とある建物内部の通路を進む三人の姿があった。歩いているのは小柄な二人と長身の人物。三人共が揃いの制服を着ている。
「ようやくスタート地点ですか。結構時間がかかりましたね」
「かなり前から、あれこれ下準備に時間をかけていたのだから、当然じゃないかな?」
「それも、奴等に気取られぬように……だからな」
通路ですれ違った者達が、その容姿を見て足を止めては羨望の眼差しと共に振り返る。
「それはどうでしょう? 一応あのモノ達にとっても、本拠地や重要拠点ではあるのですから、私達の事にも気が付いているかもしれませんよ」
「こわ~い。襲われちゃったらどうしよう~」
「全くそんな風には聞こえぬぞ? まぁ、虎穴に入らずんば何とやらじゃな」
歩くのに合わせて、長短二種の琥珀色の髪と、長い金髪が揺れる。
「そう、まずは掌握して内側から選定しなくては。見定めて、逃げ場所も、逃げ道も全て無くして、一体も残さず狩り尽くしましょう」
「あはは、昔利用されたのが余程腹に据えかねていたんだね」
「当然です」
からかい混じりの言葉には即答を返し、やがて一枚の扉の前で足を止める。
「百年を越える歴史のいつから介入し、自分達の勢力を拡大してきたのか、正確な所はこれからの調査次第ですが」
琥珀色の瞳の少女は微笑を浮かべる。
「彼等のやり方で彼等自身の幕を下ろすために、短期間で効率良く成果を出して見せましょう。あの地の小細工も含めて、私の……私達の目的の為に」
それを聞いた赤い瞳の女性は、自らの左右の拳を打ち付ける。
「お主らが動けぬ分は、身体をもらった分、わらわ達が代わりに動くぞ? 何より仲魔達を利用した奴等に礼をせねばならない。盟約とやらで縛られぬために、完全な冥魔ではなく魔族のままでいるのだからな」
「あはは、二人とも頼りにしてるよ。少なくとも、この潜伏期間“あたし達”はちょっと動けないからね」
それと……と悪戯めいた表情を浮かべて、琥珀色からワインレッド色へと変わった瞳の目を細めながら、右隣に居る相棒の少女を見る。
「アーちゃん、きちんと約束を守ってくれないと……イヤだよ?」
覗きこむ様にして話しかけられるも、同様に至近距離から微笑みを絶やさぬまま見つめ返す。
その瞳の色が琥珀色から紫色へと変わっていく。
「勿論です、メル。あの時の事は忘れてはいませんよ? 私はいつまでも貴女と共に在り、そして貴女が縛られる事の無い絶対の力を……最高のクッキーと紅茶を用意しますね」
暫し二人で見つめあい……先に目を逸らしたのはメイオルティスの方だった。瞳の色は、また琥珀色に変わっている。
「うん! お願いね、アーちゃん。じゃ、早速“お仕事”始めよっか」
そう言って、ドアを開けて室内に入る二人から少し遅れて、アシェラも室内に入っていく。
「そう、忘れていません。ですが、私は私のやり方でやらせてもらいます」
誰にも聞こえぬ呟きを漏らしながら。
閉じられたドアの近くには、『特戦特殊査察部』と書かれていた。
※ ※ ※
海鳴市。
7月が近付いてきたことで、徐々に暑さを増し始めた月曜日。
聖祥小学校のあるクラスでも、夏が近付いてきたことにある者は喜び、ある者はげんなりとしていた。
「まだ6月なのに暑いわね」
「あはは、今年も暑くなりそうだよね」
登校してすぐの、ホームルーム前の時間帯。
四人娘も、一人が暑さでぐったりしていた。
「すずか……と、ルティシアは毎年のことだけど平気そうね」
ぐったりするまではいかないが、多少暑さは感じているアリサが、下敷きを団扇代わりに使いながら平気そうな二人を見る。
「うん、まだ平気かな。ルティシアちゃんも平気だよね?」
「暑さは平気ですが、そろそろ始まる授業の内容の方が嫌ですね」
すずかに話を振られたルティシアは、ノートに走らせていたペンを止めて立っている二人を見上げた。
「始まる授業……って何よ?」
「ほら、アリサちゃん。水泳だよ」
訝しげなアリサにすずかが教えると、得心したのかニヤリとした笑みをルティシアに向けた。
「そういえばそろそろね。しかも、今年はあんたのおかげで楽しい授業になりそうだわ!」
「だから余り知られたくなかったのですよね……。去年までは、先生に指示された時以外は上がっていることが出来たので良かったのですが」
憂鬱そうにため息をつく。
「まあ、長時間水に入っていられないってんなら、あたしだってそんなに強制はしないわよ?」
「そんなに……ですか」
「少しは付き合いなさい! それに、クラス対抗の水泳大会も、あんた今年は多分選ばれるわよ?」
それを聞いて、首を傾げるルティシア。
「去年までは、一学期のクラス対抗は球技だったのでは?」
「三年生からは水泳と球技になるんだって」
「で、あんたはその水泳の候補」
「いえ、待って下さい。既に候補云々は別にして、それでしたら私は球技でもいいのでは?」
答えたすずかとアリサの内容に、更に疑問を覚えたルティシアが再度問いかけを行う。
「それなら心配しなくても大丈夫よ」
アリサから、嫌な気配を感じたが口には出さずに先を促す。
「このクラスは、他よりも二人少ないから、掛け持ちする必要があるのよ。それで……」
「私とルティシアちゃんがその候補らしいよ?」
「いつの間にそういう話が……」
「私は先生と級長が話しているのを聞いただけかな?」
「級長……ですか……」
二人の視線は、すぐ近くで胸を張っている学級委員長の親友へ。
「アリサ、話を聞かせて下さいますか?」
「私は先生に聞かれたことを答えただけよ? 『クラスの中でスポーツが得意で掛け持ち出来そうな子は誰かいる?』って」
「男子はどうしたのですか?」
クラスの中を走り回っている者達に視線を向けたルティシアに、アリサとすずかが顔を見合わせる。
「あのね、ルティシアちゃん……?」
「女子の人数が足りないのに、男子を出してどうする!」
「そういえば、そういう問題もありましたね」
「ありましたね、じゃないわよ! まあ、そういうわけだから二人には頑張ってもらうんだけど……」
アリサが言葉を途切れさせて、会話に加わらない一人に視線を向けると、他の二人もそちらに向く。
会話に加わらないだけで、ずっと一人言を呟いてはいたが……
「大丈夫ですか? 姉さん?」
陽が射し込む窓際の席に座り、顔をこちらに向けた状態で机に伏せているなのは。
「あ、あはは……暑い……この席暑いよ……ルティちゃん席替わって……」
目に力は無く、声もいつものなのはからは程遠い虚ろなものだった。
「な、なのはちゃん、しっかり……!」
「替わっても良ければ替わりますが、先生がokを出さないと……」
ルティシアが困ったように言うと、アリサがそういえばと口を開く。
「噂ではその席が一番暑くて、一番寒いらしいわ。なんでもその窓ガラス一枚だけが特製の作りで、夏の太陽の光が丁度その席に集中するんだけど、冬は太陽の通る位置が微妙に違うから、風をよく通す機能が仇になって冷たい風が流れるとか何とか」
なのはの横の窓を指差しながら話すアリサ。言われて見ると、別な窓に見えてくるから不思議である。
「ふぇ~……席替え~…」
なのはの声をかき消すように予鈴が鳴り響いた。
全員が席に着いた頃に、クラス担任の女性教諭が入ってくる。教卓につくと、クラスを見渡し出欠を確認していく。
「はい、みんな居ますね。今日はみんなにお知らせがあります。今日から海外からの留学生が二人、このクラスに入ることになりました。みんな、仲良くしてあげて下さいね」
一斉にどよめくクラス内。
「転入生だって、ルティちゃん。席替えもしないかな……」
「姉さん、しっかりして下さい。でも二人ですか。女子でしたら、水泳の方には出なくても済むかもしれないのですが」
お喋りを止めるように先生が数回手を叩くと、扉の外に待たせていた生徒に入るように声をかける。
「し、失礼します」
「しま~す!」
入ってきた生徒の容姿は、身長と髪を結っているリボンの色以外は良く似ていた。
「え? え? え?」
入ってきた二人を見て、なのはが驚きで目を見開いていた。
「えっと……フェイト・テスタロッサです。よろしくお願いします」
「フェイトの姉の! アリシア・テスタロッサです! みんなよろしくお願いしま~す!」
緊張でカチカチになっているフェイトとは逆に、アリシアはハキハキと元気に挨拶をしている。しっかりと、姉の部分を強調しながら。
「テスタロッサさん姉妹は、高町さん姉妹と仲良しらしいから、二人はしっかりとフォローしてあげて下さいね?」
「え? あ? はい?」
「分かりました」
まだ落ち着いていない姉に代わって、ルティシアが返事をする。
クラス内の視線が両姉妹に注がれる中で、某クラス委員長の目がキラリと輝き、高町姉妹の方を「話を聞かせてもらう!」とばかりに見つめていた。
「席は……丁度後ろの席で、二人分空いているから高町さん姉妹の後ろの席でいいかしら」
なのはの横がルティシアの席で、人数の都合により姉妹の後ろの席は空白のため他の列より短かった。
「授業内容の確認もあるから、ルティシアさんはなのはさんの後ろの席に移動で、フェイトさんはなのはさんの隣、アリシアさんはルティシアさんの隣の席にしましょう」
「え、と……」
「では、移動します」
「はい」
「はーい!」
なのはが混乱している間に、机の運び込みや移動は完了する。
「よろしくね、なのは、ルティ」
「よろしく~!」
「こちらこそ。でも、これで更に賑やかになりますね……」
「どうして二人がここに……それよりルティちゃんはどうして普通でいられるの……ううん、後にして授業?」
混乱したなのはが落ち着いたのは、昼休みの直前だった。
「ああ、恥ずかしい……」
屋上で六人揃っての昼食。午前中の行動を思い出して、なのはは一人赤面していた。
「みんなと違う教科書を取り出すから、わたしも焦った」
「ご、ごめんフェイトちゃん」
フェイトから、念話で説明されていたため、そちらの方に完全に気を取られていた。フェイトから指摘がなければ、授業で当てられた時に困ったことになっていただろう。
司法取引やリンディやクロノの働きかけのおかげで、減刑されたプレシアは監理局で監視をされつつも数年間働くことになった。
その間、嘱託魔導師の試験に合格したフェイトは、プレシアやリンディの勧めもありアリシアと共に学校に通うことに。
最初は、母の元を離れることに二人は難色を示したが、子供の内にしか出来ないことや思い出をしっかり作ってきなさいと言われ、アルフと共に海鳴市にやってきたのだった。
家……なのはの家の近くのマンションや、小学校の手続きなどが終えられていたため、この事自体はプレシアやリンディの中では想定されていたらしい。
その証拠に、何故かテスタロッサ家の隣の部屋にはハラオウンの名前があった。
クロノに尋ねても、僕も知らないと言われたため、リンディとプレシアが決めたようだが。
嘱託魔導師となったフェイトは、時折リンディやクロノからエイミィを通して仕事を受け取りこなしていくことになる。
説明している時に、その時は私も手伝うよ! となのはに言われ、自分がやらないといけないことと思いつつも嬉しく思ってしまう。
「お母さんの仕事の関係でこっちに来て、長引きそうだから転入。その時に二人と出会って……。なのはもルティシアも黙ってるんだから」
「あ、あはは、ごめんねアリサちゃん。また帰るかもしれないから言いにくくて……」
むくれてるアリサになのはが謝る。
「海外に行ったのなら、ビデオメールという手もあるでしょうが」
「それは思い付かないよ~……」
「確かに思いつきませんでしたね……」
クラスメートからもあれこれ聞かれて、なのはだけではなくルティシアも多少疲れていた。
「休み時間の度に、みんな寄ってきたしね~。アリサさんが指揮ってくれなかったら、もっと大変だったかも」
「うん、そうだね。ありがとうアリサ」
アリシアが騒動を思い出しながら話すと、首肯したフェイトがアリサに礼を述べる。
「あれ位、気にしなくていいわ」
礼を言われ、赤くなった顔を隠すようにそっぽを向く。
「私の方の整理もしてほしかったですね」
恨めしそうにアリサを見たあとため息をつく。
「なのはちゃんの分も、ルティシアちゃんに来たしね」
「あんたは良いのよ。協調性とか会話力を身に付ける良い機会よ!」
「最低限あれば良いと思うのですが……」
フェイトと話すなのは。
アリサ・すずかと話すルティシア。
その両方の会話に加わりながら、アリシアは楽しみにしていた。この穏やかな日常を、早く家族揃って過ごせる日が来ることを。
※ ※ ※
真夜中。
ベッドで休む三人の姿。
規則正しい寝息と共に、掛け布団が上下している。
赤い目がゆっくりと開く。
「下準備は整った。後は時期が来るのを待つばかり」
愉悦を示すかの様に目は細められ、やがて閉じられる。
「最高の絶望をもって、我が神の復活を」
各陣営の下準備が終わった所で、加速度的に物語が進んでいきます。