魔法少女リリカルなのは~竜の国の社会勉強録~   作:ショウマ

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その6 「……守ります」

 

 

 テストが終わるとすぐに夏休み。

 

 もちろん、なのは達のクラスもそれは変わらない。

 

 先日のテストが『何故か』白紙だった数人には、担任の先生から指導が行われたそうだが……。

 

 焦りを見せていたなのはも問題なくテストを終えて、四人は数日間の小旅行へと。

 

 月村家が所有するというプライベートビーチ。そこにある別荘へ遊びに来ていた。

 

 四人組の他に、すずかの姉の(しのぶ)と月村家のメイド(!)が二人、そして高町家からは恭也も呼ばれていた。

 

 忍とは親しい友人同士らしい。

 

 月村邸に集合した後に、一同は忍が運転する車に乗り込む。

 

 そして、出発すること二時間弱。

 

 森の深い山道を抜けた先にある小高い丘。

 

 海岸にも程近い場所に建てられた大きな洋館の前で、忍は車を停めた。

 

 三階建てで、手入れもしっかり行き届いているようだ。

 

「じゃあ、荷物を置いたら自由時間よ。部屋はいっぱいあるから、一人一部屋でも、四人一緒でも大丈夫」

 

「ただし、時間厳守でな。守れないと、食事抜き……になるかもしれないぞ?」

 

「「「はーい!」」」

 

「はい」

 

 保護者代わりの二人からいくつか注意事項を告げられた後、四人は荷物を置きに屋敷の中へと入っていく。

 

 ルティシア以外の三人の希望が同じだったため、すずかの先導で二階にある大部屋へ。

 

 三人がそこに入っていくのを、最後尾にいたルティシアは足を止めて見届ける。

 

「自由に決めてよかったのですよね? では」

 

 そこを通り過ぎて個室へと向かうルティシアの背中に、部屋から伸びてくる二人の手。

 

 それに捕まったルティシアは、蟻地獄に捕らえられたアリの如く部屋の中に引きずり込まれた。

 

「ルティちゃん、一人でどこ行くの!?」

 

「あんたはもっと協調性を身に付けなさい!」

 

「ルティシアちゃん。みんなと一緒の方が楽しいよ? それに一人で個室にいても、多分みんなそこに集まると思うから、それなら最初から大部屋の方が」

 

「すずか。目に浮かぶ説明をありがとうございます」

 

 両サイドで自分の腕を抱えている二人を見て、ルティシアは観念したのか嘆息を吐いた。

 

 部屋に荷物を置いた四人は早速水着に着替え、必要な物だけを手提げバッグに入れると海へと向かう。

 

「ルティちゃん、早くー!」

 

 浜辺に降りる道を一人後ろからゆっくりと歩くルティシアを、三人で先に走っていたなのはが振り返り、呼ぶ。

 

「あんた。まさかこの期に及んで、まだ一人でいようなんて思ってないでしょうね?」

 

 なのはの横では、両腰に手を当てたアリサがジト目でルティシアを見ており、すずかも心配そうにしていた。

 

「……違います。このビーチサンダル、でしたか? これが歩きにくいだけですから、気にせず先にどうぞ」

 

「今、答えるまでに間があったような気がするんだけど?」

 

「アリサの気のせいです」

 

 きちんと行きますから大丈夫です、と答えると三人は顔を見合わせ、海への坂道を駆け下りていく。

 

「歩きにくいのは事実ですしね。みんな、これでよく走れますね」

 

 三人の背を見送ったルティシアは、自分が履いているそれを見下ろす。

 

 通常の靴や素足での鍛練は多いが、このような履き物があるとは知らなかった少女。

 

 歩きにくそうにしながら、ゆっくりと坂道を下りていく。

 

 それに、彼女には大事なことがある。

 

“命”に関わることが。

 

 自宅に残した一基を除くガンビット三基を周囲の警戒に当たらせると、近くに誰も居ないかもう一度確認する。

 

〈耐水魔法〉(ウォーターシェル)

 

 一口に“水”といっても様々ではあるが、これは肉体の耐性を高めて、そういった物から一定時間身を守る魔法である。

 

 ただし水を完全に受け付けなくなるという訳ではなく、肌に砂を浴びるようなものにするというだけだが。

 

 この魔法は、“ルティシアにとっては”文字通り生死を分けるほどに大事なものであった。

 

「水圧……はさすがにいらないと思いますが、耐水は場合によってはかけ直しが必要ですね。早く終わると良いのですが」

 

 憂鬱そうに、ルティシアは嘆息を吐いた。

 

 砂浜では遅れてやってきた一人を、先に来て荷物を下ろした三人が手を振って呼びかける。

 

 なのははピンク、すずかは緑白色、ルティシアとアリサが赤の、それぞれセパレート型やワンピース型の水着を身に付けている。

 

「さあ、今日こそは決着をつけるわよ!」

 

 バッグから取り出したビーチバレーボールを手に、不敵に笑いながら宣言するアリサ。

 

 チーム分けは、いつも四人で遊ぶのと同じ。

 

 なのはを狙うアリサ。

 

 ルティシアを狙うすずか。

 

 サーブを受ける事に集中するも、ルティシアからトスを受けて、時々はアリサに返していくなのは。

 

 ルールを知らなかったものの、覚えてからは姉のフォローに走り回り、相手も走らせようと微妙な位置を狙ってボールを送るルティシア。

 

 場所が砂浜故か、ドッジボールの時よりは遥かに早く決着が着いた。

 

 三人が砂浜に膝をつき、一人が平然と立っている状態。

 

「あんたね……何で……そんなに……元気……なのよ」

 

 息も絶え絶えという有り様のアリサに言われ、砂浜に着いてすぐサンダルを脱いだルティシアは考え込む。

 

「……日頃の鍛練でしょうか?」

 

「ルティ……ちゃん……ずっ……と……一緒に…いる……はず……なの……に」

 

「ここは不利……みたいだよ、アリサちゃん」

 

 すずかはまだ喋る元気はあるようだが、なのはも限界が近いようだ。

 

 熱い砂浜の上から、休憩用にと途中で恭也が設置していったパラソルの下へと移動する。

 

 それぞれが水分補給をする傍ら、ルティシアの視線は沖へと。

 

 四十メートルほど先、ポツンと海上に突き出ている岩。

 

 切れかけた注連縄がかかっているそれは、安全祈願の守り岩か何かなのだろう。

 

「あれはね、昔からずっとあそこにあるって聞いたことがあるよ。ずっと欠けることもなく。だから、きっと海の守り神が憑いているに違いないってことで、守り岩にされたんだって話だよ」

 

 

 ルティシアの視線に気が付いたのか、すずかが岩の方を見ながら説明してくれた。

 

「……なるほど。大事な、大事な岩なのですね」

 

「うん」

 

 舘から、パラソルを設置して戻っていった恭也を含む四人が降りてくると、休んでいた少女達も立ち上がる。

 

 恭也は砂浜を利用した自主トレを始め、忍はパラソルの下で読書。

 

 メイドの一人は忍の近くで控えているが、もう一人は少女達に混ざって水遊びに興じる。

 

 回復したアリサに水泳勝負を挑まれたルティシアが、そのアリサの足をを掬って倒したり、うがー! とキレたアリサが逆襲とばかりに飛びかかる。

 

 宥めようと近寄ったなのはとすずかも巻き込まれ、波打ち際での大規模な水合戦へと発展した。

 

 途中でこっそり離れようとしたルティシアだが、当然逃げられるはずもなく……。

 

 夕食前には、水合戦に参加していた全員がヘトヘトだった。

 

 逃げそうな一人を最初から捕まえておき、五人で風呂に入ると汗を流す。

 

 さっぱりした後は、屋敷の前でバーベキュー。

 

 恭也達三人が手際よく準備していたため、すぐに食材の焼ける音と美味しそうな匂いが辺りに漂い始める。

 

 騒ぎながらの食事と片付けを終え、日中に騒ぎ疲れたせいか部屋に戻った少女達はすぐに舟を漕ぎ始めた。

 

 そして、真夜中。

 

 ルティシアは眼を開ける。

 

 部屋の中にはベッドが四つ。内一つは空だが。

 

 ルティシアの隣では、例によってなのはが眠っていた。

 

 ただ、さすがに昼間のあれで疲れたのだろう。

 

 熟睡しており、侵入まではしてきたものの抱き付く力は残っていなかったようだ。

 

 ルティシアはそっとベッドから下りると、なのはが冷えないようにと布団をかけ直す。

 

 部屋の中は明るかった。

 

 いや、きっとこの辺り一帯が明るいのだろう……“今は”。

 

 ルティシアは青いパジャマを脱ぐと、ベッドの上に置く。

 

 なのはが身に付けている以外の、残る十一の力を持つネックレスに軽く触れたあと、左手のリストバンドがアンダーウェアへと変わる。

 

 身体を、窓から射し込む光が赤く照らしていた。

 

 空に浮かぶ、禍々しい赤い月が。

 

 砂浜に残してきたガンビットを基点にして転移する。

 

 ガンビットを二基屋敷に残すと、一基はそのまま自身の近くで随行させておく。

 

 移動しながら〈水上歩行〉(ウォーターウォーキング)と〈耐水魔法〉を唱えたルティシア。

 

 水の上を歩き、沖にある赤い光を放つ守り岩の所へと。

 

 前を見据えた少女が歩く度に、水面には波紋が広がる。

 

『フワッハッハッハ、来たか』

 

 岩から黒いガス状の何かが立ち昇る。

 

「ずいぶん手間をかけましたね」

 

 ルティシアの頭の中に響いた声に対して、歩みを止めずにルティシアも答える。

 

『ここに面白い奴らが来るのは聞いていたからな。ゆっくり準備をしながら……そう、祈りが込められて膨大な力を蓄えたこれを、内側から侵食してな』

 

 

 愉快そうな声が響く。

 

「……最初は気付きませんでした。その岩が持つ神聖な気に阻まれて。でも、姉さんが波打ち際に近寄った時の変化。引き寄せるかのような波を使い始めて、分かりました」

 

『フワッハッハ。あれほどの馳走、見逃すはずがなかろう。だが、貴様が邪魔をした。姑息にも、波打ち際から動かさないようにしてな!』

 

「なの姉さんも、舘のみんなも、傷付けさせません」

 

『フワッハッハッハ! 出来るのか? お嬢ちゃん。俺は水と闇を司り、今は光すらも操る存在だぞ』

 

 波が、岩を中心に逆巻き始めた。

 

 岩から五メートルほどの位置で、ルティシアも歩みを止める。

 

「……守ります」

 

 右手を顔の前で握りしめる。

 

 ネックレスが、獅子の指輪の瞳が輝く。

 

「お願いします、レオ」

 

 ルティシアを黄金の光が包み込み、その身体に聖衣(クロス)が纏われていく。

 

 白いマントをなびかせながら、岩と向かい合う。

 

『フワッハッハッハ! 面白い! 我が名はアークデビルがスィーマ! 我らが地、魔界の貴族である!』

 

 岩から吹き出した瘴気が、空中で実体化していく。

 

 黒い鎧のような肉体に、爛々と輝く赤い目、背中には大きな翼。

 

 この世界に居てはならない、異形の存在――魔族。

 

「聖竜王国セイティーグ特戦部隊所属、高町・S・ルティシア。女神の戦士の力と共に、あなたを倒します」

 

 ルティシアから彼女自身の緋と、黄金の戦士が放つ黄金の闘気が吹き上がる。

 

『フワッハッハ! 捧げよ、マナを! 今宵は殺戮の宴!』

 

 それが、戦闘開始の合図となった。

 

『穿いて縛れ! 我が意のままに!』

 

 海面から無数の水の弾丸が放たれる。

 

 ルティシアは避け、あるいは腕で弾き、足下から飛び出してくる水の鞭をステップで回避する。

 

『ほれほれ、〈闇のつぶて(シャドウチップ)〉』

 

 水面からの水弾と鞭に加え、空中に開いた闇の穴からも漆黒の弾丸が放たれる。

 

「……なるほど。低ランク魔法による、手数で押すタイプですか」

 

 ガンビットで一部を弾きながら、回避に専念したルティシアはただただ避け続ける。

 

 右手に雷光を集めながら。

 

『フワッハッハ、どうした逃げ場所が無くなるぞ!』

 

 ルティシアを囲むように、水と闇の弾丸を放ち鞭を操る。

 

 と、不意にルティシアの姿が消えた。

 

 目にも止まらぬ速さで、空中に浮かぶスィーマの真下へと。

 

「――撃ち抜きます。獅子の牙、ライトニングボルト」

 

 右手から放たれた雷光が、スィーマの黒い体を貫く!

 

 が……。

 

 貫かれた体は、即座に元の形へと戻ってしまう。

 

『フワッハッハッハ! 残念だが、俺の体は闇と水で出来ている。水は穿てず、縛られず!』

 

 スィーマは両手を広げると、それぞれに闇を生み出した。

 

『そして、ここは俺の作った月匣(げっこう)の世界。ここのルールは俺が決める』

 

 それに、と続けた男の両手から闇が放たれ海面へ。

 

 逆巻いていた海面が、複雑な紋様が描かれた魔法陣を描く。

 

「……相手を弱める〈劣化陣〉ですか」

 

『そうだ! 二重に弱体化させられて……お嬢ちゃんはいつまでもちこたえられるかなぁ?』

 

 愉悦に口元を歪め、新たに闇の弾丸をいくつも生み出すと、まとめてルティシアへと放つ。

 

 ルティシアも手刀を構えて、迎撃の構えをとる。

 

「獅子の咆哮、ライトニングプラズマ」

 

 迫る無数の闇の弾丸を、閃光が網の目のように縦横無尽に走りながら迎え撃つ。

 

 しかし。

 

「くっ」

 

『フワッハッハ、どうしたどうした、これは片手だぞ? もう一つの手と、水もある!』

 

 増量した闇が、閃光の網を潜り抜けルティシアの元へと到達。

 

 周りからの水の弾丸もその勢いと数を増し、ガンビットを弾き飛ばした後は弾幕となってルティシアを襲う。

 

 さらに、少女の足下から伸びた水の鞭が、聖衣ごとその身体を締め上げる。

 

 幾重にも巻き付かれた聖衣が軋む音と、抵抗が無くなった身体を襲う闇と水の弾幕の音だけが、辺りに響く。

 

『フワッハッハ! さすがに1/20以下にされればこんなものか!』

 

「……この程度は無駄です」

 

 スィーマの上機嫌な声を、ルティシアの抑揚が無い声が遮る。

 

 弾幕が続いているというのに、その声ははっきりとスィーマに届く。

 

『あん?』

 

「……弱体化させてなおこの程度では、聖衣も、私自身も傷付けることは出来ません」

 

 頭部位(ヘッドパーツ)から覗く細められた濃紺の瞳が、まっすぐにスィーマを射抜いた。

 

『ああ、そうかい! 派手に破壊されて死にたいのか!』

 

 激高したスィーマの掲げた両手に、闇の球体が生まれる。

 

〈暗黒球体〉(ダークスフィア)! 蝕まれろ!』

 

 凝縮された闇が、水の鞭ごとルティシアを呑み込むと、さらに圧縮し始める!

 

「く……う……」

 

 凄まじいまでの闇の圧力で、ルティシアの口から声が漏れる。

 

『ほら、バラバラに切り刻んでやるぜ! 〈水刃波〉(アロンダイト)

 

 岩が赤く輝くと、海面から放たれた巨大な無数の水の刃が、まるで波のごとく幾度となくルティシアへと押し寄せる。

 

 闇に囚われたままのルティシアが避けられる筈もなく、その身は水の刃へと晒される。

 

『トドメだ! 〈聖光爆裂〉(リプレイド)!』

 

 闇の球体を、最後に集まって出来た大型の水の刃が切り裂くと、岩から放たれた数発の白い光弾がそこに放たれた。

 

 光弾が命中する端から、幾つも爆発が起きる。

 

『フワッハッハッハ! 闇と光が合わさって何とやら、だ』

 

 完全な死体になる前にこいつからもマナを回収するか、と降下するスィーマ。

 

 しかし、その動きは不意に停止する。

 

 その顔に、驚愕と恐怖を浮かべて。

 

 そのスィーマの視線の先には、自身が巣食っていた岩があり。

 

 そこには寄り添うように立つ、黄金の聖衣を纏った少女がいた。

 

 頭部位は弾き飛ばされ、リボンも解けたのか、ポニーテールにまとめられていた髪も腰の辺りで潮風に遊ばれていた。

 

 白いマントは見る影もなく。

 

 聖衣に覆われていなかった部分のアンダーウェアもボロボロになっており、所々では出血も見られる。

 

 そんな状態でも、少女からは黄金と緋が混じったような闘気が発せられている。

 

「ここまでです」

 

 ルティシアの抑揚の無い声が、静かになった水面に響く。

 

「あなたはアークデビルなどではなく、ましてや実力者の証である貴族でもありませんね?」

 

 傷だらけの状態でも全く輝きを失っていない目が、再びスィーマを射抜いていた。

 

『な、何故……』

 

 それを、は言葉にならなかった。

 

 どうして見抜かれた!? と、そちらに意識が向かっていたためだ。

 

「……使う魔法が下位過ぎました。つぶては最も簡単な魔法です。それに本当の貴族クラスなら、例えつぶてであっても、今の私程度なら軽く貫くでしょう」

 

 淡々と述べる。

 

「そして暗黒球体はともかく、〈水刃波〉と〈聖光爆裂〉。これらは、この岩の魔力で放たれたもの。あなた自身のものより、明らかに上の力を感じました」

 

 スィーマは憎々しげに見下ろすのみ。

 

「何よりあなた自身が本当に強いなら、この月匣が出ている時点で私は弱体化していた筈なのですから」

 

 月匣でルールを設定するのであれば、使う本人にも優れた能力が求められる。

 

 相手を弱体させるならなおさらである。

 

 もっとも、本人が優れていたとしても、相手もそうであった場合はその限りではないが。

 

 そう、ルティシアが弱体化されていなかったからこそ、スィーマは岩の魔力を使って〈劣化陣〉を新たに作ったのだ。

 

「岩には上手く侵入出来たのかもしれません。ですが、あなた自身はその特殊な力があっただけの、レッサークラスでしかないのです」

 

『フヮオーーー!!』

 

 狂ったように叫び声を上げるスィーマの両手から、無数の闇の弾丸が放たれる。

 

「岩に寄生し、さらにその力に頼るしかなく、この地を訪れた魔力あるものを襲う」

 

 少女と岩に命中しそうな弾丸は、戻ってきたガンビットに弾かれ、水面を叩いては小さな水柱を上げる。

 

「この岩は大切なもの。月村家のみなさんのためにも、ここであなたを倒します」

 

 静かなルティシアの宣言に、辺りを照らしていた光が変わる。

 

 赤から真紅へと。

 

 月の色と共に。

 

『馬鹿な……月匣が置き換わった!?』

 

「私の世界へようこそ。もう、あなたは私のルールの中です」

 

 岩から魔力を借り受けて、ルティシアが月匣を構成する。

 

 スィーマが途中で岩の魔力も使って月匣を張り直していれば、戦いはまた違った形になったであろう。

 

 ルティシアはこの展開を狙ってスィーマを怒らせ、月匣を上書き出来るまで魔力を消耗させたのである。

 

『こんなはずでは!』

 

 先ほどまでの余裕はもう無く、狼狽しながら再び〈暗黒球体〉を放つ。

 

「守力至宝」

 

 ルティシアも応じるように手刀を構え、空へと跳躍。

 

「聞きなさい、獅子の咆哮を。ライトニングプラズマ」

 

 再び縦横無尽に走り始めた閃光が闇の球体を、水をも切り裂くというルールにおいてスィーマをも。

 

『おぉおおぉー! あんなやつの……はなし……なんかに……』

 

 スィーマの横を跳び越えたルティシアは、そのまま空中で身を捻って……逆に急降下!

 

 闘気を集束させたことで緋く輝く右足――それによるトドメの蹴りが、スィーマの体を粉砕した。

 

 海面に着水したルティシアは、すぐに岩へと向く。

 

 そっと、岩に手を触れる。

 

「……ここに蓄えられていた魔力素は、大部分をスィーマが奪ってしまったようです。でもスィーマの力では、神聖なこの岩に侵入することは出来ないのでは無いでしょうか? 潜ませることが出来る、別の存在がいる?」

 

 考えるルティシアだが、すぐには答えが出ないことだと判断すると、ため息と共に頭を左右に振る。

 

「元の状態に戻そうにも、造り出された魔力の結晶である魔晶石に頼る私には、渡せる魔力がありません。どうすれば……」

 

 その時、色とりどりの小さな光の粒子が辺りに漂い始めた。

 

 水面から、あるいは空から雪のように。

 

 手のひらで受け止めるようにしてそれを見ていたルティシアだが、ややあってそれの正体に思い到った。

 

「これは……魔力素(マナ)? こんな光景、初めて見ます」

 

 光の粒子は岩に集うと、吸い込まれるようにその中へと消えていく。

 

「これは、スィーマが奪っていたマナ? 倒されたことで、辺りに散ったマナを再び取り込んでる……」

 

 やがて魔力素を全て吸収し終えると岩が仄かに輝き始め……一際強く光を放った後には、注連縄も新たに元の状態へ。

 

 魔力を確認すると、全てでは無いだろうがかなりの量が蓄積されたようだった。

 

「このようなこともあるのですね。これから先、この地が平和でありますように」

 

 そう祈りを捧げる。

 

 赤いリボンとヘッドパーツを回収して聖衣をネックレスに戻すと、月匣を解除する。

 

 結界が解かれたことで、元の綺麗な月夜が戻ってきた。

 

 魔法の効果時間が切れる前に、ルティシアは砂浜へと戻ってくる。

 

 負傷したので治療魔法を使おうと思ったが、余り魔晶石を消費したくないルティシアは、亜空庫から赤い液体入りの小瓶を取り出す。

 

 そして蓋を開けると、それを一気に飲み干していく。

 

 味は無いものの痛みがスーッと引いていき、出血も止まるが、傷跡そのものは残っている。

 

 そこで空瓶を戻すと、今度は手のひらサイズの小さな丸いケースを取り出し、中のクリームを傷跡に塗っていく。

 

 丁寧に塗り込んでいくと、冷たい感触と共に傷跡が塞がっていった。

 

 ルティシアは屋敷の外に残していたガンビットを操作し、転移の基点にするために浴室へと向かわせる。

 

 

 水の弾丸を受けた時の“海水”を洗い落とすために。

 

「普通の水であればまだ良かったのですが……」

 

 軽くため息を吐きながら、水音を余り立てないように熱いシャワー浴びる。

 

 破れたアンダーウェアはこちらで汚れることも考えて、一着だけ予備を持ってきてある。

 

 今日はもう行く気力が無いが、後日拠点で修理に出せば良い。

 

「後は姉さんが起きない内にベッドへ戻れば大丈夫ですね。それにしても、魔族が居るとは思いませんでした。他にもいないか、明日はこの辺りを少し調べてみた方が良いかもしれません」

 

 少女は気が付いていない。

 

 シャワーを浴びながら考えごとをしている間、部屋に置いたガンビットの映像を見ていなかったために。

 

 外敵ではないことで、ガンビットからの警告が鳴らなかったがために。

 

 ふと目を覚ましたなのはが、妹の姿が無いことに気が付いたことに。

 

 ベッドの上に置いてあったパジャマを見て、不安になったなのはが友人二人を起こしたことに。

 

 捜し始めた三人が、すぐそこまで迫っていることに。

 

 急に居なくなって不安にさせたことを怒られるのは……この五分後の事だった。

 




 
 
next

長い夏休み。

占めるのは遊びと宿題。
しかし、夏休みだからこそ普段出来ないことをする機会でもある。

そこでは新たな出会いも。


アリサ「これで良いんじゃない?」



(出典)

 月匣:ナイト・ウィザードシリーズより。使用法は多少異なります。


 聖光爆裂:セブン=フォートレスシリーズより

 赤く光る蹴り(レオキック):ウルトラマンレオより

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