飛び出してくる。
みるみる敵が動きを止めている黄金の戦士までの距離を詰めていき……。
――瞬間、閃光が走った。
その切り裂くような光に触れた妖魔は切断され、瞬く間に塵へ。
他の個体が慌てて動きを止めるも、既に遅かった。
そこは『声』の射程内。
――牙を剥いた黄金の獅子の。
「……聞きなさい、獅子の咆哮を。ライトニングプラズマ」
右手の手刀を構えると、残った群に無数の閃光が襲いかかった――。
やがて――まるで刀を払うかのように――少女が右手を払うその先では、妖魔達がまとめて塵に還っていく光景が広がっていた。
相手が全滅したことで、部屋は元の何もない状態に戻る。
「……これが数多の世界を救ってきた戦士達の力の一部。いつか、この力を完全に身に付けて皆を守る力に」
そこまで言ったところで少女は床に膝を、続いて両手をつく。
一粒、二粒と床を濡らす水滴。
びっしりと玉のような汗を浮かべ、荒い呼吸を繰り返すルティシア。
まだ試したい自分自身の技もいくつかあるが、<レオ>による鍛練という目的は果たせている。
久しぶりの実戦鍛練ということで身体の具合を確かめながらであったが、今日の所はこれで充分だろう。
「はぁ……はぁ……(これからの鍛練の、指標も出来ました。闘気法を中心に、戦闘継続時間を向上するために、落ちた基礎体力を徹底的に鍛え直します)」
今後の方針も決まったところで、もう少し鍛練を続けたい気持ちを打ち消して少女は立ち上がった。
「……これ以上つづけてつかれきると、なの姉さんにていこうできませんしね」
何故か、<レオ>からは諦めろみたいな雰囲気が伝わってくるが、少女は気が付かなかったことにする。
聖衣を元のネックレスに戻すと服を着て、<アリエス>以外にもフィールドを持つものが無いか調べるように、階下のシステムに設定すると家に転移……しようとして止める。
あることを思い立ったルティシアは拠点周辺に〈魔導の目〉が無いことを確かめると、そのまま歩いて外へ向かう。
拠点のカモフラージュ機能が働いたのを確認した後、少女は亜空庫に手を入れた。
取り出したのは、灼熱の炎の如く紅い宝石のような石。
これから彼女は、自分自身を確認するのだ。
「げっこう」
ルティシアが囁くように言うと、辺りの景色が紅く染まった。
日がまだ高い時間だというのに、空には太陽の代わりに満月が……それも真紅の月が浮かんでいた。
現実世界とは隔絶された特殊な結界、真紅の月が照らす
本来の使用目的は全く別のものなのだが、彼女のこれは戦闘で辺りを壊さないように、他人を巻き込まないように使うものである。
それに体力を消耗している今は、長時間の維持も出来ない。
しかし、今回はそれらとは別。
広い場所で、かつ見られないために、すぐに終わることを。
祈りを捧げるように、ルティシアは紅い石を挟んで両手を合わせると、何かを小さく囁いた。
――紅い世界の公園、その木が覆い繁る一画から大きな生物が顔を出して、大きく咆哮した。
※ ※ ※
確認を終え転移でクローゼットに戻ってきたルティシアは、ここに設定していた転移印を消す。
手間ではあっても、第三者に魔力感知されないために、使用の都度設定した方が良いという判断によるものだ。
鍛練室の機能のおかげで、最後の確認を入れても、時間は飛ぶ前と十分程度しか変わっていない。
ガンビットの探査でも、家の周辺には問題は無かったようだ。
充実した時間で、今後の課題や鍛練方法も定められた。
程好い疲れに身を任せ、少女は瞑目して壁に背中をもたれさせ――。
ギィー……。
不意に、クローゼットが何故かそんな音で開いた。
それと同時に、凄まじい重圧感がルティシアを襲う。
それは仮想だったとはいえ、先の妖魔からは感じなかったものだ。
目を閉じたままの少女だが、開けて確認することを本能が拒否する。
「ルティちゃんが遠くにいた気がしたの」
姉の静かな声。
「変だよね? ルティちゃん、ここにいるのに」
ルティシアの両肩が捕まれ、クローゼットの外へ引きずり出されていく。
抵抗は……不可能。
そして、クローゼットは閉ざされた。
※ ※ ※
「明日からなのはも、ルティも小学生か」
家族揃っての夕食の席でも士郎がそう切り出して、そのまま明日の行事の話になる。
夕食前、士郎達はなのはの制服姿を何度も写真に撮っていた。
写真を撮るという行為には懐かしい思い出があるルティシアだが、それが自身に向けられた瞬間、少女は一目散に逃げ出した。
本国でもここでも、彼女は普段穿かないスカートという物には不慣れであり、その姿が気恥ずかしいからという理由で。
穿き慣れないスカートに加え、怪我をさせてはいけないという思いで家では常に力を抑えていることもあって、簡単になのはと美由希に捕まった彼女は結局撮られるのだが。
「二人共、たくさんお友達を作ってね」
「恭ちゃんみたいに、剣術一筋になっちゃダメよ?」
「俺も美由希には言われたくないんだが」
桃子に美由希、恭也も楽しそうに話している。
高町家の夕食の席は、いつもと変わらぬ暖かな笑顔で満たされていた。
「あはは、でもとても楽しみなの! ねえ、ルティちゃんは!?」
なのはも本心からくる満面の笑顔であり、それを隣で無表情にゆっくりと食事をしている妹に向ける。
他の四人もルティシアの反応を待っているらしく、五つの視線が注がれていた。
「……そうですね。私も、学校生活というものはたのしみ……かもしれません」
少女の胸に去来するのは一つではない様々な感情だが、その中には嫌なものは無かった。
写真撮影した時のような、普段は余り感情を見せないルティシアが出した楽しみという言葉に。
それに気が付いた四人から笑顔で「楽しんでおいで」といった言葉を贈られて、心のどこかが暖かくなったルティシアの顔には微笑みが浮かんでいた。
翌朝は快晴。
入学式には絶好の日だった。
「それじゃ、行ってきまーす!」
玄関では靴を履いたなのはが元気よく声をかけていた。
「……行ってらっしゃい」
それに手を振りながら見送っている少女が一人。
「って、どうして見送ってるの!? 昨日、楽しみって言ってたよね!?」
……といったやりとりの後、妹の腕を抱え込んで走る姉の姿があった。
私立聖祥大付属小学校。
どこを見ても真っ白い制服を着た子供達の声で賑わっていた。
自宅から徒歩の者、スクールバスを活用した者、自宅から車で来た者。
家が近所だったり幼稚園などで友達だったり、何となく近くの子と話をしてそのまま意気投合した者など、実に様々である。
もちろんその中には、なのはとルティシアの姿もあった。片方が片方の腕をがっちりと抱え込んだままではあるが。
二人はキョロキョロとしきりに首を動かして、何かを探しているようだ。
「にぎやかだねー」
「……にぎやかですね」
「クラスが書かれた紙ってどこだったっけ?」
「……姉さん、覚えたから大丈夫なのって」
「にゃはは……」
そう、二人が探しているのはクラス分けが張り出されている場所である。
明後日の方を向いて誤魔化し笑いをしているなのはをそのままにして、ルティシアは特定の人の流れを探し始めた。
「……おそらく固まっている集団があって、そこに向かう団体……あそこでしょうか」
ルティシアが見付けたのは一際賑やかな一画。そこに向かう団体もいることと、先生らしき大人が数人居るから多分そこだろうと見当をつける。
「あ、きっとそうなの!行こう、ルティちゃん!」
ルティシアの示した所を見て一つ頷いたなのはは、目的地を目指して真っ直ぐ向かい始めた。もちろん、掴んだ腕は放さない。
「どうか一緒でありますように……!」
張り出された表の前。
なのはが祈ってから自分達の名前を探し始める横で、既に見つけていたルティシアが一点を指差した。
同じクラスに並ぶ、『高町なのは』と『高町・S・ルティシア』の名前を。
「良かった!」
その笑顔と、心からの声に。
「……私も嬉しいです」
ルティシアもまた、微笑ってそう返した。
後から合流した高町夫妻が撮影した写真の中には、満面の笑顔を浮かべて手を振っていたらしいなのはと、その隣で腕を掴まれ恥ずかしそうにしているルティシアの姿があった。
next
公園の中での一つの出会い。
それとは別に、学校生活の方でも新たな出会いが待っていた。
ルティ「またいつか」
(出典)
牡羊座・獅子座・双子座の黄金聖衣:聖闘士星矢シリーズより