二週間振りとなる家路を、のんびりと歩く四人。
正確には、車イスに乗った少女とそれを押す女性。大型の蒼い犬……狼と、その背でぐったりとしている少女。
はやてとシャマル、ザフィーラとメーアである。
「それにしても、すずかちゃんやお友達の皆さんへのお土産を、シグナムとヴィータちゃんに任せて大丈夫なのかしら?」
旅館を出る際に、お土産は自分達で選ぶからと言って別れた二人を思い、不安そうなシャマル。
「大丈夫や。あの二人を信じなあかん」
後ろのシャマルを振り返って、笑みを浮かべているはやて。
「まぁ、あの二人がお土産に何を選ぶのか、わたしも気にはなるねんけどな」
「……シグナムはともかく、ヴィータははやてと自身へのお土産になりそう」
「それも、あり得る事だな」
笑いながら話すはやてに、メーアやザフィーラも口を開いた。
「でも、お土産を渡す前に、はやてちゃんは病院で検査よ? 主治医の石田先生からは、何度も念を押されているんだから」
「もちろんや。石田先生、怒うたら怖いしな」
通っている病院の主治医の女性からは、家族で旅行に行く事を告げた際にシグナムやシャマルも含めて、耳にたこが出来そうな位に帰宅後の検査について言われたのだ。
休んだら何を言われるやらと、はやては苦笑する。
流石に、石田先生へのお土産ははやて自身が事前に選んでおいた為、あの二人が何を買ったとしても、友人達への被害だけで抑えられるようにはしてある。
「ふむ……メーア、お前も診て貰ったらどうだ?」
周りに人が居ないのを確認して、ザフィーラは背負っているメーアに話しかけた。
「そうね。歩くのも辛いなら、明日はやてちゃんと一緒に――」
「……ただの疲労だから、二・三日休めば大丈夫。私よりは、はやてを」
と、話している途中で、横から伸びた手がメーアの頭を軽くはたいた。
「こら。そない言うて、もう四日もそないな状態やない。明日、治ってなかったら一緒に病院な?」
「……でも」
「あかん」
「……あの」
「あかん」
メーアの抗議は、はやてににべもなく一言で切って捨てられる。とりつく島もないようだ。
「『シャマル、実際の所はどうなのだ?』」
なのは達が使うミッド式とは違うベルカ式、その中で〈念話〉と同じ分類である〈思念通話〉で、シャマルにだけ話しかけるザフィーラ。
「『私が見た限りでは、異常は特に感じられなかったわ。彼女の言うように、疲労が近いとは思うけど……』」
「『そうか、それならば良いのだが』」
「『ただ……』」
「『ただ、何だ?』」
「『はやてちゃんとは別に、衰弱している様な気がするの』」
僅かに、ザフィーラの目が細められる。
「メーアもわたしの家族なんやから、きちんと元気にならなあかんよ?」
「……それがヴィータ並なら無理」
「あそこまでとは言わへんけど、少なくとも今のままよりはええ」
そのようなやりとりをしながら歩き続けていたが、ふとザフィーラとシャマルが足を止めた。
「ん? どないしたん、二人とも?」
「……はやて、家の前に誰かいる」
不思議そうなはやての問いに、ザフィーラの背に手を着いて体を持ち上げながら、メーアが答える。
「誰かって……」
はやてが二週間振りの我が家を見ると、家の前には六人の人影が有り、全員がはやて達の方を見ていた。
どこか憂いを帯びる壮年の男性と、背後で左右に分かれて立つ女性が二人。その女性二人は無表情だが、髪の長短の差はあれど良く似ていた。
そして、男性の横に立っているのは真夏に黒い長袖長ズボンの少年。少年の横に、唯一穏和そうな笑顔を浮かべている明るい緑色の髪の女性。
家の壁に腕を組んでもたれかかっている金髪の女性は、つまらなそうにはやて――ではなく、ザフィーラとメーアの方を見つめていた。
「な、なんや?」
「まさか、時空管理局……?」
二度目のはやての問いに、一歩後ろに下がりながらシャマルが小さく呟いた。
守護騎士達の過去の記憶には確かに欠けているものが多いが、それでも過去に幾度も書の完成を阻むために対立した管理局の存在は覚えていた。
そして、現在も自分達を――闇の書を、どうにかしようと考えているであろうことも、想像に難くない。
怪しいフードの、騎士を名乗る女からもそのような話を聞いた。
故に、主であるはやての意向もあり、今回は管理局とは敵対しないように、魔導師を狙うような事はしていない。更に、管理外世界の中でも特に危険な原住生物だけを狙って蒐集していた。
もちろん、命を奪う程の蒐集は行わない事も徹底している。
「『シグナム達は変装もしている筈なのに。こんなに早く、正確にこちらの場所を突き止めて来るなんて……シグナム達も居ないのに』」
「『落ち着け。過去はともかく、現在の我々は、管理局の法に反する事はしていない。せいぜいが、警告止まりだ。主やメーアもいるのだ。刺激はするな』」
シャマルは、自身の指輪型デバイス――クラールヴィントがはめられた手を強く握り締め、ザフィーラも警戒を露にはするが、まだ身構えはしない。
そんな二人の様子に当然気付きながらも、壮年の男性――ギル・グレアムが、少年――クロノと緑髪の女性――リンディと共に前に進み出た。
クロノとリンディは途中で止まったが、グレアムはそのままはやての前までやってくる。
「手紙ではやりとりをしたが、こうして会うのは初めてだね、はやて君。私は、ギル・グレアムと言う」
憂いのある表情に僅かばかりの笑みを浮かべて、グレアムは右手を差し出した。
「え……もしかして、グレアムおじさん? お父さん達の友人で、イギリスの」
亡くなった両親の友人で、支援をしてくれている恩人。多忙につき海外で暮らしている保護者。
思ってもいなかった人物に、はやても驚きを隠せない。慌てながらも、何とか右手を伸ばし握手を交わした。
「今日ははやて君に、いやはやて君達に頼みがあって、ここまで来たんだ」
「頼み……ですか?」
その言葉に、一層警戒を強める二人――いや、はやて以外の三人を見ながら、クロノとリンディがグレアムの横に並ぶ。
「時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ」
「時空管理局のリンディ・ハラオウンです。今日ははやてちゃんと、夜天の書の守護騎士の皆さんにお願いが有ってきました」
リンディの言葉を聞いた守護騎士の二人が、驚きと戸惑いの表情を浮かべる。
「夜天の書だと……?」
「管理局が私達にお願い……ですか?」
「二人とも、さっきから変やで? 管理局って何の事や?」
三人の反応を確認し、クロノが口を開く。
「その事も含めて説明するが、君達に書の完成を前提とした協力をしてほしい」
「立ち話もあれやから」とはやてに招かれ、場所を家の中に移して続けられる話し合い。
はやてに対して、まず管理局についての簡単な説明が行われた後で、彼等は今回の訪問目的を語り出した。
その中で、メーアは部屋で休むように言われたが、敢えて話が行われているリビングに残っている。
無視できない存在が、管理局側に同行していた為に――。
はやて達からは少し離れて、リビングと一体化しているキッチンの方の椅子に腰掛けているメーア。リビングの方の話には興味ないとばかりに、近くの壁に背を預けている人物に思考波を飛ばす。
「『……ビューネイ。何処かに封印されている筈のあなたが、何故管理局とここへ? 何よりも、どうやって外へ!?』」
「『封印から出たわけではない。その姿のお前と同じで、これは仮の肉体よ。管理局とやらと一緒にいるのも、そこに世話になった者達がいるからだ。虫けらの仲間になった覚えは無い』」
無視される事も考えていたが、メーアの記憶通りの冷たさを感じさせる声が返ってくる。
「『あなた達に、あの時一体何があったの?』」
「『知らされていない、か……ならば、詮索は無用だ。知れば、今のお前では消滅するぞ? 仲間との軋轢に苦しんでいる様ではな』」
「『冥魔の罠に誘い込まれたとは聞いた。他の三人はともかく、あなただけでも助けたかったけど、こちらも主の行方が知れず動けなかった』」
「『詮索は無用、と言ったぞ? だが、そうだな……。旧知のよしみで教えてやろう。今回のこちらの提案は、お前の身にも関係あるからな』」
「『私にも?』」
訝しげな思考波を飛ばしてきた、幾度かぶつかり腕を競いあったかつての好敵手に、ビューネイは少しばかり同情する。
「『選べ。最初の主と今まで通りのかつての仲間か、魂宿す今の主と減ることになる今までの仲間と、書の主達かをな』」
「『それは……』」
「『そもそもあり得ぬ。お前も気付いている筈だ。お前達――円卓の騎士の中で、求める主が分かれていることに。ウルグの肉体は完全に滅びている。両方を得る事など、不可能な事なのだ』」
「『それは……分かっている』」
苦悩で占められているメーアの思考波に構わず、ビューネイは話を続けていく。
「『件の書が完成すれば、魂を宿す継いだ主を“闇の牢獄”から呼び出すのだろう? その後で儀式を行い、眠るウルグの魂を呼び醒ます。覚醒すれば、恐らく近くの者の命は無いだろうな。そして、書の持ち主の選択は決まっている。書が引き起こす悲劇を止め、家族で暮らせるようにする。破壊神という物騒な者は呼ばせない』」
返事は返ってこない。リビングの方の話し合いも、管理局側がはやてやシャマル、ザフィーラ達を説得していた。
「『ウルグ様の復活を防ぐ手段が、あなた達にあるというの?』」
間を置いての思考波に、ビューネイは冷笑を浮かべる。
「『それ自体は簡単だろう? 儀式前に、お前達を始末すれば良いのだから』」
「『ビューネイ。それは慢心が過ぎる。あなた一人に倒される程、私達は弱くない』」
「『一人なら、な。私も無謀ではないし、仲間の仇を取らねばならぬ。命を捨てる真似はせんよ』」
視線鋭く睨んでくる姿に、管理局の制服の上から胸元を軽く叩いて見せる。挑発とも取れるビューネイのその態度に、逆にメイアは怒りよりも疑問が浮かぶ。
「『確かにあなたならしない。つまり、それだけの戦力がそちらにある……と』」
「『こちらの事を気にする事はあるまい? 今はお前がどうするか、だ。かつての主か、書の主のどちらを選ぶのだ? まぁ、魂を宿す今の主なら機会はあるかもだが、儀式を行わせない……つまり、確実に円卓の騎士は何人かを失う事になる』」
「『く……』」
「『これは、許可を得た上での私からの最大限のサービスだぞ? お前との決着が着いていないからな。悩むのは良いが、早く決めないと間に合わなくなっても知らんぞ? 分かたれしもの』」
「『分かっている、魔龍公。いや、私には既に選択肢は一つだけだったのだから……。それでも……失う日を遅らせたかった……』」
疲れと寂しさ、二つが混ざっている思考波。
奇しくも、はやてとメーアがそれぞれの相手に答えを告げたのは、同じタイミングであった。