「ひゃっはっは、威勢は良いがここは俺様の月匣の中。奇跡でも起きねぇと出られやし……」
魔族の一人との対話中、不意打ちでなのは達の魔力を奪ったマゴス。そのマゴスが良い気になって喋っていたのを見計らったかの様に、近くの魔族達を巻き込みながら――彼方から飛んできた赤い閃光が、彼等を呑み込んでいった。
「これは、超長距離射撃ですか……?」
なのはを片手で支えたルティシアが、飛んで方角を眼を細めて見つめる中で、魔族達が居た場所では爆発が起きると同時に、大きな爆音が響き渡る。
「アリシアだ。だが、彼女の支援は期待するな!」
簡単に説明したのはマゴスの魔法に、持ち前の強い意思で抵抗したクロノ。抵抗出来ずに吸収され消耗したアルフを支えていた彼は、吸収されてもまだ余力を残していたユーノに彼女を託すと攻撃に転じた。
《blaze cannon》
クロノの構える杖型デバイス――S2Uから放たれた砲撃魔法が青い閃光となって、爆発が未だ収まっていないそこに襲いかかる。
ルティシアもまた、紅と黄金の混じった闘気に包まれながら高々と――何も持っていない右手を上げていた。
握っていた折れた愛刀は、気絶したなのはを両手で抱き抱える際に、鞘の時の様に投げ捨てる事なく虚空の保管庫に片付けていた。
そして、アリシアに先を越される形になったが彼女も攻撃を仕掛けるつもりで、両手で抱き抱えていたなのはを片手で支える様にしていた。勿論、なのはが持ったままのレイジングハートを落とさない様にしながら。
上げた右手の先に生み出されたのは火球。ただし、今回はそこから無数の龍が飛び出す事は無い。
〈ディヴァイン・コロナ〉や百龍炎覇と比べると威力は落ちるが、前者には弾速で劣る分操作性に優れ魔晶石の負担も無く、後者の様な長い溜めの時間も必要が無かった。
ここに来た時と同じ、いつもの濃紺では無い真紅の瞳に、しかしそこに宿る光は先程までとは違うもの。護りたいという確かな意思。
「バーニングコロナ」
放たれた大火球も狙い違わず、クロノのブレイズキャノンから僅かに遅れて魔族達の元へ。
命中すると、更なる爆発と共に天に向かって赤々とした火柱が立ち上った。
ルティシアとクロノは視線を交わすと小さく頷きあう。
――右手を上に。
――杖を振りかぶり。
「バーニングコロナ」
「スティンガースナイプ!」
闘気が込められた燃え上がる大火球が、青い光の鞭が杖の先端から放たれた。
爆発と火柱の上がるそこへと、真っ直ぐに――。
「――こちらが悪いのだ。受けてやりたいところ……だが!!」
火柱も爆煙も、向かってくる大火球も光の鞭も――幾つもの剣閃が切り裂いていく。
左手に持った剣を振り切った構えで現れた『女』の、纏っていた朱色のフード付きローブは身を守った関係か、その左半分がボロボロになっていた。
破れた部分から見えるのは――黒い甲冑。
「まだだ、スナイプショット!」
「ファイアーバード」
クロノは素早く斬られた光の鞭を引き戻し、失った魔力を再チャージ――初撃以上の速さの鞭を放った。
ルティシアも、次は数で勝負とばかりに炎の鳥を大量に放つ。
「こぼれた水は戻らない……か。ゲイルラッシュ!」
「そろそろあなたも……〈アクア〉!」
「腹を括れよ! 〈ダーク〉!」
振るった剣から周囲へと衝撃波が放たれ炎の鳥を薙ぎ払うと、返す刃で鞭を遡る様に斬り裂いていく。
衝撃波を免れた炎の鳥は、アーギルシャイアとマゴスの水と闇の弾丸が相殺してしまった。
「ここは私が引き受ける。お前達は奪ったそれを持って、先に帰還しろ」
黒い小手に覆われた手で剣を構え直す『女』に、マゴスはそのスライム状の身体で器用に鼻で笑う。
「その間に話し合いってか? 人間なんかと話が出来るか。大体、この月匣は俺のだぜ? あんたが引き継いだ所で、維持出来ねぇだろ?……アーギルシャイア」
『女』にそう言うと、マゴスはアーギルシャイアに呼び掛けた。マゴスの手には、自分の身体の中から取り出した黒い宝珠がある。
「これを持ってお前は先に戻っとけ。せっかく奪った魔力を取り戻されないか、騎士様は気になるようだからな」
「あたしだってまだまだ遊びたいけど、仕方ないわね」
クスクスと笑いながら『女』の方に視線をやると、アーギルシャイアは宝珠を受け取り――。
「逃がすか!」
数本の魔力の鎖が、逃がすまいと魔族達を縛り上げる――が。
「聞け、死者の声を。生者を呪いし声を……〈デス〉」
「……ぐ!?」
マゴスが唱える闇の呪詛が、クロノの耳に……頭の中に直接響いてくる。
「集中しないと、そのまま命を持っていかれるぞ!」
「その注意は、死なせるとあの坊やから魔力が吸えなくなるからかしら? それとも他意かしらね」
クロノに声を飛ばす〈女〉を見ながら小さく呟くと、アーギルシャイアが闇に包まれながら消えていく。
抵抗に集中するためにクロノがバインドを解除すると、マゴスは死の魔法を維持しながら自由になった手をクロノに向けて――。
「フェニックスレーザー」
「ぐお……!?」
ルティシアの指先から放たれたのは、圧縮された炎。火竜の炎に聖なる力を付与したそれは、数状の熱線となってマゴスに回避する隙も与えず、そのスライム状の身体を次々と貫通し、灼けつく様な痛みを与える。
マゴスの唱えていた魔法が中断したことで、クロノは呪詛から解放され大きく息をついていた。
「きりが無ぇな」
その身を灼いていた痛みを堪えると、うんざりした様に呟くマゴス。
「追い詰めた手負いの獣は手強い。常識だ」
剣を正眼に構えながら、『女』がそれに答える。
「やはりこの月匣をどうにかして、あちらを弱体させるしか……」
「出来るのか? 攻撃を選んだのは、君には出来ないという判断からだと思ったが」
空の蒼い月を見ながらこぼすルティシアに、まだ聞こえる気がする呪詛を払うかの様に、頭を左右に振りながらクロノ。
それに、ルティシアはそうですと小さく答える。
「月匣を張り直す魔力量は、どうやっても私では魔族達に敵いません。あちらが消耗し、私を下回れば可能ですが、あのクラスでは半分使っても私を軽く凌駕しているでしょうね」
「それなら……」
「ですが」
クロノが何かを言うより早く、ルティシアが言葉を紡ぐ。空の月から、姉に視線を移して。
「ですが、別のモノを魔力に変換すれば……今なら上回れるかもしれません」
「ルティシア、まさか……」
何かを察したユーノが心配そうに声をかける。
「姉さんに止められていますが、このままでは押し切られます。それなら勝負に出ましょう」
今から行う事で、自分の意識が完全に途切れる可能性も考えて、フェイトを守るガンビットを地上に向かわせる。
「拓いた道を……ここで閉ざしはしません」
「これが終わっても、あんたには苦難が待っていそうだけどね……。ルティシア、余り無茶な事ばかり考えるんじゃないよ」
人から狼へと姿を変えたアルフは、体力と魔力両方を消耗しているせいかかなり苦しそうだった。
「自分を犠牲に……は、禁止されていますし出来るだけしない様にはしますが、これが今一番勝率が高いと思います。アルフ、大丈夫ですか?」
「いや、飛ぶのもきついからあたしも下に降りとくよ。でも、いいかい? 本当に何かあったらどこまでも追いかけて、ガブッといくからね!」
言われたルティシアは、「分かりました」と頷きながら答えて、なのはをアルフの背にそっと横たえた。
ルティシアの顔をジッと見つめていたアルフだが、フイッと顔を背けると地上に居るフェイトの方へと駆け出していった。
「僕はここにいるぞ。咄嗟の対応位はする」
「ボクも。魔力はまだあるし……何よりも、さっきは託されたのに守れなかったしね」
「そんな事はありません、ユーノ。疲弊していた姉さんやアルフ、その姉さん達を守る事を、自分の事よりも優先して気を配ってくれていたのですから。普段のみんなであれば抵抗出来ていたでしょうが、今回は私達にとって間が悪すぎただけです。今まで私達を守ってくれていたのは、間違いなくユーノですよ」
クロノが抵抗した際にマゴスが述べた通りならば、ここに居るメンバーが普段の調子であれば、あの魔法は通じなかったであろう。
ばらまかれた危険な代物を絶対に回収すると己に課し、触れた未知の力に臆すること無く身近なみんなを守りたいと願い、母親を助け暖かな家族の暮らしを取り戻す為に、そんな主の少女を支える続けると誓った。
この若さで執務官になるのも、並々ならぬ努力と想いがあればこそだろう。
皆、その強い意思でここまで歩んできたのだ。
今回は、そんな少女達にとってたまたま不運が重なってしまっただけ。
『たら』『れば』を語っても意味はないだろうが、ここで万が一にも大事な人達を失いたくない。
ルティシアから紅と黄金が混じった闘気が吹き上がった。
「さて、何度も抵抗されるのも面倒なんでなぁ……。派手なの一発、抵抗する気を無くさせて貰うぜぇ。喋ってた間にチャージも完了したしな」
「すまない……。この状況ではこうせざるを得ない。魔力、貰い受ける!」
マゴスはネバつく声で高らかに呪文を唱える。異界では禁呪と呼ばれた、闇の魔法を――。
『女』は左手に持った剣を振りかぶる。右手を左手に添え、腰を低く落とし、左足を前に力強く踏み出し――。
セイント
「女神の戦士、聖闘士。彼等は自らの力を最大限に高め、燃やす事で様々な奇跡を起こしてきた希望の戦士達」
その闘気はさらに大きく、力強さを増していく。広がる“光”は辺りを塗り替えるかの様に。
「奇跡は、しかし何もせずして起きるものではなく、望み、最大限の努力をして初めて起きるもの。私は生粋の聖闘士ではありません。ですが……!」
ルティシアの首もとから、彼女が放つものとは別の、十二個の暖かな黄金の輝きが放たれる。
「闘気を魔力に……!」
高めた気を、魔力へと変換していく。魔族のそれを一瞬でも上回る為に……。
「受けよ、我が渾身の一撃! ギガバースト!」
二十メートル以上の距離を一気に詰めて、『女』が斬りかかってくる。
「せめて、我が一撃で眠れ! マゴスのを受けるよりは良い筈だ!」
「させない!」
「僕達は、お前達には絶対に屈しない!」
『女』の重い一撃を、ユーノとクロノが張った魔力障壁が受け止める。
激しく魔力光が飛び散り――しかし刃は少しずつ前に進んでいく。
「私を……信じてくれ! 魔力を多少貰うだけで……命は取らぬ!」
「具体的な話もせず……信用することは出来ない!」
互いに力を振り絞りながら、クロノと『女』は至近距離での言葉の応酬。
そんな中、ユーノからは『女』のフードで隠れた顔が垣間見えた。赤い光点の目がある左半分を覆う黒い兜。そして、右半分は――甲冑姿ではなく目を閉じた赤い髪の女性の姿が。
その事を口にする前に、背後の少女の声が聞こえてきた。
「――ですが、この先に進むために……私がみんなと見る未来のために、ここで終わるわけにはいかないのです!」
しかし、蒼い月は変わらず空にあった。闘気分を加えてもなお、魔族達と魔晶石では圧倒的な差があった。
――それなら、足せるモノは全て足せば良い。
ルティシアの胸の前に石が現れる。燃え上がる炎の様な、赤い宝石が。
その宝石に、ルティシアは挟み込む様に両手を当てる。
それは人の姿になる際に、竜の姿を封じた石。
トファルラドラム
「解・雷焔竜」
石から光が溢れ、ルティシアの身体を竜へと戻すべく力が働く――。
「魔力に……変換」
――が、その力さえも利用して、ルティシアは無理矢理魔力へと変換していく。
その無茶なやり方の負担はかなり大きく、、食いしばった口の端からは血が流れている。
そして――。
「――堕ちろ闇の世界に。呑まれろ、深淵なる暗黒にその身を委ねよ!〈デモ……!〉」
マゴスがその手に生み出した闇を解き放つ――。
「……っ!?」
視界の端によぎったのは赤い煌めき。
「ち、〈デモリッシュ〉!」
咄嗟に向きを変えて魔法を解き放つ。彼方から飛来してきた赤い閃光と、濃密な闇がぶつかり合う。
「アリシアも……無茶をする!」
念話で事前にアリシアから話を聞いていたクロノからは、あの子もかと諦めにも近い感情が。
魔力量がそう多くないアリシアは、初撃にその七割近くを使ってしまうのだ。
「フェイトも無茶をしていたし……そうなるのも時間の問題だったかもね!」
「お前達人間は、いつも何かの為にそれ以上の力を発揮する! いつの世でもな」
ユーノが言うと、魔力障壁を挟んで『女』も感慨深そうな感じで答える。しかし、刃は既に障壁の半ば以上に食い込み――。
「月匣……重ね月!」
ルティシアの声と共に、辺りが真紅に染まる。空から照らす、紅い月によって。
「――おお!?」
「……んな!?」
『女』からは賞賛が、マゴスからは驚愕の声が漏れた。
蒼い月で強化された力が消えると同時に闇の勢いが衰え、斬り進んでいた剣の動きが止まった。
「こなくそ……! 一瞬、切り替える位だろう! 持続力で、俺様の勝ち――!?」
マゴスの闇がはっきりと押され始めた。知る由も無いことだろう。気を取り直したフェイトが、アリシアの横でなのは達との交流で身に付けたディバイドエナジー……魔力供給を行っていたことなど。
赤い閃光に金色の魔力光が螺旋の様に絡み合い、打ち払いながら闇の中を突き進む。
「マゴス!」
仲間の居た場所で再び起きた小さな爆発に、『女』はクロノ達の障壁を蹴って大きく距離を取った。クロノがそちらに杖を向けるが、『女』は巧みに位置をずらしながら狙いをつけさせない。
先程よりも小さな爆発の関係で、すぐにマゴスの水色のスライム状の姿が現れた。
「お、驚かせやがって」
その特有の身体で、欠けた部分を補いながら――マゴスの動きが止まる。自分を取り囲んだ魔法陣に気が付いて。
「この魔力、消える前に全てあなたに……!」
とるに足らないと評していた竜の娘。既に紅い月は消えかけているが、まだ終わっていないとばかりに、紅から青に変わりつつある瞳で見ていた。
先に倒すとばかりに構えた闇の弾丸は、下から飛んできた桜色の光弾にあらぬ方へと弾かれた。
「顕現せよ、万物を消滅させし無の世界! 〈バニシングワールド〉」
魔法陣に捕らわれたマゴスは、黒い“何か”に蹂躙され、飲み込まれていく。その身が徐々に分解、消滅へと導かれていく。
参考にした魔法を、ルティシア自身が扱いやすく改良したこれは、切り札の一つとして覚えたものだった。
姉に扱いを注意するように言われていた事もあるが、何よりも“今の”ルティシアには使えない魔法だった。こちらに来る際に弱まった肉体では、その反動の負担が大きすぎるためだ。
マゴスが完全に消滅するのを見て魔法陣を解除したルティシアは、そのままバランスを崩すと真下へと落ちていく。
「ルティシア!」
ユーノがそれを見て飛び出すも、それより早く下から回り込む影が見えたため、魔法でルティシアの落下速度を緩やかにする。
そして、アルフの背に乗ったなのはが優しく受け止めた。
「いつも無茶ばかりして……」
最後に放ったディバインシューターで、バリアジャケットを維持する魔力も尽きたため、既になのはは普段着姿に戻っていた。なのはは、気を失ったいつもボロボロになる妹の髪を撫でながら、自身も意識を手放していった。
「あんたもだよ、なのは。いや、ここに居る全員かね?」
なのはの気持ちを汲んで、残り少ない魔力で空を駆けたアルフが優しい声音で呟いた。
その体を、空色の大きな手が下からそっと支えた。へたりこんだ金髪の姉妹を乗せた、天使の手が。
地上に下りていく天使の背を見やって、クロノは深いため息をついた。
「全員似た者か」
「ボクはそんな無茶はした覚えないけど?」
「ロストロギア、ジュエルシードの単独封印を狙うのは無茶では無いと? 消耗して倒れていたと聞いたが?」
「うぐ……」
自覚の無いユーノにそう言うと、クロノは離れた位置にいる『女』を見る。
声は届くが、こちらの攻撃にはすぐ対応出来る絶妙な位置。
「まだ続けるか?」
「いや、退かせてもらう」
・・
空に浮かんだ赤い月を見ながら、『女』は身をひるがえした。
「この勝負預ける。すまなかった」
闇に包まれながら、『女』は転移していく。
それを見送って、ユーノとクロノはようやく肩の力を抜いた。
「後は、下の力尽きてるメンバーを医務室に運ばないとな」
「エイミィさんに連絡して、転送してもらわないと」
頭が痛いとばかりにやれやれとクロノが言うと、ユーノは携帯電話に似た通信用のデバイスを取り出した。
二人に、聞き覚えのある女性の声がかけられたのは、その直後の事だった。
(出典)
魔族側の魔法・技等:ジルオールシリーズより。
メガアブソーブ:単体にしか効果がない魔力吸収魔法であるアブソーブの魔法の効果範囲を、指定した円範囲状にしたもの。近いイメージはロマサガシリーズのメガサクション(HP吸収)を、MPに置き換えたもの。
バーニングコロナ:聖闘士星矢シリーズより