魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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その57 夢が導く力

 

 

『…………』

 

『……誰ですか?』

 

 光の無い闇の世界。

 

 そんな世界に佇んでいるルティシアは、そこが夢や精神世界と呼称される場所であることを、“経験的に”知っていた。

 

 自分に呼びかけている“声”があることも。そしてそれが、セイティーグで使われている言葉であることも。

 

 結ばれていない為に顔にまとわりつく真紅の髪に手を当てて押さえながら、周囲の気配を探る。

 

『誰ですか?』

 

 再度呼びかけてみる。気配は感じるが酷く曖昧で、正確な位置は分からない。

 

『…………て』

 

『え?』

 

『……イメージ……今……自分……』

 

『この声は……いえ、やってみます』

 

 途切れ途切れの“声”ではあるが、言いたい事を察したルティシアは、目を閉じて今の姿をイメージし始めた。

 

 無意識だった“元”の姿から、“現在”の姿を。

 

 背は縮み、髪は紅から濃紺に染まる。同様に、真紅に戻っていた瞳も濃紺に変わる。

 

 髪は、どこからか現れた黒いリボンでポニーテールに結び、首元には黄金の十二の力を宿したネックレス。手首や足首まで覆った黒い戦闘用下衣の上から、聖祥小学校の白い制服を身に付ける。

 

『良く出来ました』

 

 そんな声と同時に、近くの闇が揺らぐ。

 

『そう。ここは精神の、心の世界。しっかりと自己を意識し保てないと、そのまま流され、消えるかもしれない場所。淡く弱い心は、泡沫の如く』

 

 闇から滲み出るかの様に現れたのは、濃緑色で人の園児ほどの大きな本を、寝転がって読む黒衣の少女。

 

 周りにある闇とは、異なる黒。艶のある漆黒の髪や瞳、それと同じ色の膝までのローブとタイツに靴。それらとは対称的に手や顔など、見えている肌の色は深雪の様に白かった。

 

 相反する黒と白。そしてどこか気怠そうな雰囲気が印象的な少女。“今の”ルティシアよりも華奢な感じがある。

 

 ローレシア・セイティグ。ルティシアの後に産まれた、知る限りは最後の“セイティーグの娘”にして、唯一の妹。

 

 武術に傾倒したルティシアとは逆に、手に持った本が示す通り、彼女は知識方面にのめり込んでいった。

 

「久しぶりですね、ローラ。少しは体力を付けましたか? 私達は大切なモノを護る為に、戦い続けるのですから」

 

『ルティも、考えて使えないなら力を活かしきれない。万事を力で押し切っちゃ駄目、綺麗なモノをそのままに護るなら』

 

 こんな二人だが、姉妹仲は良かった。姉達が出向いて程無くして、ローレシアの姿も見えなくなったために、二人にとっては久し振りの再会となる。

 

「面倒臭がりで、動くのも喋る事も嫌がるあなたから連絡してくるとは、珍しいですね。まさか、本国やあなた自身に何かあったのですか?」

 

『どちらも大丈夫。セフィルス様のご容態は良くないし、侵略者達は相変わらずちょっかいをかけてきてるらしいけど』

 

 ルティシアの問いにローレシアは静かに思念で答える。口を開くのも面倒と言うのは誇張では無い。僅かな相槌のみで終わらせる事も多い彼女にとって、口を開かずにすむこの世界は居心地が良いらしい。

 

「なるほど。ではあなた自身も、本当に大丈夫なのですね? 隊長に聞いても、大丈夫としか教えて貰えませんでしたが」

 

『ん。私が今居る世界は、時の流れがゆっくりというだけだから、特に問題ない』

 

「そうですか、安心しました」

 

『探していた、“永遠を感じられる何か”も一つ見つかったし、今の場所には、私自身の魔力を使わなくてもすむ程の魔力素もある。一日中ごろごろも出来る』

 

「最後のそれはどうかと思います。少しは運動しましょう」

 

『いや。面倒』

 

 ルティシアの言葉に一言で答えると、本を閉じたローレシアの身体がフワリと浮き上がり、寝転んだ姿勢から立ち上がる。

 

 夢の世界の精神体同士ではあったが、久し振りに姉妹の視線が交わされた。

 

『こことそこは遠い。今回繋がったのも、奇跡にも近い偶然。それ位、かけ離れている。隊長からは、ルティが私を気にしていたと聞いてる。せっかくだから近況でもと思ったけど、それよりもあなたの事で話がある』

 

 ローレシアから気怠そうな雰囲気が消えた。それを感じ取り、ルティシアも表情を引き締めた。

 

「何でしょうか?」

 

 ルティシアが尋ねるとローレシアは瞑目し、おもむろに口を開いた。

 

「あなたの竜石の力が弱まってる。相応の力が必要で変換に使ったと思うけど、それは今の体では負担が大きすぎる。竜石自体が使えなくなる可能性もある」

 

 精神体とはいえ、ルティシアに起きている異常に、詳細は分からないまでもローレシアには分かったらしい。自分の持つ知識を使って、冷静に分析を重ねていく。

 

「そうですね、反動が大きすぎるのは分かってはいました。ただ、あの時は他に思い付かなかったのです。私の魔晶石から引き出せる魔力量では、魔族の結界を打ち破れません」

 

「相変わらず無茶な考えばかり。私達が使う魔晶石と魔族達では、魔力量が違い過ぎるのは当然」

 

「そうです、だから――」

 

「でも魔法オタクのエリ姉様と違って、私達と余り変わらない魔晶石で、魔力がそこまで強くないアリ姉様も上位魔族には負けていない。理由は分かる?」

 

 問われて考えるルティシア。ややあって導き出された答えは……。

 

「月匣とか気にせずに、斬り捨てているとかでしょうか?」

 

「アリ姉様が戻ったら伝えるね」

 

 その答えに首を横に振って否定を返すと、より詳しく感じる為に閉じていた目を開けながら、説明を始める。

 

「訓練時間の割合と、姉様達が長期の作戦に参加した関係で、魔法訓練を最低限しかしていないせいとは思うけど。もっとよく考えるべき」

 

 ローレシアは軽くため息をつくと、真面目な雰囲気に戻った。

 

「確かにそういう事もあったと思うから、完全な間違いでは無いかもしれない。聞いて、ルティ。私達の持つ魔晶石の魔力は、本来緊急時やちょっとした魔法に使うもの。では、普段はどうするのか。全く使わないようにする、必要最低限に状況に迫られたら使う。どちらも正しく、そしてどちらも違う」

 

 ローレシアは本から手を離してその場に浮かべて置くと、その手に様々な色に変わる光球を生み出した。

 

「これは厳密には少し違うけど、分かりやすくするためにこうした。私達がするのは他者から“借りる”こと」

 

「借りる……ですか?」

 

「そう。言葉通り魔力を持った他人からでも良いし、魔力素がある世界ならそれを使えば良い。でも、まずは自然の声を聞いて、自然の力を借りる事。彼らにはとても強い力がある。それに、魔力素が無い世界はあるけど、自然が全く無い世界は少ない。どんな場所にも何かの力を持つ精霊はいるから、対話し、力を借りる。何もいないなら、その時こそ魔晶石の出番」

 

「ローラはエリ姉様から真っ先にそのことを?」

 

「うん。先に身に付けておけば、どこでも魔法でごろごろ出来るよって?」

 

「そんな気はしていましたが、やはりエリ姉様が原因でしたか。動く所を見ないのに、飲み物や軽食は摂っていましたし」

 

「私は満足しているから大丈夫、問題ない」

 

 ため息をつくルティシアに、サムズアップしてみせるローレシア。その仕草を見て、もう一つため息をつく。

 

『私達も含めて、竜族は自然と共に生きる存在。竜種による精霊達との相性はあるけど、身に付けておいた方がいい』

 

「私だと火や雷……大気と良く、水とは悪いということですね」

 

 説明を聞いたルティシアが頷いた所で、ローレシアは生み出していた光球を消した。

 

『そう。受け取って』

 

 ローレシアの全身が白く輝き、辺りの闇が白く染まっていく。

 

 ルティシアの方へと両手を向けるとそこから光が注がれていき、しばらくの間ルティシアの体を包んで発光を繰り返す。やがて、吸い込まれる様にして消えていった。

 

 光が消え、辺りが再び闇に包まれる。

 

「これは……」

 

『ちょっとした魔法。私の力では、軽くコツを伝える事しか出来ない。けど、読むよりは早い筈。精霊達との対話のやり方も伝えたい……けど』

 

 自分の体を確かめているルティシアに、ローレシアが答えて――その華奢な身体がふらついた。

 

「ローラ!」

 

 すぐに飛び寄ろうとするルティシアを、ローレシアは倒れるのを懸命にこらえると、片手を上げてそれを制する。

 

『大丈夫。ちょっと……疲れただけ。やはり遠いと、負荷が大きい。干渉が届きもしない、姉様達よりは良いけど』

 

 一息ついて、浮かべたままだった巨大な本を、大事そうに両手で抱き抱える。それは、ローレシアの直接の指導者にして最初に生まれた三人の姉の一人――エリシアから渡された本。

 

「本当に、無理はしないで下さいね? あなたも見えない所で無理をするから」

 

『ルティにだけは言われたくない。どうせ、無理・無茶・無謀、訓練訓練また訓練でしょう?』

 

「そんなことはありません……とは、言えませんね」

 

 ローレシアはジッと、ルティシアのある一点に視線を向けた。

 

『対話のやり方は、今あなたを指導している人達に任せるね。その力が生まれたのは、創世の時代から。纏う人は変わっても、積み重なった時代は隊長達よりも古い。私よりも説明が上手いと思うし、次代に向かう前に、大好きな訓練を積むといい』

 

「今回大きなミスをしてしまいましたし、精神的な訓練をすること自体は構いません。ですが、人をおかしな性癖のように言わないでほしいのですが……」

 

『訓練バカのルティには丁度良い』

 

「私の方が一応姉なのですが。……お姉ちゃんと呼ばれたいと言う彼女の気持ちが、少し分かりました」

 

 歯に衣着せぬローレシアの言葉に、友人を思い出しため息をつくルティシア。

 

 それを見てローレシアは微笑を浮かべるも、すぐに顔を本で隠してしまう。

 

『この前、夢で見た。かなり不明瞭なビジョンだったけど、その中に、傷付いてボロボロなルティがいたことは分かった』

 

 ポツリとこぼすように。

 

『無茶しちゃ駄目、ルティ姉様』

 

 ローレシアは本で顔を隠しているため、その表情を窺い知ることは出来ない。

 

 しかし見えなくても、声で分かる。

 

 同じ様に生まれ、同じ時を生きて、過ごしている姉妹なのだから。

 

「あなたも疲れている筈です、ローラ。ゆっくり休んで下さい。あなたから受け取った力は、決して無駄にはしません」

 

『ん……それじゃリンクを切るね。前よりも感情に温かみがあって、珍しいスカート姿も見れた。良い“夢”だった』

 

「これは、こちらで通っている学校の制服です。あなたも、前よりは能動的に見えます。でも、きちんとした生活をして下さいね?」

 

『面倒なのは、いや』

 

 ローレシアが本で隠していた顔を出すと、その身体が徐々に薄らいでいく。

 

『今度はゆっくり話が出来ると良いね。私の見付けた綺麗なものとか、ルティが護ろうとしているものについて』

 

「そうですね。いつか、こちらで見付けた美味しいものも、あなたに食べてもらいたいです。きっと気に入る筈です」

 

 遠い次元を隔てて、一時の夢の世界で再会した姉妹。二人は、国では出来なかった別れの言葉を交わした。

 

『またね』

 

「また会いましょう」

 

 ローレシアの姿が完全に消えると同時に、闇の世界も剥離するように崩れていき――。

 

「……どういう状況なのでしょうか、これは」

 

 目を開けて、最初に目に入ってきたのは見覚えの無い天井。

 

 ただ、意識を失う前の事を考えると、フェイトの家か管理局だろうと予想を立てる。

 

 しかし彼女が気にしているのは、その事ではなかった。

 

 ベッドに寝かされている状態の自分。それも……分かる。

 

 問題なのは……。

 

「どうして、同じベッドで私を左右から挟むようにして、姉さんとフェイトが眠っているのでしょうか? 二人の手足と私のそれも結ばれているのですが」

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「ふぇ~……フェイトちゃん、ここ何処……?」

 

「ごめん、なのは。わたしにも分からない」

 

 なのはとフェイト。二人が気が付くと、一面闇に閉ざされた世界に居た。

 

 二人以外は何もなく、ただ暗闇だけが広がる世界。何故かパジャマ姿の二人は、手掛かりを求めてキョロキョロと辺りを見渡しながら、恐る恐る進んでいる。そんな二人の手は、絶対に離れないとばかりに握られていた。

 

「ルティちゃんも居ないし、ユーノ君やクロノ君も居ない」

 

「アルフとアリシア……それに、念話も通じない」

 

『うふふ。ここは特殊な場所ですから、貴女方にとっては現実とはちょっと、勝手が違うかもしれませんね』

 

 柔らかな笑いを含みながら、静かで落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

 

「ふぇ!? だ、誰?」

 

「この声は……」

 

 二人が声を上げると、辺りの景色が一変する。抜けるような青空に、緑豊かな草原。穏やかな風が吹き行く度に、草花が波打つ。

 

 見上げれば、鳥の群れが鳴き交わしながら、大空を羽ばたいていた。

 

「わぁー……」

 

「凄い……」

 

 そのそよぐ風や草花の香りすら感じられる光景に、なのはとフェイトは心奪われ感動の声を漏らす。

 

「うふふ。お気に召していただけましたか?」

 

 不意に背後からかけられた声に、驚いた二人が慌てて振り向くと、そこには微笑を浮かべた少女が一人。二人を紫色の瞳に映して、草原の中に立っていた。

 

 足首まである赤い紋様入りの薄紫色のローブ。それと、腰まで伸ばした輝く様なプラチナブロンドの髪が、足元の草花と共に風に遊ばれている。

 

 

「確か……アシェラ……さん」

 

「冥魔王……」

 

「あら、覚えていて下さったのですね」

 

 二人より年上の姿をした少女は、魔族とは異なる冥魔と呼ばれる存在達を統べる者の一人、冥魔王――“冥智王”アシェラ。

 

 全てを破壊する存在と言われる冥魔の王を名乗る少女は、しかしそんなモノをまるで感じさせずにそこに佇んでいた。

 

「丁度良かった、あなたに伝えたいことがある」

 

 くっついているなのはをそのままに、フェイトも臆すること無く口を開いた。

 

「何でしょう、フェイトさん?」

 

「ありがとうございます。あなたのおかげで、わたしは母さんやりニス、アリシア達と、家族揃って暮らす事が出来ました」

 

 感謝を述べて頭を下げるフェイトに、アシェラは少し驚いた表情を見せた後に、眩しいモノを見る様に目を細めた。

 

「あれは私の目的と合致していた結果です。後の二人についても、ただの偶然ですよ? 感謝を述べる必要は……」

 

 

「――それでも、わたしが家族と暮らせるのはあなたのおかげでもあります」

 

「真っ直ぐは確かに美徳ですが、真っ直ぐ過ぎるといつか、辛い思いをするかもしれませんよ?」

 

 自分を見つめる、優しさを宿す純粋な赤い瞳を見つめ、アシェラは苦言めいた事を口にする。

 

 そして、やれやれと頭を左右に振ると、パチン! と澄んだ音を立てて指を鳴らす。

 

「あ……」

 

 三人の身体が浮かび上がり、その際になのはが小さく声を上げるも、アシェラは構わずもう一度指を鳴らした。

 

 三人の近くに椅子が現れ、そのまま宙に固定されたかの様に浮かんでいる。

 

「精神……夢の世界と言った方が分かりやすいでしょうか? その様な場所ですから立っても座っても変わりませんが、気分的なモノですね。貴女達の楽なようにして下さい」

 

 そう言って椅子に座るアシェラ。二人は顔を見合わせると、椅子に座った。

 

「本当に疑う事をしませんね……罠だったらどうするのですか?」

 

「え、えっと……アシェラさんが悪い人だったら、今までの間に何かしているかな……って」

 

「少なくとも、今すぐわたし達をどうこうしようとは思ってはいない筈」

 

 少し呆れているアシェラに、なのはは考えながら答えて、それに頷きながらフェイトが続いた。

 

「これは……守護者は苦労しそうですね。うふふ……ですが、その純粋な輝きが長く続くことを、敵の身ですが祈っておきましょう」

 

 二人の代わりに警戒しているであろう少女に僅かばかりの同情をし、純粋な心を持った二人の未来には……。

 

「今日はお二人にお話があって来ました」

 

「お話……ですか?」

 

「それは?」

 

「今ならまだ引き返せますが、完全にこの件から引く気はありませんか?」

 

「え……!?」

 

 アシェラの言葉に、二人が驚きの声を上げた。

 

 風が少し強くなったのか、先程よりも大きく三人の髪を揺らした。

 

 驚愕の表情を浮かべる二人に、アシェラはこんこんと語り続ける。

 

「このまま進めば、貴女方は引き返せない状況になります。少なくとも今回の一件が片付けば、あの町周辺での魔族側の動きは終わるでしょう。なのはさんは元より、フェイトさん。貴女も管理局から離れてあの町で過ごすなら、今後の魔族とメル……私達、冥魔達との戦いに巻き込まれずにすみます」

 

 静かな声音で語るアシェラに、二人は彼女が本音を語っていると悟る。

 

「今回も、そして時の庭園の時も、一歩間違えれば……いえ、あの者達が本気であれば貴女達の命はありませんでした。“破壊神”ウルグの十二人の円卓の騎士。その中には、神だった者も居ます。ただの人間が勝てる相手では無いのですよ」

 

 

 うつむいている二人を諭す様に、アシェラは話す。

 

「魔族や冥魔に関わるという事は、それだけ命を失う可能性が非常に高いということです。家族や友人と共に暮らすのであれば……」

 

「アシェラさん」

 

 アシェラの声を遮ったのは、うつむいたままのなのは。

 

「以前、ルティちゃんにも聞きましたが」

 

「はい」

 

「ルティちゃんは、魔族や冥魔……他の悪い人達とも戦うのですよね? 命に関わる様な」

 

「彼女達、聖竜族はそういう役割を担っていますから。永い永い時を、ただただ自衛と、助けを求めた世界を護る事に費やして」

 

「……うちは、お父さん達が剣を学んでいます。誰かを守り、助ける為にって」

 

「――それらは全て、家族とはいえ他者の考え……生き方です。貴女は、貴女自身でそれを見付けなくてはなりません。自分が納得出来る答えとして。誰かに引き摺られて、流されるままの生き方は、後悔に繋がりかねません……と、貴女達の年齢ではこういう話は早すぎましたね。子供とは思えない事をするから忘れていましたが……」

 

「いえ、違います!」

 

 少し急ぎ過ぎましたと呟くアシェラに、なのはの強い口調の声が草原に響き渡った。

 

 顔を上げたなのはの、その青い瞳には意志の込められた強い光が宿っている。

 

「フェイトちゃんには話したことですが、私は確かに平凡な小学校三年生でした。そんな私がユーノ君と出会って、魔法に出会ったのは偶然だったかもしれません」

 

 なのはの話を、フェイトも、アシェラも静かに聞いていた。

 

「でも、そんな私にでも出来る事があって、それで少しでも誰かの力になれるなら、私はそれを頑張りたいです。困っている人を助けるために、傷付く人が少しでも減るように!」

 

「――アシェラさん」

 

 なのはの話から少し間を置いて、口を開いたフェイトをアシェラは静かに先を促す。

 

「わたしもなのはと同じです。辛い思いや悲しい思いをしている人を、一人でも多く助けられるなら、わたしもその道を進みたい。母さんやりニスも、わたしが考えて決めた事なら反対はしない筈です」

 

 フェイトが視線を横に向けると、その先に居たなのはと目が合った。二人で笑みを浮かべて頷きあう。

 

 そして、二人同時にアシェラへと顔を向けた。

 

「それに、ルティちゃんとフェイトちゃんと、三人で決めたんです。一人で傷付かずに、みんなで笑っていられるように、みんなで頑張って、助け合って、誰かを助けられるようになろうって」

 

「わたし達は迷わずに進みたいと思います。大切な人達と一緒に」

 

 その二人の表情を見つめ、何かを感じ取ったのかアシェラは深いため息をついた。

 

「それに、困っている人がいて、助けてあげられる力があるなら迷っちゃいけないって、お父さんに教わっていますから」

 

「良い言葉だね、なのは」

 

「うん!」

 

 そんなアシェラを余所に、二人は言葉を交わしていた。

 

「貴女達が傷付いたり、命を落とすようなことになれば、家族が酷く悲しむことになるとは思わないのでしょうか……。環境的にフェイトさんはともかくも、なのはさんは……。そういえば庭園でも、多数の人形を見ても気にせず突入していましたね。絶対に引かず何かを成すという強い意思なのか、仕組んだ私が言うのもあれですがただ状況に流された結果のことなのか、それともそもそも命に関わるかも知れないという考えにならない所が、まだ子供なのでしょうか」

 

 おそらく退かないだろうとは思ったが、これだから子供の考えだけは読みにくいとアシェラは嘆息する。

 

 アシェラのぼやきにも似た小さな呟きは、笑いながら喋っている二人には聞こえなかったようだ。

 

 アシェラは知らなかった。なのはが既に、家族が傷付つく事の辛さを知っている事を。それを踏まえた上での、あの言葉なのだということを。

 

 故に――。

 

「――分かりました」

 

 アシェラが会話を断ち切るように、静かに宣言する。

 

 “痛み”を知らない――少し力を得ただけの子供と読み間違えた。

 

「それがお二人の結論なのですね?」

 

 暖かく穏やかだった春風が、身を切るような冷たさを持った真冬の風に変わる。

 

「うふふ……」

 

 瞳には冷たい光を宿し、冷笑を浮かべたアシェラから二人に、重くのしかかるような威圧が向けられた。

 

「これで、最後です。幻想舞刀」

 

 アシェラの呼びかけに応えて、三人を取り囲むように現れた多種多様な無数の刃物。刀身が、冷たく光を照り返す光景に……しかし二人はそちらには目もくれず、アシェラだけを見つめている。

 

「踏み出せば二度と引き返せない。その道に踏み込む覚悟が貴女達にあると、心の世界で……この私の前で示せるのですね?」

 

 相方と選んだ“駒”。ただし、二人の中での基準は違うが……。再度、自分の目でそれを確認するために。

 

 抜けるような青空も、緑豊かな草原も徐々に消えていき、辺りが再び闇に包まれる。

 

 闇の中でいつの間にか立ち上がっていた三人。その中で、アシェラと刃の全てが白銀の光を放っている。二人を侵蝕するかの様に、白銀の輪が形成され徐々に輪を狭めてくる。

 

 

 その様な状況の中で――。

 

「……はい」

 

 ――なのはが静かに宣言した。

 

 アシェラを真っ直ぐに見据えて。

 

「だって、もう決めていましたから」

 

 左手を真っ直ぐ前に伸ばし、ゆっくり上に向けたなのはの掌の上には、赤く丸い宝石があった。

 

 決して屈せずに、意志を貫くとばかりに宝石から桜色の光が放たれると、やがてそれはなのは自身からも放たれ、闇を染め上げていく。

 

「わたしとしては、あなた個人とは戦いたくない。……だけど」

 

 フェイトは右手を高く掲げる。

 

「わたし達の前に立ちはだかるというなら……!」

 

 その手の中にある金色で逆三角形をした宝石からは、闇を切り裂かんとばかりに稲妻を帯びた閃光が放たれている。

 

 フェイトから金色の光が立ち上ぼると、迫る白銀の光の輪を二色の光が押し返していく。

 

「……頑固とも言うべきか、勇者を名乗る半端な数多の者達よりも、余程芯のある心。見誤っていましたか……。あの時、候補を探した際に選んだのは、ただの偶然ではなかったのかもしれませんね」

 

 少し力を得ただけの流されるだけの子供ならば、この先に進む資格は無かった。庭園の戦いだけでも、正面切って戦えない自分達の代わりを果たしたのだから、それで充分とアシェラは考えていた。

 

 守護者の娘があの世界にやってきて、彼女――なのはと共に暮らし始めたのは偶然。

 

 目的遂行の為の“駒”を探す合間に守護者の娘の様子を見に来て、なのはに膨大な魔力があることを知って、力を得るように仕組んだのは自分だが、成してきたのは彼女自身の力。

 

 気付かなかったなのはの強い意思、解放されたフェイトが戦い続けることを選んだこと。

 

 魔族に悟られずに管理局世界を知るために、一時的な依り代先としてミッドに生み出した人間の少女が、アースラに乗り込んでいたこと。

 

 幾つかの“誤算”が重なったことで、少女達の平穏を望んでいた“自分の小さな願い”は、別の大きな願いの前に消え去った事で、アシェラも一つの決意を固めた。

 

「牙無き者に武器を与えた者が出来ることは、過ぎた物だと取り上げる事ではなく。それをどう扱うか導くことと、道を踏み外しそうな時に支えること……でしたか」

 

 ため息と共に言葉を吐き出すと、その言葉と共に周りの“色”が砕け散る。のしかかる様な重い雰囲気も無くなり、辺りは霞がかってなのは達の視界を遮る。

 

「アシェラ……さん?」

 

「もう止めません。苦しくても、死んだ方が良いけど死ねないという苦しみの道を進みなさい、小さな戦士達」

 

 

 なのはの呼びかけに、霧の向こう側から声が返ってきた。

 

「ただ、その道を進むには貴女達にはまだ力が足りません」

 

「どうすればいい?」

 

 素直に尋ねるフェイトに、何となくアシェラが苦笑を浮かべている気がするなのは。どことなく、誰かとイメージが重なる。

 

「敵に聞きますか……。木漏れ日に隠された小屋の、時の流れから隔絶された管理者を訪ね、求めなさい。二つの大いなる力を……」

 

 その言葉を最後に、霧が一層とその濃さを増し、二人の意識を奪っていく。

 

「待って下さい! アシェラさんは……」

 

 どうして、そんなに“ずっと”辛く苦しそうなんですか?

 

 後半の言葉は音になること無く、消える意識と共に霧の中に溶けていった……――。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

「――はぁ……」

 

「あ、終わった?」

 

 眠る少女達の意識を、“自らの世界に招いていた”アシェラは、二人との精神リンクを切ると深く息を吐いた。

 

 管理局本局内にある、『特戦特殊査察部』と書かれた彼女達の職場内。リンクを終えたアシェラを待っていたのは、相棒の冥魔王の少女。

 

 欺く為に本来の姿とは見た目を変えて、管理局の制服も着ているが、あくまでもそれは目的の為の手段であり、それ以上の意味はない。

 

「メル、ずっと待っていたのですか?」

 

「もちろん! それで、結果は?」

 

 お揃いの琥珀色の髪に瞳。髪の長短の差はあるが、二人を知らない者が見れば双子の様に思われる程よく似ていた。

 

「二人共こちらの予定通りに進むようです。これで、今回の件の役者がほぼ揃いました」

 

「そう、じゃあ後はあっちの連中の進行次第だね」

 

 仕事用デスクに備え付けの椅子に座っていたアシェラは、自分の机の上に腰かけているメイオルティスに、虚空から取り出したクッキー皿を差し出した。

 

 そのクッキーを一枚摘まんで口の中に放り込むと、メイオルティスは机からアシェラの膝の上に移る。

 

「そうですね……恐らくは発見を遅らせるために、出来るだけ魔導師を避けて蒐集をするでしょう。よって、多少時間がかかっても幻獣や魔獣の類いを集中的に狙うでしょうね」

 

「だよね。じゃあ、アーちゃんならどうする?」

 

 膝の上に横座りして、自身にもたれかかりクッキーに手を伸ばす相棒をそのままにして、アシェラは空いている手で湯気立つティーカップを取り出した。

 

 香りを楽しんだ後に、カップに口をつける。

 

「まず後の事を考えない場合の最短としては、守護騎士を魔獣狩りに向かわせ、蒐集と同時に囮にします。その後魔界に待機している円卓も使って、囮にかかった局員……いえ手っ取り早く管理局を襲い魔導師や、魔界の下位魔を狙い短期完成を目指します」

 

「選びそうに無いプランはいいよ。他は?」

 

「守護騎士は代わらず魔獣狩り。ただ彼女達は過去のデータを取られているため、変装……姿を変えるなり、管理外世界を狙えば察知を遅らせられます」

 

 管理外世界の害のある危険な魔獣を集中的に狙う事で、管理局の目を多少でも誤魔化せれば良い。本命は……。

 

「うん、続けて」

 

「こちらの円卓はそのバックアップと、管理局とは関係が無い魔力を持った者を狙います。候補は他次元世界でいいでしょう。他に、魔界の待機メンバーで魔界の魔族から蒐集ですね。これは迎撃の合間にでも出来ますし」

 

 再びカップを傾けて紅茶を口にして、そういえばと別のあり得ないプランを思い至る。

 

「冥界の下位冥魔を狙うというのもありましたね。下位魔族よりも強いですし」

 

 その案を聞いたメイオルティスは、クッキーに手を伸ばしていた手を止める。

 

「それも無いんじゃないかな? 封印のせいで大半が動けないあたし達と違って、魔界にかけられた呪いの上に、そんなあたし達に攻められないように盟約を結んだ位だよ? 盟約終了覚悟でやらないだろうし、それに冥界で戦えるのって……」

 

「円卓だと七人ですね。安定して、だと五人。内三人は待機で動けず。一人は万全ではないため鍵の監視となれば……」

 

「筆頭君か。彼、まだやる気残ってたんだ」

 

「最後の一勝負、というところでしょう」

 

 呆れた様子で呟き最後の一枚を口に運ぶ姿に、答えながら視線で合図を送る。

 

 膝に座っていた主が降りると、アシェラも空になった両手の食器を片付けて立ち上がる。

 

「ま、応援はしてあげるよ。元お仲間だしね。あたしの為にも、早く完成させてくれないかな」

 

 楽しそうな表情に合わせて、瞳の色が一瞬だけ琥珀から赤に染まる。

 

 そして二人は並んで、出口に向かって歩き始めた。

 

「メル、ビューネイさんの姿が見えませんが、彼女は?」

 

「駒と円卓の様子を見に行った後は、飲みに行ったんじゃない? 良いお酒とワインが飲める場所を見つけたんだって」

 

「なるほど。私達が表立って動けない分、彼女には頑張ってもらっていますし、英気を養うには良いでしょうね」

 

「あは、すぐに忙しくなるしね。あの面白そうな玩具……闇の書に蓄積された力、欲しいなぁ、アーちゃん?」

 

 甘える様な声と視線を向けられる。

 

「言ったはずです、メル。あの時、貴女と共に在ると誓った時に。貴女に、縛られることの無い絶対の力を」

 

 過去にアシェラがメイオルティスに誓った言葉。それを、はっきりと口にする。

 

「うん! じゃ、あたし達も英気を養いに行こうか」

 

「その前に、協力者にシードを届けましょう。彼の力は今後風を呼び込む筈です」

 

 二人が退室し扉が閉じられると、部屋に静寂が訪れる。

 

 ロストロギア“闇の書”を巡る争乱は、それぞれの思惑を乗せて、少女達を渦中に巻き込んでいく……

 

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