なのはとアルフが、魔族の二人組みと出会う少し前。
念願の家族旅行を楽しんでいた彼女達の元にも稀人が訪れていた。
それは午後の食事を終え、宿泊していた宿の周りを六人で散策していた時だった。
暖かいから暑いに変わりつつある初夏の午後、同様に散策する人々の姿も多い林道。
はやてが乗った車イスをシャマルが押し、はやての左右をヴィータとメーアが歩く。一行を先導するかの様に先頭には蒼き狼ザフィーラ、最後尾にはシグナムが居る。
「う~ん、食後の散歩はやっぱりええな~」
車イスの上で、はやてが気持ち良さそうに大きく伸びをしていた。
「……食べてすぐに動くと腹痛になる」
「メーアは軟弱なんだよ。腹ごなしの散歩に良いだろ、これくらい」
「ダメよ、ヴィータちゃん? メーアちゃんはあなたと違って華奢なのだから。メーアちゃん、無理しないで、辛かったらザフィーラかシグナムに言ってね?」
はやてを挟んで、相変わらずのやりとりしている二人に、やんわりとシャマルが声をかける。
「ああ、辛かったら遠慮なく言うんだメーア」
それを聞いてシグナムと、ザフィーラも歩く足は止めないまでもメーアの方を向いて頷いて見せる。
「……ありがとう。頭脳労働専門だけどまだ大丈夫」
ある方をジッと見つめながらメーアが言うと、見られた方は頬をひくつかせながらメーアを見つめ返す。
「なあメーア。それはあたしが、頭脳労働はからっきしとでも言いたいのか?」
「……別に」
否定はするものの、尚も視線は向けられたまま。その意味することを察し、握り締めた拳を震わせる。
「目が口以上に喋ってんだよ!」
我慢ならないとばかりにヴィータが追いかけるが、メーアの方も身軽な動きで逃げ始める。
「……目は喋らない。喋るなら、それはもう人じゃない」
「屁理屈ばかりこねるな! だいたい、腹痛はどうした!?」
「……あれは一般論。それに、私は自分が痛いとは言っていない」
「お前、やっぱり一発殴らせろ! 心配するだけ損じゃねーか、こんなやつ!」
距離を詰められた所でメーアは走るのを止めて、再びヴィータの顔をじっと見た。
「……心配してくれたの?」
「う……」
至近距離から真正面に見つめられ、ヴィータも足を止める。その顔は少し赤い。
「……う?」
「うるせ--! はやてならともかく、お前なんか心配しねー!! 」
大声を出す顔の赤さは恥ずかしさか怒りの為か。乱暴な言葉の内容に、しかし周りのメンバーからは微笑ましいものを見るかの様な視線が注がれていた。
「ほんまに二人は仲がええんやな~」
「はやて、それは違う!」
のんびりと呟いたはやてに、すぐさまヴィータが否定する。
捕まえようと何度も掴みかかってはいるものの、その度にメーアはヒョイヒョイと身軽に避け続けていた。
その賑やかなやりとりは、いつも見るものに笑顔を与えるやりとり。
そう、『いつも』ならば。
最初に気が付いたのはザフィーラとシグナムだった。
「妙だ……」
普段、他人の目がある所では話さないことを徹底しているザフィーラが口を開いた。
「ああ。普段はもっと人通りがある筈だが、気配が……いや、人以外のものの気配もない」
二人のやりとりを聞いていたシャマルも、不安そうに辺りを見渡す。
飼い主と散歩中の犬も、気持ち良く昼寝している猫も、大空を舞う鳥達の姿さえ見当たらない。
そして……
「へへ、メーア捕まえた! どうしたんだ、今日は? 簡単に捕まったな……って、おいメーア?」
急に動きを止めたメーアを捕まえたヴィータが、怪訝そうに顔をしかめて……目を見開いて詰め寄る。
「メーア!? どうした、しっかりしろ!」
「ヴィータ!? メーアがどうした!?」
ただならぬ様子に、他の三人も集まってくる。
動きを止めたメーアは、微笑にも見える表情を浮かべたまま完全に静止していた。呼吸さえも……
「これはいったい……」
立ち位置の関係もあったが、ザフィーラの視線がなんとはなしに動き……
「主!!」
シグナムが上げようとした声を打ち消しながら、ザフィーラの声が響き渡った。
「主!?」
「はやて!」
「はやてちゃん!」
四人が見つめた先では、はやてもまた動きを止めていた。幸せそうな表情を浮かべたまま。
「おい、これはいったいどういうことだよ!?」
叫びながらヴィータが闇の書の守護騎士、共にはやてを守るヴォルケンリッターの仲間達を見るも、四人の参謀役であるシャマルすら首を横に振っていた。
「分からないわ。あえて当てはめるなら、急に時間が止まったとしか……」
「その通りだ」
一行の上からくぐもった女の声が聞こえた。
人型になったザフィーラも含め、一斉にデバイスを構える四人を見ながら、見るからに怪しい人物はゆっくり降下してきた。その背後に、蒼い月が浮かんでいる。
頭衣……目元以外を覆ったローブを纏い、その目元も隠され、中を伺い知ることは出来ない。
左目に当たる部分に赤い光点が灯っている事が、その怪しさに拍車をかけていた。
「この様な手段をとってしまってすまない。もちろん、貴公等の主は無事だ。今は一時的に空間を切り離しているに過ぎないのでな」
「何者だ?」
「はやてやメーアにこんなことしやがって、ただで済むと思っちゃいねぇよな?」
完全に地に足を着けた女に、シグナムとヴィータは敵意を隠そうともしない。二人程では無いが、シャマルとザフィーラもすぐに行動に移せる様に身構えてる。
女は右手を大きく水平に伸ばした後、前に折り畳み大仰にも見える動作で一礼して見せる。
見るものが見れば、臣下が王に礼を尽くす様にも見えたであろう。
「非礼は勿論詫びよう。だが生憎、私にも貴公等にも時間が無い。よってこの様な手段をとらざるを得なかった。この姿も怪しいのは承知の上だが、とても見せられたものではなくてな」
「我々に時間が無い……だと?」
「正確には、貴公等ではなく……大事な、守るべき主たるその少女だ」
「何だと!?」
女の言葉に、四人は一斉に色めき立つ。
「貴公等の目でしっかり『視て』みるのだ。そうすれば、闇の書が主を……魔力の源たるリンカーコアを蝕んでいることが分かるだろう」
「そんな……!?」
「事実だ。主たる少女の麻痺は、蒐集が行われない期間が長かったがために、主のリンカーコアを浸食している事が原因だ。確認すれば、少しずつ麻痺が上に浸食してきていることも分かるだろう」
「あたし達が原因だって言いたいのか?」
ショックの余り声を漏らしたシャマルには具体例を示し、やや声の勢いが衰えたヴィータには女は首を横に振って否定した。
「そもそもは闇の書が改変された事が原因だ」
「改変だと!?」
「そうだ、騎士シグナムよ。元は、夜天の書と呼ばれていたらしいのだが……すまないが、私には詳しい事は分からない」
驚きの声を上げたシグナムには頷くも、申し訳なさそうに女はやや俯き加減になる。
「それにしては詳しそうだけど……」
「リーダーから聞いただけだからな。貴公等と同じで、私も調べものは苦手なのだ」
「……てめぇ、一瞬シャマル以外を見なかったか?」
「錯覚だ……話を戻すぞ? 放っておけば、主たる少女は死ぬことになる。蒐集はしないと主に誓った貴公等ではあるが、主君の命がかかっている状況では、誓いを破り、蒐集を行う事もやむなし……そうだろう? 例え、恨まれても……主君の為に汚名を被ることも、騎士には時に必要な事もある」
「それは……本当に主の命が危ないのであれば……」
「無論、確認の時間は必要だろう。しかし、先程も言ったが余り猶予は無いのだ。遅くなれば、そこからの快復にも時間はかかる上に、手遅れになる可能性も高い」
女は、その赤く光る片目で四人を見渡した。
「主を蝕んでいること自体はこの後確認すれば分かるだろうから、それをもって私の話を事実と判断してもらいたい。急すぎるのは分かっているが、過去の記憶を失っている貴公等では確認作業をするのにも時間がかかりすぎる」
「何!?」
「あたし達が記憶を……?」
「事実だ、騎士ザフィーラ。騎士ヴィータよ、先代でもそれ以前でも良いが、過去の主君の事を曖昧ではなく“正確に”覚えているか?」
ヴィータも、他の三人も女に言われ正確に思い出そうとはするが、曖昧な記憶は有るものの正確とは言えないものばかりであった。
蒐集をしてきた、させられてきた、道具の様に扱われてきた自分達……その様な記憶は確かにあるが、主の顔や、何よりも『蒐集した結果』の記憶が無かった。
その事実気付き、四人は愕然とする。
「……がっ……ぐっ」
呆然としていた一行の耳に聞こえて来たのは、女の突然の咳き込み。
普通では無いそれは、やがて纏っていた朱色のローブを赤い血で汚した。
「お、おい……」
「騎士ヴィータ、心配は無用。しかし、魔法に馴れた身では無い上に、異界の魔術を使うのはかなり堪えるな……」
右手のローブで軽く口元を拭うと、女はゆっくりと浮かび始める。
「待って、あなたの目的は何? どうして、私達にこんな話をしたの!?」
「話していなかったな。簡単なことだ、騎士シャマルよ。貴公等の主を助けることで、我が主を救うことになる」
「えっ……」
「私も貴公等と同じ騎士で、主を救う事が出来なかったというだけだ」
月を背負う様な位置まで上がったところで女は止まった。
「今度こそ主を救って見せる。その為に、何を犠牲にしようと……な」
女の決意を示すかの様に、赤い光点はより強く輝きを増す。
強すぎる位に……。
「夜に答えを聞きにそちらを訪ねる。共に主を救うか、片方の主だけを救うかを……な」
「答えを急かす上に、一方的だな? 我々はお前の名前すら知らないのだぞ」
「性急なのは承知している、騎士シグナム。だが、出来れば共に手を取り合いたいものだ」
蒼い月が徐々にその輪郭を失い始めると同時に、女の姿を闇が覆い始める。
「待て!」
咄嗟にシグナムとヴィータが追いかけるも、それより早く女は闇に包まれて消えてしまった。
「くっ……」
「言いたいことだけ、好き勝手言いやがって!」
もっと詳しい情報を聞き出す前に逃がしてしまったことにほぞを噛むシグナムと、空中で器用に地団駄を踏むヴィータに、下から慌てた様子のシャマルから注意が飛ぶ。
「二人とも、急いで下に! 結界が消えるわ!」
二人が顔を上げると、蒼い月は今にも消えそうな程薄くなっていた。
「急ぐぞ、ヴィータ!」
「分かってる!」
ザフィーラが狼形態に戻り空中の二人が着地するのと、月が消えるのはほぼ同時であった。
結界……月匣が解除されると、普段の人の行き交いの多さを示すかの様に、すぐに人の往来が始まる。
「ん? みんなどうかしたん?」
「……ヴィータ、知恵熱でも出た?」
二人からすれば、急に雰囲気が変わった四人に戸惑いを覚えていた。
「い、いえ……何でもありません、主。なあ、シャマル?」
「ええ、何でもないから安心してはやてちゃん。メーアちゃんも」
はやてを安心させるかの様に二人が言い、ヴィータは憮然とした表情で頷きかけて……一瞬停止する。
そのまま、ゆっくりとメーアの方に向く。
「誰が知恵熱だ! メーア、お前やっぱりあたしの事を馬鹿にしているだろう!?」
「……知恵熱の意味、知ってた」
「やっぱり一発……いや、数発殴らせろ!」
「……ヴィータに勝る部分が無くなる」
再び先頭を歩き始めたザフィーラの周りを回るかのように追いかけっこを始めた二人に、はやてが他の人には迷惑を掛けないように注意する傍ら、シグナムから『仲間達』だけに思念通話が飛ぶ。
「『旅館に戻り次第、闇の書と主の状態を確認する。先程の話が事実ならば……』」
シグナムが決意を口にした。