時空管理局が無人世界と判別している、数多の世界の中の一つ。
見渡す限り――地平線の彼方までどこまでも広がっている砂と、風の世界。
管理局が危険エリアに指定しているその場所を、一人の人物が歩いていた。
砂上に小柄な体躯通りの小さな足跡と、引きずっている長柄のハンマーの跡を残しながら……しかしその痕跡もすぐに、吹き行く風が砂で覆い隠してしまう。
赤いドレスにも見える服に、白いウサギの様な飾りが付いた赤い帽子。
しかし、あちこちヒビが入り顔から外れかけているウサギの仮面同様に、纏っている――ハンマー以外のそれらもまたボロボロの状態であった。
「――チクショー……はやてに貰った騎士服を、こんなにグチャボロにしやがって……まぁ、騎士服は治るし、そこそこ書のページも稼げたから良いけど……あっ!?」
靴の金具が壊れて、その拍子に前へとつんのめり、砂漠に身を投げ出してしまう。
「……くっ、いたく……痛くない」
顔から外れた仮面をそのままにして、少女――ヴィータは顔を上げる。
「こんなの、ちっとも痛くない!!」
内からの叫びと共に、相棒のハンマー型デバイス――グラーフアイゼンを支えにしながら、ヴィータは立ち上がる。
「昔とはもう違う。帰ったらきっと、ニコニコ笑うはやてが待っててくれるんだ。はやてが作ったギガうまなご飯をみんなで食べて、はやてやメーアとあったかいお風呂に入って、すずか達と買い物に行って、高町達と遊ぶんだ!」
相棒を肩に担ぎながら、前方――ほんの数メートル先で、何かが蠢く砂中を見据える。
「そうだよ、あたしはすっげー幸せなんだ!! だからこんなの……」
砂の中から飛び出してきたのは、獲物である長大なミミズ――サンドウォームと呼ばれる生物。
「ちっとも痛くねぇーーーっ!」
鋭い牙を円盤状に生やした口を開いて、顔から突っ込んでくる相手を空中へと避けながら、ハンマーを振り上げる。
「やるぞ、グラーフアイゼン!」
ヤヴォール
《jawohl!》(了解)
すれ違いざまに、力強く答えた相棒を相手の身体へと叩き込む。
長く厚い身体へ放たれた一撃は、巨大砂ミミズを砂上へと叩き付ける。
もうもうと砂と砂煙を巻き上げながら、その巨体が隠れていく。
既に数体から蒐集を行ったヴィータは、この程度で倒れる相手では無いことを知っているため、油断する事なくハンマーを構えている。
そして、案の定すぐに砂のカーテンを突き破ってきた獲物を前に不敵な笑みを浮かべ――。
「――なっ!」
さらに二匹目、三匹目と続き、真下からも砂を巻き上げて一匹が迫ってくる。
思わぬ追加に驚きはしたものの、すぐに気を取り直し、ダルマ落としの要領で順に殴り付ける。
「探す手間が省けたな。てめえら、まとめて蒐集してやる!」
……故に気が付くのが遅れた。
この戦場に高速で迫って来ていた、大砂原から突き出た大きな背ビレに……。
戦闘の音に紛れて、一気に空中へと襲いかかってきた――サンドウォームと共に、この世界を危険エリアと足らしめている砂ザメに。
背後から迫る気配に気が付いた時には、ヴィータを食そうと、サンドウォーム以上の脅威を誇る牙が、間近に迫っていた。
「――しまっ!?」
得物の特性故に、大きく振り回した反動で咄嗟の時の小回りが利かない。それでも、その凶器から身を守ろうと無理矢理両手を動かし――。
「ヴィータちゃん、危ない!」
《accel shooter》
桜色の光の尾を引きながら飛んできた数発の魔力弾が、砂ザメを――しつこく迫っていたサンドウォームを、砂上へと撃ち落とした。
「今のは……てか、今の声――」
数発同時とはいえ、十メートルを超える巨体の突進力を完全に上回る魔力弾の威力に呆れつつも、聞き覚えのある声にヴィータがそちらに振り向くのと。
「ヴィータちゃん、大丈夫だった!?」
靴から桜色の光の羽根を生やし、濃紺のマントをなびかせた白い服の少女が真横に並んだのは、ほぼ同時であった。
「やっぱり高町まんなか!」
「ま……なのはだよ、な・の・は! 酷いよ、ヴィータちゃん! みんなでゲームとかしてるんだし、そろそろ覚えてよ!」
「二人だけなら姉と妹で済むのに、さらに上にいるしな。それに、お前はともかく妹の方は長ぇんだよ。だからって、お前の方だけ名前で呼んで、あっちだけ妹って呼ぶのもあれじゃねぇか」
「うう……そ、それでもまんなかは無いよ!」
話をしながらもヴィータは、威嚇しあう砂ザメとサンドウォームを警戒していた。
とにかく仲が悪いこの二種の生き物は、出会うとすぐに喰う・喰われるの関係となる。個々で戦えば勝つ砂ザメだが、サンドウォームの群れが相手では旗色は悪かった。
不利な状況ではお互いに逃げる事を優先する為、この様な睨み合いが発生するのは稀である。
「それはともかく……お前、やっぱり魔導師だったんだな」
「ヴィータちゃん、知ってたの?」
「シャマルが調べた。フェイトとアリシアもな。で、あたし達に近付いてきたのは闇の書を……はやてを狙ってか? もし、そうなら……!!」
グラーフアイゼンを力一杯握り締めながら、なのはを睨むヴィータ。
「違うよ、ヴィータちゃん。はやてちゃんや、ヴィータちゃん達を、助けに来たんだよ」
そんなヴィータに、なのはは首を横に振った。
自分達を助けに、と話すなのはにヴィータは驚きの表情を浮かべたが、それはすぐに怒りの表情へと変わる。
「ば……馬鹿言うな! お前も管理局なんだろ!? あたし達は今までも、管理局とは何度もやりあってきたんだ! そんなお前達の言うことなんか、信じられるわけねぇだろ!?」
「私は管理局じゃないよ? ただの、民間協力者。魔法と出会ったのも偶然。色々な偶然が重なって、フェイトちゃんや管理局の人とも知り合ってはいるけど」
「やっぱり管理局とつるんであたし達を……!」
「違うよ!」
激昂するヴィータに、なのはは強く否定の言葉を返す。
左手に持ったレイジングハートを構えて、下の異形の生物達に視線を移す。
「違うよ、私ははやてちゃんを助けるために、ヴィータちゃん達に協力するように頼まれたんだ」
「……管理局にか?」
「管理局……と言うよりは、その私の知る人達からかな。夜天の書のことも……はやてちゃんを助けられるかもしれないことも」
「“魔力を蒐集して、書を完成させる”だろ? そんなのは、守護騎士なあたし達の方が良く……良く……」
ヴィータの声から、急に勢いが無くなっていく。以前、変な女に過去の記憶を失っている事を指摘されたのを思い出して。
「――……高町。本当にはやてを、助けられるんだろうな?」
やや間があって、下を見据えながら硬い声で訊ねてくるヴィータに。
「うん! だから、お手伝いさせて、ヴィータちゃん」
なのはは迷いなく頷き、再度協力を申し出る。
「あたしの一存じゃ決められない。おかしな連中の件もあるしな。けど、とりあえず今はお前を信じてやる。下の奴らから魔力を蒐集する。手伝ってくれる……んだよな?」
ぶっきらぼうなヴィータのその言葉に、なのはは笑顔を浮かべ……すぐに真剣な顔に戻した。
下の生物達は睨み合いを止めて、
「うん! いくよ、レイジングハート・レジィナ!」
《yes, master. saintjewel is a quarter drive. a barrier jacket continues sacred mode and I continue accel mode》 (はい、マスター。セントジュエルは四分の一の力で駆動。バリアジャケットはセイクリッドモードを、私はアクセルモードを継続します)
システムの言っていたセントジュエルの力――セント☆プリンセスの第一段階であるエアフォームは、このクォータードライブから使用可能になる。
拠点でのルティシアやフェイトとの鍛練時に、徐々に力を開放しながら使用出来る段階まで進んできたものの、やはりシステムの説明にあった通り身体への負担が大きかった。
そして、それらのフォームは三人で相談した結果、本当に必要とした時に使う事に決めていた。
ただ、普段の魔導師としての活動時には使わなくても良い? という意見には、レイジングハートから提案があった。
『普段から出来るだけクォーター状態を維持することで、身体を慣らしていきましょう。いざというときに、それぞれの力を使用した時の負担も軽くなる筈です』
……と。
ルティシアからは二人にかかる負担が心配されたが、当の二人が賛同してしまった。よって、使用後は拠点でメディカルチェックを受ける事で、ルティシアも妥協をした。
ちなみに、デバイスにそれぞれの魔宝石を動力源として使用しているため、起動しない場合でもなのは達の魔力を肩代わりしたり、咄嗟の時に――魔力を使いきってもしばらくの間は、レイジングハートそのものに貯めてある余剰分を魔力電池代わりにも使える。よって、通常時の負担は従来よりも格段に楽になっていた。
デバイス達にかかる負担も当然増しているため、こちらもメンテナンスが欠かせなくなってしまったが。
「下の奴ら、殺すなよ?」
「そんなことしないよ!」
※ ※ ※
《angelseed is a quarter drive. barrier jacket lightening form and haken form get set》
以前のサイズフォームよりも大型化した魔力刃に加え、切断力や魔力密度も増した、バルディッシュ・アサルトエンジェルの近接戦闘に特化した形態。
外観的な大きな変更としては、大型化した刃で鋭い取り回しを行う為の姿勢制御用に、後方に向けて魔力羽が増設されていた。
鍛練時に、なのはやルティシアを相手に振るう以外では初となる、実戦での使用。
「すまないが、その話はすぐには信じられん」
「それは仕方がないと思います」
沼地に生息していた巨大花達から伸ばされる触手を、並んで薙ぎ払いながらフェイトと仮面の剣士は会話を行っていた。
だが、話は平行線を辿り、フェイトの申し出を剣士――シグナムが当然の様に難色を示す。
「ただでさえ、書が主を蝕んでいると得体の知れぬ者から教えられたのだ。その上、今度は敵対していた管理局が協力を申し出てくるとはな」
「分かります、わたしも同じ様なことがありましたから。でも、それとは別にわたしははやてを助けたい。友達を助けたいのです」
「主はやてと共に居る時のお前達の様子や、その澄んだ太刀筋でウソを言っている訳ではないことは分かる。が、判断し、断言するには時間が足りない」
「では、行動で示します」
手探り状態の妥協点。仲間と言うにはその期間は短く、敵と言うには親しみがある、その様な関係。完全に敵対するのは、はやてとの事もありとても難しい関係だった。
「……分かった。ある程度弱めたら、蒐集作業を行う。補助を頼む」
今、何が起きているのか見極めなくてはならない。その一歩として、シグナムが行える妥協案であった。
金色と淡い紫色の魔力光が、蠢く植物達に向けられる――。
※ ※ ※
薄暗い荒野の中で。
「地に墜ちろ、瞬刻の暗刃! ソニックブロウ!」
「火竜爪牙≪裂爪≫!」
交錯する剣と“剣”。続けて噛み合う黒い刃と、紅と黄金の闘気で出来た――物質化するほど濃密度に圧縮された刃。
「――ちっ、やはりこの間のようにはいかんか!」
「あの時の“敗北”は、忘れません!」
同時に後方へと下がると、数メートルの距離を挟んでメイアは左手の剣を構え直す。
ルティシアの纏っている山羊座の黄金聖衣が、辺りを明るく染め上げていた。放たれる闘気で、風は無くとも白いマントが揺らいでいる。
戦いを開始してどれくらいの時間が流れたのか、両者とも既に把握していなかった。
「暴走とは違う強さ……か」
「心身を鍛え直すことで、自身を見つめ直しました。二度とあの様な思いをすることが無いように、護りたい存在を護り抜くために!」
「それはこちらも同じこと! 我が主に、永久に折れぬ剣を捧げた身だ! 取り戻してみせる……、邪魔はさせん!」
刃先をルティシアに向け上段に構えた状態から、メイアは一気に突っ込んで来る。
「ゲイズクラップ!」
数メートルの距離など無いに等しいとばかりに、一瞬で詰めたメイアはそのまま剣を突き下ろす。
その剣はそのままルティシアの心臓を貫き――視界が白く覆われた。純白のマントによって。
「な……っ!?」
「その勢い、お返しします。ジャンピングストーン」
メイアがマントに包まれた時には、背後に回り込んでいたルティシアが両足で相手の身体を挟んでいた。そのままバック転の要領で天へと放り投げる。
「大いなる聖剣、エクスカリバー!」
空中に聖剣を追撃で放ちながら、相手のこの後の動きを予想して聖衣を切り換える。
ただ静かに、豪放な気を放つ聖衣を纏うと仁王立ちで、空中から聖剣を受け流したメイアが仕掛けてくる……数秒後の勝機を待った。
「空中に投げたところで、飛べる私には無駄な事! この勢いを、逆にくれてやる! 受けよ、我が渾身の一撃! ギガバースト!」
闇の闘気を放ちながら、今まで以上の速さで地表に向けて一気に突撃。
三十メートル。
十メートル。
五メートル。
三……――。
「守力至宝、グレートホーン!」
剣が触れるか触れないかの距離。ルティシアが放った一撃は、メイアの左半身である黒い甲冑の胴部分を砕きながら、相手を空高く弾き飛ばす!
派手な音を立てて大地に叩き付けられるメイア。二度三度とバウンドを繰り返し、ようやく止まる。
動かなくなったメイアの姿を見ながら、ルティシアは技を放ったままだった姿勢を戻す。
「今思いましたが、メーアにも痛みは伝わるのでしょうか?」
「……多少は感じる。ルティシア、よくやってくれた。そして、よくもやってくれた。いつか、この礼は返す。ふふふふ……」
ルティシアの疑問に、体を起こしながら当の本人が答える。右半身の、目に暗い光を宿した女性が低い声で笑う。
「今度は、どの人格なのでしょうか……」
「……シグナムやヴィータ達も向かっている。興味があるならあなたもはやての家に。はやて達と時空管理局、そして私個人との今後についての話をする」