「――……そろ諦めたら、ルティシア?」
“夢”での邂逅が終わり、徐々に意識が浮上してきたなのはとフェイト。二人に聞こえてきたのは、今度も聞き覚えのある、しかしより身近な者達の声だった。
「ユーノ、そう思うなら手を……くっ……貸して下さい」
「僕の立場としたら止めるべきなんだがな。止めないだけ、君に協力しているつもりだ」
ベッドだろうか? そこに寝かされた自分達の、片側の手足が微妙に動く震動でより意識がクリアになっていく。
「ガンビットで撃ち抜くわけにもいきませんし、結び方が絶妙で引き千切れませんし……くっ」
「結んだのはリンディさんとエイミィさんだよ」
「嬉々として結びそうな二人ですね」
「解くなら二人を起こす覚悟でするしかないと思うよ」
「起こしたくないから、こうして苦労しているのです」
「少なくとも、僕達が君達の様子を見に来てから十分が経過しているが、諦めた方が良い」
隣に寝かされている人物が溜め息をつくと同時に、震動が止まった。
「次に備えないといけません。何よりも、まずは私自身を鍛え直さないと。暴走して護りたい者を護れない、二度とこういうことが無いように」
後悔、しかしそこで立ち止まらず、乗り越えて先に進む決意。
「例え自分がどれだけ傷付いても、生き残り――」
思いを語る少女の、両サイドに寝かされた二人の眼が同時に開いた。
「「あ」」
「――生きて、必ずみんなと……あ?」
語っていた少女――髪を解かれたルティシアが、声を上げた二人の少年――ユーノとクロノに視線を向け……。
可哀想なものを見るような眼をした二人と……、背中に悪寒を感じる程に無表情に自分を見つめるなのはと目が合う。
思わず逆側に寝返り……は打てない為に顔だけ向け、なのはと同様のフェイトと目が合う。
「え……と……」
「ユーノ。三人共気が付いた事を、艦長達に伝えてこよう」
「そうだね。三人共、安静にね」
珍しく助けを求めるルティシアの視線を見なかった事にして、クロノとユーノが足早に出ていこうとする。
「連絡だけなら念話でも可能な筈です!」
「いや、緊急でも無ければ、大事な連絡はやはり会って直接が良い。……ああ、それと後で簡単にドクターの診察があるから」
微妙に必死なルティシアに、クロノは視線を合わせないまま返す。
「ユーノ、友達ですよね?」
「うん。大事な友人達だからこそ、きちんとリンディさんやプレシアさん達に伝えないと」
「せめて、この紐を……!」
「あ、折れた刀は回収して、ベッドの脇に置いてあるよ。バルディッシュと、後レイジングハートも損傷していたから、整備班の人達に渡してあるからね」
体を起こそうとしたルティシアを、なのはとフェイトが結ばれていない方の手で押さえ付ける。
「氷雨を回収してくれたのは本当に感謝しますが、それよりも……!」
押さえ付けた際、なのはとフェイトの体は横――つまりルティシアの方に向けられる。少し視線をずらせば、無表情の二人の顔が視界に入る。
そして、そんな光景を完全に無視して、クロノ達は部屋の外へ。
「ユーノ、クロノ!」
少女の必死な声は、閉まる扉に遮られ外に届く事は無かった。
「ルティシアがあそこまで必死になるなんてね」
部屋から出た二人は並んで歩きながら、先程までのやりとりを思い出していた。
「余程怖いのか。どうしてなのは達より強い筈の竜が、あそこまで怯えるんだ」
「やっぱり精神的なものじゃないかな? 一緒に居たときも、結果的に無茶はするけどなのはのお願いはきちんと聞いていたし。結果的に破る事もあるけど」
「強調しなくても分かる」
「もしくは、姉的な存在には弱いとか?」
「どういう弱点なんだ、それは」
数時間眠りっぱなしだった友人達が目覚めた関係か、二人はどこかホッとした表情で喋りながら、『三人の会話時間を作る為』にゆっくりと目的の場所へ歩いていった。
「……えっと」
時空管理局の本局にある医務室内には、現在重苦しい空気が充満していた。
視線を合わせないように天井だけを見つめていたルティシアだったが、現在彼女の視界は完全に姉と親友が占めていた。
間近で無表情に見下ろされるのは、恐怖以外の何物でもなかった。
今のルティシアの脳裏にあるのはただ二文字。『撤退』だけである。語ったばかりの決意や、戦闘時の勢いは微塵も感じられない。
「アリシアとアルフは今……」
「プレシアさんの所だよね。ユーノ君が念話で教えてくれたよ」
「ユーノ……ちなみに私達がここに運ばれて」
「五時間程。今二十時を回った所と、クロノが教えてくれた」
「クロノ……!」
話題を逸らそうとするも、その目論見は失敗に終わる。
「ルティちゃん」
「ルティ」
そのまま二人の顔がさらに迫り、ルティシアはその恐怖に身を縮こませて――。
「……えっ?」
そのまま二人に抱き付かれた。予想と違う行動に、呆けた様な声が漏れた。
「ルティちゃん、ごめんね。また無茶させちゃったね」
「ごめん、ルティ。助けるつもりが、助けられて……それどころか足を引っ張ることになった」
二人からの辛そうな心情の吐露。
「姉さん、フェイト。そんなことはありませんから……。戦闘中にも言いましたが、今回はタイミングの悪さもありましたし、何よりも……私が一番悪いのですから」
ルティシアもまた、先程の決意に至った過程を述べる。
「私は魔導師……人間との戦いには介入出来ません。一時的な刀への非殺傷効果の付与魔法を使っても、私……“私達”の武器も魔法も、命のやりとりをするものだからです。その相手も、理不尽に他者の命を奪う存在に限定されます」
ルティシアが静かに語る話を、なのはとフェイトは抱き付いた姿勢のまま聞いていた。両頬に当たる二人の表情は、ルティシアからは知ることは出来ない。
「もし魔導師として二人が働く事になった場合、ごく一部のもの以外使えない私は、きっとやきもきすることになるでしょう」
「やきもきってどういう意味……?」
「後で辞書を引いて下さい。だからこそ、それ以外の存在は私が闘うと決めていたのです。姉さん達と一緒に闘うと約束はしましたが……。それが、今回はあの失態です」
瞑目し、後悔と自分への怒り。
「何故あの状態になったのか分かりませんが、結局は私の心の弱さ故でしょうね。その結果が、護るよりも壊す事を選んで……大事な人達が傷付いてしまいました」
そう言って、深い、深いため息をついた。
「ルティは強い。傷付いても、必ず前に進む。わたしは、母さんに……魔族が言っていたんだろうけど、言われた時に足を止めてしまった」
「フェイトも強いですよ。自分で、自分の足で立ち上がったじゃないですか」
「そうだよ。お母さんの為に頑張って、最後まで諦めないで無事に助けたんだから」
「なのは達が居てくれたから。みんなが居なかったら、無理だったよ」
「私も、ルティちゃんやユーノ君が居たからだよ。私に何かが出来るなら、それを頑張ろうと思っただけだから。フェイトちゃんの事を知って、頑張ってる理由を知って、少しでも力になりたいと思ったから」
フェイトが、なのはが静かに言葉を紡ぎ出す。
「それにルティちゃんも約束したよね?」
「一人で傷付かず、みんなで笑っていられるように、みんなで頑張って、助け合って、誰かを助けられるようになろう、ルティ?」
顔を上げた二人から静かに見つめられたまま語られ。
「お互いの至らぬ所を補いあって……ですね」
ルティシアは二人の気持ちを静かに受け入れる。
「うん! 二度とみんながこういう気持ちにならないように、頑張ろう」
「だから、ルティも一人だけが傷付く様なことは止めて」
二人が話しながら、結ばれた紐を解いていく。もう必要無いとばかりに。
「分かりました。本当に手段が無くなるまで、足掻く事にします。ですが、命を奪う存在には躊躇は出来ません。手遅れな状況にするわけにはいきませんから」
「その事で、ルティに話がある」
なのはの方にチラリと視線をやってから、フェイトは続ける。
「ルティのあの家に、なのはと一緒に連れて行ってほしい」
一瞬の躊躇はあったものの、フェイトの何かを思う表情にルティシアは気が付いた。
「一応、理由を聞いても良いですか?」
「さっき、夢? の中でアシェラから聞いた。そして、彼女の話に出てきたわたし達の力になる何か……。それが有る場所があそこしか思い付かなかった」
「ふぇ? ルティちゃんの家? あそこ?」
フェイトの話を聞いていたなのはが、「どういう事かな?」と言いたそうに、ルティシアを見ている。
「拠点にですか? と言うよりも、何故冥魔王が知っているのかという事が気になるのですが」
「お願い。もし違っても、彼……彼女? なら、何か知っているかもしれない」
「よく分からないけど、ルティちゃん。お願い連れて行って」
当然の疑問を述べて困惑していたルティシアだが、二人の様子を見て……。
やがて――。
「ガンビット」
刀と共に置かれて待機モードに入っていた四基の球形の小型兵器を起動する。
浮かび上がった四基はベッドの近くに飛来し、床と垂直な長方形を描く位置に固定される。そのまま、その球形のボディの左右から翼の様なモノが展開し、光で互いを結び合い光の扉を作り出した。
ベッドから下りたルティシアは、靴を履きながら刀を手に取ると、そのまま光の扉を潜った。
なのはとフェイトは頷き合うと、急いで靴を履くとルティシアの後を追って潜る。三人が潜り終わるとガンビットは元の球形に戻り、ベッドの上に移動して再び待機モードに切り替わる。
潜った先は木の上。そして、目の前には茶色に所々緑色が散りばめられた小さな家。
ルティシアはそのままドアを開けて、二人を中へと促す。
なのは以外の二人には見慣れた、外見とは違う広さの内部。入ってすぐのリビングに足を踏み入れ――しかし、今回は二人にとっても見なれない様相を呈していた。
何よりも目を引くのは、目の前にある神秘そうな台座と、その上で光り輝いている二つの小さな宝石。
一つは、良く見ないと分からない位に様々な色に変わる、小さく丸い宝石。
一つは、白く淡く輝いているだけだが見るものにどこか神聖さを感じさせる。
『そろそろ来る頃だと予測していました』
頭上からの声。この異世界の技術で造られた家――ルティシアが拠点と呼ぶ場所のセキュリティ兼総合管理システム。その機械的には聞こえない音声。
『運命を告げる時計台の鐘の音は鳴り響いている……。手に取る覚悟が有るならば、受け取りなさい。創世の時代に、魔を退けた者達の力……守護者達の力、セントジュエルとエンジェルシードを――』
一層強く、二つの宝石は光を放った。
「セントジュエル……」
「エンジェルシード……、守護者の力」
『砕かれた神の欠片から生まれた戦士――”
システムの声を聞きながら、なのはとフェイトは台座へと近付いていく。
「システム。何故その様な貴重なモノがここに……?」
ルティシアが愛刀を、床からせり出してきたメンテナンス用の台座にセットしながら問いかける。
『マスター。セイティーグは今でこそ戦闘が頻繁に起きていますが、元々は創世紀の神々同士の争い――神乱戦争を生き残った神の一柱、現世に唯一現れている神“神竜王”セフィルスが治める安寧の世界でした』
「はい、それは知っていますが……」
戦争で生き残れたものの、他の神々同様傷付いたセフィルスが、傷を癒すために卷族と共に作った世界――それが始まりだったと、ルティシアも聞いた事があった。
『神々が共に闘う人間に授けた聖衣は、破壊された際に再生と修復の為に、セイティーグまでやって来ました。しかし、その二種は生まれが異なり、本来であれば転生や引き継ぎが行われるべきもの。ここに有るのは、さの強すぎる力故に、戦の際に石が生まれる時に発生する、その余剰エネルギーで生まれた意識なき神の力の結晶です』
システムの話を静かに聞いている三人。
『汚れなき力故に、悪用される恐れのある場所ではなく、セイティーグで保管されていました。一番影響を受けにくい、“ここ”の様な特殊な空間内で』
「確か他にもいくつかあった筈ですが、それぞれの中に保管されている……と?」
『そうです。むしろ保管するために、この様な施設が作られた……と言った方が正しいでしょう。この事を知る者はセイティーグでも僅かです』
「でもシステム。わたしとなのはは、冥魔王の一人であるアシェラからここの話を聞いたけど。ね、なのは?」
「う、うん。この宝石の事も知っていました」
話を聞いて疑問に思った事を言う二人に、システムは考えているかの様に、次に語り出すまで若干の間が空いた。
『……アシェラ……? 冥魔王にその様な者の名は……という事は新たに生まれた者でしょうか?』
「システム? どうかしましたか?」
『いえ、何でもありません、マスター。……さて、この二つの力を使うのであれば、条件付きでお貸しします』
「それはあなたが許可するものではなく、王女様方や隊長が出すものでは……」
『ある物は有効に使わないと。それにある程度は各施設のシステムに一任されていますし、根幹は本国のシステムと繋がっていますから。……さて、どうされますか? これらはとても強い力を秘めています。あなた方への負担もあるでしょう。それでも、お二人が戦う必要の無い相手のために手にしますか?』
システムに問われ、二人は顔を見合わせる。
「今日はよく聞かれるね」
「それだけの事……なんだろうね。でも……」
「うん!」
二人の会話を聞いていたルティシアは、軽いため息をついたものの最早何も言うつもりは無く、今のため息も受け入れる儀式の様に感じられる。
「システム。わたし達の答えは決まってる」
「私達は――」
――そして、眠りし二つの力が目覚めの時を告げた。
(出典)
セント☆プリンセス:セブン・フォートレスシリーズ エルネイシア及び超女王様伝説 セント★プリンセスより
エンジェル:セブン・フォートレスシリーズ エルフレアより